田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-13 19:40:29 | Weblog
5月13日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 37 (小説)
この絵をながいこと眺めてきた。
美術部にはいってから2年間ずっと眺めてきた。
あるときは、青いターバンの少女の顔を想像した。
でも、もっと美しい。もっと心に沁みいるような美少女を期待した。
「夏子さん。あなたはぼくが想像したようにきれいです」
それはまさにアジアンビュティ。黒髪の美しさだ。
女の髪は象をもつなぐ。といわれている。
髪を武器として使うなんてすごい。
それも妙なる調べを奏でて吸血鬼を退散させた。
爽やかな音波攻撃で吸血鬼を窮地におとしいれた。
傷をあたえることなく、追い払った。
すばらしい。
宇都宮駅のプラットホームで夏子の声を聞いた。
ついに幻の美少女に会うことができた。
夏子がこちらを向いて微笑んでる。
こちらを向いているわけではない。隼人には絵の裏側を見る能力が備わった。
夏子のおかげなのだろう。
絵を描いている画家の心情。その絵に込める思い。
心の葛藤。よろこび。悲しみ。
周囲の無理解なひととの軋轢。
あらゆる局面が、浜辺の少女の絵から隼人の心にナダレこんできた。
隼人は百年以上も前の海岸にワープとていた。
「夏子さん」
「あなたは、ダアレ」
「夏子さん」
「どなたかしら」
夏子はキャンバスの中に閉じ込められている。
この時代にはぼくはもちろん存在していなかった。
長い腰まである金髪が風に揺らいでいた。
「そうか、ぼくらが出会うのはこれから百年以上も経ってからなんだ」
隼人は昨夜戦いの後で隼人と夏子のカップルを祝して西中学のトリオ、荒川、福田、加藤が歌ってくれた「千年恋歌」思いだしていた。
時空を越えて生きる夏子と、その夏子からみれば刹那の生を生きる隼人との恋を歌い上げているようだ。
これは会話ではない。浜辺の少女へのモノローグなのだ。
だが、隼人には夏子と会話を交わしているといった感覚があった。
「おい、隼人なにブツブツ独り言をいっているのだ。絵のなかの少女に恋をしたのか」
美術部の部長川島信孝に肩を叩かれた。
川島は秋の全日本美術展の特選候補とみなされている。
「この絵――いつもとかわったとこないか」
「ぜんぜん。隼人、ちょっと顔見せない間に、なにかかわったことでもあったのか。彼女でもできたとか」
「ゼンゼン」
と隼人はことばをかえす。
からかいがいのないやつ。
と、信孝は思いさきにアトリエに入っていく。
「隼人」
信孝が呼んでいる。
オイルや絵の具の匂いがきつい。
ぼくは嗅覚も鋭くなっている。
顧問をしている川澄講師がなにか話していた。
このへたくそ。信孝の絵は醜悪だ。彼のオヤジにおれの絵を何枚か買ってもらっているからな。まあ文句はいえない。それにしても、こんな絵を描くとは。
美術部のツラ汚しだ。
もっと下手になれ。
お前なんかに、才能のひとかけらもない。
絵をかくことなんか、やめてしまえ。
隼人の頭に川澄の想念がじかに伝わってくる。
口先では、信孝の絵を絶賛しているらしい。
はっきりとは、聞きとれない。
信孝がうれしそうに隼人をふりかえった。
ほめられているところを、隼人の聞かせたかったのだ。
どうだ、おれの絵、先生にほめられているぞ。
無邪気な得意顔が隼人にむけられた。


コメント
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