Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病抗体薬レカネマブ使用においてApoE4遺伝子検査は必要である(1)

2023年09月30日 | 認知症
レカネマブの米国における適正使用ガイドラインでは「安全性確保のために遺伝子検査(ApoE遺伝子型)が推奨される」と記載されています.今後発表される日本のガイドラインでどうなるかが注目されます.当科のカンファレンスで「なぜApolipoprotein E(ApoE)遺伝子遺伝子検査が重要なのか?」を解説しました.結論として,まず正しい情報をみんなが共有することが重要ということで意見が一致しました.

【なぜApoE4遺伝子検査が必要なのか?】
ApoE遺伝子にはε2,ε3,ε4の3種類の型があり,両親から1つずつ受け継ぐため,ε2/ε2,ε2/ε3,ε2/ε4,ε3/ε3,ε3/ε4,ε4/ε4の6パターンに分類されます.ε2はアミロイドβ(Aβ)の凝集を抑えますが,ε4を持つとリスクが高まります.1つ持つと(ヘテロ接合)3倍,2つ持つと(ホモ接合)12倍の発症リスクがあると言われています.ε4/ε4は全人口では1%程度と言われますが,アルツハイマー病患者の集団では当然頻度が高まります.

アルツハイマー病の進行抑制効果をもつレカネマブやドナネマブは,ともにアミロイドβに対する抗体薬です.急速かつ長期に脳からAβを除去することが重要ですが,この作用が強いため血管壁に沈着したアミロイドβも除去します.この際,おそらく血管(血液脳関門)の破綻が生じ,頭部MRIでアミロイド関連画像異常(amyloid–related imaging abnormalities:ARIA)と呼ばれる脳の浮腫性変化(ARIA–E)や出血性変化(ARIA–H)が生じます(図1).ARIAには症状を伴うことがあります(症候性ARIA).また無症状であっても長期的にこれらの変化が認知機能にどのような影響をもたらすのかがまだ分かっていません.



ここで重要なのはARIAの出現頻度が,ApoE遺伝子のε4の保有により大きく変わってくるということです.表1と表2はレカネマブとドナネマブによるARIAの発生率をApoE遺伝子のε4の個数により3つ(0個,1個,2個)に分類してまとめたものです.レカネマブは,ホモ接合(2個)の患者に使用した場合,症候性ARIA-Eは9.2%,ARIA-E全体は32.6%,ARIA-Hを39.0%で生じます(図2).この頻度は非保因者(0個)で使用した場合と比べて順に6.6倍,6.0倍,3.3倍高いことになります.



より切れ味の鋭いドナネマブはARIA-E全体は40.6%,ARIA-Hは50.3%で生じます(図3).



そうなると合併症リスクが高いε4/ε4の患者の頻度が問題になりますが,レカネマブ研究で16%,ドナネマブ研究で17%存在しています.よって治験患者の2割弱がハイリスク群となるわけです.これらの患者群は,おそらく脳梗塞治療に対して使用される抗凝固薬や血栓溶解薬rt-PAでも出血合併症が生じるリスクが高いです.このようなリスクの高い患者さんにはその情報を伝えた上で,治療の適応を考えるべきです.これがオバマ大統領が発表して有名になった「プレシジョン・メディシン」の考え方に沿った医療と言えます(遺伝子などを調べ,個人レベルで最適な治療を行うという先端治療の考え方です).米国同様,日本でもApoE4遺伝子検査を行うべきと考えますが,反対とする意見もあります.なにが問題なのか,次回,考察します.

Cummings, J., Apostolova, L., Rabinovici, G.D. et al. Lecanemab: Appropriate Use Recommendations. J Prev Alzheimers Dis (2023).

van Dyck CH, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21.(doi.org/10.1056/NEJMoa2212948

Sims JR, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023 Aug 8;330(6):512-527.(doi.org/10.1001/jama.2023.13239.)

DiFrancesco JC, et al. Anti-Aβ Autoantibodies in Amyloid Related Imaging Abnormalities (ARIA): Candidate Biomarker for Immunotherapy in Alzheimer's Disease and Cerebral Amyloid Angiopathy. Front Neurol. 2015 Sep 25;6:207.(doi.org/10.3389/fneur.2015.00207

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αシヌクレインやアミロイドβのみを標的とする疾患修飾薬には限界がある!?

2023年09月26日 | パーキンソン病
パーキンソン病(PD)研究において,治療標的分子としてαシヌクレインを見出したことは極めて重要な発見で,近年,αシヌクレインを標的とする疾患修飾療薬が複数開発されました.しかし,これまでのところ,これらの薬剤がPDの進行を遅らせるという有効性を証明できていません.この理由についていろいろな説明が可能ですが,結局のところ,αシヌクレインの生理作用および病態機序が完全に分かっていないことが問題と言えます.

図は最新号のBrain 誌の総説のサマリーです.αシヌクレインは赤く示されていますが,層になっているのがフィブリルで,くるんと丸くなっているのがオリゴマーです.



イタリアのCalabresiらはまずトランスジェニック技術,ウイルスベクター,αシヌクレイン・フィブリルの脳内注入などの,近年開発された細胞モデルや動物モデルについて紹介しています.そしてこれらを用いてわかったこととして(図の時計回りに),αシヌクレインがエキソサイトーシス(細胞から細胞外への分泌)の障害,エンドサイトーシス(細胞が細胞外の物質を取り込む)の障害,NMDA受容体やドパミントランスポータ―の障害,シナプスの高頻度刺激の後に起きる長期増強の消失,認知・運動障害,脳内ネットワークへの伝播と変化をきたすことを紹介しています.つまりαシヌクレイン凝集は病態の中心にあり,脳内伝播や神経細胞脱落をきたすもののそれだけではなく,シナプスや可塑性の障害などの生理機能を阻害することを強調しているという総説です.そして著者らはαシヌクレインはそれらの生理機能の中で他のタンパクと相互作用するため,αシヌクレインだけを治療標的にしても十分ではなく,将来的には何らかの併用療法を考慮すべきと述べています.

同様のことはアルツハイマー病にも当てはまって,話題のレカネマブの治療標的アミロイドβ(Aβ)も生理的な機能が存在することが知られています.有名な論文は2019年にScience誌に掲載されたAβはGABAb受容体1aのリガンドとして作用してシナプスを調節するというものかと思います.

以上より,PDにしてもアルツハイマー病にしても,αシヌクレインやAβを中和抗体で除去すれば治るという単純なものではなく,もう少し病態が解明できたときに真の治療介入ができるような気がします.

Calabresi P, et al. Brain. 2023 Sep 1;146(9):3587-3597.(doi.org/10.1093/brain/awad150

Rice HC, et al. Secreted amyloid-β precursor protein functions as a GABABR1a ligand to modulate synaptic transmission. Science. 2019 Jan 11;363(6423):eaao4827.(doi.org/10.1126/science.aao4827

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発症前パーキンソン病を同定し,非定型パーキンソニズムも鑑別できる新たな血漿バイオマーカーの発見!!

2023年09月23日 | パーキンソン病
スウェーデンのルンド大学等のチームがパーキンソン病の発症前診断を可能にするバイオマーカーをNature Aging誌に報告しています.著者らはDOPA脱炭酸酵素(DDC; DOPA Decarboxylase)別名,芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase; AADC)の脳脊髄液レベルが,レビー小体病(LBD)患者(パーキンソン病48名,レビー小体型認知症33名)を正確に同定できること(AUC=0.89;PFDR=2.6×10-13;図1左),ならびに認知機能の低下と関連することを示しています(P<0.05).DDCは外因性のL-DOPAからドーパミンを生成するのに必須の酵素です.

また,脳脊髄液DDCは,シード増幅αシヌクレインアッセイ陽性(seed amplification α-synuclein assay)で臨床症状を認めないpreclinical LBD stageを検出できました(AUC=0.81,P=1.0×10-5;図1右).



このDDC値は,preclinical症例の3年間のLBD発症を予測できることも明らかにしました(ハザード比=3.7/s.d.変化;図2).さらにDDC値は非定型パーキンソニズムでも上昇しましたが,アルツハイマー病などのその他の神経変性疾患では上昇しませんでした.これらの結果は,別の独立したコホート(パーキンソン病32名,レビー小体型認知症1名)でも再現されました.



さらに重要な発見として,血漿中のDDC値も健常対照より上昇し(AUC = 0.92,P = 1.3 × 10-14;図3),かつLBDと非定型パーキンソニズムを識別できることが分かりました.



以上の結果は,DDC値が,発症前(preclinical phase)であってもパーキンソン病とその類縁疾患を検出し,臨床症状の出現を予測するためのバイオマーカーとして,今後使用される可能性があることを示しています.著者らはDDC値とseed amplification α-synuclein assayを組み合わせることで,パーキンソン病と非定型パーキンソニズムを鑑別することを提案しています.今後,発症前パーキンソン病に対して,疾患修飾療法の有効性を評価する臨床試験が行われることが容易に予測されます.

またDDCの産生増加は,ドパミン入力を受けている線条体のニューロンなどが,ドパミンレベルの低下を補うための手段であると推測されます(つまり脳内ドーパミンシグナル伝達の低下を示すマーカーと言えます).そうであれば経時的にDDC値がどのように変化するのかに関心が持たれますが,著者らは縦断的なデータがなく,今後の検討が必要と述べています.

Pereira, J.B., Kumar, A., Hall, S. et al. DOPA decarboxylase is an emerging biomarker for Parkinsonian disorders including preclinical Lewy body disease. Nat Aging (2023). https://doi.org/10.1038/s43587-023-00478-y

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不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)セミナーに参加しました!

2023年09月18日 | 睡眠に伴う疾患
ときどき父から「睡眠専門医の資格を持っていても,親の不眠症ひとつ良くすることができないのか・・・」と嘆かれます.私も我ながら不甲斐なく思います.さてこの週末,日本睡眠学会第45回定期学術集会(横浜)に参加し,指導医講習会と標題のセミナーに参加しました.「認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy;CBT)」は心理療法のひとつで,私が関心を持っている機能性神経障害の治療でも使われます.しかし脳神経内科医には馴染みがなく,しっかりする勉強する必要性を感じていました.

【認知行動療法はストレス反応の4つの側面のうち「認知」と「行動」にアプローチする】
まずCBTの考え方についてまとめます.ストレスを感じる出来事が起きた時に「頭の中に浮かぶ考え(認知)」,「感じる気持ち(感情)」,「体の反応(身体)」,「振る舞い(行動)」に注目します(図1).



つまり「ストレス反応」は上記の4つの側面に分けられるわけですが,それらは互いに影響を及ぼし合い悪循環を生み出します.CBTは,この4側面のうち,自分の意志でコントロールしやすい「認知」や「行動」の幅を広げたり,変えたりすることで,気分や身体を楽にして,ストレスとうまく付き合っていけるようにすることを目指します.つまり「認知」と「行動」に以下の技法によりアプローチする心理療法がCBTになります.

◆行動:生活リズムを整えたり,喜びや達成感がある活動を増やす「行動活性化」という技法
◆認知:出来事に対する考えを見直したり,考えの幅を広げたりする「認知再構成」という技法

参考:そもそも認知行動療法(CBT)ってなに?(NCNP病院ホームページ)

【不眠症に対する認知行動療法】
不眠症に対する治療として,日本では睡眠薬が一般的で,心理療法はほとんど実施されていません.しかし不眠症に対する認知行動療法(CBT for insomnia;CBT-I)はすでに治療プロトコールが確立しており,エビデンスレベルも高く,米国などの海外では第一選択の治療となっています!睡眠薬のような即効性はありませんが,治療終了後も効果が持続するというメリットがあります.

CBT-Iの目的は,不眠の原因となっている生活や睡眠習慣を明らかにし修正することによって睡眠改善につながる生活習慣を身につけることです.一回50分のセッションを合計5~6回実施します(図2:東京新聞より引用).



CBT-Iのセミナーでは,以下のようなものを学びました.

1.患者さんとの治療関係の構築と睡眠状態の把握
2.不眠症を理解する(睡眠教育,睡眠衛生教育)
3.眠りを促すリラックス法(漸進的筋弛緩法)
4.適切な睡眠パターンを取り戻す(睡眠スケジュール法)
5.再発予防

以下がキーワードの解説です.
◆睡眠ダイアリー(日誌):睡眠日誌を記録するだけで生活習慣と睡眠の関連に気づいて不眠が改善する人もいる
◆睡眠教育・睡眠衛生:不眠の発生メカニズム,睡眠段階と年齢の関係,体温と睡眠,睡眠と覚醒リズム,生活習慣と睡眠などの正しい知識を学ぶ.
◆漸進的筋弛緩法:身体の様々な部位に力を入れて抜くことを繰り返し,力の抜き方を習得する技法.寝る前に筋弛緩法を実施してリラックス状態で入床する.
◆睡眠スケジュール法:実際に寝ている時間と寝床で横になってる時間のずれを修正する.例えば実際の睡眠時間が6時間の人が,10時間寝床に入っていたとすると睡眠の密度が薄くなり,質が低下してしまう.そこで睡眠の質を高めるために,臥床時間を実質の睡眠時間+30分に設定し,それに合わせて就床-起床時刻を決め,1週間実施する,高い睡眠の質を確保しながら実際の睡眠時間を伸ばしていく.

日本睡眠学会の「不眠症に対する認知行動療法マニュアル(図3)」は前半がマニュアル,後半が実際に使える説明資料になっていてオススメです.薄めの本ですが,私もこれを読んで概略が掴めました.父にも1冊お送りしました.



またCBT-Iを実践するためのアプリ「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」も厚生労働省より医療機器製造販売承認を取得し,近日使用可能になるそうです.ただし治療効果は,個別治療>マニュアルに基づく治療>アプリでの治療の順になります.

一般の医師が外来で行うのは難しく,セミナーの参加も心理療法士の方が多いのかなと思いました.しかし医師もこの内容を理解していれば,患者さんへの不眠症への指導は大きく変わる感じがしました.

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血液脳関門は脳内ホルモンレベルを変えて行動を制御する!  ―2種類のアリが生じるメカニズム―

2023年09月12日 | 医学と医療
神経科学の領域で,最近,常識を覆す事実がたくさん発見されていると実感しています.最新号のCell誌に,アリの研究から,血液脳関門が特定のホルモンの分解酵素を産生し,ホルモンの脳内レベルを変えることで行動を制御しているという驚くべき研究が報告されました.

アリには小型ワーカーと大型ワーカーがいます(図右下).形態が異なるだけでなく,行動も異なります.小型ワーカーは採餌(エサ取り)と育雛を行いますが,大型ワーカーは兵隊アリとして巣を守り,採餌はほとんどしません.この行動分業を決定する重要な因子は,最もよく知られている昆虫ホルモンのひとつ,幼若ホルモン(JH3)の成体初期のレベルであることが分かっています.つまり小型ワーカーでは,JH3分解酵素が抑制されて脳内JH3レベルが上昇すると,採餌量が増加する行動を示すようになります.しかしJH3の分解がどのようにして生じるのか分かっていませんでした.



ペンシルバニア大学の研究者らは,scRNA-seqを用いて,幼若ホルモンエステラーゼ(Jhe)と呼ばれるホルモン分解酵素が血液脳関門にのみ局在することを発見しました.アリの血液脳関門で産生されたJheは血液脳関門の細胞に保持され,アリの脳に入るJH3ホルモン量をコントロールしていました(図左).

驚いたことに,分解酵素Jheのレベルを意図的に操作することで,アリ脳が再プログラムされて行動変化が生じ,大型の兵隊アリが採餌行動をするようになりました.またハエの血液脳関門にアリ版Jheを発現させると,アリで観察されたのと同様の行動変化が見られました.さらに同様のメカニズムが他の動物にも存在するか調べるため,マウス血液脳関門を構成する内皮細胞パネルを分析したところ,他のどの内皮細胞よりも高いレベルで,複数のホルモン分解酵素を発現していることが分かりました.このなかにはテストステロンを分解する酵素も含まれていました.

以上より,血液脳関門は神経ホルモンのゲートキーパーとして機能し,社会的行動を制御することが示されました.たたひとつのタンパク質が,個々の行動に大きな影響を及ぼしていると考えると大変驚かされます.またマウスのデータは,このメカニズムが哺乳類にも存在する可能性を示唆します.今後,ヒトにおける研究が進められるのは間違いないだろうと思います.
Ju L, et al. Hormonal gatekeeping via the blood-brain barrier governs caste-specific behavior in ants. Cell. 2023 Aug 24:S0092-8674(23)00856-5.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.08.002


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早期症候性アルツハイマー病におけるドナネマブの効果と副作用:TRAILBLAZER-ALZ 2ランダム化臨床試験

2023年09月09日 | 認知症
アルツハイマー病に対するレカネマブが注目されていますが,つぎに議論されるのがドナネマブです.脳アミロイド斑(老人斑)を除去できるようにデザインされた抗体です.このドナネマブの有効性と有害事象を評価したTRAILBLAZER-ALZ 2試験がJAMA誌に先月報告されています.この試験のポイントとして,①タウPETも施行し,タウの蓄積の程度による治療効果も評価したこと,②アミロイド斑の除去が基準に達した場合,ドナネマブ投与を中止していること,③副作用(ARIA)に対するApoE4遺伝子の影響を評価していること,を挙げたいと思います.以下,まとめですが,かなり複雑です.これを医療者やマスコミは正しく理解し,治療のメリットと危険性を,分かりやすく患者さん・家族に伝えることが求められます.

【ドナネマブとは?】
アミロイド斑にのみ存在するN末端第3残基がピログルタミル化されたアミロイドβ(N3pG Aβ)に直接結合し,ミクログリアを介した貪食作用によってアミロイド斑を除去する抗N3pG Aβ抗体である.

【試験デザイン】
多施設(8ヵ国277施設),無作為化,二重盲検,偽薬対照,18ヵ月間の第3相試験で,2020年6月から2021年11月(最終受診2023年4月)まで,アミロイドPETに加え,タウPETを併用し,低/中等度または高度タウ病変を有する初期アルツハイマー病(MCI/軽度認知症)患者1736人を登録した.

介入:ドナネマブ群(n=860)と偽薬群(n=876)に1:1で割り付け,4週ごとに72週間点滴静脈した.ドナネマブ群では,24週ないし52週の評価でアミロイド斑量が11センチロイド未満に低下し,投与完了基準を満たした場合,盲検下で偽薬投与に切り替えた.

主要アウトカムと評価基準 主要アウトカムは,ベースラインから76週までの統合アルツハイマー病評価尺度(iADRS:ADAS Cog13とADCS ADL MCIを統合したもの)スコアの変化とした(範囲,0~144;スコアが低いほど障害が大きい).CDR-SB(範囲,0~18;得点が高いほど障害が大きい)という副次的転帰を含め,24の転帰を確認した.

無作為化された1736人の参加者(平均年齢73.0歳;低・中タウ病変1182人[68.1%],高タウ病変552人[31.8%])のうち,1320人(76%)が試験を完了した.

【結果1:有効性】
76週時点のiADRSスコアの最小二乗平均(LSM)変化は,低・中タウ病変群のドナネマブ群で-6.02,偽薬群で-9.27であった(差,3.25;P<0.001).低・中タウ病変+高タウ病変を結合すると(全体)ドナネマブ群で-10.2,偽薬群では-13.1であった(差,2.92;P<0.001)(図1上).

76週時点のCDR-SBスコアのLSM変化は,低・中タウ病変群のドナネマブ群で1.20,偽薬群で1.88であった(差,-0.67;P<0.001).全体ではドナネマブ群1.72,偽薬群2.42(差,-0.7;P<0.001).(図1下)



偽薬群と比較して,タウ蓄積が軽度/中等度の群と全体で,iADRSではそれぞれ35.1%,22.3%,CDR-SBではそれぞれ36.0%,28.9%と有意な機能低下の遅延が認められた.

アミロイド斑除去が確認され投与完了した患者において,投与完了後も時間の経過とともに治療効果増大の傾向が見られた.また24週時にはアミロイド斑が除去されて投与完了した患者では,完了後5年にわたりアミロイド斑量の大きな増加は認められないとシミュレーションで推定された.

低・中タウ病変群において,脳アミロイド斑除去を達成した患者割合は24週時に34.2%,52週時71.3%,76週時には80.1%まで達した(図2).



興味深い副次評価項目として,p-tau217がある.ドナネマブによりタウ蓄積が軽度/中等度の群,および全体において有意な減少を呈している(図3).



タウ蓄積が軽度/中等度の群,および全体において,76週で,全脳体積は減少・脳室は拡大し,程度はそれより軽いながら海馬体積も減少する.

【結果2:副作用】
アミロイド関連画像異常(ARIA)は,ドナネマブ群で205人(24.0%;52人が症状あり),偽薬群で18人(2.1%;症状あり0人)に発生した.アナフィラキシーを含む注入時関連反応はドナネマブ群で74人(8.7%),偽薬群で4人(0.5%)に発生した.発現頻度が1%以上のその他の副作用として悪心,頭痛が認められた.

死亡例はドナネマブ群で3例,偽薬群で1例であった.ドナネマブ群で重篤なARIAのあった3人がその後死亡した(APOEε4ヘテロ接合体保有者2人,非保有者1人).抗凝固薬や抗血小板薬は処方されていなかった.1人は重篤なARIA-Eが消失した後に治療を再開したが,微小出血とヘモシデリン沈着を伴っていた. 1人はベースライン時に表在性シデローシスを有していた.

【結論】
ドナネマブは低・中タウ病変群,および低・中タウ病変と高タウ病変を結合した全体において,76週時点の臨床的進行を有意に遅らせた.

【感想】
①アミロイドPETのみならず,タウPETも行い,タウ蓄積が軽度の群でよりドナネマブの効果を認める点は興味深い.ただし実臨床でタウPETまで確認は困難なため,基本的に高タウ蓄積を加えた全体データを用いて評価するのが適当であろう.

②iADRSという統合スコアで検討しているが,一般の脳神経内科医でも馴染みがある指標ではないため,ドナネマブによる点数の改善が,どれほど日常で意義をもつのかが分かりにくい.またレカネマブといずれが効果が高いかは主要評価項目もinclusion criteriaも異なり,評価は困難である.

③p-tau217の低下がドナネマブにより生じた点は,タウリン酸化の上流にAβが存在することを示唆し興味深い.

④投与開始後,脳アミロイド斑除去を達成した患者ではドナネマブ点滴を中止するプロトコールである.またシミュレーションであるが,中止後もアミロイド斑量の大きな増加は認められないと推定している.よって「いつまで抗体治療を続けたらよいのか?」という疑問について,投与開始後にアミロイドPETを行うことで解決できることを示した点で重要な意義を持つ.

⑤長期的に脳萎縮やARIAの浮腫・微小出血が認知機能にどのような影響をもたらすのかがまだ分かっていない.

⑥ApoE4ホモ接合体保有者が58/143人(40.6%)存在し,非保有<ヘテ接合体保有<ホモ接合体保有の順に多くなる.アメリカの適正使用ガイドラインに記載されているように「ApoE4遺伝子診断は患者の安全を守るために行うべき検査」である(まさにプレシジョンメディシン).日本の診療ガイドラインでも適切にApoE4遺伝子診断を推奨されることを期待したい.

Sims JR, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023 Aug 8;330(6):512-527.





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驚いたレカネマブ(アルツハイマー病抗体薬)に関する米国神経学会のつぶやき;Lecanemab: Looking Before We Leap(飛びつく前に見るべきこと)

2023年09月05日 | 認知症
下図は最近,米国神経学会(AAN)の学術誌NeurologyがX(旧Twitter)に投稿したものです.「Lecanemab: Looking Before We Leap(飛びつく前に見るべきこと)」というタイトルの小論文から文章を抜粋したもので,オハイオ州立大学James F Burke教授ら4名によるものです.現在処方できるコリンエステラーゼ阻害薬(アリセプトなど)と比較して,レカネマブの効果,安全性,コストについて議論しています.つぶやきは以下のとおりです.

「もし安価であったとしても,最良のエビデンスは,レカネマブが(臨床試験ではない)実臨床の人々において意味のある利益をもたらすことを立証するものではない ― 確立された利益は小さく,潜在的な害は軽微ではない」



世界最大の脳神経内科の学術団体AANがこの意見をつぶやいたインパクトは少なくないと思います.以下に論文の要点をまとめました.患者さん,家族はもちろん,医療者もレカネマブに「飛びつく前」によく理解し,熟慮する必要があります.

◆レカネマブは認知機能に対して統計学的に有意な効果を示すが,その効果の大きさは小さく,臨床的に有意でない可能性がある.
◆レカネマブの効果はコリンエステラーゼ阻害薬の効果よりも数値的には小さい.
◆レカネマブを支持する主な論拠は,時間の経過とともに認知機能が向上するというものである.もっともらしいが,この結論を支持する証拠は不足している.
◆レカネマブの有害性は大きい.Clarity試験では,症候性脳浮腫が11%に,症候性頭蓋内出血が0.5%に認められた.
◆これらの副作用のリスクを著しく過小評価している可能性が高い.その理由は3つある.
①レカネマブは他の薬剤と相互作用する可能性が高いが,Clarity試験ではこの影響は最小限に抑えられている.
②臨床試験の集団は,現実の集団よりもはるかに若い(出血リスクは年齢とともに増加する).
③一般的に臨床試験における出血合併率は,臨床現場よりもはるかに低いことが知られている.
◆レカネマブのコストは前例がない.対象者全員が治療を受けた場合,薬代総額は年間1200億ドルになり,現在メディケアパートDですべての薬に使われている金額よりも多くなる.
◆結論として,レカネマブはドネペジルより効果が低く,有害性が大きく,コストが100倍高いことを認識する必要がある.

レカネマブに関するAlberto J Espay教授により分かりやすい解説図の説明はこちらからご覧いただけます.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月4日)  

2023年09月04日 | COVID-19
今回のキーワードは,COVID-19は自己免疫性疾患の発症リスクを上昇させ,ワクチン接種はリスクを軽減する,COVID-19後の認知症候群は記憶障害と注意・遂行障害を,疲労,不安,うつとともに認める,入院患者の認知機能障害を予測する血液バイオマーカーが2つ同定された,オミクロン株によるlong COVIDの発症率は18.2%である,long COVIDの有力な病態機序としてミトコンドリア障害が明らかにされた,Long COVIDの発症の有無に,急性期のSARS-CoV-2抗体価やT細胞免疫の差は無関係である,です.

COVID-19に伴う2型糖尿病の発症リスク増加とワクチンによる抑制が報告されていますが,自己免疫性疾患のリスクも増加し,多発性硬化症ではハザード比2.66,抗リン脂質抗体症候群2.12,免疫介在性血小板減少症2.10などと報告されました.これらもワクチン接種により抑制できます.またオミクロン株によるlong COVIDの罹患率もワクチンの接種回数が少ないと上昇することも報告されました.ワクチンは一部のひとには重篤な副反応を起こしてしまいますが,集団で見るとこれらのような明らかな効果があります.現在,第9波が猛威を振るっています.最新の正しい情報を理解して,ワクチンを接種するかどうかを判断する必要があります.
またフォーローしてきたCOVID-19後の認知障害もいよいよスコーピングレビューが発表され,「記憶障害と注意・遂行障害を,疲労,不安,うつとともに認める」という臨床像が明確になってきました.フィブリノゲンとD-ダイマーが入院患者の認知症発症リスクを予測できることも判明しましたので,臨床現場で評価し,その後の対応に役立てることができそうです.

◆COVID-19は自己免疫性疾患の発症リスクを上昇させ,ワクチン接種はリスクを軽減する.
香港からCOVID-19と自己免疫疾患の関連,およびCOVID-19ワクチン接種の予防効果を検討した後方視的コホート研究が報告された.対象はCOVID-19患者102万8721人と非COVID患者316万8467人であった.調整ハザード比は,多発性硬化症2.66,類天疱瘡2.39,抗リン脂質抗体症候群2.12,免疫介在性血小板減少症2.10,悪性貧血1.72,血管炎1.46,乾癬1.42,脊椎関節炎1.32,バセドウ病1.30であった(いずれも有意差あり)(図1).またワクチンの2回接種は,類天疱瘡,抗リン脂質抗体症候群,免疫介在性血小板減少症,バセドウ病,自己免疫性関節炎のリスクを減少させた.以上より,COVID-19は様々な自己免疫性疾患の発症リスクの上昇と関連し,そのリスクはワクチン接種によって軽減される可能性が示唆された.
eClinMed. August 16, 2023(doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102154)



◆COVID-19後の認知症候群は,記憶障害と注意・遂行障害を,疲労,不安,うつとともに認める.
イタリアからCOVID-19患者に伴う認知機能障害に関するスコーピングレビューが報告された.180件の研究が対象となったが,うち3分の1のみが認知機能障害の定義を行っていた.最も多く報告された認知機能障害は,前向性記憶障害>注意・遂行障害>ブレインフォグで(図2),精神症状ではうつ,不安,睡眠障害であった.ほとんどの研究で全身症状として疲労を認めていた.36の研究では認知機能検査が行われていたが,認知機能障害は被験者の39%に認められ,最も頻度の高い領域は注意・遂行機能(90%)と記憶(67%)であった.またCOVID-19罹患後の認知症候群の病名に関する合意は得られていなかった.症状発現の時期やその持続期間についてはまだ議論が続いている.症状に関する客観的評価方法もまだ標準化されていない.
Eur J Neurol. 2023 Aug 4.(doi.org/10.1111/ene.16027)



◆入院患者の認知機能障害を予測する血液バイオマーカーが2つ同定された.
英国から,2020年1月から2021年11月までにCOVID-19により入院した1837人を調べ,認知機能障害発症に関与する血液バイオマーカーを検討した研究が報告された.認知機能に対する医師による客観的評価と患者による主観的評価は,6カ月後と12カ月後に行われた.この結果,2種類の血液バイオマーカーが特定された.1つ目は,CRPに対するフィブリノゲンの上昇で,客観的認知障害と主観的認知障害の両方と相関した.2つ目は,CRPに対するDダイマーの上昇で,主観的な認知障害だけでなく,疲労や息切れとも関連があった.これらの知見は,米国で1万7911人の電子カルテを用いて行われた別のコホートでも確認された(図3).メカニズムとして,前者は炎症物質としての直接作用(フィブリノゲンは急性相タンパク質のひとつ)や過凝固状態が,後者は脳や肺血管の微小血栓が関与している可能性が推測される.
Nat Med (2023). https://doi.org/10.1038/s41591-023-02525-y



◆オミクロン株によるlong COVIDの発症率は18.2%である.
オーストラリアから,ワクチン接種を行っている集団におけるlong COVIDの特徴を明らかにした研究が報告された.2022年7月~8月にオーストラリアで実施されたオミクロン株感染者1万1697人(94.0%が3回以上ワクチン接種)の90日後の追跡調査を行った.Long COVIDの基準を満たしたのは18.2%で,中央値で6つの症状を報告し,疲労(70.6%),ブレインフォグ(59.6%),記憶障害・混乱(32.5%)が多かった.17.9%が就労/就学困難であった.Long COVIDの予測因子は,女性,50~69歳,既往症,ワクチン接種回数が少ないことであった.
medRxiv. August 09, 2023.(doi.org/10.1101/2023.08.06.23293706)

◆long COVIDの有力な病態機序としてミトコンドリア障害が明らかにされた.
米国より,SARS-CoV-2ウイルスタンパク質が宿主のミトコンドリアタンパク質と結合し,酸化的リン酸化(OXPHOS)を阻害することが示された.2つの動物モデル(ハムスターとマウス)と,患者700人の鼻咽頭サンプルと35人の剖検検体を用いて検討した.感染後,ミトコンドリアの遺伝子発現は抑制され,OXPHOS複合体全体が阻害されてエネルギー産生機能不全を誘発され,異なるエネルギー産生の代替経路(解糖系)が強制的に作られた(図4左).かつシグナルの下流で免疫反応を活性化された.この変化は全身の多くの臓器,特に心,肝,腎,リンパ節で起きていた.またウイルスが除去された慢性期でも,持続的なOXPHOS阻害が生じていた(図4右).これらはlong COVIDの多臓器症状に関与している可能性がある.著者らは治療の可能性としてmTOR阻害薬ラパマイシンに言及している.またLong COVIDの予防に有効であることが示されているメトホルミンは同じ経路で作用する.またミトコンドリア機能を制御するマイクロRNA2392も治療標的となる可能性がある.
Sci Transl Med. 2023 Aug 9;15(708):eabq1533.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abq1533)



◆Long COVIDの発症の有無に,急性期のSARS-CoV-2抗体価やT細胞免疫の差は無関係である.
Long COVIDの機序として,初期免疫反応が過剰あるいは不十分であった可能性が指摘されている.英国からの第1波感染時に軽症または無症状のCOVID-19に罹患した医療従事者86人を対象とし,long COVIDと非long COVIDの2群に分け,ウイルスに対する液性免疫と細胞性免疫を解析した.この結果,感染後18週までの期間において,スパイクRBDや核蛋白に対する抗体反応,ウイルス中和反応,T細胞反応に差は認めなかった.また抗体低下のプロファイルにも差はなかった.またワクチン2回接種後の1年後の解析でも,2群間にSARS-CoV-2免疫に差は認めなかった.以上より,軽症または無症状の急性感染後のSARS-CoV-2ウイルスに対する免疫パラメーターにおける量的な差はLong COVIDの発症に寄与していないと考えられる.
Nat Commun. 2023 Aug 23;14(1):5139.(doi: 10.1038/s41467-023-40460-1)

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医聖 華岡青洲の「活物窮理」@和歌山 春林軒

2023年09月02日 | 医学と医療
和歌山県立医大伊東秀文教授にお招きをいただき,「進行性核上性麻痺の臨床―新しい鑑別診断,IgLON5抗体関連疾患も含めて―」という講演をしました.じつは和歌山を訪れるのは初めてでした.このため夏休みを頂いて,以前から訪問したかった華岡青洲の自宅・診療所・医学塾であった春林軒を訪問しました.左の写真が春林軒の主屋で,右は華岡青洲先生と一緒に記念撮影しました.



華岡流医術を学んだ医者は,青洲の生存中と没後をあわせて2千人を超えていたそうで,江戸時代最大の医塾でした.華岡青洲は苦心の末,全身麻酔薬「通仙散」の開発に成功し,1804年,世界初の全身麻酔による乳がん摘出手術に成功しました.





多くの人は有吉佐和子の「華岡青洲の妻」の印象が強いと思いますが,私は青洲の「医惟在活物窮理(いこれありかつぶつきゅうり)(下図左)」という言葉が大好きで,「活物窮理,活物窮理,・・・」とつぶやきながら研究をしたりしていました(笑).言葉の意味は,青洲の目標とする「医」は「活物窮理」の四文字に尽きる,すなわち「生きた人を治療するのであれば,深く観察して患者やその病の本質(理)を究めなければならない」ということです.



春林軒は,和歌山駅からローカル線で40分,無人の名手駅から歩いて20分ほどのところにありました.当時も和歌山城下から紀の川を七里半ほど遡った在郷にありました.鄙びた郷でも,志があれば世界最先端の研究を行った日本人がいたのだと勇気をもらった気がしました.




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