■Chopin の Polonaise-Fantasie 幻想ポロネーズを、自筆譜から読み込む、No.3■
~ Chopin の counterpoint 対位法 ~
2013.7.20 中村洋子
★私の Bach 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座では、
Bach の counterpoint 対位法 とは、一体何か?
Bach が Europeクラシック音楽の礎となったのは、何故なのか?
について、皆さまと一緒に探求しております。
★Frederic Chopin ショパン (1810~1849) が、
Bach の忠実な後継者、申し子であることは、
たびたび、触れてきました。
その Chopin のほぼ全ピアノ作品の校訂をしました
Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862~1918)も、
Bach一族の中でも、類稀な天才の一人であるのは、
申すまでもありません。
★そして、 Chopin も Debussy も、
「 Préludes 前奏曲集 」 という、
homage オマージュ を、Bach に捧げているのです。
★前回の当ブログで書きましたように、
1小節目 1拍目ソプラノ as1 の 16分音符に続く、
付点 8分音符 es1 ( 1点変ホ音 ) に、
Debussy は、 「 3 」 の fingering を、つけています。
★しかし、この場合、右手で奏します指は、
第1拍冒頭の as - ces1 - as1 の和音で
1指(as) 2指(ces1) 5指(as1) を使っているため、
続く 付点 8分音符 es1 で使える指は、 3指、 4指しかありません。
★5指の as1 に続く es1 は、 as1 からみて完全 4度下行ですから、
5指の後に、手を大きく拡げて、
レガートで 4指を弾くことは、無理があります。
★すなわち、この es1 は、3指で弾くことが自明の理であり、
ほとんどの実用譜に、この 1小節 1拍目 の fingering が、
書き込まれていません。
★では、何故、 Debussy は、この es1 に、
わざわざ 「 3 」 と、fingering を書いたのでしょうか?
★続く 2小節の右手 1拍目 を見てみますと、
1拍目右手 ges1 16分音符と、それに続く
付点 8分音符 「 des1 」 にも、 「 3 」 の fingering が、
書かれています。
これも、 「 des1 」 を、 「 3 」 で弾く以外は、選択肢がありません。
Debussy の fingering は、ミスタッチを避けるためや、
演奏を弾きやすくするためのものでは、決してないことが、
ここからも、よく分かります。
★ それでは、この fingerig 「 3 」 を、どう解釈するのでしょうか。
続く 3小節目に、そのヒントがあります。
3小節目も同じ 1拍目 fes1 の 16分音符、
それに続く ces1 に、 「 3 ⌒ 5 」 の fingering があります。
★まず、 「 3 」 で ces1 を弾くことにより、
1小節目の es1 、2小節目の des1 、3小節目の ces1 を、
つなぎますと、
「 es1 → des1 → ces1 」 の大きな
3度の順次進行下行形の Motiv が、現れます。
★そして、 ces1 の音を打鍵したまま、指を 「 5 」 に替えることにより、
この ces1 が、 「 es1 → des1 → ces1 」 の Motiv の、
最後の音であると、同時に、
3小節目ソプラノの 2拍目 「 heses 重変ロ音 」 の 4指、
「 as 変イ音 」 の 3指へと続いていく、
「 ces → heses → as 」 の、3度の順次進行下行形の、
≪ 開始の音 ≫ であることが、分かってきます。
★1、 2、 3小節目で形づくられる大きな
「 es1 → des1 → ces1 」 の、3度の Motiv が、
3小節目で 「 ces1 → heses → as 」 の、
3度の Motiv 縮小形 diminution として、
凝縮されます。
すなわち、両者の関係は、
「 canon カノン 」 である、ともいえます。
★この手法は、Bach の countepoint 対位法 で、
たびたび、私たちが、体験するものです。
それを、 Debussy が、 fingering で示唆しているのです。
★このシリーズ No.1で、書きましたように、
幻想ポロネーズは、1ページ 5段の横書き、
1段目は、1 ~ 4小節で、 1、 2小節がゆったりと面積をとり、
3、 4小節は、狭いスペースに押し込めるようにして、
記譜しています。
★2段目は、 5小節目から始まりますが、
5小節目のバスは、付点 8分音符 Es に、
B1 の 16分音符が、続きます。
Chopin の自筆譜を見ますと、
この 5小節目 1拍目のバス Es → B1 は、
明らかに 1小節目ソプラノの 1拍目 as1→ es1 に、
対応しています。
★1、 2、 3小節 1拍目冒頭の音 as1 ges1 fes1 の次に、
そのまま、順次進行させますと、
es1 が、到達点となるはずです。
この 5小節目 1拍目冒頭 Es1 は、丁度、
2オクターブ下ですが、
1、 2、 3小節から、 Chopin の周到な設計の上に書かれた
≪ 到達点 Es1 ≫ の音なのです。
つまり、2オクターブ下に下げて、さらに強調しているのです。
★そして、その 2小節後の、
7小節冒頭 ソプラノの 16分音符 es2 と、
それに続く付点 8分音符 b1 の、二つの音から成る Motiv は、
5小節目の Es- B1 に対応する 「 canon カノン 」 と、
みていいでしょう。
★このように、対応する Motiv や canon カノンを探っていきますと、
Bach の countepoint 対位法 と、
全く同じ設計思想で書かれた曲であることが、
分かります。
★それゆえ、 Chopin は、 5小節目を 2段目冒頭に置いたのです。
現代の縦長の楽譜では、 1 ~ 4小節目を 1段に収めるのは、
物理的に無理です。
★しかし、 Debussy 校訂版や、 Henle版などは、
5小節目を、 3段目冒頭に置き、
何とか、1段目 1小節目と対応させているかのように、
みえます。
しかし、 Ekier 版は、1段目 1小節のみ、 2段目 2~3小節、
3段目を 4小節から始めています。
Chopin の意図が反映されていないといえるでしょう。
★講座のたびに、 「 いいアナリーゼの解説書はございませんか 」
という質問を、受けます。
そのたびに、 「 ございません 」 と答えることに、
正直申しまして、疲れました。
★「 Inventionen und Sinfonien インヴェンションとシンフォニア 」 の
Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886~1960) による、
宝物のような、校訂版が入手困難となり、
「 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」 の、
Bartók Béla バルトーク (1881~1945) 校訂版も、
ほとんど顧みられず、
Chopin ピアノ作品の Debussy 校訂版も、
同様に埋もれ、存在すら知らない方が多いのです。
これらの宝物の価値が、分からず、
古いから、として無視されるほど、
現代のクラシック音楽のレベルが、全体的に低下している、
ということが言えるのです。
★上記の校訂版こそが、≪ 最高のアナリーゼの教科書 ≫ なのです。
日本で、「 アナリーゼ 」 と称する解説書が、
多数出版されているようですが、
やたらと難解で煙に巻くようなものであったり、
アナリーゼといえるほどの、レベルのものではなく、
実際の楽曲理解や、演奏、勉強には、
ほとんど、役にたちません。
★今回のブログで、お示ししましたような方法で、
ご自身で懸命に分析し、理解する以外は、ありません。
それこそが、≪ 音楽を勉強し、楽しむ ≫ ということなのです。
これ以外に、方法はございません。
解説書という “ 権威 ” から、安易に ≪ how to ≫ を、
得ようとするのではなく、自分の手で学び、
獲得するしかありません。
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