Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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神経保護療法に未来はあるか?(第40回日本脳卒中学会)

2015年03月28日 | 脳血管障害
ドイツのUlrich Dirnagl教授による「Is there a future for neuroprotection?」という刺激的なタイトルの講演を拝聴した.脳梗塞治療の2大戦略に神経保護療法と血管再灌流療法があるが,神経保護療法は,げっ歯類モデルで効果を認めた数多くの候補薬が,tPAとエダラボンを除きいずれも臨床試験で効果を示すことができず,「本当に神経保護療法は可能なのだろうか?」という疑念が生じた.この問いに対するDirnagl教授の答えは・・・Yesであった!以下,神経保護療法の歴史と現状に関する講演内容をまとめたい.

1)神経保護療法の栄枯盛衰
これまで非常に多くの神経保護薬の臨床試験が失敗した.代表的な薬剤に興奮性細胞毒性を抑制するNMDA受容体阻害剤や,酸化的ストレスを抑制するフリーラジカルスカベンジャーがある.後者で有名なものはNXY-059を用いたSAINT-II(過去記事1参照)であるが,効果を示すことはできず,臨床試験を行ったアストラゼネカは急激に株価を下げ,50億ドルの損失を被った.そして,多くの製薬会社が神経保護薬の開発から撤退した.

過去記事1;曲がり角にきた脳虚血に対する神経保護薬(2007)

2)Time is brainの時代
上記の臨床試験の失敗の主因は,治療開始の時間が遅いため(therapeutic time windowは狭いため)と考えるに至った.また脳虚血後,脳内ではさまざまなメカニズムが経時的に生じていることや(興奮性細胞毒性,壊死→炎症,アポトーシス→修復,再生),臨床応用されたtPAにも治療可能時間があることが明らかになり,時間の重要性が認識されるようになった

3)Hyperacute prehospital treatmentの時代
以上を踏まえ,超急性期に神経保護療法を行うというアイデア(Golden hour treatment)が生まれた.その例として,FASTMAG試験(過去記事2参照)とMobile stroke unitのSTEMOがある(過去記事3参照).さらに超急性期に血栓溶解療法を行うGolden hour thrombolysisや,救急車内で血栓溶解を行うambulance-based thrombolysisが今後行われるものと思われる.しかしGolden hourにどの薬剤を試すべきか?という問題が残る.

過去記事2;AST-MAG trialが示したこと(2014)
過去記事3;脳梗塞治療の新しい突破口 ―発症1時間以内の血栓溶解療法を可能にするCT搭載スーパー救急車―(2015)

4)期待の神経保護薬の登場
シナプス後膜肥厚蛋白質(postsynaptic density-95;PSD)を構成している蛋白質として同定されたPSD-95は,のちにNMDA型グルタミン酸受容体のカルボキシル末端に結合し,NMDA型グルタミン酸受容体のシナプスへの局在を規定している蛋白質として再同定された.さらに,PSD-95は様々なシナプス蛋白に結合することが示され,足場蛋白質の典型例として認識されている.そしてこのPSD-95に対する阻害剤Tat-NR2B9cが作成された.これはNMDA受容体のNR2B subunitにTatペプチドを結合したものである.前臨床・臨床試験とも厳密に行われた.具体的には,異なる3つのげっ歯類モデルでその有効性が確認され,霊長類モデルでも有効性が確認された.さらにヒトにおいても,脳動脈瘤に対する血管内治療後の医原性脳卒中患者に対して Tat-NR2B9c の神経保護効果を検討する ENACT 第II相試験が行われ,脳卒中頻度の低下が示された(Lancet Neurol 2012;11:942-950).ヒトにおけるPOC(Proof of concept)に成功し,現在,Frontier trial(第III相試験)が行われている.

5)Golden hour以外のneuroprotection
げっ歯類モデルでは,虚血巣以外の部位に遅れて障害が現れることが知られている(Delayed exofocal damage after stroke).具体的にはラット中大脳動脈閉塞(MCAO)後に,視床,黒質の萎縮が生じる.この梗塞巣外の黒質ドパミン神経変性が,梗塞後うつに対する治療の標的となるかもしれない.つまりGolden hourより遅れて起こる病態であるため,多少時間が遅れても治療できる可能性がある.

この講演に対するコメントとして,会場から虚血後,縮小していく虚血性ペナンブラのサイズを留めるような治療(freezing the penumbra)の開発が今後重要であろうというコメントがあった.また私の留学中のボスで学会に参加していたGary Steinbergスタンフォード大教授にfuture for neuroprotectionについて尋ねたところ,神経保護を実現するとすればPSD-95阻害剤と脳低温療法であろうと言っていた.脳低温療法が有効なのは非常に多彩,多面的な脳保護効果を持つためである.

以上より,神経保護療法の未来はYesと私も思う.ただし,それには但し書きが必要で,Golden hour treatment,厳密な前臨床・臨床試験の実施,多面的治療効果をもつ薬剤の開発が不可欠である.私達の研究室も「多面的治療効果をもつ薬剤の開発」を目指しており,本学会のLate breaking sessionで発表を行った.次回,解説をしたい.




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どうして春になると眠くなるの?

2015年03月10日 | 睡眠に伴う疾患
新潟日報から子供向けの新聞コーナー「教えて!ふむふむ先生」の取材を受けた.テーマは睡眠に関する素朴な疑問で,極力わかりやすく答えることを心がけた.ここでは大人向けにもう少し詳しく回答を書いてみたい.質問は以下の4つであった.なかなかの難問である.

1)どうして春になると眠くなるの?
2)どうしてご飯を食べたあとは眠くなるの?
3)寝だめはできるの?
4)どうしたらよく眠れるの?


1)どうして春になると眠くなるの?
孟浩然の詩『春暁』にもあるとおり,国や時代を問わず,ひとは春は眠いようである.調べても良い文献は見当たらなかったが,一般に2つの説があるようだ.
理由1.夜明けが早くなったことに体が慣れていないため
例えば新潟の場合,日の出は1月で7時,4月で5時30分で,1時間半の差がある.脳の視交叉上核にある体内時計はこれに合わせて起きる時間をだんだん早くしていく.しかし脳は早く起きようとしても,体のほうがまだ慣れていないのでしばらく眠気を感じてしまう.
理由2.気候が暖かくなり,副交感神経が優位となるため
環境に応じて臓器のはたらきを調節する神経として自律神経系がある.冬の間は寒いので体を守るための交感神経がつよく働き眠気は起こりにくいが,春になり暖かくなると体をリラックスさせる副交感神経が強く働き,眠気が起こりやすくなる.

2.どうしてご飯を食べたあとは眠くなるの?
食後の眠気も年齢にかかわらず起こる.赤ちゃんもおっぱいを飲んだあとは眠くなり,おなかがすくと起きて泣く.またこの現象はヒトに限ったことではないらしく,睡眠学の教科書には鳥類やラット,ネコでも食後は睡眠が増加すると書かれている.

この食後の眠気の原因として,覚醒と食欲に関わるホルモンである「オレキシン」と満腹ホルモンの「レプチン」が影響している.空腹になり血糖値が低下すると,食欲をもたらすオレキシン(ヒポクレチン)が脳から分泌される(図左).オレキシンの増加は食欲とともに覚醒をもたらす.すなわち覚醒していることと食欲はセットで起こり, お腹が空いている時には眠くない!(例えばダイエット中は夜眠りにくくなり,結局食べてしまい,ダイエットに失敗するのはこのためである)逆に満腹になるとオレキシンが減って,覚醒しにくくなり,眠くなってくる(覚醒と睡眠はシーソーの関係とよく言われる).

また食事により血糖値が上昇すると,レプチンが脂肪細胞から分泌される.このホルモンはオレキシンを抑制するため,食欲が抑えられると同時に眠くなってくる.だから,大事な試験や仕事の時などのときには満腹は避けたほうが良いのだ.

3.寝だめはできるの?
新聞ではスペースが足らず,割愛されてしまった.寝だめは予めたくさん寝ていれば,次の日の睡眠時間を減らせるということ.たとえばいつも7時間寝ているヒトが,9時間寝れば,次の日5時間ですむかということだが,残念ながら眠くなってしまうので寝だめはできない.言い換えると,睡眠時間の貯金はできないということである.
しかし5時間しか眠れなかった人が,翌日9時間眠ることはよくあり,これは回復に役立つ.すなわち,睡眠の不足分(借金:専門的には睡眠負債という)をあとで返済することはできるのだ.ただし,長い時間寝るとき気をつけなくてはならないのは,夜いつもの時間に寝て昼近くまで寝ているのではなく,夜早く寝て朝はいつもの時間に起きるようにすることである.これは昼近くまで寝ていると,その後の睡眠時間のリズムがずれてしまうのでかえって良くないためだ.


4.どうしたらよく眠れるの?
1)体温
人は体温(深部体温=直腸温)が低下するときに眠くなる(図右).入浴後,体温が冷めていく時は眠るのに良いタイミングである.逆に電気毛布は体温が下がりにくくなるので,ずっとスイッチを入れておかず,温まったら切ることが良い.

2)光
もうひとつの眠りのホルモンに「メラトニン」がある.これは夜,脳から分泌されて眠けをもたらす.このメラトニンは光の刺激によって調節されている.暗い状態(光が目に入らない状態)だと,夜だと思いメラトニンが分泌され,眠くなる.逆に光が目に入ると,昼間だと思いメラトニンの分泌が抑えられ,眠くならない.
寝る前に強い光が眼に入ること(テレビゲーム,iPadなど)はメラトニンの分泌が抑えられ,眠れなくなるので避けたほうが良い.逆にカーテンを少し開けて寝ると,朝,光のためにメラトニンの分泌が抑えられて,スッキリ起きられる.
またメラトニンの減少は不眠を招く.メラトニンはセロトニンから合成され,そのセロトニンはトリプトファンから合成される.トリプトファンは必須アミノ酸であり,体内で合成できないので,牛乳やバナナなどトリプトファンを多く含む食物から補給する必要がある.




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多系統萎縮症をめぐる臨床倫理的問題(日本臨床倫理学会@順天堂大学)

2015年03月09日 | 脊髄小脳変性症
日本臨床倫理学会 第3回年次大会にて標題の演題発表をさせて頂いた.神経変性疾患のなかで筋萎縮性側索硬化症(ALS)の臨床倫理的問題については従来多くの議論があるが,多系統萎縮症(MSA)では,これまでほとんど議論がなされてなかった.以下,要旨をまとめてみたい.

多系統萎縮症(MSA)は本邦の脊髄小脳変性症のなかで最も頻度の高い病型であるが,多彩な症候を呈し,睡眠呼吸障害や睡眠中の突然死を合併することがある.これらに対する治療として,持続的陽圧換気療法(CPAP)や気管切開術が行われてきたが,我々は,いずれの治療も突然死を完全には防止できないことを報告した(J Neurol 255:1483-1485, 2008).このような突然死のリスクがある神経変性疾患患者に対する告知については,これまでほとんど議論されて来なかった.本演題では,CPAP療法を導入した自験例の臨床経過を参考にして,今後,MSAにおいて議論をすべき臨床倫理的問題は何であるのか,明らかにすることを目的とした.

対象は,2001年から2012年までの間に新潟大学医歯学総合病院に入院し,Gilman分類のprobable MSAと診断された症例のうち,睡眠呼吸障害の改善,および突然死の防止目的のため,CPAPを導入した症例とした.CPAP導入後の突然死を含めた転帰, CPAP中止後の治療と予後について,後方視的に明らかにし(Niigata MSA study),その結果を踏まえ,告知や治療の自己決定において議論すべき問題を検討した.なお突然死の定義として,ICD-10のR96.1(発症から24時間以内の原因不明死)を用いた.

対象は29名で,転帰については観察期間中のCPAP中止が19名(66%),死亡が6名(突然死4名を含む),CPAP継続中が4名であった.CPAPの継続期間は中央値13ケ月(1~53ケ月)と短かった.CPAP継続中止の原因は,呼吸器感染(9名),呼吸不全(4名),CPAPマスクの不快感(3名)が多かった.CPAPの継続を中止した19名は,気管切開術を希望しないA群9名(47%),気管切開のみ行い人工呼吸器装着を希望しないB群6名(32%),人工呼吸器装着を希望したC群4名(21%)に分類された.CPAP断念後の生存期間は,A群,B群,C群の順に37.5 ± 8.5, 29.4 ± 6.1, 51.8 ± 18.3ヶ月であり,人工呼吸器装着は生存期間を延長する可能性が示唆された(ここまでの結果はSleep Med 15; 1147-9, 2014に報告した).しかし人工呼吸器装着による長期生存により高度の脳萎縮と認知症を来す症例がみられた.また我々は過去にCPAP導入を検討する段階ですでに認知機能障害を合併している症例が存在することを報告しているが(Mov Disord 25:2891-2, 2010),CPAP導入時に認知機能障害を認めた4例において人工呼吸器を装着した症例はなかった.

以上より,人工呼吸器装着例では生命予後が改善する可能性があるため,CPAP断念後は人工呼吸器を装着するかどうかの自己決定が必要であることが示唆された.同時に人工呼吸器装着後に,疾患の進行に伴い認知症を来しうる可能性も示した.

結論として,MSAにおける臨床倫理的問題として,少なくとも以下を検討する必要がある.
1.突然死の危険性についての告知はいつ行うべきか?
2.認知症を合併した患者さんの告知はどのように行うべきか?
3.人工呼吸器を装着するかどうかの選択は,いかに行うべきか?


今後,どのような場で議論を進めるべきかの検討も必要である.


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