田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

パソコンの中のアダムとイブ

2008-04-08 05:43:12 | Weblog
4月8日 火曜日
パソコンの中のアダムとイブ 8 (小説)
 田川の河川敷に段ボールと青の防水シートで仮設したがある。 
 そこに住むホームレスの老人が、水死体となった美智子の発見者だった。
「きれいな顔の仏さんだね」
 駆けつけた警察官に老人は話していたという。
 薔薇の花にかこまれて浮いているようだったのだろうか。
 花にかこまれて流されていくオフェリヤーのようだったのか。村木は妻の死を美化したかった。でなかったら彼女の生涯が哀れ過ぎた。
 妻はわたしの原稿をだきしめていた。愛するものをだきしめるように。
 警察の霊安室で美智子にあった。
 美智子はかわりはてていた。
 体は傷だらけだった。流される過程で岸のコンクリートで擦れたのだろう。顔にそれがないのがすくいだった。毎朝、妻が鏡台にむかってお化粧している姿をみるのがすきだった。
 朝起きるとまず洗顔する。化粧水。びょう液。アイクリーム。クリーム。下地クーム。フアンデイション。粉化粧。まゆ。アイシャドウ。ほほべに。口紅。
 とくにルージュをぬって、化粧の出来栄えをじっとみつめている顔がすきだった。今日はどんな日になるかしら。期待にきらきら光った目をしていた。
決して開くことのない閉じられた目をみるのはつらかった。
「死化粧をしてやっていいですか」
 そうことわってから、村木は持参のシャネルの口紅をぬった。妻の唇はひえきっていた。
 薔薇の花にうもれたようだった。というのは村木の思いこみだった。
 芥にかこまれてぷかぷか浮いていたのだろう。
 腐敗した野菜くずの中で……死んでいたのだ。
 腐った小動物とともに、浮かんで、いたのだ。
 鉄柵があるので、釜川から流れてきた夾雑物はすべてそこに集まる。泳げないので、あれほど水をこわがっていたのに……水死するとは……そう思うと哀れでならなかった。青くなった唇に朱をさしてやっていると、涙がとめどもなく流れた。妻の顔に涙をこぼしなから、ゆっくりと口紅をつけてやった。唇と唇をつよく合わせて口紅ののりぐあいをたしかめている妻の顔。もうみられない。葬式がすめば灰になってしまう。
 入水して死んだ作家の名を冠した文学賞への、村木の応募原稿を胸にかかえての水死。なにか、因縁を感じた。涙がながれていた。村木は、狼狽し、ただ嗚咽をもらすだけだった。口紅をぬりおわった。それでも、立ちつくし、泣いていた。

 あれほど妻を愛していたのに、村木はキリコと再婚した。

to be continue