Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

アルツハイマー病の発症リスクは父と母のいずれから引き継ぐのか?

2024年06月18日 | 認知症
遅発性アルツハイマー病(AD)の発症において,家族歴は高齢に次ぐ最大の危険因子と言われています.しかし父と母の認知機能がどのように影響を与えるかは不明でした.JAMA Neurology誌に,記憶障害のない高齢者におけるアミロイドβの蓄積が,父と母のいずれの記憶障害に影響を受けるのかを検討した米国からの研究が掲載されています.

方法は抗体療法によるAD発症予防を目的として行われたA4試験に参加した4413人(平均年齢71歳,女性59.3%)のデータを用いています.1554人が両親ともに記憶障害なし,632人が父親のみ,1772人が母親のみ,455人が両親ともに記憶障害がありと自己申告しました.参加者は全例,ベースライン時に認知機能は正常でした.アミロイドPETを施行し,小脳を参照領域として関心領域値を算出するSUVR(平均標準化取り込み値比)を計算しています.

さて結果ですが,SUVRで測定したアミロイドPET負荷の平均値は,父母ともに記憶障害がある人(1.12)または母のみの既往がある人(1.10)では,父のみの既往がある人または家族歴がない人(いずれも1.08)に比べて有意に高いことが分かりました.また親の発症時年齢を調べたところ,父親では65歳未満の発症のみがアミロイドβ増加と関連していましたが,母親ではどの年齢でも関連していました.個人的には親からのリスクに性差があるのは意外でした.

以上のように母親の影響が強いメカニズムとしては,生物学的および社会的な可能性が考察されています.前者は,ADの母からの伝播は,母体のX染色体,ミトコンドリア,特定のゲノムインプリンティングを子供に伝えることに関連している可能性があります(図).一方の社会的要因としては,ADを発症した女性の世代は,男性に比べて正式な教育を受ける機会が少ないことから,脳の予備能力が低下した可能性があります.



また研究の限界としては,両親の既往歴は自己申告であり,AD以外の認知機能障害が含まれている可能性が高いこと,また横断研究でADの経時的変化について不明であることが挙げられます.あと「アミロイドβの蓄積=AD」と考えている点を問題とする意見もあるかと思います.

Seto M, et al. Parental History of Memory Impairment and β-Amyloid in Cognitively Unimpaired Older Adults. JAMA Neurol. 2024 Jun 17.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.1763

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

APOE4ホモ接合は遺伝性アルツハイマー病である! ―危険因子から原因遺伝子に変わる大きなインパクト―

2024年05月13日 | 認知症
Nature Medicine誌最新号に驚くべき論文が掲載されました.APOE4ホモ接合(アポリポタンパク質E遺伝子型がe4 /e4であること)がアルツハイマー病(AD)の遺伝的に独立したひとつの病型となるか検討するため,臨床,病理,バイオマーカーを調べた研究です.結論として,APOE4ホモ接合は完全浸透を示し(=100%の確率で発症し),発症年齢を予測でき,かつ遺伝性の早発型ADやダウン症候群に関連したAD(ADADとDSAD)と同様のバイオマーカー変化を示すという,遺伝性疾患としての特徴を有していることが示されました(図1).つまり今まで「危険因子」として理解されてきたAPOE4は「ホモ接合の場合,1つの遺伝性疾患として再定義すべき」という概念の転換を迫る内容です.もしそうなると人口の2%,ADの15%なので世の中で最も多い遺伝病になります(ただしADの診断をバイオマーカーで定義して良いのかという批判はあります).



研究では,5つの大規模コホートのデータが解析され,病理学的研究では3297人,臨床研究では10039人が対象となりました.ほぼすべてのAPOE4ホモ接合がAD病理を示し,APOE3ホモ接合と比較して55歳からADバイオマーカーのレベルが有意に高いことが示されました.また65歳までに,ほぼ全員に脳脊髄液中の異常アミロイド値が認められ,75%でアミロイドPETが陽性になりました.これらのマーカーの有病率は年齢とともに増加し,APOE4ホモ接合ではADの病態がほぼ完全浸透であることが示されました.発症年齢はAPOE4ホモ接合では65.1歳と早く(図2),その95%信頼区間はAPOE3ホモ接合よりも狭いものでした.さらにAPOE4ホモ接合における症状発現の予測可能性とバイオマーカーの変化の順序は,ADAD,DSADと同じでした.しかし,認知症期においては,早期から臨床的ないしバイオマーカー的変化が認められたにも関わらず,アミロイドやタウPETには違いを認めませんでした.



ここからが重要です.この研究の臨床・研究へのインパクトは非常に大きいと考えられます.
1)Aβ抗体療法と遺伝子診断・・・レカネマブ治療において,米国では副作用であるARIAを予測するために遺伝子診断が推奨されていますが,その遺伝子診断がより重大な意味を持つことになります.例えばAPOE4ホモ接合であることが判明し,結果を開示した場合,ホモ接合であればこそ,レカネマブを使用したいという気持ちをもつ患者が増加するものと予測されます.しかし同時にホモ接合はARIAを発症するリスクが大きいため,まさにアンビバレンツな状態になり,患者も医師も苦悩しますARIAをきたした患者の認知機能のデータが公開されていないことで,さらに治療の自己決定は難しくなります).

2)遺伝カウンセリング・・・ただでさえ難しいレケネマブ開始前の遺伝カウンセリングがさらに複雑化します.遺伝子診断の結果を本人に開示するかどうかがまず求められます.本人や家族への精神的影響を考えて開示しないことを選択する施設も増えそうです.その場合,患者さんが治療を選択するケースも増えますが,ARIAのリスクが高いので,安全のために医療者は当初の回数よりも多いMRIを施行し,かつ抗凝固薬やtPAに関する説明もするため,開示せずともホモ接合であることが分かってしまうものと考えられます.また遺伝カウンセラー数は少ないため,負担も大きくなります.カウンセラーへの教育に加え,増員,診療報酬改定が求められます.

3)臨床試験と治療開発・・・ApoE4ホモ接合の臨床試験参加者は,バイオマーカーの変化や経過が予測可能となるため,参加者の選択や試験デザインの設計において大きな影響が生じます.効果判定も遺伝子のタイプ別に行う必要が出てきます.治療の個別化が可能になり,発症前診断をして,発症前からの早期介入ということが検討されていくものと思います.

以上のように問題が複雑化して,患者さんも医療者もしっかり勉強しなければshared decision making(協働意思決定)が困難になりつつあります.抗体療法の開発前は,APOE遺伝子検査は臨床では推奨されない検査でしたので,大変なことになってきたと思います.患者さんも医療者も,人生の最後の時間をいかに過ごしたいと考えているのかを問われているような気がします.
Fortea J, et al. APOE4 homozygozity represents a distinct genetic form of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 May 6.(doi.org/10.1038/s41591-024-02931-w

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー病治療のための薬物開発は案外,幅広い標的をターゲットとしている

2024年05月07日 | 認知症
毎年恒例のアルツハイマー病(AD)治療のための薬物開発の現状(いわゆるパイプライン)に関する論文が発表されました.clinicaltrials.govを調査し,2024年1月1日時点でADの薬物開発に関するすべての臨床試験を検討しています.164件の臨床試験で,計127種類の薬剤が評価されています(図1).



164試験のうち,第3相に48試験(32種類),第2相に90試験(81種類),第1相に26試験(25種類)が含まれていました.疾患修飾生物学的製剤(=抗体薬)が34%(56試験),疾患修飾低分子薬が41%(68試験),認知機能改善薬が10%(17試験),精神神経症状治療薬が14%(23試験)でした.つまり疾患修飾薬(DMT)が全体の3/4(76%)を占めることが分かります.DMTのみでは小分子薬剤が55%,生物学的製剤が45%です(個人的にはもう少し対症療法の薬剤も開発されても良いように感じました).

つぎに治療ターゲットを見てみると,アミロイド,タウ,炎症,シナプス機能など,ADの多様な病態プロセスが対象となっていました(図2).



例えば第2相(90試験)の薬剤の作用機序をCADRO分類(Common Alzheimer's Disease Research Ontology)を用いて分類すると以下の通りでした(図3).
1. 炎症(23%)
2. 神経伝達物質受容体(19%)
3. アミロイド(12%)
3. シナプス可塑性(12%)
5. タウ (7%)
6. その他 [代謝,酸化ストレス,脂質など] (27%)
しばしばADの治療標的は「あまりにもアミロイド中心」という批判がありますが,こう見ると案外,幅広い標的をターゲットとしていることが分かります.



また論文はパイプラインが2023年に比べて縮小していることを指摘しています.2023年と比較すると,臨床試験数は164件←187件,薬剤数は127←141,新規化合物数は88←101,再利用薬剤数(repositioning)は39←40といずれも減少しています.ただそうは言ってもADの治療薬の開発には引き続き高い需要があり,有効な薬剤の探求が引き続き重要であると書かれています.ちなみにAD治療薬が非臨床試験からFDAの審査に至るまでに要する開発期間は約13年と記載されており,改めて薬剤開発の大変さを認識しました.
Cummings J, et al. Alzheimer's disease drug development pipeline: 2024. Alzheimers Dement (N Y). 2024 Apr 24;10(2):e12465.(doi.org/10.1002/trc2.12465

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

補聴器による認知症予防 ー自分の聴力ナンバーを知ろう!ー

2024年05月01日 | 認知症
New Engl J Med誌最新号に「加齢性難聴と認知機能障害」に関する総説が掲載されています.難聴は加齢とともに徐々に増加します(図1).内耳(蝸牛)の有毛細胞が徐々に喪失することが主な原因です.また難聴のリスク因子としては加齢のほか,皮膚の色,男性,騒音暴露が知られています(皮膚の色はメラニン量のことです.メラニンは内耳の有毛細胞にも存在し,酸化ストレスに対して保護的な役割を果たします).



さて本題ですが,難聴は認知症リスクの増大をもたらします.認知症予防について提言を行っているランセット委員会は,中年以降の難聴を「認知症の最も重要な修正可能なリスク因子」と報告しています.難聴なしの人と比較して,補聴器を使用しない難聴の人は,全認知症のリスクが増加しますが(ハザード比1.42),補聴器を使用していれば増加しません!(同1.04).また補聴器は認知機能低下のリスクがある高齢者において3年以内の認知機能低下を48%抑制することも報告されています.

よって難聴対策が求められますが,まず大切なのは自分の聴力を知ることです.論文ではスマホを使って聴力の自己検査をするHearing Number(聴力ナンバー)が紹介されています(www.hearingnumber.org).アプリをDLし,試したところ日本語化されていて自分の聴力ナンバーを測定できました(図2).これは会話の聞き取りやすさを左右する4つのピッチ(500,1000,2000,4000Hz)における聴力の平均値です.専門的に言えば,聴力閾値の4周波純音平均「PTA4」と呼ぶそうです.
【参考】正常:20dB未満,軽度難聴:20~34,中等度難聴:34~49,高度難聴:50~64,重度難聴:65~79



米国では規制緩和で,2022年から処方箋なしで,このスマホデータがあれば市販の補聴器が購入できるそうです.補聴器の普及を妨げているもう一つの原因は高額な価格ですが,米国では市販補聴器市場が成熟しているため,2~3年以内にそのコストは,高品質ワイヤレスイヤホンと同等になると予想されているとのことです.一方,重度の難聴(片耳または両耳のPTA4が60dB以上)の場合,人工内耳の適応になります.
Lin FR. Age-Related Hearing Loss. N Engl J Med. 2024 Apr 25;390(16):1505-1512.(doi.org/10.1056/NEJMcp2306778

★以上のように,難聴対策はおそらくアルツハイマー病に対する抗体薬よりもコスパが良く,かつ効果も高い可能性があります.今後,耳鼻咽喉科と脳神経内科が連携して取組むべき領域と言えます.月末から開催される日本神経学会学術大会にて,難聴対策の大切さを議論するシンポジウムを企画しました.日本医学会連合の支援のもと,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会と日本神経学会が連携して行っている領域横断的連携活動事業(TEAM事業)『加齢性難聴の啓発に基づく健康寿命延伸事業』の一環として行われます.以下,ご案内です.ぜひご参加ください.
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

シンポジウム29:認知症のリスク因子としての「難聴」を取り巻くエビデンスと今後の施策
座長:和佐野浩一郎(東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科),下畑享良(岐阜大学大学院医学系研究科)
演者:
◆篠原もえ子(金沢大学附属病院)「認知症予防の現状」
◆佐治直樹(国立研究開発法人国立長寿医療研究センター)「高齢難聴者の認知機能」
◆和佐野浩一郎(東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科)「難聴に関連したこれまでのエビデンスと今後取り組みべき課題」
◆和田幸典(厚生労働省老健局 認知症施策・地域介護推進課)「難聴対策推進議員連盟からの提言「JapanHearingVision」について」
2024年5月31日(金) 09:45~11:45(120分)(敬称略)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レカネマブは標準治療と比較し費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間5100ドル未満とならなければ費用対効果は低い

2024年04月17日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の疾患修飾薬であるレカネマブは高額であるもののその効果が強力とまでは言えないことから,その費用対効果について関心が高まっていました.Neurology誌の最新号に,米国・カナダの研究チームから,レカネマブの費用対効果が,治療前の検査法,各患者のApoE遺伝子ε4の状態(副作用ARIAの出現のしやすさが分かる)によってどのように変わるかを検討した研究がいよいよ報告されました.
検査法は3つ(PET,脳脊髄液アッセイ,血漿アッセイ),治療法は2つ(ドネペジル・メマンチンによる標準治療,または標準治療+レカネマブ),ApoE遺伝子で患者の標的を絞るか(=標的戦略)は2つ(ε4ノンキャリアまたはヘテロ接合体患者を標的とするか否か)で,これらの組み合わせによって定義される7つのパターンを比較しています.有効性は質調整生存年(QALYs:クオーリーズ)を用いて評価し,費用対効果の分析は増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratio: ICER)を算出しています.設定したコホートのモデルは,平均年齢71歳,31%がApoEε4非保因者,53%がヘテロ接合,16%がホモ接合で,61%がMCI,39%が軽度認知症としています.分かった結果は以下のとおりです.

◆7つのパターンのうち,ドネペジル・メマンチンによる標準治療が費用対効果は最適であった!
◆レカネマブ治療は標準治療と比較して費用対効果が不良で,この結果は検査法やApoE遺伝子型による治療対象の選択に関わらず認められた.
◆ただしApoE遺伝子で患者選択をすると,選択をしない場合よりも6,870~8,780ドル安価となり,かつ0.03~0.05QALYsの追加がもたらされた.
◆脳脊髄液アッセイが,PETや血漿アッセイよりも費用対効果の高い検査であった.血漿アッセイは最も安価であったが,感度が低いため費用対効果は低くなった.
レカネマブの薬剤費が年間5,100米国ドル(78.1万円)未満であれば,脳脊髄液アッセイで検査し,ApoE遺伝子型により治療対象を選択すれば標準治療より費用対効果が高くなった(注:米国での価格は年間26,500ドル).ApoE遺伝子検査を行わない場合は年間2,700ドル(41.6万円)未満であれば標準治療より費用対効果が高くなった.
◆これらの結果は,検査法の精度,レカネマブの中止および有害事象の発生率に対しても堅固であった.
◆研究の限界はレカネマブ治療18ヶ月以降のデータがないことである(18ヶ月以降効果の差が拡大すれば費用対効果が大きくなる一方,有害事象が18ヶ月を超えて持続すると小さくなる).



以上より,レカネマブ治療は標準治療と比較し,費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間78万円未満(遺伝子診断をしていない日本の場合41.6万円未満)とならなければ費用対効果は低いという結果となりました.ショッキングなデータですので,それぞれの立場でいろいろな意見があるのではないかと思います.十分な議論がなされることが望まれます.
Nguyen HV, et al. Cost-Effectiveness of Lecanemab for Individuals With Early-Stage Alzheimer Disease. Neurology. 2024 Apr 9;102(7):e209218.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209218)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

てんかん様活動はアルツハイマー病の治療標的となるかもしれない!

2024年03月27日 | 認知症
「高齢者てんかんの原因としてアルツハイマー病(AD)を考える」ことは有名ですが,それ以上,深く考えたことはありませんでした.最新号のNature Reviews Neurology誌に「そう考えるのか!」と唸ってしまった総説が出ています.以下,ポイントを箇条書きにします.

◆AD患者における神経細胞の過興奮性は健常者の2〜3倍高い.
◆高齢者てんかんやてんかん様活動は,ADに認められる認知機能障害の数年前から先行して出現しうる.
高齢者てんかんはADの非認知的前駆徴候かもしれない.
◆さらにこの興奮性亢進はADの進行を促進する可能性がある.
◆AD動物モデルでも,認知機能障害に先行して,皮質ネットワークの神経細胞の興奮性亢進が生じ,てんかん様活動はAβやリン酸化タウの沈着を引き起こす.
◆老化したApoE4ノックインマウスでは,自発的痙攣発作を認めるが,ApoE3ノックインマウスでは認めない.
◆てんかんは新たな危険因子である可能性がある.しかし治療介入可能で,抗認知症薬や抗てんかん薬が候補となる.
◆治療介入を逃さないために,高齢者てんかん患者における神経心理学的検査と,早期AD患者における長時間脳波検査が必要である.



図は病態の全体像を示していますが,まずタンパク質レベルでは,Aβとリン酸化タウの凝集が生じ,この結果,細胞レベルでは興奮と抑制の不均衡が生じ,病的な興奮性亢進が引き起こされます.この興奮性亢進は病的タンパクの蓄積をさらに促進し,さらに睡眠や記憶機能を含む神経細胞ネットワークの正常な機能が阻害されます.この結果,認知機能障害がより早期に出現したり,進行が加速したりします.

以上より,ADにおけるてんかん様活動の検出は,治療介入可能な新たな危険因子として臨床的に今後,重要となる可能性があります.
Kamondi A, et al. Epilepsy and epileptiform activity in late-onset Alzheimer disease: clinical and pathophysiological advances, gaps and conundrums. Nat Rev Neurol. 2024 Mar;20(3):162-182.(doi.org/10.1038/s41582-024-00932-4

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ついに繋がった,アミロイドβとタウとApoE ―鍵はミクログリアの脂肪滴にあった―

2024年03月24日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)における遺伝的危険因子として,ApoEをはじめとする脂質代謝に関わる遺伝子が知られています.これらの遺伝子の多くはグリア細胞で高発現しています.しかしグリア細胞における脂質代謝がADにはたす役割は十分に解明されていません.Nature誌にこの問題をほぼ解明したように思われる論文がスタンフォード大学から発表されました.

まずAD患者(ApoE4/E4ないしE3/E3のいずれか)の脳組織を用いてsingle cell RNA sequencingを行い,単一の細胞でどのタンパク質が作られているかを検討しました.この結果,ApoE4/4を持つ患者のミクログリアにおいて,ACSL1 (Acyl-CoA Synthetase Long Chain Family Member 1)の発現が高いことが分かりました(図1cd,図2).このACSL1は遊離脂肪酸からAcyl-CoAを介して脂質滴を生成する酵素です(図1e).





この脂肪滴は,20世紀初頭,ドイツのアロイス・アルツハイマー博士によって初めて指摘されたものですが,その後,あまり議論されることはありませんでした.興味深いことにこの脂肪滴はApoE4/E4患者で増加していました(図3)



つぎにApoE4/E4患者のiPS細胞由来のミクログリアを培養しました.ここに線維性Aβを添加するとACSL1が発現し,トリグリセリドが合成され,脂質滴の蓄積が誘導されました(ACSL1以外の脂肪代謝に関わる分子や炎症に関わる分子も発現).つまりADで指摘されてきた脂肪滴を有する細胞は,ACSL1 陽性ミクログリアでした.さらにこの細胞の培養上清を培養神経細胞に加えるとタウのリン酸化が生じ(図4),細胞死を引き起こしました.また,脂肪滴をもつミクログリアの数と AD の症状とが比例することから,ミクログリアでの脂肪滴生成が AD の進行を決めると著者等は結論づけました.



以上より「ApoE4→ミクログリアACSL1→脂肪滴形成→LDL粒子の分泌→神経細胞への取り込み→タウリン酸化→神経変性」という分子経路があり,これに治療介入できれば,ADの発症を抑制できる可能性が出てきました.現在のレカネマブのようなAβ抗体が,脳アミロイドアンギオパチーを来たして,すでに老廃物除去システムが破綻している脳血管にさらなる負担をかける,もしくは血管壁Aβを引き剥がすリスクがあることを考えると,別の治療アプリーチも模索すべきと思われます.その一つとしてより早期の「ApoE4→ミクログリアACSL1→脂肪滴形成」を標的にした治療を検討すべきと思います.例えば脂肪滴形成に関与することが知られるPI3K(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)の阻害剤が創薬標的になる可能性があります.
Haney MS, et al. APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer’s disease microglia. Nature (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07185-7

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー病脳の血管で生じている変化を初めて見て驚く!

2024年03月18日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)に合併する脳アミロイド血管症(CAA)は,脳血管にアミロイドβ(Aβ)が沈着して亀裂が入り,double barrel appearanceを生じます.このあとCAAはしばしば出血を合併しますが,出血する機序は必ずしも明らかではありません.



その理由はこれまで標本という二次元データで検討するしかなかったため,脳血管の変化と出血の位置関係を明らかにするには限界があったためです.米国バンダービルド大学からの報告は,立体構造を保ちつつ透明化技術を使用して,3次元顕微鏡で脳血管を観察したものです.



論文ではフリーで動画を見ることができますが,かなり衝撃的です.対象は軽症・中等症CAA 7名,重症CAA 11名,そして疾患対照8名で,採取した死後脳組織を検討しました.三次元光シート顕微鏡用を用いて,光学的に透明化したヒト脳を,Aβ,血管平滑筋,lysyl oxidase,血管マーカーにて染色しました.
図1:上段は血管内皮細胞の糖鎖に結合するレクチンを用いて血管を可視化したもので,順に対照,CAA,重症CAAのものですが,CAAでは脳内の健康な血管網が著しく破壊され,細動脈は拡張・狭窄し,歪んでいます! 下段は血管内皮がcollagen IV(緑),血管平滑筋(赤)で示されmGrade 1から5までの変化を示します.



図2:血管内皮がcollagen IV(緑),血管平滑筋(赤),Aβ(青).血管平滑筋がAβの沈着で,置換され喪失し,このため血管径が増大します.



図3:血管内皮がcollagen IV(緑),Aβ(青).さらに血管の変性が進み,Aβリングは壊れ「破片」となります.



細動脈の血管平滑筋の体積は,重症CAAの細動脈では約80%,軽症・中等症CAAでは約60%減少していました.血管平滑筋の減少は,細動脈の直径の増大とばらつきと相関していました.さらにAβ沈着と強い相関がありました.微量出血を認める部位ではAβは一貫して存在していましたが,典型的なリング状(double barrel appearance)から「破片」へと変化していました.またCAAの動脈壁は,CAAのない動脈壁と比較して約4倍硬いことが分かりました.最後に,血管平滑筋の欠損とlysyl oxidaseの関連する血管変性に強い相関を認めました.lysyl oxidaseはLys残基を酸化し,反応性の高いアルデヒド基に置換して,細胞外マトリックスが架橋します.これがおそらく線維化を招き,血管を固い「土管状」のものにするようです.

以上より,CAAの脳血管では血管の硬化,狭窄と血管腔拡張・動脈瘤化,Aβリングの崩壊と破片の拡散,破裂が生じていました.その機序として,Aβによる血管平滑筋の喪失,lysyl oxidaseによる細胞外マトリックスの架橋が影響しているものと考えられ,Aβ沈着と血管脆弱性の関連が明らかになりました.著者らは細胞外マトリックスの架橋を標的とした治療が,新しい治療戦略につながると指摘しています.個人的に思ったことの1番めは,ADでは想像以上に,血管性認知症の要素があるかもしれないということです.2番目はこのような状態の血管にAβ抗体(レカネマブ・ドナネマブ)を使用して病理学的に何が生ずるか非常に気になるということです.しかし2番目の問いは,実臨床でレカネマブの使用例が増えてくると答えが出るものと思われます.
Ventura-Antunes L, et al. Arteriolar degeneration and stiffness in cerebral amyloid angiopathy are linked to β-amyloid deposition and lysyl oxidase. bioRxiv 2024.03.08.583563; doi: https://doi.org/10.1101/2024.03.08.583563
★ぜひリンクから入っていただき,動画をご覧ください.非常に衝撃的です.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「認知症の現在と未来」 VOOXにて本日配信開始!(2週間無料です)

2024年03月15日 | 認知症
VOOX(ブックス)という音声教養メディアがあります.1話10分の全6話で,ベストセラー本やビジネス書の著者が生の声で本一冊分の知識を届ける新しいオーディブックサービスです(山口周さん,為末大さん,福岡伸一さん,永田和宏さん等・・・).そのVOOXより,一般のひと向けに,認知症に関する話をしてほしいというご依頼をいただきました.他のオーディオブックと違い,本人が音声を録音する必要があり,緊張してうまく喋れるかなと心配しましたが,なんとか無事収録できました.

本編では「認知症とはそもそも何か?」「アルツハイマー病発見の歴史」「物忘れ外来での認知症か否かの見分け方」「癌よりも脳神経が注目を浴びる時代」「認知症の種類」「認知症の12の危険因子と予防」「アミロイドβが起こすこと」「認知症に対する薬物治療」「レカネマブのメリット・デメリット」「COVID-19と認知症」「認知症の方の周囲はどう接するべきか」などを話しました.以下,6回分の講演タイトルになります.月々1000円のサービスですが,本日の公開(3月15日)から2週間以内は無料でご利用いただけます.よろしければお聴きください.
サービスはこちらから(https://www.voox.me/speaker/takayoshi-shimohata
Audible(https://www.audible.co.jp/podcast/B0C83S54PK
プレスリリース(https://tinyurl.com/2b4hqdp8

『認知症の現在と未来』全6話60分
第1話. 認知症とはなにか
第2話. アルツハイマー型認知症とはなにか
第3話. 新薬レカネマブについて
第4話. 認知症に対してできる予防
第5話. 認知症の新たな危険因子
第6話. 認知症とつきあうには



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アミロイドβ抗体療法に関連して知っておくべき2論文

2024年03月13日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)に対するアミロイドβ抗体療法を開始した施設は徐々に増えているようです.ARIAという副作用の出現リスクを推定できるApoE遺伝子検査については,研究レベルで施行している施設が少なくないという話も耳にします.一刻も早い保険適応が望まれますが,検査ができるようになった場合も,さまざまな臨床倫理的問題が生じます.そのなかには,親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスク推測できてしまうという問題があります.1つめの論文はそのようなケースにおいて有用な情報です. 

【スタチンはε4アレルを有する人においてAD発症リスクを低下させる】
米国からの報告で,ApoE遺伝子とスタチンによる認知症発症の抑制効果の関連を検討した研究です.参加者は4807人(年齢は72歳,女性63%)で,研究期間中1,470人(31%)がスタチン(コレステロール値を低下させる薬物の総称)内服を開始しました.スタチン開始群では非使用群と比較してAD発症リスクは低下しました[HR 0.81].そしてこの関連は,ε4アレルをもつ群[HR 0.60]では,もたない群[HR 0.96]と比較して有意に低いことが分かりました.ε4アレルを持つ群において,全般的な認知機能およびエピソード記憶の低下も,スタチン開始群では大幅に遅いことが分かりました.しかしこれらのスタチンの効果はε4アレルを持たない患者群では有意ではありませんでした.



以上より,65歳以上の高齢者で,ε4アレルを有する人において,スタチン開始がAD発症リスクを低下させるというクラスIIエビデンス(ランダム化されていない比較的大規模なコホート研究)が示されました.今後,ランダム化した臨床試験でさらに検討する必要がありますが,ε4アレルを有することで落胆する人にとって朗報と思います.
Rajan KB, et al. Statin Initiation and Risk of Incident Alzheimer Disease and Cognitive Decline in Genetically Susceptible Older Adults. Neurology. 2024 Apr 9;102(7):e209168. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000209168

【診断バイオマーカーAβ42/40に影響を及ぼす心不全治療薬がある】
もう一つの論文は,ADの診断に行うAβ42/40比を検討する際の注意点です.それは2020年8月に新規心不全治療薬として発売されたサクビトリル/バルサルタン(商品名エンレスト)の使用歴です.これはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)です.ネプリライシン阻害により,ナトリウム利尿ペプチド(ANPやBNP)などの有益なペプチドの分解を減少させ,これらのペプチドの心血管に対する有益な効果を強化することが可能な薬剤です.しかしネプリライシンは同時にアミロイドβを分解する主要な酵素の一つでもあります.サクビトリル/バルサルタンはバルサルタン(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)単独と比較して,血漿中のAβ42とAβ40濃度を増加させ,Aβ42/Aβ40を約30%減少させました.



他のAD血漿バイオマーカーは影響を受けませんでした.脳脊髄液に関するデータの記載はありませんでしたが(先行研究では影響なしの記載もある),早晩,ADのバイオマーカーはPET,脳脊髄液から血漿に移行すると思われますので,この薬剤を内服している患者では注意が必要と思われます.
Brum WS, et al. Effect of Neprilysin Inhibition on Alzheimer Disease Plasma Biomarkers: A Secondary Analysis of a Randomized Clinical Trial. JAMA Neurol. 2024 Feb 1;81(2):197-200.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.4719

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする