Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アイスクリーム頭痛研究の最前線 ―その遺伝と誘発法,そしてねこ―

2017年01月19日 | 頭痛や痛み
アイスクリーム頭痛(Ice cream headache:ICH)は,冷たいものを食べたときに生じる頭痛で,英語では「brain freeze」とも呼ばれる.国際頭痛分類第2版で,アイスクリーム頭痛は正式名称として使用されたが,第3版β版では「寒冷刺激による頭痛」と名称が変更された.自分もアイスクリーム頭痛があるため関心があり,過去2回ブログに取り上げ,そのメカニズムと対処法を記載した.

なぜアイスクリームで頭痛が起こるか?
寒さによる頭痛,脳卒中とその対策

ただアイスクリーム頭痛は健康に害を及ぼさないことから,あまり研究意欲を掻き立てないようで(笑),論文は少ない.しかしドイツは頑張っていて,2016年の特筆すべき2つの研究もドイツのものであった.ドイツ人はアイスクリームが大好きで,その消費量は世界8位だそうだ(ちなみに日本は17位).

さて以下,2016年の注目すべき2つの研究を紹介する.

1.アイスクリーム頭痛の遺伝
10~14歳の生徒283名,その親401名,そして教師41名を対象として,自己記入式質問票を用いて,国際分類に基づいた頭痛の診断を行った.親子の頭痛の関連,そしてアイスクリーム頭痛とその他の頭痛の関連について検討した.

結果であるが,生徒におけるアイスクリーム頭痛の有病率は62%で,性差なし.しかし,成人では有病率は減少し,女性36%,男性22%と,女性に多く認められた(図左).
遺伝に関しては,両親にアイスクリーム頭痛を認めるとき,子供の有病率は増加した(オッズ比は母の場合10.7倍,父の場合8.4倍と高い).両親にその他の頭痛があっても,子供のアイスクリーム頭痛の有病率に影響はなし.
一方,アイスクリーム頭痛を認める生徒,成人とも,他の頭痛(主に片頭痛が多い)の有病率が増加した(オッズ比は生徒2.4倍,父6.8倍,母2.9倍).逆にその他の頭痛がない場合,アイスクリーム頭痛の有病率は減少した(オッズ比0.4未満).

以上より,(1)アイスクリーム頭痛は子供に多く,成人では少なくなること,(2)アイスクリーム頭痛には遺伝的素因があること,(3)アイスクリーム頭痛はその他の頭痛(主に片頭痛)の危険因子となることが明らかにされた.


2.実験的アイスクリーム頭痛
誘発方法としては,角氷,氷水,アイスクリームが知られている.しかしどの方法が良いのか,また異なる方法で頭痛のタイプが変わるのかは不明であった.このため,角氷と氷水という2つの誘発法を比較する研究が行われた.ひとつは角氷(-16℃)を口腔に入れて,舌と硬口蓋で90秒圧迫し冷却する方法,もう一つは氷水(0℃)200ccを一気飲みする方法である.

さて結果であるが,氷水のほうが角氷より頭痛をより高頻度に誘発した(39/77=51%対9/77=12%). また氷水で頭痛はより早く出現し(中央値15秒対68秒),痛みの程度も強かった.頭痛の出現場所は変わらなかった(図右).頭痛の性状は異なり,角氷では圧迫するような痛み,氷水では突き刺すような痛みであった.氷水による頭痛の26%に,最初の頭痛のあとに2回めの頭痛が出現した(アイスクリーム頭痛に2つの種類・機序が存在する可能性を示唆する.).流涙はアイスクリーム頭痛を認めた人で多く認められた(三叉神経・自律神経反射を示す).
以上より,氷水は角氷と比べ,高頻度に,出現潜時の短い,より強い頭痛を来すことが分かった.このことは温度より冷却される部位の広さや,冷却のスピードが重要であることを示している.

ちなみに自分でも試してみた.やはり角氷では誘発されず,氷水では軽度の痛みが出現した.角氷は局所的に冷却されるが,溶け出した氷水によって徐々に口腔内が冷却される感じがした.一方,氷水は,確かに一度に急速に口腔全体が冷却される感じがした.やはりアイスクリーム頭痛の誘発法は氷水が良さそうである.

3.ねことアイスの実験
アイスクリーム頭痛と片頭痛は関連する可能性が複数報告されている.アイスクリーム頭痛では,三叉神経や舌咽神経に対する寒冷刺激が引き金になること,寒冷刺激に伴い,血管の急速な収縮と拡張が起こり,血管周囲に分布する三叉神経が刺激され神経原性炎症が起こることなど,片頭痛の病態とオーバーラップがみられる.

そうであれば,きっとねこにもアイスクリーム頭痛があるはずだ.なぜなら片頭痛の実験にしばしばねこが用いられるためだ.このため以前から,我が家のねこのキキちゃん(あめしょー4歳)にアイスクリームやかき氷を何度も与えてみたのだが,ただ美味しそうに食べているだけだった(どうも大好物らしい).結果に納得がいかずネットを調べたところ・・・いくつもの動画がありました.ねことbrain freezeで検索するとたくさんある.一瞬,頭が痛くなり,びっくりするようである.当然,動画はドイツからのものである.

Cats gets brain freeze Compilationn


Zierz AM et al. Ice cream headache in students and family history of headache: a cross-sectional epidemiological study. J Neurol. 2016 Jun;263(6):1106-10.

Mages S et al. Experimental provocation of 'ice-cream headache' by ice cubes and ice water. Cephalalgia. 2016 May 19. pii: 0333102416650704. [Epub ahead of print]

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孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

2017年01月13日 | 脊髄小脳変性症
近年,神経変性疾患の臨床診断と病理診断の区別が厳密に行われるようになった.例として,臨床診断-大脳皮質基底核症候群(CBS)と病理診断-大脳皮質基底核変性症,そして臨床診断-リチャードソン症候群と病理診断-進行性核上性麻痺が挙げられる.では脊髄小脳変性症はどうだろうか?実はこのような区別が曖昧なままにある.具体的には,臨床診断・遺伝子診断に基づく疾患群の総称が脊髄小脳「変性症」(SCD)で,その中の孤発例は皮質性小脳「萎縮症」および多系統「萎縮症」で,遺伝性は脊髄小脳「失調症」1型,2型・・・・(SCA)となる.つまり変性・萎縮といった病理学的概念と,失調といった臨床的概念が,厳密に区別されることなく混在しているのだ.

Brain Nerve誌に掲載された古賀俊輔先生(メイヨークリニック)による「孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する」という総説は,この問題を明快に議論した論文であり,一読して唸ってしまった.要旨を簡潔に述べると,まず孤発性脊髄小脳変性症の疾患概念の変遷を概説し,そして本邦と諸外国で用いられている疾患名の指す概念に相違があることを指摘している.その上で,これまで提唱された概念の中では「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」が一番,孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断として相応しいのではないかと提案している.

本論文の内容は下図に集約される.一番上の段は,本邦の現在の分類で,特定疾患の分類に基づくものである.つぎに「晩発性皮質性小脳萎縮症(late cortical cerebellar atrophy; LCCA)」という概念が出てくるが,これは欧米では異なる2つの定義で使用され混乱が生じうるため使用されなくなっている.具体的に,「狭義のLCCA」は下オリーブ核―小脳虫部に病変が限局する疾患を指す病理診断名で,「広義のLCCA」は二次性を含む孤発性脊髄小脳変性症を指している.一方,本邦では特定疾患において,LCCAのlateを外した「皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy; CCA)が使われているが,これは孤発性脊髄小脳変性症からMSAを差し引いたもので,欧米のいずれのLCCAとも合致しないという問題がある.事実,PubMedの検索で,CCAを使用している論文の65%は本邦の論文だそうだ.

次の「特発性晩発性小脳性運動失調症(idiopathic late-onset cerebellar ataxia; ILOCA)」はかつてよく目にしたものだ.これは有名なAnita Hardingが1981年に提唱したもので,3型に分類される.つまり1.オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA),2.小脳と下オリーブ核に限局するMarie-Foix-Alajouanine(マリー・フォア・アラジュアニーヌ)症候群,3.上肢の静止時および動作時振戦の目立つ群である.OPCAは現在のMSA-Cに相当し,病理学的に独立した疾患として確立されているため,OPCAを含むILOCAは本邦のCCAとは一致しない.

最後が「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」で,2002年Abeleらが提唱したものである.20歳以降発症の孤発性進行性小脳失調症のなかで,MSAと遺伝性疾患を除いたもの,つまり原因を特定できなかったものである.古賀はこのSAOAが,MSAをのぞく孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,無難な選択なのではないかと考えている.そしてこのなかに病理診断名としてのCCAが含まれるが,必ずしも純粋小脳型ではなく,振動覚低下やアキレス腱反射の低下・消失などの小脳症状以外の神経所見も見られる.

ちなみにSAOAの診断基準は以下のとおりである(Abele M et al. J Neurol 254;1384-9, 2007).
1.進行性の小脳性運動失調
2.20歳以降の発症
3.家族歴なし(第一,ニ世代の親族になし.両親は50歳以上とし,すでに死亡している場合は50歳以上の場合家族歴を否定できる.血族近なし)
4.その他の原因を認めない(髄液異常,後頭蓋窩の梗塞・出血・腫瘍病変,アルコール依存,抗てんかん薬の長期内服,中毒,傍腫瘍症候群,抗GAD抗体陽性,ビタミンB12,E欠乏,梅毒,脳炎,甲状腺異常など)
5.亜急性発症ではない
6.遺伝子診断で陰性(SCA1,2,3,6,17,fMR1 premutation,FRDA)
7.Gilman分類のprobable, possible MSAではない

本論文を拝見し,MSAを除く孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,SAOAを使用することは妥当と思われる.ただしSAOAにしてもILOCAにしても,世界的に見て,現在,頻用されているわけではない.この件に関して古賀先生と議論させていただいたが,メイヨークリニック神経内科のWszolek教授とその周辺は「まずSAOAをいう診断をつけ,そこから遺伝子診断をはじめ各種検査を行い,鑑別診断を進める」というように暫定的な診断名として用いているとのことである.しかし「SAOAを使うことが世界的な流れになっているとまでは言えない」そうだ.
今後,SAOAが使われていくのか,別の名称が用いられるのか,もしくは従来のまま混沌とした状態が続くのかわからないが,少なくとも現在の問題点を認識し,議論を行っていくことが必要である.ぜひオリジナルの論文をご一読されることをお勧めする.

古賀俊輔.孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する.Brain Nerve 68;1453-7, 2016



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治験の第一関門で起きた重大な悲劇から何を学ぶべきか?

2017年01月03日 | 医学と医療
昨年11月のNew Eng J Med誌に,フランスにおける脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)阻害剤の臨床試験(治験)の第一相試験において,重篤な神経障害が出現し,死亡者が出たという報告がなされた.画像所見に驚いたことに加え,私も脳卒中の治療薬の開発を目指し,第一相試験は徐々に視野に入りつつあるため,大きな関心を持って本論文と関連する文献を年末年始に読んでみた.考察を踏まえて紹介したい.

【第一相試験の基礎知識】
基礎研究で期待できる創薬シーズが見つかったあと,次に行なうのが非臨床試験である.これは薬理学的試験,薬物動態試験,毒性試験に大別される.経験的に,アカデミアで論文発表のために行われる実験よりはるかに精度の高い細かい実験データが求められる.この非臨床試験の結果,有効性が期待でき,安全性にも問題がないと考えられた場合,人で行なわれるのが臨床試験(治験)である.治験は3つのフェーズに大別され,第一相が臨床薬理試験,第二相が探索的試験,第三相が検証的試験である.第一相試験は,主に健康な成人ボランティアを対象として,治験薬の安全性・忍容性および薬物の体内動態について確認するためのものである.この段階で初めて人体に投与されるため,First-in-Human(FIH)試験と呼ばれる.FIH試験に進むためには,非臨床試験のうち,安全性薬理試験,薬物動態試験,反復投与毒性試験,遺伝毒性試験,がん原性試験,生殖発生毒性試験を行なう必要がある.第一相試験の試験デザインとしては,用量漸増試験が一般的に行われる.
臨床試験に関する詳細を学ぶために,以下の書籍は分かりやすく,お薦めしたい.

臨床試験ベーシックナビ―クリニカルクエスチョンにこたえる!
医師主導治験 STARTBOOK
またICH E8(臨床試験の一般指針)もぜひ確認していただきたい.

【第一相試験における過去の重大事故:TGN1412事件
第一相試験で重大な有害事象が生じた事件として,英国で2006年に行われたTGN1412(T細胞表面のCD28に結合するスーパーアゴニスト抗体)の治験が有名である.健常ボランティア8例のうち実薬投与を受けた6人全員が,重篤なサイトカイン・ストームを引き起こし,多臓器不全に陥り,一時は全員が集中治療室に入った.幸い,全員退院したが,1人は壊死によって手指を切断されるに至った(図).英国医薬品庁(MHRA)は最終調査報告で,開発過程での過失は認められないと結論づけた.しかし,無過失と結論づけたため,再発予防はどうしたら良いのかという混乱が生じた.またなぜ6人同時にテストしたか,どうしてまずは1人から始めなかったのかという批判はあった.
原文(PDFフリーダウンロード)


【FAAH阻害薬とその神経合併症】
脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase:FAAH)はその活性が低下すると,内因性カンナビノイドの量が増加する.カンナビノイドは大麻(cannabis)が含む多数の生理活性物質の総称である.このFAAHを阻害する薬剤は,内因性カンナビノイドの作用により,動物モデルで鎮痛作用および抗炎症作用を示し,鎮痛剤や抗うつ剤としての臨床応用が期待されている.そしてFAAH阻害剤の一部は,すでに第一相試験,第二相試験が行われている.

今回の論文は,ポルトガルのBial社が開発した可逆的経口FAAH 阻害薬BIA 10-2474を,フランスのレンヌ大学において健常ボランティアに投与した結果を,治験担当医師が報告したものである.まずこの薬剤は,単回投与(0.25~100 mg)と反復投与(2.5~20 mg を 10 日間)が行われ,健常ボランティア計84例に投与された.この結果,重度の有害事象は報告されなかった(詳細は記載なし).このため,別のコホートを募り,プラセボ(2 例)と,BIA 10-2474投与群(6 例)に割り付け,50 mg/日の反復投与が行われた.後者の6 例のうち 4 例から,臨床・画像データを公表する同意が得られた.

投与開始 5 日目より,4例中3 例に急速進行性の神経障害が出現した.具体的には,頭痛,小脳症候群,記憶障害,意識障害がみられた.図は症例1の投与6および8日目の頭部MRIであるが,橋や海馬を中心に,両側左右対称性に異常信号病変と微小出血が,急速に拡大する重篤な病変であることが分かる.ちなみにカンナビノイド受容体は海馬には存在するが,橋にはないため,これらの病変は内在性カンナビノイド系の分布とは一致しなかった.この症例1は脳死と判定され,その後,剖検がなされたが,著者らには結果が開示されず,論文に記載はない.残りの2例は症状は回復を認めたものの,1 例は記憶障害が残存,もう 1 例は小脳症候群が残存した.この中枢神経障害の発症機序は不明であると記載されている.

論評を読むと,結果的に6例中1例が死亡,4例に重篤な神経障害が見られたようだ.Bial社は,第一相試験に参加した複数のボランティアが深刻な副作用を被ったことに後悔の意を表明し,また同じFAAH阻害薬であるJNJ-42165279の第二相試験を行っていたジョンソン・エンド・ジョンソン社も試験を中断した.


【この悲劇的な出来事から何を学ぶべきか?】
本臨床試験の失敗は,非常に大きな衝撃を関係者に与え,同じ号のNew Eng J Med誌ではEuropean Medicines AgencyのSergio Boniniが論評を,また米国神経学会のNeurology Today紙にも特集記事が掲載された.論点をまとめると以下の3点になるだろう.

1.情報の開示の問題
まず十分な情報が開示されていないという問題がある.同意の得られなかった2例については臨床情報の記載がなく,また死亡例の剖検所見は治験担当医に開示されず,論文にも記載はなかった.さらに論文の前半部の健常ボランティア計84例に投与した臨床情報が「重篤な副作用はなかった」とあるだけで,重篤でない副作用を含め,ほとんど記載されていない.

情報が開示されなかった理由は2つあり,「薬剤開発における商業的利益の保持」「個人情報開示の不同意」の問題である.しかし「公共の利益」に関わる重要な問題であることから,上記の2つの権利は制限され,遅滞することなく情報を開示すべきであるという考えもある.

2.治験をいつ中止するかという問題
この研究で一番の問題は,最初の症例に重篤な症状が出たあとすぐに,試験を中止しなかったことである.臨床試験に携わる医師は,試験を完遂することに努力するだけではなく,臨床的な常識を用いて,中止すべきときは中止をする必要があるということだ.しかしそのために,治験に関わる医師は治験薬の効果と安全性について十分理解する必要がある.しかし,第一相試験前の非臨床データが発表されることは稀で,共有されないことが多い.健常ボランティアや患者さんを守るためには,十分な情報の共有が必要である.また被害を最小限にするためには,すべての参加者に同時に治験薬を投与するのではなく,ずらして重ならないようにすることも大切である.

3.いかに治験参加者を守るかという問題
臨床試験ではまず安全性(リスク),つぎに効果(ベネフィット)の評価が行われ,その結果として,リスク・ベネフィット比を求め,治験薬の有用性を判断する.しかし,第一相試験は,健常ボランティアに行なうため,当然,何の効果も期待できず,ただ単にリスクのみ生じうるものだ.よって情報の開示とセーフガードがない限り,倫理的に認められない試験と言える.

ではどのように安全性を確保すべきか?非臨床面では,治験薬の薬理動態や毒性試験のデータより,最小推奨初回投与量をいかに決定するか,増量の方法や間隔はどのように決めるかの議論が必要である.一方,臨床面では,安全性に関連して,用量増量を許可するときのルールや,2で述べた研究中止のルールが重要である(本試験でも50mgという用量に進む前の試験で何が分かっていたのかは重要である).また投与方法や食事,健常ボランティアの年齢の影響も重要である.

基本的に,第一相試験のリスクは必ずしも高いものではなく,2005年以降EUで行われた3100の第一相試験で副作用が重篤と判定されたのは2試験(0.064%)とのことである.しかし,第一相試験での有害事象はあってはならないものであり,さらに減らすための戦略を検討する必要がある.その意味で基礎・臨床の研究者が今回の報告から学ぶべきことは多い.アカデミア基礎研究者の立場としては,単に治療効果を動物モデルで示すのみならず,その作用機序を徹底的に解明することは副作用の防止につながるだろう.また自身の経験を振り返ると,安全性より有効性の証明を優先しがちであることが問題と思われる(有効性のほうが論文に書きやすいため).一方,治験を行なう臨床医の立場としては,必ずしも治験薬の情報や作用機序を理解していないことや,いざという時にボランティアや患者さんの安全を守る行動を迅速に取れるかということが問題として考えられる.経験的に,有害事象の早期の段階で,治験を中断するのは勇気がいる.加えて,基礎と臨床の両者の連携,情報交換も重要と言えるだろう.

Kerbrat A et al. Acute Neurologic Disorder from an Inhibitor of Fatty Acid Amide Hydrolase. N Engl J Med. 2016 Nov 3;375(18):1717-1725. 




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