Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症では体重減少がないからといって栄養状態は良好と油断してはいけない!

2016年11月29日 | 脊髄小脳変性症
筋萎縮性側索硬化症では,進行にしたがって体重が減少する.高度の体重減少は予後不良を示唆するため,体重減少を防ぐための高カロリー食が推奨される.またパーキンソン病でも進行に伴い,体重が減少することが知られている.では多系統萎縮症(MSA)ではどうだろうか?私たちは,MSAにおける病期ごとの体重と栄養状態について検討を行い,論文として報告したのでご紹介したい.

【研究の結果】
対象は2001年から2014年までに当科に入院したGilman分類probable MSAの82例(男性38例,女性44例)である.65例がMSA-Cで,17例がMSA-Pであった.うち24例が2回以上の入院をしたため,のべ130回の入院があった.アルブミン値に影響を及ぼす疾患(肝腎不全,うっ血性心不全,炎症性疾患,感染)を合併する症例は,対照から除外してある.評価項目はADLによる病期(自立/車いす/寝たきり),嚥下障害の有無,摂取カロリー,body mass index(BMI)とし,栄養学的な指標としてはしばしば使用される血清アルブミン値,血清総コレステロール値,リンパ球数とした.

さて結果であるが,自立群/車いす群/寝たきり群はそれぞれ50名,52名,28名であった.摂取カロリーは病期の進行に伴い低下したが(p<0.05;Fig A),BMIには変化はみられず(p<0.05;Fig B),体重の減少は認めなかった.一方,栄養の指標である総コレステロール値,リンパ球数には変化はなかったが,血清アルブミン値は病期の進行に伴い,4.18/4.03/3.07 g/dlと有意に低下した(p<0.05;Fig C).以上より,MSAではBMIが保たれていても(体重の減少がなくても),進行期には低栄養状態を呈しうること,その指標として血清アルブミン値が有用である可能性が示唆された.つまり,体重が減っていないからといって,栄養状態が良好であると油断してはいけないのである.MSA-CおよびMSA-Pに分けて行った解析でも,病期間のBMIに差はないこと,ならびに進行に伴い血清アルブミン値が低下することが確認された.

【なぜ体重は減少しないのか?】
ではなぜ体重は減少しないのだろうか?その理由として,まず嚥下障害による摂取カロリーの減少と消費カロリーの減少の程度が同等で,バランスが取れた可能性が考えられる.またMSAでは,むしろ低カロリーの食事摂取にも関わらず,気管切開・胃瘻造設後には皮下脂肪の蓄積傾向を示すことを,都立神経病院のNagaokaらは報告し,進行期にはカロリー制限する必要性についても言及している(臨床神経50;141-146, 2010).Nagaokaらはさらに検討を進め,脂肪細胞から分泌されるレプチンがMSAではうまく働いていない(つまりレプチン抵抗性の状態にある)可能性を示している(Neurol Sci 36; 1471-7, 2015).レプチンは脂肪細胞から分泌され,視床下部にて作用し,食欲の抑制,エネルギー消費の増大,交感神経刺激に伴う脂肪分解を介して,体重減少に作用するが,肥満者ではレプチン濃度が高くなっているもののレプチンによる刺激に鈍感になり,体重減少が起こらない.これを肥満者におけるレプチン抵抗性と言うが,NagaokaらはMSAでは自律神経障害によりレプチン抵抗性が生じているのではないかと考察している.
ちなみにわれわれの検討では血清コレステロール値に変化はなかったが,Nagaokaらの検討では低下を認めている.

【まとめ】
以上の結果から,1)MSAの進行期では体重は減少せず,むしろ増加もありうる.2)症例によっては摂取カロリーを絞る必要がある.3)栄養の指標としては血清アルブミン値が有用である,とまとめることができる.

Sato T, ShiobarabM, Nishizawa M, Shimohata T. Nutritional status and changes in body weight in patients with multiple system atrophy. Eur Neurol. 2016 Nov 29;77(1-2):41-44. [Epub ahead of print]


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レム睡眠行動障害と多系統萎縮症における告知

2016年11月20日 | 脊髄小脳変性症
病名を含めた「病気に関する真実の告知(Truth telling)」は,原則として患者さんの意思表示能力が保たれる場合に実施される.しかし神経内科領域では,認知症を合併する神経難病が少なからず存在するため,告知の可否の決定は容易ではない.身体機能だけではなく,意思表示能力が進行性に低下する神経難病患者さんの意思表示能力の評価はときに難しく,主治医として,いつどのように告知を行い,その後の治療・ケアの方針の決定をサポートすべきか悩むことが多い.

これまで神経難病における告知は,筋萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病を例として議論されることが多かったが,それ以外にも議論が必要な疾患が多数存在する.これまで検討があまりなされてこなかったレム睡眠行動障害と多系統萎縮症の臨床と告知について講演をする機会を得たので,その要旨を記載したい.

【レム睡眠行動障害(RBD)の告知】
RBDの告知は2段階で考える必要がある.つまり,(1)夜間の異常行動の診断,つまりRBDについての告知,(2)将来,高率にαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー正体型認知症,多系統萎縮症)を発症する(phenoconversionという)という真実の告知,である.Phenoconversionの頻度は,最大5年で35%,10年で76%,最終的に91%と高率であり,これを患者さんにいかに伝えるかで悩むことになる.以下,順に私見を述べたい.

1.将来の真実を告知(Truth telling)すべきか?
文献を渉猟した範囲では,告知を行うべきか,行うとすればいつ,どのように行うべきかについてコンセンサスはみつからなかった.しかし患者さんは,RBDの診断が意味することを「知る権利」を持つため,まったく伝えないことは選択肢になりにくいように思われる.医師が伝えなくてもインターネットなどで情報を得ることは十分考えられ,その場合,情報を伝えなかった医師に対する信頼は損なわれるだろう.また真実を伝えなかった医師も患者さんに対する後ろめたさを感じることになる.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
ひとつは,患者・家族が,発症頻度の高さに大きな衝撃を受けることが容易に想像がつくため,告知をできれば避けたいという心情である.もうひとつは,いつ,どの病型を,どの程度の確率で発症するか,正確な予測ができないため.告知しにくいということである.

3.告知する場合,いつ,どのようにすべきか?
伝える時期は,RBD症状が治療により抑制され,かつ相互の信頼(rapportラポール)が形成させた後が望ましいと思われる.また告知前には,家族から病前性格,つまり告知に耐えられるだけの精神的な強さをもつか,うつなどの精神疾患の合併がないかを探る必要がある.そして告知の内容としては,全員が発症する訳ではなく,多くは長時間を要すること,発症を遅らせる治療はまだ確立されていないが,パーキンソン病では種々の薬剤があることを伝える.そして,告知後も責任を持って定期診察を行い,精神面でもフォローアップを行うことを伝えることが大事だと考える.

【多系統萎縮症(MSA)の突然死リスクの告知】

MSAの告知においても,病名以外に,将来の突然死のリスクについての告知を検討する必要がある.以下,順に考察する.

1.いつ突然死のリスクを告知するか?

(1)非常に重い内容であるため,突然死の危険性が高くなる進行期まで,告知を避けたいという考え方と,(2)未告知の状態で,入院精査・加療中に突然死が起きるといった問題を避けるため,早期の段階で,具体的には初回入院時には告知を行うという考え方の両者がある.個人的にはあまりに早期の段階から,一律にリスクについて説明するのは患者さんに与える心理的ストレスが大きいと考え,突然死のリスクの高い症例(早期からの自律神経障害,重症・中枢性の睡眠呼吸障害)に対して告知を行なうことがより良いように考えているが,リスク予測が正確にはできないという問題もある.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
第一は苛酷な選択を強いる告知をできれば避けたいという心情である.人工呼吸器を装着すれば突然死は防止できる可能性は高くなるが(窒息や心臓死のため100%ではない),長期の人工呼吸器下の療養により認知機能障害が顕在化する可能性が高くなる.つまり,人工呼吸器を装着するか否かの判断は非常に難しく,苛酷な選択と言える.第二は患者さんの意思表示能力の低下である(前述の通り,意思表示能力を失った患者さんには告知は行われない).認知機能低下は必ずしも進行期に生じるものではなく,CPAP導入を検討する時期にはすでに約3分の1の頻度で生じること,認知機能障害にて発症する症例も存在することを認識する必要がある.さらに認知機能低下に加え,運動症状の増悪によっても意思の表示がしにくくなる.第三の要因は突然死リスク予測がまだ正確にできないということ(不確実性)である.欧米では突然死自体も検討されてこなかった.

3.どのように告知をするべきか?

分かりやすく説明することと,心理的配慮(思いやり,共感)をもって告知を行なうことは言うまでもない.病名のみではなく,病態,予後,治療法,医療チームの支援の関わり方,社会的サポート体制についても伝える.そして治療の自己決定(autonomy)をいかに支えるか?死の恐怖にいかに寄り添うべきかも考える.意思表示能力が不十分な場合もshared decision makingにより,残存能力を引き出す努力を惜しまないことが大切である.意思能力がないと判断した場合には代理判断となるが,これを避けるためにタイミングを逃さないことや,advanced directiveを検討することも大切である.

【まとめ】
以上より大切なことは,
1. 意思表示能力が保たれている状況での告知(タイミングを逃さない)
2. より正確な予後の予測を可能とするバイオマーカーの開発
3. 十分な心理的配慮と告知後の責任を持った対応

と考えられる.



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研究者の皆様へ -自民党河野太郎議員ブログより-

2016年11月11日 | 医学と医療
11月10日,河野太郎議員が「研究者の皆様へ」と題した記事を投稿し,大学の研究費にまつわる問題について見解を示されております.その後,様々なコメントが寄せられたようで,補足のブログが当日中にアップされ,寄せられたコメントから以下の3つの問題点としてまとめておられます.

1)研究者の雇用状況が不安定になっている
2)数十万円から100万円程度の研究費が必要な研究者が,十分な研究費をとることができていない
3)研究費をとるための事務作業が研究の時間を削っている

そして最後に「宇宙ロケット,もんじゅ・ASTRID,ITER,スパコン,スーパーカミオカンデ,カグラといった巨大プロジェクトが動く影で,小口(失礼)の研究費をどう配賦するかという問題が多くの研究者に影響しているので,この部分をどうするかが優先順位が高いのでしょうか」と結んでいます.

個人的にも全く同感で,とくに2)の小口の研究こそが,日本の医療の質の向上に貢献してきたと思っておりますし,ブログ内でも触れてある特許出願に関わる費用についての問題もとても重要だと思います.さらにコメントを募集中で,とてもありがたい機会だと思いますので,情報の共有をさせていただきます.

河野太郎議員ブログ 研究者の皆様へ


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日本の医療と,再生医療の発祥の地を訪ねる

2016年11月06日 | 医学と医療
第34回日本神経治療学会総会@米子の帰りに,日本の医療と,再生医療の発祥の地である出雲大社と,赤猪岩(あかいいわ)神社に立ち寄った.つぎのことを書いてみたい.
1)日本にも,ギリシャ神話のアスクレピオスのような医療・看護の神はいるのか?
2)日本で最初の医療行為はなにか?
3)「因幡(いなば)の白兎」の神話から,医療者は何を学べばよいのか?
4)日本初の再生医療はどこでどのように行われたのか?

1)日本にも,ギリシャ神話のアスクレピオスのような医療・看護の神はいるのか?
出雲大社の祭神である大国主命(オオクニヌシノミコト)が,日本の医療の神,医薬の祖と言われている.つまり日本の医療発祥の地は出雲である.大国主命は,日本の国土を開拓したことや「縁結びの神」としても有名である.

2)日本で最初の医療行為はなにか?

出雲大社の参道脇に,大国主命と兎の像があった(写真1).


この兎が「因幡の白兎」である.隠岐の島から対岸の因幡へ渡るために,兎はワニに「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう.多くの仲間を集めて対岸まで一列に並びなさい.私がその上を走りながら数えて渡るから」と言ってだましたのだ.ワニの背中を跳びながら渡り,あと一歩でたどり着くというところで,兎は「お前たちはだまされたんだぞ」と高笑いした.怒ったワニは兎を捕まえ,その皮をはがしてしまう.痛くて泣いているところに通りがかったのは,因幡の国に八上比売(ヤガミヒメ)という美しい姫がいることを聞きつけて,求婚のために出雲から因幡に向かっていた八十神たち(ヤソガミ;大国主命の兄弟神たち)であった.「海水で洗って,風に吹かれていると良い」など嘘の治療法を教えたため,ひびが割れて痛みが悪化してしまう.そこに八十神たちの意地悪で,大きな荷物を持たされた大国主命が遅れて通りがかり,「河口の水でよく洗ってから,蒲の穂の上で寝なさい」という治療を授けたところ,痛みは消え,兎は深く感謝した.
実はこれが「日本で最初の医療行為」と言われているエピソードなのだ.河口の水は,海水と川水が混ざった,いわゆる汽水で,塩分濃度は生理食塩水に近く,さらに蒲の穂は,蒲黄(ほおう)という名前で現在も生薬として使用され,傷口ややけどに直接散布して,収斂性止血薬として用いられるのだ.

3)「因幡の白兎」の神話から,医療者は何を学べばよいのか?
「因幡の白兎」の神話を,医療者は知っておくべきとよく言われる.まず「間違った治療を行ってはいけない,正しい治療を行なうことが大切である」ことを伝えている.そして,ワニを欺いた自業自得の白兎であっても,それを咎めず,「誰に対しても公平な医療を行う」という医療の根本を伝えている.ヒポクラテスの誓いの3番め「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり,悪くて有害と知る方法を決してとらない」と,7番め「いかなる患者を訪れる時もそれはただ病者を益するためであり,あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける.女と男,自由人と奴隷の違いを考慮しない」に通じるものといえる.

4)日本初の再生医療はどこでどのように行われたのか?

古事記に記されている「因幡の白兎」の話には続きがある.兎は実は,八上比売の使いであって,姫に,八十神ではなく大国主命を夫として選ぶよう忠告をする.そして姫は忠告通り大国主命を選ぶのだが,逆恨みした八十神たちは大国主命を殺害する計画を立てる.因幡から出雲に帰る途中の手間の山の麓にさしかかった時,八十神は大国主命に「この山に赤猪がいる.俺達が追い出すからお前は待ち伏せて捕まえろ」と言い,大猪と偽って,真っ赤に焼いた大岩(赤猪岩)を転がして落とす.これを受け止めた大国主命は焼き潰され,絶命してしまう!これを知った母親の刺国若姫命(サシクニワカヒメノミコト)は嘆き悲しみ,天の生成の神である神産巣日之命(カミムスビノミコト)に嘆願したところ,蚶貝比売(キサカヒメ;赤貝)と蛤貝比売(ウムギヒメ;はまぐり)を遣わした.二人の姫神は,赤貝の貝殻の粉を,ハマグリの汁で練って,大国主命の皮膚に塗るとなんと再生して蘇り,むしろ以前より男らしく生まれ変わった.つまり大国主命自身も医療行為を受け,再生したわけである.これが日本における最初の再生であり,その地に立つ神社が,赤猪岩神社である(写真2).



大国主命の殺害に使われた大岩は神社の後ろにある.ただし地上にあってこの地を穢けがさないように,その周りには柵さくが巡めぐらされ,しめなわが張られて,土中深く埋められ,その上は大きな石で幾重にも蓋がされていた(写真3).



また2人の姫神は,出雲大社本殿隣りの天前社(あまさきのやしろ)に,看護の神として祀られている(写真4).ちなみに貝から作った薬は,「八上薬」として山陰地方ではやけどの特効薬として使用されている.殻の炭酸カルシウムと,蛤からのタウリン(抗酸化作用)が効くと考えられている.これらの神話は,古事記が記された712年よりも数百年前の話と考えられているが,そこに記された医療行為は理にかなっていると感心させられた.もし出雲大社に行かれることがあったら,日本の医療の発祥の地でもあることを思い出していただければと思う.




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