Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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閉じ込め状態にあるALS患者さんは幸せか?

2019年10月16日 | 運動ニューロン疾患
「閉じ込め症候群」とは意識が保たれていながら,眼球運動を除き,動くことも言葉によるコミュニケーションもできない状態を指す.人工呼吸器を装着した閉じ込め症候群のALS患者さんは,現在の医療制度では急性期病院で長期療養することはできない.しかし私が若かった頃,今では考えられないことだが,大学病院の病室には閉じ込め症候群のALS患者さんが何人も長期療養されていた.当直の夜,病室の見回りで,何も語らない患者さんに話しかけるとき,とても緊張した.考えていることや苦痛の程度を想像できなかったためである.

今回,閉じ込め症候群のALS患者に対し,近年,開発された「視線入力装置」を用いて,QOLやうつ,精神的苦痛に対する対処,人工呼吸器装着や胃ろうに対する満足度,そして死への希望を調査した研究がポーランドから報告された.対象患者に対し,機能的重症度として改訂ALSFRS(ALS Functional Rating Scale),標準化された質問表としてAnamnestic Comparative Self-Assessment(ACSA),SEIQoL-DW,ALS Depression Inventory-12 items(ADI-12),schedule of attitudes toward hastened death(SAHD),Motor Neuron Disease Coping Scaleを評価した.また介護者にも患者の満足度について質問をした.

まず閉じ込め症候群のALS患者の介護者103名にemailで調査依頼を行ったところ,25名(24%)の介護者が返信した.死亡,重症感染,コミュニケーション困難といった理由で6名が研究に参加できず,最終的に19名 (18%)が研究に参加した.17名は気管切開下陽圧換気療法(TPPV),2名は非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を行っていた.TPPVのうち12名は緊急挿管が行われ,うちの7名は事前の説明がなかった.

さて調査の結果であるが,多くの患者はACSA score >0,SEIQoL score >50%で,QOLは決して悪くはなく,多くの患者はADI-12 驚くべきことに,改訂ALSFRSにより評価した身体機能低下の程度は,QOLの低下と相関はなく,0点の患者(=残存身体機能の極めて乏しい患者)のQOLはむしろ良好であった(図の赤丸).またTPPVとPEGを選択した17例全例,もし再び人生をやり直すとしたら「同じ選択をする」と回答した.自身の選択した治療に満足しており,死を選択したいという希望は少なかった (SAHD

以上より,ALS患者さんは閉じ込め症候群という極限の状況にあっても,介護者や私たちの予想に反して,その生活に満足し,QOLを維持し,そして生きる意欲を持つことが示された.この結果には驚かされた.

もちろん結果の解釈は慎重であるべきだ.まずこの結果をどの程度,一般化できるのかが不明である.日本人では,もしくは日本の医療制度下ではどうなのか?介護の人的パワーや,経済力は影響するか?患者・介護者関係の影響するのではないか?そもそも研究への参加を決めた介護者と参加を希望しなかった介護者では,選択バイアスがあるのではないか?眼球運動障害が出現したら?ALS以外の疾患の場合はどうか?等々,明らかにすべきことはたくさんある.

しかし本研究の意義,つまり閉じ込め症候群のALS患者さんのなかには「その状況や人生に満足し,生きることに対する強い意欲を持つ人がいる」という事実は揺らぐものではない.神経難病に罹患し,その人生に悲観して自殺幇助を希望する人がおられる一方で,過酷な状況であっても,その人生を享受する人もおられる.私たちは今回の研究から学ぶ必要がある.そしてEditorialにも書かれているように,疾患の進行を抑える病態抑制療法にばかりでなく,進行期の患者さんの「人としての尊厳を守る」ことに,我々はもっと取り組むすべきである.閉じ込め症候群にあってもQOLを高める要因は何であるのか知ることは意義のあることだと思う.

Neurology. 2019 Sep 3;93(10):e938-e945.

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医師の「燃え尽き症候群」防止への大きな一歩!―大規模アンケート調査―

2019年10月03日 | 医学と医療
日本神経学会は「医師の燃え尽き症候群」に対し先駆的な取り組みを行っています.この問題に取り組む前提として,私たちは「燃え尽き症候群」の正しい定義と,燃え尽き症候群は脳神経内科医に限った問題ではなく,多くの診療科医師が抱える重大な問題であることを正しく認識する必要があります(下記スライドにまとめスライドにまとめがあります).日本神経学会はキャリア形成促進委員会が中心になり,本年10月31日まで,全学会員を対象とした大規模アンケート調査を行っております.現状と問題点を明らかにした上で,対策を強化してまいります.この問題に率先して取り組み,神経疾患の治療・ケアの質の向上,および学会員のキャリア形成の満足度の向上を目指していきましょう.ぜひアンケートにご回答ください.また周囲の神経学会員にもアンケートへのご協力のお声掛けをぜひ宜しくお願い申し上げます.

なお日本神経学会の取り組みについてはこちらをご覧ください.
「神経学会の先駆的取り組み:医師のはたらき方改革と脳神経内科医のキャリア形成」






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