4年生に対する神経診察実習が始まりました.学生とって神経診察は覚えることも多く難関です.冠名徴候といって,診察所見を考案した先達の人名がついているものも多く,初学者には覚えにくいと言われています.ただ暗記させても興味がわかないので,その先達の顔写真や業績なども紹介します.例えばRomberg徴候は,Moritz Heinrich Romberg先生による脊髄癆(神経梅毒)の診察の話をすると関心を持ってくれます.ただ私をずっと悩ませてきたのはMann試験です.「Mannって誰?」と10年以上探してきました.冠名徴候で出てくるような先達はその業績や人生を記した総説があるものですが,Mannは見つかりません.そもそもMann testで検索しても日本からの論文ばかりで,これは日本でのみ使用されている徴候ではないかと思い,ずっともやもやしていました(海外の論文ではtandem/sharpened/modified/augmented Romberg testなどと記載されています).Mann という人名から探しても出てくるのは,「Wernicke-Mannの肢位」に名を残すWernickeの弟子で,ドイツの神経学者Ludwig Mannしか見つかりませんでした.
4年前に私の疑問に対する回答が得られました.尊敬する廣瀬源二郎先生が執筆された名著「神経診察の極意(南山堂)」のp60に「『Mann試験』は外国では通じない!」というコラムがあり,そのなかに原著として図の2論文が紹介されていました.
◆ Mann, L.: Zur Symptomatologie des Kleinhirns (über cerebellare Hemiataxie und ihre Entstehung). Monatsschr Psychiatr Neurol 15:409–419, 1904.
◆ Mann, L.: Ueber die galvanische Vestibularreaktion , Neurol Centralbl 31:1356, 1912.
やはりLudwig Mann先生による論文でした.廣瀬先生の解説によるといずれの論文もMann試験に関する直接の記載はなく,「ガルバニー電流刺激による前庭検査で,両足を平行にくっつけて立つより,tandem位にした立位を取ることでより簡単に反応を誘発できる」という記載があり,これに由来するらしいです.さらに廣瀬先生が研鑽を積まれた米国に加え,英国,オーストラリア,そしてMann先生のお膝元のドイツでさえこの冠名徴候は使用されていないことが書かれています.
そうなると次の疑問はなぜ日本でのみこのように広く使われるようになったかです.おそらくドイツで学んだ影響力をもった脳神経内科医のどなたかが広められたのだと想像するのですがどうなのでしょう.この数年,神経診察実習のたびに調べても答えにたどり着かず,ご存知の先生がいらしたらご教示いただけるとありがたいと思う次第です.
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以下,2日後に追記.
Mann試験の日本におけるルーツを探しました.私が神経内科の領域で見つけた最も古い記載は「椿忠雄・佐野圭司・五島雄一郎(編).臨床神経学(医学書院1966)」という教科書にありました(図左).祖父江逸郎先生(名古屋大学講師・当時)が執筆されています.それ以前の資料では,沖中重雄先生による神経診察動画「復刻版 神経疾患の検査と診断」にはMann試験は含まれてはいませんでした(1959).ところが神経内科以外も含めると,耳鼻科領域の論文「Galvanic testの研究(1960)」においてMann試験が行われていました(図右).弱い電気刺激(galvanic stimulation)を用いて行う前庭刺激検査の論文で,前回ご紹介したLudwig Mann先生の原著(1904, 1912)を模倣して,両側耳後部を電気刺激した影響をMann試験で評価するものでした.1987年の平衡機能検査法基準化委員会答申書にもMann試験が詳細に記載されていました.
推測の域は出ませんが,この試験は日本の耳鼻科領域で盛んに議論され,そこから神経内科に広まって,両足を縦に揃えて閉眼するのがMann試験,そして閉眼しない状態をMannの肢位と呼ぶようになったの対し,海外では神経内科に広まることはなかったということではないかと思われます.いかがなものでしょう?ご意見や情報等,宜しくお願い致します.
資料を一緒に探してくださいました平山幹生先生に感謝申し上げます.
4年前に私の疑問に対する回答が得られました.尊敬する廣瀬源二郎先生が執筆された名著「神経診察の極意(南山堂)」のp60に「『Mann試験』は外国では通じない!」というコラムがあり,そのなかに原著として図の2論文が紹介されていました.
◆ Mann, L.: Zur Symptomatologie des Kleinhirns (über cerebellare Hemiataxie und ihre Entstehung). Monatsschr Psychiatr Neurol 15:409–419, 1904.
◆ Mann, L.: Ueber die galvanische Vestibularreaktion , Neurol Centralbl 31:1356, 1912.
やはりLudwig Mann先生による論文でした.廣瀬先生の解説によるといずれの論文もMann試験に関する直接の記載はなく,「ガルバニー電流刺激による前庭検査で,両足を平行にくっつけて立つより,tandem位にした立位を取ることでより簡単に反応を誘発できる」という記載があり,これに由来するらしいです.さらに廣瀬先生が研鑽を積まれた米国に加え,英国,オーストラリア,そしてMann先生のお膝元のドイツでさえこの冠名徴候は使用されていないことが書かれています.
そうなると次の疑問はなぜ日本でのみこのように広く使われるようになったかです.おそらくドイツで学んだ影響力をもった脳神経内科医のどなたかが広められたのだと想像するのですがどうなのでしょう.この数年,神経診察実習のたびに調べても答えにたどり着かず,ご存知の先生がいらしたらご教示いただけるとありがたいと思う次第です.
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以下,2日後に追記.
Mann試験の日本におけるルーツを探しました.私が神経内科の領域で見つけた最も古い記載は「椿忠雄・佐野圭司・五島雄一郎(編).臨床神経学(医学書院1966)」という教科書にありました(図左).祖父江逸郎先生(名古屋大学講師・当時)が執筆されています.それ以前の資料では,沖中重雄先生による神経診察動画「復刻版 神経疾患の検査と診断」にはMann試験は含まれてはいませんでした(1959).ところが神経内科以外も含めると,耳鼻科領域の論文「Galvanic testの研究(1960)」においてMann試験が行われていました(図右).弱い電気刺激(galvanic stimulation)を用いて行う前庭刺激検査の論文で,前回ご紹介したLudwig Mann先生の原著(1904, 1912)を模倣して,両側耳後部を電気刺激した影響をMann試験で評価するものでした.1987年の平衡機能検査法基準化委員会答申書にもMann試験が詳細に記載されていました.
推測の域は出ませんが,この試験は日本の耳鼻科領域で盛んに議論され,そこから神経内科に広まって,両足を縦に揃えて閉眼するのがMann試験,そして閉眼しない状態をMannの肢位と呼ぶようになったの対し,海外では神経内科に広まることはなかったということではないかと思われます.いかがなものでしょう?ご意見や情報等,宜しくお願い致します.
資料を一緒に探してくださいました平山幹生先生に感謝申し上げます.