Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳神経疾患の罹患後に筋肉が衰える驚きの理由!

2024年07月16日 | 感染症
医療者であれば脳神経疾患罹患後に筋力が低下することに異議を唱える人は少ないように思います.これは長期臥床による廃用萎縮(筋肉を動かさないことによる萎縮)と説明されてきました.ワシントン大学からScience Immunol誌に報告された論文を読むと,意外なことに単なる廃用ではなく,「脳内で起きた炎症シグナルが筋肉に伝わってミトコンドリア障害をきたす」という驚くべきことが生じていることが分かります.

結論が図にまとまっているのでこれを用いて解説したいと思います.論文によると感染症(細菌感染,COVID-19)や神経変性疾患(アルツハイマー病)のあとに筋障害が生じる経路は2つあり,①神経変性を介する筋障害経路,②炎症シグナルを介する筋障害経路になります.



①神経変性を介した筋障害経路(図1左)
病原体の脳内侵入→Toll受容体とPGRP(ペプチドグリカン)受容体の活性化→転写因子Dorsal およびRel の核移行→抗菌ペプチド(AMPs)の生成→神経細胞の炎症とこれに伴う神経変性→神経系の機能低下→結果的に筋機能障害の発生

②炎症性シグナルを介した筋機能障害(図1右)
感染または慢性神経疾患→活性酸素種(ROS)の脳内での生成・蓄積→炎症性シグナル伝達(JNK経路の活性化.FosとJunを介してUpd3*(哺乳類ではIL-6)の発現を誘導→Upd3/IL-6の血液循環への放出と筋への到達→IL6受容体の活性化とJAK/STAT経路の活性化→リン酸化STATの核移行→ミトコンドリア機能障害(ATP産生↓)→筋障害
* Upd3(Unpaired 3):ショウジョウバエにおけるマウスIL6のオルソログ

図2はミトコンドリア膜電位を評価するためのTMRE染色(tetramethyl rhodamine ethyl ester)染色

つまりbrain-muscle axisというシグナル経路が存在すること(脳-筋連関)をショウジョウバエ・モデルとマウス・モデルで確認し,さらにヒトにおいてもCOVD-19後遺症である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)やアルツハイマー病(Aβ42)をモデルに確認を行っています(COVID-19後のサイトカインストームにおいてIL-6は,IL1βやTNFαなどとともに重要なサイトカインです).もしこれが正しければIL6に対するモノクローナル抗体や,JAL阻害剤が脳神経疾患後の筋障害に有効ということになります.もちろん高額な薬剤を多くの脳神経疾患に予防的に使用することはハードルが高いですが,まずトシリズマブ(IL6抗体薬)などの治療を受けた患者さんの筋障害がどうであったのかなど臨床におけるデータの検証が必要になるものと思います.
Yang S, et al. Infection and chronic disease activate a systemic brain-muscle signaling axis. Sci Immunol. 2024 Jul 12;9(97):eadm7908.(doi.org/10.1126/sciimmunol.adm7908

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湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴がなくてもアメーバ性髄膜脳炎は生じうる!

2023年07月01日 | 感染症
当科の大野陽哉先生らが担当した症例がNeuropathology誌に掲載されました.私も途中で「もしや!」と診断に気づいたのですが,経過は急速で救命できなかった症例です.入院時やや高血糖であった以外,免疫抑制状態はなく,湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴もない76歳女性でした.3週間前から頭痛を認め,意識障害のため入院しました.脳脊髄液では単核球優位の細胞増多,蛋白上昇,グルコース低下を認めました.抗菌薬・抗ウイルス薬による治療にもかかわらず,意識障害および髄膜刺激徴候は悪化,右動眼・外転神経麻痺,呼吸不全も1週間の経過で出現しました.頭部MRIで水頭症による左側脳室下角の開大,脳幹・小脳周囲に結核性髄膜炎を思わせる髄膜の造影効果を認め(図1),抗結核薬を開始しました.



この辺で脳腫瘍やアメーバが鑑別診断に挙がり,左側脳室下角周囲の白質から脳生検を行ったところ,血管周囲に空胞を伴うエオジン好性円形のorganismを認め,アメーバ性髄膜脳炎が濃厚となりました(図2).



アジスロマイシン,フルシトシン,リファンピシン,フルコナゾールを開始しましたが奏効せず,入院から42日目にお亡くなりになりました,剖検では脳はautolysisしていましたが,血管周囲の脳組織に多数のアメーバ嚢胞を認め,カンジダ感染も合併していました(図3).アメーバの16SリボソームRNA領域を解析したところ,Balamuthia mandrillarisと一致する塩基配列が検出されました.



本例より学んだのは,アメーバ性髄膜脳炎は免疫不全がなくても,かつ湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴がなくても鑑別診断に加える必要があること,そして脳神経麻痺,水頭症,髄膜増強効果といった結核性髄膜炎に似た所見を呈しうることです.致死率の非常に高い疾患で,救命できた症例は発症1週以内に早期診断をしていました.しかしその診断には脳生検が必要となり非常に厄介です(既報109例中88%で脳生検を要しています).それにしてもどこで感染したのか,とても気味が悪く思いました.
Ono Y, Higashida K, Yamanouchi K, Nomura S, Hanamatsu Y, Saigo C, Tetsuka N, Shimohata T. Balamuthia mandrillaris amoebic encephalitis mimicking tuberculous meningitis. Neuropathology. 2023 Jun 28.(doi.org/10.1111/neup.12932)

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両側視床対称性病変で忘れてはならない疾患 ー日本脳炎ー

2022年08月25日 | 感染症
図の左上の頭部MRIは最新号のNEJM誌の症例です.診断は日本脳炎です.有名な疾患と画像所見ですが,自分は経験したことがありません.コガタアカイエカによって媒介され,増幅動物はブタです.ヒト-ヒト感染はありません.日本でも1960年代前半までは年間2000~4000人の患者数でしたが,日本脳炎ワクチンが導入された1970年代より激減し,1992年からは年間10人以下となっています.この理由として,ウイルスに感染したブタを刺した蚊に刺される機会が減ったことや,日本ではワクチンの接種率が高いことが挙げられています.しかしアジア地域では今なお最も重要なウイルス性脳炎と言われています.



今年になり,オーストラリアでアウトブレイクが発生し,40例の感染が生じ,5名が死亡したそうです.MRIの症例は45歳女性,発熱・意識障害で入院,両側視床のほか,右小脳半球,脳幹にT2強調高信号病変を認めました(右図は症例集積研究からの引用です).人工呼吸管理を行ったものの亡くなられ,剖検ではウイルス性全脳炎で(左下),視床,脳幹,上位頸髄に病変が目立ちました.視床より検出された日本脳炎ウイルス(JEV)の遺伝子型はⅣ型株でした.診断において重要なことは,本例もそうでしたが,脳脊髄液からJEV遺伝子が検出されることはきわめてまれで,急性期血清と回復期血清(ペア血清)を採取・保管し,JEV IgGとIgMを測定することです.

今後,日本でも日本脳炎が増加する恐れがあります.これまで日本で検出されたJEVの遺伝子型はⅢ型とⅠ型のみであり, 日本で用いられているワクチンはⅢ型株由来です(Ⅰ型株にも同程度の中和抗体ができます).近年,中国,韓国でV型株が検出されていますし,今回はⅣ型株で,日本への侵入した場合,現在のワクチンの防御能が低い可能性があります.特徴的な画像所見を見た場合,日本脳炎も忘れずに鑑別診断に挙げる必要があります.
N Engl J Med 2022; 387:661-662(doi.org/0.1056/NEJMc2207004)
Am J Trop Med Hyg 2017; 97: 369-375
日本脳炎ワクチンと日本脳炎ウイルス遺伝子型Ⅴ型

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眠れない一族 (最高にスリリングなプリオン病の本)

2012年07月15日 | 感染症
プリオン病を学ぶ際,教科書を読むより絶対におすすめの本を紹介したい.何より面白い本なのだ!近年,読んだサイエンス・ノンフィクションのなかで個人的には1位をつけてもよいと思う.

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎 (ダニエル・T・マックス 紀伊國屋書店2007年)

イタリアのヴェネツィアのある高貴な一族は,代々,謎の不眠症に苦しんでいた.この病気は中年期に発症し,異常発汗や硬直,瞳孔収縮(自律神経症状)を引き起こし,やがて患者はほとんど眠れなくなる.不眠と疲労の極限状態においてもなお,患者の意識は明確で,自分に何が起こっているのかを理解する.そして恐怖と絶望の中で死んでいく.脳の損傷は主に視床に見られ,その一部がほぼ破壊されている.この一族の数世紀に及ぶ物語を軸に物語は進行する.やがて1986年に,NEJM誌に致死性家族性不眠症(FFI)として報告される病気が,18世紀にイギリスにおいて流行した羊の病気「スクレイピー」,20世紀前半に発見されたクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD),20世紀後半にパプアニューギニアの食人族(フォレ族)において発見された「クールー」,そして1980年代英国に始まり現代も続く狂牛病と同じタンパク質の異常が原因であることが判明する.

この致死性の不眠症(FFI)の正体は,ウィルスでも遺伝子でもなく,自己増殖する悪性のタンパク質が正体であった.ある形状を持ったタンパク質は「鋳型」を使って自己を複製して増殖し,やがて宿主の脳細胞を侵食し死に至らしめる.殺人タンパク質の発見は「遺伝子が生物の形質を決定する」「生物だけが感染を引き起こす」という生物学の根本を揺るがす大発見であった.さらにプリオン病の起源を探るうちに,80万年前の食人習慣(人肉食)にあったのではないかという仮説にまでたどり着く・・・というのがおおまかな内容である.

本書はプリオン病の科学的側面に加え,歴史的,文化的な意味合いも明らかにする.加えて残酷な不治の病に侵されるとはどういうことか考えさせられるし,人間を人間たらしめているもの,すなわち私たちの野心こそが,人間を感染性のプリオン病の危険に晒してきたという事実を否応なく認識させられる.

また本書の読みどころといえるノーベル賞受賞の2名の研究者たちの努力によって,プリオン病の発生の経緯が次第に解明されていく過程は実にスリリングである.パプアニューギニアで「クールー」により苦しめられ全滅しかかった部族を研究したカールトン・ガジュシェック(1976年受賞),そして鍵となるタンパク質を突き止めるのに貢献し,それをプリオンと命名したスタンリー・プルジナー(1997年受賞)である.2人は強烈なキャラクターで,ガジュシェックは文明嫌いと少年愛の性癖を持ち,児童性的虐待の罪で有罪判決を受け獄につながれ,一方のプルジナーは極端に上昇指向が強く金儲けとスタンドプレーと職権濫用を好み人使いが荒かった.個人的には昔,米国神経学会でプルジナーの講演を聞いたが,映画俳優バリのスモークを焚かれた派手な登場と,何分にも及ぶstanding ovationと,独特で豊かな白髪が忘れられない.

まさにてんこ盛りの内容で,これが面白くないはずがない.以下,項目に分けて個人的に面白かった内容を紹介したい.

(プリオン)
プリオンは,一般向けにわかりやすい用語をマーケティング的に考えた末,small proteinaceous infectious partile「タンパク質性感染粒子」の頭文字をとって命名された.この名称はプルジナーの期待通り,報道関係者を魅了し,新聞などに取り上げられ,一般の認知度が一気に高まった.しかしプルジナーの敵対者たちにとって許しがたかったのは,この名称がこの分野の重要な問題,すなわち,その感染性の病原体はタンパク質か,それともウイルスかという問題を避け,言葉を弄ぶことで科学上の論争をはぐらかすように見えたことだ.このため,多くの研究者が彼に同調するのを拒んだ.

(スクレーピー)
羊のプリオン病では,脳を犯され,治まらないかゆみのため体を激しく壁や木にこすりつけるようになる.中枢性の症状のため掻いても掻いても治まる望みはない.この「こする」という意味のscrapeという言葉にちなんでスクレイピーと呼ばれるようになった.スペインでは羊を何世紀にもわたって近親交配による品種改良を行い,羊毛が格別で大型の種(メリノ交配種:ほとんど純系)を作ったが,これがとりわけ羊のプリオンに感受性の高い品種であった.つまりスクレイピーは感染と遺伝の両方によって広がったとみられている.後にオーストラリアで羊毛が行われるようになるとヨーロッパの羊産業は崩壊,人工的な品種改良も行われなくなり,スクレイピーに抵抗性のある血統が再び優勢となった.

(クールー)
ニューギニア島中央部の高地に住むフォレ族のうちクールーに罹るのは女や子供が圧倒的に多く,夫だけを残して家族全員が死ぬことがしばしばあった.このため一族は呪いが原因だと思い込んだ.彼らは,近隣部族のカマノ族から食人習慣をとりいれていた.元来フォレ族は,埋葬を一種の消化作用と捉えていた.大地が遺体を食し,それによって豊穣になる.人間が食物になりうるという発想は基本的に彼らの世界観に一致し,身内が死んだ時に女と子供だけ人肉を食べるようになった(人肉はおいしいらしい).フォレ族が人肉を食べ始めたのとほぼ同時期にクールーが出現し始めた.60年代はじめに食人の習慣をやめたところらクールーは激減した.

(狂牛病;BSE)
BSEの原因として「ケーキ」説がある.この「ケーキ」は,他の家畜,しかも牧場で死んだために人間の食用として売ることのできない家畜の肉や骨を原料にして作られた.糖蜜をたっぷり加え甘いため牛は大好きなのだそうだ.栄養状態を改善し,大量の牛乳を生産できる牛を育てるために考案された.この「ケーキ」にプリオンが入り込み,牛に感染した.感染した牛は再度肉骨粉になるので,この繰り返しで大量の感染牛が生まれた.

2005年のLancet誌によると,BSEはインドで散発性CJD感染者の遺体の一部が牛のタンパク質に混入し,それが牛の飼料用としてイギリスの市場に送られてBSEの発生源になったという.そこで牛からヒトに戻って変異型CJDとなった.牛から感染したとしても,牛はヒトからもらったものを返したに過ぎない.

狂牛病へのイギリス政府の対策は常に後手に回った.狂牛病は人には感染しないという思い込みと,国内畜産業を保護しようとする圧力により,最初の発見から8年間も有効な対策が取られず,この間100万頭単位の感染牛がイギリスの食品供給経路に入り込み,6400億食もの狂牛病感染牛がイギリス人によって食された.もし狂牛病が人に感染しやすい病気であったならば,1000万人の犠牲者が出ることが予想された.しかし,幸いにも狂牛病は人に感染しにくい病気であったため,現在,専門家たちは死亡者数の上限を7000人と推定している.

(CJD)
感染によるCJD発症が疑われている.感染源としては, 感染した牛の肉,病院の機器の汚染,未診断のプリオン病患者からの輸血,タンパク質のサプリメントの錠剤,精肉加工の副産物で作られる化粧品なども候補に上げられている.

アメリカにはさらにもうひとつのプリオン病として,鹿とエルクを襲う慢性消耗病(CWD)が存在する.鹿の枝角を大きくするために与えた固形飼料に病気で死んだ羊などの動物からとったタンパク質が含まれており,スクレーピーの病原体が入っていた可能性が高い.死んだ鹿はすでに何千頭にも及ぶ.米国では3人の若者に起きたCJDがCWD感染による ものではないかという疑いがもたれている.野生動物パーティでシカをよく食べていたヒト3人の死亡例についてCWD感染との関連を調査され,確証はないものの,CWDがヒトに感染するのではないかという面から大きな関心が寄せられている.


個人的におすすめのサイエンス・ノンフィクション3冊

1.眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

2.理系の子―高校生科学オリンピックの青春 科学のオリンピック「インテル国際学生科学フェア」に出場した少年少女たちと,彼らを見守る大人たちの最高に感動的なお話.科学のおもしろさを再認識する.

3.なかのとおるの生命科学者の伝記を読む 阪大医学部教授で自他ともに認める伝記好きである著者が,古今東西の生命科学者達(野口英世,ジョン・ハンター,ルドルフ・ウィルヒョウなど18人)の伝記を紐解き,彼らの内面と生きざまに迫る.

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クロイツフェルト・ヤコブ病の早期診断(2)

2011年07月17日 | 感染症
私が気になった点は,CJDの発症前診断,もしくはごく早期に診断ができた場合,「告知」をどうするべきかという問題である.つまり本人に病名を伝えるか,伝えないかということだ.通常,CJDの診断はある程度症状が進行してから行われるため,認知症は進行し,本人にCJDであることを告知するタイミングを逸していることが多い.しかし本例ではどうであろう.主旨がことなるため論文中に告知についての記載はないが,おそらく主治医はこの点で非常に苦悩をしたものと思われる.私も過去に,認知機能が保たれている発症早期に頭部MRIにて診断ができたCJD患者さんに遭遇したことがある.「極めて短時間に,思考も記憶も人格も意識もすべて奪われ寝たきりになる病気であり,かつ治療法もない」という過酷な内容を告知すべきか,すべきでないのか?

自分を患者さんの立場に置き換えてみると,若かったころには告知してもらいたくないと考えたと思う.耐えられず大きく取り乱す可能性も高い.しかし現在の自分であれば,告知してもらい,残された僅かな時間を,家族や友人に何かを残すために使いたいと思う.つまり自分自身であっても年齢や状況によって考えが変わりうる.まして他者である患者さんを自分のものさしで測れる自信はない.どうすればよいか?当時,相談させていただいた臨床倫理コーディネーターの第一人者の先生とのやりとりを経て,自分なりに考えたことを参考までに記載したい.

まず大切なことは,患者さんには病名を「知る権利」も「知らないでいる権利」もあることを認識することだと思う.「知らないでいる権利」を保障するためには,本人が「知りたい」かどうか,そうであればどの程度知りたいのかを少しずつ確認する作業が不可欠である(非常に難しいことだが・・・).その際,本人から「知りたくない」という意思表示があれば告知は行うべきではない.

また「病前性格」を理解する努力も重要である.これは通常,家族から情報を得る.一般の病気では,患者さんのプライバシーや財産管理などの権利を護るために,患者さん本人に説明をし,家族から先に説明をしないことが普通と思う.しかし,今回のようなケースでは,家族が先のほうが良いように思われる.ストレスに弱く,真実を知ることに耐えられない病前性格であれば告知しないという選択肢もありうる.また家族への配慮も極めて重要で,あとになって「告知しておけば良かった」,反対に「告知しなければ良かった」と大きな後悔の念が残らないように,タイムリミットは短いながらも十分に考えていただく必要がある.グリーフケアの立場からもこの点はとても大切である.

そして患者,家族が告知を望んだ場合にはどうすべきか.厚労省研究班の編集した「プリオン病と遅発性ウイルス感染症」という本があるが,そのなかの「患者・家族に対する心理的支援」という章では,「心理支援の真の目標は,不安や心痛の解消ではなく,不安や心痛をいだいている自分を否定せず受け止められるように心理的適応を促す」ことであることを強調している.そのためには十分な情報提供が大切であること,多くの職種が関わる必要があることは言うまでもない.

さて最後に「告知」という言葉について述べたい.この言葉はなにか冷たい響きを感じる.相手への配慮を考えることなしに一方的に伝えようとするニュアンスが汲み取れるからであろう.病名を「知らせる」行為は両方向の対話でなければならない.非常につらい作業ではあるが,哲学者の清水哲郎氏は「医療現場に臨む哲学」のなかで以下のように述べている.「この世を去る悲しみ,場合によっては志半ばにして働きを断つ無念さは当然としても,それと共に死を受け止める姿勢をも持ちうる人間の可能性を信じてみてはどうだろう」.私もその可能性を信じてみたい気持ちが強い.


プリオン病と遅発性ウイルス感染症  (プリオン病に関するモノグラフとしては現在最良)

医療現場に臨む哲学  (医療における哲学を学ぶのに適したとても分かりやすい本)
Comments (2)
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クロイツフェルト・ヤコブ病の早期診断(1)

2011年07月17日 | 感染症
クロイツフェルト・ヤコブ病は「きわめて急速に進行する認知症」と「全身の不随意運動」を主徴とする中枢神経の変性疾患である.プリオンが原因である点は狂牛病と共通する.診断は,臨床症状に加え,脳波(徐波化,periodic synchronous discharge;PSD),髄液検査(14-3-3蛋白,タウ蛋白上昇),頭部MRIを組み合わせて行なう.頭部MRIでは,拡散強調画像(DWI)やFLAIR画像にて,病初期より大脳皮質,大脳基底核や視床が高信号を呈する.

さて今回,日本から,発症2ヶ月前にたまたま撮像した頭部MRIにおいて異常所見を認め,その後CJDと診断された症例が報告された.症例は68才男性.姉が以前くも膜下出血で死亡したため,自分も心配になり,2005年10月,頭部MRI検査を受けた.DWIにて側頭葉から後頭葉にかけて高信号域を認めた.その他のシークエンスに異常はなかった.認知機能や神経所見は異常なし.11月,経過観察目的で行なったMRIで,軽度高信号域が拡大したものの,髄液タウ蛋白や14-3-3蛋白には異常を認めなかった.

2006年1月,右手の使いにくさにて発症,ついでミオクローヌスが出現した.認知機能(MMSE)も初診時の30/30から23/30に低下.発症から3週間後(2006年2月),認知症は進行し(MMSE 16/30)入院.MRI所見ではDWIでの高信号域は大脳皮質全体に認め,髄液タウ蛋白の上昇,脳波での高振幅徐波を認めた.プリオン遺伝子コドン129はMet/Metだった.発症から7週後,ADL制限が顕著となり,MMSEもスケールアウト(0/30),さらに無動無言状態となり,2007年1月に亡くなった.剖検が行われ,CJDの診断が確認された.

これまで,脳波,MRI,髄液タウ蛋白・14-3-3蛋白測定のいずれが,CJDの最も早期から異常所見を呈するか明らかではなかった.しかし本例では臨床症状が出現する前から頭部MRI(DWI)にて異常所見が認められた.以上より,頭部MRI(DWI)がCJDの早期診断に最も適した検査である,というのが論文の趣旨である.

なるほど,確かに発症前にたまたま頭部MRIを確認するという症例はきわめて稀で,貴重な症例報告である.ただ個人的にはこれとは別にとても気になることがある.次回,その点について述べたい.

Early detection of sporadic CJD by diffusion-weighted MRI before the onset of symptoms
J Neurol Neurosurg Psychiatry 2011;82:942-943


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豚インフルエンザについて神経内科医が知っておくべきこと

2009年05月05日 | 感染症
 今回のH1N1 flu(豚インフルエンザ)について,個人的に少なからぬ影響を受けて恨めしく思っている.少々勉強をしたのだが,米国神経学会(AAN)ホームページのNeurology in the Newsという欄で,今回有名になったCDC(米国疾病予防管理センター)に所属する神経疫学者James J. Sejvar先生が,H1N1 Influenza Q&A と題し,分かりやすく話しているので以下にまとめてみた.

Swine Flu: What Neurologists Need to Know


1. H1N1 flu(豚インフルエンザ)とは?
H1N1 flu(豚インフルエンザ)ウイルスは,インフルエンザ・ウイルス株の中で豚において特有な(endemicな)ウイルス株を指す.
Cf; endemicとは,病気の発生頻度が長期間ほとんど変動せず, 予知できる規則性をもって発生するような動物集団における病気の一時的な発生パターンを指す.

2. では流行(epidemic)はどのように定義されるか?
流行(epidemic)とはある期間にわたって予想されたよりも多数の症例において,その感染症の新規発生が認められる場合を指す.
Cf; ちなみに有名なpandemicは「pan(全世界的に)+ demic(広がる)」で,「全世界的に広がること」を意味する.Epidemicは「epi(局所的に)+ Demic(広がる)」で,pamdemicよりも範囲の狭い「局所的な蔓延」を指す.

3. H1N1 fluは従来のウイルスと異なるのか?もしそうなら何が異なるのか?
H1N1 fluは従来知られているウイルス株とは異なるもので,ヒト,トリ,ブタのインフルエンザ株の遺伝子の一部をその構造内に有する.このような組み合わせを持つ株は従来報告されていない.このウイルスがヒトに感染した場合,どのようにふるまうのか,すなわちどのような症状を引き起こすのか不明である.

4. 診断確定に有用な検査方法はあるか?
臨床的に上気道感染を呈する場合,H1N1 fluを疑うが,確定診断には検査を要する.検査に適した検体は鼻咽頭のぬぐい液や,鼻からの吸引物である.検体の採取についてはCDC websiteを参照する.
これらの検体を用いてinfluenza A, B, H1, H3に対するreal-time RT-PCRを行う.現時点でH1N1fluはinfluenza Aに対し陽性で,H1とH3に陰性である.もしinfluenza Aに対し強陽性と考えられる場合(たとえばthreshold Cycle;Ct値 <30),H1N1 flu(豚インフルエンザ)である可能性が高まる.診断確定は現在,CDCにおいて行っているが,ごく近いうちに州政府の公衆衛生検査室での可能になる. 5. H1N1 flu感染疑いの患者にどのように接すべきか?
H1N1 flu感染疑いの患者に医療現場で接触する際,医師は感染コントロールと予防を行う必要がある.患者の診察ごとに良く手洗いをすることが大切である.自分の鼻,目,口を,自分の手を十分に洗う前に触ってはいけない.もし医師自身が体調不良になった場合には自宅からの外出をやめる.他の患者や家族が体調不良になった場合にも,入念な手洗い,マスク着用,自宅待期を指示する.

6. H1N1 fluでは即時性,もしくは遅発性の神経合併症は生じうるか?
これまでのところ報告はない.現在,進行中の調査の結果が判明すれば,これらの点について明らかにされるであろう.季節性インフルエンザの場合,まれながら小児において「インフルエンザウイルス関連脳症(Influenza-associated encephalopathy; IAE)」が報告されている.この病態機序については十分に解明されていない.IAEはインフルエンザ感染による呼吸器症状の数日から1週間後に発症し,発熱,意識障害,痙攣発作を来す.局所神経症状(運動麻痺,運動異常症,脳神経麻痺,失語症)も呈しうる.髄液では明らかな異常はみられず,細胞数の増加はなく,蛋白の上昇もないか,あっても軽度にとどまる.IAEはinfluenza A(とくにH3N2株) 感染において合併することが多いが,今回のH1N1株でもIAEを来しやすいのか不明である.

その他,季節性インフルエンザ感染に合併する神経症状として,IAEより重篤な「急性壊死性脳炎(Acute necrotizing encephalopathy ;ANE)」(激症で単相性の経過を取り,画像上,多発する壊死性病変が主として視床や脳幹に認められるもの)や,急性脱髄性炎症性ニューロパチー(AIDP),急性散在性脳髄炎(ADEM),横断性脊髄炎,腕神経叢炎が知られているが,報告はまれである.上記のような神経症状がH1N1 flu感染後に生じるかについては現在不明である.

7. H1N1 fluの治療はどう行うべき?
抗ウイルス薬を使用すべきかどうかは,その病状,副作用,抗ウイルス作用の程度といったデータによって状況が変わりうる.抗ウイルス治療はH1N1 fluの診断が確定,もしくは強く疑われた場合に考慮し,入院中の患者や感染のハイリスク患者には優先して治療を行う.
抗ウイルス薬zanamivir(リレンザ)やoseltamivir(タミフル)は発症後速やかに開始する.季節性インフルエンザの場合,発症から48時間以内の治療開始が有効で,以後,5日間継続する.季節性インフルエンザ感染が活動性である地域で,とくにoseltamivir(タミフル)抵抗性インフルエンザが流行している地域では,zanamivir(リレンザ)を使用するか,oseltamivir(タミフル)とrimantadine(リマンタジン)ないしamantadine(アマンタジン)の併用を(経験に基づいて)使用する.

8. 抗ウイルス薬に伴う神経合併症は?
zanamivir(リレンザ)に伴う神経合併症は概して予後が良好で,具体的には頭痛,めまい(非回転性および回転性)がみられ,5%未満の頻度で生じうる.oseltamivir(タミフル)の副作用も同様だが,上記に加えて,妄想,自傷がまれに生じうる.FDA はoseltamivir(タミフル)内服後の異常行為の有無を注意深く観察することを推奨している.

潜伏期については触れてないが,どうも季節性インフルエンザよりやや長めで7~8日,よって1週間から10日間程度を発症の警戒期間としているようだ(ただしこの辺もまだ不明というのが実情).ヒト・ヒト感染は,感染者が発症する1日ぐらい前からウイルスの排出が生じ起こりうるらしいが,ウイルス量は多くないためサージカルマスク着用で他者への感染防止はある程度可能のようだ.もちろん具合の悪さを感じたら直ちに外出をやめ,インフル迅速診断検査を受ける.幸いにも空港などでの水際検査で罹患者は出ていないが,潜伏期間を考えると当然,すり抜けている患者もいる可能性があり,今後も十分な注意が必要だろう.

AAN web site

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孤発性クロイツフェルトヤコブ病(CJD)における検査の感度

2007年05月01日 | 感染症
 孤発性CJDの生前診断は,臨床経過に加え,脳波における周期性同期性放電(PSD)や頭部MRI所見を参考に行っているのが一般的と思われる.今回,孤発性CJDの生前診断目的に行われる種々の検査の陽性率に関する研究が報告された.この研究では,各検査の感度のみならず,発症年齢や罹病期間,分子サブタイプが与える影響まで検討しており,大変興味深い論文となった.

 本研究はヨーロッパ諸国を中心とした国際共同研究として行われた(EUROCJD).対象は病理学的に診断が確定した2451例(!)の孤発性CJDで,遺伝性CJDは除外されている.登録期間は1992年から2002年までの10年間であった.検査として,脳波,頭部MRI,髄液14-3-3蛋白を検討した.脳波陽性例の定義としてはPSDを認めること,頭部MRIでの陽性例の定義としては被殻,尾状核の異常信号とした.分子サブタイプは,プリオン蛋白遺伝子のコドン129の多型(Met,Val)と抗プリオン蛋白プロテアーゼのタイプ(タイプ1,2)を組み合わせて行った.

 さて結果であるが,まず患者の内訳としては、60歳代および70歳代の発症が最も多く、それぞれ38.3%,32.2%であった.80歳以上の発症も6.1%と少なからず存在することも分かった.検査別の陽性率は、14-3-3蛋白88.1%,脳波58.4%,頭部MRI 39.1%と、14-3-3蛋白の感度が最も高かった.

 つぎに発症年齢と罹病期間が各検査に及ぼす影響についてであるが,脳波では発症年齢が高齢化するに従って陽性率が上昇し(80歳以上では65.3%),かつ罹病期間が短いほど陽性率が上昇した(6ヶ月未満は66.3%).髄液14-3-3蛋白では,罹病期間が短いほど陽性率が上昇したが(6ヶ月未満では92.7%),発症年齢による影響は認めなかった.これに対し頭部MRIでは,発症年齢と罹病期間のいずれも影響を与えなかった.

 さらに分子サブタイプを決定できた743症例に限って検討を行った.脳波では50歳未満の発症例では陽性率が21.6%と低く,年齢が高齢化するに従い陽性率が上昇した(70歳代では67.3%と高率).また罹病期間が短いほど陽性率は上昇した.14-3-3蛋白では陽性率が分子サブタイプにかかわらず高率であったが,発症年齢による陽性率には差はなかった.しかしながら罹病期間との関連では12ヶ月未満では90%以上であるのに対し,12ヶ月以上で72.2%と低下した.一方,頭部MRIではやはり発症年齢や罹病期間は影響を及ぼさなかった.また分子サブタイプごとに評価を行うと,MV1,MV2,VV2,VV1/2は脳波の陽性率が低い,VV2は頭部MRIで陽性率が高い(95.2%),MM2、MM1/2、MV2は14-3-3蛋白の陽性率が低い,という結果であった.

 以上より,検査によって感度が異なること(髄液14-3-3蛋白の感度が高い),かつ検査によっては発症年齢や罹病期間,分子サブタイプに影響を受けることが明らかになった.ここで疑問に思うのは頭部MRIの感度の低さであるが,これは観察期間が1992年からの10年間であり,その意義や重要視されていなかったことや技術的な問題が影響しているものと考えられる(FLAIRや拡散強調画像を用いて,大脳皮質の信号異常まで評価すれば相当感度は高くなる).いずれにしても,孤発性CJDの生前検査の限界を認識することは重要であり,特にMV2やMM2のようにまれなタイプでは検査を組み合わせて行うことが重要であると考えられた.

Brain 129; 2278-2287, 2007
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ライム病(神経ボレリア症) 診断・治療のポイント

2006年09月23日 | 感染症
 ライム病、あるいはボレリア症は,マダニを媒介とするスピローヘータの一種Borrelia burgdorferi感染に起因する細菌感染症である.ライム病は,北米、ヨーロッパ、南アフリカ、オーストラア、中国、そして日本で存在が知られ、特にヨーロッパ、北米では年間数万人の患者が発生している.とくに欧米では重要な感染症であり,私がアメリカに在住していたときも,学校からの回覧で「ライム病が発生したので気をつけるように」といった記載を目にして驚いたことがある.一方,日本では報告は多くはなく,北海道、長野を中心に報告がある.野山を散策した際に感染することが多いなどとされている.
 症状は第1期;遊走性紅斑、リンパ節腫張,第2期:神経症状(髄膜炎、多発性神経炎など),循環器症状(不整脈),関節炎,第3期(1~数年後);慢性萎縮性肢端皮膚炎,慢性関節炎,慢性髄膜・脳炎を呈すると教科書には記載されている.
 しかし,日本ではきわめて稀な疾患であって,あまり話題になることはないのだが,個人的には見逃し症例が存在する可能性があるのではないかと考えている.今回は本症の診断と治療に関するポイントについて検討したい.

① どんな神経所見のとき疑えばよいか?
ギランバレー症候群を疑いつつも,病初期から高度の両側顔面神経麻痺を呈する場合(通常味覚は保たれる),麻痺に左右差が顕著な場合,感覚障害(とくにしびれ)が高度の場合,症状の進行が持続的で,4週以降にピークがある場合は鑑別診断として検討に値する.遊走性紅斑や関節痛がないことは,後述するように必ずしもライム病を否定する材料とはならない.
② 検査で注意すべきこと
あまり知られていないことだが,ボレリアのタイプは欧米と日本で異なり,業者を介して欧米のラボに抗ボレリア抗体のチェックをしてもらっても本邦例では陰性の結果になる可能性が高い.欧米の発症例はB. burgdorferi感染であるが,日本はB. gariniiとB. afzeliiが主体である.抗体検査でB. gariniiとB. afzeliiは交差反応性があるが,これらとB. burgdorferiの間には交差反応性はない.よって海外渡航時に感染した症例ではB. burgdorferiに対する抗体価を確認する必要があるし(業者を通して海外に依頼),海外渡航歴がなければB. gariniiとB. afzeliiに対する抗体価を測定してくれる国内研究者に依頼することが重要になる.
③ B. gariniiとB. afzeliiの違い
九州大からの既報にもあるが,両者は臨床症状も異なる.B. gariniiは関節・神経症状を呈し,B. afzeliiは皮膚症状を呈しやすいと言われている.よって,遊走性紅斑がないからといって,B. garinii感染の場合は,ライム病は否定できないことになる.
④ 治療の問題点
治療を考える上でボレリアによる神経症状の発症メカニズムを知ることは非常に重要である.
まず,ボレリアは末梢神経に移行し,直接,傷害することが考えられている.例えば,sural nerveをtemplate DNAとして行ったPCRにて,B. burgdorferi DNAが検出されたという報告がある(Muscle Nerve. 20:969-975, 1997).よって治療の第一は塩酸ドキシサイクリン(ビブラマイシン内服)とセフトリアキソンナトリム(ロセフィン点滴)による抗菌療法である.事実,九州大学の症例のように抗生剤のみで回復する例は多数報告されている.
その一方で,抗菌療法のみでは神経症状は十分な改善が得られず,後遺症となりやすいという報告もある(Acta Neurol Scand. 106:253-257, 2002.).その原因としては,ボレリア感染後に何らかの免疫反応が誘導され,それが神経障害を引き起こす可能性が指摘されている.その根拠としては,ボレリアOsp蛋白(outer surface protein)を用いたワクチン療法(現在は行われていない)で,CIDP様の神経症状が誘発されること(J Peripher Nerv Syst 9:165-167, 2004.),B. burgdorferi Osp蛋白とヒト神経細胞epitopeに共通する3ヶ所のアミノ酸配列がある(J Neuroimmunol. 159:192-195, 2005.)といったことが挙げられる.つまり,ライム病においてもギランバレーのような分子相同性仮説が成り立つのではないかという考えである.もしそうであれば抗菌療法では十分な治療効果が得られないはずであり,とくに抗菌療法が遅れた症例では免疫をmodulateする治療が必要になるはずである.しかし,ステロイドや免疫抑制剤,IVIgなどの有効性はほとんど分かっていない.この辺は今後の重要な課題といえよう.
 
 ところでライム病を診た人はどれぐらいいますか?経験談など聞かせてください.

臨床神経学41; 632-634, 2001 

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脾臓を摘出したひとはワクチンを受けよう ―肺炎球菌髄膜炎―

2006年06月11日 | 感染症
 肺炎球菌ワクチンをご存知だろうか?高齢者の市中肺炎で最も多い起炎菌である「肺炎球菌」に対するワクチンである.世界保健機関(WHO)は,このワクチンの接種を推奨していて,実際に,米国では65歳以上の高齢者の半分以上が接種している.これに対し,日本では「脾臓摘出患者の肺炎球菌感染症予防」以外に健康保険が利かないこともあり,平成13年度の接種者は全国で5000人程度といわれている.
 ではなぜ,肺炎球菌ワクチンを行う必要があるのか?肺炎球菌は莢膜を有しており,莢膜の多糖体に対する抗体によるオプソニン化(つまり,抗体が菌に結合することによって好中球の貪食作用が促進されること)がないと,菌は好中球により貪食されにくい.つまり,オプソニン抗体の産生を目的として,細菌表面の多糖体がワクチンとして使用されるのである.
 次になぜ「脾臓摘出患者」のみがワクチン接種の対象になっているのか?医療費抑制のことなど考えなければ,高齢者全例を対象にすべきである.一方,「脾臓摘出患者」がとくに推奨される理由は,脾臓は細菌の濾過のみならず,IgMオプソニン抗体の産生の場として重要であるためである.つまり,脾臓の摘出によって好中球による食菌作用が低下し,肺炎球菌感染発症と重症化のリスクが高まるわけである.
 
 つぎに,髄膜炎に対する脾臓摘出の影響を考えたい.なぜならば肺炎球菌は,正常免疫能のひとの髄膜炎の起炎菌の約6割を占めるためだ.2003年の報告で,成人の肺炎球菌による髄膜炎の予後因子を検討した研究がドイツから報告されている.方法は87例の肺炎球菌髄膜炎患者に対するretrospective studyである.結果としては,髄膜炎のみならず頭蓋内合併症を来たした頻度は74.7%と高く,内訳としてはびまん性脳浮腫(28.7%)や水頭症(16.1%)の頻度が高かった.血管系の合併症も多く,動脈系(血管炎を背景とした脳梗塞やSAH;21.8%),静脈系(静脈血栓症;9.2%)ともに認められた.稀な合併症として脊髄炎,聴力障害も見られた.病院内致死率は24.1%で,Glasgow outcome scale(GOS)=5で区切った予後良好例は48.3%であった.予後因子(GOS 4以下)としては,①慢性疾患の存在,②Glasgow coma scale低値,③入院時局所症状,④髄液白血球数低値,⑤肺炎,⑥敗血症,⑦髄膜炎に伴う頭蓋内合併症,であった.
 問題の脾臓摘出患者は11例(12.6%)で認められ,興味深いことに全例で頭蓋内合併症(脳浮腫,血管炎,脳出血,脊髄炎,難聴)を認めた.脾臓摘出から髄膜炎までの期間はさまざまで4~36年,ワクチンは少なくとも4名が接種していた.脾臓摘出を行っていない患者と比較して,頭蓋内合併症の頻度は有意に高いが,予後に関しては変わらなかった.以上の結果からワクチンが髄膜炎の予防や予後の改善に必ずしも万能でない可能性が示唆されるが,脾臓を摘出された方はワクチンをしておいたほうが無難だろう.
 
 最後に,肺炎球菌の治療について考える.一昔前の教科書ではアンピシリン+第3世代セフェム系抗菌薬が標準的な治療であったが,ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)といった耐性菌の頻度の増加に伴い,この治療では対処できなくなってきている.サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)では,免疫能が正常な1ヶ月~50歳の患者の場合,第1選択として第3世代セフェム系(CTX:クラフォランないしCTRX:ロセフィン)+(デキザメサゾン)+VCM,第二選択としてMEPM+デキザメサゾン+VCMとなっている.カルバペネム系が,パナペネム(カルベニン)でないのは米国では販売されていないためで,当然,MEPMとどちらが優れているのか比較のデータもない.イミペネムでないのは痙攣の副作用を心配するためである.
 しかしこれらの治療法も普及するに連れて,近い将来,効かなくなってくる可能性がある(実際に,アメリカではVCM耐性肺炎球菌や腸球菌による髄膜炎がすでに報告されている).この記事を数年後に読まれた方は,時代遅れのことを書いてある可能性が高いので注意してください.

Brain 126; 1015-1025, 2003

サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)
(感染症の本もいろいろあるが,個人的にはこれが気に入っている)

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