■Manet 「笛を吹く少年 Le Joueur de fifre」は、三角のcomposition、Bach に似る■
2014.10.2 中村洋子
★9月17日に開催しました「KAWAI金沢」での、
「 Inventio & Sinfonia Nr.1」 の講座では、
この曲が、実は二声ではなく、四声であることを、
実際に演奏することで、十分に理解していただきました。
★同21日の「KAWAI横浜」では、
「平均律クラヴィーア曲集第1巻22番」について、同様に、
この 「 b-Moll Prelude 」 を、四声体に要約いたしまして、
実際に、聴いて頂きました。
これが、一つの「アリア」となることを、証明いたしました。
受講された皆さまも納得され、
Bach の豊かさに、感嘆されたことと思います。
★忙中閑ありで、国立新美術館で、Musée d'Orsay
オルセー美術館展を見てまいりました。
Édouard Manet エドゥアール・マネ(1832 - 1883)に、
焦点を当てて、じっくりと見ました。
★ Manet 晩年の傑作「Portrait of George Clemeceau
クレマンソーの肖像画」(1880)は、彼の最高傑作の一つと
思います。
★接近して見ますと、 Clemeceau の右眼は、黒目の部分は
漫画のように、黒く塗りつぶしただけ。
しかし、3~4メートル離れて見ますと、大政治家の発散する、
威圧感、したたかさ、ふてぶてしさ、尊大さに気後れし、
負けてしまいます。
★見ている私が、肖像画の Clemeceau
クレマンソー(1841-1929)から、
『お前は誰であるか』、と鋭い眼差しで問い掛けられ、
“値踏み”されているような、感じです。
Clemeceau クレマンソーという人物が、どんな人であったか、
この一枚の絵が、多分、書物よりも雄弁に語りかけています。
★この体験は、印刷された画集を見ては不可能でしょう。
実物の絵画を見て、初めて分かるものなのです。
Clemeceau のやや薄い頭頂部が、キューピー人形の尖った頭
のように、三角を形作っているのに、気付きます。
本来在り得ない形、自然にそこに視線が注がれます。
これが、この絵画の基本の構造なのです。
この頭頂部から顔、胸、手と視線が下がっていきます。
すべて三角形が、基本の構図です。
★同じ構造が、有名な「 Le Joueur de fifre 笛を吹く少年」
( 1866 )でもいえます。
帽子の最頂部には、小さな「赤い三角」、そのすぐ下の帽子本体には、
少し大きめの「金の三角」。
視線は、そこから不思議な三角形をした鼻の方へと移ります。
額から眉間、眉により、「大きな眉間の三角」が、
肌色で、描かれています。
そして、フルートを当てた「赤い唇」へと自然に降りていきます。
★黒いフルート、黒い上着の縦列金ボタン、
金色のフルートケース、
これらが、大きな「力強い三角」を描きます。
さらに「大きな三角」が、左腰と両足靴下の白により、
形作られています。
★「 Le Joueur de fifre 笛を吹く少年」のポーズは、
極めて具体的。
しかし、見始めますと、非常に抽象的な、
近代的な絵画に見えてきます。
すべてが、≪三角のcomposition コンポジション≫なのです。
★小さい三角は、至る所に散りばめられています。
右手の親指、中指、薬指が、「肌色の三角」。
手の平の窪みも「三角」、
その反行形ともいえるのが、先ほどの「大きな眉間の三角」。
赤いズボンの左足裾にも、「皺による三角」が描かれています。
作曲の canon カノンのようです。
★唇、帽子の上部、ズボン、これらは「赤」。
フルートケースを吊るベルトと靴下が、「純白」。
顔と手が「ピンク」。
フルート、上着、ズボンの縦線、靴が「黒」。
背景は「灰色」。
五色です。
★全体の構成は、きれいに四分割できます。
画面の最上部から唇までの縦の距離を、「1」としますと、
唇から、腰の白ベルト中央に描かれた、
「大きな金ボタン」までが「1」、
この金ボタンが全体の要の役割です。
その下のズボンから画面下端までが、ちょうど「2」の距離。
★「 Le Joueur de fifre 笛を吹く少年」は、フランスの第二帝政期、
鼓笛隊のメンバーとして、戦場で最前線に立ち、
笛を吹き、その高く鋭い音で、兵士を鼓舞させ、
戦場へ、戦場へと駆り立てる。
そして、真っ先に殺される悲劇的な運命だったそうです。
★しかし、この絵画を見ていますと、そのような文学的な意味は、
あまり意味を持たないように思われます。
精緻に張り巡らされた≪三角のcomposition≫がもたらす、
交感に酔います。
見れば見るほど、Bach の音楽のもつ構築性に、
そっくりであることに、驚きます。
それゆえ、感動するのでしょう。
★Bach Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」 は、
第1巻が、多種多様な「調」を展開し、色彩感がとても豊かです。
しかし、第2巻は、「調」が、主調とその近親調に限られ、
色彩豊かな展開は、一見しますと、なさそうです。
それゆえ、あまり、好まれなかったことも事実です。
★ Manet 晩年の傑作「Clemeceau クレマンソー」の肖像画は、
黒、白、肌色のほぼ三色です。
これも、極めて限定されています。
しかし、恐ろしいまでの迫力です。
この延長に、 Paul Cézanne
ポール・セザンヌ(1839- 1906)があるのは、当然でしょう。
★Bach も Manet も晩年は、要素を極限まで減らす、
限定することで、何を獲得しようとしたのでしょうか。
私はいま、10月9日のKAWAI表参道での
「Bach 平均律第2巻・アナリーゼ講座」 でお話します、
第 19 番 A-Dur BWV888 Prelude & Fuga の勉強をしております。
★ようやく、Bach が平均律クラヴィーア曲集第2巻で、
目指したものが、見えてきたような気がします。
そこから見えてきましたものは、得も言われぬような、
色彩感にあふれた、まるで交響曲の世界なのです。
講座で実演とともに、詳しくお話いたします。
きっと、驚かれることでしょう。
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