Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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朝型人間の特徴と遺伝子

2016年02月29日 | 睡眠に伴う疾患
私は朝3時には起きてしまう.夜10時頃にはとても眠く,布団に入ったと同時に眠りに落ち,目覚ましをかけることはほとんどなく,目覚めは爽快である.図は「朝型夜型質問紙」の結果だが,やはり「超朝型人間」の判定である.自分はなぜこんなに早起きなのだろう,ずっと疑問だった(笑).

ビジネス書等で,朝型になる方法とかメリットがよく取り上げられているが,自分の場合,努力したことはない.学生のころはこれほど朝型ではなかったが,医師になってからこの傾向が顕著になった.逆に夜型の人もたくさんいるが,このような朝型・夜型は,睡眠の「概日リズム(約24時間周期で起こるリズム)」の位相がずれた結果,生じると考えられてきた.このリズムは視床下部にある体内時計「視交叉上核」にて形成されている.

この概日リズムは複数の遺伝子(時計遺伝子)により制御されている.最初に線虫で同定されたper,マウスで同定されたCLOCK,ヒトでは家族性睡眠相前進症候群において同定されたPER2などが有名である.また概日リズムは,網膜からの光刺激によっても調節を受けている.ただ,上記のような時計遺伝子群が,朝型・夜型人間の形成に影響しているかについては分かっていなかった.

今回,自分の長年の疑問に答える研究がNature Communicationsに掲載された.米カリフォルニアのDNA解析サービス会社「23andMe」が,8万9283人を対象とした調査を行い,各人に朝型,普通型,夜型人間と申告させた後,全ゲノム関連解析(GWAS)を行い,さらに睡眠や健康の状況などを調査した.結果として,まず朝型は女性に多く,高齢化するほど頻度が高くなることがわかった.GWASの結果,朝型人間に関連する15個の遺伝子座が同定され,そのうち7つは概日リズムとの関連が確立されている遺伝子の近傍にあった(RGS16,VIP,PER2,HCRTR2,RASD1,PER3,FBXL3).例えばRGS16は長い概日リズムに関与,VIPは視交叉上核の重要な神経ペプチドである血管作動性腸管ペプチドをコードし,HCRTR2はナルコレプシーの原因となるヒポクレチン受容体2をコードしている.そしてRASD1やPER3,FBXL3は光感知を制御する遺伝子群である.つまり朝型は概日リズムや光感知を調節する遺伝子により規定されている可能性があるのだ!

さらに朝型人間の特徴が示されている.年齢や性別に関わらず,夜型人間と比較して,(1)不眠症に悩まされたり,8時間以上の睡眠を必要とするケースが少ない(オッズ比それぞれ0.66,0.67).(2)またうつの合併も少なく(オッズ比0.64),(3)BMI(肥満指数)では過度のやせや肥満が少なかった.つまり朝型人間は不眠症やうつ,肥満になりにくく,毎晩8時間以上の睡眠を必要とすることもない(たしかに自分も不眠の心配はなく,8時間眠るなどありえないshort sleeperで,かつノーテンキである).逆に夜型はこれらになりやすい可能性がある.

つまり朝型・普通型・夜型を規定する体内時計は,生まれ持った遺伝子に規定されているもので,トリクルダウン効果(他の現象にも波及するという意味)により,体重や気質などの他の生物学的・心理的プロセスにも影響が生じている可能性がある.ただし,メンデルの無作為化解析では,遺伝子と表現型の因果関係は得られず,著者らはこうした結果は必ずしも因果関係を意味するものではないと述べている.なお,23andMeは体内時計に作用する薬剤を開発しているReset Pharmaceuticalsという会社と契約を結んだそうで,おそらく今回の遺伝子解析データをもとに治療薬開発が行われるのだろう.

それにしても今回のような結果を読むと,ビジネス書で勧められるような朝型への生活スタイルの変更は,そもそも夜型の遺伝子を持っているひとには難しいのかもしれない.

Hu Y et al. GWAS of 89,283 individuals identifies genetic variants associated with self-reporting of being a morning person. Nat Commun. 2016 Feb 2;7:10448.

日本語版朝型-夜型(Morningness-Eveningness)質問紙による調査結果. 心理学研究. 1986; 57: 87-91.



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患者さんに突然死のリスクを伝えるか,伝えないか? ―てんかんに学ぶ―

2016年02月27日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学では,多系統萎縮症(MSA)における突然死の問題に2001年より取り組み,その機序や予防について多くのことを明らかにしてきた.しかし最終的にたどり着いたのは臨床倫理的な問題であり,そのなかでも「いつ,どのように患者さんに突然死のリスクを伝えるか?」はとくに難しい問題である.患者さんの知る権利は尊重すべきものであるが,突然死に対する不安は,患者さんに大きなマイナスの影響を与えることは容易に想像がつく.この問題を議論するために,「てんかん患者に起きる予期せぬ突然死(Sudden unexpected death in eplepsy;SUDEP)」に対する病状説明の現状を理解することは役に立つ可能性がある.

まずSUDEPは,てんかん患者さんに起きた,死因を特定できない突然死を指す.発生率は1,000人・年当たり0.9~2.3件で,一般人口における突然死の20倍以上である.危険因子としては,全般性強直間代発作の発生頻度が高いことが重要で,そのほか,男性,若い発症年齢,長い罹病期間,抗てんかん薬の多剤療法が知られている.てんかんにおける突然死のリスクを,患者さんや家族は知りたがっているのか,また医師はどのように伝えるべきかという問題を検討した論文を3つみつけるけることができたのでご紹介したい.

(文献1)Brodie MJ, Holmes GL. Should all patients be told about sudden unexpected death in epilepsy (SUDEP)? Pros and Cons. Epilepsia 2008;49 (Suppl 9):99–101.
症例報告を元にした問題提起の論文.SUDEPの危険性は知らせるべきであるが,その危険性は症例ごとに異なること,かつ適切な治療介入が行われた場合,その頻度は極めて稀であることから,必ずしも全例に伝える必要はなく,とくに危険因子を有する患者さんを対象とすべきではないかという考えを2名の著者が議論している.とくに患者さんの年齢,病歴,教育レベル,性格を考慮して,個々の症例ごとに判断すべきと指摘している.

(文献2)Gayatri NA, Morrall MC, Jain V, et al. Parental and physician beliefs regarding the provision and content of written sudden unexpected death in epilepsy (SUDEP) information. Epilepsia. 2010;51(5):777-82.
SUDEPに関する情報提供について,小児神経内科医と両親にアンケートした論文.74%の医師は一部の症例にのみ情報提供を行い,その告知の及ぼす影響についてはよく分からない状況であった.逆に両親の91%は医師にSUDEPの情報提供を希望し,その情報は短期的・長期的にマイナスの影響を与えるものではなかった.対面による説明を行った後,説明資料を手渡すことが良いと述べている.

(文献3)RamachandranNair R, Jack SM, Strohm S. SUDEP: To discuss or not? Recommendations from bereaved relatives. Epilepsy Behav. 2016;56:20–25.
SUDEPで身内をなくした27名の遺族に対して行ったインタビューの結果から,突然死のリスクをどのように伝えるべきか議論した論文.遺族は,突然死の情報(頻度,危険因子,予防法)を患者本人に説明すべきという希望を持っていること,医師は突然死の危険性について,個々の症例の感情や認知機能を考慮のうえ,最適な時期と状況を選んで伝えるべきと述べている.

以上より,SUDEPでは,多くの患者さん・家族は突然死のリスクを知りたいと考えていること,医師はその危険因子や患者さんの状況を考えて,個々の症例ごとに適切に判断する必要があることが論じられている.MSAにおけるこのような調査は知る限りにおいてないが,おそらくあまり説明はなされていないのではないだろうか.個人的には,患者さんや家族が突然死の危険性をどの程度知りたいかを明らかにすること,個々の症例ごとに,突然死の危険性を判断し,最適な時期・方法で説明を行うことが必要であるように思う.MSAでの突然死は,自律神経症状が高度であることや,声帯開大不全が高度であることが報告されているが,突然死のリスクをより正確に予見する症候の同定も必要である.

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ALSにおけるうつの治療は生命予後を改善する可能性がある -患者報告アウトカムを用いた検討-

2016年02月27日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)では,病名の告知,病状の進行に伴い喪失する機能,人工呼吸器といった医療処置の選択など,さまざまな問題に直面するため,反応性のうつを生じやすい.うつの頻度については,医師が診断基準に照らし合わせて調査すると5~15%と低いものの,患者自身が質問票を用いて回答すると頻度が高くなることが知られ,検討の方法により乖離が生じる.また少数例の検討ながら,うつはALSにおける生命予後に悪影響を与える可能性が指摘されている.

今回,1,067名のALS患者さんを対象として,うつの頻度,長期的な経過,生命予後への影響を調査した大規模観察研究が米国Cleveland clinicから報告されたのでまとめたい.まず方法としては,近年注目されている患者報告アウトカム(patient-reported outcome;PRO)を用いている.PROは患者さんから直接得られた症状やQOLに関する測定値である.患者さん自身が判定し,その結果に医師やその他の誰も関与しない.対象となる疾患は,患者自身の症状やQOLの変化が重要な疾患であり,すべての疾患が該当するものではない.つまりPROは,臨床的有用性を患者さんの視点で捉えることができる.本研究では, Patient Health Questionnaire-9 (PHQ-9)とその他の自己報告指標を,タブレット端末を用いて評価している.PHQ-9は点数が高いほど,うつが重症である(0~27点).

さて結果であるが,8年をかけて1,067名の患者さんが参加,うち964名が少なくとも1回以上PHQ-9を施行した.中等症(PHQ-9 ≥10),やや重症(PHQ-9 ≥15),重症(PHQ-9 ≥20)のうつの頻度はそれぞれ33%(健常対照では6.8%),14%,5% であった.中等症以上のうつを合併する群(PHQ-9 ≥10)と,非合併群(PHQ-9<10)を比較すると,<font color="blue">うつは死亡率を増加させる因子となるものと考えられた(ハザード比1.041,95%信頼区間1.018-1.065).さらにPHQ-9はQOLとも負の相関をした.そしてうつに影響する因子として,病初期からALSが重症であること,および情動調節障害(pseudobulbar affect)が同定された.長期的な検討として,587名が複数回のPHQ-9の評価を行ったが,うつの増悪・進行は認められなかった.

以上より,ALSにおいて,PROによる評価では中等症以上のうつが1/3に合併し,初診時,重症であるほどうつを合併しやすいことが分かった.しかし意外なことに経過中,運動症状が増悪してもうつの増悪は認められなかった.特に重要なことは,うつは生存率やQOLに有害な影響を及ぼすことが明らかになった点であり,今後の新薬の臨床試験でもうつが予後に影響をおよぼすことを認識する必要があると言えよう.よってALSでは,うつを治療することが推奨されるが,これにより生命予後が改善するかについては不明である.今後,うつに対する治療介入研究が望まれる.

Depression in ALS in a large self-reporting cohort. Neurology. 2016 Feb 17. [Epub ahead of print]
 




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脳卒中と感染・炎症-国際脳卒中学会(ISC2016@ロサンゼルス)

2016年02月19日 | 脳血管障害
国際脳卒中学会(ISC2016)に参加した.私達のチームは,脳保護薬プログラニュリンの続報(神経保護メカニズム)を発表した.個人的関心はやはり基礎研究で,急性期の神経保護療法の今後や,回復期の幹細胞移植療法の現状を知ることにあったが,ここでは面白かった臨床的トピックをまとめたい.それは「脳卒中と感染・炎症」をテーマにしたThe interface between infection and cerebrovascular diseaseというシンポジウムである.結論から言うと,「脳卒中は感染・炎症と深い関わりがあり,治療標的となる」,もっと具体的に言うと,(1)脳卒中は(単一ではなく)さまざまな感染症がリスクや引き金になり発症し,(2)発症後,全身性の炎症反応が引き起こされ,(3)感染,とくに肺炎は予後を増悪させる,ということである.以下,3つに分けて説明したい.

(1)感染症は脳卒中のリスク・引き金となる
以前より,肺炎クラミジアは血管内皮障害を介して,脳梗塞の危険因子になる可能性が指摘されたが,結局,メタ解析で否定され,現在,このような単一の感染症は脳梗塞の危険因子とならないとは考えられている.しかし,近年,単一の感染症ではなく,さまざまな感染の繰り返し・総和(inflammatory burdenという)が動脈硬化に関連することが分かってきた.つまり「歯周炎・肺炎クラミジア・ピロリ菌・ウイルス感染(CMV,HSV)などの感染」に,遺伝・環境因子も関与して,脳卒中が生じるという考え方である.これらの感染を数値化したInfectious burden indexと頸動脈エコーの最大プラーク径が相関することが示されている.このindexは認知機能低下にも関わる.
上記のような長期的な感染だけでなく,インフルエンザや肺炎,尿路感染症,ヘルペス感染といった感染は,短期的に脳卒中の引き金にもなることが分かってきた.
以上の結果から,脳卒中患者や危険因子を抱えるひとでは,脳卒中の引き金になるインフルエンザを予防するためのワクチンの励行が勧められ(AHA/ASAガイドラインに掲載),かつ長期的にも「感染➔血管プラーク➔脳卒中」とならないよう,感染症の積極的治療が推奨される.

(2)脳卒中後の全身性炎症反応は保護的効果をもつ
脳卒中後の発熱は30%の症例に見られるが,必ずしも感染を伴わない.これは,2つの機序により生じると考えられている.1つ目は脳内で生じる炎症(血管炎症,サイトカイン,好中球,ミクログリア・リンパ球の順に活性化)が,破綻した血液脳関門を介して全身に波及する(Brain Immune interface;local pathway),2つ目は,脳からのシグナルが全身,とくに骨髄と脾臓に伝えられ,変化が生じる(Brain Immune interface;neural pathway)というものである. 後者に関して,脾臓は脳卒中後,サイズが縮小するが,4日目頃から逆に大きくなるらしい.このような反応はまとめて,systemic inflammatory response syndrome in stroke(SIRS)と呼ばれ,脳卒中の重症度や予後と相関する.炎症経路と炎症抑制経路が同時に活性化する.SIRSを示す徴候としては以下が報告されている.
1.発熱
2.循環型DAMP(damage-associated molecular patterns):S100,HMGB1
3.血漿サイトカイン(IL1,6,8,10,17)
4.炎症性プロテアーゼ(MMP9)
5.白血球左方移動
6.血球トランスクリプトームの変化
しかし,このSIRSの臨床的意義は十分に解明されていないが,とくに脾臓からの単球は保護的効果を含むと考えられている.よってSIRSの抑制は予後を悪化させる可能性がある.治療への応用のためにはメカニズム解明が不可欠で,preconditioningはSIRSと同様の変化をきたすことから,SIRSの保護的効果の解明に有用と考えられている.

(3)脳卒中後感染,特に肺炎は予後を悪化させる.
脳卒中後,感染は20-61%,肺炎は6-22%に合併する.とくに後者は予後不良に関連し(オッズ比2-6),かつ死因の1位である(オッズ比2-14).AHA/ASAガイドラインでも肺炎,尿路感染に対する積極的治療の必要性が記載されている(Class Iエビデンス;写真).肺炎の原因は嚥下障害等に伴う誤嚥と,脳卒中後の免疫抑制であると考えられている.であれば,予防的抗生剤の投与で予後が改善するのではないかと期待される.肺炎を起こす脳梗塞マウスモデルがあり,実際に脳卒中後免疫抑制も確認されていて,予防的抗生剤投与を行うと予後が改善した.しかしヒトでは2つの大規模試験が行われたものの無効であった(しかしプロトコールの改善の余地あり).今後,脳卒中関連肺炎の定義,バイオマーカーの同定,治療開始時期,治療薬についての検討が必要である.,免疫調整療法としてβブロッカーや吸入型IFNγが期待されている.

以上より,(1)さまざまな感染症が,脳卒中のリスクや引き金とならないように適切に治療すること,(2)全身性の炎症反応を抑制せず,かつ治療に応用すること,(3)脳卒中後肺炎を予防する,という戦略が今後,考えられる.


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大脳皮質基底核症候群と大脳皮質基底核変性症の診断

2016年02月16日 | その他の変性疾患
東名古屋病院饗場郁子先生と共同で,臨床神経学に標題の総説論文を執筆いたしました.図のように複雑になっているCBSとCBDの疾患概念の変遷や診断基準をご紹介し,最後に日常診療においてどのように診断をすべきかをまとめました.現時点での総説決定版だと思います(笑).Advance publicationの状態で,下記リンクよりフリーでダウンロードできますので,ぜひご覧ください.


文献ダウンロード



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第15回高松国際パーキンソン病シンポジウム

2016年02月07日 | パーキンソン病
高松国際パーキンソン病シンポジウムに参加した.若手育成教育を継続的な課題とした充実したプログラムと,海外の著名なエキスパートが参加されること,そして参加者がとても仲の良いことが特徴のシンポジウムである.
2日目のビデオセッションの歩行に関するビデオは非常に勉強になった.面白かったのは歩行時の腕のふりの左右差.これは肩関節の病気,Erb麻痺,脳卒中のほか,症状の左右差を認めるパーキンソン病患者さんで認められるが,なんと,プーチン大統領やメドヴェージェフ首相,さらに他3人のロシア高官は,揃って右手の振りが明らかに少ない(パーキンソン病疑惑!?).これは恐らく銃を素早く打てるように腕のふりを少なくして歩くように,KGBで訓練を受けたためであろうと言われている(BMJ誌のクリスマス論文にもなっている)
文献:“Gunslinger’s gait”: a new cause of unilaterally reduced arm swing
YouTube動画

また初日のビデオセッションでは以下の6症例の提示があったので記録しておきたい.
【問題編】
Case 1 82歳女性
主訴:意識障害.昼寝したが,起きなかった,救急車にて来院.
神経学的に,左への共同偏視と顔面を含む右手のコレア・バリスム
数日続いて徐々に減少した.糖尿病なし.頭部MRIでは左MCA領域の広範な梗塞,基底核病変なし

Case 2 57歳女性
6ヶ月の経過で徐々に増悪する,舌の異常運動に伴う構音障害.喋っていると舌が右前に出てきてしまう.キャンディーを舐めると改善する.

Case 3 79歳男性
眼球運動において,水平に動かすとflutter-like oscillationが出現,その他の小脳性運動失調と振戦を認める.ステロイド治療で症状が改善した.

Case 4 兄妹例
兄47歳男性
39歳:口部の不随意運動,44歳:記憶障害,46歳:歩行障害(ジストニア>コレア)
妹42歳女性
31歳:てんかん・記憶障害,40歳:歩行障害(ジストニア<コレア),42歳:口部の不随意運動
歩行がなんとも特徴的で(peculiar gait),hyperkineticであるが,片足を跳ねるような,フラミンゴwalk.

Case 5 
36歳のタイ人男性
舌が動いてしまうことによる構音・嚥下障害,うまく噛むことができず飲み込む状態(Oro-facial dyskinesia).息子の母親はMeige症候群.薬剤中毒(ヘロイン,アンフェタミン)の既往があった.頭部MRI,遺伝子診断,抗神経抗体いずれも異常なし.

Case 6
37歳中国人男性
20年間つづくミオクローヌスとアステリキシス.小脳性運動失調,強直間代発作.STN-DBSが有効であった.

Case 7
50歳女性
20歳:ハイヒールでエスカレーターに乗りにくいことで発症.40歳:歩行障害.46歳,頭部MRIにて基底核に異常所見.50歳:易転倒性,車いす.神経学的に体幹および四肢失調,
軽度の四肢固縮,軽度の認知障害.L-DOPAで一部症状改善.

【回答編】
Case 1
症候学的にはてんかん,つまりEpilepsia partialis continuaでは説明がつかない.診断は,「Cortical hemichorea–hemiballism」とのこと.MCA領域の皮質病変により,cortico-striate-pallido-thalamo-cortical loopが障害され,hemichorea and ballismが生じうるとのこと.
Cortical hemichorea–hemiballismの文献

Case 2 舌ジストニア.心因性の可能性が議論された.

Case 3 抗Yo抗体による傍腫瘍症候群.しかし原発巣不明.

Case 4 chorea acanthocyosis(常染色体劣性,頭部MRIで尾状核萎縮)

Case 5 診断未定だがアンフェタミン誘発性orofacial dyskinesiaを疑っている

Case 6  Progressive myoclonic ataxia(しかしその原因は不明)

Case 7 NBIA(Neurodegeneration with brain iron accumulation)のひとつ neuroferritinopathy,FTL(Ferritin Light chain)遺伝子変異(c.499¬-510del)
SWIで基底核に鉄沈着,DAT-SCANでも低下していたため,L-DOPAを使用し,若干の改善を見た.

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米国における小脳型進行性核上性麻痺(PSP-C)の検討

2016年02月07日 | その他の変性疾患
小脳性運動失調は,進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準において除外項目の一つである.しかし日本人において小脳性運動失調を主徴とするPSP症例が報告されていた.我々新潟大学のグループは,このようなサブタイプをPSP-Cと名付け,昨年,サンディエゴで行われた国際パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDS)にて診断基準案を提唱した(図).

今回,Mayo clinicから米国におけるPSP-Cの頻度についての検討が報告された.また小脳性運動失調の有無により,臨床,病理,遺伝学的背景に違いがあるのかどうかも検討された.対象は剖検により診断が確定した1085例とした.まずMayo clinicが経験した連続100例が検討され,つぎにブレインバンクの985例では,生前診断がMSAか,小脳変性,下オリーブ核肥大,著明な菱脳のタウ病理が目立つ症例が選ばれた.その後,小脳症状・病変の有無により分類した2群において,臨床,病理,遺伝学的な相違が検討された.

さて結果であるが,Mayo Clinicシリーズでは1/100例(1%)のみPSP-Cと考えらえた.この症例の頭部MRIでは,小脳萎縮,軽度の中脳萎縮,上小脳脚萎縮を認めた.またブレインバンクの4例がPSP-Cと考えられた.つまり合計で5例となるが,うち4例は生前,MSAと臨床診断されていた.病理学的解析では,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞といったタウ病理や,小脳歯状核や小脳求心路核(下オリーブ核,橋核),その他の部位(視床下核,黒質,淡蒼球)の変性の程度は2群間で明らかな差を認めなかった.タウ遺伝子型についても差はなかった.

以上より,米国におけるPSP-Cの頻度は,Mayo clinicケースシリーズで1%,全体では5/1085(0.46%)と少なかった.これは欧州からの報告と同程度で,日本人と比べると稀と考えられた.これは遺伝的,民族的背景が関与している可能性が考えられた(日本人では,MSAやALDでも小脳型が多い).今後,PSP-Cの危険因子となる遺伝学的背景の検討が必要と言える.

PSP-C はMSA-Cと鑑別が必要となるため,我々は前述のようにPSP-Cの暫定診断基準案を提案した(図).症状の組み合わせによりprobableとpossibleに分類する.また除外項目として,Gilman分類を満たす自律神経障害と,頭部MRIにおけるhot cross bun signを設けた.この診断基準を今回の5症例に当てはめると,1例はprobable,3例がpossibleを満たした(核上性垂直方向性眼球運動障害を認めなかた).残り1例は,発症から2年以内の転倒を伴う姿勢保持障害を認めなかったため診断基準を満たさなかった.また全例がGilman分類の自律神経障害やhot cross bun signを認めなかった.著者らは,日米の検討結果を踏まえ,我々の診断基準案は妥当と述べている.また小脳性運動失調はPSPの除外項目として適当ではないと述べている.

また病理所見に関して,我々はPSP-Cで,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞の頻度が高い可能性を報告したが,本研究では有意差は認められなかった.また小脳虫部や小脳歯状核の変性の程度も小脳性運動失調を説明するものではなかった.残念ながら,本研究では小脳性運動失調の責任病変を見出すことができなかった.

本研究の問題点としては,第1に後方視的研究であり,小脳性運動失調の頻度が低く見積もられている可能性があること,第2に,ブレインバンク症例のカルテ記載が不十分で見落としがありうること,第3に病理学的に検索していない部位に小脳性運動失調の責任病変がある可能性がありうることを挙げている.

本研究では,どのように正確にPSP-Cを臨床診断するかについての情報を得るに至らなかったが,海外においてもMSAの鑑別診断としてPSP-Cを検討すべきこと,非典型的なパーキンソン症状に失調症状を伴う症例においてはPSP-Cも鑑別診断に挙げることが明らかにされた.

Koga S, et al. Cerebellar ataxia in progressive supranuclear palsy: An autopsy study of PSP-C.
Mov Disord. 2016 Feb 3. doi: 10.1002/mds.26499.



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親の遺伝子診断の結果を子供に,いつ,誰が,どうやって知らせるか?知らせないか?

2016年02月06日 | 舞踏病
自らがハンチントン病の家系の一員であったウェクスラーは,ハンチントン病の遺伝子診断に関連して,the choice not to know nowという表現を用いて,ハンチントン病のリスクのあるひとにおいて,十分な事前のカウンセリングの後に,検査を受けるか,もしくは「今は知らないでおく」かの選択をすべきと述べた.つまり遺伝子検査の結果を「知らないでいる権利(right not to know)」は,症状を呈していない,遺伝性疾患を発症する可能性のある個人において,発症前の遺伝子診断によって,遺伝的リスクの有無を明らかにすることを選択しないでおく権利のことと言える(神経疾患の遺伝子診断ガイドライン2009).

私は大学院生時代,遺伝子診断係を担当し,CAGリピート病をはじめとする遺伝子診断を多数行った.そのなかで遺伝子診断が,本人だけではなく,その家族に大きな影響を及ぼすことや,発症前診断・出生前診断の倫理的問題について考える機会を得た.また自分なりに遺伝カウンセリングについても勉強し,遺伝子診断については理解したつもりであったが,最近,「知らないでいる権利」に関連して考える出来事があったので記載したい.

あるCAGリピート病が疑われる患者さん(孤発例)を担当した(図矢印).この疾患は,診断や発症の予測はできるが,治療法は確立していない.認知機能とBernard Loの基準を用いて「自己決定能力」は保たれていると判断し,ご本人と妻に遺伝子診断のメリットとデメリットを説明したところ,遺伝子診断の希望があった.結果は陽性で,その結果をご説明し,その後の療養について相談を開始した.そのあと,家系内のリスクのある個人(すなわち子供)に,父の遺伝子診断の結果を伝えるかを相談した.つまり遺伝病の家系の一員であるという情報を「いつ,誰が,どうやって知らせるか?」の相談である.

そのとき私は「そもそも子供に知らせなければいけないのであろうか?」と思った.若いころは,このようなことはあまり考えなかったが,今回は「そのリスクを伝えないという選択肢があっても良いのではないか?知らないで過ごしたほうが,幸せなのではないか?」「このような『知らないでいる権利』もあるのではないか?」と考えたのだ.

しかし確信は持てず,遺伝子診療および研究倫理のエキスパートである先生に連絡をとり,相談をしてみた.そして,以下を教えていただいた.
1.「知らないでいる権利」の前提は,「家系内に遺伝病があるということを知っていること」である.つまりこの権利はあくまでも遺伝学的検査の結果に対してのものである.
2.欧州やカナダでは,基本的に親から子供に発症のリスクを伝えるべきと考えられており,そのためのハンドブックもある.そのハンドブックには,まだ子供であっても,親が病気であることを教えることから始め,徐々に自分にもリスクがあることを説明をしていくこと,リスクを説明する際は医療者の支援を求めることが記載されている.
3.一方,日本では,「知らなかったお蔭で,何も考えずに青春を過ごせた」という意見もあり,家系員であることを伝えることは親の義務であるとまでは合意されていないものの,基本的には親から子供に話し,医療者がその応援をするという考え方が支持されている.ただし個々の事例によるという余地を残す必要があると考えられていること.

そもそも自分は「知らないでいる権利」の前提について理解してなかった.しかしそれでも,私が疑問を持ったような,遺伝性疾患の家系員であることを「知らないでいる権利」はないのだろうか?ただし,それを認めた場合,伝えないという判断を親がすることになり,本人の意思は無視されるという問題が生じることは容易に思いつく(そもそも権利とは言えないかもしれない).しかし子供の性格をよく知る親が,事実を知ることに耐えられないと思った場合,子供,もしくは成人であっても伝えないという選択肢もありうるのではないだろうか?

いずれにしても,現在,病気を予見する技術が,治す技術や患者さんを支援する体制より大きく先行している.遺伝病のリスクを抱えたひとを支える体制づくりをより充実させる必要がある.

参考となるホームページ
知らないでいる権利

ウェクスラー家の選択



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