田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-07 17:15:03 | Weblog
5月7日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 30 (小説)
「隼人さんは、死可沼流の剣士だけではなかったのね。絵師でもあるのね」
「いまは画家っていうの」
「あら、語呂合わせをしたのよ」
 鹿未来がほほ笑んでいる。
「それは、わたしが選んだひとですもの」
 夏子も負けていない。会話を二つとばした。絵師でもあるのねという褒めことばに応える。
 雨野と鹿未来が部屋を出ていく。隼人さんとふたりだけにしてあげましょう。という心遣いからだ。
「隼人。ありがとう。ぶじに雨野を救いだせたわ」
 夏子が唇をよせてきた。
『吸血鬼の唇を吸うのってスリリングだと思っているのね』
『ぼくの心をのぞかないでください』
 半分は声にだして、後はテレパシーで会話をかわしているふたりだった。
「ああ、隼人。わたしもあなたが好きよ。愛しているわ」
 夏子が隼人の唇をふさいだ。
 隼人は夏子をぴったりとだきよせる。
 夏子がしなやかに隼人に身を任せる。
 隼人ははかなく消えてしまうような夏子をだきしめている。この時間が永遠につづけばいい。
 夏子はやさしく隼人の背を愛撫している。
 そっと隼人は、そっと夏子の胸にふれる。
 夏子のミントの香りが漂う。
 唇がはなれる。隼人がふたたび夏子をぎゅっとだきしめた。もうそれだけで隼人は幸せだ。
 じっと夏子が隼人をみつめている。
「わたしの隼人……」
「夏子。夏子、夏子」

 目覚めるとスープのいい匂いがしていた。
「夏子さんたちは」
「おふたりは、霊壁を補修しています。いつまた、鹿人さまがおそってくるかわかりませんから」
 窓を開ける。壁の赤茶けて枯れてしまったツタの葉を切りとっていた。あの葉がレーダーの役割を果たしていた。鹿人たちの接近をしらせたくれたのだ。
『今日こそ、隼人。また何枚か絵を描き上げましょうね』
 夏子の思念がとどく。離れ過ぎているので声はとどかない。それでも夏子の朝の笑顔はみえる。若やいだしぐさで手をふっている。
「隼人。あなたが絵を描くために燃えあがれば、わたしの心はやすらぐの。隼人からエネルギーをもらえるの。そして邪悪なものと戦う力が強くなるの」
 部屋には光が差し込み、色彩に満ちていた。
 ロココ調のアンティク家具や調度品の角や面が光を受けてすばらしい陰影をみせていた。

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吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-07 05:33:49 | Weblog
5月7日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 29 (小説)
「兄さん」
 母を侮辱された。それも兄によって。だからこそ、許せない。ほおっておくと母にどんな危害を加えるかわからない。夏子はまさに怒髪天をつく形相となる。美しいだけに凄惨ですらある。
 黒髪が瞬時に、青白く輝度をます。
「前言撤回を要求します」
 夏子の口から古いことばが飛びだす。
 鹿人の首をさらに締める。
「なんだ。これは。力が抜けていく。ヤメロ」
 鹿人が声を荒げて苦しむ。広間に面した洞窟の入り口からコウモリが群れをなして噴出する。隼人の剣気にうたれて身動きできなかった。魔族からもコウモリに変身するものがでた。
 コウモリは猛烈な悪意の波動となる。黒いうねりは一斉に夏子と隼人をおそう。
 青いフレアをあげている。鹿人を苦しめている。夏子の髪にコウモリが噛みつく。
 隼人が風車のように剣を振るう。剣をきらめかせてコウモリを斬る。夏子をおそうものは容赦しない。
「タタキ斬るぞ。コウモリのみじん切りにしてくれる」
 コウモリを斬らなければ夏子が危ない。
 夏子を守るためなら……なんでもする。
 コウモリなら、遠慮なく斬れる。
 夏子をおそうものは斬り捨てる。
 夏子に殺意をもつものは、斬る。
 だがコウモリは群れをなして際限なくおそってくる。
 いくら斬りはらってもその数が減らない。
「姫様。鹿未来様も引いてください」
 争いの渦から雨野が飛び退る。夏子の手をとって退却をうながす。
 追いすがるコウモリの群れに隼人は剣を振るう。剣を稲妻のようにひらめかせる。
斬り上げ、斬り下げ、左右に払う。
隼人は殿を務める。あとから追いすがるコウモリを斬り払い、退路を確かなものとする。
鹿未来。夏子。雨野と隼人はただひたすら走る。走る。光ある空間にむかって走る。
走れ。走るんだ。たがいに励まし合って先を急ぐ。
「リリスは大丈夫かしら」
「始祖でも墓地にはみだりに入れないから心配ないでしょう」
 やがてかすかに陽光が見えてきた。
 光。本来なら吸血鬼の苦手な紫外線の元へ飛びだした。
 新鮮な空気。草いきれが気持ちいい。
 太陽が輝いていた。
 眩い光の中までは、コウモリは追ってこなかった。
 雷雨はすでに去っていた。夏の終わりの北関東は鹿沼の空はどこまでも青かった。

12

「雨野を助けだしたのだから、そんなにしょ気ないで」
 夏子は兄の鹿人との戦いに疲れていた。
 鹿未来が夏子を慈愛に満ちた顔でなぐさめる。
 夏子のつたの生えた屋敷にもどっていた。イーゼルには描き上がっている夏子の肖像が架かっていた。部屋はすっかりアトリエだ。鹿未来は、夏子も隼人も雨野も傷も負わずにもどってこられたことを祝福する。
 夏子は美しく微笑んでいる。
「若い想い人がいて、夏子は幸せね」
「いまは恋人というのよ」
「あらそうなの。隼人さんは若いわね」
「あら、お母さま……いまは女性が年下の恋人をもつのがトレンディなのよ」
「年下といっても、いくつ年齢差があるのかしら」
 母娘は顔を見合わせる。プッとふきだした。
「きれいに描けてること。実物よりきれいね」
「お母さま」
 夏子が母をにらむしぐさをする。

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