Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多発性硬化症の疲労に対してアスピリンが有効かもしれない

2005年04月27日 | 脱髄疾患
 多発性硬化症において疲労は非常に高頻度に認められる症状である.その機序については不明であり,本邦ではあまり積極的な治療が行われていないというのが実情のようである.治療薬に関して欧米ではamantadineやmodafinil(日本未発売.ナルコレプシーの治療薬として有名)といった中枢神経に対して刺激作用を持つ薬剤が使われるが,効果は十分ではないという.
 今回,Mayo ClinicからアスピリンがMSの疲労に対する治療薬として有効であるという小規模ランダム化比較試験(cross-over trial)が報告された.これは別の理由でたまたまアスピリンを内服したMS患者の疲労が回復したという臨床的経験に由来するもので,このグループはopen labelのstudyを経て,今回の小規模RCTを行い,結果がよければ大規模RCTに進もうと考えているわけである.
対象は30名のMS外来患者で,18-65歳,Fatigue severity scale(FSS)4点以上が8週間持続し,かつ少なくとも4ヶ月以上にわたり再発がない症例としている.IFNbetaやglatiramer acetateなどの治療薬は使用可とした.方法はアスピリン650mgを1日2回の群(1300mg)とplacebo群に分け,それぞれを6週間使用し,2週間のwashout期間を設けた後,アスピリンとplaceboを入れ替えてさらに6週間使用した.Primary efficacy measureはmodified fatigue impact scale,secondaryはglobal fatigue change (GFC) self-assessmentなど.結果として3年間で56名の患者が対象になり,26名が除外され, 24名の女性,6名の男性がエントリー.20名がRRMS,8名がSPMS,2名がPPMS.最終的に脱落などで24名を解析.結果はアスピリン群ではmodified fatigue impact scaleはアスピリン群で有意に改善した(p=0.043).また患者の自覚症状についてもアスピリン使用時は10/26(38.5%)で改善を認めたのに対し,placebo phaseでは1/26(3.9%)であった(p=0.012).重篤な副作用は認めなかった.
今後,今回の小規模RCTの結果をもとに,大規模RCTに移行するようである.アスピリンの内服量が1300mgという点は気にはなるが,非常に興味深い結果である.またちょっとした治療経験がエビデンスとして確立していく過程にはどのようなステップを踏む必要があるのかを示している点でも参考になる論文である.

Neurology 64; 1267-1269, 2005 
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人工的な冬眠が将来治療に使われるかもしれない

2005年04月26日 | その他
 哺乳類は恒温動物であるため,通常,周囲の温度が変わっても体温を一定に保つ.しかし,例外として,冬眠,夏眠等が知られている.これらの特徴は,その間,代謝率が低下し,体温は周囲の温度に近づいていくことである.とくに冬眠(hibernation)と同じ状態を作ることは治療として有用である可能性が指摘されており,実際に虚血や外傷,脳炎などの治療や,外科手術,臓器保護などにおいて低体温療法が行われている.しかし低体温も程度によっては効果より副作用が上回ってしまう.これに対し冬眠をする動物は過度の低体温にもかかわらず,春になると臓器症状を認めることなく活動を始めることから,冬眠の機序の解明は低体温療法の進歩に大きく貢献するものと考えられている.とくに冬眠中に産生される蛋白(hibernation protein)などの研究が盛んに行われている.
 今回,その冬眠を通常は冬眠しないマウスに人為的に引き起こすことができたという研究が報告された.硫化水素(H2S)で部屋を満たすと,マウスの代謝率,体温が低下し,仮死状態になるというのである.なぜ,H2Sを用いたかというと,酸化的リン酸化を可逆的に抑制することが強力に代謝率を低下させることが知られていたためであり,cytochrome oxidase Cの可逆的阻害剤であるH2Sを使用し,酸化的リン酸化を一時的に阻害したというわけである.
結果として,マウスを80 ppmのH2Sに曝露させると,最初の5分以内に酸素消費量は50%にまで減少し,CO2排泄も60%程度に減少した.6時間この部屋に置くと代謝率は90%以下にまで低下し,呼吸数は120から10回に減少,体温は37℃から11℃にまで低下した.またH2S濃度と体温低下の度合いは負の相関を示した(濃度依存性). H2Sに6時間暴露した後に通常の空気を与えたところ,マウスの体温は正常に戻り,行動異常も認めなかった.
 問題はH2Sの吸入が人体にどのような副作用を与えるかであるが,今回の発見は冬眠の機序の解明に大きな進歩をもたらすとともに,ヒトに対する治療に近い将来,導入される可能性があり,非常に興味深い.

Science 308; 518, 2005

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ポリグルタミン病におけるCREB転写活性化は治療につながる可能性がある

2005年04月25日 | 脊髄小脳変性症
ポリグルタミン病はハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症など少なくとも9つの疾患を含む病態である.これまでその病態についてさまざまな仮説が報告されているが,その中でも有力な仮説と考えられているのは病因蛋白に含まれる伸長ポリグルタミン鎖が神経細胞の転写活性化を妨げるというものである.そのなかでも伸長ポリグルタミン鎖はTAFII130やCBPといった転写因子CREB(神経細胞の生存に重要役割を果たす)のco-factorに結合することで,CREB転写活性化を抑制する可能性が指摘されている.
今回,本邦より培養細胞レベルではあるが,CREB転写活性化を賦活させることで伸長ポリグルタミン鎖による細胞障害が回復することが示された.Neuro2a細胞に伸長ポリグルタミン鎖を発現するベクターを導入すると,リン酸化CREB(活性化型)およびCREBの転写産物であるc-Fosが減少し,Neuro2a細胞における細胞死も増加するが,これにCREB転写を活性化する膜透過型cAMPやフォルスコリンを転科すると,リン酸化CREBおよびc-Fosは増加し,Neuro2a細胞の細胞死も改善した.またヒストンの脱アセチル化は転写の抑制を起こすが,この阻害剤であるFR901228を添加しても,リン酸化CREBおよびc-Fosは増加し,Neuro2a細胞の細胞死も改善した.ドミナントネガティブな作用を持つ(CREB機能を抑制するように設計された)変異CREBを発現するベクターを細胞に導入すると,膜透過型cAMPやFR901228の細胞死抑制効果が減弱したことから,これらの薬剤の細胞死効果はCREB転写活性化を介するものであることが確認された.
以上の結果は伸長ポリグルタミン鎖による細胞死にはCREB転写抑制が関与していることを改めて示したとともに,その治療戦略としてCREB転写活性化が有用である可能性を示唆するものである.いずれにしてもポリグルタミン病モデル動物を用いた治療効果の検証が必要であろう.

J Neurochem 93; 654-663, 2005

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「神の手」と呼ばれる医師は教育熱心 -新・臨床研修制度の問題点-

2005年04月22日 | 医学と医療
今月の初めに,脳外科医,福島孝徳先生の講義を拝聴した.48歳時に日本の医学界に嫌気がさし渡米し,現在,アメリカで「ラストホープ(最後の切り札)」とか「ゴッドハンド」と賞賛される医師である.日本でもドキュメンタリー番組に登場したり,単行本も出版されたりご存知の方も多いのではないだろうか.講義の内容はpetroclival meningiomaの手術様式についてで,脳外科医ではない私には内容は十分理解できないものの,その情熱的な講義には圧倒された.講義の最後に若いドクターの教育に触れ,動脈瘤の治療においてクリッピング手術よりも血管内治療が優先される風潮を嘆いていた.これは専門家がやっても60-70%の成功率である血管内治療より手術のほうが成功率は高いのに,近年,血管内治療が主流となり,若い脳外科医が手術を習得する機会が激減していることを憂慮しての発言であった(一度コイルを詰めてしまうと動脈瘤は非常に手術がしにくいそうである).とにかく教育熱心であることがすぐに分かった.その人物像に興味を持ち,前述の単行本を入手した.医師としてのあるべき姿に共感した(以下,抜粋).
「1人ひとりの医師が必死の思いで病気に立ち向かわなければいけない.互いに協力できることがあれば,精一杯の連携をしなければならない.切磋琢磨し,刺激を与え合いながら,互いに成長していかねばならない.(中略)現実にたくさんの人が病魔に苦しめられていることを忘れず,さらに一歩前へ進み,さらに一つ上の成果を求める.これは医者という仕事を選んだ人間の使命です」
また若手医師をどのように育てるかについての議論も真剣であり,新・臨床研修制度の問題点についても言及していた.「日本も若い能力を無駄にする体質を根本から変えなければいけません.卒業までの間に研鑽を積み,目指す専門科をはっきり見据えている学生が増えてくれば,全員とは言いませんが優秀なものならば即座に現場で学ぶべきだと思うのです」
新・臨床研修制度は内科・外科・救急部門など様々な臨床分野での研修を実施することを必修化し,また研修医が研修に専念できるよう経済的保障も確立するというのが謳い文句である.これに対し彼の考えは優秀であれば研修を免除し,はやめに専門の勉強を開始させようという提案である.新・臨床研修制度については個人的にも「ひとつの臨床科を2ヶ月前後回ったところで学生実習の延長にしかならないのでは?」と心配していたが,実際に1年が経過してあまり良い評判は聞かない.おそらく昨今の医療不信を背景に,全人的な幅広い臨床能力の修得を理想とした制度なのかもしれないが,そもそもこれほど医学が専門化したなかで,そんなことは可能であろうか?おそらく最近の医療ミスなどの医師の不祥事は様々な原因があるだろうが,医学部に入ってしまえばその資質の有無に関わらずほとんどのものが医師になってしまう制度や医師になってから専門的な臨床教育を受ける制度が整っていないことも原因であろう(研修医制度より,はるかにこちらのほうが問題である).本来,大学病院は医師が専門的教育を受けるべき場所のひとつであり,私はその機能をある程度果たしてきたのではないかと思うが,新・臨床研修制度の導入や医局制度への過剰な批判などにより大学の医師数は減少し,レジデントの教育どころか日々の診療も厳しい状態で,悪循環にはまってしまったようだ.若い医師を育てることは非常に重要なことである.最近,「ゆとり教育は間違いだった」と文科省の大臣が謝ったそうだが,間違った制度は速やかに改めるべきである(福島先生の提案どおり新・臨床研修制度を望むものはそれを選択し,はやく専門に取り組みたいひとはそうさせてあげるべきと私も思う).また若いドクターも「どこで何を学ぶことが医師としてのレベルの向上につながるのか」本気で考えねばならない.

ラストホープ ―「神の手」と呼ばれる世界TOPの脳外科医(徳間書店)
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多発性硬化症に対する新たな治療と日本の医療の問題点

2005年04月20日 | 脱髄疾患
米Biogen Idec社とアイルランドElan社は,再発性の多発性硬化症(RRMS)患者に対し行った,α4β1(VLA-4)インテグリンのモノクローナル抗体natalizumab(商品名TYSABRI)とインターフェロンbeta-1a(商品名AVONEX)を併用したフェーズIII試験(SENTINEL)の1年目で得られた結果を第57回米国神経学会(AAN)で報告した.この報告はMSに関するscientific sessionsのなかで2演題続いて報告され,非常に多くの聴衆を集めた.このSENTINEL studyは欧米の124施設で行われた多施設共同ランダム化比較試験で,1171例の患者がエントリーしている.対象患者は18~55歳のRRMSで,EDSSは0-5.0に限定.Primary endpointは開始1年後の再発率(フロアより1年では短すぎるとの指摘あり)と,2年後における機能障害の進行であった.またsecondary endpointはT2WIならびにGd造影MRIでの異常信号病変の数とした.上記のendpoint等に関して,IFNbeta-1a単独群とnatalizumab+IFNbeta-1a併用群を比較した.
結論として,年間再発は前者が0.82回であったのに対し,併用群で0.38回(53% reduction;ハザード比 0.50,p<0.0001),T2高信号病変については76%,Gd陽性病変については87%の減少率.さらに再発なしの患者の割合は46% vs 67%と有意差あり,ステロイド必要量および入院期間も併用群で有意に減少した.有害事象に関しても,咽頭炎,うつ,不眠,不安などを認めた. 注;natalizumabの作用機序や合併症については,昨年11月28日の記事を参照.

このほかにGLANCE studyというglatiramer acetate(商品名COPAXONE)にnatalizumabを併用する臨床試験も報告された.こちらも1年間のstudyであるが,年再発率はglatiramer acetate単独が0.67回であったのに対し,併用群は0.40回(40% reduction)で,画像所見もT2高信号病変については62%,Gd陽性病変については74%の減少であった.
何とも愕然とする内容であった.多発性硬化症の再発を抑制する良い治療薬の組み合わせが見つかったのは本当に嬉しいことである.しかしここに登場したいずれの薬剤も本邦では現在,承認されていない!(使用したくても使用できない).今回の学会で強く感じたのは,欧米と日本の臨床研究のレベルの差がどんどん開いていることである(基礎研究は結構,善戦しているが・・・).少なくともこの学会では,医師主導の大規模臨床研究がきわめて重視され,基礎研究はあくまでもそのためのヒントを供給するものという位置づけにある(すなわちtranslational researchでなければならない),という流れができつつあるように感じた.いずれにしても今後一番心配なのは,多発性硬化症に限らず,欧米でエビデンスが確立した治療が日本では承認されていないという状況がどんどん加速していくことである.すなわち基礎研究の進歩は必ずしも患者の利益につながらないのである.日本において,すくなくとも基礎研究と同等に臨床研究が評価されること,さらにランダム化比較試験を行いやすい土壤を作ること(医師側の勉強,国の規制緩和・研究費の援助,患者側の理解,治験参加患者への医療費控除など)が必要である.

AAN, 57th annual meeting S36.001-003 
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小脳の脳血管障害を診察するポイント

2005年04月19日 | 脳血管障害
 小脳の脳血管障害は経過が多彩である.発症時にはほとんど無症候であっても,のちに急速に悪化し昏睡にいたることもある.どのような症例で予後が不良なのか認識しておくことは非常に重要である.
 今回,Iowa大のグループが自験例を6例ほど提示して,その臨床経過の多様性と注意すべきポイントをまとめている.Case 1は両側の小脳梗塞.MRAで右PICA起始部の椎骨動脈が高度狭窄.画像が派手なわりに,最終的に右手のclumsinessを残しただけで改善した.この症例で強調しているのは,①小脳の脳血管障害では,症状の急速な増悪を想定してneurologic ICUで経過観察すべきであること,②小脳梗塞では浮腫の増悪が生じうる最初の2~3日間,症状が安定していれば,その後の急速な状態の悪化はまず起こらないこと,③ただし小脳出血の場合は少し長めに経過観察して,5日ほど様子を見たほうが無難である,と述べている.Case 2は小脳出血.発症時は意識清明であったが,のちに急速に意識レベルは悪化した.CTでは出血は少量で,かつmass effectも乏しかったが,部位はvermisやや左寄りで,わずかに第4脳室に穿破していた. retrospective studyで,発症後,意識レベルが悪化した小脳出血の患者の46%は発症時意識清明であったことや,増悪因子として,収縮期血圧200mmHg以上,縮瞳(pin point),脳幹反射異常,vermisへの出血の進展,直径3cm以上の血腫,脳室内出血,水頭症などが挙げられることが報告されている.症例からは発症後の画像から予後をある程度推測できること,また出血量が必ずしも重症度と相関しないことを強調している.Case 3は左PICA領域全体の大きな脳梗塞.当初,頭痛や失調を呈したが,軽度の後遺症を残し退院した.脳梗塞でも梗塞のサイズと臨床症状が必ずしも相関しないことを指摘している.Case 4はposterior fossaにおける硬膜下出血の症例.出血量はさほど多くはなかったが,急速に意識は悪化した.Craniectomyと血腫吸引を行い改善した.この症例ではposterior fossaは容積が小さいため,少量の血腫でもそのインパクトは大きいことを強調している.Case 5, 6は大出血例で,脳室穿破,basal cisternの狭小化,upward herniationなどを呈した後,死亡している.
 以上,重要であるのは,①小脳の脳血管障害の転帰はさまざまであるが,ある程度,それを予測することが可能であるということ,②注意深く所見の変化を確認し(意識レベル,脳神経症状,画像所見),脳外科的治療を行うべきかどうかを正しく判断することであろう(ただし著者らはventriculostomyやdecompressionが本当に予後を改善するかのエビデンスは不十分であると最後に述べているが・・・).

Arch Neurol 62; 537-544, 2005
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脳梗塞患者と介護者のQOL(生活の質)を決める要因

2005年04月06日 | 脳血管障害
 SF-36は,健康関連QOLを測定するための尺度で,米国で作成され,現在,50カ国語以上に翻訳されている.日本語版も標準化がすでに終了している.SF-36は包括的尺度に分類され,ある疾患に限定した内容ではなく,万人に共通した概念のもとに構成されていることから,患者さんと健常者を比較したりすることもできる.SF-36は,8つの健康概念を測定するための複数の質問項目から成り立っている:(1)身体機能,(2)日常役割機能(身体),(3)日常役割機能(精神),(4)全体的健康感,(5)社会生活機能,(6)体の痛み,(7)活力,(8)心の健康,である.(注;ただし,使用登録が必要で,テキスト代や計算ソフトも有料のため,気軽に使えないという欠点があり,なかなか普及しない)
 今回,Swedenから脳梗塞患者と介護者のQOLの決定要因と経時的変化を検討する目的で,SF-36の大規模なpopulation-based studyが行われた.方法は脳梗塞患者304名と介護者234名に対して,脳梗塞発症4ヵ月後と16ヵ月後にSF-36を行っている(16ヵ月後にはMMSEと老年期痴呆スケールGDS-20も行った).結果としては,患者群においては,4ヵ月と16ヵ月を比較すると,身体機能は悪化しているにもかかわらず,社会生活機能,活力,心の健康に改善が見られた.すなわち身体機能が悪化しても,その生活環境にうまく適応しているということが示唆される.また多変量解析の結果,16ヵ月後の患者のQOLを増悪させる因子として,GDS-20 score(うつ状態であること),身体機能が不良であること,高齢であること,女性であることが判明した.とくにGDS-20 scoreの上昇は,いずれのSF-36項目も有意に悪化させたことから,うつ状態はQOLを明らかに悪化させることが示唆される.また女性患者ではその45%がうつ状態であり(男性は37%),QOLの悪化につながったものと考えられる.
 一方,介護者は患者と比較すると全般にQOLのスコアは良好だが,活力,および心の健康に関してはむしろ不良であった.介護者のQOL決定因子としては,自分の年齢と患者の身体機能状態が挙げられた.4ヵ月と16ヵ月で比較すると,患者群とは対照的に改善の見られた項目はなかった.
 以上の結果は,脳梗塞後のうつの治療が患者のQOL改善という意味で非常に重要であることを示唆する(神経内科医の中には抗うつ薬の使用をあまり好まない人もいるが,症例によっては積極的に使用すべきであろう).また介護者のQOLがいかに不良で,また適応が難しいことも分かる.この点に関しては社会福祉のレベルが非常に重要であり,国によっても大きく異なるはずだが,福祉国家といわれるSwedenでもこの結果なので,日本における脳梗塞介護者のQOLの悪化は相当のものだろう.

追伸;学会参加の旅行に出るため,10日前後,更新をお休みします.

Stroke 36:803-808, 2005 

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慢性偽性腸閉塞の神経内科的原因

2005年04月06日 | その他
 慢性特発性偽性腸閉塞症(chronic idiopathic intestinal pseudo-obstruction; CIIPS)という疾患がある.慢性の腸閉塞症状を呈するものの器質的な腸閉塞は存在せず,原因が分からない状態を指す.しかしこのなかには,何らかの原因があるにもかかわらず診断がつけられないため,CIIPSと呼ばれているケースが少なからず含まれているものと思われる.神経疾患が原因であることも少なくなく,ざっとPubMedで検索してみてもアミロイドーシス,膠原病(SLE, 強皮症),ミトコンドリア異常症(MELAS,MNGIE)が原因となりうる.paraneoplastic syndromeでも起こるらしく,胸腺腫や小細胞癌に併発した慢性偽性腸閉塞の報告も数例ある.腫瘍細胞と腸管神経叢の抗原に分子相同性(molecular mimicry)があり,腫瘍細胞に対して産生された抗体が交差反応を示すものと推測されている.
 今回,繰り返す慢性偽性腸閉塞を主訴とし入院,検索の結果,抗voltage-gated potassium channels (VGKC)抗体陽性のneuromyotonia (Isaac's syndrome)に加え,胸腺腫を認めた50歳女性がフランスから報告されている.イレウス症状は種々の消化器内科的治療で改善せず,最終的にthymectomyに加え,血漿交換を行っている.血漿交換によりneuromyotoniaは改善しなかったものの,消化器症状は劇的に改善した.著者らは原因不明の慢性偽性腸閉塞の診断に抗VGKC抗体の検索,胸腺腫の有無の確認が有用であると報告している.
 個人的には消化器内科の先生が,CIIPSの原因検索を目的に患者さんを神経内科に紹介してきた経験はないが,今後,このようなコンサルトが少しずつ増えるかもしれない.また神経内科医としても慢性偽性腸閉塞が診断のヒントとなることを覚えておいて損はないだろう.

Eur Neurol 53:60-63, 2005
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Doxycyclineの新生児低酸素脳症に対する効果

2005年04月03日 | 脳血管障害
 Doxycycline(DOXY)は第2世代テトラサイクリン系抗生剤であるが,感染症の有無に関わらず,抗炎症作用を示すことが報告され,げっ歯類脳梗塞モデルですでにその有効性が証明されている.今回カナダより,新生児低酸素脳症の動物モデルでもDOXYが有効であることが報告された.
 生後7日目のラットの一側総頚動脈を結紮後,低酸素に暴露し,低酸素脳症のモデルとした(このモデルでは海馬,視床,線条体,大脳皮質・白質が障害される;本来,両側結紮にすべきだが,術後死が増えるのかもしれない).このモデルに対しDOXY (10 mg/kg)もしくはvehicleを,虚血前,虚血後1,2,3時間後に腹腔内投与し,7日目にapoptotic marker(cleaved caspase 3),neurons,microglia,oligodendrocytesおよび astrocytesのマーカー抗体を用いた免疫染色,さらにWestern blotを行った.ちなみに抗cleaved caspase-3抗体による免疫染色では,海馬の神経細胞,グリアいずれも陽性に染色されていた.なぜか分からないが,核が強く染色されている.そして,DOXYを投与した群では有意にcleaved caspase-3 の発現が低下していた(虚血後2時間投与まで有効.).またDOXY投与群では生存神経細胞数は増加し,microgliaの活性化(活性化microgliaのマーカーとして抗ED1抗体を用いた免疫染色)やreactive astrocytosis(抗GFAP抗体による免疫染色)も抑制されていた.
 以上の結果は,DOXYが新生児低酸素脳症に対する神経保護薬の候補となりうる可能性を示唆するものである.ただし,アポトーシス抑制に関してはcleaved caspase 3のデータしか示していない点や,microgliaの活性化を抗ED1抗体で特異的に評価できるかなどいろいろ問題の残る論文ではある.

J Cereb Blood Flow Metab. 25:314-24, 2005

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脳梗塞になりやすい遺伝子は人類共通か?

2005年04月02日 | 脳血管障害
2003年,2004年にNature Genetics誌上に脳梗塞に関する2つの疾患感受性遺伝子が報告された.ひとつはPDE4D遺伝子,もうひとつはALOX5AP遺伝子である.これらの研究はアイスランドの首都レイキャビクにあるdeCODE Genetics社の研究者によるものである.PDE4Dについては,アイスランド人18000名(半数は脳梗塞患者)の遺伝子配列をgenome-scanおよびcase-control association studyを用いて比較し特定に至った.PDE4D遺伝子はcAMPの分解酵素として働くphosphodiesterase 4Dをコードするが,phosphodiesterase 4Dは平滑筋細胞の血管内での増殖や移動に影響を与え,アテローム性動脈硬化を引き起こすリスクを高めると考えられている.一方,ALOX5APもやはりアイスランドの家系を調査し,ALOX5APの特定のハプロタイプ(HapA)が存在すると脳梗塞と心筋梗塞のリスクが2倍高くなることが判明している.ALOX5APはロイコトルエンの合成に必要な5-lipoxygenase activating proteinをコードする.ロイコトルエンは血管壁の損傷の際,浸潤する炎症細胞から放出され,動脈硬化の進展に関与すると考えられていることから,2つの遺伝子はともに動脈硬化を促進することにより脳梗塞のリスクを高めると考えられる.現在.deCODE Genetics社は製薬会社と協力して,これらの遺伝子産物をターゲットとした治療薬の開発を進めている.
ただいずれの結果もアイスランド人での検討が中心であり,他の人種にも当てはまるかは不明であった(薬を作ってもアイスランド人しか役に立たない可能性もある).今回,ドイツ人においても2つの遺伝子が脳梗塞のリスクを高めるかについての検討が報告された.対象は639名の脳梗塞患者と736名の年齢・性別をマッチさせたコントロールで,ALOX5APについては22個のsingle-nucleotide polymorphisms (SNPs) を,PDE4Dについてはmicrosatellite AC008818-1と12個のSNPsを解析した.この結果,ALOX5APのSNPsの複数個(deCode者が報告したSNP SG13S114を含む)が,脳梗塞のリスクを高めていた.相関は男性においてより強く,SG13S114ではodds ratio, 1.24; 95% CI, 1.04 to 1.55 (P=0.017) ,SG13S100でodds ratio, 1.26; 95% CI 1.03 to 1.54 (P=0.024)が最も強い相関を示した(このodds ratioを高いと考えるかは個人差が大きいか?).一方,PDE4についてはいずれのmarker, haplotypeとも相関を認めなかった.
 以上の結果は,人種によって脳梗塞の疾患感受性遺伝子が異なる可能性を示唆する.deCODE Genetics社が脳梗塞以外にも骨粗しょう症などの疾患感受性遺伝子を報告し,それに基づいた創薬を行っているが,アイスランド人の結果をそのまま鵜呑みにするのではなく,それぞれの人種で再検討した上で,創薬について考える必要があるのかもしれない.

Stroke 36; 731-736, 2005 

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