■ Bachのコラールこそが、和声を学ぶ最良の教科書 ■
2012.12.13 中村洋子 Yoko Nakamura
★アナリーゼ講座を終えた後、「 和声をもっと勉強したいのですが、
いい教科書を教えてください 」 というご質問を、いつも受けます。
あるいは、講座の後、和声の教科書を買ってお帰りになる方も、
いらっしゃるようです。
★しかし、残念ながら、和声でお薦めできる教科書はございません。
さらに、日本で出版されている教科書の和声記号には、
日本独特の、特殊な約束事が多く、世界では通用しないものなのです。
★和声を学ぶための、ベストの教科書は ≪ Bachのコラール ≫ なのです。
Bachのコラールは、短いもので 10数小節、長くても 数10小節です。
その中でも、四声体で書かれたものを、お薦めします。
★コラールの起源は、宗教改革を推し進めた、
Martin Luther マルティン・ルター(1483~1546)に遡ります。
ドイツ・プロテスタント教会で、信徒である普通の人々が、
カソリック教会のようにラテン語ではなく、
日常使う平易なドイツ語で、韻を踏み、
簡単に歌うことができるように、作られた曲です。
音程も、1、2、3、4、5度 音程が、多く、
難しい跳躍音程は、ほとんどありません。
それが、時代とともに、四声体コラールなどに進化していきました。
★四声体コラールとは何か?
ソプラノ、アルト、テノール、バス、つまり、女声二声 + 男声二声の曲です。
Bachは、いろいろな楽器や人声で演奏できるコラールをたくさん書いていますが、
例えば、≪ Herzlich tut mich Verlangen
私は心から望みます ≫ BWV 727という、
有名なコラールが、あります。
ソプラノ声部は、Hans Leo Hassler (1564~1612) という人の旋律、
詩は、Christoph Knoll (1563~1621) 作で、
Bachは、これに和声を付けています。
★このコラールは、そもそもはオルガン用に作られた 12小節の短い曲です。
それを、まず、ピアノで何度も弾くことをお薦めいたします。
そうしますと、これが、実は ≪ Matthäus-Passion マタイ受難曲 ≫ で、
何度も出現する、あの有名なコラールであることが、分かってくるでしょう。
★壮大なマタイ受難曲に、使われているだけでなく、
≪ Weihnachts Oratorium クリスマスオラトリオ ≫ の最終曲でも、
この偉大なコラールが、オーケストラの中に 四声体合唱として、
姿を、現してくるのです。
★上記以外にも、Bachは、 Hasslerのこの旋律をソプラノ声部として使い、
多種多様な曲を、作り出しています。
これこそが、和声付け、つまり、和声の教科書と呼ぶべきものなのです。
「 和声学 」 の分野では、「 ソプラノ課題 」 とされるものです。
ある旋律をソプラノ声部とし、その下のアルト、テノール、バスを、
創作する訓練です。
★和声を身につける最良の道は、次のような作業であると、思います。
① この Bachのコラールを、自分の手で書き写します。
② 毎日、それをピアノで弾きます。
③ 頭と指に和声を、叩き込む。
★その際、和音のⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ を、
見分けることが出来れば、便利です。
頭で考える前に、是非、1週間、1ヶ月と毎日、実行してください。
必ず、得るものがあります。
★ Bachは、このソプラノの旋律に、多様な和声をつけています。
しかし、その各曲に付けられている詩の内容は、異なっています。
★例えば、≪ Herzlich tut mich Verlangen
私は心から望みます ≫ BWV 727 の詩を、訳してみますと、
一番: ≪ 私は、心から安らかに息を引き取ることを望んでいます。
なぜなら、私は悲哀と不幸の真っ只中にいるからです。
私は、この酷い世界から逃れたい、永遠の喜びを見たいのです。
おお、イエスよ、直ぐに来てください ≫
二番: ≪ いま、私は全く一人きりで、主キリスト、あなたに向かおうとしています。
私に安らかな最期を与えてください。私にあなたの天使を遣わせてください。
私を、あなたが得ている永遠の命に導いてください。
そこでは、あなたは私の罪の重さのために、あなたの命を犠牲にしたのです ≫ (中村洋子訳)
★この詩は、Bach より 100年ほど前の、
Christoph Knoll (1563~1621) の作です。
流行病がはやり、厳しい身分制度の中で、人々は苦難に喘ぎ、
振り絞るような心の叫び、といえるかもしれません。
★一方、≪ Weihnachts Oratorium クリスマスオラトリオ ≫ は、
キリストの生誕を祝う、明るい曲です。
Hassler (1564~1612) の旋律は、ここでは、最終曲以外に、
第 5番目の ≪ Wie soll ich dich empfangen
私は、あなたをどのようにお迎えしましょうか、
どのように、お会いしましょうか。
全世界が、あなたを待ち望んでいます。
私の心の誇りよ。
オー、イエス、イエス、松明を自ら掲げてください。
・・・ ≫ (中村洋子訳)という、
イエスの誕生を、わくわく待ちわびる、期待と喜びに満ちた曲にも、
使われています。
★死への渇望と、キリストを待ちわびる期待。
この対照的な、二つの感情を表現する曲に、
同じ旋律が、使われています。
和声の付け方により、同じ旋律でも、喜びと悲しみという、
両極端の感情を、創り出すことができるのです。
これが、≪ 和声 ≫ なのです。
★同じ旋律ということではありませんが、
≪インヴェンションとシンフォニア≫ では、
重く深淵な 9番に対し、次の 10番は、喜びに溢れています。
正反対の感情が、表裏一体のものとして表現され、その二つを、演奏することにより、
完結するのです。
★12月 14日の「 KAWAI クリスマス・アナリーゼ講座 」 では、
≪ Herzlich tut mich Verlangen 私は心から望みます ≫
BWV 727 の、旋律が使われている、
他の幾つかのコラールを、比較することにより、
各々の和声の特徴を、明らかにします。
さらに、それらをどのように勉強したらいいのか、
レッスンに、どう生かすか、
ソルフェージュへの応用について、詳しくお話します。
★幸いなことに、≪ Herzlich tut mich Verlangen
私は心から望みます ≫ BWV 727について、
私たちは、Whilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプにより、
オルガンとピアノ両方の名演奏を、CDで聴くことができます。
★オルガンは、1954年 11月、広島平和記念聖堂での生演奏です。
コラール ≪ Ich ruf zu dir, Herr Jesu Christ
私はあなたに呼びかけます、主イエス・キリストよ ≫ と共に、
「 Kempff Transcriptions and Encore 」PROA-20 、
に収録されています。
この二曲が、ヒロシマに最も相応しい曲、と Kempff は考えたのでしょう。
≪ Ich ruf zu dir ≫ は、11月のアナリーゼ講座で、取り上げました。
★些細なことのようですが、この CDの解説には、
「 われ汝に呼ばわる 」という、大時代がかったひどい訳がついています。
誰でも分かる、平易な、普通の日常ドイツ語でのコラールを目指した、
Martin Luther マルティン・ルターの意図とは、かけ離れています。
★ピアノ演奏は、Decca 480 1288 に入っています。
私の著書です、バッハ、ショパン、ラフマニノフなど大作曲家を一層、
深く、理解できるようになると思います。
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20160203
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先生の記事を拝見し、途中の「和声を身につける最良の道は・・・」という星の1つしたの☆には、和音の何を見分ければ便利です、と書いていらっしゃったのでしょうか。