田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

パソコンの中のアダムとイブ  完   麻屋与志夫

2008-04-13 11:14:32 | Weblog
4月13日 日曜日
パソコンの中のアダムとイブ 14 (小説)
あれは偶発的なことではなかった。交通事故ではなかったのだ。いつも配達にきていた宅急便の運転手とキリコで共謀した殺人だった。保険金目当ての殺人でわたしも美智子も殺されたのだ。
 いまのわたしには、すべてがコンピューターなみの速さで理解できる。
 殺してやる。美智子を土手から突き落とした。滑落したわけではなかった。トラックドライバーに殺意を放射する。男はキリコといちゃついている。わたしはそれをスクリーンをとおしてみている。画面が青白くもえている。男の巨根がキリコの性器に埋没していく。
 わたしは、殺意ある嫉妬にかられた。なんだ。まだ枯れていない。まだまだ人間だ。金が目的の殺人は正当化されるものではない。わたしたちは、保険金目的の計画殺人の犠牲者だった。わたしは報復の手段を模索した。
「あなた、おやめなさい。いまさらそんな感情はすべてむなしいことを知りなさい」
 そうだ。やっと、美智子と共生できるようになったのだ。
 ほかのことは、どうでもいいじゃないか。
 人間の感情を支配してきた嫉妬や憎悪。殺意。すべて昇華されるべきものだ。
 そうすれば、人間はより高次元の存在となれるはずだ。
「美智子、こんなところにいたのか。退屈していたろう」
「あなたの小説をよんでいたから。あなたのわたしえの想いをよみとっていたから、寂しくはなかつた」
「おれの小説……?」
「そうよ。そうよ。あなたの小説の、わたしはたったひとりの読者よ。だから、あなたが、はじめてパソコンで書いた小説をゴミ箱の底に隠してしまったの」
「おまえつてやつは」
 たしは、美智子に話しかけながら……涙をこぼしていた。眼球はもはやない。涙がこぼれるはずがない。眼球だけではない。体そのものを失っている。それなのに、健全な肉体を有していたときよりも、目から涙をながす感情がよく感じられる。
わたしは美智子の死の真相も知らずにいた。
若い女と再婚した。
美智子はそのことについてはなにも触れなかった。
彼女の寛容さが痛々しかった。
辛かったろう。悲しかったろう。ここからわたしたちの生活をじっと見つめていたのだ。
こんな暗がりに閉じ込められて。でも、そのことには、なにも触れてこなかった。「これからは、いつもいっしょね」
美智子のことばの手がのびてくる。
「もうどこへもいかない」
「ずっと、ずっとあなたといられるのね」
「ずっといっしょだ。ことばを紡ぎあって美しい織物をふたりで織上げよう」
「うれしいわ」
 わたしはかってないほど身近に美智子を感じている。
 わたしたちは、ことばだけの、文字と音声だけの存在になった。
 わたしたちは電脳空間のアダムとイブになった。
 パソコンの中のアダムとイブ。
 わたしたちの愛は不滅だ。
 なぜなら、言葉は神だ。
 神は、死なない。

       

コメント
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