Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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人工知能による新しい医療 -IBMワトソン・サミット2016@東京-

2016年05月28日 | 医学と医療
人工知能(AI)やその医療応用に関心があり,5月25~26日に開催された「IBMワトソン・サミット2016」に参加した.近未来,医療は大きく変わることを実感させられる会であった.もっとも進歩が見込まれる領域は,ガンに対するゲノム医療だろう.東京大学医科学研究所の宮野悟教授のご講演は示唆に富むものであった.まず宮野教授は,ガン研究は急速な進歩のため,医療従事者が追いつくことができず,臨床的に困難な状況に陥っていることを以下のように指摘された.

1)関連論文の指数関数的増大・・・ガン領域だけで2014年に20万の論文が報告され,フォロー困難な状況になっている(膨大な電子化知識の氾濫).
2)シークエンスデータの爆発的増加・・・シリコン・シークエンサーが登場すれば,全ゲノムは100ドル,1時間で読めてしまう時代に突入する.パーソナルゲノム医療(★)が現実化する.
3)ガン・ゲノム研究の進歩・・従来,蛋白をコードしている全ゲノムの1.5%程度しか調べてなかったことに加え,タンパクをコードしていないノンコーディングRNAにも役割があることが明らかになった.
4)ガン遺伝子の多様性の発見・・・一個人の同じガン組織のなかでも想像を越える多様性があること,遺伝子も生涯不変という常識は否定され,加齢とともに変異が蓄積し変化していることが明らかになった.

★パーソナルゲノム医療:個々人の遺伝子(パーソナルゲノム)の特徴を知り,かかりやすい病気を発症前から環境を含め予防し治療する医療

これらの結果生じる医療ビッグデータ,ゲノム・ビッグデータを人間の能力で扱うのはもはや不可能である.東京大学医科学研究所では,これらの臨床シークエンス研究に,IBMワトソンを使用している.その詳細は明らかにされなかったが,遺伝カウンセリングや生命倫理に対する体制も整備され,確実に新時代の医療に突入したという実感を持った.

ワトソンとは何か?それはコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学習するコグニティブ・テクノロジーと言える.そこには「Watson Corpus」と呼ぶコーパス(知識ベース)が構築されている.膨大な数の医療文献や化学物質データベース,ゲノム情報,特許情報などに加え,薬の副作用情報や医療機関が持つさまざまな臨床情報が統合されている.ガンに関しては,「Watson for Oncology」という取り組みがなされ,米国有数のガン専門病院であるMemorial Slone Kettering Cancer Centerにてワトソンの「教育」が行われた.まず8000時間,その後,年2000時間のペースで「教育」がなされたという.

Watsonが学習した膨大なデータの使いみちは以下のようになる.まずパーソナルゲノム情報を調べると,遺伝子変異が続々出てくる.これをどう解釈し,どう治療方針に活かすか,つまり「副作用のないベストフィットな治療をいかに決定するか」が現在の医療,人間の力では難しい.これをワトソン(Watson Genomic analytics)にやらせるわけだ.パーソナルゲノムデータから,ガンの原因となっている遺伝子の候補を寄与度の高い順にリストアップし,治療標的となる遺伝子変異と分子標的薬の候補が示される.そして「エビデンスボタン」を押すと,その治療方針の根拠が示される.かつてインターネットでMEDLINEにキーワードを入力し,論文リストが表示された時の衝撃以上のインパクトを感じる.

日本での導入は,ガンや治療効果の人種による差や,治療ガイドラインの違いなどによりすぐに行えるものではないようだ.またガン以外の領域については未着手のようである.しかしガン領域のようなパーソナルゲノム医療・個別化医療は早晩,他の領域にも波及し,人工知能の導入が必要になるだろう.そうでなければ高額な分子標的薬により医療制度は破綻してしまうものと思われる.ガンの領域における医療の変化を注視する必要がある.

IBM Watson Health


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多系統萎縮症(MSA)に対するチーム医療

2016年05月25日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学病院の診療チーム(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器・睡眠,循環器,摂食嚥下リハビリ)による「多系統萎縮症の突然死防止」に対する取り組みを,新潟日報紙が写真のように紹介してくださいました.多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の中で一番頻度の多い疾患ながら,さまざまな症状を呈するため神経内科医だけでは対処が難しく,複数領域のエキスパートの協力が不可欠になります.とくに耳鼻咽喉科医との薬物鎮静下喉頭内視鏡検査(DISE)はハードルが高い検査ですが,その情報量は極めて多く,最近,複数の医療機関から問い合わせをいただいております.詳しい検査法などの情報提供をいたしますので,神経内科,耳鼻咽喉科の先生は遠慮なくご連絡ください.

(連絡先)〒951-8585 新潟市中央区旭町通1-757 新潟大学脳研究所神経内科 下畑享良


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患者会に入るということ

2016年05月17日 | 脳血管障害
【患者会の会員数は減っている!?】
私はいくつかの神経疾患の患者会のお手伝いをしている.週末,毎年伺っている地域の患者会の総会に参加し,医療講演と医療相談を行ってきた.しかし以前より参加者が減り,高齢化が進んだ印象を持った.もしや全国的な傾向かもと考え,インターネットで調べてみると,会費や入会手続きを要する,いわゆる伝統的な患者会では会員数が減少し,存続が危ぶまれるところも増えているらしい.会員数が減れば,会費収入のみに頼る組織運営は当然,厳しい状況に陥るだろう.

【なぜ会員数が減少しているのか?】

いくつかの理由が想像できる.
1)入会して,負担が増えるのを避けるため.
2)インターネット,SNSの発達により,病気に関する情報が容易に得られるようになったため.
3)入会のメリットを理解してもらうことが難しくなり,勧誘しにくくなったため.
患者会に関わっている医師,患者さんに患者会を紹介する医師も減っているかもしれない.

【そもそも患者会の目的はなんだろう?】
長 宏氏の著書「患者運動」によると以下の3つが挙げられている.
1)病気の科学的な把握・・・自分の病気を正しく知ること.
2)病気と闘う気概・・・同じ病気の患者・家族どうしで助け合い,病気を克服するための精神的な支えとなること.
3)病気と闘う条件整備・・・病気とうまく付き合い,ともに生きていくための療養環境を整えること.しかしこれらは,時代によって,その中身や,どこに重点が置かれるかは,変わってくるものと思われる.

【米国の患者会に学ぶ】
個人的に手伝ったり参加している米国の患者会が2つある.多系統萎縮症に対するThe MSA coalition(MSA連盟)と,進行性核上性麻痺に対するCure PSPである.前者はSNSでその代表のPamさんと知り合いになったのがきっかけ,後者は患者会が企画する国際会議に演題を応募して発表したのがきっかけだった.
The MSA coalition
Cure PSP

2つの患者会の印象をまとめると以下のとおりになる.
1)インターネットやSNSを駆使し,情報を世界に向けて積極的に発信している.
2)一部の会員は,病気に対する高度な医学的知識を有している.
3)運営費が会費以外に,寄付,募金,グッズ販売など多彩で,かつ運営費の規模が大きい(HPのめだつところにdonateの文字がある).
4)運営費の一部を研究費に充て,治療実現のためのアイデアを医師から募集し,支援・連携している.

【これからの課題】
私見であるが,患者会が今後考えるべきは,「患者運動」のうち3)病気と闘う条件整備と,1)病気の科学的な把握ではないかと思う.3)の「病気と闘う条件整備」に関して,要望の実現に向けた議論の場に,患者さん自身が当事者として参画する時代にすでになりつつある.これを広め,要望を実現するためには,社会的関心を高めることが重要であり,そのためには会員数を増やすことが近道である.希少疾患では工夫が必要で,積極的な広報活動や,賛否はあるもののバケツチャレンジのようなアイデアも必要だろう.
1)の「病気の科学的な把握」については,より深く病気を理解することが理想と思う.そして患者会は「教育の場」となる必要があるのではないだろうか?私の言う「教育の場」の意味は,患者さん・家族が最新の医学知識を学ぶ場に加えて,その病気に精通した専門医師・研究者も育成・支援する場となるのではないかということである.つまり患者さん,家族は頑張って病気を学び理解し,方向性の正しい治療研究を後押しする,一方,医師・研究者は患者さん,家族から学ばせていただき,支援を受けて研究を進め,そこで得た最先端の知見を分かりやすく患者さん,家族にフィードバックする.もしこのようなことが実現すれば,病気は単に患者とその家族のものではなくなり,必要な取り組みや施策を考えることのできる人材によりサポートされ,社会的な問題として捉えられるようになるのではないだろうか? 自分は将来,どんな病気になるのか分からないし,病気を抱えて頑張れるか不安ではあるが,患者会に入り,医学の知識を活かしたいと思う.

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昭和34年の神経診察

2016年05月03日 | 医学と医療

「復刻版 神経疾患の検査と診断」
というDVDを見た.日本の神経内科学を確立した冲中重雄先生(東京大学名誉教授;写真A)が昭和34年(1959年)に制作した神経診察に関する16mmフィルム作品の復刻版である.感銘を受けるとともに,驚くべき内容であったので感想をまとめたい.

1.自分が先輩方から教わった神経診察の原点は沖中先生の診察にあったこと
当たり前なのかもしれないが,ビデオの診察法はまさに自分が新潟大学の先輩方から学んだ診察法そのものであった.つまり沖中先生が影響を受けたアメリカの臨床神経学が,その弟子である椿忠雄新潟大学神経内科初代教授を介して我々に伝えられていることを改めて実感した.ビデオの中で沖中先生は,現病歴の重要性を強調すると同時に,「神経病診断の基本は,ベッドサイドにおける克明な臨床観察であり,ハンマー等の簡単な道具による診察で,ほとんど誤りのない臨床診断ができる」と述べておられる.これはまさに先輩方から教えられたことである.

2.57年前の診察に時代遅れの感がなく,むしろ現在より工夫に富むこと
診察道具はいまと全く変わっていないが(写真B),患者さんをじっく診察している様子が印象的である.自分では日常あまり行っていない診察法として,顔面神経麻痺に対する眼輪筋反射,痙性に対する交差性内転筋反射,手クローヌス,そして対称性共同運動が紹介されていた.また翼状肩甲は,顔を拭く行為の際にはっきり分かることも紹介されていた.患者さんの日常生活までしっかり観察しているからこそ気がつくのだろう.
一番,驚いたのは小脳症候の診察である.通常の診察のほかに,「指叩き試験」として二重丸で書いた指標をなるべく早く叩いてもらう診察(写真C)や,十字の交点をサインペンの先で叩いてもらい,そのズレをみる診察(写真D)を初めて見た.後者はそれだけではなく,紙を叩く音を録音し,音の間隔や大きさの不規則さで失調の程度を「見える化」していた.以前,当科の古い写真のなかに見たことのない神経診察用の機械を複数見たことがあるが(写真F;何の診察のためのものか,お分かりの方いらっしゃいますか?),その時と同じぐらい驚いた.神経診察は57年もの間,進歩していなかった.今後,神経疾患に対する治療介入はますます進むと思われるが,鋭敏な効果判定のための指標として,神経診察法の工夫・定量化は必要ではないかと感じた.

3.ビデオ撮影法が優れていること
神経診察のビデオ撮影は案外難しい.特徴とする所見をうまく捉えられてなかったり,アングルが悪く分かりにくかったりして,ビデオを見てがっかりする.しかしこのビデオは本当に分かりやすい.沖中先生は映画製作については,椿忠雄先生,豊倉康夫先生に任せたそうであるが,お二人は典型的な所見を呈する患者さんをたくさん集め説得し,カメラのアングルも所見が分かりやすいように工夫されたのだと推測される.またフィルムを早回し,所見をスローモーション撮影しているのも工夫の一つで,これによりクローヌスには急速相と緩徐相があることが初めて理解でき驚いた.神経内科医以外のドクターにも見ていただきたい診察の動画である.

4.沖中先生のことばに触れることができること
ビデオの最後に,萬年徹先生,岩田誠先生,清水輝夫先生による鼎談が収められているが,そのなかで沖中先生の仰ったことば,好きなことばが紹介されている.第2回の神経学会会長演説で,ハーバード大学のDenny-Brown教授の「The essence of neurology is in the clinic, without patients, it is nothing.」という言葉を引用されたそうである.また「神経の病気は治らないから嫌だ」といった学生に対し沖中先生は,「じゃ医者は治る病人だけを相手にするのですか?」「治らない病気だからこそ,私達が一生懸命考えて,私達が何かしらやってあげられることを探さなくてはいけないのですよ」とおっしゃったとのエピソードが語られていた.新潟大学の先輩方から教えていただいた神経内科医としての姿勢の源流は,ここに遡ることを理解することができた.

「復刻版 神経疾患の検査と診断」DVD 全1巻 78分 



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