Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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両側淡蒼球に異常信号を認め,パーキンソニズム,小脳失調,錐体路障害を認めた症例

2005年08月29日 | その他の変性疾患
ケースレポート.現在,19歳の男子で,生来,軽度の知的障害あり.13歳時に歩行障害,14および18歳時に精神症状,さらに引き続いてパーキンソニズム,小脳失調,錐体路障害を呈した.血清セルロプラスミン・銅正常,フェリチン値低下16ng/ml(正常20-300 ng/ml).頭部MRIでは両側淡蒼球のT2, FLAIR high lesionを認め,さらに前頭~頭頂葉の萎縮,小脳虫部の萎縮を認めた.両親に血族婚はなく,家族にも類症を認めなかったものの,母と弟にMRIにて発端者と同じ淡蒼球異常信号が認められた.
診断はneuroferritinopathyである(OMIMではadult-onset basal ganglia disease. #606159と記載されている).罹患者およびその母,弟にferritin light polypeptide gene(FTL)に新規変異474G>A;A96Tを認めた.Neuroferritinopathyは常染色体優性遺伝を呈する疾患で,一般に40-60歳代で発症,多彩な不随意運動(舞踏運動,ジストニア,bradykinetic-rigid syndrome,振戦)や前頭葉機能障害を呈する.血清フェリチン値が低下する.画像所見では淡蒼球の異常信号や空洞性変化を認める.病理学的に病変部位における鉄やフェリチンの沈着が見られる.これまでの遺伝子変異の報告は460-461InsA,498-499InsTCという2種類の挿入変異(いずれもフレームシフトを来たし,C末端アミノ酸配列が変化し蛋白サイズが大きくなる)のみであった.
本家系でなぜ同じ遺伝子変異を有していても発症する者としない者がいるのかに関しては考察されていないが,浸透率の問題とかその他の遺伝子がトランスにFTL遺伝子発現を調節しているとか,環境因子などが関与する可能性が考えられるのだろう.いずれにしても本邦での報告がない稀な疾患であるが,画像所見が特徴的であるので取り上げた.

Neurology 65; 603-605, 2005

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テトラサイクリン系抗生剤の神経保護のメカニズム

2005年08月28日 | 脳血管障害
テトラサイクリン系抗生剤には神経保護作用があることが,主に動物モデルレベルで知られてきた.モデルとなる疾患としては,脳虚血(全脳および局所虚血),脊髄損傷,網膜神経細胞死,パーキンソン病,ハンチントン病,ALS,多発性硬化症といった類である.テトラサイクリン系抗生剤のなかでよく論文に取り上げられているのはミノサイクリンであり,その神経保護のメカニズムとして,①ミトコンドリアからのチトクロームCの放出の抑制(つまりその下流のcaspase3活性化などのアポトーシス・カスケードがブロックされる),②ミクログリアの活性化の抑制,が指摘されている.
今回,カナダより同じテトラサイクリン系抗生剤のchlortetracycline(CTC)およびdemeclocycline(DMC)の作用機序に関する研究が報告された.いずれも聞き慣れない抗生剤だが,調べてみるとDMCには抗ADH作用があって,SIADHの治療に使われることもあるらしい.さて実験系は①小脳granule neuron(CGN)の初代培養を用い,培地にグルタミン酸を持続的に加える興奮性毒性の系と,②マウスに対して1時間の中大脳動脈閉塞を行うsuture model(再灌流モデル)を用いている.培養細胞の系ではCTC,DMCがグルタミン酸により引き起こされる細胞死を有意に抑制することを示し,suture modelではCTC,DMC 投与(虚血前+虚血後)により脳梗塞サイズが縮小し,麻痺も改善することを示している.機序の検討としてはCGNを用いてパッチクランプを行い,whole cell recordingにてCTC,DMCがNMDA投与による膜電位低下を抑制すること,さらにNMDA投与に伴うCaの細胞内流入を抑制していることを示した(方法として螢光カルシウム指示薬fura-2を使用).以上を踏まえ,カルシウムで活性化される細胞内プロテアーゼであるカルパインに対するCTC,DMCの効果を調べたところ,カルパイン阻害剤として知られるALLN,calpastと同等以上のカルパイン抑制効果をin vitroおよびin vivoの実験で認めた(これは基質の切断についてWestern blotで調べている).一方,ミノサイクリンにはカルパイン抑制効果は認めなかった.以上より,CTC,DMCは細胞内へのカルシウム流入,およびそれに引き続くカルパイン活性化を抑制することで神経保護作用を持つということになる.同じテトラサイクリン系でも作用機序が異なることを突き止めたという意味でなかなか面白い論文である.
ただしこの論文では,一般的に使われる興奮性毒性の実験系である海馬ニューロンをなぜか用いてなかったり(この系では数分のNMDA曝露で細胞死が起こる),脳梗塞サイズの測定に通常用いない方法を用いたり,methodに関しては不思議な点が残る.さらにsuture modelの系で抗生剤を虚血前から使用していることから,実際に臨床応用できるかどうかは何と言えない(つまり,細胞内カルシウム濃度上昇は虚血後,非常に早い時間に起こるイベントなので,梗塞後のみの投与で効く補償はない).この論文に限らず,脳虚血の実験ではよく見られることだが,臨床応用できるのかどうかを念頭においた基礎研究,すなわちbench to bedsideを目指したtranslational researchを行うことが重要なのだと思う.

JBC published on line (August 9, 2005)

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腰曲がり病(Camptocormia)

2005年08月25日 | パーキンソン病
Camptocormiaはギリシア語でKamptos=bend(曲がる), Kormia=trunk(体幹),日本語で言うと「腰曲がり病」というところだろうか(右図).Bent spine syndromeも同じ病態を指しているが,「首下がり」(head drop syndrome)とは別の病態である.まずその特徴として骨あるいは脊柱筋には異常はみられないことが前提である.また歴史的に戦時中(第1次・第2次世界大戦)の兵隊に多くみられたり,心理療法・電気療法でまっすぐに戻ったりすることから心理的要素の関与や精神科疾患であるなどと考えられてきた.しかし近年,器質的な疾患でも同様の病態が生じることが明らかになりつつある.
 今回,Baylor collegeよりcamptocormiaの臨床像・治療反応性などに関する研究が報告された.まず3例ほどの詳しい症例提示があるが,興味深いのはfigureの写真やwebで見ることができるビデオ画像.顕著な腰曲がりを呈している男性が,椅子に腰掛けたり,ベッドに横になったりすると腰曲がりが消失したり,両手を壁についたり,片足を椅子に乗せたりすると不思議なことに腰が伸びてしまう様子が良く分かる.
さて研究の方法としては,16例のcamptocormiaを呈する患者の神経学的所見を検討.平均発症年齢は51.5±19.9歳,初発の神経症状が出現してからcamptocormiaが生じるまで平均6.7年.Camptocormiaの罹病期間は平均4.5 年であった.基礎疾患としては11/16例(68.8%)がParkinson病,残りでは4/16例がジストニア,1例はTourette syndromeであった.治療として,12例がlevodopaを使用され,いずれの症例もわずかに改善,もしくは無効という結果であった.9例は腹直筋にbotulinum toxin type A を注射し,4名で著明な改善を認めた.1例では両側視床下核のDBSをパーキンソン症状に対して行ったが,camptocormiaに効果はなかった.以上の結果は,camptocormiaは単一の疾患により引き起こされるのではなく,heterogeneousな疾患群と考えられ,その一部は腹直筋のジストニア(abdominal dystonia)が関与しているということなのであろう.いずれにしても,まずこのような病態があることを認識し,治療可能な腰曲がりを拾い上げることが重要であると言えよう.

Neurology 65; 355-359, 2005

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クリオキノールはハンチントン・モデルマウスの臨床像・病理所見を改善する,しかし・・・・

2005年08月20日 | 舞踏病
ハンチントン病(HD)は,伸長ポリグルタミン鎖を含む変異ハンチントンが脳内で蓄積することにより発症する.また変異ハンチントンは神経細胞核内において凝集体を形成する.今回,強力な金属キレート薬であるclioquinolがHDの治療薬として有望であるとの研究が報告された.なぜ金属キレート薬が使用されたかというと,①ヒトHD剖検脳(線条体)で鉄・銅蓄積の報告がある,②quinolic acid投与によるHD動物モデルでも脳内銅レベルが上昇する,③ポリグルタミン凝集体はSOD1(Cu/Zn-SOD)をリクルートする,④HDでは酸化ストレス神経細胞障害説も提唱されていて,金属が活性酸素の産生をうながしうる,などの理由を挙げている.
研究の具体的方法としては,in vitroの実験に引き続き,in vivoの実験を行っている.前者としてはQ103(連続する103のグルタミンからなるポリグルタミン鎖)を含むハンチンチンexon1とGFP(蛍光蛋白)をコードするcDNAを発現するベクターをPC12細胞にtransfectionし,clioquinolを培地に混ぜ,その効果を見ている.結果として,clioquinolはGFPに対する蛍光顕微鏡による解析,ならびに抗ポリグルタミン抗体を用いたWestern blotにて,Q103を含む変異ハンチンチンexon1の発現を低下させ(しかしmRNAレベルや蛋白分解速度には影響なし),さらに細胞死を減少させた.つぎにハンチントン病モデルマウスR6/2にclioquinolを経口投与し,病理学的に核内封入体形成が減少したこと,Western blotにて凝集体形成を反映する不溶性分画が減少したこと,線条体萎縮を反映する側脳室面積の拡大が減少したこと,行動解析(foot clasping,Rotarod test)が改善したこと,体重や生存期間が改善したこと(偽薬群76日,clioquinol 92日;p=0.0018)を示した.またR6/2マウスで認められる糖尿病所見にも改善が認められた.以上の結果から, clioquinolはHDの治療薬として有望と判断され,作用機序については金属のキレート作用に伴う凝集体の可溶化に加え,RNA-蛋白相互作用に影響を及ぼす可能性を考えているが,詳しいことは分かっていない.
 じつはこのclioquinolはアルツハイマーに対する治療薬として治験が行われていた.なぜアルツハイマーで使用されたかというと,βアミロイドタンパク質に亜鉛や銅のような金属が付着し,アミロイドプラーク形成が生じるという説があるためである.治験の結果は以下の論文に記載されているが,治療群で認知機能低下速度が改善したという.Metal-protein attenuation with iodochlorhydroxyquin (clioquinol) targeting Abeta amyloid deposition and toxicity in Alzheimer disease: a pilot phase 2 clinical trial. Arch Neurol 60, 1685-91, 2003.また同年,clioquinol はパーキンソン病に対しても有効である可能性が示唆されていた.Genetic or pharmacological iron chelation prevents MPTP-induced neurotoxicity in vivo: a novel therapy for Parkinson's disease. Neuron 37: 899-909, 2003.
 でもちょっと待てよ.非常に興味深いがclioquinolはどんな薬かというと,日本ではSMON(subacute myelo-optic neuropathy)の原因と判断された抗菌性整腸薬キノホルムとしてよく知られている(細菌の菌体内の金属をキレートすることで殺菌する).1970年8月,新潟大学神経内科の椿忠雄教授が疫学的調査を踏まえてキノホルム原因説を提唱し,厚生省はこれを受けてキノホルム剤の販売を直ちに停止したところ,SMON発生は激減し,キノホルム原因説を確証する有力な証拠となった.その後,動物実験によってキノホルムがスモンの症状を引き起こすことが確認され,キノホルム説は確立された.キノホルム薬禍が日本で発生し日本で解決されたという経緯からも,clioquinolの再登板に対しては慎重になる必要があるだろう.まずはclioquinolの作用機序を完全に明らかにし,治療ターゲットとなるmoleculeを確定することが重要であるように思われる.ちなみにアルツハイマー病を対象にしたclioquinolの臨床試験はPrana社が実施していたが,製造過程において高い毒性を有するclioquinol派生物質が見つかったことから臨床試験は現在中止となっているそうだ.

PNAS 102; 11840-11845, 2005
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熱ショック蛋白と運動ニューロン; 新しいシャルコー・マリー・トゥース病

2005年08月18日 | 末梢神経疾患
Charcot-Marie-Tooth病(CMT)は進行性の四肢遠位部の筋萎縮と筋力低下を主徴とする遺伝性末梢神経疾患で,電気生理学的所見および神経病理学的所見によって二つのタイプに大別され(CMT1およびCMT2;伝速は38m/dsを境界とする),さらに原因遺伝子の種類に基づいて種々のサブタイプに分類されている.このうち末梢ミエリン蛋白PMP22をコードする遺伝子の異常に関係するものはCMT1Aと呼ばれ,欧米ではCMT全体の半数以上を占める.次いでCMT1X(connexin 32 mutation),myelin P0 mutationの頻度が高い.CMTは臨床的にも遺伝学的にも極めてheterogeneousな疾患であり,これまで分かっているだけで18の原因遺伝子が知られている.
今回,取り上げるのは軸索型CMT(CMT2)のひとつCMT2Fである.2001年に優性遺伝を呈する6世代に及ぶCMT2家系がロシアから報告された.14名の患者が同様の表現型を呈し,発症年齢は15~25歳.下肢優位の筋萎縮・筋力低下を示し,foot dropやsteppage gaitが認められた.上肢の症状は数年遅れて出現する.感覚障害も認められるが,進行は緩徐で,life spanがこの疾患により短縮することはない.遺伝子座が7q11-q21と判明し,2004年には原因遺伝子heat-shock protein 27(HSP27)が判明した(Nature Genet. 36: 602-606, 2004).実はこのHSP27は損傷を受けた末梢神経の生存に必要であることが2002年に報告されていた(Hsp27 Upregulation and Phosphorylation Is Required for Injured Sensory and Motor Neuron Survival Neuron, 36, 45-56, 2002)
 さて,今回,中国からCMT2Fの頻度に関する研究が報告されている.互いに関連のないCMT患者114例について遺伝子診断を行い,C379Tというこれまでに報告のない変異を4家系において認めた(患者数で計算した頻度は0.9%).ハプロタイプ解析の結果から,これら4家系における創始者効果の存在が示唆された.臨床像については比較的高齢発症(36-60歳)であり,従来の報告例と異なっていた.結論としては中国では頻度の高いCMTではない,ということになる.
ではHsp27はどんな働きをしているのであろうか?HSP27は多くの組織で普遍的に発現しており,熱ショックや各種サイトカインの刺激に反応して MAPKAPK-2 によりリン酸化される.通常は8~40個のモノマーHsp27 からなるオリゴマーとして存在しており,分子シャペロンとして働く.さらにHSP22とともにneurofilamentの重合に関与したり(HSP22変異も優性遺伝性の末梢神経障害を来たすことが報告されている),cytochrome c依存的にprocaspase-3の活性化を抑制するという機能も見出されている(アポトーシスカスケード抑制).またグルタチオンの産生を促し,細胞の酸化ストレスに対する防御機構にも関与しているとされる.いずれがCMT2の発症に重要なのか分からないが,neurofilament light chainの遺伝子変異で同じCMT2が生じることを考えると(CMT2E),おそらくneurofilamentの重合障害が病態機序として重要なのであろう.いずれにしても,答えはHSP27 transgenic mouseを作り,その病理像を見れば分かるはずである.今後の展開として気になるのはHSP27の運動神経保護作用であり,ALSでHSP27がどうなっているか,また遺伝子治療など治療応用が可能かということであろう(PubMedを見たところ,すでにSOD1 Tg miceでHSP27がup-regulateされているという論文と,同マウスをHSP27で遺伝子治療したという論文があった).

Arch Neurol 62; 1201-1207, 2005

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反射性交感神経性ジストロフィー(RSD/CRPS)におけるTNF-alphaの関与

2005年08月14日 | その他
 2005年03月21日に引き続き,RSD/CRPSの機序に関する研究の紹介.前回の記事は,IVIgが有効であったCRPS type1の症例報告で,その病態における免疫学的機序の関与を紹介したが,今回は炎症性サイトカインTNF-alphaの関与についての検討である.
 RSD/CRPSでは,運動・感覚・自律神経系と複雑な症状を呈しうるが,感覚異常に伴う症状としては,自発痛および刺激に伴う痛みが重要である.後者には,触れただけでも痛みが出現するallodyniaが有名だが,CRPS患者の65%ではpinprick-hyperalgesia(針刺激に対する痛覚過敏)を呈することも報告されている.この機序として中枢性および末梢性のsensitization(先行する刺激によって反応性が増加していること;感作現象)の関与が知られている.
 これまで機械的刺激に伴うhyperalgesiaに関して,炎症性サイトカインTNF-alphaが関与しているという報告があった.TNF-alphaはその名の通り,腫瘍部位に出血性壊死を誘導する因子として発見されたが,近年では炎症を通した生体防御機構に広く関わるサイトカインとして理解されている.TNF-alphaには TNF レセプター1型(TNFR-I)と 2型(TNFR-II)のふたつの受容体が存在し,TNFR-Iがシグナル伝達を担う機能的レセプターであるのに対し,TNFR-IIの機能は不明である.これら細胞膜貫通型のレセプターの細胞外ドメインがプロテアーゼにより切断され可溶化したものが,可溶型 TNF レセプター(可溶性腫瘍壊死因子レセプターIないしII;sTNFR-IないしII)であるが,現在,外注でも測定可能となっている.これらの可溶性レセプターは,生体内においてTNF-alphaの作用を阻害する制御因子として機能すると考えられており,sTNFRの測定は癌や白血病を始めとする各種疾患患者の病態把握に新たな情報を提供するものと期待されている.
 さて.今回,ドイツよりCRPSにおけるTNF-alphaの関与を検討する目的で,血清TNF-alphaおよびsTNFR-Iの測定結果が報告された.対象はCRPS患者30名(CRPS-Iが27名,CRPS-IIが3名)と対照16名(のちに16名のCRPS患者と25名の対照を追加した後付け解析を施行).採血を可能な限り罹患肢から行い,血清TNF-alpha,sTNFR-Iを測定した.結果として,CRPS患者は対照と比較し,sTNF-RIが上昇する傾向を認めたが有意差なし.しかしpinprick-hyperalgesiaを伴う患者に限定すると,hyperalgesiaなし群,および対象群と比べsTNF-RIは有意に上昇していた(それぞれ,1,661.8 pg/mL.1,155.9 pg/mL,1,239.5pg/mL;後付け解析でも同様の結果を認めた).CRPSのタイプ,およびその他の臨床的特徴(性別,自発痛,浮腫の有無,萎縮性変化,皮膚温,患肢,罹病期間)がsTNF-RI値に及ぼす影響も検討したが,これらはsTNF-RI値に影響を及ぼさなかった.一方のTNF-alphaは対照と比較し,CRPS群で有意に増加し(3.61 pg/mL vs 3.13 pg/mL; p<0.001),sTNF-RIとTNF-alphaは正の相関をした(r=0.71; p<0.005).以上の結果は,TNF-alphaがCRPSの痛覚過敏に関与している可能性を示唆する.  興味深い論文だが,この論文にはいろいろ限界がある.sTNF-RI上昇はあくまでもCRPSの部分症状(hyperalgesia)に関与していること(病態すべてを説明するものではない),sTNF-RIの意義が十分に分かっていないこと,有意差を認めるといっても対照群との値の間にかなりのオーバーラップがあること,sTNFR-I値が他の疾患(炎症性疾患,悪性腫瘍,白血病,慢性腎不全炎症性疾患など)でも上昇しうること,hyperalgesia群に1例outlier(はずれ値)がいてこの患者についての記載がないこと,血清中の測定値のみの評価であり,罹患部局所におけるTNF-alphaの関与を証明していないことなど問題は挙げていったらきりがない.ただし,もしこの仮説が本当であれば,TNF-alphaを治療ターゲットとする手段として,TNF-alphaアンタゴニストやTNF-alphaキメラ抗体がすでに利用可能であるので(喘息や関節リウマチ,白血病などで治験が行われている),難攻不落ともいえるこの疾患の症状緩和につながる可能性もある.今後の展開が注目される.

Neurology 65:311-313, 2005 
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中枢性睡眠時無呼吸症候群の機序解明に大きな進歩

2005年08月11日 | 睡眠に伴う疾患
睡眠時無呼吸症候群は,上気道の閉塞により生じる閉塞型,呼吸調節をする脳幹領域の障害で生じる中枢型,および混合型に大別される.中枢型睡眠時無呼吸症候群(CSAS)の機序についてはよく分かっていなかったが,今回,その機序を解明する上で非常に重要な研究が報告された.
まず,呼吸中枢神経回路の中核をなすpreBotzinger complexと呼ばれる吻側部領域が腹外側延髄に存在する.この領域にはneurokinin 1 receptor(NK1R)を高発現するpreBotC neuronが一側で300個ほど存在すると言われる.これまでにratを用いた実験で,このpreBotC NK1R neuronを80%以上,障害させると,覚醒時において失調性呼吸パターンが出現することが分かっていた.今回,睡眠呼吸障害におけるpreBotC neuronの関与について詳細に検討された.
 方法としては,簡単に言うとpreBotC neuronを選択的に障害する毒素を注入し,その後,ポリソムノグラフィー(PSG)を経時的に観察し,睡眠中および覚醒時の呼吸パターン,apnea(無呼吸),hypopnea(低呼吸;50%未満の呼吸flowの減少)の頻度,持続時間を経時的に観察している.具体的にはratに筋電図(横隔膜,腹,頚部)および脳波電極を植え込み,術後14日目にpreBotC NK1R neuronを選択的に傷害する毒素としてsubstance-p conjugated saporin(SP-SAP)を両側のpreBotzinger complexめがけて注入(対照としてとしてconjugateさせてないsubstance-p とsaporin混合物を使用).実際にNK1R抗体を用いた免疫染色にて,preBotC NK1R neuronの選択的な減少を確認している.
結果としては,対照では注入前との比較で,注入後に各睡眠パラメーターに有意差を認めなかったのに対し,SP-SAP注入群では注入後4日目の時点でREM期においてのみhypopnea およびapnea(中枢型)の頻度が有意に増加.注入後5-6日目ではこの傾向が顕著となり,Non-REM期でも対照と比べ,hypopnea およびapneaが軽度ながらも有意に増加した.覚醒時でも短時間のapneaが生じ始めた.7日目以降ではNon-REM期におけるhypopnea およびapnea(とくに持続時間より頻度)が顕著となり,睡眠の断片化と全睡眠時間の減少が生じた(データとしてはarousalの増加として観察される.つまりapneaに伴いStage-Wに入ってしまう).覚醒時でも呼吸パターンはさらに不規則化した.9-10日目で覚醒時の失調性呼吸が出現し,なかにはCheyne-Stokes呼吸パターンを呈するratも出現した.以上の結果は,中枢型無呼吸にpreBotC NK1R neuronが深く関与する可能性を示唆する.
 ではなぜ先にREM期に変化が現れるのだろうか? たしかにヒトでも中枢性無呼吸はREM期に出現しやすい.REMではセロトニンやノルエピネフリン産生ニューロンは不活化傾向にあり,preBotC neuronはセロトニンやノルエピネフリンにより刺激を受けるため,REM期ではpreBotC neuronニューロン活動は減少する.よってREM期ではpreBotC neuronニューロンの変化が表出しやすいのではないかと著者らは考察している.
またこの結果から神経変性疾患における睡眠呼吸障害(SDB)におけるpreBotC NK1R neuronの関与を考える必要がクローズアップされる.ALS,PD,MSAでも睡眠中の突然死が生じることがあるが,PDでは60%程度,MSAでは89%ものNK1R neuronの減少が生じることがすでに報告されている.さらにMSAではセロトニン作動性ニューロンの減少も知られている.MSAの夜間突然死については,声帯外転麻痺による閉塞性の呼吸障害がその原因として考えられてきたが,preBotC neuronニューロンの減少が突然死に関与している可能性も十分に考えられる.こうなると気管切開をしても突然死は防げない(実際にこのような症例は存在する).むしろCPAP,BiPAPのほうが有効である可能性があり,呼吸障害パターンを判断した上で,適切な治療を選択を必要するがあるものと思われる.

Nat neurosci. published online 7 August, 2005

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脳腫瘍と間違えかねない神経ベーチェット病

2005年08月09日 | その他
亜急性に進行する片麻痺と小脳失調を認め,画像上,脳腫瘍を疑われ,生検目的で入院した39歳男性のカリブ人.画像所見としては,左視床を中心とする大きな腫瘍性病変を認め,T1 low, T2 FLAIR highで, 斑状の造影効果を認めた.問診にて過去5年間に及ぶベーチェット病の既往があることが判明した.複視や構音障害が出現したこともあったが,この数ヶ月はステロイド内服を中断していた.神経ベーチェット病の可能性を考え,cyclophosphamideとdexamethasoneのパルス療法を行ったところ,神経症状および画像所見とも回復した.
 脳腫瘍と間違えかねないような腫瘤性病変を形成する神経ベーチェット病はtumefactive neuro-Behcet diseaseと呼ばれる.同様の症例はPubMedでざっと検索しても(Behcet + tumor + MRI),本邦からの報告も含めて少なくとも6つの報告があり,その特徴として,①いずれも脳腫瘍と診断を誤っている(手術した症例もあり),②病変は視床を中心に,レンズ核,小脳脚に及ぶことがある,③病変周囲に浮腫を認めることがある,④ステロイドないし免疫抑制剤の使用により良好な回復を示すことが挙げられる.
 Tumefactiveと言えば,MSのような脱髄性疾患においても腫瘤性病変を呈しうることが知られているが,神経ベーチェット病も同様に鑑別に加える必要があるものと思われる.丁寧な問診や全身所見のチェックが重要である.

Neurology 65; 436, 2005
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16番染色体に連鎖する脊髄小脳変性症の原因遺伝子同定成功!

2005年08月06日 | 脊髄小脳変性症
16番染色体に連鎖し,高齢発症(55歳以上)する脊髄小脳変性症(16q22.1-linked ADCA)の遺伝子同定に東京医科歯科大学のグループが成功した.以前より,16q22.1に連鎖する家系が日本には少なからず存在することが報告され,さらに同遺伝子座は原因遺伝子未同定のSCA4と同じ部位にあることから注目されていた.
有名なHardingによる脊髄小脳変性の分類で,当初,16q22.1-linked ADCAは純粋小脳型ADCA-IIIの範疇に属するものと考えられていたが,audiogramを用いた解析から,これらの家系は感音性難聴を呈することが判明した(ただし程度は比較的軽度で見落としやすい.また難聴の合併のため,ADCA-IIIのグループに含めることは正しくないと著者らは考えている).最終的に52の日本人家系を解析し,puratrophin-1と名づけた蛋白をコードする遺伝子の翻訳開始点から16塩基上流(5’-UTR)の1塩基置換(C→T)を全例で認めた.puratrophin-1 mRNAはopen reading frameは3576塩基対で,spectrin repeatおよびguanine-nucleotide exchange factor (GEF) 等のドメイン構造を持ち,細胞内輸送やゴルジ器官におけるアクチン輸送に関与する可能性が推測された.また上記の変異によりpuratrophin-1 mRNAの発現が低下することをmRNAレベルの定量およびluciferase assayにて確認している.またこの遺伝子発現は多くの臓器に認められ,精巣Leidig細胞や前立腺上皮細胞,膵臓ランゲルハンス島のほか,蝸牛毛細胞にも発現しており,聴力障害の合併に合致するものと考えられた.神経病理ではプルキンエ細胞の萎縮,およびプルキンエ細胞におけるpuratrophin-1蛋白・ゴルジ器官(G58K膜蛋白)のaggregationが認められた.以上の結果は,5’-UTRの1塩基変異が神経変性疾患を引き起こすこと,ならびに小脳変性症にGEFが関与しうることを示した点で非常に興味深い.
ちなみにpuratrophin-1はPurkinje cell atrophy associated protein-1の頭文字をとったもの.今後の興味はSCA4(sensory axonal neuropathyと早期発症を示す点で表現型は異なる)が同じ遺伝子変異で生じているか(allelic であるか)ということになる.いずれにしても原因遺伝子の同定に大変な努力をした跡が伺われる大作論文で,著者らの努力を称賛したい.

Am J Hum Genet 77; 280-296, 2005

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FXTAS 診断ガイドライン

2005年08月04日 | 脊髄小脳変性症
Fragile X associated tremor/ataxia syndrome(FXTAS)については,2004年11月23日,2004年12月09日,2005年06月29日と患者さんを診察したことがないのにこだわってブログに記載しているが,今回のNeurologyに2つの論文が掲載されている.ひとつ目は女性保因者についての論文.FXTASは伴性劣性遺伝形式をとるが,FMR1遺伝子CGGリピートが55-200回続くpremutation expansion (PE)を有する保因者の女性であっても,20%ではpremature ovarian failureを来たしたり,またFXTASを発症しうることが報告されている(例えば64歳で下肢の易疲労性にて発症し,以後,小脳失調,振戦を認めた症例など;Neurol 251; 1411-1412, 2004).ただし女性の場合,より非典型的な神経症状をとる傾向にあり,さらに白質病変を認めたり,MCP sign(中小脳脚サイン)を認めなかったり,診断はさらに難しくなる.
今回,報告されているのは 子供2人が脆弱X症候群であるお母さんの話で,70歳の時点で乳がんに罹患し,抗がん剤(carboplatin, docetaxel, trastuzumab)を投与された.その11日目に急速に小脳症状と振戦が出現したという.MRIは軽度の小脳萎縮,MCP signなし.遺伝子診断では95CGGリピートであった.著者らはFMR1遺伝子PE保因者において抗がん剤治療(おそらくcarboplatin)が加わると,急速に神経障害が出現する可能性を考えたわけである.著者らによれば上述の抗がん剤により小脳症状,振戦を呈した報告はなく,乳がんに起因するparaneoplastic syndromeで小脳症状を呈することも極めて稀だと述べ,それらの可能性を否定している.欧米ではFMR1遺伝子PE保因者の頻度は1/259といわれているので,もしこの説が正しければ臨床的に重要な問題と言えるが,1例のみの報告であり今後の検討が必要であろう.
もう1題は診断ガイドラインについて.まず多施設で集積したFXTAS症例の臨床診断について検討している.対象は遺伝子診断で診断が確定したFXTAS 56例で,計98の臨床診断がつけられたが,その内訳はパーキンソニズム関連(パーキンソン病,MSA-Pなど)24%,振戦関連(本態性振戦,アルコール性振戦など)20%,ataxia関連(脊髄小脳変性症など)17%,痴呆症関連13%,脳血管障害10%,その他16%であった.すなわち臨床像は多岐にわたっているということが分かり,その診断の難しさが伺える.さらに討論の中で診断ガイドライン(どのようなケースで遺伝子診断をするか)について提唱している.
1.50歳以上の男性で,原因が分からない失調症を呈している場合
2.50歳以上の男性で,運動時振戦,パーキンソニズム,痴呆を呈し,かつ以下のうちひとつ以上を認める場合
(a)成長発育遅延,自閉症,精神遅滞ないしpremature ovarian failureの家族歴があること
(b)MRIにてMCP signをみとめること
このガイドラインの感度,特異度の記載はないが,上述のように女性保因者の例ではあてはまらないので,この辺は臨機応変に対応するということになるのだろう.

Neurology 65; 299-301, 2005
Neurology 65; 331-332, 2005

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