Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルブミンは脳梗塞に効くか?(2度のALIAS trialから学ぶべきもの)

2011年09月21日 | 脳血管障害
病棟の抄読会で若手ホープが選んだ論文を取り上げたい.米国で行われ,2006年に第一報がSTROKE誌に掲載された脳梗塞に対する神経保護療法研究があるが(ALIAS trial),今回取り上げるのはその続報にあたる論文である.「ベンチからベッドサイドへ」というtranslational researchを目指す者にとって学ぶべきものが多い論文である.

まず神経保護薬候補はなんと「25%アルブミン」である.「どうしてアルブミンが効くの?」と思われるだろうが,本研究の著者らは1997年~2001年にかけて,ラット局所脳虚血モデル(suture model;虚血2時間)を用いて,25%アルブミンが脳梗塞サイズ,浮腫サイズ,神経機能を有意に改善することを示している.さらにMRI拡散画像,脳微小循環測定,遊離脂肪酸分布のいずれの方法においてもその有効性を確認している.ラットでの治療可能時間は4~5時間で,神経保護の機序としては抗酸化作用と脳循環改善作用を考えている.

この結果を受けて行われた臨床研究が前述の2006年のALIAS trial part 1である.方法はNIHSS 6点以上の脳梗塞患者に,25%アルブミンを発症16時間以内に静注するというもの.対象患者の除外基準は,心不全,発症3ヶ月以内の心筋梗塞,心電図異常,腎不全,重症貧血,血圧異常,妊娠などで,アルブミン負荷にともなう循環血漿量の増加に配慮している.82名の患者に対するオープンラベル試験として行い,アルブミンの容量決定を主目的として行った(0.34~2.05 g/kgの6段階のdose escalationを行った).結果として2.05 g/kgまで顕著な副作用はなく,安全というものであった.血圧や血漿アルブミン濃度,BNPレベル,肺水腫の出現,tPAの影響などさまざまな項目が検討され,さらに治療効果についてもアルブミン投与量が多い群ほど予後が良好である可能性を示した.

The ALIAS Pilot Trial: a dose-escalation and safety study of albumin therapy for acute ischemic stroke--I: Physiological responses and safety results.

The ALIAS Pilot Trial: a dose-escalation and safety study of albumin therapy for acute ischemic stroke--II: neurologic outcome and efficacy analysis.


こののちランダム化比較試験が多施設共同で開始された.主要評価項目は発症90日後のNIHSS,modified Rankin scaleなど,そしてサンプルサイズは1800人と設定された.そしてその結果がSTROKE誌に続報として報告されたわけだ.そして結果は・・・・なんと失敗!試験は途中で打ち切りとなった.詳細を述べると,アルブミン群と偽薬群の1:1ランダム化が行われ,424例(アルブミン群207名)が解析された.予後についてはアルブミン群で良い傾向にあったし,アルブミン群30病日以降の死亡率は2群間で同等であったのだが,30病日までの検討では,偽薬群が21名の死亡であるのに対し,アルブミン群では36名の死亡と多い結果であった(死亡の原因はlarge strokeが多い).このため試験は途中で打ち切られたのだ.

ここで研究チームがどうしたかが重要である.研究チームは何が失敗の原因であったかを改めて検討した.そして84歳以上の高齢者では90病日の死亡率が84歳未満と比較して2.3倍高いこと(95% CI 1.04~5.12),過剰な輸液が行われた群では行われなかった群と比較して,2.1倍高いこと(95% CI 1.10~3.98)を明らかにした.さらにトロポニン陽性も予後不良因子であった.この解析結果を踏まえ,安全性確保のための条件改訂が行われ,年齢の上限を83歳までとすること,発症後48時間までの輸液総量を4200 ml以下にすること,発症12時間から24時間の強制利尿を行うこと,血清トロポニンレベルが正常であること等が追加された.そしてALIAS trial part 2としてプロトコールを改訂し,治験安全性評価委員会の承認を得て,現在,臨床試験が再開されている.

抄読会でも意見があったが,pilot試験で有効であっても肝心の大規模試験で有効性が証明されなかったらそこで終了となりそうなものである.それでも失敗の原因を徹底的に究明し,諦めず次のステージに進むパワーがとても大切だと感じた.もちろん場合によっては撤退する勇気も必要であるし,本研究についてもpart 2が成功する保証があるわけではない.しかし自らの基礎実験のデータを信じ,何としても脳梗塞に対する神経保護薬を開発するのだという意気込みは個人的には理解できる.

私どもも脳梗塞の治療薬開発,とくに血管保護薬開発を目指した基礎研究を行っている.脳梗塞に対する神経保護薬の開発は,動物試験で有効性を認めた多くの薬剤が,ヒトにおける臨床試験でことごとく有効性を確認できず,大きな見直しが求められた(参考記事).しかしその後,基礎実験での有効性評価の基準が厳密に見直され,加えて神経科学研究が進歩し真の治療標的分子が徐々に明らかになりつつある今こそ脳梗塞に対する神経保護薬開発に再挑戦すべきと思う.本研究のような諦めない姿勢をもってtranslational researchにチャレンジする仲間が増えることを期待したい.

The Albumin in Acute Stroke Part 1 Trial: an exploratory efficacy analysis.

The albumin in acute stroke (ALIAS) multicenter clinical trial: safety analysis of part 1 and rationale and design of part 2.


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抗NMDA受容体抗体陽性脳炎の再発

2011年09月11日 | その他
過去にも本ブログで取り上げた抗NMDA受容体抗体陽性脳炎()は,主に小児や若年女性に生じる疾患である(稀ながら男性でも発症しうる).精神症状に引き続き,痙攣,意識障害,言語障害,口部,顔面を中心とする多彩な不随意運動を主徴とする.呼吸不全や自律神経障害も合併する.卵巣奇形腫の合併を認めることが多いが,合併率は年令によって異なり,14歳より若い場合では9%という報告があるのに対し,18歳より年上の女性では56%にのぼると報告されている(Ann Neurol 66; 11-18, 2009; Brain 133; 1655-1667, 2010).集中治療室での治療が必要になる非常に重篤な疾患であるが,免疫療法と適切な全身管理により完全に回復する例や軽度の後遺症のみ残して回復する症例が多く,神経内科医の腕の見せ所とも言える疾患の一つである.大変なおもいをして治療したあと,患者さん本人も主治医ももう再発しないようにと強く思うわけだが,上記の報告では,再発率について15%ないし25%と記載している.よって残念ながら再発しうる疾患ということになるのだが,どのような症状で再発するのか,どのような症例が再発するのかについてはよくわかっていない.

今回,スペインから上記の疑問について検討した臨床研究が報告された.25名の抗NMDA受容体抗体陽性脳炎について後方視的に検討を行っている.再発は,新たに(他の原因によらない)精神症状・神経症状を呈し,さらに免疫療法により改善(一部は自然に寛解)するものと定義した.

結果としては,中央値20ヶ月の経過観察において,25名中の6例(24%)において合計13回の再発を認めた.6人中2人は1回,残り4人は2~4回の再発をしていた.初回のエピソードから中央値で2年後に再発していた(0.5年から13年後の範囲).再発率の中央値は0.52再発/人・年であった.

再発のリスクについての検討では,唯一,初回エピソードの際に免疫療法を受けていない人は,受けている人と比較し有意にリスクが高かった(P=0.009).その他,髄液検査,MRI所見,初回エピソードの際の予後,卵巣腫瘍摘出は2群間で有意差を認めなかった.血清抗体価の変化にて再発が予測できるかについては現時点では不明であった.再発時に卵巣奇形腫を認めたのは1名のみであった(1/6人;17%).

再発の症状に関しては,初回エピソードと同様の典型的症状が揃った重篤なケースは稀で,半数以上(53%)が典型的な抗NMDA受容体抗体陽性脳炎の部分症状(partial syndrome)を呈した.具体的には言語障害(69%),精神症状(54%),意識・注意障害(38%),てんかん(31%)であった.また13回の再発のうち3回(23%)は,脳幹・小脳症状のみの非典型的症状であった.

結論として,抗NMDA受容体抗体陽性脳炎の再発は24%と少なからず認められることがわかった.初回エピソードからかなり時間が経過しても再発は起こりうる.再発の症状は必ずしも典型的ではない.いずれにしても初回における免疫療法をきちんと行うことが再発リスクを下げるためには重要であることがわかった.

Neurology 77; 996-999, 2011 
Comments (3)
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ALSにおけるsplit-hand syndrome

2011年09月02日 | 運動ニューロン疾患
ALSに特徴的な神経所見として,split-hand syndromeというものがある.実は先週末,東京で行われたALSシンポジウムという研究会に出席して,恥ずかしながら初めて知った所見である.とても有用と思われるので解説したい.

split-hand syndromeは「短母指外転筋(APB)と第1背側骨間筋(FDI)が強く痩せているのに,小指外転筋(ADM)が保たれている状態」を指す.いずれの筋肉も同じ髄節(C8-Th1)から出ているのに筋萎縮が乖離しておこっている点がポイントで,萎縮の有無を分割するような線が掌に引ける(split)ことからその名前がついた.これに対し,すべての筋が萎縮しているようであれば最初に神経根症を疑う.

そもそもはEisen らが1992年にMuscle Nerve誌において「APB is invariably more severely affected than ADM・・・」と記載したものが始まりで,split-hand syndromeという名称は,1994年にWilbournにより命名された(ただし論文としては未発表で,学会での報告).

さらに千葉大学のKuwabaraらは2008年にMuscle Nerve誌にこの所見はALSに特異的であること(特異度90%)を電気生理学的に示した.つまり見た目の萎縮のみではなく,運動神経伝導速度のCMAPの振幅による評価を,前向きに,連続77症例(対象171例,ALS以外の原因で手指筋萎縮を認める患者196例)に対して行った.その結果として,APB/ADM<0.6となるのは健常者では5%,非ALS患者4%であるのに対し,ALSでは41%,またFDI/ADM<0.9となるのは健常者では1%であるのに対しALSでは34%といった具合であった.感度は高くはないが,特異性は高く,今後の臨床でぜひ用いてみるべきと思われる(ただし,脊髄性筋萎縮症やCMT,ポリオでも見られることはあるそうだ).

さて問題はなぜこのようなことが起こるのかだ.ひとつの仮説はAPBとFDIは親指と人差し指を動かしており,小指よりも圧倒的に動かしている筋であるため,代謝要求や酸化ストレスの暴露が大きいことが原因であるという説.もう一つは,APBとFDIを支配する神経は軸索興奮性の高い(イコール持続性Na電流が大きい)ため代謝要求が高いという説.ALSでは線維束性収縮(fasciculation)が特徴的であるが,これは運動神経終末部軸索からの異常発射により生じることから,軸索興奮性が高い可能性が指摘されて来た.そして,その軸索興奮性を決定している因子は,内向きの興奮性電流であるNa電流の増加と,外向き抑制性電流であるK電流である.実際,千葉大学の研究によると,正中神経運動軸索における持続性Na電流=軸索興奮性の大小はALSの予後に大きく影響するそうで,この値の大小により群間比較をすると,きわめてインパクトの大きい予後因子であることがわかったそうだ(ハザード比4倍で,発症年齢や球麻痺,肺活量低下よりも影響力が大きい).病態仮説としては,RNA代謝異常が,チャネル機能に影響を及ぼし,持続性Naチャネル増加 → 興奮・線維束性収縮 → 代謝要求増大 → 筋萎縮という経路が考えられるとのこと.もしかしたらメキシレチンによるナトリウムチャネル抑制が治療につながるのではないかという話にまで発展した.ALSにおける軸索興奮性は以前から指摘されていたが,今後,あらためて重要視される可能性がある.神経所見から病態にまで発展する非常に興味をそそる話であった.

Kuwabara S et al. Dissociated small hand muscle atrophy in amyotrophic lateral sclerosis: Frequency, extent, and specificity. Muscle Nerve 37:426-430, 2008 

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