Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アインシュタインの脳

2012年11月25日 | 医学と医療
最新号のBrain誌に理論物理学者Albert Einsteinの「脳」の未発表写真が報告がされている.Einsteinは1879年に生まれ,特殊相対性理論を1905年,一般相対性理論を1916年に発表,1933年に米国に亡命,プリンストン高級研究所の教授に就任し研究活動を行った.1955年に腹部大動脈瘤破裂にてかかりつけのプリンストン病院(プリンストン大学とは関係ない小さな病院らしい)にて死去,76年の生涯だった.

解剖を行ったのはDr. Thomas Harvey.Yale大学で病理学を学んだ病理医だった.家族に許可を得ず取り出した脳は1230gだった.これに長男のHans Albertは激怒したが,Einstein自身が生前,自分の遺体が科学研究に付されることに積極的な発言をしていたため,最終的には研究成果を専門誌に発表することを条件として承諾した.そして脳と目を除く遺体は火葬された.脳は10%ホルマリンに固定後,いくつもの角度から写真が撮られた.その後,脳は240個のブロックに切り出され,さらに組織標本がつくられた.その際,それぞれのブロックと関連する標本の場所を示す地図が描かれた.

ところがそれら脳のブロックや剖検報告書,脳の写真は行方不明となる.なぜならHarveyはどのように研究を進めたらよいのか分からず,密かに自宅に持ち帰り,以後40年間,手元で隠し持っていたためだ.研究の遅れを理由にプリンストン病院を追われ,そしてEinsteinの脳を携えたままプリンストンを離れてそのまま行方不明になったのだ(晩年になり持っていた脳をEinsteinの孫娘に返却している).しかしHarveyは,Hans Albertとの約束を律儀に守って,研究と論文発表を条件に少なくとも18人の研究者にEinsteinの脳の切片を提供していた.現在,240のブロックのうち180はThe University Medical Centre at Princetonにある.スライドはNational Museum of Health and Medicineに567枚保存されている.昨年,フィラデルフィアのムター博物館で,世界で初めて46枚の標本が公開され話題を呼んだ.

ではEinstein脳から何が分かるか?これまで査読をパスした6つの論文が報告され,知性の源泉を探る研究が行われた.論文の内容としては,39野(左下頭頂小葉)の「グリア細胞:神経細胞比」が対照脳より著しく大きい,つまりグリア細胞の割合が大きいことや,両側側頭葉新皮質の「グリア細胞:神経細胞比」が大きいこと,右前頭葉の神経細胞密度が大きいこと,両側下頭頂小葉が大きいことなどが報告されている(下記論文など).「グリア細胞:神経細胞比」が大きいことはまだあまり関心を持たれていなかったグリア細胞の重要性に研究者の注目が向けられるきっかけのひとつになったそうだ. 

On the brain of a scientist: Albert Einstein. Exp Neurol. 1985 Apr;88(1):198-204.

さて今回,Brain誌に報告された論文であるが,最近発見されたEinsteinの大脳皮質の全体像を示す14枚の写真についての研究で,全ての写真が掲載されている.11枚は慣例に従わない様々な角度から外観を撮影し,2枚は大脳半球の内側面を,そして最後の1枚は右側の島を撮影している(Open access論文なのでぜひ御覧ください).ほぼすべての脳回が同定可能で,文献上記載された85人の一般の人の脳回との比較を,とくに前頭葉と頭頂葉において行なっている.結果として,全体的な大きさや非対称性には一般の人と大きな違いは見られなかったが,Einsteinの脳のもっとも特徴的な点は,前頭前野が非常に発達している点だと著者は述べている.この領域は複雑な認知行動の計画や遂行機能,人格の発現などに関わっているとされ,卓越した認知能力に関与していた可能性がある.その近傍の一次体性感覚野や,舌や顔に関わる運動野も左半球において大きく発達していた.頭頂葉も特徴的らしく,彼の視空間や数学的能力の土台となっている可能性が指摘されている.今回の論文の目的は,将来の研究者がEinstein脳を用いた研究を行う際の研究基盤を整備することだと著者は述べている.

実はEinsteinの脳標本は2人の日本人を介して日本にももたらされた.1人はアインシュタイン研究者である故杉元賢治近畿大学教授にHarveyから供与された.もう1人は神経病理学の権威で,我らが新潟大学脳研究所の生田房弘名誉教授であり,米国Albert Einstein College of Medicineの故Harry M. Zimmerman名誉教授から譲り受けたものだ.新潟大学脳研究所には2枚の標本が保管されている(写真).

今回の論文発表を契機に改めてEinsteinをはじめとする「天才の脳」が最新の新たな視点から研究されるかもしれない.しかしグリア細胞の割合増加や下頭頂小葉の発達があったから彼が天才であったというより,相対性理論の研究を脳内で繰り返し,何十年も続けた結果,脳に変化が生じたと考えたいものだ.ちょうどエジソンの言葉のように(Genius is 1% inspiration and 99% perspiration).

The cerebral cortex of Albert Einstein: a description and preliminary analysis of unpublished photographs. Brain. 2012 Nov 16.


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多系統萎縮症における日中の眠け

2012年11月06日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)では多彩なメカニズムによる睡眠呼吸障害(睡眠時無呼吸症候群)を来すことが知られている.新潟大学医歯学総合病院では神経内科,呼吸器内科,耳鼻咽喉科などが協力し,2011年からこの問題に取り組んできた(Niigata MSA study).ちなみに睡眠時無呼吸症候群は睡眠呼吸障害(無呼吸・低呼吸)により日中の過度の眠気(excessive daytime sleepiness;EDS)を来した状態を指す.

昨年,ヨーロッパからMSAのEDSの頻度について報告があり(SLEEMSA study),MSA患者さんでは健常者の2%と比較し,28%と有意に多いことが報告された.しかしながらその影響因子については不明で,日本人においてはEDSの頻度自体も不明であった.このため新潟大学では,日本人MSA患者さんにおけるEDSの頻度およびその影響因子を検討したのでその結果をご紹介したい.

方法はGilman分類のprobable MSAを対象にした.EDSの頻度はEpworth睡眠尺度日本語版(JESS)を用いて検討した(24点満点で大きいほど眠く,11点以上でEDSと定義される).ポリグラフ検査(PSG)で評価した睡眠呼吸障害や周期性四肢運動症(睡眠中に下肢の不随意運動が周期的に出現し目が覚める疾患)の重症度がEDSの程度に影響を及ぼすかどうかについて検討した.

さて結果であるが,25名のprobable MSA患者さん(MSA-C 21名,MSA-P 2名)を対象とした.対象者全例でポリグラフ検査(PSG)を行った.平均ESSスコアは6.2±0.9点(0-15点)で,問題のEDSの頻度は24%とヨーロッパにおける報告と同等であった.睡眠呼吸障害(定義;AHI≧5/hr以上)は24人(96%),周期性四肢運動症(定義;PLM index>15/hr)は11人(44%)と高頻度に認められたが,睡眠呼吸障害を認めた症例におけるEDSの頻度は25%,周期性四肢運動症では18%と必ずしも高いわけではなかった.さらに睡眠呼吸障害の程度,周期性四肢運動症の程度のいずれもESSスコアと相関しなかった.しかし11人がパーキンソニズムに対し抗パーキンソン病薬を内服していたが,その11人において抗パーキンソン病薬のl-dopa換算量とESSスコアと相関した(r=0.662,p=0.027).またレストレスレッグス症候群は12.5%(3/25)の症例に認められた.

以上より日本人のMSA患者さんも過度の眠気の頻度は高いことが分かった.睡眠呼吸障害も周期性四肢運動症もMSA患者さんでは高頻度に認められたが,予想に反してそれらの重症度は眠気の程度とは相関しなかった.EDSの改善のためには過眠症の発症要因についてさらなる検討が必要であるが,可能性としては眠気・覚醒を知覚するシステムにも変化が及んでいる可能性や,パーキンソン病における眠気に影響をおよぼす因子として知られる夜間頻尿,寝返りを打てないような運動障害,うつ,幻覚,精神症状,レストレスレッグス症候群,抗パーキンソン剤などが影響している可能性が考えられる.

Daytime sleepiness in Japanese patients with multiple system atrophy: prevalence and determinants
BMC Neurology 2012, 12:130 doi:10.1186/1471-2377-12-130(オープンアクセスですので自由にダウンロードできます)

Comments (3)
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