goo blog サービス終了のお知らせ 

Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

非定型パーキンソン症候群の認知・精神症状プロファイルを理解する

2025年04月29日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核症候群(CBS),多系統萎縮症(MSA),パーキンソン病(PD)における認知機能と精神症状の違いを,英国の研究グループが詳細に解析し,Brain誌に報告しました.この研究では,2つの大規模コホートの計1138名のデータを統合し,各疾患を比較しています.診断は臨床診断に基づいて行い,診断基準としては,PSPはNINDS-SPSP→MDS PSP criteria,CBSはArmstrong基準,MSAはGilman改訂基準,PDはQueen Square Brain Bank基準を使用しています.

認知機能の違いについては,左側のレーダーチャートに示されています.パーキンソン病では全体的に認知機能は保たれており,記憶(Mem),注意(Attn),言語(Lang),流暢性(Flu),視空間認知(Vis-spat)いずれの領域でも比較的良好な成績を示しました.一方,PSPでは,特に流暢性の低下が目立ち,前頭葉性の遂行機能障害が主体であることがわかります.CBSでは,視空間認知の著しい低下がみられ,注意や記憶にも広範な障害が及んでいました.MSAは比較的軽度で,PDと近いパターンを示しましたが,若干の遂行機能障害が認められました.




その他,精神症状等に関しては(右側のレーダーチャート),PDでは睡眠障害が最も目立ち,他の項目では大きな異常は認められませんでした.これに対し,PSPでは無気力が際立っており,さらに抑うつや不安も高いレベルで存在していました.CBSでは不安が特に強く,抑うつや無気力も目立ちました.MSAは精神症状全体としては比較的軽度でしたが,無気力傾向が一定程度認められました.

著者らは,これらの認知・精神症状プロファイルを用いて,疾患を鑑別するロジスティック回帰モデルを開発し,PSPとPDを76%の精度で区別できることを示しました.また,認知機能低下は運動障害とは独立してADLを悪化させる重要な因子であること,さらにPSPでは血中NFL濃度が認知機能と関連することも示しています.この研究は,非定型パーキンソン症候群において,単なる運動症状だけでなく,認知・精神症状の詳細な評価が診断精度向上に不可欠であることを示唆しています. 最後に各疾患ごとの特徴をまとめておきます.

【疾患別特徴まとめ】
• PSP
認知機能では言語流暢性の低下が著明
無気力が目立ち,衝動性も高頻度
抑うつや不安もみられるが,幻覚・妄想は少ない
血中NFL濃度が認知機能低下と関連

• CBS
視空間認知障害が顕著
注意・記憶・言語も広範囲に障害
不安が強く,無気力や抑うつも目立つ
認知機能低下が急速に進行

• MSA
認知機能障害は軽度で,PDと近い
無気力は一定の頻度でみられるが,衝動性は少ない
認知機能と運動機能の進行が独立している
睡眠障害が比較的多い

• PD
初期には認知機能は比較的良好
睡眠障害が最も多く,抑うつ・不安は軽度
認知機能低下と運動機能低下が連動する
認知機能の低下もADLに独立して影響する

Hu MT, et al. Cognitive and neuropsychiatric profiles distinguish atypical parkinsonian syndromes. Brain. 2025. (doi.org/10.1093/brain/awaf132

進行性核上性麻痺におけるレム睡眠行動異常症の意義 ―サブタイプや予後予測に有用かもしれない―

2025年03月13日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)はタウ蛋白の蓄積により生じるタウオパチーです.これまでレム睡眠行動異常症(RBD)は,主にαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー小体型認知症,多系統萎縮症)に関連すると考えられてきましたが,近年,PSPを含むタウオパチーにおいても合併が報告されています.このような背景のもと,中国の研究チームが,PSPにおける自己申告RBDの有病率,臨床的特徴,および18F-florzolotau PETを用いたタウ蓄積との関連を検討した研究が報告されています.個人的にも興味のあるテーマでしたが,タウPETと終夜ポリグラフ検査(PSG)が必要で,実施のハードルが高いと考えていました.そのため,2019年からこの研究を行っていた中国の臨床研究レベルの高さには驚かされました.

対象は2019年から2022年に,MDSのPSP診断基準を満たす148名の患者で,RBDの評価にはREM Sleep Behavior Disorder Single-Question Screen(RBD1Q)が用いられました(つまりPSGは行っていません).この結果,PSP患者の18.2%(27/148人)が自己申告RBDを有していました.特に,PSP-RS(21.7%)とPSP-P(18.5%)で頻度が高く,PSP-PGFでは9.7%,PSP-OM,PSP-SL,PSP-PIでは認められませんでした.自己申告RBDを有する患者は,PSP Rating Scale(PSPrs)の総スコアが有意に高く(38.0 vs 27.0, p=0.002),運動機能や非運動症状の重症度が高いことが示されました.また,タウPETの結果,RBDを有するPSP患者では青斑核と縫線核におけるタウ蓄積が有意に高いことが示されました(p=0.003)(図1A,B).さらに青斑核のタウ蓄積の程度は,RBDの頻度と強く相関していました(r=0.752, p=0.002)(図1C).媒介分析(mediation analysis)の結果,青斑核のタウ蓄積がPSPrsスコアの上昇に関与しており,この関係の一部は自己申告RBDによって媒介されることが示唆されました(媒介割合2.09%, p=0.044)(図2).これらの結果は,タウ病理が睡眠調節機構に影響を及ぼし,RBDの発症を引き起こし,最終的にPSPの重症化につながる可能性を示唆します.



本研究に対するEditorialも掲載されていますが,本研究がPSPのRBDにおけるタウ病理との関連を明確に示した点を高く評価しています.特に,RBDがPSPの重症度や進行と関連していることを指摘し,RBDの存在がPSPのサブタイプ分類や予後予測の精度向上に貢献すると述べています.一方,この研究の限界として,RBDの診断が自己申告であり,ゴールドスタンダードであるPSGが用いられていない点をやはり指摘しています(自己申告ベースのRBDの有病率は,PSGを用いた場合と比較して過大評価される可能性があることが知られています).またPSPとRBDの関連が純粋なタウ病理によるものなのか,あるいは一部の患者ではαシヌクレインの合併病理によるものなのかを明らかにする必要があるとも指摘しています.今後はPSPでもRBDの有無に注目して,サブタイプや予後を検討する必要があります.

1. Li XY, et al. Self-reported REM sleep behavior disorder in patients with progressive supranuclear palsy: clinical and 18F-florzolotau PET imaging findings. Neurology. 2025;104(5):e213376. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000213376
2. Baldelli L, et al. Shedding light on REM sleep behavior disorder in progressive supranuclear palsy: window into neurodegeneration or diagnostic challenge? Neurology. 2025;104:e213449. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000213449


X連鎖性副腎白質ジストロフィー(ALD)は男性だけでなく女性にも深刻な影響を及ぼす ―見過ごされてきた疾患負担―

2025年02月18日 | その他の変性疾患
X連鎖性副腎白質ジストロフィー(ALD)は,ABCD1遺伝子の変異によって発症する神経変性疾患です.これまで男性に発症する疾患と考えられてきましたが,近年,女性でも進行性の神経症状が出現することが明らかになってきました.しかしこれまで女性は「キャリア」として扱われることが多かったため,診断や治療が遅れるケースが少なくなかったと指摘されています.今回,米国マサチューセッツ総合病院より,ALD女性患者の疾患負担に関する包括的な調査研究がNeuology誌に報告されました.

方法は後方視的解析とインタビュー調査で,対象はALD女性患者127名,対照群はALD男性患者82名です.女性患者の91%が何らかの神経症状を訴え,特に排尿障害(74%),歩行障害(66%),痙縮(65%),しびれ感(65%)が頻度の高い症状でした.年代ごとの症状の出現頻度が図1です.



また,精神的な負担も大きく,64%の患者がうつ・不安を呈していました.女性患者のミエロパチーによる神経症状出現の中央値は37歳であり,男性患者の28歳よりも有意に遅れていました(図2).歩行障害は40歳代以降に急速に進行し,50歳を超えると杖や歩行器を必要とする患者の割合が顕著に増加していました.また,転倒リスクも高く,女性患者の55%が転倒歴を持ち,48%が転倒による外傷を経験,43%が骨折を経験していました.さらに,31%の女性患者は骨粗鬆症または骨減少症と診断されており,転倒による骨折リスクがより高まる要因となっていました.



臨床的な問題が2つあり,1つは診断の遅れで,診断時年齢の中央値は女性が37歳,男性が23.9歳でした.男性は症状の出現により診断されるのに対し,女性は家族内のスクリーニングにより発見されることが多い事がわかりました.2つ目は誤診で,46名の女性が診断前にケアを求めて受診しましたが,うち22名(約48%)が多発性硬化症や家族性痙性対麻痺などと誤診されていました.また,医療アクセスの問題も深刻であり,インタビュー調査を受けた57名のうち51名(89.5%)が適切な医療を受けることが困難であったと回答しました.その主な理由として,ALDに関する医療者の知識不足(70.2%),「女性はALDの症状を発症しない」という誤解(56.1%),専門医の不足(56.1%)が挙げられました.さらに,26.3%の患者が診療費や通院負担の大きさを問題視していました.またQOLにも大きな影響があり,インタビュー調査を受けた49名のうち,26名(46%)が高度の,12名(21%)が中等度の,11名(19%)が軽度のQOL低下を示していました.

本研究は,ALD女性患者の疾患負担が予想以上に大きいことを示しており,私も大変驚きました.認識を改める必要性を感じました.また本研究は診断の遅れ,誤診,医療アクセスの課題がQOLの低下を引き起こしていることを明らかにしました.ALD女性患者のQOLを向上させるためには,早期診断を促進するための診療ガイドラインの作成,疾患理解の向上,専門医の育成,適切な治療戦略の策定が必要と考えられます.
Grant NR, et al. Disease Burden in Female Patients With X-Linked Adrenoleukodystrophy. Neurology. 2025 Mar 11;104(5):e213370.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000213370

PSPと運動失調における評価尺度の進化 ― 米国食品医薬品局(FDA)が進める評価尺度の改訂の意義

2024年12月29日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)は,運動障害,認知機能障害,行動変化など多彩な症候を呈する神経変性疾患です.このため臨床評価尺度も多彩な項目を要します.現在,使用されているProgressive Supranuclear Palsy Rating Scale(PSPRS)は28項目から構成されます.なんと米国食品医薬品局FDAがPSPRSを改訂し,10項目から構成されるPSPRS-10という評価尺度を作成したようです.その有用性を検証した論文がスウェーデンからMov Disord誌に報告されています(文献1).

この研究では,従来のPSPRS(PSPRS-28)とFDAが提案した10項目サブスケール(PSPRS-10および再スコアリング版rPSPRS-10)を比較しています.アイテム応答理論(Item Response Theory, IRT)は統計モデルのひとつで,テストや評価尺度を構築・解析するための方法です.被験者の潜在特性(例:能力,病気の重症度,態度など)と,個々のテスト項目(質問や評価基準)の特性との関係を数学的にモデル化する方法のようです.つまりIRTを用いて,28項目のうち情報量が低い項目や,疾患重症度との相関が弱いものが特定され削除されました.その結果できたものが以下の10項目による簡略版です.
1. Gait(歩行)
2. Arising from chair(椅子からの立ち上がり)
3. Postural stability(姿勢の安定性)
4. Sitting down(座る動作)
5. Neck rigidity(頸部筋強剛)
6. Dysphagia for liquids(液体の嚥下障害)
7. Dysphagia for solids(固形物の嚥下障害)
8. Voluntary downward saccades(自発的下向きサッケード)
9. Postural reflexes(姿勢保持)
10. Impact on daily life(日常生活への影響)

著者らは4つの臨床試験および2つのレジストリから得られた979名分のデータを分析し,各尺度の有用性を評価しました.この結果,PSPRS-28では項目間の相関が低く(平均相関係数r=0.17±0.14),特に「イライラ感」「睡眠困難」「姿勢振戦」の3つの項目は他の項目とほぼ相関がないことを示しました.一方,PSPRS-10では選択された10項目が全体の76%の情報量を保持しており,相関も高い(r=0.35±0.14)ことが示されました.また臨床試験シミュレーションでは,治療効果を検出するための被験者数をPSPRS-10は大幅に削減できることが確認されました.例えば,50%の治療効果を検出する場合,PSPRS-10では19名の被験者で済むのに対し,PSPRS-28では102名が必要でした.「rPSPRS-10」はさらにスコアリング方法を変更したものですが,PSPRS-10ほどの感度を示さない可能性があることが示されました.まとめるとPSPRS-10とPSPRS-28はそれぞれ利点があり,PSPRS-10は臨床試験における評価尺度として効率的で,PSPRS-28は疾患の全体像を詳細に把握するために有用です.表にまとめましたが,それぞれの特性を活かし,目的に応じて適切な評価尺度を選択することが重要となります.



この論文に対する論説も掲載され,FDAが主導し,PSPRSの改訂が行われた背景について論じています(文献2).FDAが希少疾患における臨床試験の効率性を高めるため,既存の評価尺度を改善する取り組みを進めていることが強調されています.つまり臨床試験のエンドポイントとして使用されるスケールの「目的適合性(fit-for-purpose)」を重視し,不要な項目を削除し,機能的評価を重視した改訂をすることにより,治療効果の判定をより効率的・効果的にできると述べられています.FDAはPSPRSだけでなく小脳性運動失調の評価尺度であるSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)も改訂しています(文献3).改訂版は「functional SARA(f-SARA)」と呼ばれるもので,もとの8項目のうち,以下の4項目に絞っています.
1. Gait(歩行)
2. Stance(立位)
3. Sitting(坐位)
4. Speech(発語)
著者らは,他の評価スケールにも同様の改訂が必要であると述べています.



1. Gewily M, et al. Quantitative Comparisons of Progressive Supranuclear Palsy Rating Scale Versions Using Item Response Theory. Mov Disord. 2024 Dec;39(12):2181-2189.(doi.org/10.1002/mds.30001

2. Sampaio C. FDA Boosts the Progressive Supranuclear Palsy Rating Scale! Mov Disord. 2024 Dec;39(12):2127-2129.(doi.org/10.1002/mds.30040

3. Potashman M, et al. Content Validity of the Modified Functional Scale for the Assessment and Rating of Ataxia (f-SARA) Instrument in Spinocerebellar Ataxia. Cerebellum. 2024 Oct;23(5):2012-2027.(doi.org/10.1007/s12311-024-01700-2

進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症をめぐる最近の進歩

2024年11月22日 | その他の変性疾患
第43回認知症学会(郡山)にて,東名古屋病院の饗場郁子先生に座長をしていただき,標題の学術教育講演をさせていただきました.これら2疾患はタウ蛋白のみ蓄積する「純粋な」タウオパチーと考えられ,タウ抗体を用いた2つの臨床試験が行われましたが,いずれも失敗しました.講演では「失敗の原因は何なのか?」の考察から始まり,将来の治療の成功につながりうる最近の驚くべきブレイクスルー「アンチセンスオリゴンヌクレオチドによる治療,TRIM21を利用した細胞内タウの分解,治療標的としてのオリゴデンドロサイトと補体C4a,proteinopenia仮説」について解説しました.ありがたいことに会場には立ち見の先生も出るほど多くの方がご参加くださいました.スライドは以下からご覧いただけます.

使用スライド


進行性核上性麻痺の新たなリスク遺伝子と病態におけるオリゴデンドロサイトと補体の重要性

2024年10月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の新たな遺伝的要因と病態機序について,米国Mount Sinai医科大学から重要な知見が報告されました.PSPにおける最大規模のゲノムワイド関連解析(GWAS)で, PSP患者2779人(なんと2595人は病理診断で確認済み)と5584人の対照群を検討し,PSPのリスク遺伝子を解析した研究です.その結果,6つの独立したPSP感受性遺伝子座を特定しました.その中には,既知の5つの遺伝子座(MAPT,MOBP,STX6,RUNX2,SLCO1A2)と,新規の1つの遺伝子座(補体C4A)が含まれていました.さらにC4A遺伝子のコピー数変異がPSPのリスクに関係することが示されました.C4Aは補体系に関連したタンパクであり,PSPにおいて補体の関わる炎症反応が神経変性に関与する可能性が考えられました.このため補体C4Aを標的とした検討がなされました.

この研究で特に注目されるのは,PSPの病態進行にオリゴデンドロサイトが関与している可能性が示唆された点です.オリゴデンドロサイトの重要性は2022年にも指摘されていました.図の上段はC4A(マゼンタ),リン酸化タウ(AT8,緑),およびOLIG2(オリゴデンドロサイトのマーカー,茶色)の三重免疫染色です.対照群(a)ではリン酸化タウとC4Aはほとんど染まりませんが,PSP群(b)ではOLIG2陽性のcoiled body(PSPで認めるオリゴデンドロサイトにおけるタウ蓄積:緑および茶色)においてC4Aの共局在が示されています.一方,アストロサイト(tufted astrocyte)や神経細胞(神経原線維変化)ではC4Aは陰性でした.またC4A陽性軸索数(c)は,PSP群で有意に多く,C4A陽性軸索の長さ(d)は,PSP群で有意に短いことも分かりました.C4Aα鎖の免疫ブロット(e)ではPSP群で有意に発現レベルが高いこと,さらに末梢血全血におけるC4A mRNA発現(f)もPSP群で有意に高いことが分かり,診断マーカーとして使用できる可能性も出てきました.



以上より,PSPは単なるタウタンパクの異常に起因する神経変性疾患ではなく,免疫系・補体系が病態の進行に深く関与することが示唆されました.PSPやその他のタウオパチーにおいて,C4Aやオリゴデンドロサイトが治療標的として検討されることになると思います.
Farrell K, et al. Genetic, transcriptomic, histological, and biochemical analysis of progressive supranuclear palsy implicates glial activation and novel risk genes. Nat Commun. 2024 Sep 9;15(1):7880. doi: 10.1038/s41467-024-52025-x.

えっ,大脳皮質基底核症候群に左右差が生じる理由はそういうことなの!?

2024年10月13日 | その他の変性疾患
ちょっと驚いた論文です.大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome;CBS)は,医学生でも症候や画像所見に明らかな左右差(非対称性)があることを知っています.しかしなぜ左右差が生じるかは専門家も答えられません.最新号のNeuol Clin Pract誌に,ヒューストンのベイラー医科大学から「CBSの左右差は発症前に,末梢性または中枢性に何らかの誘因がある」という仮説を検証した研究が報告されました.つまり病変と対側の手足,もしくは同じ側の脳に外傷などをしていなかったか?を調べたわけです.

著者らは,72名のCBS患者と同数のパーキンソン病(PD)患者の医療記録を調査し,CBS症状発現前の1年間に末梢性または中枢性の誘因があったかどうかを検討しました.この結果,PD患者では発症前の誘因は1.4%のみであったのに対し,CBS患者では20.8%と明らかに高率でした(p < 0.001)(図1).



そして誘因の多くが末梢性でした.
■末梢性の誘因(13件)(図2)
 手術:回旋腱板修復手術,手根管開放手術,足の手術,上腕骨骨折の固定,腱鞘炎手術
 外傷:手の鈍的外傷や刺傷
 骨折後のギプス固定:骨折後の四肢ギプス固定
 歯の手術:20本の歯を抜歯する特定の歯科手術
■中枢性の誘因(2件)
 脳卒中
 頭部外傷



以上より,CBSにおける左右差は,主に対側の手足における手術や外傷が契機となって神経変性プロセスが開始される,例えば局所的なタウタンパクのミスフォールディングや異常な伝播が生じるという可能性が示唆されました.本当かどうか,まだ半信半疑ですが,今後,大規模な前向き研究が行われることで,結論が出るかもしれません.いずれにせよ,今後,CBS患者の問診で追加すべき質問が増えたということになります.

Lenka A, et al. Corticobasal Syndrome: Are There Central or Peripheral Triggers? Neurol Clin Pract. 2025. https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200365

進行性核上性麻痺と大脳皮質基底核症候群におけるαシヌクレイン共存の意義

2024年09月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)は,アミロイドβも関わるアルツハイマー病とは異なり,タウのみが病態に関わる「純粋な」タウオパチーと考えられてきました.しかし近年,αシヌクレイン(αSyn)も関与しうる可能性が示唆されています.今回,トロント大を中心とする研究チームから,αシヌクレインシード増幅アッセイ(αSyn-SAA)を行い,PSPおよび大脳皮質基底核症候群(CBS)患者におけるαシヌクレイン共存の意義を検討した研究がNeurology誌に報告されました.

対象となった68名(PSP 28名,CBS 40名)のうち,PSP患者の28.6%,CBS患者の35.9%がαSyn-SAA陽性でした.また興味深いことに,若年発症の患者においては,アルツハイマー病(AD)のバイオマーカー陽性(アミロイドβ42の低下など)とαSyn-SAA陽性との強い関連が見られました.

図1Aでは,若年発症(65歳未満)と高齢発症(65歳以上)に分けて,ADバイオマーカー(特に脳脊髄液Aβ42の低下)とαSyn-SAA陽性の関連を示しています.若年発症群では,ADバイオマーカー陽性患者のうち56%がαSyn-SAA陽性であり,ADバイオマーカー陰性だとαSyn-SAA陽性も12%と小さくなることが分かります.しかし高齢になると,AD病理と無関係にαシヌクレイン病理が陽性になることが示唆されます(ADバイオマーカー陰性でもαSyn-SAA陽性が46%と上昇している).



図1Bは,発症年齢と脳脊髄液中Aβ42の関連を示しています.αSyn-SAA陽性の患者では(オレンジ),若くなるほどAβ42レベルが低下しており,AD病理との関連が示唆されます.一方,αSyn-SAA陰性の患者では,発症年齢とAβ42には関連が見られません.



図1Cは,CBSおよびPSP患者の主要な臨床症候(振戦,安静時振戦,筋強剛,運動緩慢,失効,歩行障害,転倒,眼球運動障害)を,αSyn-SAA陽性と陰性で比較したものですが,大きな差は認めませんでした.ただしREM睡眠行動障害の既往は,αSyn-SAA陽性と強く関連していました(オッズ比60.2!,p < 0.01).PSPではRBDを合併しうることは有名でしたが,このような症例はαSyn-SAA陽性である可能性が高いことを意味し,個人的には驚きました.



図1Dは,神経細胞障害の指標であるNfL値を比較したもので,PSPの方がCBSよりも高い傾向がありますが,αSyn-SAA陽性と陰性の間で有意な差はなく,αSyn病理の合併が神経変性を促進するというわけではないものと考えられました.



以上より,αSyn病理の合併はCBSやPSPでは少なくないこと,αSyn病理の合併で大きく症候は修飾されないが,αSyn陽性例でRBDを呈しうること,若年発症例ではαSyn病理にAD病理が関連する可能性があることが分かりました.そしてこの論文は将来の治療において重要な意義を持つ可能性があります.最初に記載したとおり,これまでPSP/CBSはアルツハイマー病とは異なる「純粋な」タウオパチーであるため,TilavonemabやGosuranemabといった抗タウ抗体による治験が行われ,いずれも失敗したという経緯がありました.今後,αSyn-SAA等のバイオマーカーや年齢を用いて,対象患者を層別化し,ターゲットを絞ることが求められるかもしれません.また神経変性疾患における複数の病理(タウ,αシヌクレイン,βアミロイド)の複雑な相互作用を解明する必要性を感じました.
Anastassiadis C, et al. CSF α-Synuclein Seed Amplification Assay in Patients With Atypical Parkinsonian Disorders. Neurology. 2024 Sep 24;103(6):e209818.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209818

脳神経内科医1年目の私のカルテに久しぶりに対面した話

2024年08月07日 | その他の変性疾患
3年ほど前に,小脳失調症の研究でご一緒させていただいている信州大学中村勝哉先生から,信州大学で診療している患者さんの学会発表の共同演者になってほしいというお話をいただきました.症例は家族性痙性対麻痺SPG26の原因遺伝子であるB4GALNT1に新規ミスセンス変異があることが判明した44歳女性です.なぜ私が共同演者になるのか思い当たることがありませんでしたが,お話を伺うと,20歳時に信州大学に入院歴があり,そのカルテを調べたところ,なんと私の書いた入院サマリーが出てきて,これまでの経過を理解するのに役に立ったということでした.それは患者さんが17歳のときに,脳神経内科医1年目の私が新潟の市中病院で主治医となり,その後,長野県に転居されたということです.

中村先生が私にそのカルテを送ってくださり,27年前に書いたカルテと対面したわけですが,感想は「分からないなりに全力で取り組んでいる」と思いました.恥ずかしくもありましたが,教室の若い先生がたにも1年目の私のカルテを見てもらいました.彼らに伝えたかったことは,診断が分からない難しい症例を経験したときに「分からないながらもしっかりと病歴や神経所見を記載し,可能な限り勉強してベストの考察を残しておけば,いつか誰かが見て役に立つかもしれない」ということです.これまでも遺伝性神経疾患において同様の事例がいくつもありますし,おそらくこれから発見される未知の抗神経抗体を有する自己免疫性神経疾患でも同様のことが起こるだろうと思います.自戒の念を込めてですが,できるだけしっかりとしたカルテを残す必要性を改めて感じました.

以下は最近発表された論文です.1症例報告でもここまで詳細な検討ができるのだと非常に感心し勉強になりました.中村先生,どうもありがとうございました!

Inamori E, Nakamura K, et al. Functional evaluation of novel variants of B4GALNT1 in a patient with hereditary spastic paraplegia and the general population. Front Neurosci. 31 July 2024. Vol18(doi.org/10.3389/fnins.2024.1437668)オープンアクセス



IgLON5抗体関連疾患では免疫療法を行っても脳内タウ沈着は進行する

2023年10月30日 | その他の変性疾患
IgLON5抗体関連疾患は中核症状として,睡眠障害(パラソムニア,閉塞型無呼吸,喉頭喘鳴),脳幹障害(嚥下・構音障害,眼球運動障害,呼吸障害など),舞踏運動などの不随意運動,パーキンソニズム,歩行障害,姿勢保持障害,自律神経症状などを呈します.当科で抗体測定(cell-based assay)が可能ですが,4症例を経験し,診断まで2~7年,臨床診断はCBS,PAF→MSA+球麻痺,MSA(鑑別診断ALS),PD→呼吸不全がそれぞれ1例ずつ,全例免疫療法で何らかの症状の改善を認めています.

病理学的には脳幹および視床下部のリン酸化タウ沈着(AT8)を認めます.病初期には神経炎症(脳脊髄液細胞数↑),進行すると神経変性(抗体価↑)が主体となり,リン酸化タウが蓄積してくると推測されています.このため「自己免疫性タウオパチー」とも呼ばれています.今回,ドイツより第2世代のタウPETトレーサー(18F-PI-2620)を用いて,4名の患者のタウ沈着を検討した研究が報告されました.

まず図左に4名の所見を提示したように,橋,延髄背側,小脳にタウ沈着を認めました.これは既報の剖検における所見と一致していました.またこの蓄積部位は,睡眠障害,自律神経障害,眼球運動障害,歩行障害の責任病変として矛盾はありませんでした.

今回,明らかになったのは,症例2の28ヵ月の縦断的検討で,免疫療法(ステロイド,IVIG,アザチオプリン)により症状や抗体価が改善したにもかかわらず,延髄におけるタウ沈着が増加しており,免疫療法を行っても神経変性が進行する可能性が示唆された点です(図右上).またタウ沈着は,抗体価が高いほど(図右下),NfL値が高いほど,臨床症状の重症度が高いほど沈着が増加することが分かりました(治療までの期間と罹病期間とは明らかな相関はなし).



著者は,本症におけるタウ沈着は,自己抗体によって引き起こされるタウリン酸化の亢進に続発するものと考えています.まだ4症例における検討であり,今後,より大規模な縦断的研究が必要と考えられます.神経変性疾患として非典型的な症候を呈する症例,脳脊髄液で細胞数・蛋白上昇を認める症例,HLA-DRB1*10:01ないしDQB1*05:01を認める症例ではぜひ,抗体のcell-based assayをご相談ください.
Theis H, et al. In Vivo Measurement of Tau Depositions in Anti-IgLON5 Disease Using 18F-PI-2620 PET. Neurology. 2023 Oct 25:10.1212/WNL.0000000000207870. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000207870