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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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女性はなぜアルツハイマー病で重症化しやすいのか? ―性差医療の必要性―

2025年05月03日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は女性に多く,また病態の進行が速い傾向にあることが知られています.日本人においても女性に多く,認知機能低下の進行も女性で速い傾向が報告されています.久山町研究などの疫学データにより,この性差は単に寿命の長さによるものではなく,生物学的な違いが関与している可能性が指摘されています.また,APOE遺伝子ε4保有による発症リスクは女性でより高いことも知られています.最近,報告された欧米の2つの研究は,ADの性差の根底に「神経炎症・自然免疫応答の性差」が関与していることを示しています.

1つ目の研究は米国Stony Brook大学からのもので,死後脳を用いて,部位ごとの神経炎症の性差を検討しました.海馬,嗅内皮質,および頭頂葉皮質における神経炎症マーカーTSPOの結合密度を定量的オートラジオグラフィーで測定し,さらに炎症性miRNA(miR-146a,miR-34a,miR-125b,miR-155-5p)の発現を定量的PCRで評価しています.その結果,AD女性ではCA1や海馬支脚などの海馬領域においてTSPOの結合が顕著に高く(=神経炎症が強く;図1),さらにTSPOとタウ病理との間に有意な正の相関が認められました.加えて,炎症性miRNAの発現もAD女性でのみ増加しており,性特異的な神経炎症のエピジェネティック制御が示唆されました.



2つ目の研究はノルウェーのオスロ大学病院などによる研究で,285名のコホートを対象に,血漿および脳脊髄液中の9種類の自然免疫マーカーを測定し,性差やアミロイド病理との関連を検討しました.この結果,アミロイド陽性者(A+)の中でも特に軽度認知障害(MCI)段階において,女性はサイトカインMCP-1とIL-6の値が男性よりも有意に低く,またsTREM2(ミクログリア活性化の指標)やclusterin(補体抑制や炎症調節に関わるタンパク質)と神経変性マーカー(タウ,NfL)との相関が男性より強いことが明らかになりました(図2).一見すると炎症性サイトカインが低いことは良い徴候で,1つ目の論文と矛盾しているようにも思えますが,そう単純ではありません.MCP-1やIL-6は炎症の惹起だけでなく,アミロイドβの除去や神経保護にも関与します.つまり,これらのサイトカインが低値であることは,加齢性変化に対して必要な免疫応答が発動せず,防御機構がうまく働いていない可能性を意味します.この結果,女性では神経変性の進行が加速されると推測しています.



2つの研究はアプローチこそ異なりますが,いずれも「女性ではADの前段階から免疫応答や炎症反応に変調が生じ,それが病態進行を促進する」ことを示しています.今後,ADの予防や治療,診断バイオマーカーの解釈において,性差を考慮することが必要と考えられました.臨床試験の設計や集団解析においても,性差を考えることが求められると思います.つまり性差に注目することが,ADの病態の理解や個別化医療の実現に必要になるものと考えられます.

1. Acosta‐Martínez, M. et al. Sex- and region-dependent neuroinflammation in Alzheimer’s disease. Alzheimer’s & Dementia, 2025;21:e14603. DOI: https://doi.org/10.1002/alz.14603
2. Knudtzon, L. et al. Sexual dimorphisms in innate immune activation markers in predementia Alzheimer’s disease. Brain Communications, 2025. DOI: https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaf161

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飲酒は小血管病変を引き起こすことで認知機能を低下させる・・・大規模な剖検例の検討

2025年04月28日 | 認知症
愛酒家の私にとって見て見ぬふりをすればよい論文でしたが,飲酒による認知機能低下の機序が示され,衝撃的でしたのでじっくり読みました.ブラジルのサンパウロ大学からの,飲酒に伴う脳の病理学的変化を検討した研究で,Neurology誌に掲載されました.この研究はバイオバンクに登録された1,781名の剖検データを用いて行っています.対象の平均年齢は74.9歳,平均教育歴は4.8年,女性は49.6%,白人は64.1%でした.

対象を,飲酒歴に応じて,飲酒なし,適度な飲酒,大量飲酒,過去の大量飲酒に分類しました.ここで,適度な飲酒とは1週間に7ドーズ(98gのアルコール)以内,大量飲酒とは週に8ドーズ(112g以上)のアルコール摂取と定義されています.1ドーズはビール約350mL,ワイン約150mL,蒸留酒約45mLに相当しますので,適度な飲酒は1日缶ビール1本です.また病理学的検討では,アルツハイマー病関連病理(アミロイドβ沈着,神経原線維変化),レビー小体病理,TDP-43病理,ラクナ梗塞,硝子様小動脈硬化,脳アミロイドアンギオパチーについて評価しています.生前の認知機能はClinical Dementia Rating Scale Sum of Boxes(CDR-SB)で評価されました.

結果として,適度な飲酒,大量飲酒,過去の大量飲酒はいずれも「硝子様小動脈硬化」と有意に関連していました!(図上).これは硝子様(ガラスのように均質で透き通った)物質が血管壁に沈着して,動脈硬化が生じる変化で,硝子様物質には血漿タンパクやコラーゲンなどの基底膜成分が,血管内皮の障害を介して血管壁に染み出して沈着したものと考えられています.この硝子様小動脈硬化のリスクが,適度な飲酒ではオッズ比1.60,大量飲酒では2.33,過去の大量飲酒では1.89と,飲酒歴なし群に比べて明らかに上昇していました.また,大量飲酒と過去の大量飲酒では神経原線維変化(=タウ蛋白の凝集)との関連も認められ,大量飲酒ではオッズ比1.41,過去の大量飲酒では1.31となっていました.一方,アミロイドβ沈着,レビー小体病理,TDP-43病理については,飲酒との明確な関連は認めませんでした.さらに,過去の大量飲酒は脳重量比(体格補正するために,脳重を身長で割った値)の低下,すなわち脳萎縮(β=−4.45)および認知機能の悪化(CDR-SBスコア上昇,β=1.31)と相関していました.ちなみにβは回帰分析における回帰係数です.



図下では,飲酒が認知機能低下に及ぼす影響について,直接効果(direct effect)と間接効果(indirect effect)を分けて解析しています.この結果,飲酒と認知機能低下との間には直接的な影響は認められず,硝子様小動脈硬化を介した間接的な影響であることを示しています(間接効果:β 0.13,p = 0.012).

批判的に読むと横断研究であり,飲酒期間に関する情報が欠けているため,因果関係を断定することには慎重であるべきですが,それでも飲酒が脳の血管病変を通して認知機能に悪影響を与えることが強く示唆されました.注目すべき点は,適度な飲酒でも硝子様小動脈硬化のリスクが上昇することです.さらに日本人を含む東アジア系の人々では,アルコール代謝に関わるALDH2遺伝子の活性低下型を保有する割合が高く,アルコール摂取後にアセトアルデヒドが体内に蓄積しやすいことが知られています.アセトアルデヒドは血管内皮障害や神経細胞障害を引き起こす毒性を有しており,小動脈硬化をさらに促進する可能性があります.したがって,日本人では,飲酒による脳への影響がより高まる可能性があると考えられます.こうしてデータを前にすると,「適度な飲酒」という言葉の響きも,どこか心許なく感じられてきます.効果のほどはさておき,昨晩はノンアルコール・ビールで晩酌を済ませました.

Nogueira BV, et al. Association of Alcohol Consumption With Neuropathology in a Population-Based Study. Neurology. Published online 2024.(https://www.neurology.org/doi/10.1212/WNL.0000000000213555

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血液からタウ病理を正確に捉えるアルツハイマー病診断の新時代の到来 ― 準備はできているか?

2025年04月17日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の診断や治療方針の決定に,脳内におけるアミロイドβおよびタウ蛋白の蓄積の評価が有用です.しかしその評価にはこれまでPET検査や脳脊髄液検査が必要であるため,日常診療への応用には限界がありました.しかしNature Medicine誌に相次いで掲載された2本の国際共同研究は,血液検査によりタウ蛋白の蓄積を高精度に評価できるというもので,今後の診療に大きなインパクトを及ぼすと予想されます.

第一の研究は,米国ワシントン大学のグループによるものです.この研究では,脳内の不溶性タウ凝集体に特異的な血漿バイオマーカーとして,eMTBR-tau243(endogenously cleaved microtubule-binding region tau243)を開発しました.これはタウ蛋白の微小管結合領域のうち,243〜256番残基に相当する断片であり,神経原線維変化(神経細胞に蓄積するタウ)から遊離したフラグメントと考えられるそうです.検討はスウェーデンとアメリカのコホート(739名および55名)を含む複数の独立した集団で実施されました.この結果,eMTBR-tau243は,アミロイドβ陽性の軽度認知障害(MCI+)およびアルツハイマー型認知症(AD+)において有意に上昇し,非AD性タウオパチー(PSP,CBS,FTDなど)では上昇しないという高い特異性を示しました(図1).またeMTBR-tau243はMCI+およびAD+において顕著に上昇しているのに対し,アミロイド陽性ながら認知機能が正常なCU+(Cognitively Unimpaired / Aβ陽性)では上昇していないことが明確に示されています.さらにこのバイオマーカーは,タウPETと非常に強い線形相関を示し(最大r²=0.56),特にBraak III〜VIといった中〜後期のタウ蓄積との関連が際立っていました.また,eMTBR-tau243は脳萎縮や認知機能検査(MMSE,mPACC)との関連も強く,進行期病理の指標としての有用性が高いことが示されました.よってeMTBR-tau243は,認知機能障害が出現した段階での「タウ病理の有無を確実に判定する」ための血液バイオマーカーとして非常に価値が高いです.将来的には,PETに代わる「臨床で使える確定診断ツール」となる可能性を持っています.逆にCU+(アミロイド陽性かつ認知機能正常)段階では上昇しないため,「発症前の予測」や「スクリーニング」には不向きです.



もう一つの研究は,スウェーデン・ルンド大学からの報告です.この研究ではLumipulseプラットフォーム(完全自動化された臨床検査用の分析システム)により血漿中のp-tau217を測定し,ADの診断精度を一次医療(かかりつけ医)および二次医療(専門施設)で評価しました.対象は1767名の認知症が疑われる患者であり,このバイオマーカーの診断精度は,二次医療施設ではAUC 0.93〜0.96,一次医療でもAUC 0.87と非常に高いことが確認されました.特筆すべきは,図2に示されているように,単一カットオフ(0.27 pg/mL)でも高精度ながら,二重カットオフ(0.22 pg/mL未満を陰性,0.34 pg/mL超を陽性)を導入することで判定不能域を除外し,診断精度(Accuracy)が最大94%という高い値を達成した点です.さらに,中間域の症例にはp-tau217/Aβ42比を用いることで,不確実な判定を10%未満に抑えています.また年齢や腎機能といったバイアスの影響も最小限であり,ルーチン検査への導入可能性が高いことも確認されました.つまりp-tau217は早期診断,スクリーニングに使用できます.



この2つのバイオマーカーの違いを表にまとめました.eMTBR-tau243は,脳内のタウ病理の進行を直接反映するマーカーとして,臨床試験や病期分類において有用です.一方で,p-tau217は,診断の初期スクリーニングや一次医療における活用に最適です.近い将来,血液検査項目のなかに,ADスクリーニング(p-tau217)とAD確定・病期判定(eMTBR-tau243)という2つが並ぶことになりそうです.ADの個別化医療や新規治療法の評価がさらに前進することが期待されます.



まさに驚くべきスピードで研究が進んでいきます.しかし,新しい技術には新しい社会的・経済的・倫理的問題が伴いますので,その準備が必要です.これらの議論を急ぎ進める必要性を強く感じます.

Horie K, et al. Plasma MTBR-tau243 biomarker identifies tau tangle pathology in Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2025; https://doi.org/10.1038/s41591-025-03617-7

Salvadó G, et al. Plasma phospho-tau217 for Alzheimer’s disease diagnosis in primary and secondary care using a fully automated platform. Nature Medicine. 2025; https://doi.org/10.1038/s41591-025-03622-w

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加齢による髄膜リンパ管の機能低下が,免疫細胞ミクログリアを介して認知機能障害をもたらすというパラダイムシフト

2025年04月06日 | 認知症
髄膜に「髄膜リンパ管」があることが最近,明らかになりました.脳脊髄液に含まれる老廃物を排出する重要な通路として作用しますが,この機能が低下すると何が起こるのか?Cell誌に掲載されたワシントン大学セントルイス校等の研究グループは,髄膜リンパ管はミクログリアと協調しながら,神経の興奮と抑制のバランス(E/Iバランス)を保ち,記憶機能に大きな影響を与えていることを明らかにしました.言い換えると,髄膜リンパ管の機能障害は大脳皮質のE/Iバランスを崩し,記憶障害を引き起こすことをマウスモデルで示しました.この変化はミクログリア活性化を介して,IL-6が過剰に発現することで生じるようです.

研究では,まずマウスの深頸リンパ節への髄膜リンパ管の流入路を外科的に結紮し,その後の行動や脳の神経活動を詳細に調べました.具体的には,手術から4週後,マウスは新奇物体認識テストで記憶形成が困難になり,Y字型の水迷路テストでも空間記憶が低下していました.電気生理学的には前頭前野(mPFC)の錐体細胞の抑制性シナプス電流(mIPSC)と興奮性電流(mEPSC)を測定し,mIPSCの頻度が約20%低下しており,E/Iバランスが崩れていることを示しました.一方,mEPSCには変化を認めませんでした.模式図に示されているように以下の変化が生じるようです.

髄膜リンパ管機能障害→ミクログリア活性化→IL-6過剰発現→抑制性シナプスの減少→記憶障害などの行動異常



あとの実験は,上記が正しいことを確認するため,ミクログリアをCSF1R阻害薬PLX5622や遺伝子改変によって除去したところ,リンパ管機能障害に伴うシナプス異常や記憶障害は消失しました.またIL-6が抑制性シナプスの減少に関与していることを,遺伝子欠損マウスや薬理学的実験で確認しています.IL-6にはIL-6受容体の膜結合型(古典的シグナル伝達)と可溶性型(sIL-6R;トランスシグナル伝達)がありますが,どちらの経路も関与しているようです.

興味深いのは24か月齢の老化マウスの検討で,前頭前野のmIPSCとmEPSCの両方が低下していました.加齢によるリンパ管機能の低下が原因と考えられたため,リンパ管の新生や成長を促進する成長因子であるVEGF-CをAAVベクターに組み込み髄腔内投与で発現させたところ,抑制性シナプスの機能と記憶力が回復しました.IL-6過剰発現も抑制されました.

いままで「髄膜リンパ管がミクログリアを介して,神経回路のバランスを維持している」という視点はなく,認知症の病態の考え方にパラダイムシフトが生じる可能性があります.つまり老化に伴う認知機能低下の新たな原因として髄膜リンパ管の機能障害が注目され,これを標的とした治療が行われる可能性があります.

Kim K, et al. Meningeal lymphatics-microglia axis regulates synaptic physiology. Cell. 2025 Mar 14:S0092-8674(25)00210-7.(doi.org/10.1016/j.cell.2025.02.022

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帯状疱疹ワクチンで認知症リスクが20%減少した!!しかも効果には明らかな性差がある

2025年04月04日 | 認知症
帯状疱疹の原因ウイルスである水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)をはじめとするヘルペスウイルスが,認知症の発症に関与している可能性が指摘されています(当科.森らの総説を参照).これに関連して,ワクチンが認知症の発症リスクを抑えるのではないかという議論が活発になっています.そうした中,スタンフォード大学の研究チームは,Nature誌に注目すべき論文を発表しました.

この研究の特徴は,従来の観察研究と異なり,因果関係をより信頼性高く推定する「自然実験」正確には回帰不連続デザイン(regression discontinuity design)を用いている点です.これは,ある日時(今回の場合は生年月日)を境にして介入の有無が変わる制度上の仕組みを利用して,比較的似た人同士の間で介入の効果を見積もる手法です.具体的には,イギリスにおいて帯状疱疹ワクチンの公的接種制度(Zostavax)の導入が2013年に開始されました.その接種対象年齢が「1933年9月2日以降に生まれた人」と定められていたため,その前後に生まれた人たちは生活背景がほぼ同じであるにもかかわらず,ワクチン接種の有無だけが異なる集団として扱えるわけです(対象年齢から1週間しか違わない患者の間で,接種率が0.01%から47.2%に増加しています).

最も注目すべき結果は図1に示されています.これは実際に帯状疱疹ワクチンを接種した人と接種していない人とを比較したものであり,ワクチン接種によって7年間の認知症新規診断率が,17.5%→14.0%と3.5%の減少,すなわち相対リスクでは3.5/17.5となり20.0%低下していました(95%信頼区間:6.5〜33.4,P=0.019).この効果は,インフルエンザなど他のワクチン接種や併存疾患,健康診断の頻度などの要因では説明できず,帯状疱疹ワクチン固有の影響と考えられます.



一方で図2は,単純に「ワクチンを接種する資格を得たこと」による影響(つまりintension to treat;ITT解析)を示しています.こちらでも認知症新規診断率は1.3%の減少,相対リスクでは8.5%低下し(P=0.022),かつ効果の持続性も確認されました.よって政策的に対象者に接種機会を提供するだけでも,認知症発症率に有意な影響があることが示されたということのようです.



さらに驚いたのは,性差による効果の違いが示されたことです.上述の図2を性別ごとに検討すると,図3左に示されるように,女性ではワクチン接種の対象になっただけで認知症リスクが有意に低下しており(−2.9%,P=0.0013),効果の持続性も確認されました.これに対して,図3右に示される男性では,効果はほとんど認めれませんでした(P=0.93).この性差は,ワクチンによる免疫反応が女性のほうが強い傾向にあること,あるいは非特異的免疫効果(trained immunity)と呼ばれるメカニズムの関与が推測されています.これは,ワクチンが特定の病原体に対する免疫だけでなく,自然免疫を長期的に強化し,さまざまな疾患に対して身体を守るような広い効果を持つ現象を指します.COVID-19の研究で,ウイルスやワクチンに対する反応の性別による違いが,免疫に対する性ホルモンの影響で説明できることがかなり分かってきましたが,ここでも同様に性差が大きな影響を及ぼしているようです.



注意点ですが,今回の研究の対象となったのは生ワクチン(Zostavax)です.現在イギリスでは,より新しい不活化ワクチン(Shingrix)に切り替えられているため,今後はこの新しいワクチンで同様の効果が確認されるかが注目されます.

帯状疱疹ワクチンは従来,神経痛や帯状疱疹後合併症の予防を目的として接種されてきましたが,この研究結果は,ワクチンが「認知症の予防」へと応用可能であることを強く示唆しています.女性は免疫が強く働くので副反応が出るリスクもあるのかと思いますが,やはりこの論文を読むと接種を検討したほうが良いと思います.あとは接種の年齢ですが,この試験では70歳〜79歳であったようです.もっと早く接種すると結果がより顕著になるのかも気になるところです.

Eyting M, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025 Apr 2.(https://www.nature.com/articles/s41586-025-08800-x

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血液検査で将来のアルツハイマー病リスクがわかる時代へ:アミロイドβやタウと独立した新たなバイオマーカー「YWHAG:NPTX2比」の発見

2025年04月03日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は,アミロイドβやタウタンパクの蓄積を特徴とする神経変性疾患ですが,認知機能の低下の進行速度には個人差が非常に大きいことが知られています.また脳内にアミロイドβやタウが蓄積していても,認知機能が保たれている人と,急速に悪化してしまう人が存在するのはなぜか・・・この問いは,これまでのバイオマーカー研究では十分に説明されてきませんでした.

その問いに正面から取り組んだ研究が,最新号のNature Medicine誌に掲載されています.米国マウントサイナイ医科大学やスタンフォード大学などの国際研究グループが,6つの大規模コホート(Stanford,Knight-ADRC,ADNI,DIAN,BioFINDER2,Kuopio)から集めた3397名分の脳脊髄液を対象に,網羅的なプロテオーム解析を行ったものです.その結果,「シナプスに関わるタンパク質群が,アミロイドβやタウとは独立して,認知機能障害の重症度と最も強く関連していること」を明らかにしました.特に注目されたのが,14-3-3タンパク質の一種であるYWHAGと,シナプス可塑性に関与するNPTX2との比率,すなわち「YWHAG:NPTX2比」です.この比率は,pTau181:Aβ42比に比べて,認知機能障害のばらつきをさらに27%多く説明し(図1左),タウPET画像では11%,またニューロフィラメントやGAP-43,ニューログラニンといったバイオマーカーでは28%多く説明できる能力を持っていました.



ちなみにYWHAGは14-3-3ファミリーのγアイソフォームであり,シナプス機能や細胞内シグナルの調節に重要な役割を果たしているようです.この14-3-3ファミリーは,プリオン病の診断に用いられる脳脊髄液中の「14-3-3タンパク」としても知られていますが,通常の臨床検査では複数のアイソフォームをまとめて(pan 14-3-3 antibodyで)検出するのに対し,本研究ではYWHAG(γ)を特異的かつ定量的に測定している点が大きく異なっています.つまり,プリオン病では14-3-3タンパク全体を調べているのに対し,より特定のタンパクに焦点を当てたバイオマーカーと言えます.
★訂正です:三條伸夫先生,佐藤克也先生より,プリオン病の14-3-3蛋白はγアイソフォームを測定していることをご教示いただきました.

図2では,このYWHAG:NPTX2比が,健常者,軽度認知障害(MCI),軽度認知症,中等~重度認知症とステージが進むにつれて段階的に上昇する様子が,異なるコホートでも一貫して示されています(図1右).また,この比率は,加齢に伴って徐々に上昇するだけでなく,常染色体優性ADの保因者においては,症状発現の約20年前からすでに上昇していることも示されており,発症前の予測指標としての有用性も期待されます(図2).健常者,孤発性AD,遺伝性ADのYWHAG:NPTX2比の経時変化を示したものが図3です.



さらに,この比率は,認知機能が正常なA+T1+(アミロイドβとタウ病理がすでに進行しているが,まだ認知機能が保たれているか初期段階)の人が軽度認知障害に進行するリスクや,MCIから認知症へ進行するリスクの予測にも有効でした.15年間にわたる追跡研究では,YWHAG:NPTX2が1標準偏差上昇するごとに,健常者がMCIへと進行するリスクが約3倍,MCIの人が認知症に進行するリスクが約2.2倍に上昇することが明らかとなりました.これらの予測力は,年齢やAPOE4遺伝子型,性別,および他のCSFバイオマーカーの影響を調整した上でも有意でした.

さらに注目すべきは,この研究が脳脊髄液にとどまらず,血液からでも同様の予測が可能であることを示した点です.著者らは13401検体の血漿プロテオーム解析を行い,「血漿シグネチャー(plasma signature)」と呼ばれるタンパク質群(図4左)のパターンを構築しました.機械学習を用いて開発されたタンパクの組み合わせによる指標です.この血漿シグネチャーは,脳脊髄液 YWHAG:NPTX2比の変化と部分的に一致し,脳脊髄液を用いなくても,ADによる認知機能障害のリスクの層別化が可能であるというものです.健常者がMCI,あるいは認知症に進行する予測に有用であり,特に高値群では将来の認知症発症リスクが最大で7倍以上に上ることも示しました(図4右).



本研究は,脳脊髄液バイオマーカーYWHAG:NPTX2比が,ADにおける認知機能の保たれやすさ(resilience)と進行リスクを高精度に区別できることを示しました.また,血液中のプロテオーム情報によって非侵襲的に同様の情報を得られる可能性も提示しており,将来の認知症予防や治療介入の選定に向けて大きな一歩となる研究です.一方で,近い未来,このようなバイオマーカーが日常臨床に実装されることを考えて,このような認知症の新技術にともなう臨床倫理的問題を考えていく必要性を感じます.

Oh HS, et al. A cerebrospinal fluid synaptic protein biomarker for prediction of cognitive resilience versus decline in Alzheimer's disease. Nat Med. 2025 Mar 31.(doi.org/10.1038/s41591-025-03565-2

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アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体薬とApoE遺伝子検査に関する臨床倫理的問題@日本臨床倫理学会

2025年03月17日 | 認知症
日本臨床倫理学会第12回年次大会(大会長;髙野誠一郎先生)で口演をしました.専門の医師のみでなく,多くの医療者とこの問題を議論したいと思い,発表をいたしました.内容としてはアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,ドナネマブ)の効果や副作用を説明したのち,副作用であるARIA(アミロイド関連画像異常)を予測するApoE遺伝子検査について解説しました.そしてこの遺伝子検査にともなう臨床倫理的問題をご紹介しました.

議論すべきポイントは2つあり,①治療開始前に遺伝子検査をすべきではないのか?②遺伝子検査の結果を開示すべきか,否か?です.私の立場は①は治療の協働意思決定のために,ApoE遺伝子検査を行える体制を早急に整えるべきである,②は遺伝子検査の結果について「知る権利」「知らないでいる権利」の両者を確保する必要があるが,後者はこの治療の場合きわめて難しく,専門医のみでなく,多くの関係者との議論が必要である,というものです.



口演後の質疑では「アルツハイマー病の診断はいつの時点で可能になるのか?(発症前のバイオマーカー診断の可能性)」,「抗体薬を使用できない場合の治療の現状は?」といった重要なご質問をいただきました.また「抗体薬の名前は知っていたが,遺伝子診断のことは初めて聞いた」「外来で導入後の継続投与を行っているが,ApoE遺伝子の情報は知らなかった」「薬剤師として治療の安全性向上のためにもっと関わりたい」などのご意見を複数いただき,この検査と臨床倫理的問題をもっと啓発する必要性を改めて感じました.使用したスライドは以下よりご覧いただけます.
https://www.docswell.com/s/8003883581/K7R3GV-2025-03-16-054257

また脳神経内科領域の演題では,京都大学の松本理器教授による「てんかんとStigma~臨床の現場から~」という教育講演は大変勉強になりました.self-stigma(誤った情報を自分に当てはめてしまうことによる烙印感)や社会の誤解を払拭するには多職種による試みが必要であるという主張はとても納得できるものでした.多くの医療者に参加していただきたい学会です.

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ワクチンや抗体によるアミロイドβ除去後,アルツハイマー病脳で神経炎症と補体活性化が生じ持続する !!

2025年03月11日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)におけるアミロイドβ(Aβ)を標的とした免疫療法が注目され,Aβを除去することで病態の進行を遅らせることが期待されています.しかしそのメカニズムや影響については未解明な部分が多く残されています.Nature Medicine誌に,米国ノースウェスタン大学の研究チームが,免疫療法を行ったヒト剖検脳の変化を詳細に解析した研究を報告しました.かなり驚きの論文で,治療に関わる人は認識しておくべき論文だと思います. 剖検脳を使うものの,従来の病理学とはまったく異なる趣のFigureが続く論文です.しかし結論は比較的シンプルで,ワクチンや抗体薬はミクログリアを活性化してAβを除去するものの,同時に補体系の持続的な活性化,神経炎症,鉄代謝の変化も生じ,かつタウ病理は抑制されないということを述べています.

対象はAN1792ワクチン(能動免疫)試験に参加した13例(Aβ除去が広範な群と,限定的な群に分ける)と,レカネマブ(受動免疫)投与後に死亡した65歳女性(ε4/ε4ホモ.レカネマブ3回投与後脳出血で死亡.tPA使用)の1例の剖検脳,そして対照(疾患対照6例,健常対照6例)です.Aβ除去による脳内変化を比較しました.レカネマブは1例だけなのでどこまで分かるのだろうと思いましたが,空間トランスクリプトミクスとシングルセルRNAシーケンスを用いると,ここまでできるのかと驚きました.

【Aβ除去はミクログリア・マクロファージにより行われる】
AN1792ワクチン接種した脳では,Aβプラークの周囲で,炎症性ミクログリアの活性化の持続が認められました.具体的には,Aβ除去が進むと,TREM2(ミクログリアの活性化を制御する受容体)を発現するミクログリアが活性化すること,またAβの代謝や除去に関わるAPOEの発現も亢進し,APOEを介したAβ除去が行われることが示唆されました(図1).これらはAβを除去するためのミクログリアの変化と考えられました.



一方,レカネマブ治療後の1例では,側頭葉や頭頂葉でAβが顕著に減少し,レカネマブがAβクリアランスを促進していました(図2e).そのかわりIBA1陽性マイクログリアの被覆率(coverage)が約44%に増加し,対照群(nAD)の約15%よりも顕著に高くなっていました(図2f).つまりレカネマブはマイクログリアの活性化を促し,Aβ貪食を強化することでAβを減少させることが示唆されました.



つぎにレカネマブ治療の有無によるミクログリアとマクロファージの遺伝子発現の違いを検討しています.レカネマブ群ではSPP1(オステオポンチン)やAPOC1(アポリポタンパクC1)が上昇し,Aβクリアランスや炎症調節に関与していることが示唆されました.TREM2,APOE,CD68(マクロファージや単球マーカー)など,貪食活性関連遺伝子が上昇し,Aβ除去を促進する可能性が示唆されました.よってレカネマブは,マイクログリア・マクロファージのAβ処理機能を変化させることを示しています(図3j).



またSPP1やAPOC1は組織修復を示唆するマーカーで,炎症(Aβの貪食)から組織修復にシフトするものと考えられました.図4hは,レカネマブ治療後の海馬におけるCD68(マクロファージ), IBA1(マイクログリア)がAβプラーク周囲に集積し,貪食している様子を示しています.



【Aβ除去に伴い補体系が活性化する】
AN1792ワクチン接種後のAβリッチな領域における遺伝子発現として,特に補体系(C3)や炎症性サイトカイン(IL6-JAK-STAT3)の活性化が確認されています(図5p).同様にレカネマブ投与後の遺伝子発現でも,補体系(C3)やIL-2–STAT5シグナルの調節異常が確認され,特に炎症関連遺伝子の発現が上昇していることが分かりました.つまりワクチンやレカネマブは,Aβクリアランスを促進する一方で,免疫細胞の活性化を伴う可能性を示唆しています(図5k).またレカネマブ投与例ではARIAに関連する組織球性血管炎(histiocytic vasculitis)を認めました.



【Aβを除去してもタウ病理は持続する】
能動免疫も受動免疫も,大幅なAβ除去にもかかわらずタウ病理が持続していることが示されました.Aβの蓄積が減少しても,タウの異常リン酸化が持続し,神経細胞の機能低下に関与する可能性があります.

【ミクログリアの鉄代謝は変化する】
レカネマブ治療後のミクログリアでは鉄代謝関連遺伝子(FTH1,FTL)が活性化し,酸化ストレスとの関連が示唆されました.またやインターフェロン応答遺伝子(IFI6)が顕著に増加しており,神経炎症の促進が生じている可能性があります.

【考察】
以上のように,Aβ除去に伴い脳内環境に大きな変化,つまりミクログリアの活性化や補体系の持続的な活性化,タウ病理の持続,鉄代謝の変化が生じていることが明らかになりました.現在,抗体療法後の脳萎縮をどのように考えるかでホットな議論がなされていますが,そのなかの一つの説である「脳萎縮は,Aβが減ったことにより生じる」というような単純な説(アミロイド除去に伴う偽萎縮)は否定して良いように思います.この論文では,脳萎縮との関連は議論していないものの,補体シグナルの過剰な活性化がシナプスを除去したり,神経炎症が神経細胞のアポトーシスを誘導したり,タウリン酸化が進んで変性が進んだり,病的な脳萎縮の進行を促す可能性があるのではないかと思いました.抗体療法によるAβ除去は,アルツハイマー病治療における重要な一歩ですが,光と影の両面があるということを示す論文だと思います.

Gate, D., et al. "Microglial mechanisms drive amyloid-β clearance in immunized patients with Alzheimer’s disease." Nature Medicine, 2025. https://doi.org/10.1038/s41591-025-03574-1.

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アルツハイマー病は単一の疾患ではなく,多様な要因が重なった「症候群」として捉えるべき

2025年03月06日 | 認知症
Nature Reviews Neurology誌のPerspective欄で,アルツハイマー病(AD)が単一の疾患なのか,それとも複数の病態が重なった「症候群」なのか,テルアビブ大学とUCSFの2名の先生が議論しています.

まずADの定義の曖昧さが指摘されています.従来,ADは「アミロイドβ(Aβ)による老人斑とタウによる神経原線維変化が脳内に形成され,進行性の認知機能低下を引き起こす病気」とされてきました.しかし,この定義には複数の問題があります.例えば,①Aβやタウの蓄積があるにもかかわらず認知症を発症しない人が存在すること(resilienceと呼びます),②レビー小体型認知症(DLB)やLATE-NC(limbic predominant age-related TDP43 encephalopathy-neuropathological change)など,他の神経変性疾患でも同様の病理変化が見られること,③ADの神経病理学的変化が必ずしも認知機能の低下と直結するわけではないこと,④Aβの除去が神経変性の進行を止めないこと,です.

以上のような理由から,著者らはADを単一の疾患ではなく,多様な要因が重なった「症候群」として捉えるべきだと主張しています.症候群であると考える根拠としては,まずADの臨床像や病理学的特徴は発症形式によって大きく異なることを挙げています(表).例えば,遺伝性(常染色体顕性)AD(ADAD)では発症年齢が50歳未満と早く,アミロイドβ沈着がより広範囲に及びますが,孤発性晩発型AD(LOAD)は65歳以上で発症し,進行は緩やかで,病理的多様性がより顕著です.また孤発性早発型AD(EOAD)は,病理学的にはADADに似ているものの,タウの蓄積パターンや神経変性の速度が異なることが分かっています.これらの違いは,ADが単一の疾患ではなく,複数の異なる病態が収束したものであることを示唆しています.



またADの発症には多くの遺伝的・環境的要因が関与していることが示されています.ApoE遺伝子のような遺伝因子だけでなく,難聴,高コレステロール血症,高血圧,糖尿病,運動不足,睡眠障害,社会的孤立などの環境因子がADのリスクを高めることが明らかになっています.近年,日本を含めた高所得国ではADの発症率が低下しているという報告もあり,これらのリスク因子への介入がAD発症予防に有効である可能性が示唆されています.

さらに治療の観点からも,ADを単一の病気とみなすことの限界が指摘されています.Aβを標的とした抗体療法(レカネマブ,アデュカヌマブなど)は,Aβの除去には成功しているものの,認知機能の低下を食い止める効果は限定的です.これはAβがADの主因ではなく,より複雑な病態の一部に過ぎない可能性を示唆しています.実際,タウの蓄積や神経炎症,血管障害など,他の病理的要因の影響も無視できません.このため,今後の治療戦略としては,単一の病理に焦点を当てるのではなく,多角的なアプローチを採ることが求められると思います.

著者らは今後の研究では,単に病理学的特徴に基づく分類をするのではなく,個々の患者の遺伝的・環境的背景を考慮した個別化医療の導入が必要であると述べています.さらに,認知症の発症を防ぐためには,Aβの除去だけでなく,生活習慣の改善や多面的な介入を組み合わせることが重要であると指摘してています.私もこの考えの方が科学的だと思いました.抗体療法に関心が集まっていますが,難聴や高コレステロール血症,社会的孤立などの「認知症予防の14因子」に地道に取り組んでいくほうが案外,効果が大きいのではないかと私は思っています.

Korczyn AD, Grinberg LT. Is Alzheimer disease a disease? Nat Rev Neurol. 2024;20:245-251. (doi.org/10.1038/s41582-024-00940-4

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帯状疱疹は感染部位によっては明確に認知症リスクを上昇させ,VZVワクチン接種は認知症リスクを低下する!

2025年03月04日 | 認知症
当科の森泰子先生が頑張って取り組んだ総説「認知症の危険因子としての水痘・帯状疱疹感染―スコーピングレビュー」が「臨床神経」誌に掲載されました.水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus;VZV)が認知症の発症リスクを高めるかどうかを検討するため,2024年6月にPubMedを検索し,基準を満たした21編の論文を対象にスコーピングレビューを行ったものです.対象となった研究の内訳は,システマティックレビュー/メタ解析(SR/MA)が3編,前方視的コホート研究が1編,後方視的コホート研究が12編,症例対照研究が1編,横断研究が1編,基礎研究が3編でした.

【帯状疱疹は感染部位によっては明確に認知症リスクが上昇する】
VZV罹患が認知症発症率を増加させるとしたメタ解析が1編(HR 1.11, 95%CI 1.02–1.21)あった一方,否定するメタ解析も1編(HR 0.99, 95%CI 0.92–1.08)存在し,結論は一致しませんでした.しかし,眼部帯状疱疹になると発症率が6.26倍に上昇する(95%CI 1.30–30.19)という報告や,中枢神経への感染があると6.83倍(95%CI 1.23–37.97)に増加するという報告がありました.以上より,VZVの罹患が認知症のリスクを高めるかどうかの結論は出ていませんが,感染部位によっては明確にリスクが上昇する可能性が示唆されました.

【VZVワクチン接種は認知症リスクを低下する】
ワクチン接種に関しては,認知症発症率を低下させるとしたメタ解析が1編(HR 0.76, 95%CI 0.60–0.96)ありました.さらに6つの観察研究でも発症リスクが低下することが示されており,例えば米国の研究では,発症率が0.69倍(95%CI 0.67–0.72)まで減少したと報告されています.また,英国の大規模研究では,ワクチン接種率が70%に達している国では,そもそもVZV罹患による認知症発症リスクが上昇しない傾向があることも分かりました.

【抗ウイルス薬も認知症リスクを低下する可能性がある】
VZV罹患後に抗ウイルス薬を使用することで認知症発症率が低下するという研究が複数ありました.例えば,台湾のコホート研究では,抗ウイルス薬を使用した群の発症率が0.55倍(95%CI 0.40–0.77)に低下し,韓国の研究でもリスクが0.79倍(95%CI 0.69–0.90)に低下することが示されました.しかし,英国の研究では発症率に影響を与えなかった(P=0.774)という結果もありました.

【アルツハイマー病との関連を示唆する基礎研究が報告されている】
基礎研究では,VZV罹患後にアルツハイマー病様の病態が引き起こされる可能性が示唆されました.具体的には,VZV感染後の脳脊髄液でアミロイドβ42/40比の低下やリン酸化タウの増加が認められ,神経炎症やグリア細胞の活性化が進行することが示されました.またメンデルランダム化解析では,水痘の罹患リスクが高い人では認知症リスクも有意に上昇することが報告されました.

【研究の限界】
対象論文のほとんどが後方視的コホート研究であり,交絡因子の影響を避けることができない点が課題として考えられます.また研究により,対象患者のワクチン接種率や抗ウイルス薬使用率の違いが結果に影響を与えている可能性があります.例えば,VZV罹患が認知症リスクを上昇させないとした研究の多くは,ワクチン接種率や抗ウイルス薬使用率が高い国(英国や米国)で実施されていました.これに対し,VZV罹患が認知症リスクを高めるとした研究の多くは,中国や韓国などワクチン接種率が低い国で行われており,予防医療の普及状況が影響している可能性が示唆されました.

【結論】
VZV罹患が認知症の危険因子である可能性は十分に示唆されるものの,決定的な結論を得るにはさらなる研究が必要と考えられます.今後,前方視的コホート研究や,ワクチン接種や抗ウイルス薬の効果を検証する無作為化比較試験の実施が求められます.

森泰子,大野陽哉,下畑享良.認知症の危険因子としての水痘・帯状疱疹感染―スコーピングレビュー.臨床神経 2025;65:191-196.(doi.org/10.5692/clinicalneurol.cn-002047)オープンアクセス




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