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ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第112回」

2010-12-07 |   ビタペクト配布活動
 12月6日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第112回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を11個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1759個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1510部となりました。
  
 今回で通算122回目のビタペクト2の配布となりました。1510家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



 今回は3家族がSOS子ども村に保養滞在していました。それぞれの家族に話を伺いました。

(家族A)
 モロジェチノ市(チェルノブイリ原発から約390キロ)から来た家族。この家族には4個のビタペクト2を渡しました。母親と5人の子どもです。それぞれの結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を1個ずつ渡しました。

母親(事故発生時20歳)13ベクレル
男子(14歳)16ベクレル 
女子(13歳)28ベクレル ○
女子 (6歳)31ベクレル ○
女子 (4歳)47ベクレル ○
男子 (2歳)48ベクレル ○

 このお母さんには全部で9人の子どもがいます。そのうちの5人を連れて保養に来ていました。1人が途中から合流していますが、測定の日にはまだ到着していなかったので、体内放射能値が分からず、ビタペクト2を渡していません。でも画像には写っています。
 2歳の男の子ですが、ビタペクト2は普通3歳以下の子どもにはあげないことになっています。しかし2歳6ヶ月だったのと、ビタペクト2の賞味期限が1年あるため、半年後3歳の誕生日が来たら飲み始めることにして、渡しました。
 この一家はもともとブレスト州ストーリン地区で暮らしていましたが、16年前にミンスク州のモロジェチノ市に引っ越しました。ストーリンのほうが放射能汚染度が高く、モロジェチノのほうは非汚染地域ということになっていますが、測定結果を見ると、あまり関係ないように思えます。
 お母さん自身も住民の実感として
「モロジェチノ市がそんなに環境がいいとは思えない。」
と話していました。
 子どもたちは比較的元気だということですが、お母さんや6歳の女の子には甲状腺肥大が見られ、薬を飲んでいるということでした。


(家族B)

 お母さんと5人の子どもの家族。グロドノ市(チェルノブイリ原発から約400キロ)から保養に来ていました。この家族には5個のビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時8歳) 14ベクレル
長女(11歳)21ベクレル ○
長男(10歳)40ベクレル ○
次男 (8歳)34ベクレル ○
三男 (3歳)28ベクレル ○
次女 (2歳)54ベクレル ○

 2歳の次女にもビタペクト2を飲ませたい、というお母さんの希望で渡しました。まだお母さんが母乳が出ているので、お母さんがビタペクト2を飲んで母乳に含まれる放射能を減らそう、という方法です。
 グロドノ市と言えばベラルーシの西部、ポーランドに近い町なので、チェルノブイリ原発事故から離れており、放射能汚染地域ではありません。
 ところがグロドノから40キロほど離れたモストフ地区は放射能値が高い地域とされています。そこに子どもたちの父親の両親が住んでいて、夏休みになると田舎へ行って飼われている牛の牛乳を飲んでいるそうです。
 それがよくなかったようですが、はっきりした因果関係というのは実証できません。
 子どもたちはここ数年よく風邪をひくようになった、とお母さんは心配していました。

 この一家はカトリック教徒で、その関係からか、一度ポーランドに保養に行ったことがあるそうです。ポーランドの中にある教会施設で無償で寝泊りし、その代わり教会の雑用をお母さんがする、という支援活動をポーランドのカトリック教会は行っているそうです。
 このようなポーランドからの支援活動もあるのだなと、勉強になりました。


(家族C)

 ビテプスク州ノボポーロツク市(チェルノブイリ原発から約470キロ)から来た家族。この家族には2個のビタペクト2を渡しました。
 このお母さんには5人の子どもがいますが、年長の2人は16歳以上で保養に来ていません。年少の3人の子どもを連れてSOS子ども村に来ていました。
 しかし1歳8ヶ月の子どもが測定に出発する直前に寝てしまい、お母さんは起こすのがかわいそうだからとその子どもといっしょに残ってしまいました。(確かに測定に行ったとしても年齢制限でこの末子くんはビタペクト2を飲めないです。)
 そのため測定したのは2人の子どもだけです。

女子 (9歳)34ベクレル ○
男子 (8歳)28ベクレル ○

お母さんはこの2人の子どもの結果を見てびっくりし、留守番をしている年長の子どもにもビタペクト2を飲ませたいと話していました。子どもたちは比較的健康だそうですが、8歳の男の子には甲状腺が肥大しており、薬を定期的に飲んでいるそうです。
 ノボポーロツク市はベラルーシの北のほうにあり、やはりチェルノブイリ原発事故から離れているのですが、放射能の影響については距離は関係なくなっていると改めて思いました。
 
 画像は記念撮影した様子です。今回は小さい子どもと大きい子どもの差が大きくてなかなか大変でした。と言うのも小さい子どもが1人ぐずりだすと、連鎖反応のように他の小さい子どもが泣き出し、それをあやしたりするのに大変でした。
 でも小学生ぐらいの子どもたちは、みんな活発で好奇心旺盛で、折り紙に大喜びしていました。作るのも得意だ、と自慢する子もいました。
 今回も子どもたちに折り紙やぬりえ、折鶴などをプレゼントしました。年長の子どもはぬりえをあげても喜ばないし、年少の子どもはまだぬりえが何なのか分からないようすでしたが、おそらくみんなでなかよく分け合ってくれるでしょう。

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第111回」

2010-11-16 |   ビタペクト配布活動
 11月15日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第111回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を10個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1748個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1500部となりました。
  
 今回で通算121回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1748人分のビタペクト2、そして1500家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



今回は3家族がゴメリ州カリンコビッチ市(チェルノブイリ原発から約100キロ)からSOS子ども村に保養滞在していました。
 ところが直接ビタペクト2を渡すことができませんでした。私が風邪をひいてしまい、保養に来ている子どもたちにうつすといけないので、SOS子ども村へ行くのを中止しました。代わりにビタペクト2などを夫に持って行ってもらいました。受け取った医師のリリヤ先生から子どもたちに渡してもらったのですが、やはり私が行かないと聞き取り調査はちゃんとできないし、写真も写せないし、残念です。
 リリヤ先生からは子どもたちの体内放射能の測定結果を教えてもらいました。
 その内容をここでご報告します。


(家族A)
 この家族には4個のビタペクト2を渡しました。なぜか母親は測定していません。子ども4人の結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を1個ずつ渡しました。

女子(17歳)38ベクレル ○
女子(15歳)35ベクレル ○
男子(13歳)28ベクレル ○
男子(11歳)44ベクレル ○


(家族B)

 この家族には3個のビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)43ベクレル
男子(14歳)28ベクレル ○
女子(12歳)38ベクレル ○
女子 (1歳)50ベクレル ○

 普通3歳以下の子どもにはビタペクト2は飲ませないことになっていますが、50ベクレルとかなり高い放射能値がだったため、また母親も高い値であったため、2人で1個のビタペクト2を飲むことにリリヤ先生が決めたようです。
 このような場合、ごく少量を子どもに飲ませてみて、下痢などの症状が出たら中止。残ったビタペクト2は母親が飲むことになります。実際にはこの方法で問題があったことはほとんどありません。


(家族C)

 この家族には3個のビタペクト2を渡しました。
母親(事故発生時15歳)11ベクレル
男子(16歳)23ベクレル ○
女子 (8歳)35ベクレル ○
男子 (5歳)47ベクレル ○

 今回は聞き取り調査ができなかったので、細かいところは分からないのですが、放射能値の高さに驚きました。子どもたち全員の結果が悪かったので、愕然としました。
 ゴメリ州のカリンコビッチはそんなに食べ物などが汚染されているのでしょうか・・・。

 今回も子どもたちに折り紙やぬりえをプレゼントしましたが、リリヤ先生に渡すのを頼んでしまったので、子どもたちの喜ぶ笑顔、輝く瞳が見られなくて残念・・・。
 支援活動をしている人間が風邪をひいていてはいけませんね。

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第110回」

2010-10-25 |   ビタペクト配布活動
 10月25日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第110回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を3個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1738個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1490部となりました。
  
 今回で通算120回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1738人分のビタペクト2、そして1490家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


今回は3家族がSOS子ども村に保養滞在していました。それぞれの家族にお話を伺いました。

(家族A)

 ミンスク州のマリナ・ゴールカ(チェルノブイリ原発から約280キロ)から来た親子。この家族にもビタペクト2を1個渡しました。
 母親(事故発生時12歳)の胎内放射能値は10ベクレル。2歳の長男は33ベクレルでした。
 本当はビタペクト2は3歳以下の子どもにはあげないことになっています。(まれに下痢を起こすことがあるため。)しかしまだお母さんが母乳が出ている、ということだったので、お母さんがビタペクト2を飲み、その母乳を長男に飲ませることになりました。
 母親から放射能が母乳を通じて子どもに行くことは十分ありえます。ただそんなに大きな値ではないそうです。とにかく、母乳を与えている場合は母親がビタペクト2を飲むほうがいいのではないか、と思いました。
 この男の子は現在、比較的健康だそうです。


(家族B)

 モギリョフ州にある町クリチェフ(チェルノブイリ原発から約240キロ)から来た家族。お母さんが2人の子どもと保養滞在していました。
 この家族には1個のビタペクト2を渡しました。
 残念なことに体内放射能測定の日に、4歳の長女が風邪で熱を出してしまい、お母さんはSOS子ども村で看病していました。そのため8歳の長男だけが測定をしました。その結果は22ベクレルでした。この長男にだけビタペクト2を渡しましたが、結果的には飲ませないことになりました。
 長男は生まれつき心臓の壁に穴が開いています。さらに子どもが2人とも遺伝子病フェニルケトン尿症にかかっています。これは大変珍しい病気だそうです。両親が偶然、この病気の遺伝子を持っている場合、子どもに発病します。子どもも保因者になります。
 食べ物により湿疹のようなアレルギー反応が出るそうで、食事に気をつけないといけません。そのための特殊な栄養ミルクも売られていますが、ベラルーシでこの病気を発症している患者自体が少ないので、なかなか手に入れられないそうです。
 年齢が上がるとともに発症の度合いも軽くなっていくそうですが、治療の方法はありません。ちなみにクリチェフ市にはこの病気の子どもはこの兄妹を入れて3人しか患者がいないそうです。
 食事内容に気をつけないといけない、ということで、ビタペクト2を飲んでもいいものかどうか調べてみることにしました。その結果、やめておいたほうがいいということになりました。お母さんはがっかりしていました。
 同じ病気の長女にもあげられないし、かと言って、一度あげる、と渡したものを返してほしい、と言うのもなんだったので、ビタペクト2は母親が飲むことになりました。
 測定はしていないので、母親の放射能値がどれぐらいなのか分からないのですが、おそらく0ベクレルということはないでしょう、ということで、ビタペクト2を飲んでもらうことになりました。


(家族C)

 モギリョフ州クリチェフ市の近くにあるコスチュシコビッチから来た家族。お母さんが4人の子どもを連れてきていました。やはり体内放射能測定の日に4歳の三男をお母さんがミンスクの専門病院に連れて行っていたので、この2人は測定を行っていません。
 測定をした3人の子どもたちの体内放射能値の結果は、長男(15歳)が17ベクレル、次男(11歳)22ベクレル、長女(8歳)が9ベクレルでした。
 次男にだけビタペクト2を1個渡しました。
 お母さんは弱視です。遺伝なのか長女も弱視で目薬をずっとさしているそうです。
 三男は小児麻痺のため、ほとんど自力で動けず、視神経にも異常があり、光があるかないかしか分からないそうです。このような障害を持っている子どもたちのための特別養護学校があり、治療プログラムを受けることになっています。
 とにかくお母さん方のご苦労には、驚くばかりです。さらにクリチェフの病院に子どもを連れて行ったら、とにかく待ち時間が長くて、5時間も待たされた、とか、食中毒で入院したのに、インフルエンザの患者が入れられている病室に入れられた、とか、入院中食事が出ず、ミネラルウオーターだけ与えられた、とか、信じがたい話をお母さんたちはしていました。
 でもSOS子ども村に来て、自分たちの地元の病院への苦情を愚痴ったところで、何も改善しません。地域住民が団結して、しかるべき場所へ訴えるしかないのでは、と話しました。あきらめたらダメですよね。自分や自分の家族の健康のためなのですから。

今回もいつものように子どもたちに折り紙やぬりえ、折鶴などをプレゼントしました。きれいな一筆箋もあったので、1枚1枚に筆ペンで子どもたちの名前を日本語で書きました。
 日本語を書くと、どういうわけかすごくベラルーシ人の子どもに受けますね。なぜだろう?

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。 

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第109回」

2010-10-06 |   ビタペクト配布活動
 10月4日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第109回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を8個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1735個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1480部となりました。
  
 今回で通算119回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1735人分のビタペクト2、そして1480家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回は2家族がSOS子ども村へ保養滞在に来ていました。それぞれのご家族にお話を伺いました。

(家族A)ゴメリ州ドブルシ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族。お母さんが6人の子どもを引率してきていました。この家族には4個のビタペクト2を渡しました。
引率者のお母さんの姉妹が以前2007年11月と2010年2月にSOS子ども村に保養滞在しています。今回6人の子どものうち2人は以前にも滞在したことのある子どもです。過去の滞在時の様子はこちらです。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第68回」(家族B)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/8e0659625ebc56a74669fe75a7e88c9d


チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第99回」(家族A)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/9a9498a92b6f152a19fff7d4718dee18



 それぞれの体内放射能値の結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を1個ずつ渡しました。

母親(事故発生時11歳)8ベクレル
長女(14歳)21ベクレル ○ (2007年11月測定時は11歳。18ベクレル ○)
次女 (9歳)27ベクレル ○
三女 (1歳) 0ベクレル
女子(14歳)14ベクレル
女子 (9歳)24ベクレル ○
女子 (7歳)23ベクレル ○ (2007年11月測定時は4歳。22ベクレル ○  2010年2月測定時は7歳。57ベクレル ○)

 7歳の女の子が今年の2月には57ベクレルだったのが、10月に23ベクレルになったのは、よい結果が出ている、ということです。ただまだ20ベクレル以上あるのが心配です。今回またビタペクトを飲むことになりましたが、ゴメリ州に住んでいる子どもはどうも、すぐ元に戻ってしまう傾向がありますね・・・。
 
 このお母さんと2007年11月と2010年2月に保養滞在していたお母さんは姉妹です。引率した3人の女の子は親戚に当たります。
 子どもたちの健康状態を尋ねたところ、14歳の長女は胆嚢機能障害があり、食餌療法を続けているそうです。わき腹に痛みがあり、肝臓肥大が見られる、と医者に言われたそうですが、SOS子ども村のリリヤ先生は
「子どもで肝臓肥大? 滅多にありませんよ。誤診ではないですか?」
ときいていました。

 他の子どもたちは比較的健康だそうですが、「完璧に健康な子どもは2人に1人ぐらいしかいなくなっている。」と話していました。ドブルシ市も放射能汚染地域からは外されてしまったそうです。そのため以前は無料や割引でもらえていた薬が今はもらえなくなってしまった、というお母さんのお話でした。


(家族B)

 ゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)の近くにあるべリョースキ村から来た家族。ちなみにもうすぐこの村はゴメリ市べリョースキ区として編成されるそうです。
 お母さんが6人の子どもを引率してきていました。この家族にも4個のビタペクト2を渡しました。
 それぞれの体内放射能値の結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を1個ずつ渡しました。

母親(事故発生時11歳)18ベクレル
長男 (9歳)30ベクレル ○
次男 (4歳)15ベクレル
長女 (1歳) 0ベクレル
男子(13歳)31ベクレル ○
男子 (7歳)28ベクレル ○
男子 (5歳)20ベクレル ○

 このうち7歳と5歳の男の子2人は兄弟です。引率してきた3人の男の子は親戚や知人の子です。
 長男は甲状腺肥大が見られ、ヨード剤を飲んでいます。
 次男は1歳半のときに神経の異常と見られる症状が出たので、薬を服用しましたが、副作用で肝臓障害を起こしました。現在は肝臓をきれいにする薬を飲んでいるそうです。4歳なのに薬漬けの状態ですが、これでいいのかな、と思いました。
 1歳の長女は生後3ヶ月からアレルギー体質が出てきて、皮膚が赤くなったり、呼吸困難を起こしたりします。食べ物が原因のようですが、はっきりしません。
 13歳の男子は幼少時から背骨の異常で、極端に曲がっているため、すべての内臓が体の中に収まろうとして、大きさが小さいそうです。そんなこともあるんですね・・・。
 5歳の男子はよく風邪をひくそうです。

 画像は記念撮影した様子ですが、13歳の男の子と家族Bの1歳の女の子は(昼寝中)この中に写っていません。
 いつものように子どもたちに折り紙やぬりえ、折鶴などをプレゼントしました。きれいな一筆箋もあったので、1枚1枚に筆ペンで子どもたちの名前を書きました。大喜びでした。
「筆ペンはどこで売ってるの? ベラルーシでも買えるの?」
と子どもたちにきかれました。(たぶんベラルーシでは売ってないです。普通の筆で書いてみてね。)

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。 


チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第108回」

2010-09-24 |   ビタペクト配布活動
 9月9日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第108回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を3個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1727個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1470部となりました。
  
 今回で通算118回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1727人分のビタペクト2、そして1470家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by




 今回はミンスク州から2家族が保養滞在していました。それぞれのご家族にお話を伺いました。

(家族A)

 ミンスクから5キロのところにあるラトムカ(チェルノブイリ原発から約340キロ)から来た家族。この家族には2個のビタペクト2を渡しました。体内放射能値の結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を1個ずつ渡しました。

母(事故発生時13歳)15ベクレル
長女(16歳)12ベクレル
次男(14歳)27ベクレル ○
三男 (3歳)26ベクレル ○

 このほか18歳の長男がいますが、SOS子ども村による年齢制限のため、保養滞在していません。また生後2ヶ月の次女がいますが、まだ首も座っていないし、測定不可能ということで、放射能値を調べていません。

 次男は低血圧のため、しょっちゅう頭痛を起こしているそうです。薬を飲み続けて現在は頭痛は軽減していますが、薬を飲むのをやめたら、また頭が痛くなるのでは、と手放せない状態です。
 他の子どもたちは比較的健康だそうです。
 子どもが5人いるので、多子家庭のための子ども手当てをもらっていますが、子どもが小学校入学まではたくさんもらえるのに、年齢が上がるにつれて手当ての額が少なくなっていくそうです。
 手当ての額は地方自治体によって、異なります。意外とミンスクやミンスク州では少ないようですね。
 お母さんは内装工で、主に壁を塗る左官の仕事をしていますが、今は育児休暇中。最初の夫からは上の子ども3人分の養育費をもらっていますが、下の2人の子どもの父親とは正式に結婚していない、という複雑な事情があり、今は家を借りて暮らしているそうです。
 お母さんの話を聞いていて、自由な女性、という印象も持ちましたが、私の目からするとものすごく生活が大変なようすにも見えました。
 ベラルーシもこれから、どんどんこういう新しいタイプの女性(正式に結婚はしないが、子どもはほしいという)が増えてくると思いました。
 そのとき行政はどのような対応を・・・とも思いましたし、また子どもたち自身はどうなのかな? と少々心配にも思いました。


(家族B)

 ミンスクから17キロのところにあるガトボ(チェルノブイリ原発から約310キロ)から来た家族。この家族には1個のビタペクト2を渡しました。体内放射能値の結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母(事故発生時19歳)13ベクレル
次女(10歳)25ベクレル ○
三女 (6歳) 0ベクレル
四女 (1歳)47ベクレル

 この家族には22歳の長女がいますが、同じく年齢制限のため保養滞在に来ていません。
 1歳の四女は放射能値が高かったのですが、ビタペクト2を飲めるのは3歳以上なので、渡していません。
 
 10歳の次女は生まれつき心臓が弱いそうです。生まれたときに難産だったそうで、お母さんはこの次女のことを一番心配していました。
 逆に三女はとても元気で、利発な子どもだそうで、放射能も0ベクレルだったため、お母さんは大変安心していました。

この家族のお父さんは身体障害者です。海水浴に行って頭から飛び込んだら、海の底にぶつかって首の骨がずれてしまいました。そのとき長女は1歳だったそうです。
(飛び込むのは実はとても危ない、ということを日本のテレビで見たことがあります。毎年大勢の人が障害者になっているそうです。皆さん、気をつけましょう。)
 その後お父さんは車椅子生活を送り、医者からは
「二度と自力で歩くことはできない。」
と宣告されました。
 ところが本人があきらめずに、リハビリを懸命に続けた結果、立てるようになり、今では何とか自分で歩けるようになりました。
 お父さんが障害者になったころは、お母さんも大変な苦労をしたと思います。
 しかし10年前に「やっぱり子どもがもっとほしい。」と思うようになり、今は4人の女の子が生まれています。お母さんは子宝に恵まれて本当によかったと笑顔で話していました。

 画像は記念撮影したときの様子ですが(家族B)の次女が地元の学校に通っていたため、写っていません。また1歳の四女も寝てしまって、写っていません。

今回もいつものように子ども達に折り紙や日本の絵葉書、ぬりえ、そして日本のおやつ昆布(北海道、昆布の名産地、羅臼にお住まいのSさんからのプレゼント)を渡しました。
 昆布についてはやはりお母さんたちから、どのように食べたらいいのか、などの質問が出ました。とても熱心に
「こういう料理に使ってもよいのか?」
といった質問が出ました。

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、昆布をわざわざ北海道から送ってくださったSさん、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。 

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第107回」

2010-08-23 |   ビタペクト配布活動
 8月23日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第107回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を8個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1724個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1460部となりました。
  
 今回で通算117回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1724人分のビタペクト2、そして1460家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回はブレスト(チェルノブイリ原発から約440キロ)の多子家庭協会の子どもたちが保養滞在していました。
そのうち2人の子どもは複数回の滞在をしています。体内測定値の追跡調査を続けることになりました。
 前回の滞在は2008年7月です。そのときの詳しい様子、またブレストの多子家庭協会についてはこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第76回」(家族A)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/a29d7528df60ddc4a5b26b86a355d7d7


 お母さん2人が14人の子どもを引率して来ました。全員ブレストの多子家庭協会の会員ですが、母親により担当している子どもも2つに分けられていたので、(家族A)と(家族B)に分けてご報告します。

 今回のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。


(家族A)

母親(事故発生時24歳)11ベクレル
長女(12歳)13ベクレル
次女(12歳) 0ベクレル 
女子(13歳)24ベクレル ○
女子 (9歳)34ベクレル ○ (この2人はいとこ。)
女子(11歳)29ベクレル ○
女子 (9歳)17ベクレル
女子 (8歳)25ベクレル ○

 このお母さんが2008年7月滞在時の(家族A)と同じ人です。
 その娘2人の2003年、2004年、2005年、2006年、2008年、2010年の測定結果の推移はこのようになりました。(○印は測定結果後、ビタペクト2を飲んだことを表しています。)
長女 48ベクレル○ → 21ベクレル○ → 29ベクレル○ → 22ベクレル○ → 13ベクレル → 13ベクレル
次女 27ベクレル○ → 0ベクレル→ 20ベクレル○ → 0ベクレル → 22ベクレル○ →0ベクレル

 今回は2人ともビタペクト2を飲まなくていいので、お母さんは喜んでいました。
 この子どもは背骨が歪んでいて、休学までしていたこともあったのですが、現在はブレストにある背骨矯正のプログラムがある療養所に通っているそうです。
 水泳にマッサージ、矯正体操のほか、自宅でも木の板の上で寝ており、テニスなど主に片手でするスポーツは禁止されているそうです。
 この子どもたちの中では、11歳の女の子も背骨の矯正プログラムを受けています。
 

(家族B)

母親(事故発生時15歳)10ベクレル
長女(17歳)21ベクレル ○
長男(15歳)14ベクレル
次女(11歳)25ベクレル ○
姪 (17歳)18ベクレル 
男子(11歳)22ベクレル ○
男子(11歳)23ベクレル ○
男子(10歳)11ベクレル

 このお母さんの実子、3人も背骨の矯正プログラムを受けています。長男と次女には甲状腺にしこりが認められています。
 姪の父親はチェルノブイリ原発事故発生時の事故処理作業員でした。その後どんどん髪の毛が薄くなり、現在は病弱なため、薬を飲み続けているそうです。以前は事故処理作業員には、様々な福祉政策が出されていました。夏の休暇が一般人より長く、療養所に優先して行くことができましたが、今は全てこのような政策は打ち切られました。子どもである姪は外国の支援団体の援助によりアイルランドに保養に行ったことがあります。
 11歳の男の子が2人いますが、二人とも5人、6人兄弟の1人で、貧困家庭だそうです。普段の食生活がよくないのか、体力がない、という話でした。
 10歳の男の子が胆汁が分泌されず、消化不良を起こすため、食事内容に制限があります。
 
 お母さん方の話を聞いていると、ブレストでは背骨に異常のある子どもが事故後たくさん生まれた、という印象を受けます。また、
「男性は早死にするようになり、女性には生殖器関係の病気が以前より増えた。」
と言うことでした。
 ベラルーシ人の2人に1人は甲状腺にしこりがある、と(家族A)のお母さんは話しており、ご自身も良性の腫瘍が5個もあるそうです。

 またこの人の話では、チェルノブイリ原発事故が起こったのは結婚式のせい、という説があるそうです。
 それは一体どういうことかというと・・・事故が発生したのは金曜日から土曜日にかけての夜だった。ベラルーシではよく土曜日に結婚式が行われる。金曜日にロシアからチェルノブイリ原発に視察団が来ており、動作試験を行っていた。視察団のメンバーは翌日、原発関係職員の結婚式、3組に招待されており、早く視察を終えて帰りたかった。原発職員も早く仕事を終わらせたかった。そのためちゃんと実施しなければならなかった手順の多くを省略してしまい、事故の発生につながった・・・。

・・・という説なのですが、これが正しいのか、実際どうして事故が起こったのか、原因というのは非常に複雑だったり、当時の作業員の多くが被爆死したりしたため、まだ完全に解明されていません。(地震説もあるぐらいですが、こちらは多くの人が否定的です。ベラルーシには地震が起こりませんから。)

 このブレスト多子家庭協会は会費を集めて、会員16人がベラルーシ国内保養地に行くための費用を捻出したり、救援物資を分配するなど活発に活動していました。原発事故に対する危機感など、社会的な意識も高かったです。
 今回もいつものように子ども達に折り紙や日本の絵葉書、ぬりえなどをプレゼントしました。絵葉書の裏に日本語で名前を筆ペンで書いてあげたら、とても喜んでいました。(もちろん縦書き。)
 そして今回も日本のおやつ昆布(北海道、昆布の名産地、羅臼にお住まいのSさんからのプレゼント)を渡しました。お母さんたちは興味深々で、
「日本人が若く見えるのは昆布のおかげですか? 毎日食べなくっちゃ。」
と言っていました。 
 画像は記念撮影した様子ですが、この中に私の(ベラルーシ人からすればとても若く見える)両親と娘がまざって写っています。

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、昆布をわざわざ北海道から送ってくださったSさん、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。 
 

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第106回」

2010-08-02 |   ビタペクト配布活動
 8月2日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第106回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を4個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1716個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1450部となりました。
  
 今回で通算116回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1716人分のビタペクト2、そして1450家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回はモズィリ市(チェルノブイリ原発から約90キロ)からSOS子ども村に来て保養滞在していました。
 13人の子どものうち、5人がモズィリ市糖尿病児童協会の会員、引率した二人のお母さんは同協会の会長さんと副会長さんでした。
 モズィリ市の糖尿病児童にチロ基金は2005年から支援活動を行っています。
 今までの活動について詳しくはこちらをご覧ください。

「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第1回と第2回について。

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/mozyl/index.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第3回について。(HP「ベラルーシの部屋」過去ログ2006年6月。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/logs/2006/index.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第4回について。(HP「ベラルーシの部屋」過去ログ2006年11月。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/logs/2006/index.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第5回について。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f415615145caf7b7d8c0690c79bf3248


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第6回について。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/376de4f9bd9e54a5a9784e40834bbcfe


 またこの協会の子どもたちは2005年、2006年、2007年、2009年にSOS子ども村で保養滞在しています。

 2005年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第34回」

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2005/no34.html


 2006年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第41回」

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2006/no46.html


 2007年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第64回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/94523300e63c7fed625923c400212e2b


 2009年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第94回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f32f99a8ce11959f989f288e46884e41


それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

会長(事故発生時16歳)15ベクレル(2007年)→ 8ベクレル(2009年) ○ → 8ベクレル
次男(6歳) 32ベクレル(2007年) ○ → 31ベクレル(2009年)○ → 19ベクレル ○
三男(2歳) 27ベクレル(2009年)→ 18ベクレル ○
男子(12歳) 21ベクレル(2007年) ○ → 33ベクレル ○(2009年) → 10ベクレル

副会長 19ベクレル(2007年)○ → 16ベクレル
長男(13歳) 25ベクレル(2007年)○ → 20ベクレル ○
次男(11歳)(糖尿病患者)27ベクレル ○ → 27ベクレル ○
四男(4歳) 27ベクレル → 16ベクレル 

 引率した子ども。
女子(15歳)23ベクレル(2009年)○ → 17ベクレル

 今回初めて測定した子ども。
女子(16歳)(糖尿病患者)11ベクレル 
男子(15歳)(糖尿病患者)16ベクレル
女子(8歳)11ベクレル

 今回は会長さんの長男、そして糖尿病患者の2人の女の子が測定をしていません。ミンスクの大学や高校に進学を希望し、入試の願書の手続きなどで、ベルラド研究所に行けなかったのです。

 会長さんの三男は年齢が3歳以下ですが、昨年お母さんの強い希望により、ビタペクト2を半分量の飲みました。下痢などの症状は全くなかったそうです。効果が現れている、ということで今回も飲ませたいとお母さんが希望したため、1個ビタペクトを渡しています。
 今回は測定ができなかった子どももいましたが、去年飲んだビタペクト2の効果が現れている子どもが多く、大変うれしかったです。

 会長さんにお話を伺いました。現在モズィリ市糖尿病児童協会の会員は19名。インスリン用注射針は国から無料で支給されていますが、血糖値を計る簡易検査試験紙はもらえなくなったそうです。全て「自分たちで何とかしろ。」のような風潮になってきているそうです。
 仕方がないので、会員の間でお金を集め、とにかくまとめ買いをして、割安な値段で購入し、みんなで分け合っているそうです。
 今年もチロ基金にモズィリ市糖尿病児童協会支援活動のための寄付金が集まらず、昨年に続き、今年もこの活動を見送ることになりました。残念です。
 
 会長さんの次男は胸骨(胸の中央部分の骨)が異状に伸びてきて、心臓を圧迫し始めたそうです。ミンスクの大きい病院で検査をすることを希望していました。こんなことが起きるのか? と驚きました。
 三男はアレルギー体質で、SOS子ども村に来てから虫に目の横を刺され、顔の半分が腫れたため、病院で注射をしてもらいました。
 12歳の男の子は口蓋や腸の手術を受けてから元気になり、今は水泳を練習し、目標はオリンピックだそうです。すごいですね。がんばってほしいです。

 副会長さんの長男は喘息を持っていましたが、最近はよくなってきたとことです。四男は生まれつき、腎臓が一つしかなく、アレルギーが多くて、食事にとても気を使うそうです。
 糖尿病患者の次男はSOS子ども村出発の前の日にさびた釘を踏んでしまいました。その後化膿してしまい、SOS子ども村に来てからすぐ入院したので、この画像には写っていません。糖尿病を持っているので怪我をしてもその治療が大変だ、とお母さんは話していました。
 
 子どもたちに折り紙やぬりえのプレゼントをしました。そして今回も日本の昆布のプレゼントです!
 前回のご報告でもご紹介しましたが、これは北海道、昆布の名産地、羅臼にお住まいのSさんからのプレゼントです。
「わあ! 大きい!」
とみんなびっくり。ベラルーシにも昆布の入ったサラダが売られていますが、昆布がどんな大きさや形をしているのか知っているベラルーシ人はほとんどいません。
 おやつ昆布も「おいしい。」と次々齧っていました。糖尿病の子どもたちは食育を協会で受けているので、昆布に対してもいろいろ知っていました。

 会長さんは
「不況が続き、社会全体が疲れているような状態です。でもわざわざ日本から昆布を送ってくれる人も世の中にはいる。みんなそれぞれ大変ですが、希望を捨てることはしてはいけないですね。」
と話していました。
 
 画像は記念撮影した様子です。ベラルーシも猛暑で毎日暑い、暑い。日陰でこんな状態です。 
  
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、昆布をわざわざ北海道から送ってくださったSさん、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。 

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第105回」

2010-07-12 |   ビタペクト配布活動
 7月12日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第105回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を13個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1712個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1440部となりました。
  
 今回で通算115回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1712人分のビタペクト2、そして1440家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回も2家族がSOS子ども村に来て保養滞在していました。それぞれのご家族にお話を伺いました。

(家族A)
 
 ピンスク(チェルノブイリ原発から約280キロ)から来た家族。この家族に8個のビタペクト2を渡しました。子どもは全部で8人いますが、そのうち6人だけが保養に来ており、また2人の子どもを引率していました。合計8人子ども全員に1つずつビタペクト2を渡しました。
 この家族は2009年5月にもSOS子ども村に保養滞在しています。そのときの様子について詳しくは過去ログ「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第90回」(家族A)をご覧ください。
 

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5605baafc47f087d39d977d760920c4d


 2009年と今回(2010年)の体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)0ベクレル
男子(13歳)27ベクレル ○ → 26ベクレル ○
女子(10歳)21ベクレル ○ → 36ベクレル ○
男子(9歳) 32ベクレル ○ → 29ベクレル ○
女子(7歳) 26ベクレル ○ → 33ベクレル ○ 
女子(6歳) 22ベクレル ○ → 32ベクレル ○
女子(3歳) 30ベクレル ○ (前回は留守番をしていた末っ子。)
女子(11歳)19ベクレル ○ (お母さんの友人の娘。)
女子(9歳) 19ベクレル ○ (孤児。多子家庭の子どもだったため、今回連れてきてもらった。)

 前回の結果と比べると、ビタペクトを飲んだにもかかわらず、今回の結果がよくありません。
 これは一体どうしてなのか・・・。お母さんの話によると、SOS子ども村へ出発する直前、今が旬のビルベリーを市場でバケツ3杯、買ってきて家族みんなで食べたそうです。もちろんベラルーシ人ですから、一粒、二粒、といった食べ方はしません。バケツ3杯分がなくなるまで、家族10人でお腹がいっぱいになるまで食べたそうです。
 市場で売られているベリー類、キノコ類は店で売られている物と違って、一般人が森で集めてきたものです。だからバケツ売りされているのですが、当然放射能値の検査などされていません。
「今から考えるとたぶんビルベリーのせいで放射能値が上がってしまったと思う。」
とお母さんはちょっとしょんぼりしていました。

 この家族の長女は17歳以上になったため、今回は同行していません。また7歳の女の子と双子の男の子がいますが、今回も障害のため、留守番でした。
 この男の子は去年は歩くことができない、という話でしたが、現在は車椅子に乗って生活しているそうです。
 10歳の女の子は生まれつき腎臓が一つしかありません。また肩のあたりの骨と関節が歪んでいて腕を上げることができません。去年の秋にミンスクの専門病院で検査入院しました。その結果、もし歪みの程度が進んで、麻痺状態が起こるほどになったら、手術して、肥大した骨の部分を削るように、と言われて退院したそうです。
 今のところは麻痺は起こっていないので、放置しているのですが、お母さんは心配していました。麻痺が起こるほど進行してほしくないです。


(家族B)
 
 ミンスク州ラゴイスク市(チェルノブイリ原発から約340キロ)から来た家族。お母さんが5人の子どもと友人の娘1人を引率してきていました。この家族には5個のビタペクト2を渡しました。
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時10歳)12ベクレル
女子(17歳)19ベクレル ○
男子(14歳)22ベクレル ○
女子(13歳)27ベクレル ○
女子 (4歳)24ベクレル ○
女子(7ヶ月) 0ベクレル
女子(17歳)25ベクレル ○

 ラゴイスク市はミンスクのすぐ近所で、もちろん放射能汚染地域ではありません。しかしあまりよくない結果でした。
 このうち14歳の男の子は画像に写っていません。脳性まひで、車椅子に乗っており、同じ障害を持つ子どもが通う特別な幼稚園に通っています。放射能値を測定したときは保養滞在していたのですが、急に知らないところに来て驚いたのか、落ち着きがなく、ほとんど常時しゃべっている状態となり、他の子どもの迷惑になってしまったため、先に家に帰されたそうです。(ちょっとかわいそう。)
 他の子どもたちは健康で、特に問題はないそうです。引率してきた友人の娘は慢性胃炎だそうです。
 しかしSOS子ども村のリリヤ先生は
「それは成長期だから。もう少ししたら治ります。みんなそうよ。」
と言うので、私はびっくりしました。ベラルーシ人の中高生はみんな胃炎持ちなの???
 するとリリヤ先生は「ベラルーシ人のように肉食民族はみなそうです。」と答えました。
 日本人は肉をあまり食べないから、胃炎を起こさない、と主張。
 本当かどうか私には分かりませんが、このようにベラルーシ人は考えているそうです。
 
 今回も子どもたちに折り紙やぬりえのプレゼントをしました。そして今回も日本の昆布のプレゼント!
 前回のご報告でもご紹介しましたが、これは北海道、昆布の名産地、羅臼にお住まいのSさんからのプレゼントなのです。昆布を作られているSさんからの心のこもった贈り物です。Sさんからのお手紙によると、旨みのある昆布をつくるために手間隙、そして長い時間がかかるそうです。
 プレゼントしたのは乾燥昆布とそのまま食べられるおやつ昆布。SOS子ども村の職員さんたちも味見したい、と言ったので、おやつ昆布をみんなで食べました。反応はさまざま・・・。ちぎって食べる子どもやクッキーといっしょに食べる子どももいました。
 (おやつにするより、おかずの中に入れるほうがいいかもしれませんね。)

 やはりまだまだ海産物を食べることに慣れていないベラルーシ人。しかし10年前に比べると啓蒙されてきたと思います。(テレビのCMでも「ヨードを摂りましょう。」と宣伝している国ですから。)SOS子ども村からベラルーシ各地に昆布のよさを広めていきたいと思っています。
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、昆布をわざわざ北海道から送ってくださったSさん、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第104回」

2010-06-21 |   ビタペクト配布活動
 6月21日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第104回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を11個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1699個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1430部となりました。
  
 今回で通算114回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1699人分のビタペクト2、そして1430家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



 今回は2家族がSOS子ども村に来て保養滞在していました。それぞれのお母さんにお話を伺いました。

(家族A)

 ゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族。この家族には5個のビタペクト2を渡しました。お母さんには3人の実子がいますが、そのうち1人の子ども、2人の姪、そして5人の子どもを引率してきていました。このお母さんは地元の多子家庭と障害児を支援する協会の会長で、5人の子どもはその会の会員です。
 お母さんの実子は2009年9月に、祖母に引率されてSOS子ども村に保養滞在していました。そのときの様子はこちらの記事をご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第96回」(家族A)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f09ebd298248eb3f7f5c1299bdf04770


 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)9ベクレル
三女(12歳) 23ベクレル ○ → 22ベクレル ○
姪 (10歳) 15ベクレル
姪  (4歳) 23ベクレル ○
男子(14歳) 12ベクレル
男子(10歳) 20ベクレル ○
女子(10歳) 11ベクレル
男子(10歳) 23ベクレル ○
女子 (6歳) 24ベクレル ○
 
 お母さんの話によると、12歳の三女は心臓が弱く、さらに慢性胃炎を患っているそうです。心臓の精密な検査を受けたいと考えていますが、ゴメリ市の病院の医者のレベルは低い、と全く信用していません。と言うのも、このお母さんは第4子に当たる子どもを生後8ヶ月で亡くしています。その理由は医療ミス。
 熱が出て、むずかったので、医者に診せると「それは歯が生えてきたから。」と診断され、それを信じていたところ、3日後に意識がなくなったの救急車で集中治療室に運ばれたのですが、15時間後に死亡。正しい診断がされて、もっと早くに適切な治療が受けられていれば、死んでいなかったと、病院を訴える、ということもしたそうです。(ベラルーシでは珍しいケース。普通は泣き寝入りすることが多いです。)
 ゴメリの病院を信用していないのなら、首都ミンスクの病院はどうなのかと尋ねると
「すでに専門病院を訪ねたけれど、『ゴメリの人はゴメリの病院に行きなさい。』と門前払いされた。」
と怒っていました。
 この三女は去年の9月にも23ベクレルでビタペクト2を飲んだのに、また同じレベルにまで体内放射能値が増えていたので、お母さんはがっかりしていました。
 三女といっしょに保養に行っていて今回は来なかった二女も
「同じように放射能値が戻ったにちがいない。お金がかかってもいいからビタペクト2をミンスクで買って帰りたい。」
と心配していました。

 姪2人は免疫力が異常に低く、風邪をひいていないときのほうが時間で言うと少ないそうです。4歳の姪は慢性中耳炎で、夏でもちょっと風が当たると、すぐ中耳炎になるので、外出しているときは、耳を覆う帽子をかぶらないといけないそうです。
 14歳の男の子は喉の病気で治療用のスプレーを常に携帯しています。10歳の女の子も慢性胃炎。20ベクレルだった10歳の男の子は小腸の病気、さらに鼻が少しずつ曲がってきている(左右非対称になってきている)ので、近い将来、治療しないといけない、と話していました。
 23ベクレルの10歳の男の子と6歳の女の子は兄妹です。持病はありませんが、お母さんが第三子妊娠中にインフルエンザにかかって流産してしまい、精神的なショックから立ち直れず、上の子ども2人を今回の保養に連れてきたそうです。

 引率したお母さんが会長をつとめる多子家庭の協会には現在187家族が所属しているそうです。モギリョフの企業と契約を結び、食料品を受け取っては、各家庭に分配しているそうです。食料品と言っても、小麦粉や植物油などベラルーシ人家庭にとってはあって当たり前のものばかり。衣服や靴を配るときもありますが、食料品が一番喜ばれるそうです。
 でもこれはよく考えたら、相当経済的に困っているということになります。

 この協会はイタリアからの支援も受けていて、ときどき子どもたちが選ばれて、イタリアに保養に行っているそうです。そういう機会を逃さず、病気の子どもは治療を受けさせているそうです。
  

(家族B)

 ゴメリ州トゥーロフ市(チェルノブイリ原発から約180キロ)から来た家族。6個のビタペクトを渡しました。この家族には8人の子どもがいますが、上の子ども2人は16歳以上になっているので、今回は6人の子どもがお母さんといっしょに保養滞在していました。 
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時10歳)13ベクレル
男子(16歳)30ベクレル ○
女子(15歳)24ベクレル ○
女子(14歳)33ベクレル ○
女子(10歳)19ベクレル ○
男子 (8歳)29ベクレル ○
女子 (7歳)23ベクレル ○

 お母さんの話によると、16歳の男の子は7歳のときに病気になり、その後長期間歩けなかったそうです。現在は元気になりましたが、最近は背骨の異常が見つかり、治療を受ける予定だそうです。
 10歳の女の子は右耳が慢性中耳炎。さらに話すことが非常に苦手で、家族以外とはほとんどしゃべることがなかったそうです。他人と話すことに緊張してしまい、引きこもりがちでしたが、1年前から専門医の指導を受け、発音もよくなり、だいぶ改善されたため、今は外出もできるようになったそうです。
 7歳の女の子はおねしょが治らず、心配していました。
 14歳と10歳の女の子はアイルランドに保養滞在したことがあるそうです。トゥーロフ市にある多子家庭協会に所属しているからなのですが、やはり食料品や衣類、毛布などを支援物資としてもらっているそうです。
 しかし、この家族は子ども全員にビタペクト2をあげることになったほど、測定結果がよくなかったです。
 今回は保養に来なかった18歳の娘は、7歳ぐらいまで普通に育っていたのに、どんどん視野が狭くなってきてほとんど目が見えない状態になり、さらに病状が悪化するにつれ、ストレスから精神病になってしまったそうです。放っておくと暴れて手をつけられなくなるので、投薬で神経を鈍らせ、反応を遅くするようにしているそうです。完治しそうになく、こんなことってあるのかと恐ろしいです。
 ストレスのせいで精神病、というより、神経のどこかに異常があるので、視野も狭くなってしまったのでは・・・そのほうを治すほうがいいのでは・・・と素人ながら、考えてしまいました。 
 
 この家族は大家族なのに、お母さんの父親の家に同居しているそうです。お父さんと2人で必死で働いており、近々ローンを組んで一軒家を購入する予定だそうです。 このローンを返すのがまたまた大変だろうな、と思いました。16歳の男の子は、家事の手伝いもして、とてもしっかりした子でした。いろいろ苦労しているだろうけど、家族同士助け合っているんだろうな、と思いました。

 今回も子どもたちに折り紙やぬりえのプレゼントをしました。そして今回は特別に日本の昆布のプレゼント!
 これは北海道、昆布の名産地、羅臼にお住まいのSさんからのプレゼントなのです。昆布を作られているSさんからの心のこもった贈り物です。Sさんからのお手紙によると、旨みのある昆布をつくるために手間隙、そして長い時間がかかるそうです。
 プレゼントしたのは乾燥昆布とそのまま食べられるおやつ昆布。(懐かしい!)
 ベラルーシにも昆布サラダが売られていますが、細く切られて、他の野菜と混ざっている状態です。乾燥昆布も売られていますが、こちらも細切りの状態で袋詰めされているので、ベラルーシ人は昆布の真の姿を見たことがありません。
 今回の「折りたたんである状態」の羅臼昆布を見て、みんなびっくり!!!
 「え、これが昆布?」「知らなかった・・・。」
 お母さんたちは「どうやって料理するの?」と必要な分だけ切って使う、ということすら知りませんでした。
 いつも配っている「チェルノブイリ・放射能と栄養」のコピーですが、この本の中には昆布料理レシピが載っているのです。
 昆布入りハンバーグというのもあるので、ベラルーシの子どもたちにぜひ食べてもらいたいですね。

 いつものことながら、風土病で慢性的にヨード不足のベラルーシ民族にいかに昆布が大切なのか、力説してきましたので、保養滞在中からさっそく食べることでしょう。
 SOS子ども村の職員さんたちも「体によさそう。味見したい。」と話していました。(はさみで切ってみんなで仲良く分けてね!)

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、昆布をわざわざ北海道から送ってくださったSさん、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第103回」

2010-05-11 |   ビタペクト配布活動
 5月10日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第103回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を4個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1688個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1420部となりました。
  
 今回で通算113回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1688人分のビタペクト2、そして1420家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回は3家族が保養滞在していましたが、そのうちの1家族(母親と乳児1人)には体内放射能値が低かったため、ビタペクト2を渡していないため、ここではご紹介しません。この家族は画像にも写っていません。(赤ちゃんが寝てしまったんです・・・。)(^^;)


(家族A)

 ゴメリ州カリンコビッチ(チェルノブイリ原発から約100キロ)から来た家族。お母さんが4人の子どもを連れてきていました。この家族には3個のビタペクト2を渡しました。それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。
 
母親(事故発生時21歳)22ベクレル
長男(17歳)21ベクレル ○
長女(16歳)46ベクレル ○
次男(12歳) 0ベクレル
次女 (4歳)22ベクレル ○
 お母さんに子どもたちの健康状態などを聞きました。
 16歳の長女は5年前に肝臓病になりました。今は治っているとのことです。背骨に異常があり、ときどき痛むので、矯正体操をしているそうです。
 他の子どもたちには持病などはないそうです。
 体内放射能値は同じ兄弟なのに0ベクレルの子どももいれば、46ベクレルという高い数値の子どももいます。
 お母さんは
「1年以上、キノコは食べさせていない。牛乳もあまり飲ませていない。どうしてこのような結果が出るのか分からない。」
と話していました。

 お母さんが気になるのは分かるのですが、いちいち口にするものを全て検査できるわけではないので、体内放射能がどうしてたまるのか、確定することは普通はできません。ただ言えるのは、事故が発生して24年経ち、放射能はほとんど全て食べ物から摂取している、ということです。空気や水からだけではこんなに放射能はたまりません。
 とにかく買い物のときに気をつけることと、調理前にできるだけ放射能を除去する作業をするしかありません。(具体的な方法は「チェルノブイリ:放射能と栄養」に書いてありますが、ベラルーシ人の多くにどんどん実行してもらわないと・・・。)
 

(家族B)

 ゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族。お母さんが5人の子どもと2人の姪を連れてきていました。この家族には1個のビタペクト2を渡しました。
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。
 
母親(事故発生時14歳)8ベクレル
長男(16歳) 9ベクレル
長女(13歳) 0ベクレル
次女(11歳) 0ベクレル
三女 (4歳)18ベクレル
次男 (1歳)29ベクレル
姪 (16歳)10ベクレル
姪 (12歳)32ベクレル ○

 お母さんは1歳の次男の放射能値が高いことを気にしていました。しかしまだ小さいので次男にはビタペクト2を渡しませんでした。
 この男の子は生まれつき肝炎にかかった状態で、生後4ヶ月まで黄疸症状があったそうです。しかし治療の結果改善し、最近の検査でも異常は見つからなかったそうです。
 4歳の三女は咳が出て何も食べないので、病院で超音波検査をしたところ、喉に嚢状の腫れ物が二つできていたため、手術して取り除くように言われたそうです。
 その後もう一度同じ医師、同じ場所で検査すると、腫れ物がなくなっていました。(どうなっているの?)
 医師からは
「もうなくなっているので手術の必要なし。」
と言われました。その後風邪をひいたのですが、再び咳が出て何も食べられないので、また病院に行くと、やっぱり腫れ物が二つできていました。
 しかし、しばらくすると消える(超音波検査の画像に現れなくなる)ため、どうしてよいか分からず、放置されている状態です。
「この子はリンパ腺の形が奇形で、こうなっており、病気になると変わった形に膨らむので、腫れ物と見間違えた。」
と医師から言われたそうですが、他の医者は
「そんな形のリンパ腺の奇形はありえない。」
と言い、結局よく分からないままになっています。
 とにかく下手に喉の部分を切らなくてよかったですね。恐ろしい・・・。

 画像は記念撮影したようすです。(ただ3番目の家族は写っていません。また保養滞在家族とは関係ない子どもが1人写っています。)
 今回も子どもたちに折り紙、折り紙の作り方のコピー、折鶴、ぬりえなどをプレゼントしたらとても喜んでいました。
 お母さんからは日本人の子どものしつけについてきかれました。お母さんは
「やっぱり子どものために厳しくしないとだめだ。」
と話していましたが、もしかして自分の子どものしつけに悩んでいるとか???
 でも子どもがたくさんいると大変ですよね。反面、子どもどうしお手伝いなど協力し合っている姿がすてきでした。


 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。


チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第102回」

2010-04-27 |   ビタペクト配布活動
 4月26日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第102回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を6個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1684個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1410部となりました。
  
 今回で通算112回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1684人分のビタペクト2、そして1410家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


今回は3家族がSOS子ども村に来て保養滞在していました。それぞれのお母さんにお話を伺いました。


(家族A)

 ゴメリ州ボブルイスク市(チェルノブイリ原発から約200キロ)から来た家族。この家族には3個のビタペクトを渡しました。
 9人の子どもがいますが、年長の子どもは16歳以上で保養の対象にはならないため、お母さんが年少の5人の子どもを連れてきていました。
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時19歳)14ベクレル 
12歳(女子)42ベクレル ○
11歳(女子)26ベクレル ○
 9歳(男子)31ベクレル ○ 
 7歳(女子) 0ベクレル 
 3歳(男子)19ベクレル 

 お母さんの話によると、子どもたちは持病などもなく、健康だ、ということでした。ただ小食なので心配している、ということでした。
 ボブルイスク市からは7歳以上の子どもを対象に、ヨーロッパなどの救援団体が保養滞在に招待しているそうです。
 12歳の女の子はアイルランドとアメリカ、11歳の女の子はアメリカに夏休みに行ったことがあるそうです。
 去年の夏にも行ったそうですが、そのわりに2人とも体内放射能値が高かったのが気になりました。


(家族B)

 ボブルイスク市から来た家族。この家族にも3個のビタペクトを渡しました。お母さんが5人の子どもを連れてきていました。
それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時7歳)8ベクレル 
12歳(長女)42ベクレル ○
11歳(次女)40ベクレル ○
 7歳(三女) 0ベクレル  
 6歳(長男)42ベクレル ○
 3歳(四女)19ベクレル 

 子どもたちは長男をのぞき、健康だということでした。長男は6歳ですが、3歳児なみの体格です。体重は13キロしかありません。3歳の妹の体重は14キロです。
 生まれつき成長ホルモンの分泌が極端に少ない病気だそうです。
 こうなった理由は分かりません。ベラルーシには現在こういう子どもたちを専門に診る病院があり、全国からそこを受診するようにいわれているそうです。
 この子どもの場合、ホルモン剤を経口、あるいは点滴で受けており、本格的な治療は1年前から始めたそうですが、だいぶ身長体重ともに増えてきて、治療の成果が見えてきたとお母さんは喜んでいました。
 ただこれからも数年にわたり、ホルモン剤を飲まなくてはならず、それがロシア製であるため、在庫がなくなったらロシアから取り寄せることになり、なかなか大変なようでした。
 お母さんは1年ほど前に離婚しています。(離婚の理由は夫のアル中。)
 自分の母親が同居しており、孫の世話を手伝っています。ボブルイスク市の多子家庭協会から助成金をもらっており、また長女はイタリアに、次女と三女はアイルランドに保養滞在したことがあるそうです。


(家族C)

 ミンスク州マリナ・ゴルカ市(チェルノブイリ原発から約280キロ)から来た母子。この家族にはビタペクト2は渡していません。また、画像には写っていません。
 体内放射能測定結果はこのとおりです。

母親(事故発生時13歳) 12ベクレル
長男(1歳2ヶ月)24ベクレル

 このお母さんは身体障害者です。18歳のとき路面電車に乗っていたら、誰かに押され、ドアから落ち、左足の膝を強打しました。靭帯などが切れてしまったのですが、手術をしたら、ばい菌が入って化膿し、傷口が腐ってきたため、膝の上から切断しました。
 10回の手術をし、退院したのは6年後、24歳になっていました。
 ベラルーシでは身体障害者は障害の程度に合わせて、3段階に分けられます。この人のような場合だと、ふつうは2級になるのですが、退院するときに
「2級だと、就職もできない。程度が軽い3級にしなさい。」
と言われ、そのとおりにしました。その後、勉学に戻り、就職もしました。しかし、3級と2級では受けられる助成や割引制度に大きな差があることが後になって分かりました。
 たとえば義足の修理は2級だと無料。3級だと自己負担になってしまいます。
 後から2級に戻りたい、と言っても簡単に戻れません。それは国が少しでも障害者支援の予算を少なくしたいからです。
 2級だと就職が難しくなる、というのもうそです。
 逆に職場で身体障害者の従業員が多い企業は、税金を軽くしてもらえる、という法律があるため、わざわざ就職させる企業もあります。

 さて、このお母さんはその後結婚しますが、離婚。母親と二人暮らしをしていたところ、インターネットでロシア人男性と知り合いました。メールで文通したり電話をしたりしているうちに愛がめばえ、その男性のところへ行きました。
 2人はロシアで同棲生活を始めましたが、男性のお母さんが障害者女性との結婚に大反対し、正式な結婚ができないまま暮らしていました。
 そのうち男の子が生まれたのですが、とうとう男性のほうから別れを切り出され、お母さんは子どもを連れてベラルーシへ戻ってきました。

 片足がないのに1歳の子どもを育てるのは横で見ているだけで、私は疲れました。しかも子どもの父親は、たまに誕生日プレゼントを息子に送ってくるていどで、養育費もほとんど渡していないそうです。もちろんベラルーシへ会いに来たりもしていません。

 同居している自分の母親は病気で、どうやってこの3人が生活しているのか、私には想像できませんでした。今回はこのような条件から多子家庭ではないものの、保養対象になってSOS子ども村へ来た、ということでした。
 それで、せっかくミンスクに来たため、7年間使っていて壊れていた義足を修理しようとしたところ、日本円にして5万円の修理代がかかると言われました。
 ミンスクには義足を作っている工房がある病院内になるのですが、その品質は非常に低く、S夫もそこで最初の義足を作ったのですが、半年後にはゴミ箱に捨てたそうです。(その後は自分で作った義足をしている。)
 現在は義足製作へのますます予算が削られ、今までドイツから部品を輸入していたのですが、それもなくなりました。修理ではなく、新品の義足を注文する場合は、助成金が一部出ますが、日本円にして60万円もします。
 私はベラルーシ人には高すぎると思ったのですが、S夫は「こんなもんだよ。」と話していました。

 お母さんは家の中では松葉杖を使っていましたが、義足が壊れていると大変不便なのと、ミンスクでしか修理ができないのとで、お金をかき集め、借金もして修理をしました。
 S夫はまた義足が壊れたら、修理してあげる、と言っていましたが、関節部分も含まれる義足の修理は難しく、部品(特に膝関節部分のバネ)がないと、修理はできない、と話していました。

 私はとにかく3級から2級に戻るほうがいい、そうたら義足の修理だけでも無料になるから、とお母さんに言いましたが、戻るためには検査入院しなければならず、その間、子どもの面倒を見る人がいないから、今はできない・・・という返事でした。
 チロ基金としても支援してあげたかったのですが、薬を買ってきてあげる、というような簡単なものではなく、まだ1歳の男の子を眺めて、ああ、大変だなあ、と思うばかりでした。
 この男の子もかわいそうです。お父さんはいないし(法律的にもいない。)お母さんは足がないし、そのまた両親が裕福とは思えません。
 今は1歳でよく分からないだろうけど、もう少ししたら、どういうふうに自分の親のことを思うのだろう、とつい考えてしまいました。
 そういや、障害者を親に持った子どもって、そのことをどう思っているだろう、と帰り道に急に考え始め、私の場合は夫が障害者だけど、自分の親は障害者じゃないし、そういう子どもの気持ちはよく分からないのです。
 それで、Y子にパパが障害者であることをどう思うか、きいたところ
「普通。」
と返事が返ってきました。そうか、そうなのか。と言うことはあの男の子も、お母さんが障害者であることも「普通」にしか思わないのか、と思いました。
 Y子は「体(に障害があるかどうかということ)は大事じゃない。それより、人が大事よ。(障害があるより)変な習慣があるのがダメ。」
と話していました。ここで言う習慣とは、酒におぼれるだとか、万引きばかりしてしまう、とかの悪い習慣のことです。
 私より子どものY子のほうがよく分かっているようですね。他の障害者を親に持った子どもも同じなのかもしれません。

 画像は記念撮影した様子です。手作りのケーキを文字どおり山盛り作って、待ってくれていました。とってもおいしかったです!
 今回もいつものように子ども達に折り紙、文房具などをプレゼントしました。子どもたちの名前を日本語で書いたら、とても喜んでいました。
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第101回」

2010-03-30 |   ビタペクト配布活動
 3月29日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第101回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を7個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1678個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1400部となりました。
  
 今回で通算111回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1678人分のビタペクト2、そして1400家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回は3家族が保養滞在に来ていました。それぞれの家族にお話をうかがいました。

 
(家族A)

 ゴメリ州カリンコビッチ(チェルノブイリ原発から約100キロ)から来た家族。この家族には3個のビタペクト2を渡しました。
 この家族は4回目の滞在で、今まで2005年2月と、2007年1月、2008年1月にも来たことがあります。 
2005年の滞在のときの様子はこちらチロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第29回」をご覧ください。 

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2005/no29.html


2007年の滞在のときの様子はこちらチロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第53回」をご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/x/repo/hobby_book.cgi


2008年のときの様子はこちらチロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第70回」をご覧ください。(家族A) 

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/06223f5508cb20f75d44be54a20b9023


 2005年、2007年、2008年、2010年の放射能値の測定結果はこうなります。以下の○印がついている子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時19歳)10ベクレル   →15ベクレル○ → 14ベクレル○ →  6ベクレル
男子(15歳) 0ベクレル   → 23ベクレル○ → 37ベクレル○ → 70ベクレル ○
男子(14歳) 0ベクレル   → 11ベクレル  →  0ベクレル  → 60ベクレル ○
男子(11歳) 16ベクレル○  → 15ベクレル○ → 26ベクレル○ → 34ベクレル ○
孫(3歳)33ベクレル (今回初測定)
孫(3歳)27ベクレル (今回初測定)

 このお母さんには8人の子どもがいます。そのうちの5人は16歳以上になったのと、社会人になったり、結婚したりで、SOS子ども村には保養には来ていません。
 3人の息子と2人の孫を連れて来ていました。
(親子4代に渡ってSOS子ども村に滞在したという家族が現れるのも、もうそのうちのような気がしてきました・・・。)

 ただ、この家族の放射能測定結果は、今まで100回以上この活動を続けてきましたが、その中での最高記録、70ベクレルでした。
 しかも成長期の男の子2人が、60ベクレルと70ベクレル、というのは、大変よくない結果です。
 SOS子ども村のリリヤ先生は
「生の牛乳をごくごく飲んでいるでしょう?」
ときいていましたが、お母さんは「そんなに飲んでいない。」と話していました。
(汚染地域の牛乳は、1リットルで100ベクレルの放射能を含んでいる場合があります。)
「でも、牛乳禁止。」とリリヤ先生に言われていました。しかし成長期の子どもにカルシウムは必要なので、「乳製品を食べましょう。」という、講義を私とリリヤ先生で話しました。
 理由は放射能物質を含んだ牛乳から、乳製品を作るさいに放射能が水分のほうに溶けて分離、そして捨てられることが多いからです。
(チーズは牛乳に比べると水分が少ないから、固い、つまり放射能がほとんど含まれない。T家では牛乳は極力飲まないようにしています。)

 日本人のみなさんで、ベラルーシに来ることのある方で、気になる方は、牛乳を飲まないようにしましょう。

 とにかく、今回この子どもたちにビタペクト2を渡せてよかったです。お母さんは特に健康上に問題はない、と話していましたが、病気になってからでは、ビタペクト2を飲んでも遅いので・・・。ビタペクト2はあくまで予防です。


(家族B)

 ゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族。2個のビタペクトを渡しました。それぞれの放射能測定結果はこのとおりです。

母親(事故発生時4歳)21ベクレル
長男(9歳)33ベクレル ○
次男(6歳)14ベクレル 
長女(9ヶ月)0ベクレル
甥 (4歳)31ベクレル ○

 この家族の結果もあまりよくないですね。6歳の男の子はよく扁桃腺が腫れ、まばたきが多いけれどこれは、チック症状が出ていると思う、とお母さんは話していました。
 お母さんは熱心に、何を食べていいのか、海草はよく食べているほうだ、と食育に関心があるようでした。
 意識改革、と言うか啓蒙活動と言うか、こういうお母さんがもっとベラルーシに増えてほしいです。SOS子ども村に行くたびにがんばってレクチャーしているんですが、やはりベラルーシ人の側に意識がないと浸透しないですね。


(家族C)

 ミンスク州ボロブリャヌイ市(チェルノブイリ原発から330キロ)の家族。SOS子ども村もボロブリャヌイにあるため、
「家は近所。」と話していました。
 この家族には2個のビタペクト2を渡しました。それぞれの放射能測定結果はこのとおりです。

母親(事故発生時9歳)27ベクレル
長男(9歳)34ベクレル ○
次男(4歳)24ベクレル ○
長女(1歳10ヶ月)16ベクレル

 ボロブリャヌイ市はミンスクから車で30分ぐらいのところにある町です。ベラルーシの真ん中にある町に住んでいる子どもからこれだけの値が測定されるのは、よくないですね。
 この一家は家族全員貧血で、ヘモグロビン値が低く、鉄剤を飲んだり、食生活を改善した結果、9歳の長男だけが改善したそうです。
 まだまだ治療が続きそうだと、お母さんは話していました。
 放射能の被爆による症状の一つに貧血もあるのですが、この家族の場合、はっきりと因果関係が結論付けられているわけではありません。

 画像は記念撮影した様子です。(ただ1人、保養滞在ではない子どもがまぎれています。)
 今回も折り紙や、日本製の紙、折り方の説明などを子どもたちにプレゼントしました。
 子どもたちの名前を日本語で和紙に書いてあげたら、とても喜んで、親戚中の名前を書いて書いてとせがまれ、大変でした。
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第100回」

2010-03-12 |   ビタペクト配布活動
 3月11日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第100回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を5個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1671個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1390部となりました。
  
 今回で通算110回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1671人分のビタペクト2、そして1390家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOSども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



 今回は2家族がSOS子ども村に保養のため滞在していました。両家族とも家庭タイプ孤児院でした。
 ちょうど日本文化情報センターで着物展を開催中だったため、いつものように私がSOS子ども村へ行くのではなく、着物展のほうに来てもらうことになりました。

(家族A)

 ゴメリ州ジトコフ地区にあるビリチャ村(チェルノブイリ原発から約190キロ)の家族。この家族に5個のビタペクト2を渡しました。この家族はお母さんと2人の実子のほか、8人の養子を連れてきていました。
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時6歳)7ベクレル
長女(12歳) 11ベクレル
長男(10歳) 12ベクレル
女子(14歳) 21ベクレル ○
女子(13歳) 19ベクレル
女子(12歳) 24ベクレル ○
女子(10歳) 25ベクレル ○
男子(10歳) 22ベクレル ○
女子(10歳) 21ベクレル ○
女子(10歳) 14ベクレル
女子 (8歳) 14ベクレル
 
 お母さんは子どもたちの健康状態に特に異状はなく、みんな比較的健康だ、と話していました。
 ただこの家族の子どもは、すごくおとなしい子どもが多かったです。着物を見てても、反応が乏しい感じで、最初見たとき「みんな体調がよくないのか?」と心配しました。(が、そんなことはなくて、単にしつけが行き届いた子どもたちだったようです。)


(家族B)

 もう一つの家族はミンスク州ジェルジンスク(チェルノブイリ原発から320キロ)から来ており、2009年2月にも保養滞在していた家族です。そのときの様子はチロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第86回」をご覧ください。
(家族B) 

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/958e83f8544e4be7efbe733a1aa07643


 この家族には今回はビタペクト2を渡していません。
 お母さんが5人の養子を連れてきていましたが、(お母さんは用事で今回の着物展には来ていませんでした。)それぞれの前回の体内放射能値と今回の結果はこのようになっています。○印の子どもにビタペクト2を渡してました。

母親(事故発生時11歳)0ベクレル   → 11ベクレル
男子(16歳)12ベクレル   → 13ベクレル
女子(16歳) 0ベクレル   →  8ベクレル
女子(16歳)22ベクレル ○ → 13ベクレル
女子(15歳)28ベクレル ○ →  9ベクレル
男子 (6歳) 0ベクレル   → 11ベクレル 

 前回ビタペクト2を飲んだ2人の体内放射能値が減ったのはとてもよかったと思います。
 しかし、飲まなかった子どもとお母さんは増えています。これはビタペクトを飲まなかったから、体内放射能が増えたというものではなく、おそらく家族で食べたものに放射能が含まれている、ということでしょう。
 ジェルジンスクはミンスク州にあり、ベラルーシの中心部にある町ですが、食品が放射能汚染されているのは、間違いなさそうです。
 放射能汚染地域に指定されていない場所に住んでいるからといって、安心できません。
 (家族A)が住むゴメリ州と大きな差はないですね。ゴメリ州のほうがチェルノブイリ原発に近いのですが、事故発生から時間が経過すると、近いとか遠いとか無関係に放射能が散らばっている印象を受けました。

 子どもたちの健康状態など、聞き取りがしたかったのですが、お母さんがいなかったので、うまくできませんでした。子どもたちは着物を間近に見て、大喜びしていました。

 今回もいつものように子ども達に折り紙、文房具などをプレゼントしました。
 しかし今回は本物の着物が見られた、というのが大きなプレゼントだったようです。画像は日本文化センターで記念撮影した様子です。カメラを持ってきていたSOS子ども村の人がいたので、今回は私も写真に収まってみました。
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

 ついにSOS子ども村への支援も100回目となりました。積み重ねていくうちにとうとう3桁になりましたね。今後も引き続きこの活動を続けていきます。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第99回」

2010-02-20 |   ビタペクト配布活動
 この活動、今年最初の配布となりました。
 
 2月15日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第99回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を11個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1666個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1380部となりました。
  
 今回で通算109回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1666人分のビタペクト2、そして1380家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



 今回は2家族がSOS子ども村に来て保養滞在していました。どちらの家族も2007年にもSOS子ども村で滞在していたことがあります。
 一つ目の家族は3月に、もう一つの家族は11月に放射能値の測定も行っています。

 今回もそれぞれのお母さんにお話を伺いましたが、先に2007年11月に前回滞在していたゴメリ州ドブルシ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族についてご報告します。

(家族A)

 前回の滞在時、妊娠していたお母さん。その後無事に男の子の赤ちゃんが生まれていました。
 前回の滞在の様子はこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第68回」(家族B)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/8e0659625ebc56a74669fe75a7e88c9d


 今回はお母さんが3人の子どもと、親戚の子ども3人を連れてきていました。親戚の子どものうち2人は前回も保養滞在したことがあり、1人は今回初めて来た子どもです。
 この家族には5個のビタペクト2を渡しました。
 2007年と2010年のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)13ベクレル ○ → 18ベクレル
17歳長男 20ベクレル ○ → 30ベクレル ○
 7歳長女 22ベクレル ○ → 57ベクレル ○ 
 2歳次男            54ベクレル 
13歳姪  18ベクレル ○ → 23ベクレル ○
11歳甥  27ベクレル ○ → 25ベクレル ○
16歳女子            20ベクレル ○ 

 こうして結果を見ると11歳の甥を除けば、全員体内放射能値が上がっています。
 ビタペクト2を約2年前に飲んだときは放射能値は減ったとは思うんですが、その後また上がってしまっています。
 今回に限らず、ゴメリ州かた保養に来た人は大概、測定結果がよくないです。
 2歳の次男はまだ3歳以下と言うことで、今回は飲まないことになりましたが、残念です。
 お母さんは自分が高血圧ということをのぞけば、子どもたちは比較的元気だと話していましたが、少々心配です。 


(家族B)

 ゴメリ州ルドニヤ・マリモノワ村(チェルノブイリ原発から約100キロ)から来た6人の子どもとお母さんの家族。この家族には6個のビタペクト2を渡しました。
 前回の滞在の様子はこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第57回」(家族B)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2007/no57.html


 2007年と2010年のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)28ベクレル ○ → 34ベクレル ○
14歳長男 42ベクレル ○ → 59ベクレル ○
11歳次男 33ベクレル ○ → 49ベクレル ○
 8歳三男 32ベクレル ○ → 30ベクレル ○
 5歳長女 51ベクレル ○ → 40ベクレル ○
 3歳四男            49ベクレル ○
 1歳次女            32ベクレル

 この家族もまた1人子どもが増えていました。
 そして体内放射能値が減っている子どももいれば、逆に増えている子どももいます。やはり3年も経過するとビタペクト2の効果も薄れてしまうと言わざるをえません。
 それにしても、チェルノブイリ原発事故が発生してから、20年以上も経過しているのに、これだけベラルーシ国民の体内に放射能が蓄積しているのは、恐ろしいことです。

 この5人目の子どもは生まれつき水頭症です。前に会ったときは生後7ヶ月でしたが、今は3歳になり、ずいぶんよくなっているようでした。
 水頭症の状態はどうなったかというと、手術はせずにいろいろ治療した結果、水(脳脊髄液)が頭の中に溜まるのは現在は止まったそうです。
 その後、急激に体が成長して、3歳の子どものレベルに近づいたと、お母さんは喜んでいました。しかし、知能のほうは発達が遅れています。
 現在は普通の子どもが通う幼稚園に通いながら、知能を伸ばす専門施設センターに通っています。そのセンターには知能障害を持つ子どもが集まり、専門家の指導の下、遊びを取り入れたプレイセラピーを受けています。
 そこで特別に作られたおもちゃを使いながら遊び、知能の発達を促しているそうです。 
 
 昨年お母さんが通院している病院へ行くと、知能発達のため、投薬治療を何回かに分けて行うことを言われました。
 そしてこの1月から半年間、薬を飲むことになり、1ヶ月を過ぎたころ、この男子は初めて「ママ。」「チョーチャ(おばさん)。」と意味のある言葉を話し始めたそうです。
 
 何だか奇跡のような薬ですね。この薬の名前はパントガム。ロシアの製薬会社ピーク・ファルマが作っている薬です。この水頭症の児童への支援活動についてはまた改めて報告をいたします。

 画像は記念撮影のようすです。年長の子どもたちは地元の学校に通っているため、不在だったのが、少々残念でした。しかし大きくなった子どもたち、新しく生まれた子どもたちの姿を見るのは、うれしいものですね。
 
 今回もいつものように子ども達に折り紙、絵葉書、鉛筆、ペンなどをプレゼントしました。
 絵葉書の裏に日本語で名前を書いてあげたら、とても喜んでいました。
 どちらかと言うと年長の子どもたちに
「前来たときにあげた折り紙の作り方、どうだった? つるは作れた?」
と尋ねたら、「できなかった」という返事が・・・。
 しかし幼稚園の女の子が
「幼稚園で折り紙をしたことがある。コップが作れる。」
と得意そうに話していました。
 みんなからは
「日本の学校には、国語とか算数といった科目のほかに、『折り紙』という科目があるんでしょ?」
ときかれました。(ないです・・・。でもあったら楽しいかも。)
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちも、SOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第98回」

2009-12-02 |   ビタペクト配布活動
 12月1日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第98回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を2個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1655個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1370部となりました。
  
 今回で通算108回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1655人分のビタペクト2、そして1370家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by


 今回は2家族がSOS子ども村に来て保養滞在しており、そのうちの1家族にしかビタペクト2を渡さなかったのですが、それぞれのお母さんにお話を伺いました。

(家族A)
 
 この家族は2005年と2007年にSOS子ども村に滞在しています。
 2005年のときの滞在の様子はこちら
「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第38回」

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2005/no38.html


 2007年のときの滞在の様子はこちら
「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第55回」をご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2007/no55.html


2005年、2007年、2009年のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時19歳) 10ベクレル → 11ベクレル → 7ベクレル 
17歳(女子)19ベクレル →  0ベクレル → 14ベクレル
15歳(男子)17ベクレル → 13ベクレル → 10ベクレル
15歳(男子)         19ベクレル → 11ベクレル 
13歳(男子)         17ベクレル → 18ベクレル
12歳(女子)18ベクレル → 19ベクレル → 12ベクレル
10歳(女子)         14ベクレル → 15ベクレル
10歳(女子)19ベクレル →  0ベクレル → 21ベクレル ○
 9歳(女子)                  19ベクレル
 5歳(男子)                  16ベクレル
 5歳(女子)                  28ベクレル ○
 4歳(女子)                  18ベクレル

 このうち9歳の女の子は19ベクレルで、ビタペクト2をあげたかったのですが、現在SOS子ども村では子どもは20ベクレル以上の子どもにビタペクト2を渡すことになっています。
 でも今回渡した二人の子どもも基準の20ベクレルとあまり差がない子どもも、年齢が低い、つまり体重が少ないので、半分ずつぐらい分け合って飲んでも、効果があるだろう、ということでした。そのため15ベクレル以上20ベクレル以下の子どもにもお母さんが飲ませたかったら、どうぞ、ということになりました。

 子どもたちの健康状態ですが、1人の子どもが弱視です。
 1年前に養女として迎えた4歳の女の子は生まれつき腎臓が一つしかなく、自覚のないまま排尿してしまうため、ずっとおむつをしています。養女にするときに、こんな問題を抱えている子どもだとは知らされていなかったそうです。施設の職員は知っていたはずなのですが、そのことを知ると里親が引き取りたがらない、と思ってわざと言わなかったそうです。
 このような家庭タイプ孤児院ですが、就学前の子どもには月に約80ドル、就学後の子どもには約100ドルの育児手当が支給されています。しかし紙おむつがいるような子どもに対してはその分の手当は支給されていません。引き取った親の負担になってしまいます。
 それでもまだ、育児手当がもらえるだけまだいいほうかと思います。そしてベラルーシの政府は家庭タイプ孤児院を奨励する一方、どんどん国営の孤児院閉鎖しています。経費削減、ということです。
 ボリソフには障害児でしかも孤児、という子どもばかりを集めた施設があったそうです。どうしても障害のある孤児は養親に引き取られることが少なく、残ってしまうそうです。(悲しい話ですが・・・。)
 ところがボリソフの施設も、給食に食中毒を起こす細菌が見つかったとかいう理由で閉鎖されてしまいました。子どもたちは他の地域の同じような施設にばらばらに収容されたそうです。
 しかし、子どもが多すぎて障害に対して職員が適正な対応を個々にできず、また急激な環境の変化にともなう精神的なストレスからか、多くの子どもがその後死亡してしまったそうです。

 家庭タイプ孤児院に引き取られた子どもはまだ幸せです。けれどこのお母さんの話によると子どもたちが孤児になったいきさつはそれぞれなのですが、悲惨なケースが多いそうです。
 この子どもたちの中に兄弟がいるのですが、7年前に母親が父親を刺殺してしまったため、孤児になりました。しかも家の中で子どもたちは現場を目撃していたそうです。さらに母親はそのとき妊娠中。刑が確定するとすぐに中絶手術を受けさせられたそうです。
 一番上の子どもは親戚に預けられましたが、下の子どもたちは施設に入れられました。その後今の養親に引き取られたのです。
 3年間の服役中、そして現在も実の母親は手紙1本子どもに寄こさず、子どもたちの居場所すら尋ねようともしなかったそうです。
 養親は子どもたちに
「本当のお母さんに会いたい? 会いたいなら探してあげる。」
と一度きいたのですが、子どもたちは
「会いたくない。」
と答え、実の親の顔ももう覚えていない、と言ったそうです。事件が起こったときはこの兄弟は小学校低学年ぐらいなのですが、親の顔を忘れてしまうものなのでしょうか? 確かに何年も会っていないし、写真などもないのでしょう。あるいは事件の衝撃から記憶喪失みたいな状態になってしまっているのか? と私などは考えてしまいました。

 5歳の女の子は母親がアル中。ここまではよくある話なのですが、この後が問題です。あるとき母親はウオッカを飲みすぎて泥酔状態になっていました。それでもまだ飲みたいと思って、家の中を酒瓶を求めて探し始めました。やっと見つけて、全部飲んでしまったのですが、それはウオッカではなくアセトンだったのです。(アセトンというのはペンキの薄め液などに使われています。)
 その結果アセトン中毒を起こして倒れ、病院に担ぎ込まれましたが、脳に後遺症が残ってしまい、目や耳は聞こえるものの、自分が誰なのかも分からなくなってしまい、子どもの顔を見てもそれが分からない状態になってしまいました。
 もちろん育児などは全くできないので、子どもは施設に入れられました。
 そしてその子は今の養親に引き取られたわけですが、他の子どもと違って、年少であること、実の母の回復の見込みがないこと、などの理由から完全にこの養親の戸籍に入れたそうです。
 そしてそのときに苗字はもちろん名前も改名したそうです。(ベラルーシは日本と比べると改名は比較的簡単にできます。もっとも実行する人は少ないです。)
 確かに実の母のこと、本名のことも知らないで生きるほうがこの子どもにとって、幸せなのかもしれません。でも養親のお母さんは
「でもいずれ時期が来たら、真実を話さないといけないでしょう。小さいときに引き取った子どもたちも、思春期前には本当の親ではないことを話すことにしています。」
と言うことでした。
 
(家族B)

 ミンスク州マリノ・ゴルカ市の近くにあるドゥルジュヌイ村から来た家族。この家族には年齢制限からビタペクト2を渡していません。
 それぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。

母親(事故発生時6歳) 14ベクレル
長男(5歳)14ベクレル
長女(1歳)40ベクレル

 本当はこの長女にビタペクト2をあげたかったのですが、1歳なので渡せませんでした。
 子どもたちは食物アレルギーがあったそうですが、最近はだいぶ治ってきたそうです。
 お母さんが長男出産後、足と胸の部分のリンパ腺が腫れるという病気にかかってしまいました。この病気になっている人はベラルーシには8人しかいないそうです。
 ホルモン剤を飲み続けていますが、あと2年は飲まないといけないそうです。
 その副作用のせいで肝臓も悪くなってきており、お母さんは大変な様子でした。しかも離婚など家庭的にも恵まれていない様子で、普通は多子家庭や障害児を持つ家庭がSOS子ども村に保養滞在することになっているのですが、特別に滞在できたそうです。
「SOS子ども村ではゆっくりできる。自分の病気のことも少し忘れることができた。」
とお母さんは喜んでいました。

 画像は記念撮影の様子です。ただ(家族B)のお母さんは1歳の娘さんを昼寝させるため、寝室のほうに行ってしまったので、ここには写っていません。

 今回もいつものように子ども達に折り紙、メモ帳やかわいいパンダの付箋や鉛筆などの文房具をプレゼントしました。
 子どもたちは「もうすぐお正月だけど、日本はどのようにお祝いしているの?」ときいていました。
 1か月後には優しいお父さん、お母さんからすてきなプレゼントをもらってください。  
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。