■5月16日アナリーゼ講座≪「平均律1巻と、それを源泉とする名曲」第1回≫は延期■
~チャイコフスキー「四季」の四月(雪割草)の、心の揺れを表す巧みな和声~
2020.4.17 中村洋子
★4月7日、新型コロナウイルスの蔓延で7都府県に
「緊急事態宣言」が発令され、16日には全国に拡大されました。
5月16日に予定しておりました
私のアナリーゼ講座
≪「バッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻」と、この「1巻を源泉と
する名曲」≫ 全3回の 第1回
≪「平均律1巻第9番」と関連の「モーツァルト
ピアノソナタ K545 C-Dur 第1楽章」≫
https://www.academia-music.com/images/pc/images/2020-1_Analyse_new.pdf
は、9月12日に延期となりました。
★第2回は、Beethoven 生誕250年特別講座として、
9月12日の予定でしたが、来年1月23日に、
第3回は5月に順延となります。
https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
★今年は、1770年生まれのBeethoven ベートーヴェン(1770-1827)
生誕250年となりますが、コロナ禍の大変な年となってしまいました。
★人間界とは別に、自然は美しい四月です。
Tchaikovsky チャイコフスキー(1840-1893)の
「四季(The Seasons)」の、巻頭エピグラムを、
ドイツ語から意訳してみました。
★四月 雪割草
淡く澄み青い雪割草の花
周りには名残りの雪が透けて見える
過ぎ去った深い悲しみの涙
そして新たな幸せの夢
★Tchaikovskyの「四季」12曲中、唯一この≪四月「雪割草」≫
のみ、自筆譜が残されていません。
https://www.academia-music.com/products/detail/161511
自筆譜から学べることは、驚くほど多く、
行方不明は残念ですが、早春の繊細な美しさに溢れた曲です。
★その理由の一端は、心の揺れを表現するかのような
巧みな「和声」にあります。
★それではTchaikovskyの「和声」を少し、眺めてみましょう。
冒頭1、2小節は、「B-Dur 変ロ長調」の主和音から属七の和音へと
進行するごく当たり前の和音です。
下声の掻き立てるような三和音の連続は、
春の到来を喜んでいるかのようです。
1小節目の上声「g¹」と「a¹」は、主和音の和声音ではありません。
★この非和声「g¹」「a¹」をどう解釈するか、
二通りの答えがあるでしょう。
その一つは、前後の和声音「f¹」「b¹」とをつなぐ「経過音」と
とらえることです。
もし、この場合、slur スラー の位置が冒頭音「f¹」から掛かって
いましたら、ほぼこの考えが妥当だと思われます。
★しかし、冒頭音「f¹」にこのslur スラー は、掛けられていません。
そうなりますと、和声音の「f¹」と「b¹」をつなぐ経過音という
設定には少々無理が感じられます。
実際、冒頭のアウフタクト「f¹」の所属する和音は、
1小節目や2小節目のように、左手の和音が付けられていないため、
和声は確定できません。
この「f¹」の所属する和声は、主和音Ⅰではなく、
属和音Ⅴの可能性も、考えられなくはないのです。
★経過音は、基本的には同一和音内の和声音と和声音とを
つなぐ音ですから、ますます「g¹-a¹」経過音説は、
厳しくなります。
★Tchaikovskyが、1小節目の「g¹」をslur スラー で始めた訳は、
もう一つ考えられます。
「b¹」の和声音に対して「a¹」は、非和声音の倚音、
「g¹」は、その倚音に対する倚音という考え方です。
★倚音については、当ブログでこれまでご説明しておりますので、
ご覧ください。
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■Chopin Prelude No.6 の「倚音」の秘密、それを解いた Sofronitskyの名演■
2014-08-23
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/44e26d4e158635b1b33654daf9cef0d8
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★「g¹」と「a¹」は、「b¹」の倚音であるととらえますと、
「g¹」からslur スラー が始まった理由も分かります。
★まとめますと、、第1番目の考え方である
「g¹」と「a¹」を、「f¹」と「b¹」をつなぐ「経過音」と、
とらえますと、「f¹」から始まる「b¹」に至る、
なだらかで温和な旋律となりますが、
slur スラー の解釈が少々困難です。
★それに対し、「g¹」と「a¹」は、「b¹」に対する「倚音」であると
しますと、「g¹」は「a¹」に、「a¹」は「b¹」に、
心躍るように進行します。
”春のときめき”ですね。
★もし、自筆譜が残っていましたら、そこの筆致により、
Tchaikovskyの真意が伝わるような気がします。
★さて、1、2小節は、「B-Dur 変ロ長調」でしたが、
このまま順当に進行しますと、3、4小節は「B-Dur」の下属調、
明るい「Es-Dur」 変ホ長調に、そのまま進行したと、思われます。
★3小節目上声冒頭音を「b¹」に替え、
4小節目下声三和音の真ん中の音「c¹」を「b」に替えるだけで、
安定した「Es-Dur」が続きます。
3小節目は「Es-Dur」 の属七Ⅴ₇の第3転回形、
4小節目は主和音の第1転回形です。
★しかし、Tchaikovskyは明るく華やかな「Es-Dur」に
進行させませんでした。
3、4小節目は長調ではなく、何と「c-Moll」 ハ短調に進行します。
★メランコリックな「c-Moll」 は、クレッシェンドを伴いながら、
5小節目の気持ちの高揚を伴った「d-Moll」に進みます。
この「四月 雪割草」の主調(B-Dur 変ロ長調)は、長調ですが、
短調に転調している部分が多く、長調と短調が目まぐるしく
入れ替わっているとみてもよいでしょう。
★曲頭の詩(エピグラム)の3行目の過去の悲嘆と、
4行目将来の夢を、交互に行き来しているのかもしれません。
★先日、人影のない山中で、ひっそりと咲く「カタクリ」の
群生地を訪れました。
チャイコフスキー「四季」の雪割草は、透き通った青い花ですが、
カタクリの花は、明るい春の紫色。
新芽の梢越しに柔らかい陽光が射し込んでいます。
恐ろしいコロナ禍の蔓延をよそに、季節は着実に
移り変わっていきます。
カタクリの花
★この春は、人間の気配がなく、音が吸い取られてしまったような
路を歩き、片隅で一人華やかに咲く桜たちを見て歩きました。
枝垂れ桜の花房を両の掌で、ふんわりと包み上げます。
清らかな色合い、しっとりとした重み、
花の生命をいただいたような充実感。
日本人の花見の起源は、田の神様をお迎えする節目であるとも、
いわれています。
桜が無数につける花びらは、稲穂の穀粒にも見えます。
明日の豊穣を信じて、勉強を進めてまいりましょう。
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