Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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マイハンマー

2021年03月30日 | 医学と医療
リベラルアーツ研究会の卒業生にお祝いを贈りました.思案した結果,ハンマー(打腱器)にしました.一般の研修医が使用するTaylor型(1)とは異なるものが良いと思い,Déjerine型(10)の色違いを用意しました.「ハンマーにも種類があるのですか!」と驚いていたので,ここぞとばかりにマイハンマーを披露しました(笑).

Taylor型(1-3)は世界最初のモデルで,フィラデルフィアの神経内科医Jhon Madison Taylorが開発したものです.1-2がよく使われているもので,白いゴムヘッドは一般に柔らかく患者さんに痛みが少ないですが,軽く反射が出しにくい欠点があります.一方,黒いゴムヘッドでも柔らかいものもあります.米国で購入した3がそうなのですが,ヘッドが重く,柄も長いので反射が出しやすいモデルです.

斧のような形をした4はドイツのBernhardt Berlinerが開発したBerliner型です.5はベルリンのシャリテ大学で購入したもので,ヘッドが柔らかく重さも適度で,かつ格好良いので回診で一番使用しています(正確にはBerliner型と次に述べるTrömner型の中間のようです).もうひとつのドイツモデルがTrömner 徴候で知られるErnst LO Trömnerが開発したもの(Trömner型)で,6は米国神経学会で購入しました.適度に重く,ピンポイントで叩けるので反射は出しやすいのですが叩かれると痛いです.別なモデル(7.8)も試しましたがやはり痛いです.

Déjerine型はJoseph Jules Déjerineによるフランスモデルで,ヘッドが円筒型です(9, 10).ゴムも柔らかく扱いやすいです.もうひとつのフランスモデルがJoseph François Félix BabinskiによるBabinski型です.Babinski は2つのタイプを開発していて,タイプ1は円盤の方向が固定され(11,12),タイプ2は円盤の向きが可動式で変えられるものです.タイプ1は柄が硬いものとしなるものがあり,上手い先生はこの「しなり」で反射を引き出すのですが,このタイプに慣れない私が叩くと叩くたびに「しなり」の強さが変わって,左右差が比較できなくなかったりします.またタイプ2には伸縮するタイプがあります.

14は日本製の工藤式で,いわゆるゴールデンハンマーです.ヘッドが重く,しかし柔らかいので愛用する脳神経内科医は多いと思います(工藤先生とはどなたかご存知でしょうか?:慶応義塾大学脳神経外科初代教授の工藤達之教授ご考案という情報をいただきました).15,16は中国製で,見たことのない形で,15は柄の先から触覚検査用の硬い糸が出てきます.17-19は子ども用で,17は前述のシャリテ大学で購入しました.子ども用なのに17-18は素材がとても固く,診察には使えません.

どうしてハンマーに関心を持ったかというと,各教室の先輩医師がどこに留学して神経学を学んだかによって,主に用いられるハンマーの種類が決まってくるのだと先輩に伺って興味を持ったことがきっかけだったように思います.
Lanska DJ. The history of reflex hammers. Neurology. 1989;39:1542-9.
Pinto F. A Short History of the Reflex Hammer. Pract Neurol. 2003;3:366-371.



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月27日) 

2021年03月27日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ワクチン接種の劇的な効果と注意点,最も多い神経後遺症Brain fog(脳霧),COVID-19の3つのフェーズ,急性期後COVID-19症候群,神経後遺症の病態と対応,中枢神経感染を防止する治療標的です.

新しい研究の焦点として,①ワクチン接種のリアルワールドでの効果,具体的には医療従事者における検証と,②long COVID,すなわち後遺症をいかに考え対処するか,の2つが挙げられます.①では,ワクチンの劇的な効果が示されましたが,重要なことは「2回の接種後14日経過するまでは感染するリスクがある」ということです.それまでは油断せず,感染防止を継続する必要があります.また医療従事者でもワクチン接種を希望する割合は必ずしも高くないものの,効果と安全性に対する情報を適切に周知すれば,接種率は飛躍的に高まることも示されました.②では発症4週と12週を境界として,急性期,亜急性期,慢性期と分類することが提唱され,後者2つを「急性期後COVID-19症候群」と呼ぶことになりそうです.後遺症に苦しむ患者は増加の一途をたどるものと予想されますが,これに対応できる専門外来の重要性が指摘されています.Nature Medicine誌に発表された後遺症に関する総説は必読ですが,専門外来は,広範な後遺症に対応できる高度な総合診療的スキルが求められる難しい外来になると思いました.

◆医療機関におけるワクチン接種の劇的な効果と注意点.
2020年12月15日,医療者に対し,2種類のmRNAワクチン接種を開始したテキサス大学病院からの報告.この時期は,テキサス州で新規感染者数が急速に増加した時期と重なっている.最初の31日間で,医療者2万3234人のうち59%が1回目の接種を受け,30%が2回目の接種を受けた.開始後,2021年1月28日までの間に,350人(1.5%)が新たにCOVID-19に感染した.感染者の割合はワクチン接種の有無によって異なり,非接種者234/8969人(2.61%),中途接種者112/6144人(1.82%),接種完了者4/8121人(0.05%)であった(P<0.01)(図1A).経時的なPCR陽性者の推移を見ると,1月9日以降,劇的に減少していることが分かる(図1B).また感染により隔離される医療者数を90%以上減少できた.これにより感染者数増加で,最も必要とされるときに労働力が保たれた.→ ワクチン接種の効果は劇的である.接種率を向上させることがいかに重要な課題であることが分かる.
New Engl J Med. March 23, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2102153)



またカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)とロサンゼルス校(UCLA)において,感染のスクリーニングとして定期的にPCR検査を行ったところ,2回目の接種から14日後にPCR陽性反応が出ることは稀であること,逆に14日以内では感染が生じうることが報告された.ワクチン接種率が高い環境であっても,大規模な集団免疫が成立するまでは,公衆衛生上の緩和策(マスク着用,物理的距離,日常的な症状チェック)を継続することが重要である.
New Engl J Med. March 23, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2101927)

◆ワクチン接種を躊躇する理由と接種率向上のための方策.
前述のように医療従事者におけるワクチン接種の結果は,一般市民におけるワクチン接種率向上に貢献することができる.しかし調査によると,医療従事者であっても接種を希望する割合は必ずしも高くない.米国から,医療従事者を対象にワクチン接種の意思を確認し,接種をためらう理由を調査した研究が報告された.対象は1万6292名で,「接種する」が55.3%,「しない」が16.3%,「どちらともいえない」が28.4%であった.患者と接する医療従事者は,しない人よりも「する」と回答する割合が高かった(57.3%対51.4%; P < 0.001).「しない」または「どちらともいえない」と回答した人のほとんど(90.3%)が,ワクチンの未知のリスクに対する懸念を訴え,44.3%が他の人の状況が判明するまで待ちたいと回答し,21.1%が性急なFDAの審査過程を信用していないと回答した.また57.4%が,頭痛や倦怠感など,既知の副作用に対する懸念を挙げていた.一方,調査期間中に接種希望の割合が急激に増加したが,このタイミングは,ワクチンの高い有効性を強調し,接種を推奨するFDA諮問委員会によるライブストリーミングなどのワクチン関連イベントと重なっていた.→ ワクチンに関する正しい情報を,適切に伝えることで接種率を向上することができる.本邦でもさらなる努力が必要である.
JAMA Netw Open. 2021;4(3):e215344.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.5344)

◆神経後遺症としてBrain fog(脳霧)が多い.
米国ノースウェスタン大学の報告.2020年5月から11月の間に,「Neuro-COVID-19クリニック」に来院した最初の連続100名(PCR陽性50名,陰性で臨床的に診断した50名)を対象とした前方視的研究である.肺炎や低酸素血症による入院歴がないものの,神経症状が6週間以上続いている患者を対象とした.平均年齢は43.2±11.3歳,70%が女性であった.最も頻度の高い併存疾患は,うつ病/不安症(42%)と自己免疫疾患(16%)であった.主な神経学的症状は「Brain fog(脳霧)」(81%),頭痛(68%),しびれ・疼痛(60%),味覚障害(59%),嗅覚障害(55%),筋痛(55%)であった.嗅覚障害のみ,PCR陽性患者において頻度が高かった(74%対36%,p <0.001).頻度の少ないものでは,霧視(30%),耳鳴(29%),運動異常症(5%;ただし自己申告),局所運動/感覚障害(5/2%),構音障害(2%),失調(1%),けいれん発作(1%),嚥下障害(1%),失語症(1%)を認めた.罹病期間と主観的な回復感には相関はなかった(図2.感染前を100%と仮定して,来院時の回復度を評価してもらうと,時間が経過してもほとんど変化がない).QOLに関して認知機能と疲労の領域で低下が認められた.PCR陽性患者は,健常集団と比較して,注意力とワーキングメモリの認知タスクの成績が悪かった(いずれもp<0.01).その他の症候では疲労を85%に認めた.以上より,入院歴のない患者でも,顕著で持続的なbrain fog と疲労を呈し,認知機能とQOLへの障害も生じている.→ テレビのニュースで,患者の80%に脳霧が生じたと報道されていたが,「Neuro-COVID-19クリニック」を受診した患者であることを示さないと誤解を招く.またBrain fogの定義が不明確で,論文では「長引く認知障害を表す口語的な用語」と紹介されている程度であった.
Ann Clin Transl Neurol. Mar 23, 2021 (doi.org/10.1002/acn3.51350)



◆急性期後COVID-19症候群(Post-acute COVID-19 syndrome)の本格的総説.
【急性期後COVID-19症候群の定義】
Nat Med誌に後遺症に関する総説が発表された.まず「急性期後COVID-19症候群」を発症から4週間を経過した状態と定義し,さらに①亜急性期ないし進行中(ongoing);4-12週,②慢性期ないしポストCOVID-19症候群;12週以降の2つに分類している(図3).よってCOVID-19は急性期,亜急性期,慢性期と分類されることになる.また急性期後COVID-19症候群は,呼吸器,血液(凝固異常),心血管,精神神経系,腎,内分泌,消化管・肝胆膵,皮膚科,MIS-Cと症候が多岐に及ぶことから,多職種の協力が不可欠であると強調している.各領域の後遺症の症候,病態,対処について述べられており,自身の専門領域について必読の論文となっている.



【神経後遺症の病態と対応】
神経後遺症の病態としては,ウイルスの直接感染,全身性炎症,神経炎症,微小血管の血栓症,神経変性を推定している.SARS-CoV-2ウイルスの中枢神経感染により後遺症が生じたとする有力な証拠はまだないとしつつも,血液脳関門に影響を与え,神経細胞,グリア細胞,血管系に炎症を引き起こすのではないかと推測している.つまり「慢性的な低レベルの脳内炎症が,持続的な症状に関与している」と考えている.brain fogについては,長期臥床やPTSDなどから発展する可能性や,軽症例では自律神経障害が寄与している可能性を指摘している.最後にICUから退院した患者の20-40%に認知症が発生することを紹介している.
治療は,頭痛などの神経症状に対しては,標準的治療を行う.難治性頭痛には,画像診断や専門医への紹介を行う.認知機能障害を認める場合には神経心理学的評価を行う.不安,うつ,睡眠障害,PTSD,自律神経障害,疲労などの患者を特定するため,スクリーニングツールを用いて評価を行う.
→ 後遺症を持つ患者に対する医療ニーズは今後,増加し続ける.この総説を読むと,COVID-19後遺症外来では,広範な後遺症に対応できる高度な総合診療的スキルが求められることが分かる.
Nat Med. Mar 22, 2021(doi.org/10.1038/s41591-021-01283-z)

◆中枢神経感染を防止する治療標的.
中枢神経への感染は,ウイルス側因子のスパイク蛋白(S)と,宿主側因子の自然免疫によって制御されているが,COVID-19における両者の相互作用については,十分解明されていない.スパイク蛋白は,宿主側のプロテアーゼにより,受容体結合ドメイン(S1)と融合ドメイン(S2)の境界(S1/S2)や,S2内の融合ペプチドに隣接した位置(S2')で蛋白分解が起こる可能性がある.カナダから,神経毒性が強いコロナウイルスHCOV-OC43をSARS-CoV-2ウイルスの代替として用い,中枢神経への感染に関わる因子が報告された.結論としては,S1/S2部位の切断は感染力低下を招くが,S2'部位での切断は感染力増強をもたらす.また1型インターフェロン(IFN1)に関連した自然免疫は,上衣細胞への感染を防御することで,中枢神経への感染防御に重要な役割を果たすことが分かった.つまり中枢神経への感染を防御する治療標的として,スパイク蛋白の切断の制御と,IFN1関連自然免疫の増強が示された.
J Virol. Feb 24, 2021(doi.org/10.1128/JVI.00140-21)

◆切手で見る新型コロナ.
JAMA誌に変わった論文が掲載されていた.フランスの医師による研究で,COVID-19パンデミックに関連して2020年に発行された公式切手を調査した研究である.最も多く描かれていたものは,頻度の高い順に,臨床医(n=21),ウイルス(n=14),科学者(n=12),兵士(n=11),患者(n=7)であった(図4).
JAMA. Mar 22, 2021(doi: 10.1001/jama.2021.2139)



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成人脳性麻痺の特徴と脳神経内科医の役割・教育

2021年03月23日 | 医学と医療
脳性麻痺は,胎児や乳児の発達中の脳の障害に起因する運動障害を主徴とする疾患である.私は週1回,近隣の病院で重度心身障害者の回診をさせていただいており,成人の脳性麻痺患者さんを多数診察する機会を持った.そこで驚いたことは,脳性麻痺は定義上,非進行性の疾患のはずなのに,実は認知症をはじめとする様々な進行性の変化を認めるということである.

今回,米国の小児神経科医による印象的な総説を読んだ.既報109論文を用いて,脳性麻痺における加齢に伴う変化について調査したものであった.分かりやすいビジュアル・アブストラクトが作成されているが(図),成人脳性麻痺では,脳卒中,脊髄症,運動能力の低下,慢性疲労,慢性疼痛が新たに出現することが示されている.例えば脳卒中のハザード比は,危険因子を調整しても2倍,脊髄症に至っては8倍で,ジストニアを認める脊髄症をきたしやすい症例以外でも合併しやすいことが示されている.さらに痙性・ジストニア,認知症,てんかん,睡眠障害,不安やうつなど精神疾患の頻度も高い可能性が示唆されている.なぜこのようなことが起こるのか,原因はまったく分からないが,少なくとも成人脳性麻痺における合併症のメカニズムの解明と予防・治療・ケアが重要であることが分かる.



しかし大きな障壁がある.小児神経科医は,成人の医療に不慣れであり,逆に脳神経内科医は,小児の医療に不慣れで,小児期発症の障害が成人の生理にどのように影響するかについてほとんど理解できていないことだ.つまりこの問題は「移行期医療」の問題,小児期発症の病気を抱えたまま成人年齢に達した方が年齢に見合った包括的な医療を受けられるようにすることにほかならない.「移行期医療」の対象疾患は,脳性麻痺のみならず,てんかんから小児神経筋疾患まで多岐にわたる.この「移行期医療」をスムーズに実現するために必要なのは,脳神経内科の教育プログラムに小児神経学のトレーニングを追加することだと本論文は述べている.本邦でも,現在のように脳神経内科専攻医は内科学のみ研修するプログラムでなく,関連する領域と必要に応じて自由に交流し,初期研修とは異なる高いレベルの研修が望まれる.具体的には小児科,精神科,脳神経外科,リハビリ科等々を含めた,柔軟な教育システムの再構築が必要であろう.
Smith SE, et al. Adults with Cerebral Palsy Require Ongoing Neurologic Care: A Systematic Review. Ann Neurol. 2021 Feb 7.(doi.org/10.1002/ana.26040)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月20日)  

2021年03月20日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ワクチン接種者へのインセンティブ,アストラゼネカワクチン変異株に予防効果なし,神経疾患に対するワクチンの考え方,入院患者の後遺症としての認知機能障害の頻度38%!,持続脳波モニタリング異常は予後不良,COVID-19に伴う急性虚血性脳卒中の特徴,多発性硬化症における予後予測因子,ICU患者に対する標準量以上の予防的抗凝固療法は支持されない,です.

緊急事態宣言が解除されることになり,対策の5本柱(①飲食店対策,②変異ウイルス対策,③PCR検査の強化,④ワクチン接種の推進,⑤医療提供体制の充実)が発表されましたが,第4波への不安を感じた人が多いのではないでしょうか.「数値」や「期限」といった目標が不明確であることが一因ではないかと思います.目標設定の基本は「SMARTの法則」,すなわちSpecific(具体的で),Measurable(測定可能で),Assignable(役割や権限の割り当てができていて),Realistic(現実的な目標であり),Time-related(期限が設定されている)という5つの因子を考えて初めて,目標達成の可能性を最大限に高めることができます.例えば④ワクチン接種の推進では,次に示すイスラエルのような具体的な戦略が必要になってきます.

◆ワクチン接種を促進するイスラエルにおける「グリーンパス」.
人口930万人のイスラエルでは,ファイザーワクチンの十分な供給を受け,2020年12月20日に接種を開始し,2021年2月20日までに,16歳以上の国民の40%,60歳以上の国民の80%以上が2回のワクチン接種を受けた.また接種率を高めるためのインセンティブモデルとして「グリーンパス」が導入された(図1;写真はJapanTimesより).2回目の接種から1週間経過したなど,免疫を獲得した個人に対して,社会的,文化的,スポーツ的なイベントや,ジム,ホテル,レストランへの入場を6ヶ月間に限定して許可するというものだ.COVID-19確定患者と接触した後や,海外旅行から帰国した後,10~14日間の隔離も免除される.この政策の目的は,集団免疫に達するのに十分な割合である「全国民の95%の接種率」を達成しようとするものである.ただしワクチン接種の有無による差別につながりうるという倫理的・法的問題があり,賛否両論がある.いずれにしてもイスラエルは,より高い接種率を達成するためのインセンティブ制度を開発したい他国にとって有益な情報となる.→ 日本でも,接種率向上のためのインセンティブモデルについて議論を早く開始する必要がある.
JAMA. March 15, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.4300)



◆アストラゼネカワクチンに変異株B.1.351に対する予防効果なし.
南アフリカで最初に確認されたB.1.351(501Y.V2)変異株を含む,新たな変異株に対するワクチンの有効性を検討した研究が報告された.アストラゼネカのChAdOx1 nCoV-19ワクチン(AZD1222)の安全性と有効性を評価するため,南アフリカにおいて多施設共同二重盲検無作為化対照試験が実施された.18歳から65歳未満の参加者に対し,ワクチンまたは偽薬を21~35日の間隔で2回接種するよう1:1に割り付けた.主要評価項目の解析では,軽度から中等度の COVID-19が,偽薬接種者で23/717 名(3.2%),ワクチン接種者で19/750 名(2.5%)に認められ,有効率は 21.9%と低かった(図2).42名のCOVID-19のうち,39名(92.9%)がB.1.351変異株によるもので,副次評価項目として解析したこの変異株に対するワクチンの有効性は10.4%であった.重篤な有害事象の発生率は,両群で同等であった.アストラゼネカワクチンを 2 回接種しても,B.1.351 変異株による軽度から中等度の COVID-19に対する予防効果は認められない.
New Engl J Med. March 16, 2021(doi.org/10.1056/NEJMoa2102214)



◆神経疾患に対するワクチンの考え方.
米国神経学会(American Neurological Association;ANA)がワクチンに関する疑問を米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)のAvindra Nath博士に質問した内容がAnn Neurol誌に掲載されている.重要な点を抜き出す.
1.COVID-19ワクチン接種を禁忌とする神経疾患はない.
2.免疫抑制剤使用中の患者では,COVID-19罹患後の重症化リスクが高くなる可能性がある.よってこれらの患者ではワクチン接種は特に重要となる.
3.免疫抑制剤の中には,ワクチン抗原に対する免疫反応を減弱するものもある.これらの患者では,ワクチンの接種時期が重要である.多発性硬化症患者に対する最近のガイドラインでは,免疫反応を最大化するため,接種タイミングを治療開始前または治療サイクルの終了間際にすることが推奨されている.
4.個人レベルでも集団レベルでも,ワクチン接種のメリットは,神経系の副反応をきたすリスクをはるかに上回る.ただしワクチンと神経系の副反応との関連を明らかにするためには,前向き研究が必要である.
Ann Neurol. March 12, 2021(doi.org/10.1002/ana.26065)

◆入院患者の後遺症としての認知機能障害の頻度は38%!
フランスから,2020年3月から5月までに大学病院に入院したCOVID-19患者の4ヵ月後の状況が報告された.対象となる834名のうち,478名(平均年齢61歳)が電話による調査を受けた.244名の患者(51%)が罹患前になかった症状を少なくとも1つ申告した,その内訳は疲労が31%,認知機能に関する訴えが21%,新たに発症した呼吸困難が16%であった.177名の患者(37%)にはさらなる評価が行われた.20項目のMultidimensional Fatigue Inventoryスコア(n=130)の中央値は,意欲の低下が4.5,精神的疲労が3.7であった(1が最高,5が最悪).108/171名(63%)の患者に胸部CTでの肺の異常所見を認めた.MoCAにより評価した認知機能障害は61/159名(38.4%)に認められた(図3).元ICU患者94名では,不安,抑うつ,心的外傷後の症状がそれぞれ23%,18%,7%に認められた.→ 認知機能障害の合併頻度が高く,かなりショッキングなデータと言える.
JAMA. Mar 17, 2021(doi.org/10.1001/jama.2021.3331)



◆持続脳波モニタリングの異常所見は予後不良予測因子である.
米国からの報告.連続脳波モニタリングを受けたCOVID-19患者197名において,脳波異常の有病率と予後不良予測因子を後方視的に検討した論文が報告された.結果として,脳波異常をみとめるけいれん発作は19名(9.6%)に認められ,そのうち11名(5.6%)は非痙攣性てんかん重積発作(NCSE)であった.またてんかん性脳波異常を96名(48.7%)に認めた(発作時もしくは発作間欠期).画像上の既存の頭蓋内病変は,NCSEと関連していた(14.3%対3.7%,オッズ比4.33,p=0.02).多変量解析では,脳波異常をみとめるけいれん発作は,院内死亡の独立した予測因子であった(ハザード比4.06,p<0.01)(図4).競合リスク分析では,NCSEを認めると,入院期間が長期化した(30日後の退院率は,NCSEありvs.なし:0.21対0.43).以上より,持続脳波を評価するようなCOVID-19患者において,てんかん性脳波異常は約半数に認められ,かつ不良な予後と関連していた.
Ann Neurol. March 11, 2021(doi.org/10.1002/ana.26060)



◆COVID-19に伴う急性虚血性脳卒中の特徴.
COVID-19患者における急性虚血性脳卒中(AIS)の合併は予後不良であるという既報がある.米国の458病院から,2020年2月~6月に入院したAIS患者4万1971名(COVID-19あり:1143名,COVID-19なし:4万828名)を特定し,臨床的特徴,治療,転帰を比較した研究が報告された.COVID-19群では,COVID-19なし群と比較して,若く,黒人,ヒスパニック系,アジア人である可能性が高く,NIHSSスコアが高く,大血管閉塞の割合が高かった.血栓溶解療法と血栓回収術の実施率は両群間で同等であった.COVID-19群では,CT撮影までの時間(中央値55分 vs 35分,P<0.001),穿刺までの時間(中央値59分 vs 46分,P<0.001),血管内治療までの時間(中央値114分 vs 90分,P=0.002)が長かった.調整モデルでは,COVID-19群は,modified Rankin Scaleスコアが 2 以下で退院するオッズが低く(オッズ比,0.65,P<0.001),院内死亡のオッズが高かった(オッズ比,4.34,P<0.001).以上より, COVID-19患者におけるAISは,通常のものと比べて,年齢が若く,脳卒中の重症度が高く,評価と治療に要する時間が長く,罹患率と死亡率が不良であることが分かった.
Stroke. Mar 17, 2021(doi.org/10.1161/STROKEAHA.121.034301)

◆多発性硬化症における予後予測因子.
多発性硬化症(MS)におけるCOVID-19感染後の危険因子について,北米の大規模コホート研究(COVID-19 Infections in MS Registry)が報告された.重症度は4段階に分類した(入院不要,入院のみ,ICU/人工呼吸器装着,死亡).患者1626名のうち,1345名(82.7%)がPCR陽性,残りは臨床的にCOVID-19が強く疑われる症例であった.女性が74.0%,平均年齢47.7歳,再発寛解型MSが80.4%であった.全体の死亡率は3.3%.歩行障害と高齢であることは,入院不要の患者と比較して,すべての臨床的重症度のオッズの上昇と関連していた(歩行障害:入院のみ,オッズ比2.8,ICU /人工呼吸器3.5,死亡25.4,年齢[10年ごと]:入院のみ1.3,ICU /人工呼吸器1.3,死亡1.8).年齢が10歳上がるごとに,入院のみ,ICU/人工呼吸器のリスクが各々30%増加し,死亡リスクは76.5%も増加した.男性は,入院リスクが41%,死亡リスクが3倍以上増加した.心血管疾患は入院リスクを91%,死亡リスクを3倍以上増加させた.疾患修飾薬の使用のない患者と比較し,リツキシマブは入院リスクを4.5倍増加させたが,他の重症度とは関連なし.オクレリズマブ(CD20 モノクローナル抗体)は入院リスクをわずかに上昇させた(1.63).フマル酸塩とナタリズマブは,それぞれICU/人工呼吸器リスクを低下させた.過去2カ月間のグルココルチコイドの使用は,入院リスクを約2倍,死亡リスクを4倍に増加させた.
JAMA Neurol. March 19, 2021(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.0688)

◆ICU患者に対する標準量以上の予防的抗凝固療法は支持されない.
重症COVID-19では血栓症がしばしば認められる.これに対して標準量を超える容量の抗凝固薬が経験的に使用されることがあるが,その有効性のエビデンスは十分ではない.イランから,ICUに入院した患者を対象に,中等量(エノキサパリン=クレキサン®,1 mg/kg/日)(n = 276)と,標準量(エノキサパリン,40 mg/日,体重とクレアチニンクリアランスに応じて調整)(n = 286)の予防的抗凝固療法を比較した研究が報告された.主要評価項目は,静脈または動脈血栓症,ECMOによる治療,または 30 日以内の死亡率の複合とした.対象は562名であった.主要評価項目は,中間用量投与群では126名(45.7%),標準用量投与群では126名(44.1%)に発生した(絶対リスク差,1.5%,オッズ比1.06,P = 0.70)(図5).大出血は,中間用量投与群で2.5%,標準用量群で1.4%に発生し(リスク差,1.1%;オッズ比,1.83),非劣性基準を満たさなかった.重度の血小板減少症は,中用量群でのみ発生した(6例対0例,P = 0.01).以上より,ICU入院COVID-19患者に対して,中等量の予防的抗凝固療法は支持されない.
JAMA. March 18, 2021. doi:10.1001/jama.2021.4152






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本当に最初のパーキンソン病患者さんの写真

2021年03月19日 | パーキンソン病
昨年「世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像」というブログを書きました.教科書で目にしてきた有名なパーキンソン病のイラストに,Pierre Dさんというモデルが実在したという論文の紹介でした.タイトルは「Pierre D. and the first photographs of Parkinson's disease」で,左図が世界で最初のパーキンソン病患者さんの写真と書かれています(Mov Disord. 2020;35:389-391).このPierre Dさんは,1876~9年にかけて,パリのSalpêtrière病院に通院しています.そして臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarが,1879年の論文のなかにその写真を残しました.それをもとに,ガワーズ徴候で有名な「史上最高の臨床神経学者」William R. Gowersがイラストに書いたものを,今日の私達はよく目にしているわけです.

ところがこの論文には複数の歴史学的な誤認があったようです.学会でご挨拶をさせて以来,親交のある神経学史研究で有名なOlivier Walusinski先生は,この論文に対するレターを執筆し,その中で以下の3点を指摘しています.Pierre Dさんは非パーキンソン性の振戦を有し,後年,症状はだいぶ回復していたこと,考察におけるJames Parkinson先生の医学的貢献に対し認識の誤りがあること,そして驚いたのはPierre Dさんの写真は最も古い写真ではないということです.正しくはAnne-Marie Gavrという女性の写真(右図)が最も古いもので,Charcot先生が実際に治療を行い,1875年の『L'Iconographie de la Salpêtrière』の第1巻に掲載されているのだそうです.Walusinski先生はとても穏やかな先生ですが,学問に対する厳しさを感じさせるレター論文でした.あらためて論文は,徹底的に勉強した上で書かねばならないと思いました.
Hurwitz B, et al. Light and Shade in Patrick Lewis et al's Paper on the First Photographs of Parkinson's Disease. Mov Disord. 2020 Oct;35(10):1880-1881.




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月13日)

2021年03月13日 | 医学と医療
今回のキーワードは,変異株にもワクチン有効の可能性,ワクチン完了者の生活の変化,ワクチン接種下のギラン・バレー症候群の注意点,新たなウイルス感染経路の発見,無症状感染者におけるウイルス特異的な細胞免疫応答,後遺症として重要な神経症状です.

ファイザーワクチンの効果に関して,変異株であっても,ウイルス中和能は多少落ちるものの十分有効である可能性が示唆されました.これらの科学的根拠をもとに,世界ではワクチン2回接種完了者にどのような生活様式の変化を認めるかという議論が始まっています.これを明確にすることで,ワクチン接種率が向上し,さらに生活における制限が解除されていく可能性があります.一方,ワクチンの接種率向上の妨げになるのは,ワクチンに伴う有害事象とそれを拠り所としたネガティブキャンペーンです.歴史的にワクチン接種との関連が指摘されてきたギラン・バレー症候群は重要な問題ですが,ワクチンの接種に関わらず一定頻度で生じえます.つまり患者発生があった場合も,発生率の増加の有無を科学的に評価する必要があります.先手を打つ形で,すぐにワクチンとの関連を言及することを戒める声明がBrain誌に発表されています.とくに脳神経内科医は心に留めておく必要があります.

◆ファイザーワクチン2回接種は変異株に対しても有効の可能性.
イギリス(B.1.1.7系統),南アフリカ(B.1.351系統),ブラジル(P.1系統)で初めて報告された変異ウイルスが世界的に広がっている.ファイザーワクチン(BNT162b2)の効果を検討するため,2020年1月に分離された初期のウイルスUSA-WA1/2020と,上記3つの遺伝子変異を組み込んだウイルス,さらに4番目として,B.1.351系統で見つかったN末端ドメインの欠失と世界的に優勢なD614Gの置換(B.1.351-∆242-244+D614G),5番目としてB.1.351系統で見つかった受容体結合部位のアミノ酸に影響を与える3つの変異(K417N,E484K,N501Y)とD614Gの置換(B.1.351-RBD+D614G)を持つものを準備した(図1の5種類).ワクチンの2回接種を行った臨床試験参加者15名から採取した20種類の血清サンプル(●が2週後,▲が4週後)を用いて,中和試験(PRNT50)を行ったところ,すべての血清サンプルは,5種類すべてのウイルスを効率的に中和した(図1).ほとんど血清サンプルは,1:40よりも高い力価で中和した.また幾何平均中和力価は,順に532,663,437,194,485,331であった.USA-WA1/2020と比較して,B.1.1.7スパイクウイルスとP.1スパイクウイルスの中和はほぼ同等,B.1.351スパイクウイルスの中和も低いものの強固であった.以上より,ファイザーワクチンを2回接種すれば変異株に対しても防御できる可能性が高い.ただし本当の効果は,変異株感染地域でのワクチンの効果を検証することで明らかになる.
New Engl J Med. March 8, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2102017)



◆ワクチンを2回接種完了し,2週間経過した人ができること.
米国疾病対策予防センター(CDC)は,ワクチンを2回接種し,少なくとも2週間経過した人(ワクチン完了者;fully vaccinated people)に対する初めての暫定的な公衆衛生上の推奨を発表した.これは地域社会での感染拡大の程度,ワクチン完了者の頻度,ワクチンに関する科学的知見の発展に基づいて更新され,できることが増えていくものと考えられる.

A. ワクチン完了者は,以下のことができる.
1)マスクをしたり,物理的距離を置いたりせずに,屋内で他の完全にワクチンを接種した人と面会することができる(図2).
2)重症COVID-19のリスクが低い単一世帯の未接種者と,マスクや物理的な距離を置かずに屋内で面会する(図2).
3)症状がなければ,(感染者への)暴露後に,隔離や検査をしなくてよい.

B. ワクチン完了者も引き続き以下を遵守する.
1)公共の場では,マスクの着用や物理的な距離をとるなどの予防措置をとる.
2)重症COVID-19のリスクが高い未接種者と面会する場合や,重症COVID-19のリスクが高い未接種者を家族に持つ場合,マスクを着用し,物理的な距離を保ち,その他の予防策を遵守する.
3)複数の世帯にまたがる未接種者と面会する際には,マスクを着用し,物理的距離を保ち,その他の予防策を講じる.
4)中規模・大規模な人の集まりを避ける.
5)COVID-19の症状がある場合は検査を受ける.
6)各雇用主が発行する規則に従う.
7)CDCや保健所の旅行に関する要件や推奨事項に従う.
CDC. Mar. 8, 2021(https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/vaccines/fully-vaccinated-guidance.html)



◆CDCによる推奨の理論的背景.
ワクチン完了者に対する上記の推奨の根拠となったデータが,JAMA誌において6つまとめられている.
1)現在,米国で認可されているCOVID-19ワクチンは,重症例を含むCOVID-19に対して有効である.
2)予備的なエビデンスだが,COVID-19ワクチンが,B.1.1.1.7(英国株)を含む様々な変異株に対し,ある程度の防御効果を示す可能性が示唆されている.しかし,B.1.351株(南アフリカ株)については,中和能と有効性の低下が認められる.
3)ワクチン完了者は無症状感染の可能性が低く,他の人に感染させる可能性が低いことを示唆する証拠が増えてきている.
4)モデル研究では,マスクの使用や物理的距離などの予防策が,ワクチン接種中も引き続き重要であることが示唆されている.しかし,ワクチンを接種した人が感染リスクの低い活動を再開できるようにすることで,バランスのとれたアプローチをとる方法もある.
5)ワクチン完了者に対する特定の措置の緩和は,COVID-19ワクチンの接種率向上に有用かもしれない.
6)ワクチン完了者における感染のリスクは,市中感染が持続している限り,完全に排除することはできない.またワクチン完了者が感染し,他の人に感染を広げる可能性もある.しかし,検疫要件のような措置を緩和し,物理的隔離を減らすことの利点は,ワクチン完了者が感染したり,他人にうつすリスクを上回る可能性がある.
JAMA. March 10, 2021. (doi.org/10.1001/jama.2021.4367)

◆ワクチンとギラン・バレー症候群の関連は慌てて結論を出すべき問題ではない.
複数の国の研究者の連名による標題の声明が,Brain誌のコメント欄に発表された.ワクチン接種が開始されたあとも,ワクチンと関係なく,希少疾患が偶発的に生じる可能性がある.これを理解していないと,有害事象をワクチン接種に伴うものと誤認し,ワクチン接種率の低下と,不要な罹患や死亡につながってしまう可能性がある.例えばギラン・バレー症候群(GBS)の年間発症率は人口10万人あたり約1.7人である.10億人では,年間約1万7000人のGBSが発生する.よって40億人規模の予防接種計画を1年間に実施したとすると,この期間内には,6万8,000人のGBS患者が自然発生する.このうち,1万3076例は,4週間間隔で2回接種した後の10週の間に発生するが,これだけワクチンとは無関係なGBSの発症が生じうるわけである.以上より,ワクチン接種率に影響を及ぼしうるGBSのような希少疾患は,発生率の増加の有無を,透明性を持って詳細に精査し,監視する必要がある.そのためには厳格に設計されたGBSサーベイランスプログラムが必要で,かつ科学者,編集者,マスメディアを含むすべての人は,誤った判断につながる統計や疫学の誤用をチェックしなければならない.そして患者数増加の明確な証拠がない限り,意思決定者はワクチン接種を中止してはならない.
Brain. 144, 357–360. 2021(doi.org/10.1093/brain/awaa444)

◆新たなウイルス感染経路の発見(可溶性ACE2への結合と,受容体を介したエンドサイトーシス)
SARS-CoV-2ウイルスは,感染する際,細胞に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体やニューロピリン1を使用することが知られている.香港から新たな感染経路が報告された.まずウイルス感受性の高いヒト尿細管由来細胞株HK-2を見出し,この細胞を用いてゲノムワイドなRNAiスクリーニングを行い,ウイルス感染に関わる生物学的経路を検討して,バソプレッシンシグナルに関わる分子がウイルス感染に関わることを確認した.そして,切断プロテアーゼADAM17により切断された可溶型ACE2(soluble ACE2;sACE2)がウイルス感染に関与していることを初めて明らかにした(図3).さらに①SARS-CoV-2ウイルスは,そのスパイクとsACE2との相互作用により,AT1受容体を介したエンドサイトーシスを利用して感染すること,②スパイクとsACE2-バソプレシンとの相互作用により,AVPR1B受容体を介したエンドサイトーシスを利用して感染することも明らかになった.以上より,SARS-CoV-2ウイルスは,アンジオテンシン受容体やバソプレシン受容体を有するさまざまな細胞にも感染できることが分かった.
Cell. March 2, 2021(doi.org/10.1016/j.cell.2021.02.053)



◆無症状感染者ではウイルス特異的な細胞免疫応答を獲得している.
COVID-19では,無症状感染者がしばしば認められるが,そのメカニズムの解明は,免疫によるウイルス防御機構の理解につながる.シンガポールからの研究で,抗体陽性後でも無症状であった 85名と発症をした75名において,SARS-CoV-2特異的T細胞を比較した.結果としては,まずSARS-CoV-2特異的T細胞の頻度は,両群で同程度であったが,無症状感染者のウイルス標的T細胞では,IFN-γとIL-2の産生増加が認められた.さらに無症候性感染者では,IFN-γとIL-2の産生増加に見合ったIL-10および炎症性サイトカイン(IL-6,TNF-α,およびIL-1β)産生増加が認められた.一方,症候性感染者ではSARS-CoV-2特異的T細胞の活性化に見合わない,不均衡な炎症性サイトカインな分泌が誘発されていた.このように,無症状のSARS-CoV-2感染者は,抗ウイルス免疫が抑制気味ではなく,むしろ積極的にウイルス特異的な細胞免疫応答を獲得していると考えられた.
J Exp Med (2021) 218 (5): e20202617(doi.org/10.1084/jem.20202617)

◆診断3ヶ月後の後遺症は神経症状が多く,QOL低下も認める.
オーストリアから診断の3ヵ月後の神経学的症状とQoL(Quality of Life)を評価した研究が報告された.前向き多施設観察コホート研究として行った.連続した135名の患者のうち,31名(23%)はICUケアを要した重症例,72例(53%)は一般病棟に入院した中等症例,32例(24%)は外来ケアを受けた軽症例であった.3ヵ月後の追跡調査では,20例(15%)がCOVID-19以前には認めなかった1つ以上の神経症状を呈していた.その内訳は,ポリニューロパチー/ミオパチー(n=16,12%),軽症脳症(n=2,2%),パーキンソニズム(n=1,1%),起立性低血圧(n=1,1%),GBS(n=1,1%),虚血性脳卒中(n=1,1%)などであった(図4).また嗅覚障害に関しては,自己申告では17%と低かったものの,客観的検査では57/127例(45%)に認められた.ICU患者では,脳症は時間の経過とともに減少した(29%→3%,P=0.008).追跡調査時には23%に認知障害,31%にQoL低下が見られた.うつ,不安,心的外傷後ストレス障害の症状がそれぞれ11%,25%,11%に認められた.急性感染症から回復したにもかかわらず,3ヵ月後の追跡調査では神経症状が優勢であった.特に,多くの患者で嗅覚障害が持続していた.
Eur J Neurol. March 07, 2021(doi.org/10.1111/ene.14803)





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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月6日)  

2021年03月06日 | 医学と医療
今回のキーワードは,イングランドVOC 202012/01変異株,直径10センチのワクチン後遅延性皮膚反応,スタチン内服の効果,ワクチンは鼻腔感染を抑えない?,21歳未満の入院患者における神経合併症大規模研究,期待のイベルメクチン臨床試験失敗です.

今週は気になった論文が少なめでしたが,インパクトのある研究もあります.まず軽症例での効果が期待されていた駆虫薬イベルメクチンが無効であったという報告があります.研究デザインによっては完全に無効と決まったわけではありませんが,緊急使用が提言されていた使用法では無効である可能性が高いようです.アビガンやオルベスコ,抗マラリア薬などを思い出しました.まず臨床試験をきちんと行うことが,患者さんのために重要であることを再認識しました.また次に紹介するイングランドの変異株は,先週,紹介したカルフォルニア変異株に続いてかなり心配なニュースです.イングランドでは変異株のため,今年の入院や死亡は,昨年よりも大きな規模になると推測されています.日本でもすでにこの変異株は少なからず認められており,go toやオリンピックなどの対策を誤ると,同様の事態に陥る恐れがあります.

◆VOC 202012/01変異株による被害は甚大なものになる可能性.
新規変異株であるVOC 202012/01(系統 B.1.1.1.7)は,2020 年 11 月にイングランド南東部で出現し,2021年2月15日現在,イングランドでの新規COVID-19感染の約95%を占めている.種々の統計的および動的モデル化アプローチを用いて,この変異体は英国の既存の変異株よりも43~90%(95%信頼区間38~130%)も高い実行再生産数(1人の感染者がその後何人の方に感染させるかの指数)を示すことが推定された.2系統の動的伝播モデルにより,この変異株VOC 202012/01は,COVID-19症例の大規模な再燃につながることが予測された.そして著者らは「教育機関の一時的な閉鎖やワクチン接種の大幅な加速など,厳格な対応がなされなければ,2021年のイングランド全土でのCOVID-19の入院と死亡は2020年を上回ることになるだろう」と警告している.憂慮すべきことに,VOC 202012/01は世界的に広がっており,日本を含む82カ国に急速に感染拡大している.デンマーク,スイス,米国でも同様の増加(59~74%)が示されている.より高いワクチン接種率の実現と,変異株へのワクチン有効性の検討が不可欠である.→ 厚労省の3月2日の資料では,VOC-202012/01を含む「N501Yの変異がある変異株」は,南アフリカ変異株 (501Y.V2),ブラジル変異株(501Y.V3)を含めるとすでに214名(国内165名,空港検疫49名)確認されている.ワクチン接種が進まない現状で,ましてgo toやオリンピックなど行えば,第4波は今までにない大きなものになり,経済へのより大きな打撃になる可能性が高いだろう.現実を直視し,対策を強化すべき状況にある.
Science. 2021 Mar 3:eabg3055. (doi.org/10.1126/science.abg3055)

◆ワクチン初回接種の8日後ごろに生じる大きな遅延性皮膚反応.
モデルナワクチンの報告(NEJM 2021;384,403-16)の報告では,最初の接種後で参加者の 84.2% で即時型の注射部位反応が生じた.また8 日目以降に生じる遅発性の注射部位反応も,1回目接種で244/3万420名(0.8%),2回目接種で68 名(0.2%)に生じた.今回,米国からこのうち12名に関する報告がなされた(図1).いずれもワクチン接種に関連した初期の副反応が完全に消失した後,初回接種後8日目(範囲は4~11日目)に注射部位付近に出現した.5名は直径10cm以上にもなった.紅斑,硬結,圧痛を呈した(図1).氷や抗ヒスタミン薬など対症療法が行われ,一部ではグルココルチコイド(外用,経口)が処方され,1名は抗菌薬治療を受けていた.ただし症状は一過性で6日後に消失した(範囲は2~11日).2回目のワクチン接種の禁忌ではないため,全員に 2 回目の接種が行われた.6名で再発はなかったが,3名で初回接種後と同程度,3名で初回よりも軽症の再発があった.2回目接種後の皮膚症状の発現は,1回目よりも早く,2日目(1~3日)であった.このような遅延した局所反応が生じうることを周知し,2回目のワクチン接種も安全に行えることを説明する必要がある.
New Engl J Med. March 3, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2102131)



◆スタチン内服者では入院中の死亡率は低い.
脂質異常症に対する治療薬で,抗炎症作用および抗血栓作用も有するスタチンの,COVID-19における有用性については不明である.米国ボストン地区の5病院において,2020年2月から5月までに入院した患者を対象とした後方視的研究が報告された.スタチンの使用は,電子カルテの服薬情報を用いて評価した.主要評価項目は,30日以内の院内死亡率とした.計2626名の患者が入院したが,そのうち951名(36.2%)がスタチン使用者であった.1:1の傾向スコアマッチングで同定された1296名の患者(スタチン使用者648名,非スタチン使用者648名)のうち,スタチンの使用は,主要評価項目のオッズの低下と有意に関連していた(OR 0.47,95%CI 0.36-0.62,p < 0.001).以上より,COVID-19で入院した患者における先行するスタチン使用は,入院患者死亡率の低下と関連することが示された.
Nat Commun. 12, 1325 (2021)(doi.org/10.1038/s41467-021-21553-1)

◆ワクチンは肺炎を抑えても,感染を抑えるかは分からない.
香港からの研究.ヒト中和抗体が血中に存在しても,局所における感染を防止できるかは不明である.この研究ではヒト中和抗体による肺と鼻腔(鼻甲介)における感染防御効果を検討するために,golden Syrian hamsterモデルを用いて,生きたSARS-CoV-2感染に対して3種類の強力なヒト中和抗体(IC50範囲,0.0007~0.35μg/mL)の効果を検討している.これらの抗体は,ヒトACE2と競合して,ウイルス受容体結合ドメイン(RBD)に結合することで,SARS-CoV-2の感染を抑制する.各ヒト中和抗体またはDNAワクチンを腹腔内または鼻腔内に予防的に注射すると,ウイルスの肺における感染は有意に減少されるが,鼻腔内での感染は減少しなかった.一方,ウイルス感染後に中和抗体を投与すると,ウイルス量と肺の障害は抑制されるものの,生きたSARS-CoV-2ウイルスが鼻汁中に持続してみられ,1~3日間は強固な感染が観察された.以上より,全身的なヒト中和抗体は肺における SARS-CoV-2ウイルス感染と傷害を抑制できるものの,鼻腔内(鼻甲介)における感染を抑えられない可能性がある(図2).つまりワクチンも肺炎は防げるかもしれないが,鼻を介して感染を広めてしまう可能性がある.ただしあくまでも動物モデルでの結果であり,ヒトにおける検証が必要である.
Cell Host & Microbe.(doi.org/10.1016/j.chom.2021.02.019)



◆21歳未満の入院症例の神経合併症は22%.
COVID-19またはこれに伴う多系統炎症性症候群(multisystem inflammatory syndrome in children:MIS-C)で入院した小児および青年(21歳以下)の患者1695名を対象とした米国52病院からの研究データが報告された.対象は1695名(男性54%,年齢中央値9.1歳)のうち,365名(22%)に神経症候が認められた.このうち322名(88%)は一過性の症候を呈したが,その内訳は,43名(12%)は重症脳症(15名.うち5例は脳梁膨大部病変),脳卒中(12名),中枢神経系感染/脱髄(8名),ギラン・バレー症候群/亜型(4名),急性劇症型脳浮腫(4名)等であった(図3).生命に危険がある神経症候を呈する患者(43名:22%)では,そうでない患者(322名)と比較して,好中球対リンパ球比が高く(中央値,12.2 vs. 4.4),Dダイマー上昇頻度も多かった(49% vs. 22%).この43名中17例(40%)は退院時に神経学的後遺症を呈し,11名(26%)は死亡した.以上より,21歳未満のCOVID-19 またはMIS-Cにおいて神経症候は22%に見られ,死亡ないし後遺症につながることが示された.長期的転帰は不明である.
JAMA Neurol. March 5, 2021(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.0504)



◆イベルメクチン,軽症例での使用で効果なし.
北里大学の大村智先生が開発したイベルメクチンは,その臨床的有用性に関する不確実性にもかかわらず,COVID-19の潜在的な治療薬として広く処方されている.国内でも自宅療養者の重症化を防ぐ狙いで薬剤の緊急使用が提言されている.今回,コロンビアから,軽症COVID-19に対するイベルメクチンの有効性を評価する研究が報告された.研究デザインは,単一施設で実施された二重盲検無作為化試験で,対象は発症7日以内の軽症の成人患者(在宅または入院)計476名で,2020年7月から11月までの間に登録され,12月まで追跡調査された.介入としては,イベルメクチンを1日300μg/kgで5日間使用する群(n=200),または偽薬群(n=200)に無作為に割り付けた.主要評価項目は,21 日間の追跡期間内に症状が消失するまでの日数とし,安全性も検証した.さて結果であるが,症状消失までの期間の中央値は,イベルメクチン群で10日(四分位範囲9~13日)であったのに対し,偽薬群では12日(9~13日)であった(症状消失のハザード比,1.07[95%CI,0.87~1.32]; P = 0.53)(図4).また21 日目までに,イベルメクチン群では 82%,偽薬群では79%が症状消失していた.多い有害事象は頭痛で,イベルメクチン群104名(52%),偽薬群111例(56%)であった.重篤な有害事象として多臓器不全が各群2例ずつ認められた.以上より,軽症患者において,イベルメクチンを5日間使用しても,症状消失までの期間は有意に改善せず,軽度患者に使用することを支持する結果は得られなかった.ただ研究デザインを変更しての検討は必要かもしれない.
JAMA. March 4, 2021(doi.org/10.1001/jama.2021.3071)



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たくさんのコツと愛情が詰まった「神経疾患患者の転倒予防マニュアル」

2021年03月01日 | 医学と医療
私は過去2回,東名古屋病院を訪問し,病院をあげての転倒防止の取り組みを見学させていただきました.饗場郁子先生は神経難病や回復期リハビリ中の患者さんに転倒が多いことから,多職種による転倒予防チーム「チーム1010-4(てんとうぼうし)」を結成し,研究を行っていらっしゃいます.院内は転ばないための工夫がいっぱいで,とても勉強になりました.饗場先生が「楽しみながら転倒予防の具体的なメッセージを伝えることが大切」と仰っていたことがとても印象的でした.さてその饗場先生が編者の一人となった注目の書籍が出版されます.ひと足お先に拝見しましたが,多くの関係者の知恵と患者さんへの愛情が詰まった本だと思いました.例えば表紙の図のように,ベッドや椅子に近づく際,弧を描くと転びにくいのですが,反対にまっすぐに向かうと足が交差してしまい転びやすくなります.私は饗場先生に教えていただきましたが,このようなコツがたくさん紹介されています.医療者はもちろん,患者さん,ご家族にもおすすめの本です.アマゾン予約中です.

神経疾患患者の転倒予防マニュアル(新興医学出版社)

【目次と内容】
1章 医療現場で知りたいQ&A
・・・・ナースコールを押さずに動いて点灯する患者さんへの対処法,すくみ足に対するいろいろなキュー,階段で転ばない工夫,車椅子移乗時の転倒予防の工夫など.

2章 各疾患における転倒の特徴と転倒予防のコツ
・・・・パーキンソン病やPSP,脳卒中,正常圧水頭症など,疾患ごとの転倒の特徴と転倒防止のコツ,不適切な対応.

3章 神経疾患患者の転倒予防の具体的な方法
・・・・転びやすい患者の見極め方,評価の方法,運動療法,環境整備,転倒・外傷予防グッズ,ポスターや川柳の活用など.

4章 神経疾患患者の環境に応じた転倒予防の基本
・・・・家庭やリハビリ病棟,介護保険施設,職場などでの注意点.




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