田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 48 漫画家になりたい   麻屋与志夫

2014-02-15 15:41:50 | 超短編小説
          漫画家になりたい  

1 絵の中の雪
仙台に着いた。
雪はさらにふぶいていた。
新幹線「やまびこ」は20分ほど遅れてプラットホームにすべりこんだ。
母、危篤の連絡をうけての帰省だった。
わたしは寒がりで、この雪を嫌い東京に嫁いだ。
構内を出る。
街はすっかり暮れていた。
震災の影響は駅前の風景をみただけでは何も残ってはいなかった。
空気は切りきりと澄みわたっている。
空からはいく億という雪がまいおちていた。
ルーフに雪を積もらせたタクシーがならんでいる。
そちらにいこうとした。
駅前で少女が手を振っている。
姪の亜莉沙だった。
わたしに似ている。
みまちがうわけがない。
小柄なので、幼く見えるが運転免許を取れる年になっていたのだ。           
「さすように冷たいわね。わたしはこの寒風をわすれていたわ」
「つい先ほど、おばあちゃんは息を引き取りました。すみません携帯しようとしたのに、父に止められたので」
兄らしいとおもった。
死んでしまったものは、もうどうにもならない。
あわてることはないのだ。そう、達観しているのだろう。
わたしが母の反対をおしきって……。東京で同人雑誌をやっている男と結婚したときもそうだった。
どうせ、ものにはならないよ。
それより年金のつく官吏がいいよ。
という母を説得してくれたのは兄だった。
わたしが嫌ったのは、寒さだけではなかったのだ。
両親の古い考えもいやだった。
わたしは理屈っぽい文学少女だったのだろう。

2 漫画家が希望
結婚は許されなかった。
スーツケースひとつで上京した。
だから、家出同然の身だった。悲しかった。
母にはあれいらい会っていなかった。
震災でも見舞にかけつけることはしなかった。
仙台に帰省したのも30数年年ぶりだ。
親の死に目に会えないなんて。
許されないまま、母に逝かれてしまった。
フロントにふきつける雪をワイパーが音を立ててぬぐっている。
粉雪だった。
このふりかただと、明日の朝までにはかなり積もるだろう。
家に向かう、見慣れていたはずの道はかわってしまっていた。
商店街も迫りくる薄闇のなかで人影もたえていた。
わたしはずっと黙ったままでいた。
すっかり忘れていた故郷の雪。
感動はなかった。
母の死を聞いた悲しみに、すっかり動揺していた。
元気なうちに、いちどあっておくべきだった。
心配をかけたことを詫びておきたかった。
いじをはりすぎた。

「あたし、美智子おばさん、漫画家になりたい。代々木の「アニメ学院」にはいりたいの。
大森の家に下宿させてくれますか。それなら父は許してくれるとおもいます」
沈黙をやぶったのは亜莉沙だった。
父は、ということは兄は許すが、義理の姉の友子は反対なのだろう。
むりもない。
わたしの夫もついに同人誌の作家からぬけだすことができなかった。
友達が、文学賞をとってはなばなしく世にでていくのを僻み。
かなり無理な努力を長年続けた。
昼は勤め。夜は創作に打ち込み。過労の日々。
それがたたった。
定年とともに人生にも別れをつげてしまった。

3 プロになれなかったら?
いまなら、わかる。
いまなら、母がわたしの結婚に反対した気持ちがわかる。
親というものは、子どもに無難な道を歩ませたがる。
波乱のない、安定した人生を過ごしてもらいたいと願う。
小説家とか漫画家になろうとすることは――。
この世でいちばんつらい人生を送ることになる。
いまは、マスコミでハヤシタテルから。
ごく一部の、成功したものたちが。幸運なひとたちが。
華やかにみえる。
でも、そのかげで、どれだけの若者が苦渋をのんで泣いていることか。
羽化することもなく。
消えていくことか。
わたしは、なんどか、死をかんがえたことがあった。
それに耐えられたのは、夫を愛していたからだろう。
子供には恵まれなかった。
いまは独り暮らしだ。
風が強くなった。
雪はよこなぐりに、窓をたたきだした。
雪がこんな音を立ててふきつけることなどすっかり忘れていた。
暗い洞窟のような道。
車はのろのろ運転で、進んでいた。
夜の底は雪明りでそこはかとなく明るかった。
空には暗雲が立ちこめていた。
暗かった。
ヘッドライトに照らしだされた雪はあくまでも白かった。
闇と雪の白が渦を巻いて前方から迫ってくる。
姪の隣の席から年寄りじみた声が答えていた。
「プロとして成功できなかったらどうするの。結婚する? 女はやはりフツウの人と結婚して。子育てをするのがいちばん幸せなのよ」
しわがれた声。
ああこれは母の声だ。
あのときの、母の考え方と同じだ。
夫との長年の苦労で……
いつの間にか世俗の垢にまみれてしまっている。

4 雪はいつも白い
人は一生夢をみつづけることはできない。
悲しいことだが、いつか破綻がやってくる。
夢をみつづけて死んでいった夫が恨めしかった。
雪はいつでも白い。
美しい結晶。
白の幻想をひとにあたえてくれる。
だが、人は老いる。
美しく思われたものが、いつまでも美しく魅惑的であるとはかぎらない。
命もつきるときがある。
どんなに愛していても意見がわかれる。
長い間には、幻滅もおそってくる。
とくに、逆境にある夫との生活では、そうしたことが間々あつた。
「美智子おばさんのことは、父からもおばあちゃんからも聞いていました。意外なご返事です」
わたしが、消極的な反対意見をのべたことが、ショックだったらしい。
わたしなら、亜莉沙の望みに賛成してくれる。
そう思っていたのだろう。
「つらいこともあるのわよ」
返事はない。
雪はさらにひどくなった。
「いますこしですから」
亜莉沙がしばらくしてからつぶやいた。
「おばさんなら、わかってもらえると思っていました。お会いできるのが、たのしみでした」

5 旅立ちの詩
「はいつきました」
運転手がドアをあけてくれた。
わたしはうとうとしていたらしい。
亜莉沙はどこにもいない。
夢でもみていたのだろうか。
だが車は懐かしい青葉区滝道の実家についていた。
玄関に家族のものがそろっていた。
「お母さんだめだったの」
「どうしてそれを……」
兄がけげんな顔をした。
さっさと、外に出ようとしている。
すっかり老いた義姉の友子の顔も青い。
何かおかしな雰囲気だ。
ふたりとも、せっぱつまった顔をしている。
亜莉沙の弟もいる。
妹もいる。
「亜莉沙が……美智子さんを向かいにいく途中で、スリップ事故で……」            
友子が咳き込んでいる。
病院に駆けつけるところだという。
不吉な予感。
今までわたしと話をしていた亜莉沙は、ゴーストだったのか。
わたしは、兄の運転するワンボックスカーにあわただしく乗りこんだ。
「あの子は、漫画家になりたいなんていいだしたの」
幕張メッセのコミック・マーケット。
自費で出した本をもって亜莉沙はなんども幕張まででかけていった。
と、友子がつぶやく。
「大森によってくれればよかったのに」
「あなた、大丈夫よね。亜莉沙は死なないわよね」
「ごめんなさい。そんなに重態だったの」
「昏睡状態らしい」
ああこれはだめだ。
最悪だ。
あの子は、わたしにお別れに来たのだ。
果たせなかった夢を。
わたしにだけは伝えておきたかったのだ。
座席に、亜莉沙のコミックブックがあった。
「旅たちの詩」と表紙の題字はよめた。
若い女の子が滝道の家から。
雪の雑木林を背景に出かけていく絵だった。
顔は私の娘時代に似ている。
家族の伝説となっているわたしの家出。
亜里沙は、自分の願いをわたしの無謀な家出に重ねた。
娘は真紅のロングマフラーで髪をおおつていた。
前方をきっと見つめるおおきな目が美しかった。
雪は金箔で表現れていた。
黄金色に輝く夢。
絵の中の雪。
解けることのない雪。
わたしは才能を感じた。
ストリーは東北の寒村に生まれた娘が、
小説家を志し太宰治の文庫本を片手に、
旅立っていくというものだった。

6 夢に生きる
病院の車寄せの庇には、雪があふれていた。
雪は常夜灯の光を反射してきらめいていた。
いまにもちいさな雪崩となっておちてきそうだった。
わたしたちは、無言で集中治療室にいそいだ。
「いま、気づきましたよ」
ああ、よかった。助かる。亜里沙は助かる。
担当の医師が寄ってきた。
脳震盪をおこしていたのだという。
怪我も左肩を強くうっただけ。
脳に異常はない。
少しなら話していいと許可が出た。

「美智子おばさん。わたし、わたし迎えにいけなくてごめんなさい」
「いいのよ。わかっているわ」
「おどかすなよ。ふたつ葬式を出さなくてはならないのかと……」
あとは言葉にならなかった。兄もすっかり老いていた。
涙もろくなっていた。
亜莉沙。
あなたの願いは、もうわかっていますよ。
世に認めてもらいたかった夫の夢を。
あなたと一緒に果たしたいわ。
小説家と漫画家のちがいがあっても。
願いは同じことよ。
漫画家になること賛成。
わたしも漫画の原案でも書こうかしら。
創作意欲が湧いた。
夫の原稿の清書に明け暮れた。
自分の作品を書きたい。
それができないできた。
わたしはねばり強く、これからは小説を書いていこう。
それがわたしを許してくれていた母への供養に成る。
夫も喜んでくれるだろう。
わたしも泣いていた。
ここちよい涙がほほをこぼれおちていた。
太宰の文庫本を手に家を出た情熱がよみがえった。
二人で、デビューをはたしたいわ。

7 それぞれの涙
「兄さん、友子さん、亜莉沙を養女にいただけないかしら」
「お母さんは、美智子はどうした。美智子に会いたいと、さいごまでいっていたぞ」
兄が涙声で言う。
母はわたしを心の中では、許していたのだ。それはわかっていた。世間的な母の願いが理解できていた。
死に水もとれないで、わたしは悪い娘だった。
親不孝者だった。
わたしのほほを大粒の涙がこぼれおちていた。
お母さんあなたの大切な孫をわたしにあずけてください。
立派に大成させてみせます。
それが母への償いのように思えた。
亜莉沙も泣きだしていた。
友子も、すっかりものわかりのいい母親の顔になっている。
涙が目じりににじんでいた。
みんなの涙に、わたしは、亜莉沙を養女にすることへの暗黙の同意をみた。
さらに涙がはらはらとこぼれおちた。
窓の外は雪がふりしきっていた。          
  完


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気候も人間も異常過ぎる。  麻屋与志夫

2014-02-15 09:25:17 | ブログ
2月15日 土曜日

●積雪40センチ。
いや、場所によっては、もっと積もっているかもしれない。

●この歳まで生きているが、このような大雪は初めての経験だ。
各地とも同じようなことらしい。

●気候がおかしくなっている。
いままででは考えられないようなことが起きる。
起こっている。

●暖房のきいた部屋から雪をみているぶんにはたのしい。
雑然とした色彩の街が白一色に変わっている。
美しい。
でも、この白い雪の下にいつもの街が埋もれているのだ。

●風が強い。
雪が横にながれている。
寒風吹き荒ぶ。
……そんな感じだ。
遠くで救急車の警笛が聞こえている。

●新聞やテレビを見ていると、刃モノによる殺傷事件がおおい。
それも身近な大切なものにたしてナイフを向ける。
刺し殺す。
などという凄惨な事件がおお過ぎる。
男が元カノを金銭のトラブルで刺殺。
未婚の60代の男が80過ぎている母親を刺殺。
陰惨な事件だ。

●社会が、人間がおかしくなっている。

●こうした社会現象も、このところの天候とおなじだ。
いままでの経験則では推し量ることはできない。

●ともあれ昭和一ケタうまれのGGには刺激が強すぎる。
そうかといって、この異常な出来事を作家であるからには、黙視するには忍びない。

●やはりこれは現実の社会現象と取り組むためにも警察小説。
もしくは、推理物でも書くことにしなければだめだ。

●怪奇伝記小説。
ライトノーベル。
ファンタジーを書いてきたわたしに、このsevereな現実をとらえることができるのだろうか。
文体からhardなものにしなければならないだろうから、精進、精進。

●現実と格闘するにはあまりにも無力とおもえる文体なので心配だ。

●すこしずつ、あせらず変貌していかなければならないだろう。

    
   日本さくら草 春はそこまできています
   


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