音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Chopin Prelude Op.28-2番は、本当に調号が示す a-Moll か?■

2014-03-19 23:59:01 | ■私のアナリーゼ講座■

■Chopin Prelude Op.28 - 2番は、本当に調号が示す a-Moll か?■
                            2014.3.19  中村洋子







★3月も半ばを過ぎ、春分の日まであとわずか。

土手の土筆も、頭をもたげ始めました。

生暖かい早春の気が、大地に満ちています。


★3月11日開催の 「 平均律  第 2巻・ 13番 Fis-Dur 」

アナリーゼ講座が、終了後、

参加者の方が、ピアノのところまでお出でになり、

「 今日のお話をうかがって分かりましたのは、

この Prelude & Fugaから、Beethoven の ピアノソナタ 

24番 Op.78 ≪
Therese  テレーゼ ≫ が、生まれたことですね 」 と、

おっしゃいました。

 

★今回の講座で、この ≪ Therese  ≫ のことは、

頭に浮かびませんでしたが、

幸い、この第 1楽章は暗譜していましたので、その場で弾きましたところ、

Motif 、発想、展開の方法がすべて、 Bach 13番 Fis-Dur の、

Prelude & Fuga と同じでしたので、

近くにお集まりになっていた皆さまと、一緒に、大感動いたしました。

調性も同じ、Fis-Dur です。

 




★これは、 Beethoven が Bach を 「 模倣した 」のではなく、

Beethoven  ベートーヴェン(1770~ 1827) が、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) を、

自分の肉体として、 Bach の宇宙の住人になったからこそ、

可能だったのです。


★私に声を掛けられた方が、そのような発想をもたれたのは、

私の講座の中で、次のようにお話したからでしょう。

Pablo Casals パブロ・カザルス(1876~1973) が、

≪ 鳥の歌 ≫ について、 “ この曲は、 Bach や Beethoven などすべて、

偉大な音楽家が愛したであろう音楽です ” と、語りましたが、

その Thema テーマ が、

Robert Schumann  ロベルト・シューマン (1810~1856) の

Concerto for Violoncello and Orchestra や、

Brahms  Sonata for Violoncello  No.1 Op.38  e-Moll  と、

motif、rhythm、調性 ( 同じでなくても、近親調の関係にある  ) など、

共通点が多く、それが名曲の条件なのです 」 と、具体的に申しました。


★それをお聴きになって、 Bach 13番と、 Beethoven Therese との関係が、

ピンと一致したのでしょう。

私も、大変に嬉しく思いました。


★アナリーゼ講座とは別に、月1回、小人数でディスカッションをしながら、

じっくりと、アナリーゼをする教室もいたしておりますが、

いまは、壮大な計画を立て、ゆっくりゆっくりと、

Frederic  Chopin ショパン(1810~1849)の ≪  Prelude Op.28 ≫ を、

学んでおります。


★この曲ばかりでなく、様々な曲を学びながら、

時々、Chopinの Prelude に戻るという方法です。

現在、1番と 4番のみ、なんとか終えて、

さあ 「 2番 」 というところです。








★この謎に満ちた 「 2番 」 を、 Chopin の自筆譜と、

Préludes  Revision  par  Claude Debussy ドビュッシー校訂版を、

手掛かりに、
Alfred  Cortot アルフレッド・コルトー(1877 - 1962)の、

録音を聴きながら、ディスカッションしましたら、皆さまから、

珠玉の意見や、発見が続出し、

それは刺激に満ちた、楽しいレッスンとなりました。


★普通に考えますと、

Chopin の Études Op.10 と、Études Op.25 こそ、

Prélude の名称にふさわしいように思われます。

しかし何故、この謎に満ちた 24曲の小品集が、≪ Préludes ≫ なのか?

その答えは、 Bach の Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集、

Chopin の Autograph 自筆譜を、詳細に研究し、さらに、

Claude  Debussy  クロード・ドビュッシー (1862~1918) 校訂版が、

示唆するものを読み解き、やっと、分かってきました。


★ Debussy が、 Chopin の曲集と同じ名前の、

≪  Études エチュード ≫、≪ Préludes ≫ を、作曲したのは、

決して、偶然ではありません。


★Préludes Revision par Claude Debussy は、 Bach における、

Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886~1960)版、

Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855~1932)版、

Bartók Béla  バルトーク (1881~1945) 版と同様、

そのすべてを、 Fingering で語っています。


★その読みの深さに、レッスンのとき、全員で感嘆の溜息をつきました。

そして、 Chopin の 24の  ≪  Préludes ≫ は、

 Bach が成し遂げた ≪ 調性とは何か ≫ という命題への解答を、

今度は、 Chopin  が、 Chopin  の方法で成し遂げたことになります。


Chopin  が ≪ Préludes ≫ と命名したのは、

「 これが、私の Préludes です 」 と、高らかに宣言したことになります。

金字塔です。








Prélude  No.2 に話を戻します。

その前の  No.1  C-Dur は、全  34小節です。

最後の 33、 34小節は、 C-Dur の主和音が、終止和音として、

低い方から、 C - G - c - e - g - c1 - e1  

ド - ソ - ド - ミ - ソ - ド - ミ と、
奏されます。


★Debussy は、その中で、唯一  『 e 』 ミ ( かたかなホ音 ) に、

「 1 」 の  Fingering を、記しています。

はたして、この  『 e 』 を、 「 1 」 以外の指で弾く人がいるかと、

思えるほど、当たり前な、当たり前すぎる  Fingering です。

なぜ、彼はあえて、「 1 」 を記入したのか・・・?


★当然、この 『 e 』 を、注視しなさい、ということではあります。

C-Dur の中で、『 e 』の意味は、主和音 c - e - g  ( ド ミ ソ ) の、

第 3音という意味が、あります。

C-Dur の属調  G-Dur  ( ト長調 ) の平行調 e-Moll  ( ホ短調 ) の、

主音  『 e 』 でもあります。


★そして、問題の 2番になりますが、

この曲は、一体、何調なのでしょうか・・・?

調号は、何もついていません。

全 23小節の最後の 23小節目の和音は、

下から  A1-  E - c - e - a  (  ラ  ミ  ド  ミ  ラ  ) ですので、

「 a-Moll イ短調 」 と、なります。


★しかし、その開始和音 1、2、3 小節目の和音は、

何なのか、そして、何調なのか・・・、判然としません。






1、 2、 3 小節の左手部分で、使われている音は、

E G H g  と Ais  のみです。

この場合、Ais  ( ひらがな嬰い音ーラ♯ ) は、

和声音 H  を、  H → Ais →  H と、飾る 「 刺繍音 」 ですから、

「 非和声音 」 となります。


E G H g からは、ミ ソ シ の和音が、作られます。

ミ ソ シ の和音は、常識的に考えますと、 

e-Moll の主和音となります。

しかし、この2番を a-Moll としますと、 

a-Moll の ドミナント属和音Ⅴ は、 e - gis -  h  ミ - ソ♯  - シ  となり、

ソは、「 導音 」 として、半音上行するのが普通です


★導音が、 半音上行しない例も数多くありますが、

この 1、 2、 3小節だけ弾き、聴いていますと、

とても a-Moll  には、聴こえません。

そして、4小節目は明らかに G-Dur の主和音です。

これを、どう考えるべきか。


★そこで、クラスの方が手を挙げられ、

「 この 1、 2、 3小節の  E  G  H の和音を、

 ≪ G-Dur の Ⅵ の和音 ≫ と、捉えたらどうでしょうか 」 と、

素晴らしい意見を、述べられました。


これで、すべて氷解しました。

 Debussy が 1番 33小節目の  「e 」 に、

「 1 」 の Fingeringをしたのは、

≪この 「e 」 は、次の 2番につながる大事な音ですよ ≫ と、

言っているのです。









★そして、 Chopin の自筆譜を見ますと、

「 2番 」 の 1小節目から、 長い 7小節にもわたる slur スラー が、

描かれていますが、その出だしは、

1拍目の  E - H 音 の位置から、もっと左から始まっています。

即ち、ピアノが第 1拍を打鍵する前から、

長い 7小節の slur スラー が、始まっているのです。


その前の 「 1番 C-Dur 」  の最終小節 34小節の、

フェルマータ付き終止和音には、

その前の 33小節目から、 slur スラー が付けられており、

それが、この 34小節の和音で閉じられず、宙をふんわり、

浮かんだままのように、見えます。


★「 1番 」 からそのまま 「 2番 」 に、途切れることなく、

曲が、進行しているとみれば、

2番冒頭は、属調 G-Dur で、その G-Dur を経て、

平行調 a-Moll に着地すると、みることが
できます。


Debussy は、2番曲頭の左手和音 「  E   H  ( ミ シ ) 」 に、

「 5  2 」 の Fingering を、付けています。

続く、 「 3番 G-Dur 」 の曲頭 16分音符の速い動きの、

G   D   g  (  ソ  レ  ソ )  の、  G   D に、

同様に 「 5  2 」 と Fingering を、書いています。

深く、頷けるのです。


Debussy の Fingering を見ますと、

まさに 「 天才の一筆 」 の感が、あります。

彼が、この素晴らしい  Edition を残してくれたのは、

彼の作品とともに、人類の宝といってもよいのかもしれません。

 



 

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