田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-09 01:57:08 | Weblog
5月9日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 33 (小説)
 師範代、久野の声だ。
「特Aランクの実戦だ。くりかえす。特Aランクの実戦だ。これは訓練ではない」
 劇画調のアナウンスだが、マイクから流れてくる久野の声は緊張していた。1メートル85もあり、平常心をくずすような男ではない。剣の道で鍛え抜いている。やわな男ではない。
 それが、声を高くはりあげている。声をふるわせている。
 むりもない。伝説だった。話でしか聞いていなかった。吸血鬼、の襲撃。
 それがいま現実となっている。犬が吼えいる。日が陰ってきた。
 吸血鬼などこの世に存在するはずがない。古来からこの地方に伝えられ、炉辺で語り継がれてきた<鬼>伝説だ。隣町栃木の大中寺の青頭巾の話は日本で最初の吸血鬼小説だともいわれている。でもすべて伝説だと信じていた。
 久野たちの修行の道場であった空間が、ふいに奇怪な異空間とまざりあっている。
 怪異な空間と溶け合ってしまった。
「半弓を用意するんだ」
 古武道の道場である。武芸百般とまではいかないが、弓道、柔術は鍛練教科にはいっている。
「皐の矢尻のついたものを持ってこい」
 西中学剣道部の荒川はいまも道場にいた。くわえて柔道部の福田、弓道部の加藤が師範の命令にしたがって厳しい顔で働いている。
「中学生は参戦させないほうがいい」
 久野がだれにいうともなくつぶやく。迷いがあった。中学生が怪我でもしたら……。
「かまわぬ。責任はおれがとる。白虎隊の故事がある。荒川、福田、加藤もこれからの鹿沼を守っていかなければならない若者だ」
 と幻無斎。
「みんな。若ものに怪我させるなよ」
 久野が道場生に念をおす。
「オス」
 と元気な声が異口同音に応える。
 刺す木、皐の矢は吸血鬼を刺しとおすと古来からいわれていた。
 半弓をもったものに混じって、諸葛弩をかまえているものがいる。
 諸葛孔明の発明という。連射10本のすぐれものだ。こうした武器が備蓄されていたということは、吸血鬼の存在と襲撃を予期していた道場主がいたということだろう。
 あるいは、過去に吸血鬼の襲撃にあい、こうした武器が有効だという実体験をしたものがいたのか。
 鹿沼土によって栽培された皐を削った矢。
 そして胸にたいしての突き技のおおい死可沼流の剣技。
心臓部を突きぬくような激しい技。
首を切り落とすとしか思えないような攻撃。
すべてが人間を相手にした流派ではなかったのだ。
それらは、吸血鬼を敵としての修行であった。そう理解すればまことに理にかなった剣の修行であつたと久野は納得した。それを、その理論を証明できる機会がおとずれたのだ。  
ざわざわと狂念が吹き寄せてくる。