田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-19 15:28:01 | Weblog
5月19日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女
この通りにあった宝石店がおそわれた。
ガソリンをまかれた。店内は全焼。
女子店員が6名も無残にも焼殺された事件はひとびとの記憶にある。
宝石店の在った周辺にはいまも妖気がもうもうと湧いている。
殺された店員たちの怨念のすすり泣きが聞こえてくるようだ。
アーケード街には邪悪な波動がどぶ川のように流れている。
いままでどうしてそれに気づかなかったのか隼人は驚いている。
痛みを抱えているので感覚が敏感になっているのか。
夏子の感性が隼人に憑いたからなのだろう。
セーラ服のメチャマブが、新書版ほどもある携帯用の鏡に顔を映している。
女子学生は、魂を抜き取られたように、ぼんやりと漂っている。
周囲のことなどてんで気にしていない。
周囲のことなどてんでおかまいなし。そういう学生はおおい。
が、どうもこれ異常すぎる。隼人は後をつけた。
傷から血がながれているのに、なぜか鏡の女の子が心配だった。
「うすくなっていくのよ。顔が映らなくなったらどうしょう。どうなっているの」
左手に鏡。右手に携帯。友だちに話しかけている。
「ね、どうなってるの」
しげしげと顔を映して見ている。
鏡が青白い反射光を放つ。
隼人の顔にもあたる。
めまいがした。
麻酔でも注射さたような、不思議な脱力感。隼人はよろける。
目の前を女子学生が歩いている。アヒル歩きだ。
パタパタ足裏を舗道にたたきつけるようだ。お尻が左右に揺れている。
昼間なのに、街灯が灯っている。
半地下にあるレストラン『宇都宮』などシェイドを下ろしている。
路上にぼっかりと空いた地下への階段。
巨大な軟体動物のようにうごめいている。
イラッシャイ。
いらっしゃい。
イラッシャイ。
とでもいうように、ひとを内部に吸収しようとしている。
内部にまるで吞みこもうとしているようにうごめいている。
空気には腐臭が含まれている。
これだ。隼人は驚いて立ち止まった。

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吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-05-18 17:53:12 | Weblog
5月18日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 43 (小説)
オリオン通りの『マツキヨ』で包帯と消毒薬を買うことにした。
アーケード街なので車では入っていけない。
東武デパート前の信号機は赤が点滅しているだけだ。
信号を守るものなどいない。
特に学生のマナーがわるい。
例え、信号が赤にかわっても、無視する。
歩行者はスクランブル交差点を歩くように入り乱れる。
赤の信号に誘われて喜々として興奮する。
信号など目に入らない学生があふれかえっている。
それでこうなってしまった。
いつでも赤信号の点滅。
デンジャラス・ゾーン。
テレビでも報道されたことがある。
……いつまでも続く赤の点滅。
若者たちは、その赤の点滅信号すら見ていない。
中空に濁った眼を向けている。
いや彼らの両眼は赤く濁ってはいやしないか。
犬歯あたりから涎をたらしてはいなか。
彼らには公共の道路を横断しているのだという意識がない。
現実を無視し、受け入れることのできない、キレタ若者。
どうなっているのだ?
なにが起きているのだ。
宇都宮がすっかり変貌してしまった。
道路いっぱいに広がる歩行者で車が進めないでいる。
車は警笛を鳴らし続けている。
道いっぱいのナイスガイやメチャマブ・ガールの群れはとぎれない。
それどころか下校時とあって学生のグループは増加するばかりだ。
なにかに操られている。
日常がここでも歪みを生じている。
ルノーはデパート駐車場に入れることか出来なかった。
満車、の赤い表示ランプに拒まれた。
いままでこの時間帯だったら、満車になったことなどなかったのに。
おかしい。なにがおかしい。
なにかがかわってしまった。
なにか起きている。
なにか、なにか、なにか。不透明なことばかりだ。
どこにいっても、赤赤赤だ。
吸血鬼のすきな赤だと隼人は気づいた。
吸血鬼のすきな赤い色彩の洪水だ。
そして、隼人の流す赤い血。止まらない。
デパート脇の有料駐車場にルノーは留めた。
北関東随一といわれるアーケード商店街。
『オリオン通り』にも異変はみちみちていた。
特殊プラスチックの天井は丸みをもたせてある。
通りは巨大な円管のようだ。想像を絶する生き物の腸のようにのたくっている。
その空間も妖気にみちている。
そのために、街のはずれにある大谷の廃坑のようだ。
吸血鬼の牙城である廃坑まで続く、暗い洞窟のようにアーケードが思える。
いかなる残虐に行為も平然と実行できそうな怖さが漂っている。


作者。この欄のブックマークをクリックしてください。麻屋与志夫/小説に、「吸血鬼ハンター美少女彩音」の話が載っています。
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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-18 09:49:07 | Weblog
5月18日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 42 (小説)
「それよりもうこれ以上おれたちとかかわるな。いつでも隼人、おまえの背にへばりついているからな」
「そちらがさきにおそってきたんだろうが。世界征服なんてタワゴトならべて」
鬼島との会話を遠山が木刀で両断する。
遠山のふところに隼人は果敢に飛びこんだ。
利き腕を押さえた。
木刀を奪った。
すかさず斬りこんできた高野の剣を奪い取った木刀ではじいた。
まともに受けられない。
剣にはかなわない。剣の切っ先を木刀でよこにはらった。
一閃。太刀が隼人の眼前を流れる。切っ先は隼人の胸すれすれに斬りこんでいた。肌に火ぶくれができた。そう感じた。遠山の木刀に救われた。
「こい」
隼人は覚悟をきめてかまえた。
「役立たずが」
鬼島が近寄ってくる。にやりと余裕の笑みをうかべる。
それが癖なのか。ナイフを長く細い舌でなめ上げた。威嚇だ。
シュルシュルウと口笛のような音を吐いている。
一閃。二閃。ナイフが隼人の体すれすれにかすめる。
「ウオリヤア」
鬼島の叫びに気を奪われた。獣の唸り声だ。
間合いをつめてくる。おそつてくる。
「ウオリア」
獣の唸り声に気を奪われた。それでも隼は宙に飛ぶ。
上段回し蹴りを鬼島の側頭に放つ。
飛燕のごとき蹴り。そして木刀で真っ向から竹割。のつもりだった。
それが。かわされた。
伸ばしきった太股にナイフが飛んできた。
かわせない。足がのびきった一瞬を狙われた。
着地した。態勢がくずれた。
「隼人」信孝の声だ。
「邪魔がはいった。人目がおおすぎる。おまえなんか、いつでも殺せる。忘れるな」
鬼島は恫喝のステゼリフをのこした。胸の金色の羊の刺繍をそりかえらせた。傲慢にいいはなってケントのバイクのリヤーシートに飛び乗った。
信孝が走ってくる。
「友情にたすけられたな」
遠山がいう。まだかすかに目は赤くひかっていた。
ルノーまでの距離がひどく遠い。足をひきずりながらじぶんの車をみすえ、一歩一歩近寄る。
「隼人。だいじょうぶか」
あまり大丈夫ではないみたいだ。
信孝がすぐそばまで来ている。声は遠くに聞こえる。
隼人はPTA。パトラッシュと歩いた。アニメソングを心で歌い、歩む。
でもいつの間にか、NTAとなっている。夏子と歩く。夏子と歩く。
刺された。まだナイフは太股に突き立っている。痛い。
刃物の突き立った激痛。血はあまり流れていない。ハンカチーフを当ててぬいたほうがいいだろう。
痛い。AI。足痛い。AIAIAIAIAIAI……………。
飛んでくるナイフ。見切ったつもりだった。それが避けられなかった。いま太股にナイフは突き刺さっている。AI。イタイイタイイタイイタイ。
だらしないったらありやしない。
ナイフの飛んでくるスピード。予想よりはるかに速かった。
全身から脂汗がふきだしている。
後ろ手にドアを閉める。
運転席に倒れこんだ。
心配してのぞきこんでいる信孝に手をふる。むりに笑顔をつくる。
車をスタートさせた。
だれも追ってこない。
信孝が呼んだのだろう。警備員や学生が遠山や暴走族の逃げ残りを取り囲んでいる。
ゲートの横木をはねとばした。
一気に通りに出る。
だれも追ってこない。
ナイフをぬいた。
白いハンカチーフが真っ赤に染まる。
そのうえからバンダナを巻く。体の力がぬけていく。
大量の出血というほどのことはない。
むしろ、刺された、ということで、心理的に参っていた。

16

痛む。めまいがする。
スーと意識がとぎれる。
消毒しなければ。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-17 08:30:03 | Weblog
5月17日 土曜日
吸血鬼/浜辺の少女 41 (小説)
「ジャマするな。こいつはおれのエモノだ」
「おれがせんくちだ」
高野と遠山が、獲物を前にしたハイエナのようにいがみ合っている。
どちらが先に獲物に食らいつくか争っている。
「うるさい。ジャマだ!! どけ」
ぎらりと抜いた。真剣の光にうたれて遠山が飛び退いた。
「そそれは」
高野は日本刀だった。と遠山が気付く。
「バカが、おまえらの道場剣法とちがうっうの」
遠山に高野が威嚇の打ちこみをみせる。
高野の攻撃をうけて遠山が顔面蒼白。
それでも剣のとどかない距離に飛び退いた。さすがだ。
そのすきに、隼人は武器になりそうなものを探した。
いつでも、引き抜くとのできるポールがあるとはかぎらない。
「トウウウ」
高野の気合がPキングの車の窓を揺るがす。
遠山と共に隼人を追ってきたシナイの面々は高野の剣気に怯えてMTD。
見てるだけ。
族。バンパイアのメンバーもMTD。
ケントを含めて、神妙にことの成り行きを見てるだけ。
「差しの勝負だ。手をだすなよ」
と高野に厳命されている。
肩へ振り下ろされた剣を隼人は辛うじて避けた。
後ろに4メートルも飛び退くことが可能だった。
また、夏子にプリントされた能力に助けられた。
だが肩に斬りこまれたより激しい痛みが走った。
高野の邪悪な剣気は、それほどのものであつた。
普通の人ならその剣気にうたれて動けなくなる。
易々と切り倒されていた。それほどの太刀筋だ。
隼人が飛び退いた地点に鬼島がいた。
ブルックスの黒のポロシャツを着ている。
道場での戦いでかなりのダメージをうけているのに。
五体満足だ。
どこからみても、だだのチンピラにしか見えない。
この男が吸血鬼の先鋒とはだれも信じないだろう。
コイツラの裏の顔を感知できない。だから人は平穏無事な日常を生きていけるのかも知れない。
(やはり。そうだ。夜の一族の歯牙はキャンパスにまで及んでいるのだ)
隼人の鼓動が高鳴る。しかしそれは心の乱れではない。
大学にまで吸血鬼の支配の悪しき波が打ち寄せている。
それを知ったためだ。夜の一族が大学にまで侵攻してきた。
それを知ったためかえって隼人には平常心がよみがえった。
心の平静さをとりもどした。落ちついて立ち向かえばいい。
剣道で鍛えた心と体だ。すぐに平静な心になれる。
道場をおそった吸血鬼を撃退した。それが自信となっている。
「姫がいないと、逃げるだけかよ。喧嘩一つできないのか」
「おまえこそ、のこのこ白昼出回って……いいのか。日焼け止めでも塗ってきたのかな。黒こげになるぞ。田村のヤツはどうした。再生できなかったのか。おれの友だち、遠山になにをしたのだ。目的はなんだ。象牙の塔の征服か。世界征服なんてバカなことを鹿人と本気で考えていないよな」

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-16 05:40:21 | Weblog
5月16日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 40 (小説)
「隼人」
「隼人。われら剣道部の全員がこんなにたのんでもダメなのか」
「KYだな。空気読めないみなさんだ。ぼくにはまったくその気はない」
「KYはそちだろう。きょうはただでは帰さんぞ」
と遠山。
剣道部員からの剣を隼人は――逃げた。
竹刀や木刀でも戦えばこちらはダメージをうける。
もう戦いはたくさんだ。
このところ、異形のものとの戦いに明け暮れている。
争うことは避けたい。
「ごめん」
隼人は膝もおらずに後ろに跳んで――逃げた。
隼人を包囲していた剣道部員はその高さと距離の異常さに驚く。
夏子の飛翔能力のほんの一部が隼人のものとなっている。
隼人は夏子に守られている。
いまも、夏子がここにいる。
夏子が助けてくれたと、感じた。
夏子が注ぎ込んでくる精気に助けられた。
部員達が見たのは校門のほうに走り去る隼人の後ろ姿だ。
学生専用のパーキングエリアを走った。
バイクがおおい。乱雑に止めてある。
まえには、きちんとした駐車場だった。
いまはもうすきかってに止めてある。
車やバイクの間を縫うように走った。
止めておいたルノーをめざす。
遠山の剣気にはあきらかに害意があった。
殺意があった。そんな男ではない。
強引に勧誘はするが害意も殺意もなかった。
いままでは……。どうしたというのだ。RN。らしくない。らしくないよ、遠山。
隼人はそれで、指を剣にみたてて相手をしなかった。
大学のキャンパスまで吸血鬼の歯牙が伸びてきているのか。
……吸血鬼の悪意、凶気の波動が浸透してきているのか!!
遠山流の師範が父だ。大学剣道界きっての剣士、遠山遥にしても吸血鬼の犬歯の犠牲になってしまったのか!!
わからない。確かめる前に隼人は逃げだした。
みんなの目が虚ろだった。
なにものかに操られている。
吸血鬼だろう。邪悪な心がみえみえだった。

15

甲高い排気音がひびきわたった。
バイクの群れがパーキングエリアに疾駆してきた。
暴走族バンパイアの高野のハーレが先頭をきっている。
高野がハーレから降りる。
白鞘の日本刀をさげている。にたにた笑っている。
「またあえて、うれしいよ。皐隼人」
遠山も追いすがってきた。
高野と遠山。野山を連れ立って散歩するような雰囲気ではない。
なにかややこしいことになってきた。剣難の日だ。
隼人は指剣をかまえ、ふたりに対峙することになった。
「遠山。操られているのだ。目を覚ませ」
「隼人。お前が悪い。隼人が快諾してくれないから……覚悟しろ」
遠山がふたたび、木刀でおそつてくる。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-15 11:02:49 | Weblog
吸血鬼/浜辺の少女 39 (小説)
学食に不気味な雰囲気が漂っている。
「隼人。まさかドラッグやっていないよな」
<浜辺の少女>の前で絵の中の少女に話しかけているのを目撃されている。
話かけているのを聞かれてしまった。
隼人の行動は異様に映ったはずだ。
学食を出ると信孝が追いすがってきた。心配してくれている。こんどは声は二重にはひびかない。ほんとうに心配してくれている。うれしかった。
でも、その友情がうっとおしい。
隼人は呼吸をととのえるために立ち止まった。
「どうした!?」
信孝もなにか不穏な気配をくみとった。
隼人の顔をのぞきこんでいる。
「べつにぃ」
べつにどころではない。かなりヤバイ悪意が吹き寄せてくる。
ねらいは隼人だ。
隼人は一歩後ずさった。
日がかげった。待ち伏せされてた。
キャンパスのシンボルトリー、ケヤキの巨木のかげから現れた。
ひときわ背の高い、竹刀を手にした剣道部員に囲まれた。
「隼人。今日こそ返事をきかせてくれ。ぜひ入部してくれ。皐隼人、きみさえ剣道部に入部してくれれば、秋の全国大会で優勝まちがいなしだ」
勧誘というより脅しだ。
隼人の返事はいつものように首をよこにふることだ。
美術部部長の信孝がそこにいるからではない。
こと剣の道についていえば、隼人は優勝するとかしないとか、そういうことには興味がない。
脅しより殺気が――。
隼人はさらに後ずさった。
「わるいな。死可沼流は古い剣法だ。いまの競技剣法とはちがう。かえって迷惑をかけることになるさ」
キッパリとした拒否に応えるものは――これも例によって……竹刀がおそってきた。
「トアッ」
裂帛の気合。
部長の遠山の竹刀は必殺の木刀に今日はかわっていた。
まともにくらえば、骨折くらいではすまされない。
おかしい。いつもとちがう。
どうして、竹刀が木刀にかわっているのだ。
強い殺気を感じたわけだ。
狂いが生じている。
平凡な日常に、変化をもたらしたものがある。
とりつかれているのだ。
異界と混じり合ってしまったのだ。
とてつもない害意が隼人を取り囲んでいる。
これはもう勧誘などというものではなかった。
包囲網はじわじわとせばまってきた。


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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-14 15:14:46 | Weblog
5月14日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 38 (小説)
川澄講師、美術部の顧問には部員にたいする労りのきもちがなかった。
大学講師という肩書をとってしまえば、ただのエゴイスチックな絵描きだ。
それも、絵を描くよろこびのために絵を描くのではない。
絵を高くうって、それで芸術的な欲求を満足させてしまうタイプだ。
ようするに、絵が描きたいのではなく、お金がほしいタイプなのだ。
労りも、共に絵を描くものを立派に育て上げようという意欲もない。
(川澄はブラック・バンパイアだ。バンパイアと厳密にはいわない。変身能力もないのだから。でも若者の美を賛美するエネルギーを食いつぶして生きている。夏子とは反対だ。こんなやつにぼくらは教わっていたのかと思うと、ゾツトする)
いい絵が描きたい。画家になりたい。美術の先生になりたい。
美に捧げる若者のネルギーを食いあさって生きているのだ。
いままでもそうだった。
これからもその行為はつづく。
ぼくは目覚めていなかったので、なにもわからなかった。
川澄どす黒い悪意の中で美を求める若者の純粋な心は、瀕死の悲鳴をあげている。
まちがった美の基準を植え付けられて苦しんでいる。
ここでは、大学の教室では、美はムンクの叫びのように歪んでいる。
(こんなアカデミックな雰囲気と金にさえなれば下手な作品でもドッコイショする先生についていたのでは、画家になることなどおぼつかない)
と隼人は反省した。
咀嚼音がいやらしくひびく。
学生食堂だ。
クシャクシャ。
グシャグシャ。
ネチュネチュ。
ズルズルとスープや味噌汁をのんでいる。
レアのステーキを食いちぎる音。
歯。
歯。歯。
歯。歯。歯。
歯。歯。
歯。
白く光る門歯。
不気味に光り過ぎる犬歯。
グチャグチャグチャ。
そして、嚥下音。
隼人は絵を描こうとする希望が悪魔によってくいつぶされていくように感じた。
ゴクッと魂が飲みこまれた。
動物的なおぞましい音と共に、だれかのたましいが飲み下された。
注意して見ると学食にいるモノたちの歯は異様にたくましすぎる。
学生たちの顔は悪意に満ちいてる。
学生に憑依現象が起きているのだ。
吸血鬼に噛まれたのだ。
この宇都宮の栃木大学のキャンパスには吸血鬼に心も身体ものっとられた者がウジャウジャいるのだ。
乱杭歯の間から、肉汁が歯茎までギュギュとにじみでている。
舌で唇についた汁をベロリとなめている。
あの汁は赤くはないか。
舌は二股に割けてはいないか。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-13 19:40:29 | Weblog
5月13日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 37 (小説)
この絵をながいこと眺めてきた。
美術部にはいってから2年間ずっと眺めてきた。
あるときは、青いターバンの少女の顔を想像した。
でも、もっと美しい。もっと心に沁みいるような美少女を期待した。
「夏子さん。あなたはぼくが想像したようにきれいです」
それはまさにアジアンビュティ。黒髪の美しさだ。
女の髪は象をもつなぐ。といわれている。
髪を武器として使うなんてすごい。
それも妙なる調べを奏でて吸血鬼を退散させた。
爽やかな音波攻撃で吸血鬼を窮地におとしいれた。
傷をあたえることなく、追い払った。
すばらしい。
宇都宮駅のプラットホームで夏子の声を聞いた。
ついに幻の美少女に会うことができた。
夏子がこちらを向いて微笑んでる。
こちらを向いているわけではない。隼人には絵の裏側を見る能力が備わった。
夏子のおかげなのだろう。
絵を描いている画家の心情。その絵に込める思い。
心の葛藤。よろこび。悲しみ。
周囲の無理解なひととの軋轢。
あらゆる局面が、浜辺の少女の絵から隼人の心にナダレこんできた。
隼人は百年以上も前の海岸にワープとていた。
「夏子さん」
「あなたは、ダアレ」
「夏子さん」
「どなたかしら」
夏子はキャンバスの中に閉じ込められている。
この時代にはぼくはもちろん存在していなかった。
長い腰まである金髪が風に揺らいでいた。
「そうか、ぼくらが出会うのはこれから百年以上も経ってからなんだ」
隼人は昨夜戦いの後で隼人と夏子のカップルを祝して西中学のトリオ、荒川、福田、加藤が歌ってくれた「千年恋歌」思いだしていた。
時空を越えて生きる夏子と、その夏子からみれば刹那の生を生きる隼人との恋を歌い上げているようだ。
これは会話ではない。浜辺の少女へのモノローグなのだ。
だが、隼人には夏子と会話を交わしているといった感覚があった。
「おい、隼人なにブツブツ独り言をいっているのだ。絵のなかの少女に恋をしたのか」
美術部の部長川島信孝に肩を叩かれた。
川島は秋の全日本美術展の特選候補とみなされている。
「この絵――いつもとかわったとこないか」
「ぜんぜん。隼人、ちょっと顔見せない間に、なにかかわったことでもあったのか。彼女でもできたとか」
「ゼンゼン」
と隼人はことばをかえす。
からかいがいのないやつ。
と、信孝は思いさきにアトリエに入っていく。
「隼人」
信孝が呼んでいる。
オイルや絵の具の匂いがきつい。
ぼくは嗅覚も鋭くなっている。
顧問をしている川澄講師がなにか話していた。
このへたくそ。信孝の絵は醜悪だ。彼のオヤジにおれの絵を何枚か買ってもらっているからな。まあ文句はいえない。それにしても、こんな絵を描くとは。
美術部のツラ汚しだ。
もっと下手になれ。
お前なんかに、才能のひとかけらもない。
絵をかくことなんか、やめてしまえ。
隼人の頭に川澄の想念がじかに伝わってくる。
口先では、信孝の絵を絶賛しているらしい。
はっきりとは、聞きとれない。
信孝がうれしそうに隼人をふりかえった。
ほめられているところを、隼人の聞かせたかったのだ。
どうだ、おれの絵、先生にほめられているぞ。
無邪気な得意顔が隼人にむけられた。


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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-12 14:33:56 | Weblog
5月12日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女 36 (小説)
倒されたRFは溶けて粘液となる。 
皐、刺す木で射ぬかれると溶けてしまう。
真正吸血鬼であっても再生できない。
緑の粘液の海からは、怨嗟の声がする。
ギシュギシユと恨みの声が渦巻いている。
「円陣を組め」
幻無斎の声が響き渡る。
弓の矢はつきようとしていた。
半弓を持ったものたちを中心にすえた。
剣をもったものが外側を固めた。
吸血鬼とそのRFがジリジリと迫ってくる! 
「夏子」
隼人が夏子と鹿未来の前にかけよった。
剣を得意の地ずりのにかまえる。
「斬りこむのは待って。これ以上の殺傷はごめんだわ。犠牲がおおすぎる。鹿人どこにいるの? ……わたしが説得する」
と鹿未来がいう。
「お母さん、試したいことがある。協力して。隼人、母とわたしの髪をギターの弦にみたてて、刀のミネで弾いてみて」
ふたりの髪がねじり合された。ふとい髪の弦が即座にできあがった。
ギターよりハープにちかい。
隼人は黒髪の弦を剣のミネで弾く。
可聴ぎりぎりの……しかし妙なる音が流れだした。
闘争本能むきだしであったRFの動きがみだれた。
糸の切れたマリアネットのようにギクシャクした。
「効果ありね。もっとつづけて」
鹿人がRFの群れ背後で実体化した。人型はとれず、吸血鬼のままの顔がひきつっている。
「夏子。どこでこんな技を?……」
「欧米のあらゆる芸術かとの心の交歓を一世紀にわたって経験してきたわ。わたしの心に蓄えられた彼らの芸術に捧げた心、美神への賛美の心の叫びは、あなたたちに苦痛を与えるのね。あなたたちの邪心を浄化してあげたいの。お兄さま、争いは、やめて」
「そんなバカな」
隼人は人気絶頂の葉加瀬太郎の気分になっていた。
肩をゆすってメロデーにのる。
鹿人とそのRFにむけて、黒髪の弦から音をたたきつけた。
「やめろ」
「やめてくれ」
「くるしい」
「くるしいぞ」
暗雲のように道場を満たしていたコウモリが逃げていく。
血吸鬼の姿が薄らいでいく。
吸血鬼の気配が消えていく。
夏子が泣いていた。
……どうしてこうも争うの。
鹿人はなにを考えているの。
この世を支配するだなんて。
どうやって? 
なにを考えているのかしら。

14

美術室にはすでに部員がいた。
隼人はムンクの複製画「浜辺の少女」の前に立っていた。

作者。この作品の姉妹作をブログ「麻屋与志夫/小説 吸血鬼ハンター美少女彩音」に発表しています。そちらもご愛読ください。このブログのブックマークをクリックしてください。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-11 14:10:31 | Weblog
5月11日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 35 (小説)
「われらが鹿沼を守るんだ。吸血鬼に対抗できるのは死可沼流の剣士のみだ」
じぶんたちの土地はじぶんたちで守る。
古代からひきつがれた古流剣法の教えだ。剣士たちの使命だ。
愛する郷土を守る。加藤の顔が矢を射るたびに大人びてくる。戦いの中で精神的にも成長している。そんな仲間を福田が見ている。荒川が見ている。
雷鳴がとどろく。稲妻が光る。コウモリの群れがいっせいに道場めがけて降下してくる。
「先生。討つって出ますか」と久野。
「いや、闇の中にでては相手に有利になるだけだ」
「道場で迎撃します」
「どうした。おそってきませんよ」と福田が柔道着の襟を両手でぴんと引き締めながら久野に聞く。
「いやもう来てる」
幻無斎がわかい中学生の三人組をやさしい顔で見ながらいう。
「やっと現れた!!  待っていたぞ」
血気にはやる荒川がふいに扉を開けて入ってきた鬼島に斬りつける。
とても中学生の太刀筋ではない。それも、初めての真剣だ。ビュという太刀の風を切る音を聞いた。鬼島は天井までとぶ。
「油断するな。上からの攻撃がヤッラの得意技だ」
幻無斎がみんなの心に叫びかける。
床に着地した鬼島の腕を福田が取る。一本背負いで投げ飛ばした。壁に激突しても平気で鬼島立ち上がる。
道場のいすたるところでたたかいが開始された。
吸血鬼のほうが数からいっても優利だ。ヤッラは倒してもすぐ新手が立ち現れる。際限なく湧き出る感じだ。剣士のおおくは鉤づめで腕や胴を引き裂かれている。
「血をすわれるな」
このとき隼人たちが血路を開き道場に駆けこんできた。
「よくかけつけてくれた」
「どうやら、おじいちゃん間に合ったようですね」
隼人が近づくRFを後ろ手に斬り捨てる。
「わたしたちも共に戦います。なつかしい生まれた家で吸血鬼を迎え撃つのも運命です」
「争いの原因をつくったのはわたしですから」と夏子も母のことばに続けていう。
鹿未来は細川の太刀を幻無斎から渡される。
鹿未来は万感の想いをこめて幻無斎に目礼し、道場を見回す。
鹿未来のなつかしさには、どれだけの時間が封じ込められているというのか。
鹿未来。
夏子。
雨野。
隼人。
四人が毅然と道場に立っている。
「さすがと夏子さまほめておきましょう。よくこちらの道場をおそうとわかりましたね」鬼島が余裕のある声でいう。となりに田村も並んでいる。
ふたりともナイフを光らせている。
シャカシャカと音で威しながら迫ってくる。
はじめから夏子をねらっている。
隼人が魔倒剣をかまえて夏子の前に出る。
危機をしらせてくれた鍔鳴りは止んでいる。
刀身が白く光っている。
武者窓がコウモリの激突でひびわれた。無数のう鋭い歯で分厚い板壁に穴が開いた。
穴はみるまに広がり黒い邪気がふきこんできた。コウモリの大群がなだれこんできた。
ギイという絶叫。肉をしゃぶるような咀嚼音。波状攻撃がつづく。とめどもなく無数のコウモリが空間にみちる。
めげずに、隼人は敵の群れに踏みこむ。
毎日、踏みなれた道場の床だ。過酷な修行をつづけてきた場所だ。
「いくぞ」
セツナ、剣は田村と鬼島のフタリの胴をないだ。空を斬った。ビユンと弓がなった。加藤が天井に飛び退いたフタリを連射した。みごとに田村の足と鬼島の腕を射ぬいた。
「すごいぞ。加藤」と隼人。
ビユンと弓の弦がなる。10連射のきく諸葛弩が威力をはっきする。吸血鬼の喉に矢が吸いこまれていく。
「円陣をつくれ」
床には緑の粘液が流れている。

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