Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月29日)  

2020年06月29日 | 医学と医療
今回のキーワードは,目からウロコのPCR検査,38試験から考える抗体検査の有用性,軽症化の決め手は細胞傷害性T細胞の誘導? Wernicke脳症ミミック,多発性硬化症患者における重症化因子,入院患者における高頻度の神経軸索損傷,期待のトシリズマブの2つの後方視的研究,デキサメタゾンによる死亡率の抑制!です.

一番うれしいニュースは,安価で使い慣れたステロイド薬デキサメタゾンが発症28日間の死亡率を低下させるというものです.しかしプレスリリース・マスコミ報道が先行し,つぎにプレプリント論文が公開され,まだ正式な査読を受けていないのも事実です.一刻も早くこの結果を臨床現場に伝えたいという想いは十分理解できる反面,COVID-19に対しては一流誌でも査読が危うい昨今,今回のような手順に対して不安な気持ちも持ちます.

◆PCRの試薬不足を補い,コストを抑える「プール検査」
ふたたび患者数が増加して,PCR検査を多数行う必要が生じると,試薬が不足し,検査に要する費用が高額になる恐れがある.この問題に目からウロコのアイデアが米国から報告された.何人かの検体をひとまとめにして検査し,もし陰性ならその全員がPCR陰性と判断し,もし陽性なら各患者サンプルを個別に検査するという「プール検査」という方法だ.このプール検査の効率は,有病率,検査の感度,ひとまとめとする患者数によって変わる.有病率(事前確率)が30%未満であれば効率が良く,かつコストパフォーマンスが高い.よくあり得るシナリオの有病率1%,感度70%とした場合,13人分まとめて検査するのが最適で,全例検査した場合のわずか16%の検査数で済むことが示された.今後,プール検査を導入しても良いように思われる.
JAMA Netw Open. 2020;3(6):e2013075.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.13075)

◆抗体検査の有用性は38試験を検討してもいまだ不透明.
エビデンスに基づく医療において最高水準であるコクランレビューが,抗体検査の現状を検討した.38試験を検討した結果,IgG/IgM抗体検査の感度は発症から1~7日では30.1%と低く,データを使用しにくいが,発症8~14日で72.2%,15~21日で91.4%になった.21~35日目は96.0%だがデータが少なく,35日を超えると完全にデータ不足で評価困難となった.一方,特異度は98%を超えていた.この結果から,発症後15~21日目に抗体検査を1000人に対して行った場合,有病率(事前確率)ごとに偽陰性,偽陽性を計算すると,有病率50%の場合(例:呼吸器症状を呈した医療従事者に対する検査),偽陰性43人で,偽陽性7人になる.有病率が20%の場合(例:高リスク環境下での調査),偽陰性17人,偽陽性10人となる.有病率が5%(例:全国調査)の場合,偽陰性4人,偽陽性12人となる.→ このぐらいの検査であることを認識する必要がある.
結論として,抗体検査は,発症後15日以上経過してから使用すれば,過去の感染を検出する有用な検査となる可能性が高い.しかし,抗体上昇の持続期間は不明で,発症35日以降のデータはほぼ皆無であることから,集団免疫による防御を目的とした抗体検査の有用性は不明である.また感度は主に入院患者を対象に評価されているため,軽症ないし無症状感染者で見られる低い抗体レベルを検出できるかどうかも不明である.
Cochrane Systematic Review. June 25, 2020(doi.org/10.1002/14651858.CD013652)

◆重症患者では1細胞レベルで大きな遺伝子発現変化が生じている.
イスラエル,フランス,中国のグループからの報告.同じように見える細胞集団でも,ひとつひとつの細胞で遺伝子発現パターンが異なるため,1細胞レベルでのウイルスに対する遺伝子発現解析が重要という考えがある.その検討を実現する方法が「シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)」である.近年,多くの疾患で威力を発揮しているアプローチである.今回,感染細胞と非感染細胞を見分けて,scRNAデータを処理するためのまったく新しいアルゴリズム「Viral-Track」が開発された.まずヒトB型肝炎の生検サンプルなどを用いて,その有用性を検証したのち,重症6名および軽症3名の気管支洗浄液を試料として,Viral-Trackを用いた検討を行った.まず,ほとんどの感染細胞はACE2とTMPRSS2を発現した繊毛細胞と上皮前駆細胞であること,しかしオステオポンチンをコードするSPP1陽性マクロファージにも感染が認められ,このマクロファージはケモカイン(CCL7/8/18)の発現が強いことを示した.つぎに重症患者では軽症患者と比較して,大きな遺伝子発現変化が生じ,とくに免疫系への劇的な影響が示された.また重症のうち1名の細胞には,メタニューモウイルスという鼻かぜを起こす別のウイルスが混合感染しており,抗ウイルス性サイトカインであるⅠ型インターフェロンの産生が顕著に抑制されていた.つまり混合感染は宿主の1細胞レベルの抗ウイルス作用を弱めてしまうため,ウイルスに対抗するため免疫細胞が過剰に活性化する可能性も示唆された.さらに興味深いことに,重症例ではCD4+ T細胞は多いものの,CD8+ T細胞(細胞傷害性T細胞)はほとんど認められなかったのに対し,軽症例では全例にCD8+ T細胞を認めた.つまり細胞傷害性T細胞を誘導できた患者が軽症で済む可能性が考えられる.
Cell. 2020 May 8;181(7):1475-1488.e12.(doi.org/10.1016/j.cell.2020.05.006. )



◆神経疾患(1)Wernicke脳症類似の2症例.
スペインから,外転神経麻痺と脳症を呈した60歳と35歳の女性の症例報告.頭部MRIでは,共通して,橋,乳頭体,視床下部に異常信号を認め,Wernicke脳症類似の所見であった.PCRは鼻咽頭ぬぐい液で陽性であったが,髄液は陰性であった.ヒトSARS-CoV感染でも,視床下部炎や視床下部障害を引き起こすことが報告されている.Wernicke脳症との鑑別にneuro-COVID-19を挙げる必要がある.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflam. June 25, 2020(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000823)



◆多発性硬化症(MS)の重症化の危険因子.
MS患者におけるCOVID-19の重症化に関連する危険因子について,フランスから後方視的,観察的コホート研究が報告された.対象はMS患者347名(平均44.6歳,女性249名)で,重症化の定義は7点のスケール(1[入院不要]から7[死亡]まで)で,3(入院していて酸素療法を必要としない)以上とした.総合障害度を示すEDSS中央値は2.0で,284名(81.8%)がDMTを使用されていた.結果として,73名(21.0%)が重症で,12名(3.5%)がCOVID-19で死亡した.重症の割合は,DMTを受けている群に比べて,DMTを受けていない群の方が高かった(46.0% vs 15.5%;P<0.001).多変量ロジスティック回帰モデルでは,年齢(10年あたりのオッズ比:1.9),EDSS(EDSS≧6のオッズ比,6.3),および肥満(オッズ比,3.0)が重症化の独立した危険因子であった.EDSSはCOVID-19重症度スコアの最も高い変動と関連しており(R2,0.2),次いで年齢(R2,0.06),肥満(R2,0.01)であった.以上より,EDSS,年齢,肥満がCOVID-19重症化の独立した危険因子であり,DMTは重症化に関連を認められなかった.
JAMA Neurol. Published online June 26, 2020.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.2581)



◆入院患者の57%で神経軸索損傷がみられる.
イタリアから,神経軸索損傷のバイオマーカーである血清ニューロフィラメント軽鎖(NfL)を測定した研究が報告された.対象は入院患者131名であったが,神経疾患の併存が見られた24名(認知症19名,最近の脳梗塞・脳出血の既往5名)が除外され,患者107名と対照群54名で検討が行われた.患者の平均値は73.3±89.5 pg/mLで,61名(57%)で対照群より上昇を認めた.上昇していた患者は,そうでなかった患者と比較し,ICU入室,気管内挿管の頻度が高かった(p<0.01).さらにより長い罹病期間を要した(p<0.01).嗅覚・味覚障害,疲労,頭痛などの神経症候と血清NfL値との間には関連はなかった.つまり特定の神経症候を呈さない患者においても,軸索損傷が起こりうる可能性が示唆された.→ 57%もの感染患者でNfLレベルが上昇したことは,脳神経がCOVID-19の標的となりやすいことを示す.
J Neurol Neurosurg Psychiatry 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-323881)

◆新規治療(1)抗IL-6受容体抗体トシリズマブ,2つの後方視的観察試験
イタリアから,トシリズマブが人工呼吸器管理と死亡のリスクを減らせるか検証することを目的とした後方視的観察研究が報告された.トシリズマブは,体重8 mg/kg(最大800 mg)を12時間間隔で2回に分けて静脈内投与するか,静脈内投与が不可能な場合は162 mgを各大腿部に1回ずつ2回に分けて皮下投与した(計324 mg).主要評価項目は,人工呼吸器装着または死亡を複合したものとした.対象は544名の重度肺炎を有する成人患者とした.標準治療群では365名中57例(16%)が人工呼吸器を要したのに対し,トシリズマブ群では179名中33名(18%)であった(p=0.41).標準治療群では73名(20%)の患者が死亡したのに対し,トシリズマブ投与群では13名(7%,p<0.0001)が死亡した.性,年齢などで調整した後,トシリズマブ投与は,人工呼吸器装着または死亡のリスクを39%低下させた(調整後ハザード比0.61,95%信頼区間0.40-0.92;p=0.020).しかしトシリズマブ群の179名中24名(13%)が新たな感染症を併発したのに対し,標準治療群では365名中14名(4%)と少なかった(p<0.0001).トシリズマブは,静脈内投与でも皮下投与でも,重症肺炎患者における人工呼吸器装着や死亡のリスクを低下させる可能性がある.
Lancet Rheumatology. June 24, 2020(doi.org/10.1016/S2665-9913(20)30173-9)



◆もうひとつは米国Cleveland Clinicからの後方視的コホート研究で,画像上肺浸潤があり,炎症マーカーが上昇している低酸素血症を呈する入院患者に,トシリズマブの単回投与(体重8 mg/kg)を行った.全身ステロイド,ヒドロキシクロロキン,アジスロマイシンが大多数の患者に併用されていた.トシリズマブ群28名と非使用群23名の比較で,トシリズマブ群は非投与群に比べて昇圧治療がより短期間で済んだ(2日間対5日間).また統計的には有意ではなかったが,トシリズマブ群は臨床的改善までの中央値と侵襲的人工呼吸の持続時間の短縮をもたらした.今後の前方視的研究の結果が待たれる.
EClinicalMedicine. June 20, 2020(doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100418)

◆新規治療(2)デキサメタゾンは重症化例の標準治療となる可能性がある
マスコミ報道(プレスリリース)が先行した,オックスフォード大学が主導する英国内の175の医療機関が参加したRECOVERY試験のプレプリントが公開された.コルチコステロイドは,免疫介在性肺障害を軽減し,呼吸不全や死亡への進行を抑制する可能性がある.このためその効果を検証するRandomised Evaluation of COVID-19 therapy (RECOVERY) trialが,入院患者を対象とした無作為化対照オープンラベル試験として行われた.デキサメタゾン6 mgを1日1回,最大10日間投与した群2104名と,通常治療のみの群4321名を比較した.主要評価項目は28日間の死亡率とした.デキサメタゾン群では454名(21.6%),通常治療群では1065名(24.6%)が28日以内に死亡した(年齢調整率比0.83;P<0.001).比例および絶対死亡率の低下は,割付け時の呼吸補助の状態に応じて変化した.デキサメタゾンは,通常治療と比較して,人工呼吸器管理中の患者では死亡数を35%減少させ(29.0% vs. 40.7%,RR 0.65; p<0.001),人工呼吸器は不要なものの酸素吸入を行っている患者では20%減少させた(21.5% vs. 25.0%,RR 0.80; p=0.002).しかし割付け時に呼吸補助受けていない患者では死亡率は減少せず,有意差はないがむしろ増加した(17.0% vs. 13.2%,RR 1.22; p=0.14).副作用についての記載は乏しいが,COVID-19以外の感染症に伴う死亡の増加はなかった.結論として,入院患者において,デキサメタゾンは,割付け時に人工呼吸器管理または酸素吸入を行っている患者では死亡率を減少させたが,軽症例では無効であった.→ デキサメタゾンは安価で,容易に使用できることから,重症化を予防する治療として今後使用されるだろう.ただし病初期では無効で,感染リスクもあること,解析も予備的な段階で,プレプリントであることから,慎重な態度も必要であろう.
medRxiv. June 22, 2020(doi.org/10.1101/2020.06.22.20137273)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月22日)  

2020年06月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,集団免疫の獲得は困難?ABO血液型と重症化,死亡を予測する指標,欧州におけるneuro COVID-19,特異的脳波所見?中枢神経障害の血漿バイオマーカー,新規治療(回復患者血漿輸血の安全性,抗GM-CSFモノクローナル抗体)です.
集団免疫は,集団の中に占める免疫を持つ人の割合を増やすことで,その集団の中で流行を起こさなくする作用を指します.スウェーデンは強力な介入は行わず,集団免疫を獲得することで流行を封じ込める方針を取っています.この実現のためには感染防御につながる善玉の抗体(中和抗体)が高力価で,長期間存在する必要がありますが,最初に紹介する無症状感染者と回復期患者に対する2つの研究から,一度感染したらそれで安心というわけではない可能性が高くなってきました.

◆無症状感染者はウイルス抗体価が低く,回復早期に陰性化してしまう.
無症状感染者の臨床像と抗体に関する中国からの報告.濃厚接触者に対し行なったPCRで陽性であった178名のうち,37名(20.8%)が無症状感染者であった.無症状感染群のウイルス排出期間(中央値)は19日で,症状あり群37名の14日より長かった(P = 0.028).またウイルス曝露から3~4週後にウイルス特異的IgG抗体が検出された頻度は,無症状感染群81.1%,症状あり群83.8%で,IgM抗体はそれぞれ62.2%,78.4%であった.しかし無症状感染群は,症状あり群と比べIgG抗体価が低く(p=0.005),この傾向は回復早期にも持続していた.驚いたことに,IgG抗体価は回復早期という短い期間で,無症状感染群の93.3%,症状あり群の96.8%の症例で低下し,かつ抗体価も前値の71.1%,76.2%に低下していた(図1).偽ウイルスを用いた中和活性はそれぞれの群で81.1%,62.2%の症例で低下し,低下率はそれぞれ8.3%, 11.7%であった.回復早期で,無症状感染群の40%,症状あり群の12.9%がIgG陰性(seronegative)となった.→ 回復早期でのウイルス特異的 IgG および中和抗体レベルの低下は,集団免疫の獲得が難しい可能性を示唆する.Nat Med (2020). (doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6)



◆回復期患者血漿の中和抗体価はばらつきが大きく,大半は低力価.
回復期患者149名における中和抗体についての米国からの報告.発症から平均39日後に採取された血漿を用いて,偽ウイルスを用いた中和抗体価を調べるとばらつきが大きく,全体の33%は1:50未満,79%は1:1,000未満で,1:5000を超える力価を示したのはわずか1%であった.抗体配列決定の結果,受容体結合ドメイン(RBD)特異的メモリーB細胞のクローンが拡大しており,各個人に密接に関連した抗体を発現していることが明らかになった.低い力価にもかかわらず,RBDの3つの異なるエピトープに対する抗体は,50%阻害濃度(IC50値)がng/mLという低い値で中和できた.→ ほとんどの回復期血漿には,高力価の中和抗体は含まれていない.しかし強力な抗ウイルス活性を持つRBD特異的な抗体がすべての患者で発見されたことから,このような抗体を誘導するように設計されたワクチンは有効である可能性がある.Nature. Jun 18, 2020. (doi.org/10.1038/s41586-020-2456-9)

◆重症化に関連する2つ遺伝子座の同定 ~O型は防御的に作用する~
イタリアとスペインの7病院で,呼吸不全をきたした重症患者1980名を対象としたゲノムワイド関連解析が行われた.この結果,重症化に関わる遺伝子座として,3p21.31(オッズ比,1.77)および9q34.2(オッズ比,1.32)が同定された.年齢と性を補正した解析でもこれらは有意であった.問題はこれらの遺伝子座のいずれの遺伝子産物が重症化に影響するかである.前者にはSLC6A20,LZTFL1,CCR9,FYCO1,CXCR6,XCR1という複数の遺伝子が存在し,後者はABO血液型遺伝子座と一致していた(図2).後者については,A型の重症化リスクは他の血液型よりも高く(オッズ比1.45),逆にO型では他の血液群と比べて保護効果が認められた(オッズ比0.65).前者の遺伝子の中で注目されるのは,ナトリウム-イミノ酸トランスポーター1(SIT1)をコードするSLC6A20遺伝子で,ウイルス受容体ACE2と相互作用することが知られている.またCCR9やCXCR6はケモカイン受容体をコードする遺伝子であり,病態への関与が推測される.NEJM. June 17, 2020. (doi.org/10.1056/NEJMoa2020283)



◆死亡率を予測する指標;IL-6とCD8+ T細胞数.
院内死亡率の予測を可能とするために,武漢の2施設の1,018名の患者を対象とした後方視的研究が行われた.生存患者と比較して,すべてのTリンパ球サブセット数は,死亡者で顕著に低く(P < 0.001),特にCD8+ T細胞(96.89 vs 203.98 cells/μl,P < 0.001)は低値であった.検討したすべてのサイトカインの中で,IL-6が最も上昇し,生存者と比較し10倍以上の上昇を示した(56.16 vs 5.36 pg/mL, P < 0.001).交絡因子を調整した後,IL-6 > 20 pg/mL(オッズ比9.781)およびCD8+ T細胞数 < 165 cells/μl(オッズ比5.930)が院内死亡率と関連していることが分かった.すべての患者を,IL-6およびCD8+ T細胞のレベルに応じて4つのグループに分けたところ,<span style="color:blue;">両者とも異常のグループは,他のグループに比べて高齢者,男性が多く,併存疾患,人工呼吸器装着,ICU入院,ショック,死亡のすべての割合が高かった(P < 0.001;図3).さらに,IL-6(>20 pg/mL)とCD8+T細胞数(<165 cells/μl)を組み合わせたモデルのROC曲線は良好な識別性を示した.→ 今後,IL-6とCD8+ T細胞数を用いて,患者を4つのリスクカテゴリーに層別化し,生命予後予測をすることができる.JCI Insight. 2020 Jun 16;139024. (doi.org/10.1172/jci.insight.139024)

◆神経症状(1)神経合併症の頻度に関するヨーロッパの検討.
欧州神経学会(EAN)のタスクフォースによる神経合併症(neuro COVID-19と名付けている)に関する調査が報告された.オンラインアンケートにて,EAN学会員をはじめとする世界中の医師2,343名(ヨーロッパの神経内科医が82.0%)からデータを収集した.頻度の高い神経学的所見は,<span style="color:blue;">頭痛(61.9%),筋痛(50.4%),無嗅症(49.2%),味覚障害(39.8%),意識障害(29.3%),精神運動性動揺(26.7%)であった.脳症,急性脳血管障害はいずれも21.0%であった.神経学的合併症は,複数の全身症状を有する患者に多くみられ,また感染のいずれに時期にも発生していた.Eur J Neurol. June 17. 2020. (doi.org/10.1111/ene.14407)

◆神経症状(2)特異的脳波所見?
フランスからの報告.2020年3月に,原因不明の意識レベルの変化,意識消失,反応性の低下などのため脳波検査を行なったCOVID-19重症入院患者26名の検討.このうち,意識障害や眼球・顔面のミオクローヌスなどを呈した5名で,てんかん放電を伴わない,高振幅,前頭優位の単形デルタ波からなる周期的放電を認めた(図4).この所見が生じるメカニズムは不明で,薬剤による鎮静や低酸素・虚血などの影響も否定できないが,COVID-19に直接関連した中枢神経障害の可能性もある.いずれにしても,経過中,意識障害やミオクローヌスのような発作性の運動異常症を合併した場合には,脳波は有用な検査である.Ann Neurol. June 13, 2020. (doi.org/10.1002/ana.25814)



◆神経症状(3)中枢神経障害の血漿バイオマーカー.
スウェーデンなどからの報告.47名(軽症20名,中等症9名,重症18名を含む)を対象として,一分子アレイ「Simoa」を用いて,中枢神経障害の2つの血漿バイオマーカー候補として,ニューロフィラメント軽鎖(NfL)(軸索内ニューロン損傷のマーカー)と,グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)(アストロサイト活性化/損傷のマーカー)を測定した.対照は年齢をマッチさせた33名とした.この結果,重症患者では,GFAP(p=0.001)とNfL(p<0.001)の血漿中濃度が対照群に比べて高値であった.またGFAPは中等症患者でも増加していた(p=0.03).重症患者では,経時的観察で,血漿中GFAPのピークは減少したが(p<0.01),NfLは持続的に増加した(p<0.01).→ 中等症および重症患者における神経細胞傷害とグリア活性化が神経化学的に示された.今後,臨床的イベントとの関連などについて検討する必要がある.Neurology. June 16, 2020. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000010111)

◆新規治療(1)回復患者血漿輸血の安全性.
ワクチンが開発されていない現状において,回復患者血漿輸血は,唯一可能な抗体ベースの治療法である.米国から,重症または致死的な入院成人5000名を対象に,ABO適合ヒト回復期血漿を輸血した後の安全性を検討した論文が報告された.輸血後4時間以内の重篤な有害事象の発生率は 1%未満で,死亡率は0.3%であった.36件の重篤な有害事象のうち,死亡4件,輸血関連循環過負荷7件,輸血関連急性肺損傷11件,重度のアレルギー性輸血反応3件を含む輸血関連疑い事象が25件報告された.しかし,治療担当医師が確実に回復期血漿輸血に関連していると判断したものは2件のみであった.7日間の死亡率は14.9%だったが,もともと重症患者が多いことを考えると,死亡率は高いとは言えない. COVID-19に対する回復期血漿輸血は安全である.→ すでに5000名に対して,回復患者血漿輸血が行われていたことに驚く.J Clin Invest. June 11, 2020.(https://doi.org/10.1172/JCI140200)

◆新規治療(2)抗GM-CSFモノクローナル抗体.
イタリアの単施設での観察研究.GM-CSFは受容体に結合し,多彩な炎症を促進する.このため抗GM-CSFモノクローナル抗体(マブリリムマブ)単回静脈内投与(6 mg/kg)を標準治療に追加し,予後が改善するかを検討した.対象は重度の肺炎,低酸素症,全身性炎症(LDH上昇に加えて,CRPかフェリチンも上昇)で入院した18歳以上の患者とした.主要評価項目は,臨床的改善までの期間とした.副次評価項目は,臨床的改善を達成した患者の割合,生存率などとした(図5).人工呼吸器を使用していない患者13名にマブリリムマブを投与し,対照群26名には標準治療を行なった.マブリマムマブ群では対照群に比べて改善が早かった(8日対19日,p=0.0001).28日間の追跡期間中,マブリリムマブ群では患者死亡はなく,対照群では7名(27%)が死亡した(p=0.086).28日目にはマブリマムマブ群では全例,対照群では17例(65%)に臨床的改善が認められた(p=0.030).マブリリムマブの忍容性は良好であった.→ マブリリムマブは,重症肺炎および全身性炎症を示す人工呼吸器未装着患者において予後の改善をもたらす可能性がある.大規模なランダム化比較試験が必要である.Lancet Rheumatology. June 16, 2020.(doi.org/10.1016/S2665-9913(20)30170-3)



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なぜ動物実験で有効な脳梗塞治療薬が,ヒトの臨床試験で無効なのか?(2) ~概日周期のおよぼす影響:脳梗塞研究者にとって衝撃の論文~

2020年06月20日 | 脳血管障害
標題と同じタイトルのブログを2020年1月8日に記載した.そこで紹介した論文は,脳梗塞に対する動物実験,第2相臨床試験,そして第3相臨床試験の3者において,研究デザイン,バイアス, 検出力,true report probabilityなどに統計学的に大きな違いがあり,そもそも結果を次の段階に翻訳(トランスレーション)することが困難であることを示したものである.衝撃的な内容であったが,今回,同じぐらいインパクトのある論文がハーバード大学からNature誌に報告された.げっ歯類モデルを用いて研究を行ってきた人間なら愕然とするだろう.

まずげっ歯類とヒトでは,概日周期(サーカディアンリズム)が反対である.著者らは,げっ歯類の実験も,ヒトの臨床試験も昼間に行われているが,両者で概日周期が逆なので,神経細胞レベルでも概日周期が影響して,その差が神経保護療法の有効性の違いになって現れるのではないだろうかという仮説をたてた.つまりマウスの手術は,昼,すなわち彼らにとって非活動期に行われるが,そこで有効であった薬剤は,ヒトの非活動期=夜には効くかも知れないが,ヒトの活動期=昼には効かないのではないか,それが臨床試験失敗の原因ではないかと考えたのだ.



実験は3つのパートからなる.まずげっ歯類で有効性が確認されたものの,ヒトの臨床試験で失敗した3つの神経保護療法,①正常圧高酸素療法,②フリーラジカル・スカベンジャー(αPBN),③グルタミン酸受容体アンタゴニスト(MK801)の効果を,ラットないしマウスの局所脳虚血モデルを用いて,昼と夜で比較した.いずれも昼(非活性期)では梗塞サイズを縮小させるが,夜(活動期)では梗塞サイズは変わらなかった!(図左)つまりこれらの神経保護療法は概日周期上,非活動期にのみ効果があると言える.

次に局所脳虚血モデルによる虚血性ペナンブラが,昼(非活動期)と夜(活動期)で変化するかを,レーザースペックルイメージングを用いて検討している.虚血性ペナンブラは,非活動期よりも活動期において有意に小さかった(図右).また12時間から72時間までの梗塞サイズの拡大は活動期で小さかった.さらに活動期においてアポトーシスを示唆するTUNEL陽性細胞の密度が低かった.メカニズムはわからないが,非活動期のほうが治療の標的がまだ残っていると解釈すれば良いのかもしれない.



最後に神経細胞レベルで,神経保護療法の効果が,概日周期の影響を受けているかを検討するために,マウス初代培養大脳皮質ニューロンをデキサメサゾンで2時間刺激し,概日周期様変化を誘導した.デキサメサゾン刺激の6時間後,時計遺伝子Per1,Per2の発現は増加し,この時点は活動期に相当すると考えられ,12時間はそれらの遺伝子発現が正常化して非活動期に相当すると考えられた.αPBN,MK801ともPer1とPer2遺伝子発現が抑制されている非活動期において有意に低酸素・低グルコース刺激に対して神経保護効果を示した(と言っても顕著な差ではないが).さらにこの効果が,caspase 3の検討で,アポトーシスのカスケードを抑えることで生じていることも明らかにした.

論文に対する批判をすれば,概日周期が,なぜ虚血性ペナンブラに影響を与えたか,そのメカニズムはまったく不明である.今後,概日周期が血管内皮機能や止血機構,体温調節,血液脳関門機能,サイトカイン・ケモカイン,薬物伝達や代謝などさまざまな病態生理におよぼす影響を検討する必要がある.また概日リズムは併存疾患にも影響を与えるので,とくに臨床試験ではその影響の検討も必要であろう.

もちろん概日周期だけがトランスレーショナル・リサーチの失敗の原因ではない.まだわからないことだらけだが,少なくとも脳梗塞のトランスレーショナル・リサーチにおいて,概日リズムが神経保護効果に及ぼす影響を無視するわけにはいかなくなった.その意味で,非常に重要な論文である.

Esposito, E., Li, W., T. Mandeville, E. et al. Potential circadian effects on translational failure for neuroprotection. Nature 582, 395–398 (2020).



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神経倫理に関する最強の一冊,予約開始です!

2020年06月18日 | 医学と医療
日常診療において「臨床倫理的な問題」に遭遇する機会が増えています.自己決定が困難な認知症患者さんの治療をどう決めたら良いのか,「死んでもいいから食べたい」と訴える患者さんにどう接するのか・・・脳神経疾患は疾患の特性上,しばしば難しい問題を経験します.私たちは,どのようにして倫理的問題に気づき,アプローチし,対応したらよいのか,またそうした能力をどのように涵養するのか,本書は臨床倫理の基本的な考え方と具体的な実例を示し,患者さんの「癒やし」を目指す医療者にとって大きな助けになると思います.医師のみならず,脳神経疾患に関わるすべての医療者,患者さん・ご家族に読んでいただきたいと思います.以下,Amazonへのリンクと,タイトル・著者一覧です.充実ぶりがおわかりいただけるかと思います.

【タイトル・著者】
1. 医の倫理総論(西澤正豊)
2. 臨床倫理学の基礎(荻野美恵子)
3. 脳神経疾患の終末期医療と倫理・法律(稲葉一人)
4. 臨床倫理の実際と倫理的な組織文化の構築(杉浦 真,安藤哲朗)
5. 脳神経疾患の判断能力をめぐって(瀧本禎之)
6. 遺伝性神経難病に対する遺伝学的検査の倫理的課題(武藤香織)
7. 認知症ケアの臨床倫理――frail でvulnerable な人々の尊厳に配慮するために(箕岡真子)
8. 筋萎縮性側索硬化症の臨床倫理――人工呼吸器離脱に関する議論と今後の課題を中心に(板井孝壱郎)
9. 多系統萎縮症の臨床倫理(下畑享良)
10 .筋ジストロフィーなどの遺伝性神経筋疾患における臨床倫理(中島 孝)
11. 神経救急疾患の臨床倫理(有賀 徹)
12. 脳卒中における臨床倫理(片岡大治,宮本 享)
13. 小児神経疾患の倫理的課題とアプローチ(笹月桃子)
14. 摂食嚥下障害の臨床倫理(國枝顕二郎,藤島一郎)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月15日)  

2020年06月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,マスク着用の新たなエビデンス,COVID-19は季節性ウイルス感染症?人工呼吸器装着患者の脳病理所見,神経合併症(抗MOG抗体関連疾患,急性出血性壊死性脳炎),多発性硬化症やパーキンソン病への感染の影響,αシヌクレインは脳を守る?脳に侵入する新たな経路,サルにおける不活化ワクチンの成功です.東京での患者数が増加傾向で,とても心配です.経済を止めないためには感染対策を徹底する必要があります.極めて重要であるという新たなエビデンスが報告されました.

◆感染拡大防止にマスク着用はきわめて効果的である.
武漢,イタリア,ニューヨーク(NY)における感染拡大にもっとも影響を及ぼした要因は,マスク着用の義務化であったという論文が報告された.図1のAは3都市の感染者数と感染対策の効果について示している.縦線はロックダウンや社会的距離政策の実施日を示し,2つの黒丸はマスク着用の実施日を示す.黒の破線は,マスク着用をしない場合の感染者数予測値である.BとCは,イタリアおよびNYにおけるマスク着用の効果を示し,マスク着用のみで,イタリアでは7.8万人以上,NYでは6.6万人以上の感染者数が減少したと予測された.イタリアとNYでは,マスク着用前に,都市のロックダウンや社会的距離政策が実施されたが効果が乏しかった.これに対しマスク着用とこれらの政策を同時に実施した武漢では感染者数曲線は見事に平坦化し,感染拡大は抑制でされた.この違いは社会的距離政策のみでは接触感染を防げても,エアロゾルを介した空気感染(airborne transmission)が防げないためだと著者らは推測している.Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 Jun 11;202009637.(doi.org/10.1073/pnas.2009637117)



◆COVID-19は季節性呼吸器ウイルスの可能性がある.
COVID-19感染が拡大した8都市(武漢,東京,大邱,コム,ミラノ,パリ,シアトル,マドリード)を,感染が拡大していない42都市と気候データ(緯度,平均気温,平均湿度,平均相対湿度)比較した. 8都市は,北緯30~50度の回廊地帯に位置していた.平均気温は5~11℃,低比湿(3~6g/kg)と低絶対湿度(4~7 g/m3)を組み合わせた,類似した気象パターンを有していた.例えば武漢(北緯30.8度)では死者数3136人,患者数80,757人であったのに対し,この地帯に含まれないモスクワ(北緯56.0度)では死者数0人,患者数10人,ハノイ(北緯21.2度)では死者数0人,患者数31人と少なかった.限定された緯度,温度,湿度の測定値に沿って多い患者発生分布は,季節性呼吸器ウイルスの動向と一致する.この気象モデルを用いることで,今後数週間の間に集団発生するリスクが高い地域を推定することができるかもしれない.→ 本当であればとても嬉しい.JAMA Netw Open. 2020;3(6):e2011834.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.11834)

◆脳病理所見(1)ウイルス感染に関連した脳炎は認めない.
米国から人工呼吸器が装着され,のちに死亡した18名(うち男性14名,中央値62歳)の脳病理所見の報告.発症から0~32日後(中央値8日)に死亡した.全例で急性低酸素性障害を大脳および小脳に認め,大脳皮質,海馬の神経細胞,および小脳プルキンエ細胞が減少していたが,血栓や血管炎はなかった.ウイルス感染に関連した脳炎や他の特徴的な変化(脳卒中,脳ヘルニア,嗅球障害)は認められなかった.5名からの6つの脳切片を用いたPCR検査で,一部の脳標本からウイルスRNAを低力価で検出したものの,力価と発症から死亡までの期間と相関はなかった.また免疫組織化学的検索で,ウイルスは染色されなかった.検出されたRNAは血液由来の可能性もある.N Engl J Med. Jun 12, 2020.(doi.org/10.1056/NEJMc2019373)

◆脳病理所見(2)ウイルス感染に関連した脳炎は認められる.
ドイツからも人工呼吸器が装着され,のちに死亡した6名(うち男性4名,58~82歳)の脳病理所見の報告.発症から2~10日後に死亡した.65歳以上の3名の死因は心肺不全であった.対照的に65歳未満の患者はすべて頭蓋内出血または肺塞栓症で死亡し,COVID-19関連凝固異常症と考えられた.しかし病理学的には両群ともにリンパ球性汎脳炎と髄膜炎を認めた(図2).血管炎はなかった.脳幹に関しては,全例で,迷走神経背側運動核,三叉神経,孤束核,背側縫線核,内側縦束に神経細胞の喪失と軸索変性を伴う血管周囲および間質性脳炎が観察された.梗塞なし.これらの所見がウイルスの直接侵入によるものか,免疫反応にともなう二次的なものかは分からなかった.→ 人工呼吸器装着例を対象とした2つの報告で,脳病理所見に大きな差が見られた理由は不明.さらなる症例蓄積が必要.Lancet. June 04, 2020. (doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31282-4)

◆神経合併症(1)非定型的抗MOG抗体関連疾患.
イギリスからの報告.呼吸器症状にて発症後の7日目に,右手の協調運動障害が徐々に出現した.48時間後に失語と右手の筋力低下が進行したため,脳卒中を疑われ救急外来をへて入院した.頭部MRIでは,T2強調にて左側優位の皮質下深部白質病変を認め,血管周囲の造影所見を認めた(図3A,D).脊髄病変なし.髄液細胞数13/mm3(すべて単核球),タンパク質507 mg/L.オリゴクローナルバンド陰性.咽頭拭い液PCRは陽性であったが,髄液は2回行い,いずれも陰性.入院6日後に失語症や筋力低下,画像所見は増悪した(図B,E).入院6日目からステロイドパルス療法,8日目から血漿交換を開始した.以後,急速な臨床的改善がみられ, 18日目には神経症状は消失し,造影所見も消失した(図C,F).退院後2週間して,抗MOG抗体陽性が判明した.著者らは血管内皮障害により抗MOG抗体が中枢神経内に侵入し,ユニークな臨床・画像所見を呈したと推測している.Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2020 Jun 10;7(5):e813. (doi.org/10.1212/NXI.0000000000000813)



◆神経合併症(2)急性出血性壊死性脳炎.
33歳代女性(米国).疲労,発熱,頭痛にして発症後,4日目にけいれん重積発作をきたした.心筋炎の合併も認めた.鼻咽頭拭い液にてPCR陽性.髄液のPCRはできなかったが,他のウイルス性脳炎は否定された.急性出血性壊死性脳炎はCOVID-19でも1例報告があり(Radiology. 2020 Mar 31:201187),血液脳関門破綻を伴うサイトカイン・ストームに伴って生じる可能性が指摘されている.頭部MRIは対称性・出血性の視床,小脳病変を呈する(図4).→ 意識障害時に,両側性視床病変の確認も必要.Neurology. June 4, 2020.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000801)



◆COVID-19の影響(1)多発性硬化症.
米国からCOVID-19に罹患したMS患者8名(6名が女性;35~74歳)の症例集積研究が報告された.8名中5名が再発性MSであった.6名が低い障害度であったが(EDSSスコア1~3.5),2名は高度障害であった(EDSS7.5と8.5).疾患修飾薬(DMTs)は7名で使用され(インターフェロン1名,グラチラマー酢酸塩1名,ジメチルフマル酸塩2名,テリフルノミド1名,フィンゴリモド2名),その全例で継続されていた.6名は軽症で,ほぼ回復したが,高度障害を認めた2名が死亡した.剖検は行われなかった. DMTsを継続すべきかについて,今後,多数例での検討が必要である.Neurol Neuroimmunol Neuroinflam. May 26, 2020. (doi.org/10.1212/NXI.0000000000000783)

◆COVID-19の影響(2)パーキンソン病(PD)その1
6月8日の記事で,イタリアの症例対照研究にて,軽度から中等度のPD患者におけるCOVID-19の罹患率および死亡率は「一般集団」と変わらず,症状も軽度である可能性があることを紹介した(Mov Disord. June 02, 2020 (doi.org/10.1002/mds.28176)).この原因として,中枢・末梢神経に発現し,PDの原因となるαシヌクレインが免疫防御において重要な役割を果たし,末梢から中枢神経に侵入を防御しているという仮説が提唱された.αシヌクレインは末梢で,赤血球のみならず,免疫細胞にも発現し,感染に反応すること,αシヌクレインKOマウスではT細胞発達が阻害されることなどが根拠としてあげられているが,まだ仮説の域は出ない.ただしつい最近の研究で,孤発性パーキンソン病では末梢(血清)αシヌクレインは有意に増加していると報告され,気になる報告である(Parkinsonism Relat Disord. 2020 Mar 22;73:35-40. doi: 10.1016/j.parkreldis.2020.03.014)Mov Disord. 2020 Jun 9. (doi.org/10.1002/mds.28185)

◆COVID-19の影響(3)パーキンソン病(PD)その2
イタリア,ロンバルディア州在住のPD患者141例のうち,軽症から中等症のCOVID-19症例12例(8.5%)を性別,年齢,罹病期間をマッチさせた36人の「PD対照群」と,MDSUPDRSパートII・IV,非運動症状尺度等を用いて比較した.COVID-19群では運動症状と非運動症状が有意に悪化し,1/3の症例で治療薬の調整が必要であった.症状の悪化は,感染に関連した機序と抗パーキンソン剤の薬物動態の障害の両方によるものと考えられた.最も顕著な非運動障害は排尿障害と疲労であった.認知機能障害はわずかで,自律神経障害はなかった.PD患者は,年齢や疾患期間に関係なく,COVID-19感染により運動症状・非運動症状の大幅な悪化を経験する可能性がある.著者は,まず治療薬の調整の前に,発熱・下痢・食欲低下に伴う脱水による薬物動態の変化を考慮すべきと述べている.軽症から中等症のCOVID-19に関連したPDの増悪は,ウイルスの直接的侵襲ではなく,全身性の炎症反応によって引き起こされている可能性が高い.Mov Disord. 2020 May 25;10.1002/mds.28170. (doi.org/10.1002/mds.28170)

◆中枢神経に侵入するもうひとつの経路:NRP1(ニューロピリン1)
SARS-CoV-2がヒトの臓器に侵入するメカニズム(とくにウイルスの受容体)は治療戦略を考えるうえで重要である.SARS-CoV-2にはタンパク分解酵素furinによる切断サイトが存在し,furinを阻害すると感染効率が落ちる.このためfurinが切断した基質と結合する血管増殖因子ニューロピリン-1(NRP1)に着目した.そして実際に,(1)切断されたスパイク蛋白は嗅上皮に存在するNRP1に結合すること.(2)NRP1結合抗体がヒト培養細胞へのSARS-CoV-2感染を防ぐこと.(3)ヒトCOVID-19剖検例において,嗅上皮と嗅球でSARS-CoV-2感染NRP1陽性細胞が検出されること(図5).また嗅球ではNRP1陽性血管内皮細胞にも感染が認められ,血管の透過性が亢進する可能性があること.(4)マウスを用いた実験で,偽ウイルス粒子の鼻腔内投与後,NRP1依存性に中枢神経に輸送されること(鼻から脳への進入経路があること).→ NRP1を介したウイルスの中枢神経への移行の可能性が示された.NRP1は抗体療法や,ワクチン開発の標的として有望である.bioRxiv. June 05, 2020(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.06.07.137802v1)



◆抗体依存性感染増強現象を起こさずサルに中和抗体を誘導する不活化ワクチンが開発された.
中国の企業にて,不活化SARS-CoV-2ワクチン候補であるBBIBP-CorVが開発された.これは抗体依存性感染増強現象(antibody-dependent enhancement;ADE)を起こさず,マウス,ラット,モルモット,ウサギ,非ヒト霊長類(シノモルグザルおよびアカゲザル)において高レベルの中和抗体価を誘導した.そして実際に,BBIBP-CorV(2μg/回)の2回接種は,アカゲザルにおけるSARS-CoV-2の気管内感染に対し,ADEを生じることなく,高効率の防御効果が得られた(図6).さらに,BBIBP-CorVは効率的に生産が可能で,またワクチン開発において良好な遺伝的安定性を示した.今後,臨床試験においてBBIBP-CoVの評価のステージに入る.Cell. June 06, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.06.008)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月8日)  

2020年06月08日 | 医学と医療
今回のキーワードは,鼻腔から肺への感染しやすさの勾配,社会的距離のエビデンス,発症から8日で感染力は消失する?患者自身によるPCR検体採取の感度は良好,手術後の死亡のリスク因子,空気飢餓感による心的トラウマへの対策,パーキンソン病患者の感染は軽症?新規治療薬(ガスター!,患者回復血漿,アカラブルチニブ)です.近い将来,患者自身が検体を採取し,PCRの陰性確認前に隔離が解除されるようになりそうです.またサイトカイン・ストームに対する治療薬として,抗IL-6受容体抗体トシリズマブに加え,さらにその上流に作用するBrutonチロシンキナーゼ阻害剤アカラブルチニブ(白血病治療薬)が有望のようです.重症例に対する治療の方向性,すなわち抗凝固療法+サイトカイン・ストーム抑制薬が現実に見えてきた感じがします.

◆鼻腔の細胞に感染しやすく,肺末梢にはしにくい.
米国からの報告.まずin situ RNA mappingにより,ウイルス受容体ACE2の発現は,気道の入り口である鼻腔でもっとも高く,末梢(気管→気管支→肺胞)では低下していることが明らかにされた.そして新たに作成されたGFPレポーター・ウイルスを用いた実験で,このACE2発現の勾配に一致して,ウイルスの感染性は鼻腔で高く,末梢で低下することが示された.つまりウイルスはまず鼻腔に容易に感染・増殖し,吸気を介して,肺の末梢に広がるようだ.著者らは,鼻腔からの飛沫やエアロゾルの放出を防止するマスク使用は合理的であること,そして病初期では鼻腔感染に対する鼻腔洗浄や,点鼻による抗ウイルス薬・中和抗体が有効である可能性を指摘している.Cell. May 26, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.05.042)

◆社会(身体)的距離,マスク,眼の保護のエビデンス.
コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2,SARS,MERS)における感染予防法の効果を調べた44試験のメタ解析がカナダから報告された.まず1メートル以上の社会的距離は,1メートル未満に比べて,ウイルス感染を低下させる(pooled補正オッズ比[aOR] 0.18, 95%信頼区間0.09−0.38).つまり1メートル以上の社会的距離で感染率が82%も低下する!この予防効果は距離が離れれば離れるほど強くなる(図1).マスクの使用も感染率を85%も減少し (aOR 0.15, 0.07−0.34),その効果はサージカルマスクと比べ,N95マスクで勝る.また眼の保護も予防効果がある(aOR 0.22, 0.12−0.39).社会的距離の確保とマスク着用は感染拡大防止に不可欠である.Lancet. June 01, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31142-9)



◆発症から8日で感染力は消失する?
PCR陽性はウイルスRNAの検出を意味するが,その検体が感染力をもつとは限らない.このためPCR陽性となった検体の感染力について検討した研究がカナダから報告された.まず発症後21日目までに採取された90検体をVero細胞と培養したところ,26検体(28.9%)で細胞への感染が認められた.感染は発症から8日以上,経過した検体では認められなかった.PCRのサイクル閾値(Ct)の中央値は23(IQR 17~32)であった(小さいほどウイルス量が多い).感染する検体のCt値は,感染しない検体より有意に低く(17回対27回;p <0.001),また発症から検査までの日数は,感染する検体で有意に短かった(3日対7日;p <0.001)(図2).Ct > 24回,または症状発現から8日以上経過した検体では,細胞への感染力は消失していた.→ ウイルス量が少ない,もしくは発症から8日を超えた場合,感染患者の厳密な隔離は不要かもしれない.Clin Infect Dis. May 22, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa638)



◆患者自身によるPCR検体採取の感度は良好.
医療者による鼻咽頭拭い液の採取と比べて,患者自身が舌,鼻,中鼻甲介から検体を採取する方が,医療者のウイルス曝露を減らし,個人防護具(PPE)を節約できるのではないかと期待されている.しかし患者自身による検査結果は,医療者による検査結果と相関するのか?もしくは感度が劣らないか?という問題がある.米国からの研究で,患者自身が採取した舌,鼻,中鼻甲介の検体の感度は,医療者によって採取された鼻咽頭拭い液と比較して,89.8%(片側97.5%信頼区間78.2−100.0),94.0%(83.8−100.0),96.2%(87.0−100.0)であり,鼻と中鼻甲介については,臨床的に受け入れられるものと考えられた.Ct値に関しては,鼻咽頭ぬぐい液と,舌,鼻,中鼻甲介との相関係数は0.48,0.78,0.86であった(図3).→ 患者自身が採取する鼻,中鼻甲介からの検体を用いたPCR検査は,医療者による鼻咽頭拭い液の採取に替わる検査となる可能性がある.NEJM. June 3, 2020 (doi: 10.1056/NEJMc2016321)



◆手術を要した患者の生命予後と,死亡のリスク因子.
世界24か国で手術を受けた患者1128名の生命予後の検討.緊急手術が74.0%,待機手術が24.8%であった.主要評価項目である術後30日における死亡率は23.8%!と高かった.肺合併症が51.2%に生じたが,この場合,死亡率は38.0%に増加した.30日後死亡率の危険因子は,米国麻酔科学会全身状態分類3~5(不良)(オッズ比2.35),70歳以上(2.30),男性(1.75),緊急手術(1.67),悪性疾患(1.55),大手術(1.52)であった.→ 手術を要したCOVID-19患者の生命予後は不良.やむを得ない緊急手術を除き,手術を延期するための内科的治療を検討すべき.Lancet. May 29,2020(doi: 10.1016/S0140-6736(20)31182-X)

◆人工呼吸器装着患者の「空気飢餓感」による心理的トラウマを麻薬で防ぐ.
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)のため,人工呼吸器を装着された患者が経験する高度の「空気飢餓感」が引き起こす恐怖と不安への対策の重要性が指摘されている.高度の「空気飢餓感」は,ICUからの生存者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の原因として注目されている.筋弛緩薬の使用はこの症状の緩和に無効.プロポフォールの効果は不明.麻薬の使用が最も有効と考えられているものの,実診療では十分に使用されておらず,積極的な使用が望まれる.Ann Am Thorac Soc. Jun 5, 2020 (doi: 10.1513/AnnalsATS.202004-322VP)

◆神経疾患(1).パーキンソン病(PD)患者は症状が軽い?
PD患者は,一般集団と比較して,COVID-19の感染リスクが高いか?感染の危険因子は何か?また臨床症状が異なるか?について検討したイタリアからの症例対照研究.対象は軽度から中等度のPD患者1486名とその家族(対照)1207名である.それぞれの群で罹患者は105名(7.1%)と92名(7.6%),死亡者は6名(5.7%)と7名(7.6%)で,差はなかった.PD患者において感染した105名は,感染しなかった患者と比較し,2.5歳ほど若く,肥満や慢性閉塞性肺疾患の頻度が高く,ビタミンDの内服が少なかった(年齢調整オッズ比0.56).またPD群で罹患した者は,対照群と比べて,息切れを訴える頻度が少なく(0.33),入院も少なかった(0.41).→ 軽度から中等度のPD患者におけるCOVID-19の罹患率および死亡率は一般集団と変わらず,症状も軽度である可能性がある.またビタミンD内服の有効性について検討する必要がある.Mov Disord. June 02, 2020 (https://doi.org/10.1002/mds.28176)

◆神経疾患(2).入院中のCOVID-19患者における神経症状(ALBACOVID registry).
スペインからの報告.841名の患者の57.4%が神経症状を呈した.筋肉痛(17.2%),頭痛(14.1%),めまい(6.1%)などの非特異的な症状は,主に感染早期に見られた.無嗅覚症(4.9%)と味覚異常(6.2%)も早期に認められ,重症度の低い患者でより高頻度にみられた.意識障害は19.6%で認められ,主に高齢者と重度例に多かった.頻度は少ないものの,ミオパチー(3.1%),自律神経障害(2.5%),脳血管疾患(脳梗塞1.3%,脳出血0.4%),けいれん発作(0.7%;重積発作なし,6名中4名は進行期,2名は脳出血後),運動異常症(0.7%;ミオクローヌス様振戦が多い)も認めた.脳炎(髄液PCR陰性),ギランバレー症候群,視神経炎を各1名で認めた(いずれも回復期に発症した).死亡の4.1%が,神経合併症によるものであった.→ 神経症状は高頻度に出現する.とくに著しい低酸素血症や代謝変化がないにもかかわらず,意識障害や精神症状が出現した場合には脳神経内科医による評価が必要である. Neurology, June 01, 2020 (doi.org/10.1212/WNL.0000000000009937)

◆新規治療(1).ファモチジン(ガスター®).
SARS-CoV-2に対する抗ウイルス薬の標的として,ウイルスタンパク質の成熟に必要なペプチダーゼ3CLproがある.市販のH2ブロッカー,ファモチジン(ガスター®)には,この3CLpro阻害作用があると想定され,COVID-19治療の候補薬の一つと考えられていた.
まず米国における入院患者1,620名の後方視的解析にて,入院から24時間以内に84名(5.1%)においてファモチジンが使用され(用量10~40 mg,28%は静注),死亡または気管挿管の発生率低下と関連した(調整ハザード比0.43,95%信頼区間0.21−0.85).つまりファモチジン使用群では,非使用群に比べて,死亡ないし気管内挿管は57%も低かった(Gastroenterology. 22 May 2020:doi.org/10.1053/j.gastro.2020.05.053).
また,高用量の経口ファモチジン(50~80 mg,1日3回,11日間)を内服した入院していない患者10名すべてにおいて,開始24時間以内に複合症状スコアの顕著な改善を認めた.忍容性は良好であった.今後のRCTでの評価が期待される(Gut. June 4, 2020;doi.org/10.1136/gutjnl-2020-321852).

◆新規治療(2)回復期患者血漿のランダム化比較試験(RCT).
中国からの報告.対象は割付け前72時間以内にPCRで感染が確定され,胸部CTで肺炎を認めた重症ないし最重症(致死的状況)の患者.ただしSタンパク・受容体結合ドメイン特異的IgG 抗体価が高い患者は除外されている.患者数の減少のため,目標患者数に到達しなかったが,103名が参加した.回復期患者血漿群52名,対照群51名で,重症度によって層別解析を行った.主要評価項目である28日以内の臨床的改善(6段階で2段階の改善)は,回復期患者血漿群51.9%,対照群43.1%で有意差なし(差は8.8%[95%CI,-10.4%~28.0%],ハザード比[HR],1.40[95%CI,0.79~2.49],P=0.26)(図4).層別解析では,最重症患者では有意差はなかったが,重症患者では回復期患者血漿群91.3%,対照群68.2%(ハザード比, 2.15; P =0 .03)と有意差を認めた(ただし重症度との交互作用なし).副次評価項目の28日以内の死亡率は15.7%対24.0%で有意差なし.72時間後,PCRが陰性化した患者の割合は,回復期患者血漿群で,対照群と比較して有意に多かった(87.2%対37.5%, P < 0.001).回復期患者血漿群で輸血後数時間以内に2名の有害事象を認めたが回復した.→ RCTを行なったものの,有効性を証明できなかった.症例数不足で,検出力不足であった可能性がある.しかし,サイトカイン・ストームや凝固異常症が起きている最重症例に,中和抗体のみで治療するのは困難と考えるのが妥当かもしれない.JAMA. 2020 Jun 3. (doi: 10.1001/jama.2020.10044)



◆新規治療(3).Brutonチロシンキナーゼ阻害剤アカラブルチニブ.
COVID-19重症患者では,マクロファージの活性化を示唆する過剰炎症性免疫反応を示す.またBrutonチロシンキナーゼ(BTK)は,マクロファージのシグナル伝達と活性化を調節することが知られている.具体的には,図5に示すように,ウイルスssRNAがTLR7/8に結合し,それがBTKやMYD88の活性化をもたらし,さらにBTK依存性NFkB活性化を引き起こす.そして下流に存在するIL6をはじめとする炎症性サイトカイン,ケモカイン産生をもたらす.このため選択的BTK阻害剤であり,慢性リンパ球性白血病治療に使用されるアカラブルチニブを,COVID-19重症患者19名(うち酸素投与11名,人工呼吸器管理8名)に適応外使用した.10〜14日間の治療で,アカラブルチニブは大部分の患者の酸素化を1~3日で改善した.CRPやIL-6で評価した炎症や,リンパ球減少症もほとんどの患者で迅速に正常化した.治療終了時,酸素投与群の8/11名(72.7%)は酸素不要状態で退院し,人工呼吸器群の4/8名(50%)は抜管,2名は退院した.現在,アストラゼネカによるRCTであるCALAVI試験が進行中である.Science Immunol. Jun 05, 2020. (doi: 10.1126/sciimmunol.abd0110)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月1日)  

2020年06月01日 | 医学と医療
今回のキーワードは,無症状感染者の特徴とPCR陽性期間,退院後PCR再陽性からは感染しなさそう,抗凝固療法下の深部静脈血栓症の進行,がん患者における死亡率への影響因子,MRIで初めて描出された嗅覚神経路異常,多彩な神経合併症(PRES,ステロイド反応性脳症,深部白質・両側淡蒼球病変),中国発アデノウイルス・ベクター化COVID-19ワクチンの第1相試験成功です.
 私達も神経合併症としてMERS(可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症)を報告しましたが(J Neurol Sci),神経合併症の多彩さに驚きます.図1に示すようにウイルス受容体ACE2が脳の様々な部位(運動皮質,後帯状皮質,脳室,黒質,嗅球,中側頭回,延髄腹外側野,孤束核,迷走神経背側運動核)の,さまざまな細胞に存在することを存在することを考えれば,①ウイルス感染による直接伝播は容易に思いつきます.加えて,②parainfectious(傍感染性)の病態,③凝固異常症,④血管内皮細胞障害に伴う血液脳関門破綻や自動血圧調節能の破綻も生じ,多様な神経合併症をもたらすものと予想されます.



◆やはり無症状感染者は多い.21日間の旅程でアルゼンチンを出発したクルーズシップに乗船した217名に対してPCR検査を行ったところ,128名(59%)が陽性であった.このうち発症者は24名(19%)のみで,残り104名(81%!)は無症状であった.下船後の感染伝播を防ぐためには全員の検査が不可欠である.→ 無症状感染者が多いというCOVID-19の特徴は,規制が緩和された状況において,あらためて認識する必要がある.Thorax. May 27, 2020(doi.org/10.1136/thoraxjnl-2020-215091)

◆無症状感染者の特徴.武漢の1施設からの報告.入院患者26名の濃厚接触者調査で,PCR陽性となった78名のうち,無症状感染者33名(42.3%)と発症者45名(57.7%)の臨床的な違いを検討した報告.無症状感染者は発症者と比較して,若く(中央値37歳対56歳),女性が多く(67%対31%),肝障害が少なく(3%対20%),回復期のCD4細胞数が多く(719対474 /microL),そして鼻咽頭拭い液PCRの陽性期間が短かった(8日対19日;と言っても8日間も持続する).CD4細胞数の結果から,無症状感染者では免疫系の障害がより軽度であることが示唆された.→ やはり若年者では無症状感染者になりやすい.濃厚接触者には無症状であってもPCRを確実に行うことが感染拡大防止に必要である.JAMA Netw Open. May 27, 2020(doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.10182).

◆無症状感染者のPCR陽性(=ウイルスRNA検出)は,感染曝露から22日間と長い.中国からの報告で,無症状感染者24名において,PCR陽性の期間を検討した.感染曝露した日から2回連続陰性となった初日までの間隔は平均22.0日(標準偏差7.1日)であった.初回PCR陽性から数えると平均7.9日(標準偏差3.5日)で,前述の研究の8日とほぼ同じ結果である.PCRによるウイルスRNA検出は,必ずしも感染性を意味するわけではないことから,まず感染性を有する期間を明らかにする必要がある.Crit Care 24, 245 (2020). (doi.org/10.1186/s13054-020-02952-0)

◆退院後に再度PCR陽性となった患者からは感染しない?韓国からの報告.PCR陰性となり退院した患者60名に対してPCR検査を行ったところ,10名(16.7%)が,退院後4~24日目(最長感染から56日目)にPCRが陽性になった(鼻咽頭拭い液5名,肛門拭い液6名)(図2).臨床的にはこの10名のうち,2名がたまに咳をする程度であった.また別の1名は,退院後のPCR陽性が判明する前に,重症患者に使用するための血漿を献血していた.その際,個人防護具不十分な医療スタッフ9名が関わったが,その後,2ヶ月間,そのスタッフには症状はなく,PCRも陰性であった.→ 退院後再陽性患者では,ウイルスコピー数が少なく,感染力が乏しいのかもしれない(もしくはすでに死滅したウイルスを検出しているだけかもしれない).ただし,感染性が完全に否定されたわけではないため,患者回復血漿を採血する際,医療者は感染対策を行う必要がある(JAMA Netw Open. 2020;3(5):e209759;doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.9759).



一方,中国からも退院後のPCR再陽性について報告された.退院患者69名のうち11名(16%)が,退院後9~17日目にPCRが再陽性になった.全例で症状はなかった.PCR再陽性患者は,そうならなかった患者と比較し,疲労を呈する頻度が高く,初発症状の数が多く,CK値が高値という特徴を認めた(JAMA Netw Open. 2020;3(5):e2010475;doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.10475).

◆深部静脈血栓症は多く,かつ急速に進行する.COVID-19における血栓形成傾向は注目されているが,深部静脈血栓症(DVT)の頻度や予測因子は不明である.フランスから34名を対象とした検討(26名がPCR陽性,8名は臨床診断)が報告された.DVTは入院時に22名(65%)に認めた.ICU入室後,抗凝固療法(詳細不明)を開始したにも関わらず,わずか48時間で27名(79%)に増加した.18名(53%)は両側性,9名(26%)は近位部の血栓だった.DVTを認める症例の特徴として,D-dimer高値,フィブリノゲン減少,CRP高値が認められた.→ 早期にDVTを発見し,十分な抗凝固療法を行う必要がある.JAMA Netw Open. 2020;3(5):e2010478(doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.10478)
【以下,私見】ちなみに静脈血栓塞栓症(VTE)は,おもに深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症からなり,先天性要因と後天性要因の相互作用により発症する.5月23日の当科抄読会でも議論になったが,欧米白人に比べて,日本人を含むアジア人のVTE罹患率は低いが,先天性血栓性素因に人種差が存在することが明らかになっている.例えば欧米白人に同定されたVTE発症に関連する遺伝子多型のFV LeidenやFII G20210Aは,アジア人には同定されない.アジア人でCOVID-19の死亡が少ない理由は,このような遺伝子が一因ではなかろうか?

◆癌患者における感染後の死亡率は高い.米国,カナダ,スペインからのがん患者928名において,COVID-19感染の影響を調べるコホート研究.主要評価項目である感染から30日目の全死亡率は13%!(121/928名)と高かった.死亡率を高める要因としては,進行性がん(調整オッズ比5.20),2つ以上の併存症(4.50),がん特異的パフォーマンス・ステータス(3.89),ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシン併用治療(2.93),加齢(10歳の上昇で1.84),男性(1.63),喫煙(1.60)が認められた.これらは,がん治療の継続や緩和ケアを決定する上で重要な情報となる.Lancet. May 28, 2020(doi:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31187-9)

◆神経症状(1)嗅覚神経路のMRI異常信号の初めての描出.COVID-19病棟に勤務する25歳の放射線技師が,発症から1日後に無嗅症を呈した.4日後の頭部MRI,FLAIR画像で,右直回と両側の嗅球に高信号病変を呈した(図3).無嗅症が改善した発症28日後のMRIでは,これらの異常信号は消失した.→ やはり嗅上皮から感染したSARS-CoV-2は,嗅覚神経路を上行性に感染伝播するようだ.JAMA Neurol. May 29, 2020(doi:10.1001/jamaneurol.2020.2125)



◆神経症状(2)後部可逆性脳症症候群(PRES).米国の2症例(58歳男性,57歳女性)の報告.いずれの患者も,人工呼吸器装着中に,著明な上昇を伴う血圧変動を呈していたが,人工呼吸器離脱後に意識障害をきたした.頭部MRIでは後頭葉白質を中心とした可逆性の異常信号を認め(図4),PLESと診断された.SARS-CoV-2感染に伴う血管内皮細胞障害により,血圧の自動調節能の障害が生じたものと考えられた.意識障害の原因としてPLESも考慮すべきで,人工呼吸器装着中の血圧コントローは厳格に行う必要がある.J Neurol Sci. May 22, 2020(doi.org/10.1016/j.jns.2020.116943)



◆神経症状(3)炎症性サイトカイン関連・ステロイド反応性脳炎.イタリアからの報告.60歳男性.易刺激性と混迷にて発症し,5日後に意識障害にて入院,脳炎に伴う無動性無言を呈した.発熱や呼吸症状は認めなかった.頭部MRIでは異常所見はないものの,脳波は全般性徐波を呈していた.鼻咽頭拭い液PCRは陽性であったが,髄液では陰性であった.髄液細胞数18/micro-L↑,蛋白69.6 mg/dL↑さらにIL-8とTNFaも上昇していた.既知の感染症や自己抗体関連脳炎は否定された.パルス療法により意識障害は速やかに改善し,また髄液所見も改善した(図5).ウイルスの直接浸潤は否定できないものの,中枢神経のサイトカイン関連炎症過剰状態が示唆された.COVID-19に伴う脳炎では,ステロイドに対し治療反応性のことがある.medRxiv. May 14, 2020(doi.org/10.1101/2020.04.12.20062646)



◆神経症状(4)深部白質・両側淡蒼球病変.54歳女性.呼吸器症状で発症後,意識障害を呈した.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液traumatic tap(血清髄液).発症7日目の頭部MRIでは,テント上に,点状ないし腫瘤形成性(tumefactive)病変を,大脳深部白質や淡蒼球に認めた(図6).一部は造影効果あり.両側性,非対称性で脳室周囲の深部白質病変は急性脱髄を示唆する.もしくは血管内皮障害に伴う中枢神経小血管炎の可能性もある.Neurol Neuroimmunol Neuroinflam. May 22, 2020(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000777)



◆新規治療(1)中国におけるワクチン開発.SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質を発現する組換えアデノウイルス5型(Ad5)ベクターを用いたワクチンの第1相試験.目的は安全性,忍容性,免疫原性の評価である.非盲検,無作為化にて行われた.主要評価項目はワクチン接種後7日間の有害事象とした.健常者108名を3群に分けて,用量別にワクチンを接種したところ,1回以上の副作用が報告されたのは,低用量群83%,中用量群83%,高用量群75%であった.注射部位の副作用で最も多かったのは痛みで54%.全身性の副作用としては発熱46%,倦怠感44%,頭痛39%,筋肉痛17%を認めた.ほとんどの有害事象の重症度は軽度~中等度であった.接種 28 日以内の重度の有害事象なし.ELISAで測定した特異抗体,およびウイルス中和試験やシュードウイルス中和試験で検出した中和抗体は,14日目に有意に増加し,28日目にピークとなった.酵素結合免疫スポットおよびフローサイトメトリーアッセイによる特異的T細胞応答は,14日目がピークとなった.Ad5ベクター化COVID-19ワクチンは有望で,現在,第2相試験が進行中である.Lancet. May 22, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31208-3)

◆新規治療(2).レムデシビル続報.Gilead Sciences社によるレムデシビルのオープンラベル第3相試験.対象は試験開始時に人工呼吸器を要さない重症患者とした.397名を5日間の静注群(200名)と,10日間の静注群(197名)に無作為に割付けたが,開始時において10日間群のほうが有意に臨床的に重症であった(P=0.02).14日の時点で,7ポイントスケールで,2ポイント以上改善した頻度は,5日間群で64%,10日間群で54%であった.開始時の重症度にて調整すると,両者の改善率に有意差はなかった.副作用はいずれも70%台と高率で,内訳は嘔気9%,呼吸器症状の増悪8%,肝障害7%,便秘7%であった.RCTによる評価が望まれる.NEJM. May 27, 2020(doi: 10.1056/NEJMoa2015301).

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