田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-04-24 21:09:53 | Weblog
4月24日
吸血鬼/浜辺の少女14 (小説)
 ふいに夏子の声にならない声が脳裏にひびいてきた。
「敵が来ている。はやく描いて。この屋敷にも入りこんでいるわ。彼らの邪念が感じられるでしょう。壁のつたが鉄錆色に退色したら危険信号なの……」
 夏子にそういわれてみれば、外から邪悪な思念が迫ってくる。
 異質なとげとげしい念波が隼人の意識のふちをちくちく刺している。
「ブラッキー・バンパイァですか。鬼島や田村ですか」
「ほら、おしゃべりしていると、雨野にしかられますよ」
 ラミアとの再会に、感動のあまり雨野の顔はほころんでいる。もう会えないかもしれない。ラミヤ姫の母、鹿未来(カミーラ)の密命を拝受して従者になってから何年になるのだろうか。忘れてしまった。
 人の血を吸うことができず、拒血症の白っこ、アルビネスとさげずまれ、群れを追われた姫のふいの帰還。うれしくて心がふるえている。
 ラミアの帰省。それも<心>を人にかよわせ、その相手の心のエネルギーを高揚させる。そのエネルギーをほんの少しばかり吸収することで、生きながらえる技を獲得しての帰還だった。この土地としては、新しいタイプだ。
 マインド・バンパイァ。人間の血を吸わず、人を殺してバンパイァとすることもない。なおさらに、人と共生できる技を目前にしても、まだそれを信じられない。雨野のよろこびが隼人の心になだれこんできた。
「信じられない。筆がひとりでに動き、配色まで無意識にやっている」
「それはわたしの心にある、ムンクのなせる技……」
 絵を描こうとする、いい作品を創造しょうとする意欲が高まる。精気がこんこんと隼人の中でわきあがる。
「いそいで」
 建造物の壁にはりついたつたがざわついている。風もないのに葉がひるがえる。ちりちりと干からびていく。つたの蔓が念波攻撃を受けて壁からひきはがされる。まるでいきているように空中で蛇のようにのたくっている。錆鉄色のつたの葉が宙にとびちる。
 しゃりしゃりに乾き、粉末となって降ってきた。その粉末の霧の中に人型のだが異界のものとわかるものが浮かびあがってきた。
「こんどの攻撃はつよいですね。みてまいりましょう」
「でないほうが、いいわよ」
 夏子の制止が聞こえていたはずだ。雨野は外にとびだした。
「爺はよろこんでいるのよ。わたしが戻ってきたので、生き返ったようなものね」
 それが、文字通り棺から再生したのだとは、さすがの隼人もまだわからない。
 雨野京十郎は目覚めた。この屋敷も忽然と現れた。これだけの屋敷があれば評判になっていたはずだ。
 雨野も屋敷も長い眠りから目覚めたばかりなのだ。

6

窓越しに雨野が庭を走るのが目撃できた。
雨野の前方で芝生が盛り上がる。

   赤い蔦

       


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吸血鬼/浜辺の少女        麻屋与志夫

2008-04-24 14:22:57 | Weblog
4月24日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 13 (小説)
ひんやりとした夏子の唇の感触が、夏子の家にむかっている隼人の唇にある。夏子のことを思っただけで胸の動悸が高鳴る。体が熱っぽくなる。すきだぁ。夏子のことすきだ。おれの恋人はバンパイァだぁ。と心の中でさけんだ。夏子はたぶんバンパイァとよばれることをいやがるのだろう。
 照れ屋の隼人にやっと恋人ができた。それも会ってすぐの、一目ぼれの恋人だ。
 A BOY MEETS A GIRL. そして恋におちる。 こんなことがおきるとは夢にもおもおわなかつた。あったとたんの恋人宣言。
 夏子の邸宅は、街の西南の地、鹿沼富士の裾野にある雑木林の奥にあった。隣接して五月カントリー倶楽部がある。なんども通った道のような既視感があるのは夏子の記憶が隼人の脳にプリントされたからだ。
 鋳鉄製の先は槍のように尖った塀にとりかこまれている。襲撃にあったあとだ。隼人は木刀を身にかくして門をくぐった。ちらりとみた表札は、雨野京十郎と時代がかったもの
だった。
「画材はすべてそろえてあるわ」
 再会の第一声、夏子の唇から洩れた言葉がそれだ。
「おもうように筆をすすめるのよ。隼人の感性のときめきのままに……描いていけばいいのよ……」
 夏子がよりそってくる。
 柑橘類のイイ匂いがする。なんていう香水なのか。夏子の体臭なのかもしれない。キスしたいのをがまんする。
 隼人は夏子をモデルに絵をかきつづけた。
 ずつとむかしから夏子をモデルにこうして絵をかいてきたような心地がする。心が高揚している。
 どうしていままで、人物を描かなかったのか不思議だった。なつかしい人に会えた。隼人は母の顔をしらなかった。剣道の師範である祖父に育てられた。これからはこの人だけを書きつづける。やっと絵筆をとることができた。絵を描くことはあきらめていた。実技はなかばあきらめていた。それで、西洋美術史を専攻していた。
クラブ活動ではときおり油絵を描いていた。たのしくはなかった。それが嘘みたいだ。夏子とむかいあって、彼女の肖像を描いているとふつふつと意欲がわきあがってくる。そんな隼人を夏子は愛おしそうに目を細めて眺めている。
全国大学美術連盟の秋の展覧会にはひさしぶりで出品してみよう。落選つづきだ。
 おなじ美術部に属する仲間の川島信孝は大判の画集の並んだ書架に、美術展での受賞の証として、金色にきらめく賞牌や楯を飾っている。それをみせつけられて屈辱感に苛まれた。
そのあげく、あきらめた油絵だ。
そのあげく、すてた実技だ。
やはり絵筆をとるのはたのしい。快楽だ。オイルの匂いもいい。絵筆がキャンパスをはしる筆触がここちよい。心のおもむくまま筆がはしる。何年もこうして夏子を描きつづけてきたようななつかしさがある。芸術家だけがあじわえる至福の時だった。純粋な存在に隼人と夏子はなっていた。クリスタルの中で生きているようだ。
「その気持ち。それがいいのよ」
 夏子の見えない髪がのびてきて隼人の精気をすいとる。
「ああ、すてき。すばらしいわ。こんなに純粋な精気をすうのははじめてよ」
 隼人と夏子の心が交感しあっている。
 隼人のよろこびは、夏子のよろこびだ。
 夏子に精気をすわれることによって、隼人はさらに高い芸術の境地へとのぼりつめる。

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