Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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論文に挑戦しよう!

2009年02月28日 | その他
 若い先生方といっしょに症例報告や臨床研究をまとめていると,よく「初めて英文論文を書くとき,どうやって勉強をしたらよいのですか」と質問される.通常,最初の英文論文を一人で書きあげるのは至難の技で,ほとんど指導医が書いて,その書き方を教えてあげる必要があるように思う.それでもがんばって何度か書いていくうちに,文章のパターン・決まり文句を徐々に覚え始め,執筆はだんだん楽になってくる.決まり文句を覚えるには,良質の論文(その領域でレベルの高いジャーナルの論文)を,繰り返し声を出して読むのが良いと思う.論文として正しくない文章を読んだ時に「こんな表現見たことないなぁ」という違和感を覚えるようになったら,しめたものである.

 もうひとつのよく聞く質問は「最初から英語で書くべきですか,日本で書いてから訳せばよいですか」というものだ.英語で最初から書ければベターだが,なかなかそうはいかないと思う.個人的には,臨床の論文では症例の部分だけは最初から英語で書いている(あまり推敲の必要がないためである).つぎにIntroductionとDiscussionに移るが,書くべきことの骨子を日本語で箇条書きにし,論理の展開に誤りがないかなど十分に確認し,日本語である程度肉付けをしてから,英訳を開始するスタイルでやっている.Abstractはそれまで書いた文章を用いて最後に書く.基礎論文の場合も同様で,あまり推敲の必要のないMethod & Resultsは英語で直接書き始め,つぎにIntroductionとDiscussionを同様の方法で考え,最後にabstractを書く.
 
 自分は論文の書き方はボスに徹底的にしごかれたり,自分でも試行錯誤を行って学んだが,最近はつらい思いをしなくてもいろいろ指南書が出ている.このなかで一番のお勧めは「誰でも書ける!英語医学論文プロのコツ」である.著者は日本研究修士のイギリス人である.臨床より基礎系論文の書き方の本なのだが,IntroductionとMethod & Results,Discussionのそれぞれのセクションで気をつけねばならないことは何か?時制はどのように使い分けるか?などとても参考になる.またKISSの法則といって,Keep It Short, Stupid!といかに論文を冗長にせず,簡潔にまとめることが大切か,繰り返し述べている.100ページちょっとの薄い本にも関わらず,中身の濃い本なので,ビギナーにはご一読をお勧めしたい.

 あとは実際に論文を書き進めると,自分の書いた表現が正しいのか不安になる.これは面倒でもひとつひとつ確かめていく(そうしないと上達しない).このときに役に立つのはGoogle scholarだ.PubMedと違って本文を含めた全文検索を行うので,自分の表現が過去の論文にあるか,もしくはもっと良い表現がないのか,調べることができる.あとは「ライフサイエンス英語表現使い分け辞典」のような辞書を用いて,似た意味の単語をどのように使い分けるのか,また動詞のあとに続くのは前置詞なのか節が良いのか,前置詞なら何が良いのかなど確認を行っていく必要がある.このような実践的な技術を学ぶには「インターネット時代の英語医学論文作成術―プロが使っている究極のワザ」も良い本である.

 さらに,論文を書くとき,referenceを自動作成するソフト(EndNoteなど;EndNote X2(E) )を使用すると便利である.ソフトはやや高価ではあるが,便利なので購入して損はない.解説書の「最新EndNote活用ガイド デジタル文献整理術」も分かりやすくて良い本である.

 いずれにしても大事なことは,日本語でも英文でもがんばって若いうちに挑戦し,まずは一本書いてみることである.一度でも書いた経験があれば,次のハードルは低くなり,さらに書けば,さらにハードルは低くなる.学会報告だけで終わりにしてしまうこともあるかと思うが,学会報告のみではなにも残らない!学会報告と論文とまったくそれに要するエネルギー・苦労の度合いが違うが,その分,論文は形としていつまでも残るものである.

 ぜひ頑張って若いうちから論文執筆に取り組むことをお勧めしたい.自分の論文が見ず知らずの外国のドクターの目にとまり,手紙やメールで別刷りを請求されたり,コメントをもらったりするにはとても嬉しいもので,苦労も報われたと思える瞬間である.自分の経験が日本のみならず外国においてもドクターやその患者さんに役立つかもしれないということはすごいことだと思い.ぜひ頑張って論文に挑戦しよう!



おまけ;以下,最近,読んで面白かった本を挙げておく.

リサーチ・クエスチョンの作り方 (臨床家のための臨床研究デザイン塾テキスト)
  日常の臨床現場の中で生じた疑問を,臨床研究にて取り組むに値する「リサーチ・クエスチョン」の形に直すかを教えてくれる本.

臨床研究マスターブック
  臨床研究の行い方を様々な先生が指南している.臨床研究でのエクセルの使い方などビギナーにはとても良い企画である.

介護保険で利用できる福祉用具―電動ベッドから車いす・歩行器まで (岩波ブックレット)
  臨床研究とは関係ないが,恥ずかしながら初めて知ったことがいろいろあった.

 ゴールデンスランバー
  まったく医学とは無関係(笑).でも最近読んだミステリーのなかでは最高.
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International stroke conference 2009に参加して

2009年02月23日 | 医学と医療
 San Diegoで開催されたInternational stroke conference 2009に参加した.Convention center内の5,6か所の会場で,同時並行して演題発表が行われるため,学会の全体像はつかみにくいのだが,臨床研究と比べるとbasic scienceは低調という印象と,中国人の発表が目立つ印象を持った(中国人の多いCaliforniaという土地柄だけでなく,中国からの臨床の発表もいくつかあった).臨床ではt-PAのtherapeutic time windowが4.5時間まで延びたというECASS-3はトピックのひとつであったが,その他,機械的に血管内閉塞血栓を除去するmechanical thrombolysisの新しい装置で,micro-catheterの先端から血栓を吸引しながら除去するpenumbra systemの市販後調査や,よく仕組みは分かってないそうだが脳梗塞に効くという経頭蓋的にレーザー照射(microwave)を行う治療(!?)の大規模治療研究(NEST-2)も大きく取り上げられていた.さらに最新のプロテオミクス技術を用いて,脳梗塞を血液で診断しようというバイオマーカーの探索や,ペナンブラとは一体何なのか?血液脳関門(BBB)破綻と何なのか?など,動物実験や画像(MRI, PET, Xe-CT)を用いて議論するシンポジウムなどは興味深かった.

 個人的に興味のあるbasic scienceは前述の通り低調で,どのセッションも空席が目についた.内容としてはミトコンドリア障害のような古くからある話題のほか,pre-conditioningやpost-conditioningといった虚血耐性現象(短時間の虚血を,脳虚血前後に加えて神経保護を誘導する現象)の機序,脳梗塞の治療効果における性差(たとえば新規治療薬として期待されているミノサイクリンは女性には効かない),神経幹細胞移植の効果,血管新生と修復,BBBの破綻に伴う骨髄由来の前駆細胞の中枢神経との接触などが取り上げられていた.虚血による血管内皮障害をどのように防ぐかというvasoprotectionのシンポジウムも行われたが,会場は悲しいぐらい閑散としていた(お隣りでECASS-3をやっていたので仕方がないかもしれないが・・・).

 学会の山場はplenary session(全員出席のセッション)だが,このうちThomas Willis Lectureは山場中の山場である(Thomas Willisは「最初の神経学者」と呼ばれるイギリス人).今年の受賞者はCornell universityのIadecola教授で,講演のタイトルは「The changing landscape of cerebral ischemic injury」であった.脳虚血とその危険因子,およびアルツハイマー病の関連を研究している先生である.講義の前半では虚血による脳神経組織の障害のとらえ方の変遷が紹介され,1940~1950年代は,生と死(=エネルギー不全)の2つだけの状態であったが,1970~1980年代に入り,グルタミン酸やカルシウム代謝の研究が行われるようになり,生と死の間の状態としてペナンブラが登場した.さらに1990年代になると炎症やアポトーシスなどの概念も導入され,ペナンブラと死の境界が不明瞭になった.いいかえると,死のカスケードと,修復・再生のカスケードが時間的・空間的に徐々にスイッチし,同時並行で進行し,そのバランスにより生死が決まると考えられようになった.これは今後の治療を考える上でとても重要なパラダイムシフトであると強調されていた(具体的には修復のカスケードは,神経再生や血管再生だけでなく,障害を引き起こすと考えられていた酸化的ストレスや炎症も,修復に関与しうるということである.つまり良かれと思ってやった酸化的ストレスや炎症の抑制が,場合によっては修復の妨げになっていた可能性を示唆する).

 また前述のpreconditioningやvasoprotectionにも触れ,これらは脳虚血に対する内在性の脳保護作用を見ているものであり,この機序の解明は新たな治療の開発につながる可能性を示した.さらに脳梗塞のtranslational researchがうまくいかなかった原因として,げっ歯類のstroke modelがヒト脳梗塞を必ずしも再現するものでないという指摘に対し,それでもアルツハイマー病,パーキンソン病,多発性硬化症といった疾患のモデルより優れていると反論し,translational researchは今のところうまく行っていないが,過去の多数の大規模試験の結果からわれわれは多くのことを学んだこと,さらに最近の,血行動態やイオンの変化を捉える画像技術の進歩は目覚ましく,今後の治療開発にきわめて有力であることを指摘した.講義の最後には,まだまだ乗り越えるべきことはあるが,脳虚血の克服に向け,現在,これまでにないほど,研究が進展していることを強調し,Lectureは終了した.脳梗塞研究者に元気を与える格調高い講演であった.

 来年度はテキサス州San Antonioで開催される.

International stroke conference 2009

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“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~

2009年02月03日 | 運動ニューロン疾患
 2月2日(月)放送のNHK「クローズアップ現代」にて,上記タイトルの放送が行われた.非常に重要な内容と思われたので,以下にその放送の要点を述べたい.

 「私の病状が重篤になったら,人工呼吸器を外してください」このように訴えているのはALS患者さんで千葉県勝浦市に暮らす照川貞喜さん(68歳)である.照川さんは49歳でALSを発症し,その3年後に人工呼吸器(TPPV)を装着した.現在,発症後20年が経過しているが,その間,ALSの実態を伝えるため各地を訪れたり,「伝の心」を使って「泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生(岩波書店)」という著作もなされている.発症後,つねに前向きな闘病生活を送ってこられた患者さんである.

 ALSは徐々に残存する機能を奪う病気である.輝川さんは発症してからの20年もの間,自ら死を選択することの是非についてずっと考えてきたそうだ.海外では非常に関心の高いテーマであり,活発な議論がなされているが,日本ではずっと避けてこられた課題である.

 照川さんは,病状が悪化し意志の疎通ができなくなった時点を「精神的な死,自分の死」と考えた.家族もそれが本人の恐怖心を取り除くことになるのであればとその考えに同意した.照川さんは,意志の疎通ができなくなったら人工呼吸器を停止し,死を求める要望書を,わずかに動く右頬だけで「伝の心」を操作し,9ページにも及ぶ要望書を仕上げ,主治医の勤務する亀田総合病院に提出した.要望書では「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精いっぱい生きる.そのあと,人生を終わらせてもらえることは『栄光ある撤退』と確信している」と述べている.尊厳死,安楽死という議論を避け,最後まで生き抜く,だけど最後に「栄光ある撤退」をしたいと言っているのである.この問いにわれわれはどのように答えるべきであろうか?

 亀田総合病院は倫理委員会を設置し,照川さんの要望を認めるべきか,1年間に及ぶ議論を行った.この結果,昨年「照川さんの意志を尊重すべき」という画期的な判断を全会一致で示した.委員からは「照川さんの意志を尊重しないことが,むしろ倫理に逆らうことになる」といった意見や「自分の生きてきた証として,死に対する想いであるわけだから,その重みをわれわれは大切にすべき」といった意見が聞かれた.しかし,現行法(刑法)では呼吸器を外すと医師が自殺幇助罪等に問われる可能性がある.このため,病院長は現時点ではこの要望は受け入れられないとしている(ただし,「患者の選ぶ権利」について今後徹底した議論が必要と述べている).

 照川さんの要望書は,ほかの患者さんや家族にも大きな波紋をもたらした.賛成の声が上がる一方,命を自ら終りにすることは到底,認められないとする意見や,呼吸器をはずすことが法律で認められると,患者自身の本意ではなくてもはずすことが強いられるケースも出てくるのでないかという意見もあった(注).いずれにしても照川さんの要望書は,患者が望む「命の選択」を社会がどのように受け止めるべきか,受け止める準備ができているのかというとても重い問いかけをするものである.

注;個人的には呼吸器を外す権利の是認は,むしろTPPV導入の増加につながるのではないかと思うのだが,いかがなものか?

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんは以下のようにコメントしている(多少,表現は違うかもしれないがご容赦願いたい).「あらゆる機能が失われ,コミュニケーションをとれなくなる状態に置かれた時の苦しみは,健常者にはとても想像ができないものである.患者の自己決定を認められないという現在の社会はとても過酷である.こうした患者さんに医学・医療がどのように対応していくべきかという問題に,日本が向き合ってこなかったことが,この照川さんの事例において凝縮して現れ,社会に何が必要なのかを問いかけている.現代医学は延命を目指してきたが,その治療の限界に及んだ時,人工呼吸器をいつはずすのかという議論をずっと棚上げにしてきた,そのことがいま問われているのだ.人工的にひとの命を延ばした場合,どこで終わりにすることができるのか,現代医学と社会の抱えるジレンマといえる問題だ」

 さらに以下のようにも述べている.「人間には生物学的な命だけでなく,精神的な命という面もあり,かつそれはとても重要なものである.まずは命の精神性の重要さをしっかり認めるべきである.このためには刑法を超えた論理,法律が必要になるが,これは倫理委員会を二重構造で作り対応すべきではないか.つまり現場の医療機関を中心に形成され,具体的な話を行う倫理委員会と,より全体的な視野をもって議論する国レベルの倫理委員会が必要だろう.国民全体が参加し,オープンな議論が行われ,かつその議論は個々の事例に対して別々に行われるべきである.社会支援のシステムが必要であり,さらに生きている人を称え,命の精神性を称えるといった文化が必要である」

 私は柳田邦男さんの考えを支持する.ただどのような結論に至るにせよ,まずは今まで棚上げにしてきたこの重要な課題に正面から向き合うことが必要だと思う.神経内科医には,ALSという情け容赦ない病気の真実や患者さんが抱える問題を社会に正しく伝え,「命の選択という権利」の行使の是非についての議論をどのように進めていくべきか示すという意味において積極的な役割を果たすべきと考えられる.最後になるが,ALSにおける人工呼吸器の中止に関して深く考えたい方は,ぜひALSマニュアル決定版!(月刊「難病と在宅ケア」編集部)のなかの「人工呼吸器の中止を巡って(新潟大学脳研究所神経内科 西澤正豊教授著)」をご一読することをお勧めする.

NHK「クローズアップ現代」2009年2月2日放送 
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神経サルコイドーシスに対するインフリキシマブとミコフェノール酸モフェチルの併用療法の効果

2009年02月02日 | その他
 神経サルコイドーシスではその5%程度に中枢神経合併症が認められる.しばしば治療が困難で,報告によってはその70%において,ステロイドや免疫抑制剤による治療に抵抗性と言われ,再発や進行性の経過をとることがある.とくにステロイドの減量中に再発するため,ステロイド治療が長期化し臨床上問題となる.新規治療法の確立が望まれている疾患のひとつである.

 本症は動物モデルにおいて,肺胞マクロファージにおけるTNFα発現と肺病変の活動性に関連があることが知られ,さらにTNFαを抑制することが治療として有効であることが示唆されている.TNFαを特異的に抑制する薬剤が治療に有効と考えられるが,具体的候補としてはTNFαに対するヒトキメラ・モノクローナル抗体(インフリキシマブ;商品名レミケード)が第一に考えられる.この薬剤は本邦では,慢性関節リウマチ,クローン病,ベーチェット病の眼病変に適応があり,欧米では強直性脊椎炎,乾癬に対する治療薬としても使用されている.欧米ではリンパ球の増殖を抑制する作用がある経口免疫抑制剤ミコフェノール酸モフェチル(Mycophenolate mofetil;MMF)を併用するが,これには2つ理由がある.つまり,①自己抗体が産生され,治療時の急性反応や,長期的使用時の治療効果の減弱が生じることを避けること,②免疫抑制作用の併用効果を期待することである.今回,米国より神経サルコイドーシスに対するインフリキシマブとMMFの併用療法の効果が報告されたのでし紹介する.

 対象は生検により診断が確定したサルコイドーシス症例のうち,中枢神経障害を伴い,かつステロイドによる治療が奏功しなかった7例である.インフリキシマブは週5 mg/kg,1回目の治療後は,2週,6週に行い,さらにその後6-8週ごとにも投与を行った.7例中6例でMMF(1,000 mg/日)内服も行った.治療効果の判定は神経症状とMRIにより行い,インフリキシマブの3-4回の投与後3か月ごとに行った.

 結果としては,4回目のインフリキシマブ投与後には全例で,神経症状(頭痛,神経痛,運動・感覚・失調症状,てんかん発作など)の改善を認めた.さらに画像でも病変サイズの縮小と造影病変の抑制を認めた.この効果は病変部位や分布(硬膜vs脳実質,脳vs脊髄,単一病変vs多発病変)に関わらず認められた.6~18か月の経過観察期間ではとくに重大な副作用は認められなかった.以上より,インフリキシマブとMMFの併用療法は神経サルコイドーシスの治療として有用であると考えられた.インフリキシマブは抗体医薬のトップランナー的な薬剤である.本邦では1瓶(100mg)10万円以上する薬剤ではあるが,それでも今後さらにその適応は拡大されるものと考えられる.一方,MMFは本邦では腎移植後の難治性拒絶反応の治療など限られた場面での使用しか認められていない.

Neurology 72; 337-340, 2009 

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