音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「インヴェンション15番」バッハ手稿譜のスラーの位置について■

2009-12-02 23:38:09 | ■私のアナリーゼ講座■
■「インヴェンション15番」バッハ手稿譜のスラーの位置について■
                 09.12.2  中村洋子


★バッハ手稿譜としては、珍しく、「インヴェンション15番」には、

「スラー」が、数ヶ所、付されています。

同様に、バッハの手で記号が書かれているのは、

3番、9番、12番などです。

そのスラーが付されている箇所と、スラーの掛け方が、

版により、かなり相違があります。


★11月29日のブログ≪「シンフォニア15番」の最も、

信頼できる原典版について≫で、取り上げました、

4種類の原典版について、まず、見てみることにします。

①ヘンレ版 Henle
②新バッハ全集のベーレンライター版 Baerenreiter
③ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition Schott/Universal
④ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition 音楽之友社


★バッハが、手稿譜にスラーを付しましたのは、

16、17の両小節のみです。

ヘンレ版は、1978年の校訂版ですので、資料が古く、

1、2小節を除き、ほぼ全小節にスラーが付されています。

このため、この15番に関しては、ヘンレ版を採用しないほうが、

いいと、思います。


★残り3つの版は、16、17小節にのみ、スラーが付されています。

しかし、バッハの手稿譜には、スラーが始まる音符と、

終わる音符の位置が、曖昧に見えるところもあるため、

3種類とも、スラーの付されている位置が、異なっています。


★一例を挙げますと、17小節目1拍目のスラーについて、

バッハは、16分音符が4つ≪シ、ソ、ラ、シ≫あるうち、

最初の三つの音符≪シ、ソ、ラ≫に、スラーを付しています。

しかし、ベーレンライター版と、音楽之友社のヴィーン原典版では、

四つの音符≪シ、ソ、ラ、シ≫全部に、スラーが付されています。


★Schott/Universalのヴィーン原典版は、バッハの手稿譜と同じ、

最初の三つの音符≪シ、ソ、ラ≫に、スラーを付しています。

しかし、この版も、その1小節前の「16小節1拍目」の、

スラーについては、バッハが≪ラ、ファ、ソ、ラ≫のうち、

後ろ三つの≪ファ、ソ、ラ≫に、スラーを付しているの対し、

四つの音≪ラ、ファ、ソ、ラ≫全部に、スラーを付しています。

このSchott/Universalのヴィーン原典版のみならず、

他の3つの原典版も、すべて同じ様に、

四つの音に、スラーを付しています。


★残念ながら、最も、権威と定評があるこの4種類も、

バッハの意図を、正確に反映しているとは、いえません。


★それでは、バッハの意図は、どの校訂者にも、

無視されているのでしょうか。

実は、原典版ではないのですが、ハンス・ビショッフ

Hans Bischoff の≪批判版≫ Kritische Ausgabe が、

完全とはいえませんが、この箇所については、

バッハの意図に沿うよう、努力しています。

この版は、Kalmus 社や、全音からのライセンス出版など、

数種類が、市販されています。


★実用版の「園田高弘」版では、

この16小節目1拍目のこのスラーを、なんと、15小節目3拍目の、

「ド♯」から始め、4拍目を経て、16小節目1拍目まで、

一気につないでしまい、さらに、その後も、2拍単位で、

長いスラーを、連続して付す、という“暴挙”が、

見られるため、お薦めできません。


★細かいことに拘泥しているように、思われるかもしれませんが、

スラーをどのように付して弾くか、ということは、

「モティーフを、どのように展開しているか」、

ということに、直結する、いわば“生命線”ですので、

軽視するわけには、いきません。


★4日のアナリーゼ講座では、各版を比較しつつ、

この2小節を、どのように解釈するか、

お話したいと、思います。


★バッハは、フランス音楽やイタリア音楽にも、精通していました。

それは、「フランス風序曲」や「イタリア協奏曲」という、

題名から明らかに分かる曲以外にも、広く深く、バッハの他の曲に、

浸透していました。

しかし、それだけではなく、「インヴェンション&シンフォニア15番」には、

スペインの影響すらあることが、読み取れます。

この点についても、講座で触れたいと思います。


★もう、師走に入りました。

今夜は、満月の一日前です。

月が冴え冴えと、輝いています。

私の願いは、インヴェンションの隠された「大きな構造」を、

皆さまとともに学び、決して学習用のためだけではない、

バッハの、この傑作の美しさを、皆さまと感じとることです。


★日本では、クラシック音楽が、一見、

大変に栄えているように、見えます。

でも、本当にそれが根付いていると、いえるのでしょうか。

バッハを源流とする、クラシック音楽は、

音楽がどのように構成され、展開されていくか、

曲を聴きながら理解し、その展開を、楽しむものです。


★それができませんと、ただ知っているメロディーだけを、

探すことになり、知らない曲は、敬遠してしまいます。

バッハ愛好家が増えることは、真のクラシック音楽愛好家が、

増えることに、つながります。

この全15回の講座で、私の願いが、

すこしでも、達成できたのであれば、この上なく幸せです。


                           (野草の花)
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