Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Pull test(どうやって姿勢反射障害を見ればよいのか?)

2007年06月24日 | パーキンソン病
 学生や神経内科学をはじめて学びにきた前期研修医の質問には時々答えにつまることがある.たとえば「ミオトニアは不随意運動ですか?」「retropulsionはどうなったら陽性なんですか?」という具合だ.前者は誘発して起こる現象だし,「神経症候学(平山)」の不随意運動の部分にも記載がないので不随意運動ではないのだと思うが,後者の質問についてはちょっとうまく答えられなかった.

 パーキンソン病の重症度の指標であるUPDRSを取られる方はご存じだと思うが,retropulsionはその中の評価項目の一つでもある.Retropulsionを評価するためには,患者さんの後ろに立ち,肩を後方に引き,姿勢反射障害の有無をチェックする.これがpull testと呼ばれる試験であるが,この試験に関するhistorical reviewを見つけたので紹介したい.

 まずパーキンソン病における姿勢反射障害の歴史について述べてあり,その記載はRomberg(1853年)の時代にまで遡るそうだ.1880年代に入りCharcotが患者の洋服を引っ張り,姿勢反射障害を評価するようになり,時を経て1960年代になりHoenとYahrが患者の胸骨を押して評価する方法を始める(push testという;危険なので避けるべき).最終的に1980年代に入り,パーキンソン病界の大御所Stanley Fahnがpull testの形にまとめ,1987年にはUPDRSのitem 30にpostural instabilityとして取り込んだ.

 次にreviewの著者は,1991年の国際学会でmovement disorderの専門医27人にpull testに関する質問を行った結果を記載している.それによるとpull testの方法や評価方法は案外まちまちであることが分かる.例えば,うち1名ではまだpush testを行っていたり,患者と検者の距離が近かったり離れていたり,患者が引かれる強さがばらばらであったりしたそうだ.使用目的についてはパーキンソン病のstagingのほか,ハンチントン病やdopa-responsive dystonia,atypical parkinsonism(PSP)の診断に使っているという答えがあった.また引っ張られたあと,後方へ何歩,足が出た場合,姿勢反射障害陽性とするかについては,1歩でも動いたら陽性が4人,2歩以上で陽性が14人,3歩以上で陽性が6名とばらばらであった!(おそらく何歩足が出て,自分で立ち直れたと正確に記載しておくことのほうが重要なのだろう)

 ではどのようにこの検査を行えばよいか?UPDRSにおけるpull testについては以下のように推奨されている(Neurology 62; 125-127, 2004も参照).
1. 検査の前に患者さんに後方に引っ張ることを説明すること
2. そして患者自身が倒れないように努力し,必要があれば後方に足を出しても良いことを説明すること
3. 実際に評価する前に,少なくとも一度は練習をさせてみること
4. 患者は直立し,前屈みにはならず,また歩幅は適度に離しておくこと
5. 素早く強く引っ張ること(日本語訳が難しいが,briskly and forcefullyと言っている)
6. 検者は患者を受け止める用意をするが,少なくとも3歩患者が足を出せる距離を保つこと
7. もし患者さんが自分よりも大きい場合には検者の背後にさらにサポートする人についてもらうこと

 実際の評価方法は,UPDRSに倣って,以下のように記載すればよい.
0. 正常
1. 後方突進あるが,自分で立ち直れる.(注;ここで何歩という記載をすればよい)
2. 姿勢反射がおきない.検者が支えなければ倒れてしまう.
3. きわめて不安定.自然にバランスを失う.
4. 介助なしでは立てない.

 このhistorical reviewはMov Disord (2006)のものだが,嬉しいことにDVDも付いていて,Fahn自身による解説とpull test実演を見ることができるので一度ご覧いただきたい.パーキンソン病における転倒のしやすさは,もちろん姿勢反射障害のみによるものではなく,pull testのみでその予測ができるわけではないが,pull testは簡単に行える試験だし,もしretropulsionが陽性であれば生活指導,たとえばドアを引いて開けるときや,引き出しを引いて開けるときには後方への転倒に気をつけるように本人・家族に指導することもできる.

 さあ明日は学生さんと一緒にpull testに再挑戦だ.(pull testについてご意見などあればぜひ教えてください)

Move Disord 21; 894-899, 2006 
Neurology 62; 125-127, 2004 
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多系統萎縮症(MSA)の睡眠呼吸障害・咽喉頭所見の特徴

2007年06月18日 | 脊髄小脳変性症
 日本で最も頻度の高い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)では,しばしば睡眠呼吸障害を合併し,睡眠中に突然死を来たしうることが知られているが,その機序については十分明らかにされていない.今回,新潟大学から,MSA の睡眠呼吸障害の特徴と,その罹病期間とともに増悪する因子についての検討が報告された.

 方法としては2001年から2004年までの3年間において,Gilman分類のprobable MSA と診断された21症例(MSA-Cが18例,MSA-Pが3例;日本ではMSA-Cが多いことを反映)に対し,日中の血液ガス,呼吸機能検査,ポリソムノグラフィー(PSG),覚醒時およびプロポフォール麻酔下における喉頭内視鏡を施行した.

 結果としては,PSGではapnea-hypopnea index(AHI)の軽度上昇(20.1±19.9/時),slow-wave sleep(stage III+IV)やREM sleepの減少(13.3±13.8%および8.2±7.6%)を認めた.喉頭内視鏡では麻酔下にて45%(9/20例)の症例に声帯開大不全を認めたが,声帯以外にも舌根,軟口蓋,披裂軟骨,喉頭蓋における狭窄を認めた.とくに披裂軟骨が声帯を覆い隠すように収縮し気道狭窄をきたす所見や,喉頭蓋が不安定で可動性が上昇し,気道狭窄をきたす所見(floppy epiglottis)はこれまでに報告がないばかりではなく,現在,治療として行われているCPAPが,それらによる気道狭窄を増悪させる可能性もあり,重要な所見と考えられた.また安静時には他の疾患では報告のない披裂軟骨の振戦様運動を認める症例が存在し,さらにこのような症例では麻酔下では高率に声帯開大不全を呈することを示した.

 罹病期間とともに増悪する因子としては,低酸素血症とAaDO2開大を認めたが(それぞれr=-0.398,r=0.407),呼吸機能検査では明らかな異常を認めなかった.またAHIを含むいずれのPSG検査所見も罹病期間とは相関しなかった.

 この研究での重要な点は,①MSAでは病期の進行とともに機序不明の低酸素血症が出現し,この日中の低酸素血症は,夜間の睡眠呼吸障害に伴う低酸素血症をさらに増悪させうること,②声帯のみならず,従来に報告のない部位の気道閉塞が生じることがあり,CPAP治療は.今後,閉塞部位ごとにその有効性を検討する必要があること,③PSG所見のうち,無呼吸の指標としてよく使われるAHIは,罹病期間と相関せず,さらに声帯開大不全の有無にも影響を受けなかったことから,MSAの睡眠呼吸障害の重症度の指標として必ずしも有用でないこと,である.MSAの睡眠呼吸障害やその治療が一筋縄ではないかないことを示した論文と言えよう.

Arch Neurol 2007;64 856-861 

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多系統萎縮症でも病的泣き笑いが生じる!?

2007年06月10日 | 脊髄小脳変性症
 少し会話しただけで笑いが止まらなくなってしまう多系統萎縮症(MSA-C)の患者さんを経験したことがある.「病的笑い」がMSAの症状のひとつとして出現するものなのかPubMedで調べてみたが,そのような文献を見つけることはできず,単なる笑い上戸なのだろうと結論付けたことがある.

 「病的泣き笑い(pathological laughing and crying;PLC)」は,抽象的・概念的な表現であり,その実体は案外分かりにくいものだが,「神経症候学〈1〉(平山惠造)」によると,「悲しみやおかしさの感情を伴わずに,泣き顔や笑い顔を呈する」状態を言う.「泣きと笑いの間には微妙な移行や類似性があり,表情も声も「泣き」とも「笑い」ともつかない場合が多く,「泣き笑い」と表現するほうが妥当なことが多い」と言われている.病変部位については十分明らかになっていないが,大脳基底核・視床レベルの病変が一般的に疑われている.この病態は多くの疾患で生じることが報告されている.たとえば脳梗塞,頭部外傷,多発性硬化症,ALS,アルツハイマー病,前頭側頭型認知症,脳腫瘍,橋中心髄鞘崩壊,CBDといったものが挙げられる.しかし,上述したようにMSAにおける報告例は見つからなかった.

 ところが,今回,Harvard Medical SchoolよりMSA-CにおけるPLCのケースシリーズが最新号のMov Disordに報告された.剖検にてMSA-Cと診断を確定したdefinite MSA 1例でPLCを認めたほか,retrospectiveに検討したprobable MSA 27例のうち9例でもPLCを認めた(よって10/28=36%).10例中「笑い」のみは5例で,「笑い+泣き」は5例であった.もしこの報告が本当ならMSA-Cでは過去の認識とは異なり,実はPLCが多いということになる(著者らはsample sizeが小さいことにより割合が高くなるsampling biasは起こりうると言っているが,同時に,PLC陰性の18例にも未発症者がいるかもしれず,もっと高い可能性もあるとも言っている).一方,MSA-CにおけるPLCの病変部位については3つの可能性を挙げている.①両側性のcorticobulbar tract,②大脳基底核,③小脳および小脳と接続するシステム,である.著者は剖検例の結果やMSA-PでPLCを認めないことから①と②については否定的な立場で,③小脳が無意識下の表情コントロールに関与しているという仮説を第一に考えている.

 本当にMSA-CでこんなにPLCの合併が多いのか,もしくはPLCのメカニズムに小脳が関与するのかなどなかなか論議を呼びそう論文ではあるが,今後,MSA-Cでは注意深くPLCの有無を確認する必要があると思われた.

Mov Disord 22:798-803, 2007 
神経症候学〈1〉

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アセチルコリン受容体抗体は自律神経障害を起こす!

2007年06月03日 | その他
 まず自律神経系の節前,節後線維における伝達物質についておさらいしたい.交感神経,副交感神経とも,神経節におけるシナプス伝達はアセチルコリン(Ach)によって行なわれている.交感神経の節後線維末端からはノルアドレナリンが支配する臓器に対して分泌されている.副交感神経節後線維の作用はAchにより伝達される(ただし例外として汗腺を支配する交感神経節後線維の伝達物質はAchである).

 Mayo ClinicのLowらは先日行われた米国神経学会(AAN)のplenary sessionのひとつで(Frontiers in Clinical Neurscience plenary session),自己免疫性の自律神経節障害autoimmune autonomic ganglionopathy(AAG)について紹介した.この病気はautoimmune autonomic neuropathyとかacute pandysautonomiaとも呼ばれてきた病気だが,日本ではあまり認識されてなかったのではないだろうか.症状としては交感神経系の障害(起立性低血圧OH,無汗症),副交感神経系の障害(脈拍変動異常,口渇,瞳孔収縮の異常),胃腸運動障害などを呈する.急性発症する症例以外にも慢性の経過をたどる症例もあり,この場合,変性疾患(Bannisterが唱えたPAF; pure autonomic failureとか,Shy-Drager症候群との鑑別が必要になる).

 AAGでは約半数の症例に自律神経節に存在するneuronal nicotinic acetyl-choline receptor(ganglionic AchR)に対する自己抗体が検出されることが報告されている.最新号のNeurologyではこの自己抗体が本当にAAGの病因であることを証明するin vitro実験が報告されている.ヒト培養細胞であるIMR-32細胞を用いて,パッチクランプ法によりganglionic AchR電流を記録し,AAG患者由来IgGを加えた場合の電流の変化を調べる実験だ.結果としては,7例のAAG患者IgGすべてがこの電流を抑制し,その効果は濃度依存性,かつ温度依存性であった(低温で抑制効果は減弱する).一方,健常者やMG・LEMS患者IgGではこの抑制効果は認められなかった.つまり患者IgGがAAGの原因である可能性が示唆され,ganglionic AchRの機能変化がその病態であると考えられた.

 一方,臨床的にはこの自己抗体価の程度によって,臨床像に違いが生じることも分かっている.具体的には以下の4タイプに分けられるそうだ.

① autonomic and paraneoplastic autonomic ganglionopathy(pandyssutonomia)
抗体価が高い場合のタイプ.症候としてAdie pupil,Sicca syndrome,神経因性膀胱,消化器症状,OH,汗腺異常を呈する
② pure automnomic failure
抗体価はさほど高くない場合のタイプ.汗腺異常と神経因性膀胱(軽度)を生じる.
③ chronic idiopathic anhidrosis
中等度の抗体価で,亜急性発症するが汗腺異常のみ.
④ postural orthostatic tachycardia syndrome
低抗体価の場合に生じ,起立性調節障害と頻脈,消化器症状を呈する.

 さて治療であるが,まずこれらの疾患では,高血圧を悪化させずにOHを改善させる必要がある.FDAで認められているのはmidodrineのみだが,supine hypertensionを増悪させる点が問題である.みんなが考えるであろうpyridostigmine(コリンエステラーゼ阻害剤)は,経験的には改善効果があるとLow先生は述べていた.現在ランダム化試験中とのことであった.いずれにしても治療できる可能性があることから,自律神経障害を主徴とする症例では鑑別に挙げるべき疾患といえよう.

Neurology 2007; 68; 1917-1921
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