Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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クリーブランドクリニック訪問 ―医療の産業化はどのように行われるか―

2012年09月21日 | 脳血管障害


脳梗塞の治療薬開発に関する共同研究のためクリーブランドクリニック(CC)を訪問した.五大湖の1つエリー湖の南岸に位置するクリーブランドはオハイオ州第2の都市である.以前は重工業で栄えたが,不況により衰退した.しかし現在は医療・ヘルスケア産業や金融などのサービス業により都市が再生し「復活の町」と讃えられている.そのクリーブランドの経済を中心になって支えるのがCCであり,事実,勤務者は3万7千人にも及び,クリーブランド市最大の雇用主となっている.

CCは1921年,「協力」「思いやり」「革新」を3原則として4人の医師により開設された.世界初の「輸血」「心臓冠動脈バイパス手術」「腎臓の人工透析」「血管造影検査」が行われた病院としても有名で,最近でも世界初の「顔面移植(ガンショットで顔の多くを失ってしまった女性に対する移植手術;写真)」が話題になった.セミナー後に院内を見学させてもらい,いろいろ感じたことがあるので紹介したい.

クリーブランド空港に降りてまず驚いたのが,CCの巨大な宣伝が何ヶ所もあることだ.たしかに医療が産業化している.さらに車椅子の方が少なからず見られたのはCCと無関係ではないのであろう.20分ほどのタクシーに乗り到着した病院は,クリニックという名前から想像されるものとはまったく異なり,日本の国立大学顔負けの規模である.用意してもらったホテルはクリニックの敷地内にある2つの高級ホテルの1つであった.部屋は長期滞在用に暮らしやすい工夫がなされ,全米のみならず世界各国から患者を受け入れていることが容易に覗えた.米国随一の心臓専門センターや,神経科センター,眼科センター,癌センター,小児病院など幾つもの建物があるが,いずれもそれぞれが総合病院の建物のように見えた.院内は新しく広々として,外来などの待合室はまるでホテルのロビーのようであった.

今回,基礎,臨床のそれぞれの先生方と議論をさせていただいた.まず基礎研究の施設見学では,研究動物を解析する最新の画像解析装置のほか,動物に対して行われるロボット手術を見せていただいた.留学から帰国した時のことを思い出した.当時,設備や人,研究費の差の違いのため,アイデアで勝る以外に勝負にならないと思ったが,今回もまったく同じことを思った.

一方,臨床では脳卒中専門の神経内科医からお話を伺った.チームの中に医師だけでなく,脳卒中専門ナースがいたり,研究コーディネーターが複数加わっていることはとてもうらやましく思えた.また,急性期脳卒中の在院日数を伺ったところ,通常5日間!ときわめて短期間であった.それを可能にしているのは医療連携が確立していることが大きいとおっしゃっていた.なぜ5日間での転院が可能なのか?そのヒントはHPを見てみると分かる.

Cleveland Clinic

トップページには幾つものサービスが記載されているが,その説明を読むと非常に驚くシステムであることが分かる.以下列挙してみる.

MyChart・・・電子カルテシステムで,同一システムを様々な立場の者(医師,ナース,研修医,医学生,研究者,患者など)が使用するのだが,立場により使用できる機能が決まっている点が特徴的.患者もアクセスできるため,医師はカルテ上でコミュニケーションを取ることもできる.患者は診察予約,処方箋依頼のほか,検査に関しても,その目的,方法,結果とその解釈を知ることもできる.

MyConsult・・・セカンドオピニオンサービスで,米国内のみならず,世界60カ国を超す国でも運営されている.患者は最初の医療機関で行われた検査や診断(一次診断情報)をオンラインで提出すると,CCが選んだ専門医によるセカンドオピニオンを返してもらうことができる.その詳細な情報のみならず,なぜその医師が選ばれたのか,その医師の専門などの情報も提供される.「遠隔医療」は「遠隔診断」と「遠隔治療」に分類されるが前者を担うシステム.

MyMonitoring・・・退院後の「遠隔治療」を行う仕組みのひとつ.CCを退院した患者が自宅等での毎日の経過情報をWEB上で報告すると,何とCCの医師からケアについて指示が出される.

DrConnect・・・CCに患者を紹介する開業医向けのサービス.紹介医は患者がCCに入院後,行なった検査や診療の情報をリアルタイムにアクセスすることができる.これにより退院後自分が引き続き診療することになる患者の状況を詳しく把握することができ,さらに必要があれば自身も意見を言える.開業医向けにはさらにMyPractice Communityというサービスもあり,月額600ドルを支払うとコンピューターとプリンタが届けられ,CCと同じシステムが使用できるようになる.

実際にどのようにこれらのシステムがどのように運用されるのか例示したい.遠距離に住むためCCに受診できない患者の診療は以下のようになる.まずMyConsultに患者が登録すると, CCから,自分のこれまでの検査や治療に関する情報を集めて指定のサイトにアップロードするように依頼される.それをもとに専門医師がセカンドオピニオンを返すと同時に,かかりつけ医にDrConnectに登録してもらうよう患者は依頼される.CCでの治療が行われた後は,MyMonitoringやMyChartが使用されCCを中心とする「遠隔治療」が行われる.

お分かりになられたと思うが,CCの医療はWEBを用いて患者や外部の診療機関と連携を行うもので,CC,開業医などの外部の診療機関,患者にとって便利・理想的であるだけでなく,ネットワークを形成することで外部の診療機関もCCの一部として組み込まれる形になる,すなわち医療ネットワークが形成されるという側面がある.CCにとって言わば「患者・外部医療機関囲い込み」効果があり,勝ち組の医療ネットワークが形成される.このようなシステムづくりに乗り遅れた病院は淘汰されていくことになる.

しかしながら遠隔医療にも限界はある.つぎに行われるのは患者が多いところに拠点を作ることであり,すでにCCはAbu Dhabiに海外進出している.また「次はどこだと思う?中国だよ」とも話していた.

日本でも医療の産業化が期待されている.しかし実情はどうだろう.確かにカルテの電子化は進んでいるが,それぞれの病院で電子カルテシステムが異なり,一番のメリットとなるはずの外部機関との情報交換がほとんど行われていない.日本の将来の医療も,データ情報の共有化・ネットワーク化に早く成功した病院を中心に再編が起こり,乗り遅れた病院は淘汰されていくのだろう.「遠隔医療」のシステムづくりに成功すれば,医療は経済を支える産業になりうる.ただしシステムづくりだけでは不十分で,CCで行われているように先端医療の開発,専門的な能力をもつ医療スタッフの雇用・育成と正当な評価が基盤として不可欠であろう.

参考文献:クリーブランドクリニックの医療情報戦略


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多系統萎縮症に対するリチウムによるランダム化比較試験

2012年09月10日 | 脊髄小脳変性症
イタリアで行われた多系統萎縮症(MSA)に対するリチウムによる二重盲検ランダム化比較試験の結果が報告された.リチウムが候補となった理由は,基礎研究において,オートファジー促進作用が報告されていること,MSAの病因タンパクと考えられているαシヌクレインもオートファジーにより分解されること,そしてオートファジー促進は神経変性疾患(ハンチントン病)の動物モデルの進行抑制作用を持つことが示されているためである.根拠としては少し弱い感じもするが,実際にリチウムはMSAに限らず,ALSや軽度認知障害(MCI),アルツハイマー病,タウオパチー,脳梗塞などで臨床試験が行われている薬剤である.

さて方法だが,主要評価項目はリチウム内服の安全性・忍容性を確認することとし,副次評価項目は疾患の進行,QOLへの効果を調べることとした.対象は18歳以上のprobable MSAとした.リチウムは1日150 mg(2回に分けて内服)から開始し,血中濃度を0.9-1.2 mmol/Lにコントロールし,内服上限は1500 mgとした.

10名の患者が登録され,うち9名がランダム化された(4名が実薬,5名が偽薬).全例MSA-Cであった.罹病期間は78±46ヶ月.ランダム化して1年後に行われた暫定的な評価で,実薬群は偽薬群と比較し,脱落率および有害事象率とも有意に高かった(P<0.01およびP<0.02).具体的には実薬群の4/4の脱落に対し,偽薬群は1/5.有害事象率は実薬群で58.4%,偽薬群では21%であった.有害事象としては,リチウムの副作用して知られる眠気と振戦が問題となった.このため,データ監視委員会により臨床試験は中止された.また副次評価項目による有効性の評価については,当初予定した24週にまで到達した症例がなく,評価不能という結果であった.

症例数の少なさを考慮しても,多系統萎縮症患者におけるリチウムの忍容性は乏しく,治療薬候補として検討を継続することはやめたほうがよいと著者らは語っている.しかしその一方で,症例数が少なく,かつ罹病期間も6.5年と長いことから,ここで結論を出してよいものか分からないように思う.いずれにしても,基礎研究の臨床へのtranslationは難しいということを再認識する結果になってしまったのは残念だ.

A randomized clinical trial of lithium in multiple system atrophy.
J Neurol. 2012 Aug 30. <a href="http://www.springerlink.com/content/m7135767w8108022/">[Epub ahead of print]
http://www.springerlink.com/content/m7135767w8108022/

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チョコレートは脳卒中に対し予防効果をもつ!

2012年09月04日 | 脳血管障害
チョコレートは脳卒中に対し予防効果があるらしい.本当かしら?と思ってしまう話題だが,実は前向き試験が4報あり,うち2報において統計学的に有意な予防効果を持つと結論されている.その報告の一つがスウェーデンのカロリンスカ研究所から昨年報告された女性を対象にした論文である.毎週適量のチョコレートを食べると脳卒中の発症リスクが減少するという報告である.

Chocolate Consumption and Risk of Stroke in Women
J Am Coll Cardiol. 2011;58(17):1828-1829.


同じ研究チームが,男性におけるチョコレートの摂取量と脳梗塞発症リスクを検討し,さらに既報の前向き試験についてもメタ解析を行ったのが本研究である.さて方法はスウェーデン人男性37,103名(49~75歳)を対象とした前方視的研究である.チョコレート消費量は開始時に,詳細な食品摂取調査票を用いて調べた.脳梗塞発症のデータはSwedish Hospital Discharge Registryを用いて得た.メタ解析は2012年1月までの関連する研究をPubMedおよびEMBASEデータベースを用いて検索し,データの結合はランダム効果モデルを用いて行なった.

さて結果であるが,10.2年の観察期間において,1,995例の脳卒中の初発を認めた.内訳は脳梗塞1,511例,脳出血321 例,詳細不明が163例であった.チョコレート消費が多いほど,脳卒中リスクは低かった.相対危険度では,消費量の最も多い四分位(中央値 62.9 g/week;およそ1/3カップのチョコレートチップ)は最も少ない四分位(中央値 0 g/week;すなわち食べない)と比較し,0.83(95% CI 0.70–0.99)であった.すなわち17%の危険率の減少がみられ,10万人・年で12人の脳卒中の発症が減るという計算になる.また脳卒中の種類には関わらず危険率の減少が見られた.

既報4研究に本研究を合わせた5つの研究のメタ解析では,合計4,260例の脳卒中が含まれ,全体の相対危険度は,チョコレート摂取の最も多い群と食べない群を比較すると0.81(95% CI 0.73–0.90),すなわち19%の減少であった.以上より,チョコレート消費は脳卒中リスクを下げるものと結論付けられた.

なぜチョコレートが脳卒中予防効果を持つのか?著者らはチョコレートに含まれるフラボノイドに関連があるのではないかと推測している.フラボノイドは,クマル酸CoAとマロニルCoAが重合してできる植物に広く含まれる色素成分の総称で,ポリフェノールの一つである.チョコレートやココア,緑茶,紅茶,ワインに含まれる.抗酸化作用,抗血小板作用,抗炎症作用を持つと言われている.さらに血圧も下げ,LDLコレステロール値の低下や酸化抑制作用もあるそうで,脳血管にも保護的に作用するのだろう.

実は先行研究でダークチョコレート(ミルクが入らないカカオマスを40~60%含むもの)には心血管病の予防に有効であることが知られていたが,興味深いことに今回摂取されていたチョコレートの90%はミルクチョコレートだった!ミルクチョコレートは砂糖と脂肪を多く含む高カロリー食品で,肥満など他の脳卒中のリスク要因の原因となる.本研究でチョコレートの種類まで調べていないのは残念だが,当然食べ過ぎは好ましくなく,理論的にはダークチョコレートを選ぶことが良いのだろう.

そして面白いのは5つの既報のうち3報告がスウェーデンからのものであるという点だ(残りはアメリカとドイツ).ネットで調べるとスウェーデンの人々はどうもチョコレートが大好きらしい.きっと著者もチョコレート好きに違いない!?

Chocolate consumption and risk of stroke ― A prospective cohort of men and meta-analysis―
Neurology. 2012 Aug 29. [Epub ahead of print]

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