田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-04-17 19:34:10 | Weblog
4月17日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 5 (小説)
 風景がゆらぐ。卓と椅子、コーヒーカップ、あらゆるものから現実感がうすらいでいく。
 夏子はとほうもない歳月を生きている。少女の顔のおくにはどんな顔がひそんでいるのだろうか。
 髪のなかに埋まった男の目で隼人は夏子をみつめた。
「こわがらないで。あなたの血を飲み干すようなことはしないから。わたしは血を吸うことのできない吸血鬼なの。わたしは、美に賭ける若者の精気を吸って生きていける、変わり種なの。マインド・バンパイアなの」
 夏子がほほ笑む。
 不死の少女のさびしそうな笑みだった。

2

「もっと街をよくみてみたいわ」
 街のたたずまいをみはらしたい。全景がみたい。というのが夏子の希望だった。
 屋上にでることにした。エレベーターの前で肩をならべる。 
 階下から上がってきたboxにはふたりの男がのっていた。
 夏子をみて男たちが両脇にのいた。
 原色の派手なアロハとポロシャツの男たち。
 ポロシャツはユニクロ製ではない。
 こしゃくにもブルックス・ブラザーズ。それも金の羊の刺繍が胸にある古いタイプのものだ。
 ふたりは陰惨な体臭をただよわせている。
 ふいにポロシャツ男が夏子の腕をしめあげる。ほほに傷がある。爬虫類をかんじさせる青黒い肌。にたにた笑っている。停車場坂で感じた視線はこいつらのものだった。狙われていた。
アロハ男は夏子と隼人のあいだに割ってはいる。
「田村。このねえちゃんに、つきあってもらおうか」
「屋上でかわいがってやろうぜ。鬼島」
 夏子の腕をとらえたポロシャツ男が鬼島。アロハが田村。
 いままでの隼人と夏子の会話。異界について交わされた会話。とは、なんというちがいか。あまりにも卑俗。あまりにもゲスなことばだ。
 隼人は体も精神も剣道で鍛え上げていた。だからこそ、だれにも脅かされたことはなかった。
 だが、修羅場に直面したことはない。修羅場をくぐったことはない。
 体がふるえた。それでも鬼島の腕にくみついた。剣士としての誇りからだ。夏子を守ろうとする健気な勇気からだ。
「夏子さん。逃げて」
 ドアが開いた。どっと屋上にでる。
「バカが」
 鬼島の手が隼人の首をないだ。よけた。つぎの瞬間隼人が鬼島のながれる腕を逆にとる。鬼島をなげとばした。しかし、鬼島は両足で着地をきめる。ニャッと笑う。ナイフをとりだす。
夏子がそのすきに隼人と背中合わせにたつ。ふたりを迎え撃つかまえだ。
「あらあら、たいそうなお出迎えね」
 鬼島のかまえているのは大型のバタフライナイフだ。銀色に光っている。
 威嚇するために、チャカチャカと音を加速させて、間合いをつめてくる。 
 アロハ男の田村のほうは冷酷な顔で夏子と隼人をねめつけている。
「たいそうな歓迎ね」
「もどってきてはいけなかったのだ。ラミヤ姫」
「よくごぞんじだこと」
「永久追放のはずだった」
「どうして、わたしがもどってくるのがわかったの」  
 ふたりの男の青黒い肌が、鱗状に光る。
 鬼島に夏子がといかける。返事はない。
「あんたらに、とやかくいわれるスジはないのよ。鹿人(しかと)お兄さん指令かしら)
 ラミヤ姫とよびかけられた夏子が高らかに哄笑した。
 宵闇がせまっていた。
「暗くなるほど、この娘は力をますぞ。はやくかたづけようぜ。田村」

        
  ムンク 心


吸血鬼/浜辺の少女         麻屋与志夫

2008-04-17 06:37:39 | Weblog
4月17日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 4 (小説)
ホテルの最上階にあるレストラン『ソラリス』の卓にふたりはついた。
「カプチーノ」
「ぼくもおなじもの」
 ウエトレスがさっていく。
 レストランの壁にはふさわしくないポスターがはられていた。
『綿貫総理大歓迎』
 総理夫人の出身が鹿沼だ。首都機能移転地として那須を視察にくる。ついでに鹿沼にもよるらしい。そういえば、歩道のパイプ製のガードレールにも『歓迎 綿貫総理』の幟がたちならんでいた。ただし、前東京都知事である総理は首都圏の那須移転には反対していた。
 ポスターを眺めていた。社会情勢にめずらしく思いをはせていると、少女が話しかけてきた。ふたりでむかいあって席についた。なにをはなしたらいいのか。隼は戸惑っていた。
「さあ、この街のことをきかせて」
 こころにひびいてくる声だ。とても耳できいているとは思えない。きれいな声だ。
「ひさしぶりなのよ……」
 少女は、なつかしそうにピクチャウインドウから眼下の川を見下ろしていた。
 澄んだ流れ。清流といってよかった。
 街中を川底までみえるような澄んだ川が流れている。ゆったりと蛇行しながら鹿沼の街を流れる川。白鷺や小鳥が水面をとびかっている。
 河川敷は広々とした公園になっている。いろいろな遊具がある。子どもたちが、ブランコやすべり台で遊んでいる。離れているので声はきこえない。
 コスモスの咲きかけているロータリーの周囲を散歩しているひとたちがいる。
 平和な去り行く夏の夕暮れ時。
「黒川。黒い川。たしか……そんな名前の川だったわね。わたしの名前は、過ぎいく夏をなつかしみ、夏子。黒川夏子。平凡な名前かもしれないけど、どう……おきにめした」
 彼女はひとの心をよめる。予知能力でもあるかのように、こちらの心をよんでしまうのか。
「どういうことなのですか? ひさしぶりなんて。あなたはまだ少女だ。ぼくをからかっているのですか」
「隼人さん。わかっているはずよ」
「ぼくの名前をどうして」
 夏子が隼人の耳に唇をよせてささやく。
「わたしは……バンパイアなの。100と数年ぶりで故郷の鹿沼の土が恋しくてもどってきたのよ。わたしは時の旅人。時空を超えたもの。……隼人、ムンクのような絵描きになりたい? してあげられるわよ。隼人がつけてきたときから、オイルの匂いがしていたわ。あなたが絵を描いていることはわかっていた。わたしには皐隼人。あなたを日本のムンクにできるのよ。だって……わたしは隼人が思ったように〈浜辺の少女〉。そしてムンクの銅版画。〈吸血鬼〉のモデルですもの」
 隼人はムンクの描いた〈女の髪に埋まる男の顔〉を思い起こした。
 男のあの恐怖。あれはほんものだった。
 体験にうらうちされた恐怖だった。
 美しい恋人は、この世のものでない。秘密をしってしまった恐怖。
 長く横にのびてきた髪に埋まり恍惚として恐怖する。あの死への招待にふるえる顔。
 吸血鬼の髪にからめとられたおののきとよろこび。
 男の心象が隼人の心にひびいてきた。
 あれはまさに、吸血鬼に恋した男の顔だった。
 男をとらえた金髪が……いま……たゆたゆとのびて隼人に迫る。
 髪の色は……黒髪にかわっていた。
 美しい。
 夏子さん。あなたは美しすぎる。
 金縛りにあったように身動きできない。

       
  ムンク 魅惑2

       
  ムンク 女の髪に埋まる男の顔