田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-01 03:45:52 | Weblog
5月1日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 23 (小説)
 吸血鬼が隼人を視認している。
 隼人はその吸血鬼を肌で感じている。
 なにをためらっているのか。
 蝙蝠の襲撃はあれほど激しかったのに。どうしたのだろう。
 門衛が通過させたものだ。だから、おそうことをためらっているのか。息がつまるような緊張がぴんとはりつめている。見えない。だが確実にそこにいる。吸血鬼はおそってこない。
 体が冷えこむ。無数の針を射こまれたような恐怖。苦痛。
 じっとしていることに耐えられない。
 そっと進む。
 耐えられないような恐怖を押しのけるようにそっと前進する。
 なんのための剣の修行だ。
 血を吐くような修行は、剣の技を磨くだけのものだったのか。心の鍛練がたりなかったのか。反省しながら前に進む。
 確かに、いままでの修行は人間を仮想敵としての修練だった。ひととひととの戦いのための剣の技だ。地上での戦いに備えたものだ。
 だが、いま隼人が戦おうとしているのは、人間ではない。
 隼人が戦おうとしているのは、人外魔境にすむ吸血鬼だ。
 そしてここは地下深い。
 吸血鬼の、地下の城だ。
 敵地だ。
 夜の一族の居城だ。
 光をきらう、闇のものの住む地下道なのだ。
 どうする隼人。
 ひるむな隼人。
 ……夏子に呼びかける。心の中で念波を送る。
「夏子、どこにいるのだ。どこだ。このおれの念波がとどいたら応答してくれ」
 見栄をはっている場合ではない。
 すなおに助けをもとめながらさらに進む。それほど距離ははなれていないはずだ。
「夏子。夏子。夏子」
 それは、恋しい夏子によびかける念波でもあった。
 寒い。闇にたいする恐怖。
 地下へ潜ることへの恐怖。
 人が夜の闇にたいしてもつ根源的な恐怖。
 闇の中にいるのだという、本能的な恐怖。
 その暗闇で、地底の迷路で隼人はひとりになってしまった。勇気を鼓舞してそれでも、先へ先へと進む。
 夏子からの応えはもどってこない。
 周囲に苔がむしている。やわらかな感触がする。そのやわらかなぬるぬるとし手触りがかえって、気持ち悪い。
 天井からは水がしたたっている。ぽとんぽとんという水滴の落ちる音があたりにひびく。階段はつきた。急傾斜の道は平になっている。
 かなり地下深く下りた。足元は平坦になっている。まるで舗道を歩いているようだ。そのためか、隼人は地下の古代都市をさまよっているようだ。落ちついてきた。
 いまはただひたすら前に進むしかないのだ。
 いつまた蝙蝠の大群におそわれるかもしれない。
 それを恐れてここにとどまっていては、この地下で倒れてしまう。
 ああ、絵を描きたい。この期におよんで創作意欲がふつふつとわいてくる。
 いつか筆がぐいぐい運び、思うような絵が描けたらとねがってきた。いまなら描ける。いまなら描きたい対象をとらえる技法がある。
 思うように筆が進む。
 心を表現できる。こんなところで、とどまってはいられないぞ。こんなところで恐怖にとりこまれてはいられない。
 このさきに愛する夏子がいる。おれがいくのを待っている。

コメント
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