Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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学規

2008年08月25日 | 医学と医療
 昨日まで新潟市美術館で開催されていた「水俣・新潟展」が終了した.「水俣フォーラム(NPO法人)」が全国各地で開催してきた水俣病に関する展示会である.水俣病・新潟水俣病の発生とその原因と背景,そしてその後の経過を,様々な資料とボランティアの方の説明で分かりやすく教えてくれるとても良い会であったと思う.

 患者さんを診察する椿忠雄教授(新潟大学初代教授)のお写真は初めて拝見したのでとても印象に残ったが,一番,興味を持ったのは元新潟大医療技術短大(現新潟大医学部保健学科)の故白川健一教授の業績を紹介するコーナーだった.白川教授は新潟水俣病の臨床をライフワークとして取り組まれ,1984年,49歳の若さでお亡くなりになられた.その白川教授が秋田で行った講演に使用したスライドが,今年5月,新潟大医学部保健学科の先生により,偶然発見された.そのスライドの解説や,白川教授のひととなりや白川教授が取り組んだ水俣病の臨床についての説明が,ひとつのコーナーで展示されていた.

 白川教授は,新潟水俣病が公式に確認された後,新潟大学神経内科で臨床研究を開始し,1969年,メチル水銀を含む川魚の摂取を中断してからも症状が出現する「遅発性水俣病」という概念を提唱した(これは水俣病が幅広くとらえられるきっかけのひとつとなった).1970年代後半,認定基準は厳しくなり,認定棄却される患者が増す中,患者の症状を客観的にとらえることが重要と考え,そのための検査装置の開発を行い,認定されない患者が増えないよう尽力した(この辺りのことは「新潟水俣病(齋藤恒著.毎日新聞社刊)」に詳しいが,協調運動障害を客観的に評価するジアドコメーターなどを試作している).私は残念ながら白川教授にお目にかかったことはないが,この本で知り,とても立派な先生だと思っていたが,今回,生前に先生が遺した言葉を拝見し,あらためて感銘を受けた.

「父は医師 癌を告げても尽くさせよ 少なき日々を 患者のために」

 闘病中に病床で詠まれた和歌だそうだ.
 もう一つは,新潟が誇る歌人,美術史家,書家である秋艸道人・會津八一先生(1881~1956)の,有名な「学規」を,医師としての立場からとらえた文章である.會津八一先生は,郷里・新潟から上京した受験生を預かった際,「学規」と題した規則を部屋の壁に貼ったそうだ.
         
ふかくこの生を愛すべし
かへりみて己を知るべし
学芸を以て性を養うべし 
日々新面目あるべし

 新面目(しんめんぼく)とは,今までにみられなかった新しい姿・ありさまのことである.この「学規」を白川教授は以下のように解釈している.

ふかくこの生を愛すべし ― 生を愛するということは他の人の生も考える,愛するということが大事です.

かへりみて己を知るべし ― 医療の各段階で不確実な要素が多く積み重なっており,そこで実際の医療が行われていると思いますが,そうであれば「自分をかえりみる」という事が非常に大事ではないかと思います.

学芸を以て性を養うべし ― 患者さんを観察するとき,目に見えるもののその奥にあるものを見るためには,学問や知識が必要であると思います.

日々新面目あるべし ― 患者さんは同じ病名でも個人差がありますし,毎日毎日経過はどんどん変わっていくわけです.マンネリ化した場合には,新しい気持ちで毎日をみるということが非常に大事だと思います.

 いずれも水俣病の臨床経験なかから生まれ育まれた言葉と思われる.自分自身はどうであろうかととても考えさせられた.

新潟水俣病 

秋艸道人 会津八一の生涯 
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TDP43 proteinopathyにおけるTDP43リン酸化の意義

2008年08月10日 | 運動ニューロン疾患
 TAR DNA結合蛋白質(TDP-43)は,ユビキチン陽性封入体を伴う前頭側頭葉変性症(FTLD-U),運動ニューロン病を伴う前頭側頭葉変性症(FTLD-MND),そして筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者脳および脊髄において,神経細胞質封入体(NCI),核内封入体(NII),変性神経突起(dystrophic neurites;DN)として沈着する.これまでの研究で,沈着したTDP-43には異常なリン酸化が生じており,Western blotでは通常の43 kDaのバンドに加え45 kDaのバンド(リン酸化TDP43)が出現することが判明している.しかしそのリン酸化の部位や関与するリン酸化酵素(kinase)は未同定で,かつリン酸化の意義についても不明であった.今回,本邦よりTDP43のリン酸化に関する検討が報告された.

 方法としてはまず64か所のSer/Thr/Tyrアミノ酸残基のうち39か所を選び,合成リン酸化ペプチドを作成,ラビットを免疫し,リン酸化TDP-43を特異的に認識する複数の抗体を産生・生成した.そして,免疫組織化学,免疫電子顕微鏡,Western blotにより患者(FTLD-U 3名,FTLD-MND 2名,ALS 3名,FTLD-U with PGRN mutation 3名,AD 2名,Control 2名)と正常対象脳を分析した.さらに,リン酸化にかかわるkinaseの同定を目的として,ヒト組換えTDP43蛋白に種々のkinase(カゼインキナーゼ-1,2,そしてGSK3β)を反応させ,TDP-43のリン酸化の有無やオリゴマー形成・線維化についての検討を行った.

 結果としては,Ser379, Ser403/404, Ser409, Ser410, Ser409/410に対する抗体は患者脳におけるユビキチン陽性封入体を強く染色した(このなかでSer409/410 がとくに強い染色性を示した).すなわちTDP-43のリン酸化部位はカルボキシ末端(C末端)に複数存在していた.また既存の市販の抗TDP-43抗体が正常の神経細胞核まで染色してしまうのに対し,これらのリン酸化抗体は細胞内の封入体(NCI, NII, DN, skein-like inclusion)を特異的に染色した.またTDP43 proteinopathyではその病型ごとに出現する封入体の形態が決まっているが(type 1-4),リン酸化抗体を用いた評価でも病型ごとに出現する封入体のパターンは同じであった.TDP43のC末端断片(18-26kDa)の泳動パターンは病態ごとに異なっていた.TDP43をリン酸化するkinaseはカゼインキナーゼ-1であった.また超微細構造的に,リン酸化抗体は直径15nmの異常な線維を標識し,さらにリン酸化によりTDP-43のオリゴマー形成および線維化が促進された.

 以上の結果より,リン酸化TDP-43は封入体の主要な構成要素であり,TDP-43の異常リン酸化はTDP43 proteinopathyの病態において重要な一段階であることが示唆された.さらにTDP43 proteinopathyはtauopathyやsynucleinopathyと以下の点で類似しており興味深いと考えられた.①リン酸化蛋白により構成された線維が封入体を構成している.②構成蛋白のリン酸化部位がC末端である.③TDP43断片の泳動パターンに疾患ごとに違いがある(タウオパチーの3/4リピートタウと類似).

 また核蛋白TDP43のリン酸化の意義については,その生理的作用である転写調節やmRNA splicingに影響が生じloss of functionを来たした可能性や,リン酸化TDP43線維形成を介して何らかのtoxic gain of functionを獲得した可能性がある.ただtauopathyやsynucleinopathyが原因療法の開発がなかなか進まないところをみると,TDP43 proteinopathyの治療法の開発も一筋縄でいかず,何らかのbreak throughが必要であると思われる.

Ann Neurol 64; 60-70, 2008 
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