Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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名古屋大学での講義と嬉しかった2つのこと

2023年06月29日 | 医学と医療
名古屋大学神経内科勝野雅央教授にお招きをいただき,医学部4年生に講義をさせていただきました.名古屋大学と岐阜大学の脳神経内科は医学教育の連携を深めています.2020年度から6年生における臨床実習を合同で行ったり(Brain Nerve 74;1309-12, 2022),先日は勝野教授に岐阜大学にお越しいただき,神経変性疾患の早期病態解明と治療法開発について素晴らしい講義をしていただきました.今回は私の番で,脊髄小脳変性症/多系統萎縮症の講義をさせていただきました.

勝野教授より2つの嬉しいプレゼントがありました.1つ目はカンファレンスに参加させていただいたことです.和やかな雰囲気のなか活発な議論が行われ,とても良いチームだなと思いました.その後,病棟回診をさせていただきましたが,神経診察の流儀が少し異なるようで興味深くご覧いただいたようです.お互いの教育方法を考える機会にもなりました.こういう他流試合はもっと行っても良いように思いました.

2つ目は「名古屋大学医学部史料館」に案内してくださったことです.写真1枚めは「明治初年愛知県公立病院外科手術の図」で,1880年ごろのものです.日本政府の招聘により来日したオーストリアの医師ローレツが左端でクロロフォルム麻酔をし,片膝立ちの執刀医が24歳で愛知県医学校の学校長兼病院長,のちに外務大臣となる後藤新平,患者の右腕を支えている和服に袴姿が司馬凌海(佐渡出身の語学の天才)だそうです.麻酔下手術の視覚的記録としては日本最古のものの一つだそうです.



2枚めは川原汎(ひろし)先生(1858-1918)が1891年に書かれた「内科各論」です.川原先生は明治時代に日本の神経学に大きな貢献をした先生で,球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の兄弟例を世界ではじめて,1887年に記載したことで有名です(Kennedyより71年早いです).写真は坐骨神経麻痺(paralysis nervi ischiadici)のページのようです.愛知医学校の退職に際し著した「内科彙講,神経係統篇」は「19世紀に刊行された神経学書として,Romberg,Charcot,Gowersなどの名著と比肩しうる」と高橋昭先生は書かれています(日内会誌91:17-20, 2002).



3枚めは勝野教授がくださった貴重な写真で,ドイツの細菌学者ロベルト・コッホが門下の北里柴三郎の要請に応えて,1908年に来日したときのもので,コッホの左に北里柴三郎,志賀潔が並んでいるほか,矢印が川原汎先生だそうです.もう少し歴史を勉強し,司馬凌海(島倉伊之助)が主人公の一人である司馬遼太郎の「胡蝶の夢」も読んで,また史料館を訪れてみようと思います.



名古屋大学医学部史料館

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オランダにおいてALS患者の安楽死・医師介助自殺(PAS)は高頻度でかつ増加している

2023年06月24日 | 運動ニューロン疾患
最近,岐阜薬科大学と平成医療短期大学にて「神経難病における倫理」について講義しました.題材にした事例は,多系統萎縮症患者さんがスイスに渡って医師介助自殺(physician-assisted suicide; PAS)をしたケースや,同じく海外でのPASを希望し,最終的に嘱託殺人事件に至ったケースです.このように患者さんが「死にたい」と訴えたとき,医療者は何をすべきか議論しました.自分が過去に担当した患者さんの話などをして感極まってしまい,学生は驚いたかもしれません.

安楽死・PASについては,松田純先生「安楽死・尊厳死の現在」が非常に分かりやすくオススメです.安楽死ははオランダだけでなく,オーストリア,ベルギー,カナダ,オーストラリアで厳格なガイドラインに基づき合法的な行為として行われていますし, PASはスイスや米国オレゴン州など8つの州と首都で行われています.しかし認知症や,ALSのような神経難病患者におけるそれらの実態はよく分かっていません.最新号のLancet Neurology誌に,2002年からPASが合法化されたオランダに関するALSでのデータが報告されました.終末期医療の法制化が検討されている他の国々において重要なデータとなるものと思われます.

まず2012から2020年の8年間で,ALS患者4130人のうちなんと1014人(25%)がPASを選択して死亡しています.下図のグラフは1999年から2020年までのPAS+安楽死の頻度を示しています.ALSのみ2012年からのデータになりますが,突出して頻度が高く,かつ右肩上がりに増加していることが分かり衝撃的です.



著者らは,PASを選択したALS患者の担当医や介護者に直接連絡を取り,患者がPASを選択した理由を後方視的に分析しています.回答率は24%(211/884例)と低い結果でした.意外なことにPASを選択した患者とそうでない患者との間に診断後の生存期間に差はありませんでした(15.9ヵ月vs 16.1ヵ月;p=0.58).つまりPASは罹病期間の早期ではなく進行期に行われたものと推測されます.またPASを選択した患者にうつや絶望の頻度が高かったことはなく,しかしより若く,より高学歴という特徴がありました.PASを選択した理由として,担当医と介護者は「自律と尊厳の喪失」「進行期における他者への依存の高さ」を挙げていました.

PASの議論を行う際,前提条件として質の高い緩和ケアが提供されていることが重視されます.本研究では「患者はケアに高い満足度を示していた」という担当医や介護者による回答が多く,患者が PASを決断した理由が不十分な緩和ケアのためではないと考察されています.しかし本研究に対するEditorialを読むと,介護者の回答がPASを選択した患者の考えを正確に反映しているとすることには疑問があると述べています.つまり愛する家族のPASを容認した遺族は,肯定的な態度を示すことでその決定を正当化した可能性があると考えています.加えてアンケートに回答しなかった76%の担当医や介護者がどのような意見を持っているのかが気になるところです.

また何と言ってもALSにおけるPASの頻度の高さは驚きで,「安楽死・尊厳死の現在」でも指摘されている,死を医師の管理下に置く「死の医療化」が行われている可能性や,「すべり坂,闇の安楽死」とも呼ばれる,障害などを抱えた弱い立場にある人が,本人の意志に反して家族や社会の負担とされ,被害を受ける恐れがあることが生じている可能性が本当にないのか気になりました.これらの防止のためには徹底的な透明性確保が必要であることは言うまでもありません.

尊敬する岩田誠先生の著書「医(メディシン)って何だろう?」を読むと,「死にたい」と訴える人に対し,以下のことが重要であることに気が付きます.
1. 人としてなぜ死にたいのかを理解し,それを思いとどませること
2. なんとしてでも生きてほしいと呼びかける周囲の人々を励ますこと
3. 延命処置を受けた人たちが何を成し遂げたか,医療者はそれを語り継ぐ使命がある(ナラティブ)

私も教室の若い先生に「死にたいは,本当は生きたいの裏返しではないのか?」「死にたい・胃ろう不要・TPPV不要の本当の理由を理解しよう」と繰り返し言っています.この論文をきっかけにさらに議論が深まり,良い方向に進むことを期待したいと思います.
van Eenennaam RM et al. Frequency of euthanasia, factors associated with end-of-life practices, and quality of end-of-life care in patients with amyotrophic lateral sclerosis in the Netherlands: a population-based cohort study. Lancet Neurol.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00155-2)

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がんを神経から治療する! -cancer neuroscienceという新しい領域― 

2023年06月22日 | その他
最新号のNature誌に「がんを移植したマウスにα2アドレナリン受容体刺激剤(クロニジン)を大量投与するとガンの増殖を強く抑えることができる」というベルギーのからの論文が出ています.α2アドレナリン受容体は「交感神経活動のネガティブ・フィードバック」に関わる受容体ですので「交感神経活動を抑制するとがんの増殖を抑えられる!」ということになります.「神経とがんの関わり」はこれまで聞いたことがなかったため非常に驚きました.

じつは近年,「cancer neuroscience」という領域が注目されているようで,Science/Nature/Cell誌に総説が出ています.図1はScienceの総説の図ですが,①交感神経終末から放出されるノルエピネフリン(NE)ががん細胞表面の受容体に結合し増殖を促進する,②NEが血管内皮細胞に作用し血管新生を促進する,③がん細胞が神経栄養因子を放出し,神経のがんへの分枝・伸長を促進する,④神経細胞がマクロファージなどによるがん免疫を抑制する,という「神経とがんの関わり」を示しています.



図2はNatureの総説の図で,(a)は神経伝達物質や神経栄養因子ががん細胞をパラクラインで増殖させること,(b)(c)はAMPA受容体が介在する直接型,およびNMDA受容体が介在する間接型のグルタミン酸作動性シナプス結合によりがん細胞が増殖すること,(d)はがん細胞が微小管とgap junctionにより神経細胞のようなネットワークを作ること,(e)(f)は神経に沿って浸潤し,また腫瘍微小環境(血管新生・免疫反応)が神経細胞に影響を受けていること,を示しています.



図3はCellの総説の図で,がんの新しい治療標的と候補薬をまとめています.具体的には,神経細胞・がんシナプス,神経細胞様がん細胞ネットワーク,神経細胞・がんパラクライン,がん細胞誘導性軸索新生,神経性の血管新生,神経細胞・がん・免疫クロストーク,シナプス周囲がん細胞などが治療標的にまります.グリオーマや膵がんなどの難治性がんに対して,既存の治療に組み合わせた形で,これらの神経細胞をターゲットとした治療が今後行われるようです.



よってがん治療にも神経科学者が参入することになります.また脳神経内科医としては,がんの神経系への影響についても改めて考え直す必要を感じました.例えばNMDA受容体やAMPA受容体が出てきましたが,これらに対する抗体が病因となる傍腫瘍症候群ももっと複雑な病態なのかもしれません.
Zhu J, et al. Tumour immune rejection triggered by activation of α2-adrenergic receptors. Nature. 2023;618(7965):607-615. doi.org/10.1038/s41586-023-06110-8.

Servick K. War of nerves. Science365,1071-1073(2019). Doi.org/10.1126/science.365.6458.1071

Pan C, et al. Insights and opportunities at the crossroads of cancer and neuroscience. Nat Cell Biol. 2022;24(10):1454-1460. doi.org/10.1038/s41556-022-00978-w.

Winkler F, et al. Cancer neuroscience: State of the field, emerging directions. Cell. 2023 Apr 13;186(8):1689-1707. doi.org/10.1016/j.cell.2023.02.002.

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演題募集開始!第11回日本難病医療ネットワーク学会学術集会@名古屋

2023年06月21日 | 医学と医療
2023年11⽉24⽇(⾦)〜25⽇(⼟)に愛知県産業労働センター(ウインクあいち)にて標題の学術集会を開催させていただきます.本日より演題募集の開始です!8月2日(水)までになります.奮ってご応募ください.以下のカテゴリーの演題を募集します.

①協働意思決定,②緊急対応・災害支援,③コミュニケーション支援,④在宅療養支援,⑤症例報告,⑥就労支援,⑦相談対応,⑧多職種連携,⑨地域連携ネットワーク,⑩治療,⑪ネットワーク・啓発活動,⑫リハビリテーション,⑬呼吸管理,⑭その他

難病医療に関わることでしたら何でもOKです.多職種で議論を行うユニークで楽しい学会です.ぜひ多くの方々にご参加いただければと思います.
学術集会HP
演題登録



◆第5回日本在宅医療連合学会@新潟(6月24日(土))でも,同学会との合同企画が開催されます.私は「難病療養支援overviewと難病医療ネットワーク学会が目指すもの」というタイトルで講演します.ご参加の先生方とお目にかかることを楽しみにしております!


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COVID-19から脳を守る必要がある@新潟医学会総会

2023年06月19日 | COVID-19
新潟大学医学部医学部長の染矢俊幸先生にお招きをいただき,新潟医学会総会で「Long COVIDとしての認知症 ―その病態と対策―」というタイトルの特別講演をさせていただきました(全スライド75枚).認知症の新しい危険因子であるCOVID-19について,最新情報を含めご紹介しました.Long COVIDの病態機序はだいぶ明らかになりつつあり,COVID-19は急性期の呼吸器疾患から慢性期の神経疾患としての人体への影響が危惧され始めています.つまりCOVID-19から脳を守ることを啓発する必要があります.ご参加の先生は衝撃を受けておられたようで,染矢先生をはじめ非常に多くのご質問をいただきました.以下,講演要旨です.

・COVID-19罹患はアルツハイマー病のリスクを2倍程度上昇させる.
・認知症のリスク因子として,高齢者,重症感染,3ヶ月以上の嗅覚障害がある.
・軽症感染でも(気が付かないだけで)高次脳機能に影響が生じている可能性がある.
・軽症感染でも脳血管に炎症が生じうる.
・高齢者では感染後,眼窩前頭皮質の萎縮や機能障害が生じうる.
・嗅球から眼窩前頭皮質までの嗅覚伝導路にウイルス感染や炎症の伝播が生じうる.
・神経後遺症の機序として,ウイルスの持続感染が重要視されている(咽頭のPCR陰性は全身のウイルス消失を意味しない)
・ワクチン接種はlong COVID予防・治療に有効である.
・抗ウイルス薬の長期間投与がlong COVID治療に有効かどうかが注目されている.
・COVID-19から脳を守ることを啓発する必要がある.







全スライドはここからダウンロードいただけます.

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PRESという名称はもはや疾患の特徴をすべて捉えているとは言えない!

2023年06月12日 | 白質脳症
最新号のNew Engl J Med誌に教育的な優れた総説が出ています.主旨は「PRES(posterior reversible encephalopathy syndrome)という名称はもはや疾患の特徴をすべて捉えているとは言えない」というものです.

まず画像所見に関して,症例集積研究では,疾患の特徴として知られる頭頂・後頭病変は65~99%ですが,その他の部位もかなり多く,前頭(54~88%),側頭(68%),視床(30%),小脳(34~53%),脳幹(18~27%),基底核(12~34%)なのだそうです.図のように両側大脳半球分水嶺(23%)(左),上前頭回(27%;中央),小脳半球(右)にも認めることもあります.よって診断は画像所見に頼るのではなく,病歴,つまり急激な高血圧や,PRESをきたす薬剤の使用歴(下記)が重要ということになります.Hincheyらが原著(1996)と比較すると,画像所見のみでなく,症候や誘発因子,非可逆的の予後までかなり逸脱した症例が存在します.著者は診断基準を作成するための学際的な協力体制の構築が必要と述べています.



【PRESをきたす薬剤一覧】
①化学療法薬:ベバシズマブ,チロシンキナーゼ阻害薬,ボルテゾミブ,シタラビン,ゲムシタビン, L-アスパラギナーゼ,メトトレキサート,ビンクリスチン,シスプラチン
②免疫調整剤:タクロリムス,シロリムス,シクロスポリンA,リツキシマブ,IL・TNF拮抗薬,インターフェロンα
③その他:エリスロポエチン,G-CSF,ボリコナゾール,偽エフェドリン,HIV感染症に対する抗レトロウイルス療法
④中毒:アルコール中毒,薬物の過剰摂取(リチウム,デキストロアンフェタミン,アセトアミノフェン,エフェドリン,フェニルプロパノールアミン,ジギトキシン,ビスマス),化学物質(例:有機リン酸エステル).違法薬物(コカイン,アンフェタミン,メフェドロン,クラトム,リゼルギン酸アミド),天然毒素(蛇・サソリ毒・スズメバチ毒,キノコ毒など)
Geocadin RG. Posterior Reversible Encephalopathy Syndrome. N Engl J Med. 2023 Jun 8;388(23):2171-2178.

少し前のNEJM誌のImage Challengeのクイズに出題されたこの画像もPRESでした.こちらの画像のほうがより分水嶺っぽく見えます.
「IgA腎症の35歳の男性が,錯乱,かすみ目,痙攣を呈した.受診の2週間前からシクロスポリンを投与していた.血圧160/80mmHg,眠気,視力低下を認めた」
N Engl J Med 2023; 388:e75



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flail arm型とVulpian-Bernhardt亜型

2023年06月07日 | 運動ニューロン疾患
ALSガイドライン2023が発刊されました.眺めていたところ,分類・病型の項目に「進行性筋萎縮症(PMA)のなかで,両上肢に限局するものはflail arm型と呼ばれ,brachial amyotrophic diplegia,man-in-the barrel型およびVulpian-Bernhardt亜型も同じ病型を意味する」と書かれていました.若手の先生にウンチクを傾けたくなりました(笑).

1)フレイル・アームはL?R?
老年医学で使われるフレイルは「加齢により心身が老い衰えた状態」のことで「Frailty(虚弱)」に由来します.ALSの病型で使うのはflailで,その意味は柄の先に鎖で打撃部を接合した武器の一種(連接棍棒)だそうです.ちょうど筋萎縮で細くなった上肢(図左)が,連接棍棒(図中央)に見えたために名付けられました(Hu MT, et al. JNNP 1998;65:950-1. doi.org/10.1136/jnnp.65.6.950).


図はWikipediaより.

2)フレイル・アームの原著の間違い
上記の原著で著者らは歴史的考察を行い,この亜型は「おそらく1888年にGowersによって初めて記述され,図も書かれた」と記載しています(これが図左です).しかしすぐこれは適切ではないというレターが掲載されました(Gamez J, et al. JNNP 1999;67:258. doi.org/10.1136/jnnp.67.2.258).1880年前後のフランスにて,サルペトリエールのCharcotとともに,Flourensの弟子であったVulpian(1826-1887;図右)は,著書『Maladies du Système Nerveux』で,PMAについて「遠位筋,特に短母指外転筋が最初に侵される場合が多いが,中には上腕や肩甲部の筋肉がまず萎縮し,前腕と手の筋肉は長期間正常に保たれる例がある」と記載しています(肩甲上腕型脊髄性進行性筋萎縮症;formescapulo-humérale).病理学的に脊髄前角細胞の変性が原因であることも確認しています.類似するBernhardtの報告も併せてVulpian-Bernhardt型と呼ばれるようになりましたが,Bernhardtの報告は家族例で必ずしも内容が一致せず,混乱を招くという理由でこの用語は徐々に使われなくなりました(岩田誠ら.神経内科4;243-8, 1976).ちなみにVulpianはBabinskiとDejerineの学位論文の指導者で,岩田誠先生は「忘れられているきらいがありますが,おもしろい人です」と述べています.当時物議をかもしたPasteurの狂犬病ワクチンを,医師ではないPasteurに代わって最初に患者さんに接種したのがVulpianであり,高潔な人物として知られていたそうです(鼎談.神経学はいかにして作られたか:https://00m.in/DDqBc).







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脳梗塞治療に宇宙旅行も?マウスの脳に超音波を当てて冬眠様状態にする!

2023年06月02日 | 医学と医療
私は留学中,脳梗塞に対する低体温療法の研究をしていました.神経保護療法としてもっとも有望と考え,研究のメッカ,スタンフォード大学脳外科の門を叩きました.事実,最強の神経保護効果を発揮する治療なのですが,脳温コントロールに大掛かりな体内循環式装置を要したり,低体温による副作用があったり,臨床応用には大きな壁がありました.当時,「人間も人工的に冬眠できるとすべて解決するんだけど・・・」と,私だけでなく多くの研究者が考えました.しかし最新号のNature Metabolism誌の論文を読み,「人工冬眠も夢ではない!?」と興奮しました.

論文はマウスの検討です.マウスは冬眠しませんが,絶食,寒冷などの厳しい環境条件で低体温となり,活動量が低下する非活動状態(torporと呼びます)になります.つまりエネルギーを保存するわけです.これまでの研究で,視床下部の視索前野(preoptic area;POA)の神経細胞を,光や特定の化学物質に反応するように遺伝子操作すると torpor状態になることが知られていました.しかし人間に遺伝子操作はできませんので,人への応用は困難です.一方,POAの一部の神経細胞がTRPM2という特殊なイオンチャネルを持ち,超音波に反応して形状が変化することが知られていました.そこで米国ワシントン大学のチームは,マウスの頭部に小型のスピーカー状の超音波装置を乗せて,超音波をPOAに集中させ刺激したところ,正確かつ安全にマウスの体温を1時間で3℃ほど低下させました.さらに酸素消費量・心拍数・代謝が抑制され,熱の発散のための尾動脈が拡張しました.この状態は24時間以上,持続できました.また超音波をオフとすると,冬眠状態からの覚醒も正常に起こりました.



この超音波刺激による低体温・低代謝(Ultrasound-induced hypothermia and hypometabolism;UIH)は,POAニューロンの活性化によってもたらされます.そしてTRPM2は超音波感受性のイオンチャンネルであることも明らかにされました(そんなものが脳にあるとは!).POAの下流には背内側視床下部があり,最終的に褐色脂肪組織による熱産生が抑制されるようです.さらにこのUIHは,冬眠にならないラットでも誘発できることが示されました.

注目は人間でもこのUIHが可能かです.脳梗塞治療に応用だけでなく,私の好きなSF の「三体」や「プロジェクト・メアリー」の宇宙旅行も可能になるかもしれません.ラットも冬眠様状態にできたので,人間も冬眠に似た能力を隠し持っているのかもしれません.一方,ヒトの脳はマウス脳よりはるかに大きく,POAはより深い位置にあるため,超音波刺激は容易ではないという意見もあります.いずれにしても研究の続報にとても注目しています.
Yang Y, et al. Induction of a torpor-like hypothermic and hypometabolic state in rodents by ultrasound. Nat Metab. 2023 May;5(5):789-803.

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