5月2日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 24 (小説)
おれに絵を描くパワーをあたえてくれた夏子がこの先にいる。
おれを待っている。
隼人、あんたは絵を描く才能なんかない。下手だ。どうして運動やってるヤツが美術部なんかにいるんだ。剣道オタクの隼人がどうして絵を描くのよ。と川島信孝にこっぴどくいわれてきた。やめたら。才能のない隼人が美術部にいるとウザイんだよ。
「ちがうんだ。絵を描くのが好きだった。剣道をやっているぼくが絵を描くのではない。絵を描いていた少年がたまたま祖父の家に預けられた。その祖父が死可沼流の師範だった。絵の好きなぼくが剣道にものめりこむことになった」
なにをいってもむだだった。
作品はいつも酷評をもってむかえられた。
悲しかった。くやしかった。
ひととかかわりあいのない、静物ばかりをそれで、モチーフとしてきた。いっそ、美術部をやめようと悩んでいた。
ところが、いまはちがう。
夏子との心の交流でムンクの悩みをしった。ムンクの深い人間的な悩みにくらべたら、おれの悩みなどなにほどのことがある。
ところが、いまはちがう。
人物を描くことができる。
おれの悩みをモデルにそそぎこむことができる。
その悩みを絵にできる。
ましてモデルはムンクのモデル。
夏子。
愛する夏子。
大好きな夏子だ。
その夏子がこの先にいる。はじめておれの絵の才能をみとめてくれた。
ほめてくれた。
やさしい夏子か待っている。
夏子との心の交歓で芸術家としての精神に目覚めた。心が高揚した。そんな心で絵を描くことがどんなにやりがいのあることか、わかった。
かってないほど生きるよろこびにふるえている。
恐怖がさった。
描いてみせる。
この秋の展覧会には出品する。
描いてやる。描く。描き切ってみせる。
モデルは夏子だ。
いい絵が描けないはずがない。
10
道が分岐している。
曲がったとたんに衝撃波をたたきつけられた。
波のなかに恐怖のイメージがあった。
山羊の角と髭。吸血鬼だ。でも絵を描く使命に目覚めた隼人には怖いものはない。
長く伸びた犬歯。鋭い剣のような歯が喉にくいこんでくる。怖くない。
喉に噛みついてくる。怖くない。
血を吸われる。怖くない。
首をくいちぎられる。鮮血の海。吸血鬼の巨大なアギトか迫る。怖くない。
絵をかくよろこびが覚醒したおれにはもう怖いものはない。
隼人はそれらのいままでであったら恐怖におそわれたイメージをもろともせず、突き進んだ。
さらなる衝撃波がきた。
隼人の存在そのものが、肉体が木端微塵となってふきとばされる。
それでもさきに進む。
「お見事です。さすが姫が選んだかた。始祖の直系のかたのみ入ることを許された墓地の墓守りです。リリスともうします。どうぞお通りください。カミラ姫があちらにおいでです」
吸血鬼/浜辺の少女 24 (小説)
おれに絵を描くパワーをあたえてくれた夏子がこの先にいる。
おれを待っている。
隼人、あんたは絵を描く才能なんかない。下手だ。どうして運動やってるヤツが美術部なんかにいるんだ。剣道オタクの隼人がどうして絵を描くのよ。と川島信孝にこっぴどくいわれてきた。やめたら。才能のない隼人が美術部にいるとウザイんだよ。
「ちがうんだ。絵を描くのが好きだった。剣道をやっているぼくが絵を描くのではない。絵を描いていた少年がたまたま祖父の家に預けられた。その祖父が死可沼流の師範だった。絵の好きなぼくが剣道にものめりこむことになった」
なにをいってもむだだった。
作品はいつも酷評をもってむかえられた。
悲しかった。くやしかった。
ひととかかわりあいのない、静物ばかりをそれで、モチーフとしてきた。いっそ、美術部をやめようと悩んでいた。
ところが、いまはちがう。
夏子との心の交流でムンクの悩みをしった。ムンクの深い人間的な悩みにくらべたら、おれの悩みなどなにほどのことがある。
ところが、いまはちがう。
人物を描くことができる。
おれの悩みをモデルにそそぎこむことができる。
その悩みを絵にできる。
ましてモデルはムンクのモデル。
夏子。
愛する夏子。
大好きな夏子だ。
その夏子がこの先にいる。はじめておれの絵の才能をみとめてくれた。
ほめてくれた。
やさしい夏子か待っている。
夏子との心の交歓で芸術家としての精神に目覚めた。心が高揚した。そんな心で絵を描くことがどんなにやりがいのあることか、わかった。
かってないほど生きるよろこびにふるえている。
恐怖がさった。
描いてみせる。
この秋の展覧会には出品する。
描いてやる。描く。描き切ってみせる。
モデルは夏子だ。
いい絵が描けないはずがない。
10
道が分岐している。
曲がったとたんに衝撃波をたたきつけられた。
波のなかに恐怖のイメージがあった。
山羊の角と髭。吸血鬼だ。でも絵を描く使命に目覚めた隼人には怖いものはない。
長く伸びた犬歯。鋭い剣のような歯が喉にくいこんでくる。怖くない。
喉に噛みついてくる。怖くない。
血を吸われる。怖くない。
首をくいちぎられる。鮮血の海。吸血鬼の巨大なアギトか迫る。怖くない。
絵をかくよろこびが覚醒したおれにはもう怖いものはない。
隼人はそれらのいままでであったら恐怖におそわれたイメージをもろともせず、突き進んだ。
さらなる衝撃波がきた。
隼人の存在そのものが、肉体が木端微塵となってふきとばされる。
それでもさきに進む。
「お見事です。さすが姫が選んだかた。始祖の直系のかたのみ入ることを許された墓地の墓守りです。リリスともうします。どうぞお通りください。カミラ姫があちらにおいでです」