■平均律 第 2巻 8番 前奏曲は “ 木の実時雨 ” ■
~ Acorns Fall Lightly From the Trees ~
2013.9.18 中村洋子
★猛烈な台風が、日本列島に襲来し、
各地で、大雨の被害が出ているようです。
大雨は嫌ですが、日本語には、雨を表現する
雅な言葉が、たくさんあります。
秋雨、 春雨、煙雨、霧雨、恵雨、小糠雨、五月雨、村雨、
驟雨、氷雨、緑雨、夜雨、 時雨・・・
風情を感じます。
★私の作品 「 Suite für Violoncello solo Nr.3
無伴奏チェロ組曲 第 3番 」 の楽譜が、
「 Musikverlag Ries & Erler Berlin ベルリン リース&エアラー社 」
から、近く出版されます。
★Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生による、
「 芸術 」 ともいえる丹念な Einrichtung と Spieltechn. が、
書き込まれています。
Einrichtung と Spieltechn とは、ボーイングやフィンガリング、
どの弦を使うか、ハーモニックスの使い方など、演奏に必要な、
あらゆる技法のことです。
★cellist で editor の Thomas Schwalbe さんに、
校訂をしていただきました 。
漢字は、ドイツ人にとって 「 エキゾチックで、 かっこいい 」 ようで、
各楽章の日本語を、私の字で書いて欲しい、という依頼が
ありました。
表紙に使われるのかもしれません。
★「 Suite für Violoncello solo Nr.3 」 は、全 7楽章です。
第 5楽章は、 「 木の実時雨 」 という題です。
木の実が、コロコロ地上に落ちてくる様を、
時雨に譬えています。
★私は、Ein Regen von Eicheln im Spätherbst
晩秋のドングリの雨、と訳して送りました。
今回、「 Ries & Erler Berlin 」 は、
Eicheln rieseln von den Bäumen
Arcorns Fall Lightly From the Trees.
とても分かりやすい訳です。
★「 訳 」 といいますと、楽譜の Edition も、
「 訳 」 の一種かもしれません。
KAWAI 表参道で 26日に開催します 「 Wohltemperirte Clavier Ⅱ
平均律クラヴィーア曲集 第 2巻 」 のため、いま、
Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855–1932) の、
楽譜 ( Revision 版 ) を、勉強しています。
★その、あまりの内容の深さに、息を呑む思いです。
いままで気付かなかったことに、目を開くことができます。
★7番の prelude は、 8分の 9拍子です。
8分の 9拍子とは、 8分の 3拍子という 「 単純拍子 」 が、
三個集まった 「 複合拍子 」 です。
1、 4、 7拍目を強拍とする ≪ 3拍子の曲 ≫ であると、
大まかに、いうことができます。
★1小節目の和声は、 Es-Dur の主和音 ( tonic ) です。
Röntgen は、 下声 ( 左手 ) 5拍目 「 b ( 変ロ音 ) 」 に、
≪ 2指 ≫ を指定しています。
上声 ( 右手 ) 8拍目 「 g1 ( 1点 ト音 ) 」 にも、同様に、
≪ 2指 ≫ を指定しています。
★まず、下声 5拍目について、詳しく見てみましょう。
下声 1拍目は、 8分休符、続く 2、 3、 4拍目は、
es1 ( 1点 変ホ音 )、 d1 ( 1点 ニ音 )、 es1 ( 1点 変ホ音 ) です。
「 es 」 は主音ですので、 「 d 」 は、 2、 4拍の主音をつなぐ
刺繍音 ( 非和声音 ) です。
この 三つの音で、≪ Es-Dur の主和音 ≫ を、
聴く人 ( 弾く人 ) の耳に、しっかりと焼き付けます。
★そして、次に来る 「 b音 」 は、常識的にみて、
ほとんどの人が、「 2指 」 で弾くでしょう。
しかし、Röntgen レントゲン は、そこにわざわざ敢えて、
≪ 2指 ≫ と書いて、指を指定しています。
★わざわざ、書き込みました理由は、
この音を 「 注視せよ 」 というサインでしょう。
この 「 b ( 変ロ音 ) 」 の次には、 「 g ( ト音 ) 」、
「 es ( 変ホ音 ) 」 が、続きます。
そうです、 「 b - g - es 」 を、垂直に置き換えますと、
≪ Es-Dur の主音 ≫ が、できます。
主音を確定した後に、主和音を確定する。
★それも、主和音の 「 第 5音である b 」 、 「 第 3音の g 」 、
「 根音の es 」 の順で、 Fall Lightly From the “ 5th ” 、
5音から、軽やかに下行していくのですから、
p ( ピアノ ) dolce の指示も、頷けます。
★Röntgen レントゲン の指示は、
1、 4、 7拍を強拍とする、単純な、3拍子系では、
ありません。
★上声 ( 右手 ) は、
1小節目 「 8拍目の g1 」 、 2小節目 「 8拍目 f 1 」 、
3小節目 「 3拍目 es1 」、
この 三音 ≪ g1 - f 1 - es1 ≫ に、付けられた ≪ 2指 ≫ の、
fingering から、この 三音がとりわけ重要で、
それを繋ぎますと、 「 一つの Motiv 」 ができることを意味します。
★こうして Röntgen レントゲン 版で、音楽を作っていきますと、
興奮するくらいに、活き活きとした Bach が、生まれてきます。
そして、 “ この演奏は、どこかで聴いたことがある ” と、
思いました。
そう、あの Pablo Casals パブロ・カザルス(1876~1973) の、
演奏なのです。
★ Pablo Casals パブロ・カザルス(1876~1973) のインタビューを、
読みますと、Röntgen レントゲン について、たびたび言及し、
彼の音楽を、大変に尊敬していることが分かります。
Röntgen レントゲン の、音楽構造を読み解く方法が、
Casals カザルスと非常に近いものだったのでしょう。
★同様に、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー
(1886~1960) 版を、勉強しますと、
Wilhelm Furtwangler ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
(1886~1954) の音楽が、浮かび上がるのです。
この二人による、極め付けの演奏は、
Beethoven ベートーヴェン (1770~ 1827) の、
Piano Concerto No. 5 Es-Dur Op. 73 "Emperor" です。
これは1951年の録音です。
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