■ Bach初稿の軽いスケッチこそが、作曲の設計図 ■
~ Brahms Walzer Op.39 Nr.15 の スラー について~
2013.4.7 中村洋子
★作曲は、基本の旋律がどれだけ展開する力をもっているか、
それが根幹です。
3月の 「 KAWAI 表参道 ・アナリーゼ講座 」 でも、お話しましたが、
1722年の Bach 「 Klavierbüchlein der Anna Magdalena Bach
アンナ マグダレーナ バッハのためのクラヴィーア小曲集 」 に、
書かれた 「 Französische Suiten フランス組曲 」 の、
初稿を見ますと、軽くスケッチのように書かれた部分が、
実は、重要な “ 設計図 ” の一部分であり、
それが、 Bach の思考そのものであることが、
如実に分かってくるのです。
★上記のようなことは、実際に、作曲をするからこそ、
理解できることである、ともいえます。
★Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)も、同様に、
スケッチ帳には、展開に耐えうるような盤石のテーマに、
辿りつく過程が、書き込まれています。
★14日日曜日は、 「 KAWAI 横浜みなとみらい 」 で、
第 11回 「 Chopin が見た平均律・アナリーゼ講座 」 を、開きます。
第 1巻 11番 へ長調 F - Dur です。
★この 11番の主題が、簡潔でありながら、いかに完璧で、
揺るぎないものであるか、
後の大作曲家たちが、汲めども尽きぬ泉のようなこの曲を吸収することで、
彼らの個性を、花開かせていったか、それが、如実に分かります。
★今回は、 Chopin がこの Bach の作品に、どのような書き込みをしたか、
実は、フィンガリングだけなのですが、それについて、ご説明すると同時に、
Chopin より、一世代若い Johannes Brahms
ブラームス (1833~1897) の、
有名な ≪ Walzer ワルツ Op.39 Nr.15 ≫ を例に、
Brahms が、この Bach の 11番から吸収したものについて、
お話いたします。
★この Brahms の自筆譜を見ますと、
Op.39 Nr.15 冒頭 2小節で、右手が担当します
「 6度の重音 」 に付された slur スラー は、
自筆譜では、 6度の重音の ≪ 上声 ≫ に記されています。
しかし、例えば、ウィーン原典版や ヘンレ版、ブライトコップフ版などでは、
6度の重音の ≪ 下声 ≫ に、その slur スラー が記入されています。
★ Brahms は、 「 ド ー ラ ラ ド、 ド ー ラ ラ ド 」 に、
slur スラー をつけたはずですのに、これら実用譜では、
6度の重音の下声、すなわち、全体で見たときの内声部分
「 ミ ー ド ド ミ、 ミ ー ド ド ミ 」 に、
slur スラー が、付いてしまっています。
これは、 3小節目の右手が担当する、 3和音についても、
同様のことが言えます。
★なぜ、このような齟齬が起きたのでしょうか?
答えは、呆れるほど簡単でしょう。
1小節目 ~ 3小節目までの右手部分は、
符尾がすべて、上向きになっているため、
編集者は単純に、下方に、slur スラー を付け替えたのです。
★楽典の教科書では、 ≪ slur スラー は符尾と反対側につける ≫ ことが、
ルールとされており、編集者は、それを金科玉条としているため、
機械的に、付け替えたのでしょう。
作曲家がなぜ、楽典のルールに反した書き方をしたのであろうか?
という疑問すら、思い浮かばないのかもしれません。
★確かに、この内声も、非常に美しく、
独立した歌と、とらえることもできますので、
私も自筆譜を見る前は、 Brahms があえて、
その内声を際立たせようと、 意図したのではないか、
とも思っていました。
★このように、編集者によって、作曲家の意図がたわめられるケースが、
非常に多いのです。
この Walzer ワルツ As-Dur 変イ長調 と、大変に深い関係にあるのが、
Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の Klaviersonate
ピアノソナタ Nr.31 Op.110 As-Dur です。
★曲の冒頭は、コラールのような 4声体和声 で書かれています。
この曲の Beethoven 自筆譜をみますと、
slur スラー は、尋常ではない太さで、黒々と、
≪ soprano ソプラノ声部 ≫ に付されています。
★しかし、これも実用譜では、なんということか、
soprano ソプラノの、上向き符尾の上方ではなく、
下の方の、内声 ( alto アルト ) に、記されているものが、多いのです。
★現代の実用譜のレベルは、この程度です。
やはり、作曲家の自筆譜にじっくりと目を通し、
点検いたしませんと、誤解したまま、
長い年月を過ごすという、悲劇が生じてしまいます。
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