Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「四当五落」は誤りだった@新潟日報「座標軸」

2016年12月27日 | 睡眠に伴う疾患
「四当五落」という言葉がある.1日4時間睡眠でがんばった受験生は合格し,5時間以上だと落ちるという意味である.これは本当かという議論が実は以前からあった.個人的には間違いだと考えていて,先日,講演させていただいた睡眠に関する市民公開講座で根拠とともにお話したところ,地元紙に記事として取り上げていただいた!その要旨は「脳は寝ている間に,日中,取り入れた情報を整理し,記憶として固定(定着)させるので,学習したことを効率的に固定させるためには,睡眠時間を削ることはもったいないことなのだ」ということだ.

根拠として,2011年にNat Neurosci誌に報告された論文を紹介したい.この論文は,記憶の固定には徐波睡眠と呼ばれる深い睡眠段階が重要であることを示している.脳波をモニターし,徐波睡眠にあるときに,ビーッという音を鳴らして,(起こすことなく)浅い睡眠段階に移行させると,寝る前に行った課題の記憶が低下すること,そして機能的MRIの評価で,記憶を符号化する脳の部位である「海馬」の活動が低下することが示されている.つまり「海馬」が関わる記憶は,深い睡眠によって固定されることを意味している.

受験生のいるご家庭から反響があった.記事を読んだ受験生が「脳を研究する大学の先生も言っているのから,もう寝るよ」と言って早くから寝てしまったとご両親が嘆いているそうだ.ちょっと心配になってきたが,もちろん睡眠前にしっかり記憶することが大切だ.一定の睡眠時間を前提にした勉強計画を作っていただきたい.

Diekelmann S et al. Labile or stable: opposing consequences for memory when reactivated during waking and sleep. Nat Neurosci. 2011 Mar;14(3):381-6. 





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ハーバード大学が行った「ポケモンGO」の運動効果に関するエビデンス

2016年12月22日 | 医学と医療
ポケモンGOは本年6月に公開されて以来,5億回を超えるダウンロードがなされた.歩くとポケモンに出会えたり,歩いた距離によりポケモンのタマゴが孵ったり,アメをもらえたりするため(笑),プレイヤーは散歩をたくさんするため,健康に貢献する可能性が指摘されていた.今回,BMJ誌のクリスマス特集号に,早速,ポケモンGOの健康効果についてのエビデンスが報告されたので簡単にまとめたい.ハーバード大学公衆衛生,疫学教室の研究である.

研究目的は,ポケモンGOをインストールした後の6週間で,どれだけ歩数に変化があったかを調べることである.研究デザインはオンラインでの調査データを用いたコホート研究である.対象は,米国に在住するiPhone6ユーザーで,Amazon Mechanical Trunkというアマゾンウェブサービスの一つを利用している18歳から35歳の男女とした.主要評価項目はポケモンGOインストール前4週と,開始後6週におけるiPhone6アプリ「Health」の万歩計に記録された1日の歩数とした.歩数は自動的にスクリーンショットに記録され,これを転送される仕組みになっている.調査を完了した人は報酬として2ドル支払われる.ポケモンGOを行わない対照との比較は,difference in difference regression model(差分の差分分析:注 ある治療が導入され,その前後でアウトカムが測定されていた場合に,治療導入の前後のアウトカムの値を比較する際に,自然経過の影響を取り除くことができる解析法)を用いている.

さて結果であるが,対象は2225名であったが,(プレイして2時間でなれる)レベル5に到達しなかった人,調査を完了しなかった人,歩数データのスクリーンショットが送付されなかった人を除外し,1182名となった.このうち,560名(47.4%)がポケモンGOをプレイしていた.プレイヤーは非プレイヤーと比べ,より若く,教育レベルや収入が低く,肥満,独身,黒人に多い傾向を認めた.プレイヤーでは,インストール前の4週において4526±2697歩,歩いていた.インストール後の1週間において,歩数は955歩(95%信頼区間696−1213歩)増加した!これは11分間の歩行時間の増加に相当する.しかしこの効果は次の5週間で徐々に減少し,6週目には元のレベルにまで減少した.ポケモンGOによる歩数増加への影響因子の検討では,性別,年齢,人種,体重,居住地域に関しては有意な修飾効果は見られなかった.以上より,ポケモンGOは,1日の歩数を有意に増加させるが,その効果は限定的で6週間で消失することが示された.著者は研究の問題点として,iPhoneを携帯しているときのみ歩数が計測されることや,選択した対象が特殊である可能性があること等をあげている.

以上より,著者らは,ポケモンGOの効果は残念ながら持続せず,ケガや交通事故の危険もあるので,必ずしもポケモンGOによる運動を推奨していない.しかしながら,一部には運動効果が持続する人もいると思われること,今回の検討に含まれなかった子供では結果が違う可能性があること,そして運動以外の効果,つまり社会とのつながりや感情への影響も期待できることを最後に述べている.BMJ誌のHPでは,著者へのインタビューも見ることができます・・・

さて,いかがでしたでしょうか?恒例のBMJ誌のクリスマスプレゼント,仮想おもしろ論文の一つを読みました.なかなか凝っていて,何も言われないと本物の論文と間違うかもしれません.ただ,倫理委員会の承認や参加者のインフォームド・コンセントがMethodにないことで仮想論文と疑うことはできます.報酬が2ドルであることや,ポケモンプレイヤーの特徴に関する記載,グラフのポケモンボールマークからは,著者のユーモアや偏見(?)が伺われ,くすっとさせられます.いずれにしても,いかに論文らしく見せ,かつユーモア,ウィットを含めるかが勝負です.ハーバードの本気度を楽しみました.

ちなみに,差分の差分分析については以下のブログが分かりやすいです.
差分の差分分析(Difference-in-differences design)

Gotta catch’em all! Pokémon GO and physical activity among young adults: difference in differences study






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安全なHolmes-Stewart反跳現象の診察とその意義

2016年12月03日 | 医学と医療
他の先生がされる神経診察を拝見することはとても勉強になる.とくに自分が普段行っていない診察を見せていただくと,次回,試してみようと思う.Cure PSPという,米国の進行性核上性麻痺の患者会が作成したビデオ(PSP, CBD, PSPの症状と診断)を見ていたところ,面白い2つの診察に気がついた.いずれも小脳機能の診かたである.

Symptoms and Diagnosis; PSP, CBD and MSA


ひとつめは4分53秒頃から始まるfinger chase maneuverという測定過大(hypermetria)の診察に役に立つ診察である.検者は人差し指を任意の位置に動かしては止め,それを患者も同じく人差し指で追う(chaseする)というもの.患者の指は検者の指を通り越して,行き過ぎること(overshootすること)を,短時間で複数回診ることができる.

ふたつめはcheck reflexである.上記のfinger chase maneuverに引き続いて出てくる.これは小脳半球症候群として障害側にあらわれる徴候であるが,Holmes-Stewart現象の名称のほうが有名だろう.「ベッドサイド神経の診かた(南山堂)」にはスチュアート・ホームズ反跳現象と記載されている(図A).また「神経診察:実際とその意義(中外医学社)」には,診察手技の説明に加え,その解釈についても以下のように記載されている.

「検者が患者の手を持って維持し,患者に自分自身の胸に向かって力いっぱい手を引かせる.そして突然検者の手を離し抵抗を取ってしまう.健常者では,自分の手で自分の胸を打つことはないが,小脳に異常があると自分の胸を強打してしまう(これを本現象陽性とする)(図B).この現象は,手を胸に引くという動きを止める運動(拮抗筋:上腕三頭筋)の開始の障害(時間測定障害)と,筋のトーヌス低下による要素とが合わさって起きている現象ではないだろうか.この検査のときは,患者が自分で自分を打って怪我をすることがあるため,検者が患者の手をブロックできるように構えておくことが重要である

ちなみにcheck reflexのcheckは,abruptly checked,つまり急に止めるの意味だと思われる(もし違っていれば教えてください).この診察はかつて行ったものの,図A,Bのように検者は患者が怪我しないようにブロックするとはいえやはり危険なので,次第に行わなくなった.しかしビデオを見てみると,閉眼し,バレーの肢位を取ってもらい,検者は患者の手首のあたり上から抑え,抵抗に抗して力を入れてもらう.そして急に押さえていた手を離すと,患者は止めることができず手のひらが大きく上に動く.これならば安全に施行できる!まさに目から鱗である.

もうひとつちなみに,Gordon Holmes(1869-1949)およびPurves Stewart(1869-1949)とも有名なイギリスの神経内科医である.Gordon Holmesは第一次世界大戦の際に,銃により小脳を損傷した兵士を多数診察し,上記の所見に気がついたということだ.

しかしGordon Holmesの原著(Stewart & Holmes. Brain 1904)やその解説(Ronald WA. Arch Neurol 1977)を読むと必ずしも小脳性運動失調のためだけの診察ではないことが分かる.通常,急に抵抗を離すと,少し力を入れていた方向に(つまり胸の方向に)動いたあと,逆向きの動きが出現する.これが反跳運動なのだが,Gordon Holmesはこの反跳運動に関して以下の3点を指摘している.

1)健常肢に認められる
2)痙性を認める肢では過剰に認められる
3)小脳疾患がある場合には消失する

つまりHolmes-Stewart試験は,小脳機能の診察のみならず,痙性の有無の診察にも使用できるということだ.ビデオでみた安全なHolmes-Stewart反跳現象で,上記の3点について確認してみようと思う.



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