Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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BMJ誌のクリスマス論文2019  ―論文投稿時間とアニマル・セラピー―

2019年12月23日 | 医学と医療
毎年恒例のBMJ誌のクリスマス論文.研究と,研究以外のエッセイなどが掲載される.個人的に面白かったものを,それぞれ1つずつを紹介したい.

(1)論文投稿時間の国別の違いに関する研究

2012年から2019年の間に,各国の研究者がBMJ誌とその関連誌に,いつ論文原稿や査読原稿を提出したかを調べた観察研究.ロジスティック回帰分析を使用し,週末または休日に,論文や査読が提出される確率を各国ごとに推定している.対象は49000を超える論文と76000を超える査読.分かったことは,中国,ついで日本の研究者は,週末と深夜に最も高い確率で提出していたが,スカンジナビア諸国の研究者はその確立が低かった.この国による違いは調査期間中,変わらなかった.中国や日本の研究者は勤務時間外に頑張っているということだが,まさに研究者の働き方改革に関連した話題と言えよう.



Adrian Barnett, et al. Working 9 to 5, not the way to make an academic living: observational analysis of manuscript and peer review submissions over time. BMJ 2019; 367 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.l6460

(2)動物介在療法のエビデンス確立を!

もうひとつは,アニマル・セラピー,つまり医療従事者が治療の補助として動物を用いる動物介在療法(Animal Assisted Therapy, AAT)の紹介とエビデンスの確立を訴える主張.アニマル・セラピーは,不登校や引きこもりといった問題,あるいは小児がんなどの治癒力強化を目指す技術の1つとして知られ,馬やイルカなど,情緒水準が高度と言われる哺乳類との交流を通して,他者を信頼できるようになるという.馬を通じたアニマル・セラピーはモンゴル国で盛んに行われている(Wikipedia).論文では具体的な例として,自閉症スペクトラム障害に対する乗馬,外傷や外傷後ストレス障害に対する農場の動物を用いた治療,犬や小動物を用いた入院神経疾患リハビリや精神科治療,病院・ホスピス・介護施設への動物の慰問,イルカとともに泳ぐ精神疾患治療が提案されている.自分ならぜったい猫だな!大きな猫カフェのような病院があったら楽しく入院できて,病気に負けない勇気が湧いてくる気がする.



Ratschen E, Sheldon TA. Elephant in the room: animal assisted interventions. BMJ. 2019 Dec 17;367:l6260. doi: 10.1136/bmj.l6260.

参考HP:6 Types of Animals Used for Therapy
https://www.wideopenpets.com/6-types-of-animals-used-for-therapy/

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本態性振戦(essential tremor;ET)とET plus ―概念の変化と近年の進歩―

2019年12月23日 | その他の変性疾患
先日,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」において本態性振戦に関する演題の座長を担当したので,本態性振戦の現状についてまとめておきたい.

1.本態性振戦の概念と臨床症状

本態性振戦は,原因不明の両側性の上肢の運動時振戦を主徴とする疾患で,通常,40歳以降に発症し,成人で最も高頻度に認められる運動異常症の1つである.人口の約1%,65歳以上の高齢者で4-5%と言われている(1).高齢化の進行で有病率は増加すると考えられている.

臨床症状としては,上肢の挙上などの姿勢により速い振戦が現れる.随意運動中も存在し,箸でものを食べようとしたりすると手が震えて上手にできないことがある.安静時は消失する.下肢には少ないが,まれに認めることがある.発声をすると声が震える,起立すると体幹や下肢に震えを生じることがある.

振戦以外の症状が出現することは通常なく,進行もあまり見られない.一部の症例ではパーキンソン病に進展したり,合併したりすることがある.病理学的には小脳や青斑核に注目した変化が報告されている(2).

2.本態性振戦の原因遺伝子

家族内発症を認める.遺伝子座としてはETM1(3q13.31),ETM2(2p25-p22),ETM3(6p23),ETM4(16p11.2),ETM5(11q14.1)という5領域が報告されているが,これらの原因遺伝子は同定されていない.近年,中国人11家系においてNOTCH2NLC遺伝子(神経核内封入体病(Neuronal intranuclear inclusion disease : NIID)の原因遺伝子と同一)の5’非翻訳領域にGGCリピート伸長(60-250,健常者4-41)が認められ,表現促進現象が確認された(3).

3.新しい振戦,本態性振戦の定義

2018年にMovement Disorder Society(MDS)による新しい振戦の分類が報告された(4).このなかで,振戦はいずれかの身体部位にみられる不随意性,律動性,振動性の運動異常と定義され,2つの軸(Axis)に基づいて分類されている.Axis 1は患者の臨床的特徴であり,病歴の特徴,振戦の特徴,随伴徴候,検査所見が含まれる.Axis 2は病因(後天性,遺伝性,または特発性)である.Axis 1に基づいて振戦症候群は下図のように分類されるが,この中でaction or rest tremorというカテゴリーのなかに1つが本態性振戦である.



4. 本態性振戦の新しい診断基準


さまざまな診断基準があり,混乱が見られたことから,近年の研究の進歩を踏まえ,2018年,前述のMDSによる論文のなかで,診断基準が改訂された (4).以下のように運動時振戦として定義された.
(1)両側上肢の運動時振戦を呈する振戦症候群
(2)少なくとも3年以上の持続期間がある
(3)その他の部位の振戦を伴うこともある(例.頭部振戦,音声振戦,下肢の振戦)
(4)ジストニア,失調,パーキンソニズムなどのその他の神経徴候を認めない
除外項目は,頭部振戦や音声振戦といった局所の振戦のみ呈する場合や,12 Hzを超える起立時振戦,タスクないし位置特異的振戦,そして突然発症ないし階段状の増悪である.
また(2)で「3年以上の持続時間」とあるのは,明らかなジストニア,パーキンソニズム,失調の合併を伴わないことを確認するためである.

5. ET plusの提唱


振戦以外に軽微な神経徴候を認める場合,ET plusとする病型が提唱された.これは,本態性振戦の特徴を示す振戦で,かつ意義不明の神経徴候を認めるもの,例えば継ぎ脚歩行の障害,ジストニア肢位の疑い,記銘力障害を認めたり,他の症候群と分類したり診断をするのに十分ではない意義不明な軽微な神経徴候を認める場合にET plusと診断する.安静時の振戦を伴う本態性振戦もこの本態性振戦プラスに分類する.ただしジストニア振戦や動作特異的振戦のようなほかに,他に定義された症候群は含まない.しかしこの分類の妥当性に関しては疑問が指摘されている.具体的には,(1)そもそも本態性振戦自体がヘテロな病態で,そこにplusをつけて無意味である,(2)進行し,症候に変化が起きてもパーキンソン病のように病名を変える必要はない,(3)ET plusはETと比較して,病態や病理の違いがあるのか不明であるなどの指摘である (5).

6. 治療
薬物治療としてはまずβブロッカーを用いる.アロチノロール塩酸塩や,プロプラノロール塩酸塩が使用される.プリミドンも米国神経学会ガイドラインでは第一選択である.第2選択としては,トピラマート,ガバペンチン,アルプラゾラム,クロナゼパムが記載されている.重度の振戦で薬物抵抗性の場合,深部刺激療法やMRガイド下集束超音波治療の適応となることがある.

文献
1) Louis ED, Ferreira JJ. How common is the most common adult movement disorder? Update on the worldwide prevalence of essential tremor. Mov Disord 25: 534─541, 2010
2) Mavroudis I, Petridis F, Kazis D. Neuroimaging and neuropathological findings in essential tremor. Acta Neurol Scand 139: 491─496, 2019
3) Sun QY, Xu Q, Tian Y, et al. Expansion of GGC repeat in the human-specific NOTCH2NLC gene is associated with essential tremor. Brain. 2019 Dec 9. pii: awz372. doi: 10.1093/brain/awz372.
4) Bhatia KP, Bain P, Bajaj N, et al. Consensus Statement on the classification of tremors. from the task force on tremor of the International Parkinson and Movement Disorder Society. Mov Disord 33; 75-87, 2018
5) Louis ED, Bares M, Benito-Leon J, et al. Essential tremor-plus: a controversial new concept. Lancet Neurol. 2019 Nov 22. pii: S1474-4422(19)30398-9.

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安楽死・尊厳死の現在

2019年12月17日 | 医学と医療
下記に提示したスライドは岐阜大学の医学部学生と行っている「リベラルアーツ研究会」の資料である.今回の課題図書はシェリー・ケーガン著「「死」とは何か 」であった.イエール大学哲学科教授による死に関する考察で,とくに印象的なものは以下の3つであった.

①死が悪いとされる最も大きな理由は,今後,良いことの起きる可能性が剥奪されてしまうからだ.
②不死は良いものではない.私達が求めているのは自分が満足するまで生きることだ.
③自殺という選択肢は正当になることもある.


とくに③を記載する第9章「自殺」を,関心を持って読んだ.その理由は,NHKで報道された日本人神経難病患者のスイスにおける医師介助自殺(physician-assisted suicide;PAS)が,私にとって非常に衝撃的であったことと強く関連している(過去のブログ参照;NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見て).

今回の研究会では,医学部学生による課題図書に対する意見や感想が披露されたあと,私は「安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)」を参考に,安楽死の定義と世界各国の状況を解説した.その後,ケーガン教授の「自殺」に対する考察を,前述の日本人神経難病患者に当てはめて,議論のポイントを再考した.重要なことは,安楽死の一面だけ見て議論するのではなく,まず海外の状況をしっかり理解するところから始めることだと思う.ぜひスライドをご覧いただきたい.



参考図書:安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)



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