音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律・第 1巻 6番「 フーガ 」に現れる、ストレッタの魅力■

2010-07-12 01:33:32 | ■私のアナリーゼ講座■
■平均律・第 1巻 6番「 フーガ 」に現れる、ストレッタの魅力■
                 2010・7・12   中村洋子


★私の「 平均律・アナリーゼ講座 」に、出席された研究熱心な方で、

さらに「 勉強したい 」と、市販されている平均律の解説書を、

購入される方が、かなりいらしゃいます。


★正直申しあげまして、それは、非常に危険です。

日本で市販されている解説書は、ぼぼ、問題がある内容と、

言わざるを得ません。


★14日( 水 )に開催します「 平均律講座 」は、第 1巻 6番です。

「フーガ」 6番について、対談形式の権威あるとされる解説書を、

見まして、つくづく、悲しくなりました。


★その部分を要約しますと、以下のようです。

≪ このフーガは書かれ方が、かなり不規則。

三部形式とみなすこともでき、フーガというよりも、

インヴェンションに近いのです。

いわゆる対位法的楽曲ですね ≫

≪ ストレッタみたいなものがあったり・・・ ≫


★これを読んで、「 なにを主張しているのか、理解できない 」と、

お思いになる方は、ご自分の判断が正常である証拠、とお思いください。


★このお二人は、≪ 規範フーガに則ったもの以外は、

フーガでない ≫という、誤った偏見に,

とらわれています。

「 規範フーガ 」 という考え方と、形式は、

そもそも、バッハの時代には存在していません。


★「 規範フーガ 」 は、フランス語で「 フューグ・デコル

=学習フーガ 」と言われ、学習用のフーガの雛型 (ひながた ) を指し、

それ自体、芸術作品ではありません。

「 規範フーガ 」に習熟し、そのうえで、

バッハの本物のフーガを、見ますと、どこが違うか、

即ち、どこがそのフーガの個性であるか、

瞬時に見分けることができ、大変に便利です。


★また、モーリス・ラヴェルは、

曲集「 クープランの墓 」の「 フーガ 」を、

「 規範フーガ 」の形式で作曲していますが、これは、

彼一流のユーモアで、学習用の形式でも、このように、

素晴らしい芸術作品ができる、という実証です。


★上記の対談本は、「 規範フーガ 」 に則っていない

バッハのフーガを、≪ フーガというより、

インヴェンションに近い、いわゆる対位法的楽曲 ≫と、

意味不明の、説明もどきがなされています。


★ここで使われている ≪ インヴェンション ≫ の意味も、

さっぱりわからないうえに、≪ 対位法的楽曲 ≫ という漠然とした、

これも意味不明の用語がつかわれています。


★多分、「 インヴェンション 」 を、自由な形式で書かれたもの、

という捉え方で、そのように説明されたのでしょうが、

インヴェンションこそが、実に、これ以上ないほど、

厳格な形式で書かれていることは、既に、

「 インヴェンション全 15回講座 」で、お話いたしました通りです。


★ 14日の講座で、詳しく説明しますが、少年バッハが、

手で書き写し、研究したフィッシャーの鍵盤楽器の作品集は、

規模の大きいものは、 4作品が知られています。

そのうち、 2作品集は、前奏曲とフーガを、

あたかも、平均律クラヴィーア曲集のように、

並べているものです。


★その中のフーガは、概して、短く魅力的なものが多いのですが、

上記の先生たちの基準に、照らし合わせますと、

≪ フィッシャーは、フーガと言える曲は書いていない ≫

という結論に、達します。


★彼らが、この 6番フーガを、“ 本物のフーガ ” と、

認めない理由は、「 規範フーガ 」のストレッタは、

曲の 3分の 2以降のところで、展開すべきもの、

という考えに、囚われているからです。


★「 ストレッタ 」とは、フーガの主題や対主題を、

奏し終えないうちに、次の主題や対主題が、

重なって始まる、という技法です。

「 カノン 」 という、大きな枠組みの中の一種、といえます。


★これを、 3分の 2以降で使うということは、

曲が緊迫したものになるという、極めて学習的な理由からです。

そのように覚え、作曲しますと、

自然に、クライマックスを作ることが、習得できるのです。


★バッハの、全 44小節から成る 6番のフーガは、

13小節目で既に、第 1ストレッタが始まり、その後、

嬉遊部 (英語= エピソード、仏語=ディヴェルティスマン )と、

交互に、ストレッタが、 34小節まで、現れます。

このストレッタと嬉遊部が、交互に出現することこそが、

この 6番フーガの真骨頂なのです。


★溜息の出るような、美しい傑作フーガです。


★第 1番のフーガも、すぐにストレッタが出てくるため、

上記の先生方は、≪ 不出来なフーガ ≫ とおっしゃっています。

このような説が、まかり通るのは、日本だけですので、

くれぐれも、ご注意ください。


★バッハをもう一度、勉強しようと思われた場合、

講座で、ひとつでも、心に届いたものを、その後、

ご自身で追及していくべきである、と思います。

自分が納得して育て上げたバッハは、「 本物のバッハ 」です。

バッハ自身、数多くの弟子や息子たちに、

それぞれの個性に見合った演奏法、表現法を、

薦めているからです。


★意味不明の解説本を読んで、再度、バッハ嫌いになり、

バッハから、離れてしまわれないよう、

心より、願っております。



                      ( 檜扇水仙 )
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