Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新しいパーキンソン病像(1886年からから2020年バージョンへ)

2020年07月29日 | パーキンソン病
Gowers先生による1886年のパーキンソン病のスケッチ(A)は4月27日の私のFBでも取り上げましたが,世界で最も使用され,教科書やインターネット上でしばしば見ることのできる有名な写真です.このスケッチに対し,フロリダ大学神経内科Melissa Armstrong先生ら(CBD の臨床診断基準;Armstrong 基準の先生です)は「この虚弱に見える男性のスケッチは確かにパーキンソン病について理解する助けにはなったが,今日のパーキンソン病とともに生きる人々の姿を反映していない」「患者数が急増し,社会的影響が拡大し続けるなか,病気を正確に表現することの重要性がますます高まっている」と考え,JAMA Neurology誌に2020年バージョンの新しいスケッチを発表しました.この疾患の多様性を1枚のスケッチで表すことは困難と考え,3つの絵で示しています.Bは症状が軽く活動的な生活ができる若い女性(右足にジストニア),Cは少し年配になり,「オン」と「オフ」を認める状態,そしてDは症状が進行し生活が制限された高齢男性が描かれています.性別,年齢,活動度に加え人種にも配慮がなされています.Armstrong先生らは「幅広い多様性を含むようにスケッチを改良することは,パーキンソン病の認知度を高め,現代のパーキンソン病患者さんが有意義な人生を送ることに役立つ」と述べています.今後,教育や説明資料等にこの図を使っていきたいと思います.

Armstrong MJ, Okun MS. Time for a New Image of Parkinson Disease. JAMA Neurol. 2020;10.1001/jamaneurol.2020.2412. doi:10.1001/jamaneurol.2020.2412


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月26日)  

2020年07月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,嗅覚障害の長期間の持続,事前指示書記載の増加,抗体半減期はわずか73日,重症化する若者男性の遺伝的背景,人工呼吸器管理後の意識障害に対する治療,COVID-19関連ギランバレ-症候群37例,頭部MRI所見で分けた3病型,英国・中国2つのワクチンです.

中枢神経症状に関するカナダからの総説も印象に残りました.そのなかにウイルス感染の長期的影響についての議論がありました.コロナウイルスは神経向性をもち(図1),例えばHCoV-OC43や229Eは多発性硬化症やパーキンソン病への関与が指摘されています.動物実験レベルですが,MHVウイルスは嗅神経から感染し,黒質ドパミン系神経細胞を含め広く感染伝播します.よって神経向性を持ち,嗅神経から感染するSARS-CoV-2も自己免疫や神経変性機序を介して,遅発性に神経疾患をもたらす可能性があると指摘しています.このため政府に対し患者登録システムを作成し,今後数年間かけて,神経画像やバイオマーカーの追跡を行うことを提唱しています.つまりCOVID-19では遅発性,長期潜伏性の神経障害に注意が必要で,感染直後に無症状であっても長期的に大丈夫かは分からないということになります.杞憂であってほしいですが,若者であっても感染しないにこしたことはないことを伝える必要性を感じます.Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14442.(doi.org/10.1111/ene.14442)



◆嗅覚障害は長期間持続する
ヨーロッパ4カ国の前方視的調査研究.対象はPCRないし抗体検査で診断され,かつ調査を完了した751名(男:女=274:477,41±13歳).このうち主観的な全嗅覚消失を621名(83%),部分的な嗅覚喪失を130名(17%)で認めた.初診から47±7日後(30~71日)の評価で,完全に回復したのは367名(49%)にとどまり,部分的な回復は107名(14%)で,277名(37%)は改善がなかった.嗅覚障害の持続期間は,完全に回復した患者では10±6日(3~31日),部分的に回復した患者では12±8日(7~35日)であった.
Eur J Neurol. July 16 2020(doi.org/10.1111/ene.14440)

◆コロナ時代における事前指示書記載の増加
事前指示書(Advance Directive)は患者や健常人が,将来自らが判断能力を失った際,自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示するための文書である.米国からの報告で,無料のウェブベースの事前指示書の利用者数を調査した結果が報告された.調査期間は2019年1月から2020年4月30日とした.COVID-19以前は,新規ユーザーが月26名,復帰ユーザーが月5名であったが,COVID-19以後(2月1日以降)はそれぞれ133名,21名と,約5倍と大幅に増加した(図2).コロナ後にサービスを利用した人はやや若く(49.3歳対51.8歳;P=0.03),自己申告の健康状態が良好であった(P=0.04).ケアの目標および終末期の優先順位には明らかな差はなかった.事前指示書の重要性に対する意識の高まりによるものと考えられる.
JAMA Netw Open. 2020;3(7):e2015762.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.15762)



◆軽症患者の抗体の半減期は約73日,長期間持続しない
無症状感染者はウイルス抗体価が低く,回復早期に陰性化してしまうことが報告されていたが(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6),その詳細は不明であった.今回,米国からウイルス中和活性に対応する抗スパイク受容体結合ドメインIgGの経時変化をELISAにより検討した結果が報告された.対象は軽症34名(平均43歳)で,31名が2回,残りの3名が3回連続測定した.最初の測定は発症から平均37日後,最後の測定は平均86日後に行われた.年齢,性別,発症から最初の測定までの日数,および最初のlog10抗体価を含む線形回帰モデルに基づく推定平均変化量(傾き)は-0.0083 log10 ng/ml/日であり,これは約73日(範囲52〜120日)の半減期に相当した(図3).つまり軽症患者では液性免疫は長くは持続しないことが示唆され,集団免疫の実現性やワクチンの効果の持続性について注意を喚起するものである.
NEJM. July 21, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2025179)



◆重症化する若者男性の遺伝的要因の同定
入院患者のうち35歳未満の若年者が占める割合は少ないが,そのなかでは男性に死亡例が多いことが報告され,男性に何らかの重症化要因(原発性免疫不全)が存在する可能性が推測されていた.今回オランダから,X染色体劣性遺伝を想定して,発症した若年男性とくに兄弟ペアの全ゲノム解析が行われた.血縁関係のない2家族の男性4人(平均年齢26歳)が対象となった.慢性疾患の既往はなかったが,発症後は人工呼吸器管理を平均10日間要した.1名が死亡した.原因遺伝子としてX染色体上のTLR7遺伝子の機能喪失変異が同定された.家系1では4ヌクレオチド欠失が同定され,家系2ではミスセンス変異が確認された.ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系サイトカインであるI型インターフェロン(IFN)のシグナル伝達を検討する目的で,初代末梢血単核細胞をTLR7アゴニストであるイミキモドにより刺激したところ,下流の転写産物IRF7,IFNB1,ISG15のmRNA発現が対照と比較し抑制されていた.II型IFNであるIFN-γの産生もイミキモドによる刺激に対し抑制されていた.最近,重症50症例での検討で,I型IFN反応の低下が報告されていたが(doi.org/10.1126/science.abc6027),今回の結果は防御因子としてのI型IFNの重要性を示唆する(図4).
JAMA. July 24, 2020.(doi.org/10.1001/jama.2020.13719)



◆人工呼吸器管理後,意識障害が持続する原因不明の脳症に対しステロイドが有効
スイスからの単一大学病院からの症例集積研究.120名のICU入室者のうち5名が人工呼吸器管理後,2週間を経過しても意識障害が持続した.代謝性疾患やてんかんの合併はなかった.原因不明の脳症が疑われたが,頭部MRIでは血管の狭窄や髄膜の造影効果はなかったものの,頭蓋底部の血管(椎骨・脳底動脈,内頚動脈錐体部など)の内皮炎を示唆する異常造影所見を認めた.いずれの症例も髄液細胞数,蛋白は正常で,PCRも陰性であったが,全例でオリゴクローナルバンドを認めた.ハーフパルス療法(500 mg/day×5日間)を行なったところ,48-72時間以内で全例,劇的な意識レベルの改善を認め,3例は意識レベルが完全回復し,2例は変動があるものの回復した.頭蓋底部の血管炎による後方循環系=脳幹に機能障害が生じ,意識障害が生じたものと推測された.
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010354)

◆COVID-19関連ギランバレ-症候群37例の特徴
米国から,COVID-19に関連して発症したギランバレ-症候群(GBS)37名の症例集積研究が報告された.平均年齢59歳(50歳以上で89.1%),65%が男性で,COVID-19発症からGBS発症までの期間は11±6.5日(3-28日)であった.臨床症状の特徴および重症度は,通常のGBS症例と同様だった.病型としてはAIDPが64.8%を占め,ついでAMSAN 13.5%,MFS 13.5%,AMAN 2.7%の順であった.髄液検査では76%の症例で蛋白細胞解離が認められ,検査を行った18例全例でPCR陰性であった.血清中の抗ガングリオシド抗体は17例中2名でのみ認め(アシアロGM1およびGD1b),いずれもMFSであった.33例(89%)の患者が免疫グロブリン(IVIG)で治療され,3例が血漿交換(うち2例はIVIG併用),MFSの1例がアセトアミノフェンで治療された.1例は呼吸不全で死亡したが,33例(89%)で8週間以内に改善を認めた.
Muscle Nerve. July 17, 2020(doi.org/10.1002/mus.27024)

◆COVID-19と他のインフルエンザ疾患との神経症校の比較
イタリアの単一施設からの報告.インフルエンザ/呼吸器症状にて入院した患者で,PCR陽性群213名と陰性群218名の神経症候を後方視的に評価し,COVID-19に伴う神経症候とその頻度を比較した研究が報告された.PCR陽性患者では,頭痛(4.6%対0.4%),発熱や低酸素血症を伴う脳症(35.2%対21.1%),嗅覚低下・消失(6.1%対0.9%),虚血性脳梗塞(0.9%対7.3%:なぜかむしろ少ない),筋力低下(32.3%対7.3%),筋痛(9.3%対0.9%),筋障害(4.7%対0%),CK上昇(58.2%対24.7%)の頻度が高かった.以上より,COVID-19は他のインフルエンザ疾患と比較した場合,頭痛,嗅覚障害,筋障害がとくに高頻度に認められる.
Eur J Neurol. July 18, 2020(doi.org/10.1111/ene.14444)

◆頭部MRI所見とそれに対応する神経症候
フランスの10病院による多施設共同研究で,COVID-19患者64名(男:女=43:21,平均66歳)を対象とした神経症候および頭部MRI検査に関する後方視的研究.36名(56%)の頭部MRIで異常が認められ,虚血性脳卒中(17名;27%),髄膜の造影所見(11名;17%),脳炎(8名;13%)が最も頻度が高かった.神経症候として最も多かったのは錯乱(53%)で,次いで意識障害(39%),錐体路徴候(31%),興奮agitation(31%),頭痛(16%)であった.画像による虚血性脳卒中,髄膜の造影所見(図5),脳炎の3群の比較では,虚血性脳卒中を呈した患者は,他の群と比較して,急性呼吸窮迫症候群ARDSの頻度が低く(18%対73%対75%;p=0.006),錐体路徴候の頻度が高かった(59%対36%対13%;p=0.02).脳炎患者は若年に認められ(中央値75歳対64歳対59歳;p=0.007),髄膜の造影所見を認める患者では興奮agitationの頻度が高かった(6%対64%対38%;p=0.009).
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010112)



◆AstraZeneca社とオックスフォード大学のCOVID-19ワクチン第1/2相報告
英国の5つの試験施設において,スパイク蛋白質を発現するチンパンジーアデノウイルスベクターワクチンAZD1222(ChAdOx1 nCoV-19)(n=543)と,髄膜炎球菌複合ワクチン(MenACWY)(n=534)を対照として比較した第1/2相単盲検無作為化比較試験が実施された.AZD1222により中和抗体がほぼ全員(単回投与後で91%;32/35名,2回投与後では100%;9/9名)に認められた.また全例でT細胞反応が認められ,スパイク蛋白質特異的エフェクターT細胞反応は14日時点でピークとなり,2か月後の測定でも維持された.副作用はAZD1222で多く,注射部の痛み,頭痛,疲労,寒気,発熱,倦怠,筋痛が認められたが(いずれもp<0.05),パラセタモールの予防的使用で軽減した.重篤な有害事象はなく,許容できる安全性プロファイルを示した.現在,大規模なPh2/3試験が英国,ブラジル,南アフリカで進行中である.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31604-4)

◆中国CanSino社のCOVID-19ワクチン第2相報告
アデノウイルス5型(Ad5)ベクターCOVID-19ワクチンの第2相試験の報告.武漢の単一施設で実施された.免疫原性と安全性を評価するための初の無作為化比較試験であり,有効性試験のための候補ワクチンの適量を決定することを目的とした.1mLあたり1×10(11)ウイルス粒子の高用量群(n=253),5×10(10)ウイルス粒子の低用量群(n=129),または偽薬(n=126)に割り付けられた.高用量群,および低用量群の28日目の抗体陽転率はそれぞれ96%および97%であった.いずれの群も有意な中和抗体反応が誘導され,各群の幾何平均抗体価は19.5および18.3であった.単一細胞レベルで分泌されたサイトカインを検出できる特異的インターフェロンγ酵素免疫スポットアッセイ反応は,各群で90%ないし88%で観察された.副作用に関して,重度(グレード3)有害事象は高用量群では9%,低用量群では1%であった.以上より,低用量投与は,安全性は良好で,抗体やT細胞反応は同等と考えられ,第3相試験では低用量投与の効果を調べるべきと結論づけられた.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31605-6)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月19日) 

2020年07月19日 | 医学と医療
今回のキーワードは,院内ユニバーサル・マスキング,肺外症状,ICUにおける死亡の危険因子,COVID19感染重症筋無力症,壊死性出血性脳症における未知の自己抗体,垂直感染(母子感染)しない理由,小児多臓器系炎症性症候群の成人例,重症例におけるI型インターフェロン反応の低下,トシリズマブ(抗IL6受容体抗体)の観察研究,Moderna社mRNAワクチンの安全性です.

連日,感染者数の増加が報道され,院内感染のリスク増加を考えるととてもストレスを感じます.しかし患者数の増加する今こそ,第1波の際にできなかった日本発の臨床研究や臨床試験を行うべきと思います.しかし世界の臨床試験が登録されるClinicalTrials.govを調べると,直近500のCOVID19関連試験のうち日本発のものは大阪のDNAワクチン(NCT04463472)1つだけでした.英国のRECOVER試験などを手本として,目標を定め,All Japanで取り組む必要性を感じますが,現状,何か行われているのでしょうか?

◆病院におけるユニバーサル・マスキングのエビデンス
病院におけるユニバーサル・マスキング(UM)は,すべての医療従事者,患者が常時マスクを着⽤することである.院内UMが,医療従事者のPCR陽性率に及ぼす効果について,米国マサチューセッツの12病院から報告された.調査期間は4つに分けられた.医療従事者のUM実施前(ピンク),患者のUM実施までの移行期間(紫),症状の発現を考慮した遅延時間(黄色),介入期間(緑)である.検査を受けた9850名の医療従事者のうち,1271名(12.9%)がPCR陽性であった.介入前の期間中,PCR陽性率は0%から21.3%へと指数関数的に増加した.介入期間中,陽性率は14.7%から11.5%へと直線的に低下し,1日あたりの平均低下率は0.49%,傾きの変化は1.65%(P<0.001)であった(図1).UMは患者と医療従事者間および医療従事者間の感染の減少に寄与したと考えられた.→ 院内感染を防止するためには医療従事者に加え,患者においてもマスク着用を徹底する必要がある.
JAMA. July 14, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.12897)



◆COVID-19の肺外症状についての総説
ウイルス受容体ACE2は複数の肺外組織に発現することから,さまざまな肺外症状を引き起こす.このなかには,神経学的合併症,急性腎障害,肝障害,胃腸障害,血栓塞栓性合併症,心疾患(心筋機能障害および不整脈,急性冠症候群),内分泌障害(高血糖およびケトーシス),皮膚科的合併症が含まれる(図2).発症機序としては,①ウイルスを介した直接的な細胞損傷,②ACE2のダウンレギュレーションの結果としてのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の制御障害(アンジオテンシンIとアンジオテンシンIIの切断の減少をもたらす),③血管内皮細胞の損傷および血栓性炎症,④ウイルスによるインターフェロンシグナル伝達の阻害,T細胞の減少,および炎症性サイトカイン,特にIL-6およびTNFα産生による免疫応答の調節障害および高炎症,が考えられる.
Nat Med 2000;26:1017–1032(doi.org/10.1038/s41591-020-0968-3)



◆米国におけるICU入室患者における死亡の特徴と関連因子
全米65の病院の集中治療室(ICU)に入院した成人2215名において,784人(35.4%)が28日以内に死亡した.死亡に関連する因子は,高齢(80歳以上 vs 40歳未満:オッズ比11.15),低酸素血症(2.94),肝機能障害(2.61),腎機能障害(2.43),活動性がん(2.15),肥満(BMI ≧40対MG患者は,COVID-19感染により増悪しうるが,経過は4名それぞれで異なった.感染前のMGの活動性や肥満などが関与する可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Jul 10, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-323565)

◆壊死性出血性脳症における未知の自己抗体.
51歳男性,発熱と呼吸器症状で発症後,21日目に昏睡と右上肢の不随意運動を呈した.FLAIR画像では視床下部,小脳,脳幹,テント上の灰白質,白質に異常信号を認めた.髄液PCR陰性.検索した限り自己抗体は陰性.しかしサルの小脳スライス,ラットの海馬スライスにて,海馬と大脳皮質をスペアする特定の領域に患者IgGの異常な染色を認めた.具体的には脳室周囲,歯状回の近傍(図3上)や海馬アンモン角の近傍(図3下)に認めた.サル小脳では,バスケット細胞を思わせるプルキンエ細胞の周囲の染色を認めた.他の組織(ラット胃,腎臓,肝臓およびHeLa細胞)は陰性.ステロイドパルス療法とIVIGにて神経症状は改善し,29日目にICUから退室した.何らかの神経抗原を標的としたIgGによって神経症状が引き起こされた可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Jul 10, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-323678)



◆COVID19の垂直感染(母子感染)しない理由.
これまでCOVID19では垂直感染(母子感染)するというエビデンスは存在しない.ウイルスはACE2とセリンプロテアーゼTMPRSS2を利用して細胞内に侵入することから,妊娠中の胎盤におけるACE2およびTMPRSS2の発現を,単一細胞トランスクリプトーム解析にて検討した論文が米国から報告された.先天性感染症の原因となるジカウイルスやサイトメガロウイルスの受容体(NRP2やAXLなど)は,ヒト胎盤組織で高度に発現していたが,ACE2およびTMPRSS2は妊娠中を通じてヒト胎盤で最小限にしか発現していなかった.ウイルスが胎盤および胎児に感染する可能性が低い理由と考えられた.
Elife. 2020;9:e58716(doi.org/10.7554/eLife.58716)

◆川崎病に類似する小児多臓器系炎症性症候群(MIS-C)の初の成人例の報告.
COVID-19小児例で川崎病に似た炎症性疾患が報告され,「小児多臓器系炎症性症候群(Multisystem Inflammatory Syndrome in Children;MIS-C)」と呼ばれるようになり,診断基準も報告された.米国から初めての成人例が報告された.45歳男性,発熱,咽頭痛,下痢,両側下肢痛,結膜炎にて救急外来を受診.PCR陽性.5日以上の発熱,多形紅斑様発疹,両側非滲出性結膜炎,唇の紅斑またはひび割れ,直径1~5cm以上の片側頸部リンパ節腫脹を有していたことから,米国心臓協会の川崎病基準を満たし,また年齢を除けば,MIS-C の定義を満たした.低分子ヘパリン,IVIG,トシリズマブにより治療された.臨床症状は改善し,入院から9日後に退院した.
Lancet. 2020;S0140-6736(20)31526-9(Doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31526-9)

◆重症例における抗ウイルスI型インターフェロン反応の低下.
フランスからの報告.I型インターフェロン(IFN)とは,インターフェロンファミリーのうち,IFN-αとINF-βなどを含めた総称で,ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系のサイトカインである.さまざまな重症度を呈する50名の患者を対象として,統合的な免疫解析を行ったところ,重症ないし致死的患者では,IFN-βが欠如し,IFN-αの産生と活性が低く,I型IFN反応が高度に障害されていた.このため持続的な血中ウイルス負荷と炎症反応の増悪が生じていた.炎症は転写因子NF-κBによって引き起こされ,TNF-αおよびIL-6の産生およびシグナル伝達の増加を特徴としていた.治療戦略として,TNF-αやIL-6を標的とする抗炎症療法に,IFNを併用することが考えられた.
Science. July 13, 2020:eabc6027(doi.org/10.1126/science.abc6027)

◆トシリズマブは人工呼吸器装着患者の死亡率を45%改善する
侵襲的人工呼吸器を要する重症患者を対象に,トシリズマブ(抗IL-6受容体抗体;アクテムラ®)の有効性と安全性を評価した観察研究が米国から報告された.主要評価項目は生存率であり,副次項目としては重複感染についても統合した疾患重症度の順序スケールとした.対象は154名で,うち78名でトシリズマブを使用された.追跡期間の中央値は47日.開始時の特徴は両群間で類似していたが,トシリズマブ群はやや若年(55歳対60歳)で,慢性肺疾患が少なく(10%対28%),Dダイマーが低かった(2.4 mg/dL対6.5 mg/dL).主要評価項目については,トシリズマブは死亡を45%減少させ[ハザード比0.55(95%CI 0.33-0.90)](図4),疾患重症度スケールも改善した.トシリズマブ群では,重複感染症患者の割合が約2倍に増加したが(54% vs. 26%;p<0.001),トシリズマブ群の28日死亡率において,重複感染症患者と非感染患者に差はなかった(22% vs. 15%;p=0.42).合併した細菌性肺炎のうち黄色ブドウ球菌が50%を占めていた.28日間の死亡率は非使用群36%の半分の18%であった.つまりトシリズマブ群は重複感染の発生率が高いにも関わらず,死亡率は低かった.
Clin Infect Dis. 2020;ciaa954(doi.org/10.1093/cid/ciaa954)



◆Moderna社のmRNAワクチン第1相試験
米国Moderna社のmRNA-1273の第1相,用量漸増,オープンラベル試験がNEJM誌に報告された.対象は健康な成人45 名で,接種は28 日間隔で 2 回,25μg,100μg,250μg の用量で行なった(各群15名). 1回目の接種後は,用量が多いほどELISAによる抗体反応が認められた.2回目の接種後,力価は上昇し,中和活性は全例で検出された.半数以上の被検者に発生した有害事象としては,疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位の痛みがあった(図5).全身性の有害事象は2回目の接種後,特に250μg群で多く認められ,3名(21%)が1つ以上の重篤な有害事象を報告した.第2相試験はすでに進行中,3万人が参加する第3相試験も7月末に開始予定.→ 概ね安全と記載されているものの,有害事象は結構多い.大阪でのDNAワクチン治験は「大阪市大病院の医療従事者が対象」と発表され非常に驚いたが,この結果や感染後の抗体依存性感染増強(ADE)の危険性を考えれば,診療に当たる医療従事者を対象とした治験は行うべきではない.
N Engl J Med. Jul 14, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2022483)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月12日)  

2020年07月12日 | 医学と医療
今回のキーワードは,退院後の症状の持続,空気感染とその対策,スペインの抗体保有率,血小板に生じる変化,COVID-19感染後に発症した多発性硬化症とパーキンソニズム,脳出血を伴う急性散在性脳脊髄炎,血栓性微小血管症,神経免疫療法のコンセンサスです.
入院患者の長期的経過については分かっていませんでしたが,退院2ヶ月後,完全に症状が消失する人はわずか12.6%という結果が報告されました.また空気感染はほぼ間違いないこと,集団免疫は不可能であることも報告されています.COVID-19は決して甘く考えてはいけない疾患であり,特効薬もない現状では,改めて感染予防対策を徹底する必要性があります.

◆COVID-19では退院後も症状は持続する.
イタリアの単一施設からの報告.COVID-19患者の退院後の状況を確認するため,WHOの検疫中止基準(3日間連続発熱なし,その他の症状の改善,PCRが24時間間隔で2回陰性)を満たした全患者143名を追跡調査した.平均在院日数は 13.5 日,21 名(15%)が非侵襲的人工呼吸,7 名(5%)が侵襲的人工呼吸を受けた.評価は発症から平均60日後に行われた.COVID-19に関連する症状が完全に消失したのは18名(12.6%)のみであった.55%で3種類以上の症状が持続し,32%で1~2種類の症状が持続していた.具体的には疲労(53.1%),呼吸困難(43.4%),関節痛(27.3%),胸部痛(21.7%)の頻度が高かった(図1).QOLの悪化は44.1%の患者で認められた.退院後も継続的な経過観察が必要である.
JAMA. July 9, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.12603)



◆空気感染が起きることを認識し,換気を心がける.
世界32カ国の科学者239名が,COVID-19は患者の呼吸や咳により生じた空中を浮遊する小さな飛沫(microdroplet)により,数メートルもしくは部屋サイズの範囲で,空気感染(airborne transmission)することはほぼ確実であるという論文を発表した.また空気感染を防ぐ方法として以下の3点を提示している.
1)十分かつ効果的な換気を行う(外気を取り入れる.特に公共の建物,職場,学校,病院,高齢者施設では重要)(図2).
2)通常の換気に加え,局所の排気,高効率空気濾過,殺菌性紫外線などの空気感染対策を行う.
3)特に公共交通機関や公共の建物では,過密状態を避ける.
Clin Infect Dis. July 06 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa939)



◆COVID-19が蔓延したスペインでも集団免疫にはほど遠い
スペインで,無作為抽出法を用いて市町村名簿から6.1万人を選び,4月27日から5月11日に抗体保有率を調査したところ,ポイントオブケア検査で5.0%,免疫アッセイで4.6%であった.性差はなく,10歳未満の子供の陽性率は3.1%未満と低かった.陽性率はマドリッド周辺で高いものの10%を超える程度で,沿岸部では3%未満と,地域的なばらつきが大きかった.抗体陽性者の約3分の1は無症状であった.2つの抗体検査とも陽性であった人のうち,以前にPCR検査を受けた割合はわずか19.5%のみであった.→ 抗体保有率が5%ということは,①適切な予防策を行えば大半の人は感染を予防できること,②集団免疫は困難であり,無理に感染を待つような方策はすべきではないことを意味する.また抗体陽性者の2割未満しかPCRを受けていなかったことや,血清学的に感染の既往を認める者の3分の1は無症状であったことは今後の対策に重要な知見で,少なくとも自覚症状を認める者や濃厚接触者は確実にPCRを行う必要がある.
Lancet. July 06, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31483-5)

◆COVID-19は血小板の遺伝子発現の変化をきたし,凝集を促進する.
COVID-19ではしばしば血栓症を合併し,臓器不全や死亡を招く.しかしウイルス感染が血小板機能を変化させるかは不明であった.米国から患者血小板についての研究が報告された.まずRNAシークエンシングとそのパスウェイ解析で,タンパク質のユビキチン化,抗原提示,ミトコンドリア機能障害に関連するパスウェイの遺伝子発現に明確な変化が見られた.またウイルス受容体ACE2は,血小板中のmRNAやタンパク質から検出されなかった.しかし驚くべきことに,患者25名中2名の血小板から,SARS-CoV-2 N1遺伝子のmRNAが検出された.つまり,血小板がACE2を介さずにウイルスmRNAを取り込む可能性が示唆される.また血小板活性化マーカーであるP-selectinの発現は,活性化の前後とも増加し,さらに患者血小板はフィブリノーゲンやコラーゲンに対しより速く凝集した.ウイルス感染により血小板機能に変化が生じ,血小板凝集が起こり,病態に関与する可能性がある.
Blood. June 23, 2020(oi.org/10.1182/blood.2020007214)

◆症例報告(1)COVID-19感染後に発症した多発性硬化症(MS).
スペインからの報告.29歳女性.右視力低下にて発症.視野欠損と眼痛を呈した.神経学的に錐体路徴候を認めた.また視覚症状に先立って嗅覚障害,味覚障害を呈した.眼窩MRIで造影効果を伴う右視神経病変,頭部MRIでは脳室周囲に多発する脱髄病変を認め,うち1つで造影効果を認めた.脊髄MRIは異常なし.オリゴクローナル・バンド陽性,抗AQP4抗体,抗MOG抗体は陰性.鼻咽頭拭いおよび髄液PCRは陰性であったが,IgM/IgGは陽性だった.パルス療法後,ステロイド内服を行い,視力はと眼痛は徐々に改善した.ウイルス感染によって誘導された免疫機構が,リンパ球を活性化して炎症反応を起こすことで,MSの発症に関与した可能性がある.
Multiple Scler Relat Disord. July 06, 2020(doi.org/10.1016/j.msard.2020.102377)

◆症例報告(2)COVID-19感染後に急性発症したパーキンソニズム.
スペインからの報告.58歳男性.重症のCOVID-19のため人工呼吸器を装着され,離脱後に全身性ミオクローヌスが出現し消失.つづいて一過性に変動する意識レベルの障害,さらに非対称性の運動緩慢・筋強剛と軽度の7Hzの安静時,姿勢時振戦,垂直方向性眼球運動障害,オプソクローヌスを呈した.頭部MRIでは異常なし.DaT-SPECTでは,両側淡蒼球のシナプス前ドーパミン取り込みの減少を非対称性に認めた(図3).とくに治療をせずにパーキンソン症状は改善傾向にある.
Neurology. July 8, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010282)



◆神経合併症として,脳出血を伴う急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が多い.
英国Queen Squareからの症例集積研究.神経症状を呈した43名の内訳は,29名がPCR陽性で確定診断,8例がWHO基準でprobable,6名がpossibleであった.43名は5つのカテゴリーに分類された.(i) 脳症(10名):せん妄/精神症状を呈し,頭部MRIや髄液の異常は認めず,9名は支持療法のみで完全ないし部分的に回復した.(ii) 炎症性中枢神経症候群(12名):脳炎(2名,感染性または感染後),急性散在性脳脊髄炎(ADEM)(9名)を含む(図4).ADEMの内訳は出血性変化を認める例が5名と多く,呼吸器症状の重症度とは無関係であった.その他,壊死1名,脳脊髄炎2名,脊髄炎単独1名であった.10名はステロイド治療を受け,うち3名はIVIGも併用された.1名は完全に回復し,10名は部分的に回復,1名は死亡した.(iii) 虚血性脳卒中(8名):4名は肺塞栓症を合併し,うち1名は死亡した.iv)末梢神経障害(8名):ギラン・バレー症候群(GBS)を7名,腕神経叢障害を1名で認めた.8名中6名が部分的回復ないし回復中.(v)その他(5名).検査については,1例も髄液PCRで陽性になった症例なし.血清・髄液自己抗体(NMDAR,LGI1,AQP4,MOG)もすべて陰性.Dダイマーは脳梗塞例でとくに高値であった.著者らはICUにおいて,頭部MRIや脳波が施行困難ななかでの診断の難しさを指摘している.また治療についても,ウイルス血症を呈しリンパ球減少を認める患者へのステロイド療法の是非,Dダイマー上昇を認めるADEMやGBSに対するIVIGの是非は難しい問題であると指摘している.
Brain. July 08, 2020(doi.org/10.1093/brain/awaa240)



◆COVID-19に伴う脳血管障害の特徴.
スペインからの1病院から報告.50日間でCOVID-19患者が1683名入院し,そのうち23名(1.4%)が脳血管障害を発症した.全例で頭部と胸部CTが行われ,6名(26.1%)で頭部MRIが行われた.病理組織を6名で得た(脳生検2名,動脈血栓4名).診断の内訳は脳梗塞17名(73.9%,動脈解離2名),脳出血5名(21.7%),PRES 1名であった.脳梗塞は意外にも椎骨脳底動脈領域で多かった(6/17,35.3%).出血を認めた群では,くも膜下出血,頭頂・後頭葉白質脳症,微小出血,単発または多発性の局所性血腫を呈した.脳生検では血栓性微小血管症と内皮障害が認められたが,血管炎や壊死性脳炎は認められなかった.入院期間中の機能的予後不良(mRS 4~6)は73.9%(17/23)で,年齢が主要な予測因子であった(オッズ比1.5;P=0.043).7名(30.4%)が死亡した.出血素因を伴う内皮障害に起因する血栓性微小血管症が脳血管障害の病態と考えられる.
Brain. July 09, 2020(doi.org/10.1093/brain/awaa239)

◆COVID-19の中枢神経病理は微小血管障害と虚血性変化.
ロンドンから2名の中枢神経病理の報告.これまで神経病理の報告は少なく,微小血栓と急性梗塞(doi.org/10.1101/2020.05.18.20099960),特異的な病理学的変化を伴わない低酸素性変化(doi.org/10.1056/NEJMc2019373),脳幹の血管周囲のリンパ球浸潤(doi.org/10.1016/s0140-6736(20)31282-4)が報告されている.今回の報告のうち1名は,新皮質梗塞,小出血性および非出血性の白質病変を呈し,既報例の所見と著しく類似していた(図5)(doi.org/10.1007/s00401-020-02166-2).原因としては,ウイルス感染に伴う血管障害,免疫介在性障害,または低血圧や局所血栓に伴う二次的な低酸素症が考えられた.COVID-19では一人の患者であっても,脳内に多様の病態が生じ,さらにECMOや心停止なども影響して,複雑な所見を呈しうる.
Acta Neuropathol. July 08, 2020 (doi.org/10.1007/s00401-020-02190-2)



◆COVID-19時代における神経免疫療法の現時点のコンセンサス
神経免疫疾患に対して免疫療法を受けている患者にCOVID-19がもたらすリスクは,依然として不明である.医療の分野でよく使われているデルファイ法を用いて,現在の文献上のコンセンサスについて検討した.以下,結果を示す.
【コンセンサスが強いもの】
● 感染していない患者では,進行中の免疫療法を中止すべきではない.
● 神経免疫疾患の急性増悪に対し,ステロイド療法,IVIG,血漿交換療法は施行できる.
● MSにおいて,酢酸グラチラマーおよびIFNβは,COVID-19の感染および経過にマイナスの影響を与えない.
● 活動性の高いMSでは,ナタリズマブは,他の強力な疾患修飾薬より,COVID-19感染のリスクが低いと考えられている.
● MSでは,スフィンゴシン1-リン酸受容体モジュレーターや細胞除去療法(抗CD20抗体によるB細胞除去など)は,COVID-19感染のリスクを高める.
● MSにおいては,治療を継続している患者に対しては,細胞除去療法の延期を検討することができる.
【コンセンサスが得られていない点】
● テリフルノミドとフマル酸ジメチルがCOVID-19感染のリスクを高めるかどうかは不明.
● 感染して軽症または無症候の場合,ならびに濃厚接触した場合,免疫療法を中止すべきかどうかは不明.
● 高度の炎症を示す重症COVID-19の経過に,疾患修飾薬がどのように影響を与えるかは不明.
Nat Rev Neurol. July 8, 2020(doi.org/10.1038/s41582-020-0385-8)



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無動無言状態でも食事のできるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)

2020年07月09日 | 認知症
発症から6年が経過し,無動無言状態にあるCJDの高齢女性が入院されていました.主治医から食事ができるとのプレゼンを聞き,驚いて回診に行くと,たしかにご主人が介助をして食べ物を口元に運ぶと,口をあけてぱくっと召し上がっていました.胃ろうは作ってあるものの,ご家族の介助で1日1,2食は経口摂取されていました.この女性は日本で一番多いプリオン遺伝子V180I変異を有するgenetic CJDの患者さんです.69歳で運動緩慢と記銘力障害にて発症し,嚥下障害も出現して徐々に進行しました.嚥下ビデオ透視検査(VF)が発症から27,31,39,79ヵ月目(図)に行われました.口腔から咽頭への食塊の輸送は徐々に悪化し,咽頭嚥下の開始も徐々に遅くなりましたが,咽頭嚥下機能は維持されていました.画像検査では脳幹の萎縮や血流低下はなく,脳幹機能が温存されている仮性球麻痺が示唆されました.

「食べられるうちは,食べてほしい」と切に希望するご主人の気持ちが印象的でしたし,嚥下障害の医療に取り組む國枝顕二郎先生が,「この疾患の人は食べられないという思い込みを持たないよう気を付けたい.食べられる人に禁食を強いることはしないようにしたい」と述べていたこともその通りだと思いました.大変,勉強になりました.

Kunieda K, Hayashi Y, Yamada M, Waza M, Yaguchi T, Fujishima I, Shimohata T. Serial evaluation of swallowing function in a long-term survivor of V180I genetic Creutzfeldt-Jakob disease. Prion 2020; 14, 180-184. 



発症79ヶ月のVFです.口腔から咽頭への食塊輸送が悪く,咽頭嚥下の開始が遅れていましたが(a),嚥下反射が誘発されると,食塊は誤嚥を伴わずに咽頭から上部食道へと通過しました.

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重症筋無力症と鑑別を要したsagging eye syndromeの1例

2020年07月06日 | 重症筋無力症
Intern Med誌に報告した症例です.66歳女性.6年前から遠方や左右を見た際に複視が出現.当初,神経学的診察で明らかな異常を認めず,その後の増悪もなかったため経過観察されました.しかし複視が増悪したため入院.日内変動や易疲労性はなく,red glass試験では脳神経障害や特定の眼筋麻痺で説明のつかない複視のパターンでした.抗AchR抗体や抗MuSK抗体は陰性,テンシロンテストも陰性,さらに頭部MRIでも器質的病変なし.ここで私はお手上げでしたが,若手のホープの一人,加藤新英先生が眼窩MRIで両側外直筋の内下方への偏位,および外直筋と上直筋との間の結合組織が両側でたるみ(=sagging),右側は断裂していることに気づき,sagging eye syndromeと診断しました!プリズム眼鏡で生活に支障はなくなりました.

sagging eye syndromeは眼科領域で2009年より報告されるようになった複視の新しい原因疾患です.頻度は不明ですが,おそらく今まで未診断の症例も多いと思います.機序は,外眼筋を固定している外直筋と上直筋との間の結合組織,いわゆる「LR(lateral rectus)-SR(superior rectus)バンド」の加齢変性のため,外直筋が偏位し,垂直性および水平性複視を生じます.また診察では,上眼瞼の上の深いくぼみ(deep superior sulcus)を認めます.緩徐進行性の複視で日内変動や易疲労性を伴わない場合,本症を鑑別する必要があります.



Kato S, Hayashi Y, Kimura A, Shimohata T. Sagging Eye Syndrome: A Differential Diagnosis for Diplopia. Intern Med. 2020 Jun 30

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月5日)  

2020年07月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは,迅速抗体検査の感度,ウイルス変異株614G,サイトカイン・ストームは不適切,虐待による小児の頭部外傷,小児多臓器炎症症候群(MIS-C),脳梁膨大部病変,脳梗塞発症1.6%,髄液サイトカイン,急性筋炎による弛緩性四肢麻痺です.
今週は神経筋合併症や髄液に関する論文が目立ちました.神経症候を主訴・主徴とする場合,呼吸器症状を認めなくてもまずCOVID-19を疑って,鑑別診断に加えることが「ポストコロナ時代の臨床神経学」だと思います.

◆外来における迅速抗体検査を行うべきではない.
COVID-19抗体検出法の精度についてのメタ解析論文.3つの血清学的検査,すなわち酵素免疫吸着法(ELISA),ラテラルフロー免疫測定法(LFIA),化学発光免疫測定法(CLIA)の感度と特異度を調べている.このなかで,インフルエンザで行うような外来診察室で結果がすぐわかる迅速抗体検査(ポイントオブケア検査)はLFIAによるものである.条件に合った40論文についてメタ解析を行なったところ,迅速抗体検査の検討はわずかに2論文のみであった.問題の感度はELISAが84%,CLIAは最も高く98%,LFIAは最も低く66%であった(図1).また感度は,症状発症1週間以内では低く,3週間後の検査で高くなった.特異度は97~98%であった.→ 既存の迅速抗体検査を継続すべきではない.
BMJ. July 01, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m2516)



◆positive selectionを受けたウイルス変異株の報告.
コロナウイルスでは増殖を繰り返すうちに遺伝子変異が生じると考えられている.今回,自然淘汰によって変異型の選択が生じ,優位性をもって増加する(positive selectionを受ける)ウイルス株が報告された.この変異により,ウイルス表面のSタンパク質に存在する614番目のアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に変わる.614D型は武漢型で,614G型は2月下旬にヨーロッパで出現し,その後増加したためヨーロッパ型と言える(図2).世界レベルで見て,3月1日では10%のみであったが,3月末には67%,5月末には78%にまで増加した.日本でも2月ではすべて614 D型だったが,3月以降は614G型が大部分になった.
問題は2つのウイルス株の病原性の違いである.614 G型の感染者ではRT-PCRのサイクル閾値の低下がみられ,ウイルス量は614 D型と比較して多かった.また培養細胞と偽ウイルスを用いた検討で,614 G型の方が感染力は高かった.しかし2つのウイルス感染者の重症度(入院転帰)には差はなかった.614G型への変異により感染者が増加したのか,本当に重症度に違いがないのかの検討が今後必要である.
Cell. July 03, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.06.043)



◆COVID-19では「サイトカイン・ストーム」は適切ではない.
COVID-19ではしばしばサイトカイン・ストームという用語が使用されている.しかし,ほとんどの症例では,サイトカイン・ストームが問題となる急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者における血漿中サイトカイン濃度よりもかなり低い.例えば炎症促進性サイトカインであるIL-6を例に挙げると,重症COVID-19患者でも,ARDSの過炎症型患者の10~200分の1にすぎない.サイトカイン・ストームという言葉は印象的で注目を集めるが,COVID-19においてはこの用語を使用することは混乱を招く.
JAMA Intern Med. June 30, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3313)

◆小児(1)虐待による小児頭部外傷が15倍増加.
英国の1病院における報告で,COVID-19のため外出禁止となった3月23日からの1か月間に,虐待によると考えられる小児の頭部外傷が10名受診した.これは過去3年間の同時期の平均である0.67名と比べて,15倍以上も高い頻度であった.外出自粛期間において,医師は一層,小児虐待に注意する必要がある.
Arch Dis Childhood. July 2, 2020(doi.org/10.1136/archdischild-2020-319872)

◆小児(2)小児多臓器炎症症候群(MIS-C)の定義.
COVID-19の小児例では川崎病に似た炎症性疾患が報告されている.この病態は最近,「小児多臓器系炎症性症候群(Multisystem Inflammatory Syndrome in Children;MIS-C)」と呼ばれるようになり,アメリカ疾病管理センター(CDC)による定義が報告された.
・RT-PCR,血清(抗体),抗原検査で陽性,または発症前の4週間以内に感染者と接した経験がある21歳未満の小児.
・24時間以上の発熱.
・炎症(CRP上昇,赤沈亢進,フィブリノーゲン↑,プロカルシトニン↑,Dダイマー↑,フェリチン↑,LDH↑,IL-6↑,好中球↑,リンパ球↓,アルブミン↓のいずれかを呈する)
・重症のため入院が必要.
・2つ以上の臓器障害(心臓,腎臓,呼吸器,血液,胃腸,皮膚,神経).
・ほかに当てはまる診断名がない.
CDC(https://emergency.cdc.gov/han/2020/han00432.asp)

◆小児(3)小児神経合併症と脳梁膨大部病変.
英国からの症例集積研究.MIS-C 27名のうち4 名(14.8%)に中枢および末梢神経系の神経合併症を認めた.脳症,頭痛,脳幹および小脳の徴候,筋力低下,腱反射減弱を認めた.全例,頭部MRIで,脳梁膨大部における異常信号を認めた(図3).2名で行なった髄液検査は,PCR陰性で,オリゴクローナルバンドも陰性だった.3名に行なった脳波では,軽度,徐波の増加を認めた.NMDA受容体,MOG,AQP4に対する自己抗体はすべて陰性.神経所見の改善は全例でみられ,2名は完全に回復した.全例ほとんど,呼吸器症状は認めなかった.神経症状のみを呈する小児患者においても,COVID-19を考慮すべきである.ちなみに脳梁膨大部の病変は,成人において私どもも報告しており(doi.org/ 10.1016/j.jns.2020.116941),COVID-19に伴う病変部位として認識する必要がある.
JAMA Neurology. July 1, 2020. (doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.2687)



◆神経疾患(1)COVID-19の神経・精神症状についての大規模研究.
英国からの報告.何らかの神経症状を呈した153名(中央値71歳)のうち,完全な臨床情報が得られた125名について検討した.77名(62%)が脳血管イベントを呈し,内訳は57名(74%)が脳梗塞,9名(12%)が脳出血,1名(1%)が中枢神経血管炎であった.39名(31%)に精神状態の変化がみられ,9名(23%)が特定不能の脳症,7名(18%)が脳炎であった.残りの23名(59%)のうち10名が新規発症精神病,6名が認知症様症候群,4名が情動障害であった.脳血管イベントを起こした患者では60歳以上は82%であったのに対し,精神状態に変化を認めた患者は51%で,より若かった(図4).
Lancet Psychiatry. June 25, 2020(doi.org/10.1016/S2215-0366(20)30287-X)



◆神経疾患(2)COVID19での脳梗塞発症は1.6%.
米国からの後方視的研究.ニューヨークの2病院に救急外来を受診ないし入院したCOVID-19患者1916名中31名(1.6%)が脳梗塞を発症した(年齢中央値69歳).一方,2016~2018年においてインフルエンザA/Bにて入院した患者では1486名中3名(0.2%)であった.COVID-19感染の方がインフルエンザ感染よりも脳梗塞のリスクが高かった(調整後オッズ比7.6).またCOVID-19発症から脳梗塞発症までは中央値16日(IQR 5~28日)であった(図5).
JAMA Neurol. July 2, 2020(doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.2730)



◆神経疾患(3)3回目の髄液PCRで陽性となった急性壊死性脳症.
スウェーデンからの1例報告.髄液PCR検査で2回陰性を示した後,3回目(発症19日後)に陽性になった.意識レベルは昏睡まで悪化した.頭部MRIでは,視床,島下領域,内側側頭葉,脳幹に対称性の異常信号を認めた.髄液中の単球や蛋白質はわずかに増加しただけであったが,IL6とアストロサイト活性化マーカーであるGFAPは病初期に高値で徐々に低下した.また髄液タウと神経損傷マーカーであるニューロフィラメント軽鎖(NfL)は経過とともに増加した.IVIGと血漿交換を行なったところ,神経所見は改善し,発症4週後に抜管できた.脳炎・脳症では髄液の評価を繰り返し行う必要がある.
Neurology. June 25, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010250)

◆神経疾患(4)脳炎における髄液サイトカイン.
スペインから脳炎2症例(25歳男性,49歳男性)の報告.3日以内に神経症状,意識障害は回復した.重篤な呼吸器疾患の合併はなし.いずれもPCRは鼻咽頭拭い液陽性だが,髄液陰性であった.髄液IL-β(正常2.56 pg/mL未満)は症例1のみ14.8と上昇,IL6(正常7 pg/mL未満)は症例1で190,症例2で25と上昇.また髄液アンジオテンシン変換酵素(ACE)(正常0-2.5 U/L)も,15.5および10.9と上昇していた.3日未満で急速に回復していることから,脳への直接的なウイルス感染の可能性は低く,髄液中のサイトカインおよびACEの増加に伴う炎症経路の活性化が原因と推定される.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. July 1, 2020.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000821)

◆神経疾患(5)ICUにおける急性筋炎による弛緩性四肢麻痺.
イタリアから6症例の報告.年齢は51~72歳,男性5名であった.いずれも人工呼吸器からの離脱時に弛緩性四肢麻痺に気が付かれた.全例で電気生理学的検査を気管内挿管の6~14日後に行っている.鑑別診断としてはギランバレー症候群やcritical illness neuropathyないしmyopathy,中毒性ミオパチーが挙げられた.筋電図ではmyopathic changeを認め,神経伝導検査では複合筋活動電位は正常の40~80%に低下していたが,感覚神経活動電位やF波は正常であった.いずれも顔面筋の筋力低下や眼球運動障害を認めず,敗血症で死亡した1例を除き予後が良好であったことから,診断としてcritical illness myopathyが考えられたが,ウイルスによる直接障害の可能性も否定はできなかった.
Neurology. Jun 29, 2020.(doi: 10.1212/WNL.0000000000010280.)


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