田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-04-28 09:45:29 | Weblog
4月28日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女 20 (小説)
 道場がいつものように静かになった。
 隼人は鹿沼土の寝床に横になった。夏子が隼人の腕を枕として、顔を寄せてくる。
 悲しみと寂しさの陰りが青白い顔にある。月の光が武者窓から射している。
 夏子が直接心にひびいてくる声で話しかけてくる。
「母の育った道場にいるなんて夢のようだわ。明日は大谷にいってみましょう。そこに、雨野はとらわれているの。それに……母がいく世紀にもわたって仮死の状態で生きているの。会いたいな。もう、百年以上も会ってない。会いたいわ。母は、わたしたちの出会いをよろこんでくれるはずよ」
「ぼくも、夏子のお母さんに会いたい。似てるの」
「それはもう、そっくりだといわれていたわ」
 夏子は遠くを見ている。夏子にとっての過去とは、どれほどのものなのだろうか。人間はかならず死をむかえる。ぼくが死んでも夏子は永遠に生きている。夏子の遠い未来の記憶の中でぼく生きつづけていることだろう。
「隼人にも一目でわかるわよ」
「たのしみだなぁ」
「隼人の腕、たくましいのね」
 隼人はその腕で夏子をだきしめた。
 夏子がさらに顔をよせてくる。
 ふたりの唇が、道場の鹿沼土の寝床で、触れあった。
 夏子があえぐ。
「夏子すきだ。愛している。愛している。ずっとむかしから、ぼくらは出会い、愛しあう運命にあったような気がする。むかしからの約束だったような気がする」
 夏子はじっと目を閉じている。
 一筋の涙が頬をつたっている。
「ああ、鹿沼にもどってきよかった」
 幸せそうな声なき声が隼人の心にしみてくる。
「鹿沼にもどってこられて、よかった。隼人に会えてよかった」
 夏子が隼人の唇を吸う。
 甘い香りが夏子からたちのぼる。バラの庭園にいるようだ。
 ふたりはだきあつたまま、心で話しあっている。やがて、眠りがやってきた。

9

 大谷石の地下採掘場跡に隼人と夏子は真紅のルノーを走らせていた。
 一夜が明け、鹿沼土の寝床で癒された夏子は体力が回復していた。
「はやく雨野をたすけにいきましょう。母にも会いたい」
 そこにはだがしかし鹿人が待ちうけている。
 昼でも暗い。地下百メートルをこえる廃坑。
 大谷石を掘りだした跡の迷路のような廃坑。
 地下道がからみあい、もともと自然に存在していた洞窟をつなぎ、人間が迷いこんだらでてこられない。人外魔境の迷路。大谷。大夜。大いなる夜の一族の牙城にふたりはのりこもうとしている。そこが文字通りの、吸血鬼の牙の城だということをいまは知ってしまった隼人だった。
「夏子を、なつかしく想い、一目ですきになった理由もこれでわかりました。ぼくらはつながっていたのですね。後ろ姿だけなのに、浜辺の少女がすきですきで毎日のように美術室のポスターを観にいっていた。だから、ふいに現れた夏子に魅かれて……それが浜辺の少女だとすぐにわかって……」
 隼人の愛の告白だった。生きて帰れないかもしれない。

コメント
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