Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

成人における胸腺摘出術は,全死因死亡率とがん,自己免疫疾患のリスクを上昇させる

2023年08月07日 | 重症筋無力症
胸腺は胸骨の裏にある臓器で,骨髄で作られた未熟なTリンパ球が正常に働くようにする役割を担っています.胸腺は幼児期まで活発に働き,思春期で最も大きくなり,その後は加齢とともに萎縮します.成人における胸腺の機能は不明で,かつ生理的萎縮を受ける最初の臓器であるため,成人では重要な役割を果たさないと広く信じられています.この認識に基づいて,胸腺摘出がさまざまな外科手技でルーチンに行われています.脳神経内科でも重症筋無力症に対する治療として,胸腺摘出術を数多く行ってきました.今週のNew Eng J Med 誌にハーバード大学から胸腺摘出術を受けた患者の全死亡とがんのリスクを検討した研究が報告されており,非常に大きな関心を持って読みました.研究チームは 「成人の胸腺は,免疫機能と全般的な健康状態を維持するために必要である」という研究仮説を立てています.

方法としては,胸腺摘出術を受けた成人患者の死亡,がん,自己免疫疾患のリスクを,類似の心臓胸部手術を受けた,胸腺摘出術の経験のない対照と比較しています.患者のサブグループで,T 細胞産生量(新たに発生した胸腺T細胞におけるTCR再配列の副産物として形成されるシグナル接合T細胞受容体(TCR)切除円の頻度で評価)と血漿中サイトカイン濃度も比較しています.

さて結果ですが,胸腺摘出術を受けた1420 例と対照6021 例が研究に組み入れられ,このうち胸腺摘出術を受けた1146 例が対照とマッチし検討が行われました.術後 5 年の時点で,全死因死亡率は胸腺摘出術群のほうが対照群よりも高く(8.1% 対 2.8%,相対リスク 2.9)(図),がんも同様の結果でした(7.4% 対 3.7%,相対リスク 2.0).自己免疫疾患については2群間で有意差はありませんでしたが(相対リスク 1.1),術前に感染症,がん,自己免疫疾患を認めた患者を解析から除外すると,有意差が認められました(12.3% 対 7.9%,相対リスク 1.5).マッチした対照の有無を問わず追跡期間が 5 年を超える全例を対象に解析を行うと,全死因死亡率は胸腺摘出術群のほうが米国の一般集団よりも高く(9.0% 対 5.2%),がん死亡率も同様でした(2.3% 対 1.5%).



T 細胞産生量と血漿中サイトカイン濃度を測定した胸腺摘出術群 22 例と対照群 19 例(術後の追跡期間は平均 14.2 年)の検討では,胸腺摘出術群はCD4 陽性リンパ球と CD8 陽性リンパ球の新生量が少なく,逆に血中炎症性サイトカイン濃度が高いことが分かりました.具体的には,胸腺摘出術群で15種類のサイトカイン値が有意に変化し,炎症性サイトカインのIL-23,IL-33,トロンボポエチン,thymic stromal lymphopoietinのレベルは対照群の10倍以上でした.つまり胸腺摘出術群患者の免疫環境は,免疫調節異常と炎症を引き起こすことが知られるサイトカイン環境にシフトしていました.Editorialでは「胸腺は,成熟T細胞のこの臓器への生理的再循環を通して,T細胞機能を調節しているのではないかと推測したくなる」と述べられています.

重症筋無力症(MG)では,胸線摘出術の有効性を検討したMGTX研究の結果に基づき,現在は「胸線摘除の有効性が期待でき,その施行が検討される非胸腺腫MGは,50歳未満の発症で,発症早期のAChR抗体陽性過形成胸線例である(重症筋無力症診療ガイドライン 2022)」とされ,以前と比べその適応患者は限定されていますが,上記患者であっても,今回の新しいエビデンスを提示し,shared decision makingにより治療方針を決定する必要があります.また今後のMG患者においても今回の論文と同様の検討が必要であると思われます.

N Engl J Med 2023; 389 : 406-17.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

重症筋無力症と鑑別を要したsagging eye syndromeの1例

2020年07月06日 | 重症筋無力症
Intern Med誌に報告した症例です.66歳女性.6年前から遠方や左右を見た際に複視が出現.当初,神経学的診察で明らかな異常を認めず,その後の増悪もなかったため経過観察されました.しかし複視が増悪したため入院.日内変動や易疲労性はなく,red glass試験では脳神経障害や特定の眼筋麻痺で説明のつかない複視のパターンでした.抗AchR抗体や抗MuSK抗体は陰性,テンシロンテストも陰性,さらに頭部MRIでも器質的病変なし.ここで私はお手上げでしたが,若手のホープの一人,加藤新英先生が眼窩MRIで両側外直筋の内下方への偏位,および外直筋と上直筋との間の結合組織が両側でたるみ(=sagging),右側は断裂していることに気づき,sagging eye syndromeと診断しました!プリズム眼鏡で生活に支障はなくなりました.

sagging eye syndromeは眼科領域で2009年より報告されるようになった複視の新しい原因疾患です.頻度は不明ですが,おそらく今まで未診断の症例も多いと思います.機序は,外眼筋を固定している外直筋と上直筋との間の結合組織,いわゆる「LR(lateral rectus)-SR(superior rectus)バンド」の加齢変性のため,外直筋が偏位し,垂直性および水平性複視を生じます.また診察では,上眼瞼の上の深いくぼみ(deep superior sulcus)を認めます.緩徐進行性の複視で日内変動や易疲労性を伴わない場合,本症を鑑別する必要があります.



Kato S, Hayashi Y, Kimura A, Shimohata T. Sagging Eye Syndrome: A Differential Diagnosis for Diplopia. Intern Med. 2020 Jun 30

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

重症筋無力症に合併する自己免疫疾患で頻度の多いものは何か?

2007年10月28日 | 重症筋無力症
 重症筋無力症(MG)は自己免疫疾患であるが,他の自己免疫性疾患を合併することを時々経験する.個人的には甲状腺機能亢進症の合併例の経験があるが,実際にはどのような自己免疫疾患を合併することが多いのだろうか?また通常の,自己免疫疾患を合併しないMGと比較して,どのような臨床的特徴を有するのであろうか?これまでノルウェーやオランダでは,それぞれ22.9%(48名中11名)および9.4%(212名中20名)といった報告があり,後者ではやはり甲状腺疾患が多いという報告だが,意外なことに日本人に関してはほとんど報告がない.

 さて,今回,新潟大学から本邦142例のMG症例を検討したretrospective studyの結果が報告された. 対象は連続した142例のMG入院症例(約20年間の観察期間)で,10歳未満の小児例は除外している.結果としては,28例(19.7%)において他の自己免疫性疾患を合併していた.なかでも甲状腺疾患はやはり多かった.以下に内訳を示す.

①バセドウ病11名(7.7%)
②橋本甲状腺炎6名(4.2%)
②慢性関節リウマチ6名(4.2%)
④SLE 2名
④自己免疫性血小板減少症2名
⑥シュエーグレン症候群1名

 ではこれらの自己免疫性疾患合併MGは,通常の自己免疫性疾患を合併しないMGと臨床像が異なるのであろうか?まずバセドウ病合併MG症例は,通常のMGと比較して,①MG症状の発症が若年である(それぞれ35.5歳,49歳;P<0.05),②アセチルコリン受容体抗体陽性率が低い(それぞれ44.4%と89.8%;P<0.05),③胸腺過形成合併が高率である(それぞれ72.7%と17.9%;P<0.05),という特徴を認めた.治療後の予後については有意差を認めなかった.  つぎに頻度の高い橋本甲状腺炎合併MGについては,①MG症状の発症が高齢(66.0歳;P<0.05),②胸腺過形成合併はなし,という特徴を認めたが,アセチルコリン受容体抗体陽性率や予後については通常のMGと有意差を認めなかった.  以上より,バセドウ病ないし橋本甲状腺炎合併を合併するMG症例は,通常のMGとは異なる1亜型である可能性が考えられた.とくに同じ自己免疫性甲状腺疾患でありながら,発症年齢や胸腺過形成合併の頻度はまったく反対の結果を示した点は不思議である(橋本病はそれ自体が高齢発症が多いことも関与しているのかもしれない).治療後の予後については,自己免疫性甲状腺疾患合併の有無によって違いはないようなので,とくに通常のMGと違った治療を行う必要はないようであるが,甲状腺機能の正常化を急ぐことは言うまでもない.今後,多数例において,甲状腺疾患合併MGが,MGの新たなサブタイプであるのかどうか検討されることが望まれる.

Eur J Neurol. 2007 Oct 17; [Epub ahead of print]

追伸;背景のハロウィーンは我が家では抜群の人気であったが,一般には不評のようなので変更することにする.
Comments (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どんなタイプの重症筋無力症の予後が良いのか?

2007年03月25日 | 重症筋無力症
 重症筋無力症は,出現する抗体により抗AchR抗体陽性群と陰性例に大別できる.後者のうち,約70%がanti-muscle-specific tyrosine kinase (MuSK)抗体陽性であることが判明した現在では,臨床的に,①抗AchR抗体陽性群,②抗MuSK抗体陽性軍,③両者陰性群,の3群に分類できる.今回,これら3群に関して,重症度,球麻痺の頻度,予後を比較した研究がトルコより報告された.

 対象は①抗AchR抗体陽性群;161例,②抗MuSK抗体陽性群;32例,③両者陰性群;33例であった.この3群間において,性別,年齢,罹病期間・観察期間,外来初診までの期間に有意差は見られなかった.しかし,球麻痺症状を主徴とした症例は抗MuSK抗体陽性群において有意に多かった(p=0.005).クリーゼの頻度は,発症2年以内では抗MuSK抗体陽性群;21.9%,両者陰性群;15.2%,抗AchR抗体陽性群;9.3%の順に高く,全経過を通してはそれそれ順に34.4%,21.2%,13%であった.MGFA (Myasthenia Gravis Foundation of America) 分類による各群の重症度を,ロジスティック回帰分析を用いて行うと,抗MuSK抗体陽性群では,クラス5(気管内挿管)にまで悪化した症例の頻度は2年以内,および全経過を通しても抗AchR抗体陽性群よりも高かった(それぞれp=0.0073,p=0.036).抗MuSK抗体陽性群におけるクリーゼは両者陰性群と比較しても高率であったが,統計学的な有意差はなかった.

 予後に関しては,死者は抗MuSK抗体陽性群;2例,抗AchR抗体陽性群;1例,両者陰性群;0例であった.予後判定のスケールとしてpost-intervension scaleを用いて評価すると,予後不良群の頻度は,抗MuSK抗体陽性群;21.9%,抗AchR抗体陽性群;16.1%,両者陰性群;9.1%であり,両者陰性群は他の2群よりも予後は良好であった.抗MuSK抗体陽性群と抗AchR抗体陽性群の間では予後に有意差がなかった.

 以上の結果から,抗MuSK抗体陽性群は球麻痺,クリーゼが多く,重症であることが確認された.しかしながら予後に関して抗AchR抗体陽性群と変わりがなかったのは意外な結果であった.この理由として著者らは,抗MuSK抗体陽性群ではステロイド使用量が多くなるため,結果的には予後には差が出なかったと推測している.これに対して両者陰性群は予後がよく,ステロイド維持量も少なく,アザチオプリン使用例も少ないという結果になった.両者陰性群はheterogeneousな疾患群である可能性が高いが,ここに含まれる症例の原因がなんであるのか,とても興味深い.

Neurology 68; 609-611, 2007
Comments (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

重症筋無力症では睡眠時無呼吸が多い?

2006年07月17日 | 重症筋無力症

 カナダから重症筋無力症(MG)における閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の合併に関する前向き研究が報告されている.対象は西オンタリオ大学にて経過観察中の400名!のMG患者(Ach受容体抗体陽性,テンシロン試験陽性,反復刺激陽性)から100名をランダムに抽出した.その後,multivariate apnea prediction (MAP) index(BMI,男性,年齢,症状などからSASの有無を予測する指数)を計算し,0.5以上の場合,PSGを施行した.

 結果として,50例がMAP scoreが50以上で,うち13例がPSGを拒否し,37例にPSGを施行した.このなかの34例がOSAの診断基準(AHI>5)を満たした.Apnea-hypopnea index (AHI)で重症度を分類すると,軽症(AHI 5-14)10例,中等症(AHI 15-29)9例,重症(AHI >30)15例であった.睡眠時呼吸障害は主としてnon-REM睡眠期に生じていた.全体としてapneaよりhypopneaが主体であった.

 最終的には,今回のstudyでOSAと診断された34例に,MAP index 0.5未満ながら以前からOSAと診断されていた2例を加えて,計36例がOSAということになり,有病率36/100=36%となった.これは15~20%と言われる一般人口における有病率を上回り,MGではOSAが多いという結果となった. 

 ただ,この研究ではMGのうちどのような症例がOSAを合併しやすいのかまったく分からない.またOSAに関しても,閉塞部位はどこかなど,その特徴が分からない(正直言うとかなりstudyデザインが甘く,よくアクセプトされたなあという印象は否めない).ただし,REM期に睡眠時呼吸障害が明らかになっていないところを見ると,横隔膜の筋力低下の影響は考えにくく,単純に上気道の筋力低下が生じているとかんがえるのが普通だろう. 

 いずれにしても,今後,MGのうちどのような症例がOSAを合併するのか考える必要がある.OSA合併例では,日中の易疲労性にも影響が生じる可能性があり,今後の検討が必要である. Neurology 67; 140-142, 2006


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

抗MuSK抗体陽性重症筋無力症の神経筋接合部所見

2005年02月03日 | 重症筋無力症
 抗AchR抗体陽性の重症筋無力症(MG)は,神経筋接合部の後シナプス膜に局在するアセチルコリン受容体(AChR)に対する自己抗体が,補体介在性にAChRを破壊するために生じる.一方,全身型MGの約20%で抗AchR抗体陰性のMG(seronegative MG)が存在する.2001年,Hochらは運動終板に存在するmuscle-specific tyrosine kinase; MuSKを標的抗原と考え抗体測定を行い,seronegative MGの70%で抗MuSK抗体が検出されたと報告した(Nat Med 7; 365-368, 2001).その後,追試が行われ,報告により異なるが,seronegative MGの20-70%において抗MuSK抗体が陽性になると言われている.しかしその病態機序については今なお不明である.
 今回,長崎大などの研究グループから,抗MuSK抗体陽性MGの神経筋接合部所見が報告された.30例のseronegative MGのうち10名が抗MuSK抗体陽性MGで(やはり全例女性!),発症年齢は22から60歳(中央値41.7歳).これらの症例に対し上腕二頭筋から筋生検を行い,運動終板を観察し,抗AchR抗体陽性MG 42名の所見と比較した.この結果,抗MuSK抗体陽性MGにおいてAchR密度の減少は認められず,補体活性化(C3)の所見も8例中2例で認めたのみであった.また電顕で観察した後シナプス膜密度も保たれていた.
 以上の結果は,抗MuSK抗体陽性MGにおいては,神経筋接合部の破壊が病因ではないことを示唆する.本疾患では血漿交換が有効であることから,抗MuSK抗体を含む何らかの自己抗体が病態に関与するものと思われるが,もしかしたらkey moleculeは神経筋接合部よりも下流に存在するのではないかと著者らは考察している.

Ann Neurol 57; 289-293, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする