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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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https://www.facebook.com/GifuNeurology/

「臨床神経学」誌の名前の由来をご存知でしょうか? 

2025年05月01日 | 医学と医療
「臨床神経学」誌は,日本神経学会が発行する月刊の神経学雑誌です.その名称の由来を,今月号の編集後記に執筆しました.よろしければご一読ください.
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編集後記

本誌の名前が「臨床神経学」となった経緯をご存知でしょうか?たとえば「日本内科学会雑誌」のように,「日本神経学会雑誌」ではなく,「臨床」の2文字がつけられている理由についてです.実は,当学会は1960年(昭和35年)に「日本臨床神経学会」と命名され,その機関誌は「臨床神経学」となり,発表された演題はすべて症例報告であったそうです1).その理由は,当時の神経学研究が臨床と離れたものであったことに対する反省が込められていると,新潟大学初代教授の椿忠雄先生が述べられています1).しかし1963年(昭和38年)には学会の英語名であるJapanese Society of Neurologyに対応させるため,また一層の発展を期して,「臨床」の2文字を外し,「日本神経学会」へ改名されました2).そして,最後まで「臨床」の2文字を外すことに反対されたのは,日本に初めて神経学の教室を設立した九州大学初代教授の黒岩義五郎先生でした3).椿先生と黒岩先生は東京大学の同級生であり,自律神経系に関する研究等で知られる冲中重雄教授の弟子でもありました.「日本臨床神経学会」設立の中心になり,初代学会幹事(理事)長に就任した冲中重雄先生は,「erstens Bett!(ドイツ語.何をおいても患者さんのこと―臨床―を第一に考えよ)」という教えを弟子たちに伝え鍛えたそうです3).すなわち,「臨床神経学」には「患者さんのため」という思いが込められているのだと思います.私たちは本誌の「臨床」の2文字に込められた初心を忘れず,患者さんのためにしっかりと症例報告を書いていきましょう.

1. 椿忠雄. 神経学とともに歩んだ道(非売品・1988)
2. 葛原茂樹.日本神經學會創立(1902)から116年―歴史に学び教訓を未来に活かす―.臨床神経2020;60:1-19
3. 黒岩義之. 黒岩義五郎. Brain Nerve 2017;69:949-956
https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/065050408.pdf

ちなみに写真は,学会事務局からいただいた貴重な資料で,冲中重雄先生が学会誌の方針や編集委員のメンバーについてお書きになられたものです.当時の雰囲気や意気込みが伝わってきます.

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米国神経学会年次総会(AAN2025)参加報告会

2025年04月20日 | 医学と医療
当科では,入局1年目の目標として,症例報告の経験を積むことと,米国神経学会(AAN)での発表に挑戦することを掲げています.AANでの発表はハードルが高いものの,私自身が入局1年目に初めて海外学会に参加し,大きな感動と刺激を受けた経験があるため,その機会を若手にも提供したいと考え,航空券代をサポートしています.

今年は,司馬康先生と安藤知秀先生が入局1年目に経験した症例を基に文献レビューを行い,それぞれポスター演題として採択されました.また,大学院生の大野陽哉先生はご自身の臨床研究をもとにポスター発表を行いました.



学会参加報告会を開催しましたが,三者三様の視点からの発表は非常に楽しく,内容も充実していました.「臨床レベルは日本も決して負けていない」「英語の壁の高さを実感した」「日本の学会とは異なりリラックスできる工夫が随所にあった(ハンモックがあった!)」「神経生理や神経眼科のハンズオンに挑戦した」「バーンアウトやリーダーシップに関する講義にも参加した」「学会における政治的活動の重要性を学んだ」などなど,多くの気づきと学びがあったようです.
今年の入局1年目の4人も,ぜひこの挑戦に向けて頑張ってください.以下,今回の演題を簡単にご紹介いたします.

Clinical Presentation and Pathological Findings of Cerebral Amyloid Angiopathy-Related Inflammation Caused by COVID-19 Infection: A Case Report and Literature Review
COVID-19感染後にパーキンソニズムを伴うCAA-riを発症した症例を報告し,免疫療法により改善を認めた.本症は典型的CAA-riと類似した病理像を呈し,COVID-19による神経炎症が誘因となる可能性が示唆された.(司馬康先生)



Autoimmune Cerebellar Ataxia Associated with TNF-Alpha Blocking Therapy in a Patient with Rheumatoid Arthritis: A Case Report and Literature Review
TNF-α阻害薬ゴリムマブ投与後に発症した関節リウマチ患者の自己免疫性小脳失調症例を経験し,ステロイド治療により改善を認めた.TNF-α阻害薬は運動失調を誘発しうるため,慎重な経過観察が必要である.(安藤知秀先生)



Anti-Central Nervous System Autoantibodies in the Cerebrospinal Fluid of Patients with Atypical Parkinsonism
非定型パーキンソニズム患者の約5〜10%で中枢神経標的の自己抗体が検出され,神経細胞,アストロサイト,ミエリンに反応していた.抗体の病理的意義は不明であり,今後の検討が必要である.(大野陽哉先生)





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医師介助自殺に対するイタリア神経学会の見解 ―我が国が参考にすべきこと―

2025年04月13日 | 医学と医療
Neurological Sciences誌に,神経疾患患者における医師介助(幇助)自殺(Physician-Assisted Suicide;PAS)について,イタリア神経学会が包括的に論じたポジションペーパーが発表されました.非常に重要な論文だと思いました.

まず背景ですが,イタリアでは2019年に以下の4条件を満たした場合,医師がPASによる刑罰を免れる(法的例外となる)という憲法裁判所判決がなされました.
1.患者は回復不能な疾患に苦しんでいること
2.身体的または精神的に耐え難い苦痛があること
3.生命維持治療によって生存していること
4.自律的かつ明確な意思決定能力を有すること

つまり対象は「回復不能な疾患に苦しみ,生命維持治療に依存して延命している,明確な意思決定能力を有する18歳以上の患者」に限定されます.ところが,この制度の運用は全国で一貫しておらず,倫理委員会や医師による判断に強く依存しているのだそうです.とくに神経疾患は4の自己決定能力の低下を呈しうるため判断が難しいわけです.

この状況下においてイタリア神経学会は以下の6項目の提言を行いました.日本でも将来PASを検討する場合,非常に参考になる内容が含まれています.
1.神経疾患患者に対する緩和ケアの提供を最優先課題とすること.
2.脳神経内科医に対し,緩和ケアおよび終末期ケアのトレーニングを推奨すること.
3.緩和ケアが適切に行われたにもかかわらず,なおPASを希望する患者に対しては,その意思を尊重し,適切な制度的対応を検討すべきであること.
4.PASが制度化された場合には濫用を防ぐために,明確な実施基準とモニタリング体制を整備すること.
5.神経疾患患者においては,認知機能障害や精神症状により意思決定能力が揺らぐ可能性があるため,標準化された能力評価ツールの開発と活用が必要であること.
6.将来的な法制度の議論においては,「すべり坂(slippery slope)*」の懸念に留意しつつも,過度な萎縮を避け,倫理的に妥当な運用を目指すべきであること.

つまりイタリア神経学会は,PASを単独で制度化するのではなく,緩和ケアが十分に提供されたうえで,なおかつ厳密な条件のもとでのみ,限定的に合法化されるべきだとする立場を示しています.さらに緩和ケアの普及と並行して,神経疾患患者さんが抱える「トータルペイン」に対して共感的に対応しつつ,医師個人の信念や社会的価値観も尊重する形で制度化を目指すべきだと述べています.非常に納得できる内容で,将来,日本でPASを議論する場合,議論の土台になりうる論文だと思います.今後,日本で求められることを以下の4点ではないかと思います.
① 神経疾患に対する緩和ケアの全国的な整備
② 神経疾患の緩和ケアや倫理に関する教育の充実
③ 認知機能の低下前の段階で,協働意思決定を開始する文化の醸成
④ 法的枠組みの整備と,市民を含めた社会全体での議論

とくに④は,日本ではPAS,尊厳死,安楽死,治療のwithdraw/withholdといった概念が混在しており,多くの人がそれぞれの定義を理解できていない状況だと思います.市民が共に議論できる環境を整えることが求められます.

Pucci E, et al. Neurology and physician-assisted suicide: position of the Italian society of neurology. Neurol Sci. 2025. https://doi.org/10.1007/s10072-025-08038-5

用語の解説:*「すべり坂」とはある行為を一度認めてしまうと,想定していた範囲を超えて,徐々により広い・極端なケースにまで拡大してしまうという懸念を示す倫理・法的な概念です.PASの場合は「特定の条件を満たす患者に限って認める」と制度化しても,やがて条件が緩和され,認知症・神経難病・精神疾患・高齢者などのケースにも拡大されるという懸念を指します.事実,オランダでは「すべり坂は起きた」と言われています.

この問題を勉強するうえで有用な3冊です.
1)安楽死・尊厳死の現在 https://amzn.to/4ifc9MM
2)安楽死を遂げた日本人 https://amzn.to/3G2ZvTu
3)安楽死が合法の国で起こっていること(オススメ) https://amzn.to/4luQx1I



またPASの最新情報を「第五回 岐阜県多"食"種連携研究会研修会(WEB配信+来場)」で講演します.よろしければご参加ください.
https://peatix.com/event/4300518?lang=ja-jp



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驚愕の方法による「ヒト脳ミトコンドリア地図」の完成!―進化的に新しい領域はミトコンドリアが高性能―

2025年04月11日 | 医学と医療
私たちの脳は膨大なエネルギーを消費しながら活動しています.このエネルギーは主にミトコンドリアによる酸化的リン酸化(OXPHOS)によって供給されています.このためミトコンドリアの機能は神経活動や神経疾患にも深く関わっています.今回,コロンビア大学などの国際共同研究グループから,ヒト脳のミトコンドリア機能の分布を初めて可視化した研究がNature誌に報告されました.

著者らは,死後8時間以内に摘出された54歳男性の右大脳半球の約2cm厚の冠状断スライスを−80℃で保存し,これをコンピュータ制御の加工機械で3mm立方体のボクセル,計703個の脳領域に切り分けました!(図上).この方法で,人の手では不可能な均一・高精度・再現性のある切り出しが可能になったそうです.またこの空間分解能はMRIのボクセルサイズと一致しており,解剖学的構造とミトコンドリア機能を対応づけることが可能です.そして各ボクセルの試料から,クエン酸シンターゼ活性やミトコンドリアDNA量,およびOXPHOS酵素(複合体I,II,IV)活性が測定され,それらの結果から組織全体としての呼吸能力(TRC;Tissue Respiratory Capacity),ミトコンドリア密度(MitoD;Mitochondrial Density),ミトコンドリア1個あたりの効率(MRC;Mitochondrial Respiratory Capacity)を算出しました.最終的にMRI空間にマッピングして,脳全体の「ミトコンドリア地図」を完成させました.本当に力仕事です.



この結果,脳の部位によってミトコンドリアの密度と性能に顕著な違いがあることが示されました.まず,灰白質は白質よりも50%以上もミトコンドリア密度が高く(図下.MitoD),呼吸能力も高いことが分かりました(図下.TRC).さらに,TRCをMitoDで割ったMRCを算出すると,ミトコンドリア1個当たりの「性能」も評価できますが,灰白質の中でも前頭葉や側頭葉といった進化的に新しい領域では,とくに「性能」が高いことが分かりました.後頭葉は進化的にやや古い皮質領域であるためか,前頭葉皮質ほど高性能ではありませんでしたが,それでも比較的高い領域でした(MitoDやTRCは高いことが分かりました).一方,白質はミトコンドリア密度が低く,1個あたりの効率も低いことから,エネルギー代謝の面ではあまり活発ではないことが分かりました.被殻はMitoD,TRC,MRCとも高いのに対し,淡蒼球では低い(非代謝的)ことも分かりました.

また単一核のRNAシーケンス(snRNA-seq)を用いた解析では,ミトコンドリア関連遺伝子の発現が細胞種ごとに異なっており,血管内皮細胞ではOXPHOS遺伝子の発現が最も高く,抑制性ニューロンでは最も低いことが示されました.

上記の結果は,臨床的にも示唆に富んでいます.血管構造とは独立したこのエネルギー分布の特徴は,神経疾患で観察される脆弱性パターンと一致する可能性があります.たとえばミトコンドリア脳筋症は,後頭葉・頭頂葉・側頭葉などの皮質の脳卒中様エピソードを呈しますが(MELAS),これらの部位はミトコンドリア密度や性能が高く,その「代謝的脆弱性」がMELASの病変好発部位を説明しうると考えられます.今回の研究によって得られた「ミトコンドリア地図」は,このような疾患特異的病変の背景を理解するうえでも重要な基盤となるものと考えられます.

Mosharov EV, et al. A human brain map of mitochondrial respiratory capacity and diversity. Nature. 2025. https://doi.org/10.1038/s41586-025-08740-6

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グリンパティックシステムを可視化する―血管周囲造影効果(PVE)パターンという新たな画像サイン

2025年04月10日 | 医学と医療
図1はJ Neuroradiol誌にフランスから発表された総説からのものです.近年注目されている血管周囲造影効果(perivascular enhancement: PVE)パターンについて豊富な画像とともに詳細に解説しています.まず図の中央には,T1強調造影MRIにおける典型的なPVEがイラスト化されています.大脳白質に多数の点状および線状の造影効果が広がっていますが,これらはPVS(血管周囲腔;図2)に沿って描出されているものです.つまりこの「点と線の造影」に着目したものがPVEです.




この図の左側には,「Characteristic causal diseases」として,PVEが比較的一貫して認められる疾患群が並んでいます.1つ目がGFAPアストロサイトパチーであり,GFAPαに対する自己抗体が検出される自己免疫性脳炎で,血液脳関門が破綻するため,造影画像では線状(放射状),点状のPVEが描出されることが有名です.

2つ目はLevamisole leukoencephalopathyです.米国などで流通するコカインには動物用駆虫薬レバミゾールが混入しているそうで,その摂取によって脱髄と血管周囲炎が起こり,中毒性白質脳症をきたすのだそうです.点状から結節状のPVEが認められます.

3つ目のCD8脳炎は,HIV感染者に認めるまれな脳炎で,血管周囲へのCD8陽性T細胞の浸潤が特徴的です.PVEは広範かつ左右対称に出現するようです.

4つ目のCLIPPERS / SLIPPERSは,中枢神経の慢性リンパ球性炎症を示す疾患で,前者は橋・小脳領域,後者は大脳半球に限局します(Cはchronic,Sはsupratentorial).いずれもPVSに沿った点状・線状の造影が特徴的で,PVEの典型ともいえる疾患です.

図の右側には,「Potential causal diseases」として,PVEが時に出現する疾患群が配置されています.1段目には感染症や腫瘍が多く,たとえばウイルス性脳炎,転移性脳腫瘍,膠芽腫,リンパ腫,ICANS(CAR-T細胞療法後の神経毒性症候群:Immune effector cell-associated neurotoxicity syndrome)が並んでいます.2段目は自己免疫性・脱髄性疾患が並び,多発性硬化症,急性散在性脳脊髄炎,NMOSD,MOG抗体関連疾患が含まれます.また放射線治療後に生じるPVEは血管内皮障害が原因と考えられています.3段目以降は多様な病態が含まれ,PML-IRIS(免疫再構築症候群を伴う進行性多巣性白質脳症)や神経サルコイドーシス,神経ベーチェット病,脳血管炎などで,これらはいずれもPVSへの炎症性細胞浸潤が関与します.FUS(Focused Ultrasound)治療後やPRES(可逆性後部白質脳症)では,局所的な血液脳関門の破綻により,造影剤がPVSに漏出して PVEが観察されます.そのほか,脳脂肪塞栓症(CFE),Erdheim-Chester病(ECD),Susac症候群,SLEでもPVEが出現することが報告されています.最後に図3は画像所見のパターンと原因疾患のまとめです.



今後,神経放射線診断においてPVEパターンを見逃さないことが重要だと述べています.この図は臨床現場においてとても役に立つものと考えられます.また今後,グリンパティックシステムが解明されるにつれて,これら疾患ごとの画像所見が意味することがより明らかになるのではないかと思います.とても楽しみです.論文はオープンアクセスですのでぜひご一読ください.
Babin M, et al. Perivascular enhancement pattern: Identification, diagnostic spectrum and practical approach – A pictorial review. Journal of Neuroradiology. 2025;52:101242. (doi.org/10.1016/j.neurad.2025.101242

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知っておきたい成人ADHD(注意欠如・多動症)の診かた,5つのポイント

2025年03月25日 | 医学と医療
Neurology Clinical Practice誌の論文です.いままで成人のADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder;注意欠如・多動症)患者さんを診察室で見逃していたのかもと思いました. ADHDは子どもの病気という印象が強いですが,成人になって初めて診断される人も少なくないそうです.しかも彼らが最初に受診するのは精神科とは限らず,脳神経内科であることも多そうです.以下,疑うべき症状,外来受診のパターン,診断のコツのまとめです.

【成人のADHDを疑うべき症状】
以下のような症状が,複数の場面(職場・家庭・人間関係など)でみられるときADHDを疑う.
1. 注意・集中力が持続しにくい(=注意欠如)
2. 物事の計画や整理が苦手
3. 衝動的に行動してしまう
4. 落ち着きがなく,じっとしていられない(=多動)
5. 日常生活での忘れ物やミスが多い

【外来の受診パターン】
1.物忘れ・注意力低下を主訴として受診する
 本人や家族がMCIや若年性認知症を心配して受診する.実際にADHD由来の注意・記憶の問題である症例が含まれる.
2.頭痛や不眠,疲労などの身体症状を訴える
 慢性的な頭痛,睡眠障害,易疲労感などを主訴に受診する.背景にストレスや自己管理の難しさがあり,それがADHDによる場合がある.
3.多忙な社会人で,精神科への抵抗感がある
 精神科ではなく,より受診しやすい「脳神経内科」を選ぶ人も多い.「脳の異常がないか確認したい」という動機もある.
4.他科からの紹介
 心療内科,総合診療科,産業医などから「注意力の問題があり,認知機能評価を」と依頼される.

【診断のコツ】
ADHDの診断は,詳細な問診と観察によってなされる.以下のポイントを意識すると,診断の精度が高まる.
• 症状が子どもの頃からあったかを確認する(発症年齢が鍵)
• 家庭・職場など複数の場面で困っているかを確認する
• 各症状について「具体的な例を教えてください」と尋ねる
• 診察時の様子を観察する(遅刻・落ち着きのなさ・話が飛ぶなど)
• 家族歴の聴取をする(家族に類似の特性がないか)
• 本人が意識していない補償行動に注目(大量のメモ,人の真似,パートナーへの依存など)
• 不安,うつ,睡眠障害,薬物の影響などの鑑別診断を確認する

ADHDを正しく診断することで,患者さんは自分の行動特性を理解し,対処法を学び,人生を前向きに歩むことができるようになります.脳神経内科医としてもよく勉強して,「この患者さん,もしかして……」と思ったら,一歩踏み込んだ問診が必要だと思いました.

Mierau SB. Do I Have ADHD? Diagnosis of ADHD in Adulthood and Its Mimics in the Neurology Clinic. Neurol Clin Pract. 2025 Feb;15(1):e200433.(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200433


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神経学的所見に名を残すワルテンベルグの非倫理的な行動

2025年03月22日 | 医学と医療
ハレルフォルデン・スパッツ病(現在の「パントテン酸キナーゼ関連神経変性症=PKAN」)は,ドイツの神経学者ユリウス・ハレルフォルデン(Julius Hallervorden, 1882–1965)とヒューゴー・スパッツによって記載された疾患です.この病名は倫理上の深刻な問題を孕んでいます。2人はナチス・ドイツの「安楽死」プログラムに関与し,精神疾患などを理由に「無用な命」とされた人々が殺害されたのち,その遺体から脳を取り出して研究に使用しました.こうして得られた標本をもとに記載された病名であることから,この疾患名の使用は長年にわたり議論され,現在では多くの医学文献で両名の名前は用いられなくなっています.

さて,Neurology誌に掲載された論文を読み,大変驚かされました.それは,1953年に発生した倫理と政治が激しく衝突した「ハレルフォルデン事件」の詳細を描いたものです.発端は,ハレルフォルデンがポルトガル・リスボンで開催される国際神経学会に講演者として招かれたことでした.この招待に対して,オランダ代表団はハレルフォルデンの倫理的過去を問題視し,抗議の意を表して学会への参加を辞退しました.

この問題に強く反応したのが,アメリカで活躍していた神経学者ロバート・ワルテンベルグ(Robert Wartenberg, 1887–1956)でした.彼は現在のベラルーシにあたるグロドノ出身で,1935年にナチスから逃れてアメリカに亡命し,カリフォルニア大学サンフランシスコ校で神経学教室を設立するとともに,アメリカ神経学会(AAN)の創設にも尽力した臨床神経学の先駆者です.多くの診察所見(たとえばWartenberg反射)を記載し,私も彼の書籍2冊で勉強しました.



しかし,皮肉なことに,ナチスの犠牲者でもあった彼が,その加担者であるハレルフォルデンを最も積極的に擁護する立場をとったのです.ミシガン州立大学のLawrence A. Zeidman博士は,豊富な書簡資料をもとに,この事件の裏側を詳細に解き明かしています.ワルテンベルグは,オランダ代表団を説得するため,世界中の神経学者に書簡を送り,「西側諸国の団結こそが冷戦下の最重要課題であり,ハレルフォルデンの過去を問題視すべきではない」と訴えました.

彼はハレルフォルデンと個人的な面識がなかったにもかかわらず,その行為を「倫理的でも犯罪的でもない」と主張し,問題の核心を意図的に曖昧にしました.学会の講演者の倫理性を議論すること自体が不適切であるとも述べています.論文中の図2には,ワルテンベルグがアメリカの病理学者Webb Haymakerに宛てた書簡が掲載されています.その中で彼は,ハレルフォルデンを擁護する強い意志を明言し,「アメリカは常にロシアからの攻撃の恐れにさらされている」「西ドイツは最も堅実な味方であり,彼らを中立にさせてはならない」といった言葉を用いて,冷戦政治の論理を医学倫理よりも優先させる姿勢を明確に示しています.

このようなワルテンベルグの姿勢に対しては,オランダの神経学者ラーデマイカーやアメリカの神経学者レオ・アレキサンダーらが強く反論しました.アレキサンダーは,「倫理的原則こそが全体主義に対抗する最大の防衛線であり,それを犠牲にすることはナチズムや共産主義の思考そのものである」と述べています.ワルテンベルグの行動は,倫理を軽視し,政治的打算を優先させることで学問の信頼性を損なう結果を招くことを示す,極めて重要な歴史的教訓だと思います.

Zeidman LA. Robert Wartenberg and the Hallervorden Affair, 1953: A Clash Between Medical Ethics and Cold War Politics. Neurology. 2025;104:e210122.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000210122

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病状説明 update ─ 協働意思決定,性差医療,新規治療@Brain Nerve誌2025年3月号

2025年03月10日 | 医学と医療
編集委員として構想を練った企画した特集号がいよいよ刊行の運びとなりました.本特集は,若手医師のみならず,経験豊かな先生方にとっても,臨床の現場でお役に立つものと確信しております.

近年,神経疾患における患者・家族への病状説明が複雑化し,難しい対応を迫られる場面が増えています.この背景には,協働意思決定(shared decision making)の重要性が増していることや,性差に基づく個別化医療の進展,さらに疾患修飾薬,遺伝子治療,PGT-M(着床前遺伝学的検査)といった新規治療の導入があると考えられます.こうした変化に伴い,病状説明には新たな臨床倫理的課題も生じています.そこで本特集では,協働意思決定,性差医療,新規治療に関わる新しい臨床倫理を踏まえた病状説明のあり方について考察することを目的としました.

まず総論として,
① 神経難病における協働意思決定の倫理的ポイント
② 病状説明における性差の考慮の必要性
③ 遺伝医療と病状説明 の関係
についてエキスパートの先生方に分かりやすく解説いただきました.

さらに,臨床現場において難しい病状説明が求められる「頭痛,パーキンソン病,多発性硬化症/NMOSD,CIDP,重症筋無力症,アルツハイマー病,ALS,MSA,レム睡眠行動異常症」を各論としてエキスパートの先生方にご議論いただきました.各疾患においてどのような点に留意して病状説明を行うべきかを解説するとともに,実践に役立つヒントや具体例をご提示いただきました.患者さんやご家族とのより良い関係を築き,適切な医療提供へとつなげる一助となれば幸いです.最後に,本特集のために本当に素晴らしいご原稿をお寄せくださった執筆陣の先生方に,心より感謝申し上げます.

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目次
◆神経難病における「協働意思決定」の倫理的ポイント──ACP(人生会議)をめぐる誤解と混乱を中心に(板井孝壱郎)
◆性差医学・医療の普及と発展──病状説明で「性差へ配慮」する重要性(片井みゆき,永野拓紀子)
◆遺伝医療の現状と病状説明に必要な留意点(松島理明,柴田有花,矢部一郎)
◆女性のライフステージと片頭痛(五十嵐久佳)
◆パーキンソン病における性差医療と協働意思決定(永井将弘)
◆多発性硬化症,視神経脊髄炎スペクトラム障害における協働意思決定(吉倉延亮,下畑享良)
◆慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)における病状説明(関口 縁,三澤園子)
◆重症筋無力症における性差と協働意思決定(磯部紀子)
◆アルツハイマー病における診断伝達のポイント(和田健二)
◆筋萎縮性側索硬化症の病状説明(和泉唯信,中山優季)
◆多系統萎縮症の病状説明における困難さ(杉山淳比古)
◆レム睡眠行動障害(RBD)──孤発性RBDにおける予後カウンセリング(宮本雅之)


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『Annual Review 神経 2025』予約開始のお知らせ

2025年03月07日 | 医学と医療
伝統ある『Annual Review 神経』は,本年で40周年の節目を迎えます.この記念すべき年に,鈴木則宏先生ら前編集委員よりバトンを引き継ぎ,矢部一郎先生,杉江和馬先生,中島一郎先生,堀江信貴先生とともに,新たな編集委員として携わることとなりました.

本年度版は,昨年より100ページ増の大幅なボリュームアップを実現し,内容の充実度もさらに向上しております.1月は編集作業に没頭しておりましたが,改めて執筆陣の先生方による総説の質の高さに感銘を受けました.神経領域の最前線を凝縮した決定版となっておりますので,ぜひご期待ください.

ご予約はこちらから
中外医学社HP
https://www.chugaiigaku.jp/item/detail.php?id=4772
アマゾン
https://amzn.to/3XuFICg

【内容のご紹介】
✅「Basic Neuroscience」では,基礎医学と臨床医学の架け橋となる知識を提供しています.
✅「本年の動向」では相生成AIと論文執筆,全ゲノム医療,医療DXといった,神経学に革新をもたらす可能性を秘めた技術についても詳述しています.
✅「Clinical Topics」では,新規血栓溶解薬の開発,新たな遺伝性運動失調症,自己免疫性ノドパチー,認知症とてんかん,機能性神経障害といった近年注目される疾患群や,技術,治療についても詳述しています!


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蒲原宏先生と「ヒポクラテスの木」の思い出

2025年03月05日 | 医学と医療
新潟大学の先輩であり,岐阜大学における「ヒポクラテスの木」植樹に多大な尽力をしてくださった整形外科医,蒲原宏先生がご逝去されました.訃報に接し,深い哀しみとともに,先生との思い出が蘇ってきます.

「ヒポクラテスの木」は,ギリシャのコス島にあるヒポクラテスが弟子たちに医学を教えたとされるプラタナスの大樹のDNAを引き継いだ木であり,日本にはいくつかの系統があります.その中でも特に知られているのが「蒲原株」です.これは蒲原先生が1969年にギリシャのコス島で木の実を採取し,日本に持ち帰り,自ら播種育成されたものが起源となっています.学生時代,新潟大学の武藤輝一先生の「ヒポクラテスの誓い」についての講義後,「病院前のヒポクラテスの木を見に行くように」と指導を受けた私にとって,その木は医学の精神を象徴する特別な存在でした.

8年前に岐阜大学に異動してから,病棟実習の5年生に対する「ヒポクラテスの誓い」の講義を続けていますが,岐阜大学には「ヒポクラテスの木」はなく,学生たちにその存在を直接見せることができず残念に思っていました.このため,日本の脳神経外科の礎を築いた中田瑞穂先生が描かれた「ヒポクラテス像」の絵画を購入し,廊下に掲げて,それを見ていただいていました.しかし,やはり本物の木を学生たちに見せたいという思いが募り,蒲原先生にご相談したところ,快く承諾してくださり,移植の準備が始まりました.学生時代に眺めたその木から挿し木を行い,2年かけてようやく移植が可能な状態に育ちました.そして,多くの学生や同僚,事務の方々の協力を得て,2023年3月に念願の植樹が実現しました.

蒲原先生は,単にヒポクラテスの木を広められただけでなく,医史学研究家としても,また俳人としても大きな足跡を残されました.医学生時代から俳人・中田瑞穂,高野素十らの指導を受け,「蒲原ひろし」の俳号で俳誌「雪」を主宰されるなどご活躍されました.ある日,先生が私に送ってくださった俳句に「其恕乎(それじょか)の 孔子の一語 あたゝかし」というものがあります.「恕(じょ)」とは思いやりの心を意味し,孔子が「己の欲せざるところ,人に施すことなかれ」と説いた言葉に由来します.先生はこの言葉を20歳のときに脳神経解剖学の大家・平澤興先生から伺い,その精神を大切にされていました.医師として,患者さんに対する思いやりや共感(empathy)を何よりも重んじられた先生のお人柄が,この一首に凝縮されているように思います.私もこの俳句を大切に部屋に飾っていつも眺めています.



蒲原先生が遺された「ヒポクラテスの木」は,きっとこれからも大きく育ち,多くの学生に医学の精神を伝え続けてくれると思います.先生のご功績に深く感謝し,心からご冥福をお祈りいたします.最後に蒲原先生が,新潟市医師会報(2023.4月号)にご寄稿された文章のなかから,私の大好きな一句をご紹介したいと思います.

つんつんと若芽つんつん医聖の木

新潟日報 記事(先生のお写真はこの記事からの引用)
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/567411

新潟市医師会報「満100歳を目の前にして─生き過ぎがまだ欲ばっている─」
https://www.niigatashi-ishikai.or.jp/newsletter/contribution/202304266498.html

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