音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律クラヴィーア曲集 8番の前奏曲とフーガは、なぜ異名同音調か?■

2010-10-10 01:25:12 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律クラヴィーア曲集 8番の前奏曲とフーガは、なぜ異名同音調か?■
             2010.10.10 中村洋子


★10月8日開催の 「 バッハ・平均律アナリーゼ講座 」 は、

いつにも増して、たくさんの方がご参加くださいました。

みなさま、それぞれの疑問をおもちになって、

ご来場されたと、思います。


★バッハが、なぜ 8番を

≪ 前奏曲は変ホ短調、フーガを嬰ニ短調  ≫ で、書いたか?

これは、平均律を学ぶ方にとって、誰しもが抱く疑問ですね。

それについて、日本で出版されている、

最も有名な“ 平均律クラヴィーア曲集解説本 ”は、

マックス・レーガーの弟子だった、

Helmann Keller ヘルマン・ケラー( 1885~1967 )という、

ドイツの音楽学者の説を、引用して、

次のように書いているだけです。


★『 バッハは、このフーガを、まず d moll で作曲し、

それを、半音高い dis moll に書き改めた。

しかし 15、16小節 上声の上行する8分音符行の頂上音

( 16小節最初の音 )の際、当時の楽器の音域の制約のため、

タイで結ばれた現今のように処理せざるをえなかった。

こんにちのわれわれにとっては、この操作がもはや価値を

有していないので、上述の箇所を本来のままで再生しても

差支えない 』。

 ( 日本語が、変なことはさておき )、

これでは、全く説明になっていませんね。


★この前奏曲とフーガが、たとえ、既にあった曲を使って、

作曲し直したとしても、バッハはなぜ、

平均律の他の曲のように、「 変ホ短調 」 に統一するか、

あるいは 「 嬰ニ短調 」 に統一する、

ということをしなかったのか・・・?、

そういう疑問が、当然のこととして、沸々と湧き上がります。

しかし、それに対する答えは、解説書には、ありません。


★講座では、この問題について、私が考え抜いた

本当の理由を、詳しく、解説いたしました。

皆さま、きっと、ご納得されたことでしょう。





★平均律クラヴィーア曲集を、一つの大きな

≪ 変奏曲 ≫ として、眺めますと、当然、

≪ 前奏曲は変ホ短調、フーガを嬰ニ短調 ≫ と、

なるべくして、なっているのです。

逆に、言えば、

≪ 前奏曲は変ホ短調、フーガは嬰ニ短調 ≫ でなければ、

≪ 一つの大きな 変奏曲 ≫ には、ならないのです。

その意味で、平均律 1巻における 7番、8番、9番の、

関連性を、さらに、詳しく検証する必要があります。


★次回、11月16日の 「 講座 」では、

この異名同音調をもつ、≪ 第 8番 の調性 ≫ について、

≪ 第 9番からの視線 ≫ で、

もう一度、分かりやすくお話いたします。


★これが、 ≪ 「調性」や「調号」とは、一体何なのか ≫、

という疑問に対する、

根源的な説明にもなると、思います。

「 ああ、そうだったのか! 」 と、驚かれ、その結果、

バッハを、よりいっそう、身近に、

感じることが、できるようになるでしょう。


★私は大学で、フランス音楽を専門とする、

学者の授業を、取りました。

「 ラヴェルのオーケストラ曲 RAPSODIE ESPAGNOLEを、

一年間かけて、考察する 」 ということでした。

大いに期待して、教室に出かけました。

が、次のような、内容でした。


★ 1曲目「 Prelude a la nuit 」 4小節目 1拍目の、

「 Dをチェロとコントラバス、F をヴィオラとヴァイオリン、

GisとB をハープ、AsとB をクラリネット、

F をオーボエ、AsとB をフルート 」と、

オーケストラスコアを、子細に見れば分かることを、

黒板に、書き写すだけでした。

それを延々と続けることだけが、授業でした。


★どの音を、どの楽器が担当しているかは、

スコアを見れば、誰でも、分かることです。

しかし、それが 「 授業 」 として成り立ち、

昔から、延々と続いているのが、現在の、

日本の一流音大の、実態なのです。


★≪ なぜ、ラヴェルが、Dをチェロとコントラバスで弾かせ、

Fをヴィオラとヴァイオリンで、弾かせたか?

その逆は、なぜ駄目なのか?

ラヴェルの意図は、どこにあるのか? ≫ を、

学生に説明したり、ヒントを与えるのが、

本来の授業であると、思いますが、

それは、全く、ありませんでした。

ラヴェルの個人的なエピソードや、海外の文献などには、

お詳しくても、

ラヴェルの音楽そのものが、どのようなものであり、

どのように、出来ているかは、分析できないのでしょう。





★日本で有名な、もうひとつの、対談式

“ 平均律クラヴィーア曲集解説書 ”には、

 8番について、以下のように評価しています。


★『 このプレリュード、フーガは、

平均律全48曲中一番の傑作だとか、 崇高な音楽だとか

哲学的であるとか言われているけれども、私はどうも

過大評価されているんじゃないかという気がします 』、

『 このフーガは書き込みすぎていてね ・・・』、

『 このフーガの魅力は主題だけです 』、

『 このフーガの弱点は、ストレッタが長すぎることと、

   和音のヴァラエティーが少ないことです 』、

『 一種独特のしつこさみたいなものを、

 おぼろげながら感じてた・・・ 』。


★バッハ 「 直筆譜 」 を広げ、

「楽譜の段落分け ( レイアウト ) 」 を、

つぶさに見ますと、

私は、このフーガが、なんと緻密で、整然と構成され、

若いお弟子さんや子供たちが、作曲の技法を学ぶうえで、

教材として、申し分なく、

さらに、視覚的にも、分かりやすく書かれていることか・・・、

と、見るたびに、いつも感動しております。


★少し、例を挙げますと、

フーガ 1ページ目の 1段目と2段目は、主題の 「 提示部 」 が、

「 ピッタリと 」と、2段で納まるように、書き込まれています。

しかし、次の 3段目は、なんと、10小節目の

 「 真ん中 」 の場所から、始まっています。

それは、 ≪ 3段目冒頭、つまり、10小節目 後半のバスが、

11小節目バスのアウフタクトである ≫ ということを、

視覚的に、一目瞭然で分かってもらえるよう、

敢えて、常識はずれの場所から、3段目を始めていたのです。


★換言すれば、

≪ここから、バスの半音階下行形進行が、始まるよ! ≫と、

バッハ先生は、楽譜を見ただけで分かるように、

本当に親切に親切に、合図しているのです。


★4段目も、14小節目の 「 真ん中 」 から、始まっています。

これも、同様に、常識外れの場所です。

アウフタクトであることを、示すことにより、

ソプラノに 、

≪ ここから、全音階の上行進行が始まるよ! ≫  と、

知らせているのです。


★3段目と 4段目は、半音階と全音階という、

対極的な音階を並べ、対照させています。

演奏するうえでも、作曲技法を学ぶうえでも、

平易で分かり易く、最良の道標と、いえます。


★5段目は、今度は、19小節目の 「 初め 」 から、

開始します。

この小節は、前半が 「 嬰ニ短調 」 の属調である

「 嬰イ短調 」 のカデンツです。

後半は、「 嬰イ短調 」 のバスで始まるテーマを、

「 ストレッタ 」 により、

4分音符の2拍分遅れで、

ソプラノのテーマ ( 20小節目 ) が、

追い掛けていきます。


★奏者は、3段目、4段目の出だしで意表を突かれたため、

次の、≪ 4段目は、何が来るのかしら? ≫

という心理に、なっています。

バッハは、ここでも、「 レイアウト 」 により、一目で、

≪ 新しく始まるのは 「 ストレッタ 」 だよ ≫ と、

分かるよう、親切に、教えているのです。





★バッハの死後、19世紀ごろ ( 定説なし ) に、

学校で教える典型的なフーガの、「 雛型 」 として

≪ 規範フーガ ( 学習フーガ )≫ という形式が、

ほぼ、確立されたようです。


★上記の対談方式の解説書の著者は、

「 規範フーガ 」 に、当てはまらない、という理由から、

この平均律 8番や 1番のフーガを、

単純に、否定しているようです。


★「 規範フーガ 」 では、

ストレッタは、フーガがほぼ 3分の 2以上、

進行したところから始めるべき、とされています。

曲の前半で、登場させるべきものではない、

というのが、決まりです。

そして、ストレッタの初めは、

テーマとテーマが重なる部分(オーバーラップ)を、

少なくし、ストレッタの回数を重ねた後 、

オーバーラップを、多くしていき、

緊迫感を、盛り上げていく・・・。

これが、“ 規範フーガの理想 ” と、されています。


★ 8番や、1番のように、曲の前半からいきなり、

オーバーラップの多い、緊密なストレッタが、

登場するのは、 “ 許しがたい ”  ことのようです。


★しかし、「 規範フーガ 」 は、バッハの後に生まれたもので、

8番、1番 にこそ、バッハの天才が、

見事に発露されていると、思います。


★エドウィン・フィッシャーや、ヴィルヘルム・ケンプの、

珠玉の演奏を、CDで聴きますと、

≪ この曲が終わらないで、無限に続いて欲しい ≫

 とまで、思います。

どうして  “ ストレッタが長すぎる ”

 という言葉が、出るのでしょうか?


★どうぞ、日本語の解説本や、CDのブックレット解説、

さらに、インターネットにはびこる、

したり顔の解説や孫引きに、惑わされ、

振り回されないでください。

ご自分の感性を信じ、ご自分で、

バッハの本質に迫る方法を、

切り拓いていくしか、ないのです。

有名大学や書籍などの権威を、盲信しないでください。

そうすれば、親切なバッハ先生が、あなたに、

やさしく直接、手を差し伸べてくれるのです。




                                        
                          
( キノコ、トンボ、朝顔、萱釣り草、アウスリーベ・テーゲベック )
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